高鈴事件は集団的自衛権容認の根拠にならない(その2)

2015-11-24

●高鈴は日本船か

岡本氏は「日本の30万トンのタンカーの「高鈴」が」と言います。

しかし、一般社団法人日本海運集会所のサイトの「竣工船フラッシュ」のページによると、高鈴(28万トン)は三菱重工業長崎造船所が建造したようですが、船籍はパナマであり、船主は"BURNEY INTERNATIONAL CO."となっていますから、日本に登録免許税や固定資産税を払っていないと思います。

乗組員については、KODAMA FORESTというサイトには「この時の「TAKASUZU」は船長のみが日本人」と書かれていますが、上記日本財団図書館というサイトの「平成16年度海上におけるセキュリティ対策調査研究報告書」には、「29名乗組(日本3名、クロアチア6名、フィリピン20名)」と書かれています。

どちらも出典不明で、どちらが正しいのか分かりませんが、当時の乗組員のうち、日本人は多くてもわずか3人だったと考えられます。

ちなみに、2013年現在で日本船籍の原油タンカーは16隻しかないようです(Bloomberb.co.jpの海賊襲撃から日の丸タンカーを守れーー 法施行で年内にも武装へ)。

●日本郵船は日本の法律を守っているのか

また、高鈴事件の後ですが、Wikipediaによれば、日本郵船は「2007年(平成19年)6月脱税が発覚、東京国税局の摘発を受ける。平成18年3月期までの7年間で約6億円の所得隠しを指摘された。このほか、申告漏れ総額は約45億円で、重加算税などを含めた追徴税額(更正処分)は約15億円に上る。」そうです。

2014年には、「輸出自動車の海上輸送運賃をめぐる国際カルテルで、公正取引委員会は3月18日、日本郵船(株)など5社の独占禁止法違反(不当な取引制限の禁止)を認定して、同社など4社に総額227億1,848万円の課徴金支払いと排除措置を命じた。(2014年3月19日付けスペシャリスト企業経営ネットの弁護士ニュース)という事件がありました。

「課徴金額は、日本郵船が131億107万円」だったそうです。

なお、「海運業の独禁法適用除外は08年に欧州連合(EU)が廃止を決めるなど各国で見直しの議論が進んでいるが、日本では「経済全体に悪影響がある」として除外規定が維持されている。」(2012年09月06日付け毎日新聞)そうです。日本の海運業は、海上運送法により独禁法適用除外規定(第28条以下)があり、特別に保護されているのに、海運業者は、その甘いルールさえも守らないようです(国土交通大臣に届け出れば価格協定ができるのに、届け出ないで協定した。)。

●日本郵船のために死ねるか

国際競争上、便宜置籍船であることは仕方ないとしても、日の丸を掲げていない、脱税をする、違法に価格協定をしてまでもうけようとする、日本人はせいぜい3人しか乗っていない、そんな船会社が税金と自衛官の命をかけて護衛するべきだという話はおかしくないでしょうか。

「仮に実質的な船主がどんな企業であれ、積み荷の原油は国民全体で使うものだから、税金と自衛官の命をかけてタンカーを守るべきだ」という意見もあるかもしれません。

確かに原油は日本国民にとって重要ですが、それなら石油会社は治安の悪いイラク以外の産油国から買えばよかったのではないでしょうか。

●事件はいつ起きたのか

岡本氏は、「2004年4月24日の真夜中、3隻の自爆ボートがイラクのバスラ沖合のオイルターミナルに突っ込んできた。」と言います。日付は間違いないでしょう。

しかし、事件は「真夜中」に起きたのではないと思います。

三つ目のGlobalSecurityからの英文には、At approximately 5 p.m. (local)、つまり「現地時間でおおよそ午後5時」と書かれています。

また、日本財団図書館の文章には、「午後7時10分頃」と書かれています。

2時間のズレがあるので正確な時刻は不明ですが、攻撃は夕方から夜にかけてあったと考えるべきでしょう。

テロリストが真夜中に船でターミナルに近づいたら、すぐに怪しまれて撃沈されるでしょう。なのでテロリストは夕方という時間帯をねらったと考える方が合理的だと思います。

「真夜中」とは、午後12時(午前0時)近くの時間帯を指すと解されています。真夜中に事件が起きたと言っているのは岡本氏だけなので、事件が「真夜中」に起きたのではないと思います。

