八ツ場ダムで栃木県内の死者を減らせるのか

2011年11月26日

●栃木県知事が検討の場で発言

2011年9月13日に国土交通省が開催した八ツ場ダムに関する検討の場(第 1 回)において、検討主体が示した内容に対する構成員の見解のうち、福田富一・栃木県知事の発言は以下のとおりです。根拠となる文書は、国土交通省のサイトのhttp://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000049265.pdfにあります。

〔栃木県〕福田知事
・ 東日本大震災は、死者行方不明者約 2 万人という信じがたい大惨事となった。加えて、今年は、年明けに新燃岳が噴火し、最近では新潟・福島豪雨や先の台風 12号による大水害において甚大な被害が発生した。

これが「災害列島」と呼ばれる我が国の実態であり、災害を避けて通れない以上、被害を最小限にとどめ国民の生命・財産を守るためのあらゆる手段を講じることが極めて重要である。災害を減らすこと、まさしく「減災」に勝る行政目的はないのである。

・ 八ッ場ダムは昭和 22 年のカスリーン台風を契機に建設が進められてきたものであるが、この台風被害では本県においても 352 名の尊い人命を失っている。今日同規模の水害が発生すれば、現在の都市の集積状況からして、被害総額は東日本大震災の比ではないと見込まれている。「想定外」と言われる災害が全国で頻発する今日、利根川流域においても、まさにこうした危機が明日にも訪れるかもしれないことを強く意識すべきである。

・ 利根川の治水対策は昨日今日始まったものでなく、数百年の長きにわたり連綿と続けられてきた一大事業であり、そうした先人たちの努力の上に今の私たちの生活が成り立っていることを忘れてはならない。今私たちがそうした先人たちの努力に報いることなく、一時の事情でその歩みを止めることとなれば、それは未来に対する我々の責任の放棄になりかねない。

・ 今回の検討において、「八ッ場ダムの建設が最も有利」との結果が示されたが、当然予想し得た結果であると受け止めている。

・ これまでの遅れを取り戻すためにも、国においては、早急に事業を再開し、一日も早い完成を目指すべきである。また、生活再建関連事業について着実に推進すべきである


●費用対効果は考えなくてよいのか

福田知事は、「災害を避けて通れない以上、被害を最小限にとどめ国民の生命・財産を守るためのあらゆる手段を講じることが極めて重要である。」と言います。

「あらゆる手段を講じることが極めて重要」と言いますが、「あらゆる手段」を講じてよいのでしょうか。「費用対効果」はどうだっていいのでしょうか。

福田知事は、「災害を減らすこと、まさしく「減災」に勝る行政目的はないのである。」と言いますが、どれだけ投資してどれだけ減災できるのかという評価が必要です。

確かに国は、八ツ場ダムの費用対効果は6.3だとしていますが、2007年12月に示したものは2.9で、2009年2月では3.4でした(11月22日付け赤旗)。計算のたびにコロコロ変わるということは、どんな数字でも出せるということで、全く信頼性がありません。

11月22日付け赤旗によると、塩川鉄也・衆議院議員は関東地方整備局が10月に作成した八ツ場ダムに関する「検討報告書」の内容に「信頼性に疑問」があるとして、21日までに質問主意書を提出しました。報告書では、八ツ場ダムがない現状では利根川流域で毎年6788億円の洪水被害を想定していますが、塩川議員が過去48年間の利根川流域での被害額を調査したところ、年平均179億円の被害にすぎないそうです。

実際の被害の38倍の被害を想定して費用対効果を計算しているというのです。

福田知事の主張に合理性はありません。費用対効果を度外視しているか、していないとしても、合理性のない想定で計算した結果を前提にしているからです。

●カスリーン台風による死者数をなぜ持ち出すのか

福田知事は、「八ッ場ダムは昭和 22 年のカスリーン台風を契機に建設が進められてきたものであるが、この台風被害では本県においても 352 名の尊い人命を失っている。」と言います。

これを聞いた人は、八ツ場ダムが建設されれば、利根川の洪水が軽減され、栃木県内の水害による死者数が減るという受け取り方をすると思います。

福田知事の言う352名という数字は、栃木県が作成した「昭和22年水害の概要」という文書が根拠と思われます。

ジャーナリストのまさのあつこ氏のブログ「ダム日記2」(栃木の妙 氷山の一角)によると、その9ページには郡市別の死者数が次のように書かれています。

河内郡 4
上都賀郡 26
芳賀郡  1
下都賀郡 15
鹽谷郡  5
那須郡  4
安蘇郡  ー
足利郡  134
宇都宮市  10
足利市  152
栃木市  1
佐野市  ー
合計  352

