地盤沈下に関する栃木県側の主張を振り返ってみた

2014年5月31日

●地盤沈下に関する栃木県側の主張に一貫性はなかった

栃木県が思川開発事業に参画する理由として地盤沈下対策は最大のものです。なぜなら、栃木3ダム訴開始以来、栃木県側があると主張してきた関係2市2町(栃木市、下野市、壬生町、野木町)における新規水需要がないことを2013年からは県自身が認めるに至り、県側の主張する地下水汚染のおそれも抽象的な可能性をいうものにすぎず、万一水道水源の汚染が発生したとしても、代替水源のダム水の確保だけが唯一の解決策ではないからです。

したがって、地盤沈下対策という理由が成り立つかどうかは、極めて重要な問題です。

特に目新しい記事にはなりませんが、栃木3ダム訴訟にける地盤沈下に関する栃木県側の主張を振り返ってみることによって、県側の主張が成り立たないことを確認したいと思います。

●被告第7準備書面

県側は、被告第7準備書面(2007年4月16日)では、次のように主張していました。

渇水時においては地下水の過剰な汲み上げ等による水位の低下が発生し、地盤沈下を生じさせる恐れがある。表流水への転換を進めることによって、汚染に弱く、地盤沈下に繋がる地下水のデメリットを補完する体制を整備していくことが求められている。(p4)

「渇水時においては地下水の過剰な汲み上げ等による水位の低下が発生し」とありますが、不当にも主語が省略されています。

渇水時において地下水の過剰な汲み上げを行うのはだれかと言えば、水田の経営者です。栃木県を通して思川開発事業に参画することになっている2市2町の上水道では、渇水時だからといって、地下水を過剰に採取することありません。

県側のいう「過剰な汲み上げ」の意味が明確ではなく、過剰でない汲み上げとの違いが分かりませんが、少なくとも県南地域(地盤沈下対策における保全地域と観測地域)の上水道においては、渇水年だからといって地下水の採取量を増やすようなことはしていません(「栃木県環境審議会地盤沈下部会報告書」(2012年1月26日)図−4(p4))。

過去記事今泉判決は崩れた(その3)〜思川開発事業は栃木県の地盤沈下対策としての効果なし〜に掲載したグラフ「野木町(環境)の地層収縮量と保全地域及び観測地域における地下水採取量の推移」を見ていただけば、水道用の地下水採取量はほぼ一定であるのに対して、農業用の地下水採取量は年によってかなり違うことが分かると思います。

戦後最大級の渇水年と言われる1994年の前後の3年間(93年、94年、95年)で農業用と水道用の地下水採取量(単位は千m3/年)を比較すると、水道用では60,970、61,108、61,202でしたが、農業用は、257,861、296,494、280,500でした。数値の出典は、上記栃木県環境審議会地盤沈下部会報告書の図−4の元データを私が情報公開で取得したものです。

93年と94年(渇水年)の取水量を比較すると、水道用では94年は前年より約0.2%しか採取量が増えていないのに対し、農業用では約15.0%も増えています。

渇水年に地下水採取量を増やすのは農業用水なのです。

したがって、地下水位の低下と地盤沈下を起こさないためには、農業用の地下水採取を抑制しなければならないはずです。

したがって、「(水道水源の)表流水への転換を進めることによって、汚染に弱く、地盤沈下に繋がる地下水のデメリットを補完する体制を整備していくことが求められている。」という理論は、農業用水については成り立ちますが、水道用水については成り立ちませんので、思川開発事業に参画する理由になりません。

また、県側は次のようにも主張しています。

県南地域の関係市町は、将来にわたり安全で安心できる水道水を確保する水道事業者として、将来の水道普及率の増に伴う新規需要や地下水位低下、地下水汚染、地盤沈下対策等を総合的に考慮し、多様で、安定的な水源を確保するため、それぞれの市町における利水行政上の判断により要望水量を決定し、被告もそれを妥当なものと判断して、思川開発事業に参画し0.821m3/秒の水道水を確保することとしたのである。(p5)