また、攻撃は2回あったと見るべきでしょう。2回目の攻撃は、最初の攻撃の約20分後にあったとする記述が多いからです。

1回目の攻撃はアマヤ海上石油ターミナルを標的として、2回目の攻撃は同施設から約11km離れたアルバスラ海上石油ターミナルを標的としてあったと思います。

岡本氏の「3隻の自爆ボートがイラクのバスラ沖合のオイルターミナルに突っ込んできた。」という話は、3隻がいっぺんに突っ込んできたように聞こえ、岡本氏が話に緊迫感を出すために脚色した可能性があります。

産経新聞の湯浅記者の「多国籍軍の艦艇が、ターミナルに接近中の不審な高速ボート3隻を発見し、銃撃戦になった。うち1隻の高速ボートは「高鈴」の手前数百メートルで大爆発を起こした。」という記述も3隻がいっぺんにターミナルに突っ込んで来たような記述で同様の問題があると思います。3隻がいっぺんに発見されたわけではないでしょう。そして前記のように、米兵らを死傷させた船との銃撃戦はなかったと考えられます。

●どんな船が襲ったのか

産経新聞の湯浅博記者によれば、「小型の高速ボート」(湯浅記者が「高速ボート」をどういう定義で使っているのかが不明ですが)が襲ったことになっていますが、疑問があります。

Jennifer H. Svan 記者は、最初の攻撃について、ダウ船(dhow)が自爆したと書いており、その手前にsmall, rickety vessels called dhowsと書いていることから、ダウ船とは「小さく(とは言え、boatよりは大きいが)、がたが来た船」という意味でしょうから、少なくとも同記者は、最初の攻撃に使われた船を高速ボートとは認識していません。ただし、ダウ船を帆掛け船と解説しているサイトもありましたが、Wikipediaによるとダウ船は帆掛け船とは限らず、エンジンを動力としている場合もあるようです。

Stars and Stripesの記事にもダウ船と書かれています。

したがって、少なくとも3隻のうち1隻については、ダウ船だと思います。

確かに、米兵らが死傷しなかった攻撃に使われた船については、Jennifer H. Svan記者はspeedboatsという表現をしています。ダウ船よりは速いでしょうが、speedboatsと呼べるようなしろものであったかについては疑問です。

米兵らが死傷しなかった攻撃に使われた船については、他の英文記事はsmall boatsと呼んでいますので、サイズがダウ船よりも小さいので、その分速く走れるという程度のものだったのではないでしょうか。

湯浅記者は、敢えて「高速ボート」と書くことによって、緊迫感を出したのではないでしょうか。

●高鈴がどういう状態のときに事件は起きたのか

岡本氏は、「原油を積んでいた際に自爆テロボートに襲われた」(2015年7月13日公聴会)と言います。

しかし、「原油を積んでいた際に」事件が起きたのかは疑問です。

岡本氏自身、2008年9月19日付け産経新聞では、「1隻の行く手には、原油を積んだ28万トンの超大型タンカー「高鈴」が停泊していた。」と、積み終わってから事件が起きたように書いていました。

また、日本財団図書館の資料では、「当時、当該石油ターミナルにはわが国の海運会社が運航するタンカーが荷役待ちのために停泊中であった」としており、当該タンカーが高鈴だとすると、「荷役待ちのために停泊中であった」ことになります。積み始めていなかったことになります。

「積んでいた」(岡本氏)、「積んだ」(岡本氏)、「荷役待ち」(日本財団図書館)と3通りの記述があって、真相が分かりません。

そもそも英文記事は、タンカーについて触れておらず、真相は一層不明です。

岡本氏自身の表現が揺れているのですから、言えることは、岡本氏は、話に緊迫感を持たせるために「原油を積んでいた際に」と脚色した可能性があるということです。

「攻撃があったのが高鈴が原油を積む前か後かはどうでもいいじゃないか」という意見もあるかもしれませんが、表現が多様だということは、そもそもこの事件は、3人の米兵らが死んだこと以外は、真相が不明なので「言ったもん勝ち」になっている、したがって、あまり真に受けない方がいいということです。