352名の死者の中には、上都賀郡や那須郡のような八ツ場ダムの洪水調節機能とは全く関係のない地域の死者も含まれています。

では、旧藤岡町(現栃木市)を含む下都賀郡、現佐野市の一部を含む足利郡及び足利市の死者は、八ツ場ダムと関係があるのでしょうか。

中央防災会議がまとめた「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書」の中の「1947 カスリーン台風」の67ページに次のように書かれています。

カスリーン台風では、利根川水系における死者、行方不明者は1,100名であるが、このうち渡良瀬川流域では709名が犠牲となり、人命に係わる被害が圧倒的に多い。特に、足利市では319名、桐生市151名と、市街地の中央を流れる渡良瀬川による被害である。

ほかのページもざっと読みましたが、カスリーン台風による栃木県内の被害が利根川の氾濫が原因で発生したという根拠は見つかりませんでした。

●栃木県が負担金を払う理由は利根川の氾濫地域となることだったはず

福田知事は、私たちが起こしている3ダム訴訟の第4準備書面(2005年11月17日付け)の3ページで次のように述べています。

八ツ場ダムは、「上流のダム群」の一つとして、上記6,000m3/秒の洪水調節の一翼を担うものとされているところ、利根川の想定氾濫区域には、上記八斗島地点の下流域である栃木県の足利市、佐野市、藤岡町の各一部の区域が含まれている(乙64)のであるから、八ツ場ダムの建設は、同県内の上記区域における洪水被害の軽減に寄与するものとして計画されているものである。これが、八ツ場ダムの建設により栃木県が著しく利益を受けるものとし、その受益の限度において、河川法60条1項により群馬県が負担すべき費用の一部を栃木県に負担させるべきであるとの、同法63条1項による国土交通大臣の判断を、同県が是認している理由である。

「乙64」とは、乙第64号証のことで、1981年に国が作成した利根川の氾濫想定区域図のことです。

要するに、福田知事は、足利市、佐野市、藤岡町の各一部の区域が利根川の氾濫区域になると言っています。

しかし、未曾有の大災害をもたらしたカスリーン台風の記録を見ても、そのような事実は確認できませんでした。

なお、上記防災会議の資料の75ページに、「(渡良瀬)遊水地では渡良瀬川、巴波川、思川等の流入水及び利根川の逆流水により各所で堤防が決壊した」という記述がありますが、これらの破堤に関係がありそうな地域は、栃木県では小山市と旧藤岡町、群馬県板倉町、埼玉県上川辺町くらいなもので、足利市と佐野市は、全く関係がありません。

八ツ場ダムを建設しても、少なくとも足利市と佐野市の水害を減らすことはできません。

いずれにせよ、福田知事は、裁判の中では利根川からの逆流について一切触れていません。

裁判では、国が作成した氾濫想定区域図を正当性の根拠としているだけです。

福田知事は、カスリーン台風の被害に便乗しています。

カスリーン台風をイメージとして使っているだけです。

そもそも福田知事は、検討の場において、なぜ裁判で主張しているように、足利市、佐野市及び旧藤岡町の一部が利根川の氾濫区域となるという発言をせずに、カスリーン台風による死者数を持ち出したのでしょうか。

足利市、佐野市及び旧藤岡町の一部が利根川の氾濫区域となると発言することは、新聞に書かれた場合、あまりにも恥ずかしく、カスリーン台風による死者数を持ち出した方がましだと考えたのでしょう。

でも、これまで検討したように、どちらの理由も合理的な根拠がありません。

「八ッ場ダムは昭和 22 年のカスリーン台風を契機に建設が進められてきたものであ」り、「この台風被害では本県においても 352 名の尊い人命を失ってい」ますが、当時、仮に八ツ場ダムがあったとしても、栃木県内の352 名の尊い人命の一部でも救えたと言える根拠はないのです。

カスリーン台風による死者数を挙げることによって聞く者に恐怖を与え、因果関係に関する冷静な考察をさせないようにして、八ツ場ダムがあれば、栃木県内の被害を大幅に軽減できるかのように思わせることは詭弁でしかありません。

八ツ場ダムの建設費を栃木県が支払う理由として、カスリーン台風による栃木県内の死者数を持ち出すことは、すり替えの論理です。

●カスリーン台風を持ち出すなら定量的な主張をすべきだ

福田知事が、栃木県が八ツ場ダムのために、どんなに少なくとも10億4000万円支払う理由としてカスリーン台風での死者数を挙げるのならば、定量的な主張をすべきです。

カスリーン台風規模の台風が来た場合、八ツ場ダムがあることによってどの地点でどれだけ水位を下げることができるのか、352名の死者のうち、利根川の氾濫水のために何名が死亡したのか、そのうちダムによって何名にまで減らせるのかという定量的な説明を知事はすべきです。

「カスリーン台風で352名も亡くなっているんです。水害は怖いでしょう。だからダムを造りましょう。」というような短絡的な説明で少なくとも10億4000万円の税金を使うことが許されるとは思えません。