鈍化してはいるものの依然として地盤沈下が進行しており、表流水への転換を進めることによって、リスクの分散による危機管理体制の強化を図っていくことを目指した水資源政策を展開するべきであり、思川開発事業により表流水を確保することは重要である。(p5)

以上の主張は、地盤沈下対策として思川開発事業に参画するということです。

ところが県側は、次のようにも主張します。

地盤沈下については、地下地質構造や地盤沈下特性、月間の地下水採取状況等の情報が十分に把握できていない現状にあり、地下水の流動メカニズムも解明が難しいことから、今後も調査により地盤沈下や地下水流動メカニズムに関わる情報の蓄積を図り、地区の特性に応じた地盤沈下状況の究明及び対応策を検討する必要がある。(p6)

この主張は、これまでの主張と矛盾します。

これまでは、地盤沈下対策として思川開発事業に参画すると自信たっぷりに主張してきたのですから、思川開発事業への参画が地盤沈下対策として有効であるという前提の上での主張のはずです。

しかし、上記主張では、「地下地質構造や地盤沈下特性、月間の地下水採取状況等の情報が十分に把握できていない現状にあり、地下水の流動メカニズムも解明が難しい」ので対応策は検討課題であるというのですから、思川開発事業により表流水を確保し、水源転換をしても、地盤沈下対策として有効かどうか分からない、全く効果のない対策に何百億円も投じるかもしれない、と言っていることになります。

ところが県側は、次のようにも主張します。

上述のとおり、地下水から表流水への転換は、単なる需要量の問題や地盤沈下対策としてのみ行われるものではないが(p6)

ここでは、思川開発事業への参画は地盤沈下対策が目的の一つであると言っています。

地盤沈下の主たる要因は、地下水の過剰揚水に伴う地盤の収縮によるもので、県南地域において現在も進行している地盤沈下についても地下水の過剰な揚水がその一因となっていることは否定できない。そして、地下水の過剰な揚水の軽減を図ることが地盤沈下の緩和に一定の効果があることも明らかである。(p6)

ここでも、「地下水の過剰な揚水」を行っているのがだれなのかを隠していますが、地盤沈下対策として思川開発事業に参画するという趣旨であることは明らかです。

渇水時に、表流水を補うための過剰な揚水が行われたり、涵養量の減少が生じれば、地下水位を低下させ、大幅な地盤沈下が発生する恐れがある。(中略)したがって、将来的な検討課題として地盤沈下対策が必要ないとはいえず、地盤沈下対策として、地下水の適正利用を推進するとともに、中長期的には、地下水の揚水量を減らすべく地下水に代わる水源を確保することも必要であって、思川開発事業による表流水の確保は必要な対策である。(p6〜7)

「渇水時に、表流水を補うための過剰な揚水」を行うのは、農家です。

野木町を除く2市1町は、水道水源として表流水を全く使っていないのですから、渇水時において、「表流水を補うための過剰な揚水」を行うことはありません。

野木町上水道は、地下水と表流水の両方を水源としていますので、「渇水時に、表流水を補うための過剰な揚水」を行うことが理論的にはあり得ますが、野木町上水道の地下水の計画1日最大取水量は3200m3にすぎないので、渇水時に地下水依存率が多少増えたとしても、「大幅な地盤沈下が発生する恐れ」はないと考えられます。

「将来的な検討課題として地盤沈下対策が必要ないとはいえず」という文章は、意味不明です。栃木県が既に地盤沈下対策として思川開発事業に参画していることと矛盾します。地盤沈下対策が「将来的な検討課題」にすぎないのであれば、今、思川開発事業に参画する必要性はないことになりませんか。

既に地盤沈下対策を講じているはずの県側が地盤沈下対策をなぜ「将来的な検討課題」と言うのか理解できません。思川開発事業への参画が地盤沈下対策になっていないことを県側も自覚していたということでしょうか。

いずれにせよ、2007年に書かれた県側の準備書面では、地盤沈下対策として思川開発事業に参画するという主張がベースですが、その実、地下水の採取量の把握もできていないし、地下水の流動メカニズムも解明されていないので、思川開発事業による水道水源の表流水への転換で効果があるかどうかは分からないという本音をのぞかせており、最初から論理が破綻しています。