●攻撃の対象は何か

岡本氏は、「原油を積んでいた際に自爆テロボートに襲われた」(2015年7月13日公聴会)と言います。

湯浅記者の記事でも「自爆テロに攻撃された日本船」「実はこの「高鈴」が、ペルシャ湾のイラク・バスラ沖で実際にテロ攻撃を受け、間一髪で撃沈をまぬがれていた。」と書かれています。

しかし、高鈴が自爆テロの標的になったわけではないようです。

なぜなら、岡本氏自身、2008年9月19日の産経記事では、「3隻の自爆ボートがイラクのバスラ沖合のオイルターミナルに突っ込んできた。」と前記公聴会での発言とは矛盾することを書いていますし、また、湯浅記者も、「石油積み出しターミナルが小型の高速ボートによる自爆攻撃の標的になった。」と書いているからです。

「スパイク通信員の軍事評論」というサイトの著者も「石破大臣の答弁は“常套句の使い古し”」というページで「2004年4月24日、日本郵船の石油タンカー「高鈴」が、自爆攻撃を受けて損傷した事件がありますが、これもやはり船ではなく、港湾施設を狙ったテロ事件でした。「高鈴」はたまたま近くに停泊していたので被害を受けたのです。」と書いています。

シンクタンクGlobalSecurityの殉職者リストにもバスラ沖の事件についてはattacks against oil facilities と書かれています。
http://www.globalsecurity.org/military/ops/iraq_casualties_apr04.htm http://www.globalsecurity.org/military/library/news/2004/04/04-04-40c.htm

そこからリンクする速報記事にもOIL TERMINAL ATTACKSと書かれています。

Stars and Stripesの記事でも

On 24 April 2004, Firebolt's rigid-hulled inflatable boat attempted a boarding operation on a dhow that was approaching the Khawr Al Amaya Oil Terminal in Iraq.

とあり、「石油ターミナルに接近しようとしていたダウ船」とあります。

また、Stars and Stripesの別の記事にも

Abu Musab al-Zarqawi, the leader of al-Qaida in Iraq who was killed in June, claimed responsibility for an April 24, 2004, oil terminal attack that killed two U.S. Navy sailors and one U.S. Coast Guardsman and maimed several other people.
とあり、oil terminal attackと書かれています。

以上のとおり、岡本氏も「オイルターミナルに突っ込んできた。」と書いていますし、湯浅記者もターミナルが標的となったと書いています。

そして英文記事には、すべてターミナルが標的であると書かれています。

したがって、公聴会で岡本氏が「「高鈴」がイラクのバスラ港沖で原油を積んでいた際に自爆テロボートに襲われた。」と述べたのは、事実を歪めていると思います。

そして攻撃の対象が高鈴でなく、ターミナルである以上、米兵らに直接的に「日本のタンカーを守る」という意識があったとは思えないので、「そのときに身をていして守ってくれた」「彼らは日本のタンカーを守って死に」という表現もまた適切とは思えません。

●高山事件でも不適切な表現があった

話がそれますが、日本郵船の「高山」というタンカーが海賊に襲われた事件があったようで、産経新聞では高山事件でも同様の不適切な表現があったようです。

2008年 06月 24日付け産経の「【一筆多論】中静敬一郎 メルケル首相ありがとう」には、次のように書かれています。

4月21日未明、日本郵船の15万トンタンカー「高山」はイエメン・アデン沖の公海上で、海賊船に40分間追い回され、5発の対戦車ロケット砲を発射された。至近弾により船尾に直径20ミリの穴があき、あわやというそのとき、急行したのはドイツ駆逐艦「エムデン」だった。

エムデンが飛ばしたヘリコプターを見るや、海賊船は一目散に逃げた。日本人7人ら乗組員23人は窮地を脱した。ドイツのメディアは大々的に報じた。

しかし、「エムデンが飛ばしたヘリコプターを見るや、海賊船は一目散に逃げた。」ではなく、「ヘリが着いたとき、海賊はすでに逃げた後だった」(週刊オブイェクトというサイトの「また産経ですか・・・エムデンの艦載ヘリが海賊船を追い払ったわけではありません」というページ)というのが事実のようです。

●標的は本当に原油積み出しターミナルか

テロ攻撃の標的が原油積み出しターミナルだという説は、米英の公式見解でもあると思います。

しかし、テロリストは、石油ターミナルを爆破しようと思っても、ダウ船でターミナルに着く前に米英軍の船に捕まって臨検されてしまうことは予想していたと思います。あわよくばターミナルを破壊したかったのかもしれませんが、成功の確率が低いことは分かっていたと思います。

