みずき〜「草の根通信」の志を継いで〜(資料庫) というブログがあり、関連記事(1):再説 いわゆる『911テロ=米政府謀略説』について〜Re: ノーベル平和賞とインド洋給油法案というページがあります。
そこには、9.11某略説を批判して次のように書かれています。
WTC1号棟と2号棟、7号棟に爆弾が仕掛けられ、建物が崩壊したとして、白昼数百人以上もの人が出入りしている同1、2、7号棟にどうやって爆弾を仕掛けたのか、という問題。そのような途方もない謀略をブッシュ政権はいつ実行したのか、という問題等々について合理的・科学的な説明をなしえていないように私は思います。
ビルが火災で崩落したという説明の方が余程「合理的・科学的な説明をなしえていない」と思います。
●大統領の弟が新警備システムを設置
上記疑問に関し、最も詳しいと思われるサイトを紹介します。
阿修羅の911ミステリー大まかな日本語訳というページです。http://www.jonhs.net/911/911_mysteries.htmという動画の日本語訳が掲載されています。
「ツインタワーの警備と避難」という項目を引用します。
(1:01:04)TOWER SECURITY AND EVACUATIONS
ツインタワーの警備と避難
第7号棟は 前もっての避難が徹底していたので、死者はまったくでませんでしたが、ツインタワーは違っていたという事実を実際のフィルムと現場にいた人の生の声から探っています。
第1号棟への衝突の後、第一号棟の人達が避難中に 二号棟の人達は、警察官から 中は安全だから自分の席に戻るように指示されたようです。
指示に従ったために、衝突後ビルの上層階に取り残されて多くの人が死亡しましたが、無事階段を伝って降りてきた人もいます。 生存者とその人を救助した人、戻ったために息子を失った父親にインタビューしています。
次にWTCの保安警備を担当していた セキュアコムという会社について語っています。
この会社はワシントンのダラス空港(ペンタゴンに突っ込んだとされるアメリカン航空77便が離陸した空港)とWTCの両方の安全確保を担当していたのですが、1993年から2000年までの会長を勤めたのはジョージ・ブッシュの弟 マービン・ブッシュでした。
この会社は1996年から2000年にかけて8.3億ドルの費用で WTCに新しい警備システムを設置しています。
ビデオは 「このとき設置されたのは 単に警備システムだけだったのだろうか? 長い時間をかけて練ってきた計画の 配線を設置しなかったのだろうか?」と疑問を投げかけています。
そしてブッシュ兄弟の従兄弟である ワート・ウォーカー3世が 1999年から2002年まで実行責任社長を勤めています。
これらの事実は全くマスコミを通じて報道されなかったと述べています。 (勿論 報告書にも記載はありません。)
次に1号棟に入居していた信託銀行のコンピューター係りスコット・フォーブズ氏の"事件の直前の週末の先例のない停電"についての言葉を紹介しています。
「港湾局から3週間前に通知があって、事件前の週末にビル全体が停電になりました。銀行内のコンピューターが止まってしまうので週末出勤するはめになったのだが、その日ビルの警備装置、監視カメラも作動していず、表も裏もドアは全て手で開けることができた。その時インターネットの配線という説明がありましたが、多くの作業員達が太い配線を設置していた。」という証言を紹介しています。
同じような証言を前出のロドリゲス氏からも取っています。 このスコット氏は銀行のコンピューターシステムバックアップの為の週末出勤の代休として事件当日は会社を休んでいたことが幸いして 自宅の在る対岸のニュージャージーから ビルの崩壊する様を 生きて眺めることになりました。
スコット氏は あの週末の不振な停電と配線作業が ビルの崩壊と関係があることを確信して、911調査委員会を含めて色々なところに知らせましたが、全て無視されてしまいました。
また同じくビル内で働くベン・ファウンテン氏は事件のおきたその前の週は 何度も繰り返して ビルから退避させらたと証言しています。
その他に ビルの警報装置が事件の5日前から解除されていたこと、常時配置されていた爆弾探知犬が他に移動させられていた(9月5日に移動)ことを述べています。
もし爆弾探知犬がそのまま配置されていたら 何をみつけているのだろうか?というナレーションで終わりにしています。
政府に都合の悪い証言は、調査委員会が相手にしないということのようです。