●どんな場合でもダムだけは機能を果たすというご都合主義の「想定外」理論

福田知事は、「今日同規模の水害が発生すれば、現在の都市の集積状況からして、被害総額は東日本大震災の比ではないと見込まれている。「想定外」と言われる災害が全国で頻発する今日、利根川流域においても、まさにこうした危機が明日にも訪れるかもしれないことを強く意識すべきである。」と発言しています。

「想定外」の災害に備える(この段階で矛盾してますが)ためにダムを造れと言うのでしょうか。

「この程度の災害に備えるために、この程度の投資をする」というのが、従来の災害対策の方針でした。

「どの程度の災害に備えるのか」という視点を欠いたら、いくらカネをつぎ込んでもキリがありません。費用対効果を度外視することになります。

「想定外」を意識しろと言うなら、ダムで制御できないような雨の降り方や地震でダムが決壊することも考えるべきです。

「想定外」の災害が起きるかもしれないと言いながら,ダムだけは破壊されることもなく、想定内の機能を発揮すると考えるのは、ご都合主義というのものです。

熊本県球磨川の市房ダムのように、想定外の雨が降ると、ダムがあるためにかえって被害が増大する例もよくあることです。

「想定外」を想定するなら、何もしないという選択肢もあるはずです。

「想定外」の災害が明日訪れるかもしれないから、どんなダムでもあった方がましだという選択に合理性はありません。

●治水対策をやめろと言っている人はいない

福田知事は、「利根川の治水対策は昨日今日始まったものでなく、数百年の長きにわたり連綿と続けられてきた一大事業であり、そうした先人たちの努力の上に今の私たちの生活が成り立っていることを忘れてはならない。」と発言します。

しかし、「数百年」前の人は「ダムを造れ」なんて言っていません。

「利根川の治水対策」はダム建設だけではありません。

「利根川の治水対策」をやめることとダムをやめることは、別のことです。知事が勝手に「治水」=「ダム」と決めつけているだけでしょう。

「利根川の治水対策」をやめろと言っている人はおそらくいないでしょう。私たちは、ダムをやめろと言っているのです。

「利根川の治水対策」をやめろ、というだれも言っていない、だれが考えてもおかしな主張をでっちあげ、そのおかしな主張を否定することによって自説を正当化しようとすることは詭弁でしょう。

●「ダムの一つ覚え」

福田知事は、「今私たちがそうした先人たちの努力に報いることなく、一時の事情でその歩みを止めることとなれば、それは未来に対する我々の責任の放棄になりかねない。」と発言しています。

ダムが最善の治水対策でない以上、ダムを建設するための「歩みを止め」ても問題はありません。

福田知事は「ダムありき」の発想だから、「先人たちの努力」を「ダム建設のための努力」としか考えられないのでしょう。

数百年前から連綿と続いてきた努力は、治水対策のための努力であって、ダム建設のための努力ではないのです。

詩人でラジオパーソナリティーのアーサー・ビナード氏が「ダムの一つ覚え」と批判しているように、治水=ダム建設ではないのです。

「未来に対する我々の責任の放棄」云々もダムに合理性があることを 前提とした議論であり、ダム建設に合理性がなければ、ダムを建設することこそが「未来に対する我々の責任の放棄」となります。

ダムを建設して、希少生物が絶滅したら、ダム決壊により下流で大水害が起きたら、福田知事は責任をどうやってとるのでしょうか。

福田知事の主張は、「八ツ場ダムを建設することが妥当であるに決まっている」という前提に立っています。

しかし、なぜ妥当なのかについて合理性のある説明を聞いたことがありません。なぜ妥当かについての説明はいつも省略されているのです。だから詭弁なのです。

冒頭の発言では、カスリーン台風での栃木県内の死者数に言及していますが、栃木県が10億4000万円を負担することの合理的な説明になっていないことは明らかです。

ちなみに、栃木県は上記10億4000万円のうち「2010年度末までに約5億9600万円を支出した。」(11月22日付け下野)そうです。

しかし、栃木県が支払うことになる負担金の額は10億4000万円で済まないことは明らかです。

水源連では、事業費について以下の増額要因を挙げています。
○付替県道・国道等の関連事業の大幅な遅れに伴う追加予算
○東京電力株式会社の水力発電所における発電量が減ることに対する補償
○地すべり対策工事費

これらの要因による増額は、1000億円以上という見方があります。

八ツ場ダムの総事業費が仮に1000億円増えれば、栃木県の治水負担金は約2億2600万円増えることになります。

八ツ場ダムによって「著しく利益を受ける」(河川法第63条第1項)ことがない栃木県に国土交通大臣が費用を負担させることは違法なのです。

現在、こんな違法がまかり通っています。

栃木県知事も栃木県議会も宇都宮地方裁判所も栃木県の納税者の利益を考えてくれません。不条理です。

(文責:事務局)
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