そうだとすると、自爆テロ攻撃の標的はターミナルではなく、臨検のために乗り込もうとする多国籍軍の兵士だったとも考えられないでしょうか。

ちなみに、湯浅記者は、攻撃の目的について、「その数日後、国際テロ組織アルカーイダに関係するザルカウィ容疑者の犯行声明が出た。彼らはタンカーを狙えば原油価格が高騰し、西側の主要国が耐えられなくなると信じている。」と微妙な書き方をしています。

湯浅記者は、アルカイダの犯行声明の内容をなぜか示していません。だから、犯行の目的も不明というのが正確でしょう。

湯浅記者が「彼らはタンカーを狙えば原油価格が高騰し、西側の主要国が耐えられなくなると信じている。」と根拠も示さずに書いているだけで、アルカイダが本当にそう言ったかどうかは分かりません。

●2回目の攻撃をした船は爆発したのか

2回目の攻撃をした船が爆発したのかは、記事によってまちまちで判断がつきませんでした。

要するに、この事件は不確かなことが多いので、持ち出されて真に受けるとだまされることになるということです。

●岡本氏は軍需企業への天下り

Wikipediaによれば、岡本氏は外務省職員だったのですが、1991年1月に46歳で退官しました。

若くして退官した理由は、「管理職となって現場に関われなくなることに不満があった」と「岡本行夫 現場主義を貫いた外交官 90年代の証言」(五百旗頭 真, 伊藤 元重, 薬師寺 克行 、2008年)に書かれている(Wikipedia)ようです。同書はインタビュー形式なので、本人が上記のように言ったと思われますが、そんな理由で退官する公務員がいるとは思えず、案の定、日経新聞のサイトには、「「将来の次官候補」といわれながら職を投げうったのは、「組織にとらわれない国際的な仕事に魅力を感じた」から。」と、上記著書とは異なる理由が書かれており、岡本氏の退官の本当の理由ははっきりしません。

退職の理由に一貫性がないのは、どちらも本当の理由ではないからかもしれません。

Wikipediaによれば、「同(1991)年 株式会社岡本アソシエイツ設立、同代表取締役就任」となっています。

BLOGOSの2015年07月24日の記事「沖縄問題と東アジアの安全保障 - 岡本 行夫」に「シンクタンク「岡本アソシエイツ」代表」と書かれているのですから、「岡本アソシエイツ」は今でも存在するはずです。

HotFrogというサイトによると、住所と電話番号は分かりますが、ウェブサイト は「未登録」となっています。

岡本氏のような影響力のある人物が設立した会社がホームページを設けないということがあり得るのでしょうか。

岡本アソシエイツの業務内容は全く不明です。秘密にしたいということでしょう。

岡本氏は、岡本アソシエイツが1993年4月に米石油建設大手「ベクテル」社とアドバイザー契約を結んだことを認めています。ただし、96年10月以降、同社との接触はないと言ったと「文藝春秋」(2004年3月号)に書かれているようです(阿修羅が引用する2004 年 4 月 26 日付け東京新聞)。

ほとんど外務官僚としてしか働いたことのない岡本氏に対して世界最大のゼネコンが教えを請うとは不思議です。石油確保に関する日本の方針を外国企業に教えるようなことは守秘義務に違反するのでしないはずです。そうだとすれば、岡本氏は百戦錬磨の巨大企業ベクテルに何を指南したのでしょうか。

また、上記文藝春秋記事(著者は歳川隆雄氏)によると米国トップのミサイルメーカーである「レイセオン」も岡本アソシエイツのクライアントであった可能性があるといいます。レイセオンも、商売の経験のない岡本氏に何を相談したのでしょうか。

2000年以降は、次のような企業の役員となっています。
2000年6月 三菱マテリアル株式会社取締役
2007年6月 - 三菱自動車工業株式会社社外監査役
2008年6月 - 日本郵船株式会社取締役
2014年6月 - 株式会社NTTデータ取締役

そのほか、以下のような役職にも就いています。
日本郵船アドバイザリーボードメンバー(2006年 - 2008年)
東芝経営諮問会議メンバー
小松製作所インターナショナル・アドバイザリー・ボード社外アドバイザー