●被控訴人第1準備書面

県側は、控訴審の第1準備書面(2012年5月25日)では次のように主張します。

被控訴人は、県南地域における地盤沈下の問題は水資源行政上無視して差支えないというような、無責任な態度で臨む訳にはいかないのである。(p11)

ここでは、地盤沈下対策は県の責任であり、水資源行政上無視できない問題であると言っています。したがって、地盤沈下対策として栃木県は思川開発事業に参画するということを言っています。

地下水から表流水への転換は、単なる需要量の問題や地盤沈下対策としてのみ行われるものではない(p11)

これは1審での主張の繰り返しです。地盤沈下対策が思川開発事業への参画の目的の一つであると言っています。

●被控訴人第2準備書面

県側は、被控訴人第2準備書面(2013年2月28日)において次のように主張します。

栃木県は、各市町の要望水量を前提として、地下水利用による地盤沈下や地下水汚染の影響等を勘案して思川開発事業への参画を決定したものである。

すなわち、県南地域の関係市町は、独立した水道事業者として、将来の水道普及率増に伴う新規需要や地下水位低下、地下水汚染、地盤沈下対策等を総合的に考慮し、多様で安定的な水源を確保するため、利水行政上の判断により地下水源転換量を含めた要望水量を決定し、栃木県もそれを妥当として、栃木県全体の要望水量を決定したものである。(p10)

ここでも、地盤沈下対策は思川開発事業の目的の一つであると言っています。

●被控訴人第3準備書面

県側は、被控訴人第3準備書面(2013年6月18日)において次のように主張します。

県南関係市町においては地下水依存率が極めて高く、地盤沈下や地下水汚染が危惧される中で水道水源を地下水のみに依存し続けることは望ましくないという状況を踏まえ、将来にわたり安全な水道水の安定供給を確保するため、地下水から表流水への一部転換を促進し、地下水と表流水のバランスを確保するという基本方針を定め、目標年度である平成42年度の地下水依存率を65%に設定した。

そして、この目標を達成するため、思川開発事業に現行の参画水量で参加継続することとし、その旨を平成25年3月に国に回答したところである。(p4)

ここでも地盤沈下対策が思川開発事業参画の目的の一つであると言っています。

●印南洋之証人陳述書

栃木県県土整備部次長の印南洋之氏の陳述書(2013年7月10日)には、次のように書かれています。

県南地域においては、地盤沈下や地下水汚染が危惧されており、水道水源を地下水のみに依存し続けることは望ましくない。
(中略)
上記のことから、本県としては、県南地域において、将来にわたり安全な水道水の安定供給を確保するため、地下水から表流水への一部転換を促進し(後略)(p5)

ここでも地盤沈下対策が思川開発事業参画の目的の一つであると言っています。

●印南洋之証人調書

2013年7月17日に行われた証人尋問で印南洋之証人は、県側の代理人からの尋問に対し次のように証言しました。

この地域は地盤沈下、そういったものが進行しているということございますし、なおかつ地下水汚染も近年とみに増えてきているということもございまして、水道水源を地下水だけに依存するというのは、非常に問題があるというふうに考えています。(証人調書p4)

ここでも地盤沈下対策として水道水源の表流水への転換が必要であり、地盤沈下対策が思川開発事業参画の目的の一つであると言っています。

ところが住民側代理人から「「県南地域における地盤沈下は、地下水採取量が増加する5月〜8月に地下水位が急激に低下することにより発生していることが、これまでの調査で明らかとなっている。」と、このように、この環境審議会の地盤沈下部会では、原因を特定していますね。 5月から8月に地下水のくみ上げが多くなるのは、この当時、農業用水が必要だからですね。したがって、地盤沈下を防ぐためには、この時期の農業用水の急激な採取、揚水、これを制限しなければいけないですね。」と尋問されて、印南証人は次のように証言します。

当然そういうことでありますから、本県の条例は制定したということです。ただ、私どもがこの報告書(栃木県南地域における水道水源確保に関する検討報告書のこと)で申し上げているのは、地盤沈下を防止するために(水道水源の)転換を図ろうと言っているのではなくて、当然地盤沈下が進行すれば、水道用水、農業用水、工業用水、すべてに節水が入るわけでありますから、そのときに水道用水の必要量を確保できなかったときに対応を図ろうというもので、決して地盤沈下を防止するために、今回の転換をやっているということではございません。