Wikipediaの「軍需企業の一覧」によると、三菱自動車工業株式会社、株式会社NTTデータ、株式会社小松製作所、株式会社東芝は軍需企業です。

三菱マテリアル株式会社は、主に工業製品の部品や材料を供給する企業なので、軍需企業に分類されていませんが、三菱重工などの軍需企業に部品を供給しているはずで、軍需に関わりが深いと思います。

日本郵船もWikipediaの軍需企業のリストには載っていません。

日本郵船は、Wikipediaによれば、1885年に郵便汽船三菱会社と三井系国策海運会社・共同運輸会社が合併し、日本郵船会社を設立したのですが、三井系ではなく、なぜか三菱グループの企業とされていますので、三菱電機、三菱重工業、三菱自動車等の製造した軍需製品を運搬するでしょうし、日本郵船の会社概要によると三菱重工業が第3位(信託銀行を除けば第1位)の大株主ですから、軍需企業と一体化していると言えると思います。

岡本氏は軍需産業の一員です。

岡本氏が日本を取り巻く軍事的脅威が増していると言って国民の不安をあおり、税金が軍需に使われ、日本が軍事大国化するほど岡本氏の収入が増えるという関係があるのですから、日本国民は岡本氏の言うことを真に受けない方がいいと思います。

ゼネコンの役員が「ダムをたくさん建設すると国民が幸せになれます」と言っても信用する国民はいないと思います。「群馬に精通した総合コンサルタント」であるプロファ設計株式会社の技術参与である重田佳伸氏が「ダムは本当に不要なのか」(ナノオプトニクス・エナジー出版局、2010年)という本(共著)で八ツ場ダム必要論を説いていますが、仕事が欲しくて言っているんだろうと思われてしまい、説得力がありません。

岡本氏が軍需企業から収入を得ている以上、岡本氏の説く軍事拡大必要論が公益の実現を目的としているとは思えません。

●公私混同が疑われた

2004 年 4 月 26 日付け東京新聞は、「イラク北部のセメント工場再建計画で、北部シンジャーを視察した岡本氏が、CPA北部地域調整官からセメント工場の再建で相談を受けた。岡本氏はモスルから同社(岡本氏が2000年6月から社外取締役を務める三菱マテリアル)の西川章社長に電話し、社員の派遣を要請。帰国後に経産省とも直談判し、社員二人が政府の「産業調査員」の身分で経産省職員とイラク入りし、工場修理を見積もったというものだ。」(括弧書きは引用者)と報じています。

岡本氏は、「三菱マテリアルはボランティアで無償の技術援助をしてくれた。」と言いますが、無償であることの証拠は示されていません。仮に無償だったとしても、別の利益があったかもしれません。

「国益のため」にやったことだとすれば、李下に冠を正さずで、「産業調査員」の設置が必要なのであれば、自分とは関係のない会社の社員を「産業調査員」にすべきだったと思います。

●マッチポンプ、自作自演、自業自得ではないのか

政府やその支持者の話は、いきなり「テロリストに襲われました」から始まるのが常套手段です。自分に都合のよい場面だけを抜き出して自説の正当性を主張する詭弁の手口がありますので、注意が必要です。

そもそもバスラ沖の治安が悪化したのは、2003年3月にアメリカがイラク戦争を始め、イラクを侵略したことに端を発しています。高鈴事件は、イラクの治安体制が崩壊していなければ、起きていなかった事件ではないでしょうか。

2003年12月には、フセイン大統領がイラク中部ダウルで拘束されました。

外国の干渉は形式的にはそれ以降、復興支援となりましたが、戦闘は続いており、2004年4月8日には日本人人質事件が、同月11日には「ファルージャの戦闘」が起きています。

ファルージャの戦闘については、「作戦の結果、多数のイラク人、住民が殺害された。米軍は、4月11日からは空爆を中心とする大規模な攻撃を開始し、さらに多くの住民を殺害した。殺害された住民の数は600人とも千人以上とも言われる。殺害された住民のうち25%は女性で、25%は子供だったとも言われている。」(Wikipedia「ファルージャの戦闘」)そうです。

Wikipediaには「(2004年)4月中の米兵死者数は136人で過去最悪。イラク人も約1380人が死亡と報告。」とあります。

2004年におけるイラクの治安状況は、慶應義塾大学のサイトの【イラク戦争における米軍および有志連合軍の死傷者】のグラフを見ると分かると思います。

「「高鈴」が襲撃された04年4月は、イラク中西部ファルージャでの無差別虐殺が行われ、反米・反日感情が一気に高まった時期でもある。」(志葉 玲のイラク情勢Watch)という指摘もあります。

高鈴事件の起きた2004年4月は、非常に危険な時期でした。

米英が中心になってフセイン政権の治安体制を破壊した。それを日本が支持した。その結果、イラクの治安が悪くなったので多国籍軍でシーレーンを確保すべきだ、自衛隊も参加すべきだ、というのが岡本氏の理論ですが、マッチポンプではないでしょうか。

小林よしのり氏が「ちなみに岡本行夫は、小泉首相の時の内閣官房参与で、イラクが大量破壊兵器を持っていることは間違いないと断言して、イラク戦争を支持した大馬鹿者である。」(岡本行夫はリアリストか?)と書いています。

祝子川(ほうりがわ)通信というサイトの「岡本行夫の登場でますます怪しくなった安保法制」というページでも大野龍一氏が次のように書いています。

(2003年11月)当時岡本行夫は小泉政権の内閣総理大臣補佐官(イラク担当)で、奥克彦氏の派遣も、自衛隊の派遣も、この人の提言によるものだったろうと思われるからです。さらにいえば、小泉が愚劣なイラク戦争支持を早々と打ち出した背景にも、ブレーンとしての岡本氏がいたことでしょう。

小泉首相にイラク戦争を支援するように知恵をつけたのは岡本氏であると思います。その結果、イラクの治安が破壊され、そこで日本郵船のタンカーが原油積み出しターミナル又は米兵を標的としたテロのとばっちりを食った(らしい)。だから自衛隊を派遣しろという理屈は、マッチポンプであり、先の大戦における関東軍の理屈と同じだと思います。

イラク日本人人質事件が起きた当時、外務省がイラクへの渡航自粛勧告を出していたと言われています(陽月秘話というサイトの「平成史考察〜イラク日本人人質事件(2004年)」というページ)。

ボランティア活動のためにイラクに行った高遠菜穂子氏に対して自己責任、自業自得と批判した人たちが同じ時期にバスラ沖に行った高鈴に同じ言葉を投げないとしたら、ご都合主義にならないでしょうか。

岡本氏が外交評論家として高遠氏にどういう態度をとったかは知りませんが、擁護したという話は聞きません。

●秩序を破壊したのは誰か

岡本氏は、2008年9月19日付け産経新聞で次のように書いています(再掲)。

今年8月27日、アフガニスタンでNGO(非政府組織)「ペシャワール会」の伊藤和也さんが遺体で発見された。伊藤さんはジャララバード近くで多くの村民に慕われながら農業指導を行っていた。しかし、この痛ましい殺害事件を報じた夜の報道番組の人気キャスター氏は「テロとの戦いのひどさ、これは一体なんだろうという気になります」と、カメラに向かって深くうなずいた。彼は、伊藤さんを殺したテロがひどいと言ったのではない。伊藤さんが殺されたのは米軍の誤爆などが原因である、だからテロと戦うことがひどいと言ったのだ。

このキャスター氏は、イラクで自爆ボートを阻止して殉職した3人のアメリカ人の遺児たちに「お父さんはひどいことをしてくれた」と言うのだろうか。一部のマスコミは、秩序を維持する側と破壊する側のどちらを被害者、どちらを加害者と考えているのだろうか。何かがおかしい。

ここでキャスター氏とは、古館伊知郎氏だと言われています。

アフガニスタンで伊藤和也氏が拉致され殺害された事件についてここでは触れません。

ただ、岡本氏や読売等一部マスコミの見方と古館氏の見方のどちらが妥当なのかは、日本ジャーナリスト会議会員・桂敬一氏の意見(NPJ通信というサイトのメディアは今 何を問われているか)読んで判断していただきたいと思います。

イラク戦争で戦死した兵士の死をどう評価するかは、イラク戦争に大義があったかにかかっていると思います。

●首相もイラク戦争に大義がないことを間接的には認めた

2015年5月28日の衆議院の我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会において志位和夫・日本共産党委員長が次のように述べました。「wakaben6888のブログ」の「志位和夫日本共産党委員長による質疑を読み解く(6/完)〜ベトナム戦争とイラク戦争を教訓としない国」から引用します。