住民側代理人はこの証言に驚き、「(地盤沈下の)防止は(水道水源の転換と)関係ないんですか、(地盤沈下を)防止しようとは思っていたんですか。」と尋問しました。

これに対し印南証人は、次のように証言します。

防止は、また別の方策で防止をしようとしています。

なんと印南証人は、思川開発事業による水源転換と地盤沈下対策は関係がないと言い出したのです。

県南地域の地盤沈下対策として思川開発事業による水源転換が必要だというこれまでの県側の主張を否定する証言です。

●被控訴人第4準備書面

県側は、被控訴人第4準備書面(2013年10月30日)において次のように主張します。

地下水源の依存度が高い場合には地下水汚染や地盤沈下といったリスクも考えられ、地下水源から表流水源への転換も必要となる。(p4)

ここでは、印南証言などまるでなかったかのように、地盤沈下対策が思川開発事業参画の目的の一つであると言っています。

●県側の主張は支離滅裂

以上見てきたように、県側の主張は支離滅裂です。

建前としては、地盤沈下対策として思川開発事業に参画すると言いながらも、本音はメカニズムが分からないから地盤沈下対策は将来の検討課題にすぎないと言い、職員が問いつめられると、地盤沈下対策と水道の水源転換は関係がないと言い出す始末です。

県側が地盤沈下のメカニズムが解明されていないと言ったのは、2007年のことでしたが、2012年1月に栃木県環境審議会地盤沈下部会報告書が栃木県の公式見解として出てからは、栃木県における地盤沈下の主な要因は農業用の地下水採取であることが明らかになったのですから、「(水道における)地下水源の依存度が高い場合には地下水汚染や地盤沈下といったリスクも考えられ、地下水源から表流水源への転換も必要となる。」(被控訴人第4準備書面p4)という主張は、完全に破綻しています。

県側の主張がこれほどまでに矛盾を露呈してしまった理由は何かと言えば、栃木県環境審議会が栃木県の地盤沈下のメカニズムを解明したからだと思います。これぞ「蛇の道は蛇」。県のダム推進部門にとって、環境部門が地盤沈下のメカニズムを解明してしまったことは、大きな打撃でした。

●県職員に理性はあった

地盤沈下対策が思川開発事業への参画の理由になるかという問題は、印南証人が地盤沈下を防止するためには農業用の地下水採取量を抑制しなければならないと言ったときに「勝負あった」と言えると思います。

また、印南証人への尋問で分かったことは、職員も理論的に考えるということです。

これまで、県職員というものは、理論的に考えることができないのではないのか、と疑ったことがありましたが、そうではないことが分かりました。

つまり、思川開発事業への参画が地盤沈下対策にならないことは、県職員としては十分承知しているということです。しかし、組織としては、思川開発事業への参画が地盤沈下対策になるというウソをつくという方針をとったということです。

では、理論的に考える能力がありながら、「県南地域においては、地盤沈下や地下水汚染が危惧されており、水道水源を地下水のみに依存し続けることは望ましくない。」という科学的根拠を欠く意見を陳述書に記し、「栃木県南地域における水道水源確保に関する検討報告書」をまとめた印南氏は邪悪なのかと言えば、彼も悲しき宮仕えの身であり、上からの命令で動いているだけという可能性もあるので、そうとは限りません。

ウソをつくことを命令をしている知事がいけないのですから、知事を当選させなければよいのですが、県民が当選させてしまうのですから、私たちの運動は、そうした民意を敵に回していることにもなってしまい、ほとんど常に窮地に置かれての闘いということになります。

県民の利益になる仕事をしたいと望んでいる県職員が相当数いるかもしれないので、そうした県職員に県民の利益になる仕事をしてもらうためにも、県民には、知事選では無駄遣いをしない知事候補者に投票してほしいと思います。

(文責:事務局)
文中意見にわたる部分は、著者の個人的な意見であり、当協議会の意見ではありません。
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