ただ私が、ここでただしたいのは、イラク戦争の性格をどう見るかではありません。米英等が戦争を開始する最大の口実にした大量破壊兵器の問題です。

米国のブッシュ大統領、英国のブレア首相は、イラクへの軍事攻撃を開始するさいに、「イラクは大量破壊兵器を保有している」と繰り返し断定し、それを戦争の最大の理由にしました。当時の小泉首相も、「イラクは大量破壊兵器を保有している」と断定し、それを最大の理由として米英の軍事攻撃への支持を表明しました。当時、官房副長官だった総理、あなた自身も、国会の答弁で「大量破壊兵器を廃棄させるためには武力行使もやむを得ない、それに対する支持をした」とおっしゃっておられます。

にもかかわらず大量破壊兵器は存在しなかった。これは事実であります。米国政府によるねつ造だったことは今や誰も否定できない事実となりました。この事実に対して、日本政府はどういう検証をやっているんでしょうか。

この事実を前にして、ブッシュ大統領は、「イラクの大量破壊兵器に関する情報機関の分析は誤りであることが判明した」と、情報の誤りを認めました。「在職していたすべての期間中の最大の痛恨事」とものべました。ブレア首相も、情報の誤りについては「責任を感じている」と表明しました。

総理、米英とも、当事者たちは、戦争を開始したことが間違っていたとは認めていないものの、「大量破壊兵器の保有」という情報が誤っていた、認識の誤りであった、これは明確に認めているんです。日本政府としても、誤りをきっぱり認めるべきではないですか、総理。(首相は答弁に立たず)総理、あなたが言っているんだ。(首相は答弁に立たず)総理、あなたが言っているんだ。

最初は外相が答弁していましたが、最後には、安倍晋三・首相も次のように答弁せざるを得ませんでした。

武力行使を行った米国、あるいは武力行使をイギリス等はですね、また情報収集を主体的に行った両国が、その情報が誤りであったことを認めているということでございます。

今では日本の首相もイラク戦争を始めた理由が間違っていたことを米英が認めざるを得ませんでした。イラク戦争に大義がなかったことは明らかですから、高鈴事件の際に亡くなった米兵らは大義なき戦争の犠牲者です。

アメリカの戦争屋、品よく言えば軍産複合体の商売のための犠牲者です。

イラク人にとって米英の兵士は侵略者であり、「ひどいことをしてくれた」人たちです。

岡本氏は、「殉職した3人のアメリカ人の遺児たちに「お父さんはひどいことをしてくれた」と(キャスター氏は)言うのだろうか。」と書きました。言わないと思います。幼い遺児にイラク戦争の大義の有無を理解させることは不可能ですから。でも、遺児が18歳くらいになったら、誰かが本当のことを知らせるべきだと思います。

戦死者の死に大義がなかったと言っては遺族に気の毒だからという理由で、すべての戦争を大義があったことにしてしまうのは、詭弁です。岡本氏は、この詭弁を使っています。

●死者の美学化による思考停止のワナにはまるな

ノートルダム清心女子大学文学部日本語日本文学科准教授の原豊二氏は、次のように言っています。

一方で、人の死を美学化する文学作品があるのも事実です。特に戦死者に対して美学化が行われます。すべての詳細な経緯を捨象し、思考停止を求める戦死者の『英霊』化には特に注意が必要です。私の祖父はどうやら餓死であったようですが、この死の原因は軍部の戦略ミスにほかなりません。『英霊』化とは、権力側による責任逃れの一手法でしかありません。

岡本氏の論法は、米兵らに幼子がいたことを強調することによって、正に「すべての詳細な経緯を捨象し、思考停止を求め」るものだと思います。岡本氏は、米英軍による「誤爆」によって罪もないたくさんのイラクの子どもや女性が殺されていることには触れません。自分に都合のいい場面だけを取り出して、相手を思考停止に陥らせる作戦です。

私たちは、経緯を忘れて思考停止に陥ってはいけません。

高鈴事件は集団的自衛権容認の根拠にならない(その1)
高鈴事件は集団的自衛権容認の根拠にならない(その2)
高鈴事件は集団的自衛権容認の根拠にならない(その3)

(文責:事務局)
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