国土交通省は堤防強化策を抹殺した

2017-02-11

●鬼怒川大水害の原因の一つが堤防の決壊だった

2015年9月関東・東北豪雨で鬼怒川大水害が起きました。

原因の一つは、茨城県常総市若宮戸が堤防がないまま放置された上に、メガソーラー業者によって河畔砂丘が最低でも約2m、最高で約4.5mも掘削されたことです。

八間堀川の堤防決壊や排水の失敗も原因の一つです。

国が原因として世間の注目を集めようとしたがっているのが、三坂町上三坂での堤防の決壊です。

確かに堤防決壊による被害は甚大です。

しかし、洪水が堤防を乗り越えても、堤防が決壊さえしなければ、多くの洪水被害は、床下浸水くらいですむはずです。

●決壊しない堤防はある

では、決壊しない堤防があるかというと、あります。

越流堤(国土交通省国土技術政策総合研究所のサイト) です。

越流堤は洪水を遊水地や調節池に流し込むための施設であり、表面をコンクリートやアスファルト等で覆い、頑丈な構造にするのですが、すべての堤防を越流堤にすることは、物理的にも費用的にも無理です。

しかし、土の堤防でも、越流堤の原理を応用して、何らかの材料で被覆すれば、越流しても決壊まで数時間は持ちこたえる堤防を建設することは可能なはずです。(耐越水堤防には、堤防の中央にコアとして鋼矢板を打ち込む方法もありますが、今回は法面と天端の被覆及び法尻保護工で考えます。)

そして、河川官僚も越流しても容易に決壊しない堤防の必要性は認識していました。

●東京新聞がこの問題を採り上げた

鬼怒川大水害の1周年記念日に当たる2016年9月10日付け東京新聞は、「こちら特別報道部」のコーナーで「突然消えた堤防強化策 鬼怒川決壊きょう1年」という記事を載せました。

次のように書かれています。

「(元河川官僚の宮本博司さんは)堤防決壊の7〜8割は越水によるもの。堤防強化は河川対策の一番の基本なんです」と説明する。
実際、国土交通省もかつて同様の認識で堤防強化を進めていた。

96年の旧建設省の建設白書では「計画規模を超えた洪水による被害を最小限に押さえ、危機的状況を回避するため、越水や長時間の浸透に対しても、破堤しにくい堤防の整備が求められる」と、「想定外の雨」や越水対策の必要性を明記。同様の記述は5年連続で白書に書かれ、97年からの治水事業5カ年計画では、決壊しにくい「フロンティア堤防」の整備推進が盛り込まれた。

2000年には設計指針が全国の出先機関に通知され、全国の河川で計250キロの整備を計画。実際に信濃川や那珂川など四つの河川の計約13キロで工事が実施された。だが、ダム建設の反対運動で反対派が「河川改修をすればダム不要」とする主張を展開し始めると、白書からフロンティア堤防の記述が消えた。02年7月にはフロンティア堤防の設計指針を廃止する通達が出された。突然の方針転換の理由は、白書に書かれていない。

土木学会は08年、国交省から堤防の越水対策について見解を求められ「技術的に実現性は困難」などと報告。国の堤防整備はかさ上げ対策に偏り、被害を軽減するフロンティア堤防はお蔵入りとなった。

(略)

(1980年代に建設省土木研究所は)越水対策の研究に着手。河川局も研究結果を受け、関係各課の中堅幹部らが議論を積み重ね、事業に組み込んだ。十分に役立つ技術と判断したからこその導入だったという。

だが、2001年ごろに川辺川ダム(熊本県)の反対運動が高まると、国交省内の空気はがらりと変わったという。建設に反対する市民団体は「フロンティア堤防整備など河川改修をすれば、ダムは不要」とする論陣を張った。脱ダムの機運に押された省内では「越水対策」そのものが敬遠され始めたという。


●堤防強化策が消えた

つまり堤防強化策は、1996年から5年連続で建設白書に記載され、「97年からの治水事業5カ年計画では、決壊しにくい「フロンティア堤防」の整備推進が盛り込まれた。」のです。

2000年には堤防強化策を盛り込んだ「河川堤防設計指針(第3稿)」が建設省から各出先機関に通知されたのです。「第3稿」とありますが、未定稿という意味ではありません。詳しくは、「「越水に対する耐久性の高い堤防」への想い」(2012年4月17日、水木靖彦)を参照してください。

実際、4河川の13kmで「フロンティア堤防」が施工されたのです。

ところが、2001年12月から熊本県で川辺川ダムに関する住民討論集会が開催され、住民が国の計画どおり八代市の萩原堤防をフロンティア堤防に改修すれば、川辺川ダムは不要であると主張するようになると、国は予算がついていた同改修計画を住民に理由を説明することなく突然中止しました。萩原堤防を巡る経緯については、清流川辺川を守る県民会議の「萩原堤防問題とは何か」2005年4月5日付け毎日新聞記事を参照してください。

そして、「02年7月にはフロンティア堤防の設計指針を廃止する通達が出された。」というのです。

●堤防強化策が消えた理由はダムを造るためとしか考えられない

国土交通省は、東京新聞の取材に対して「(決壊しにくい堤防の)効果が定量的にはっきりしなかったため、予算を使ってまで事業化するには至らなかった」と言いますが、「97年からの治水事業5カ年計画では、決壊しにくい「フロンティア堤防」の整備推進が盛り込まれた。」上に「2000年には設計指針が全国の出先機関に通知され、全国の河川で計250キロの整備を計画。実際に信濃川や那珂川など四つの河川の計約13キロで工事が実施された。」のですから、予算を使って事業化していたことになりますから、国土交通省の説明は事実に反すると思います。

「効果が定量的にはっきりしなかった」というのもおかしな話で、それでは国土交通省の政策は科学に裏付けられていなかったことになります。

そうだとすると、土木研究所は何のために1980年代から堤防強化策を研究していたのでしょうか。成果がゼロだったのに、治水計画に盛り込んだというのでしょうか。

効果が確認されていない政策を治水事業5カ年計画に盛り込んだというなら、ダムや高規格堤防(いわゆるスーパー堤防)もまた効果が確認されていないまま事業化されているということでしょうか。

国土交通省の説明は支離滅裂です。

国が萩原堤防のフロンティア堤防への改修を中止し、決壊しにくい堤防を盛り込んだ2000年作成の河川堤防設計指針を闇に葬った理由は、国が事実に反する説明をしていることや元国土交通省職員の宮本さんの話や川辺川ダムを巡る経緯から判断して、ダム建設を続けること以外には考えられません。

●土木学会への諮問は茶番だ

上記東京新聞記事が伝えるように、2008年に土木学会は、耐越水堤防の整備は技術的に実現可能性がないと国土交通省に答申しました(2008年10月27日、「耐越水堤防整備の技術的な実現性の見解」について 耐越水堤防整備の技術的な実現性検討委員会報告書)。

しかし、この諮問は茶番です。

「国土交通省近畿地方整備局淀川河川事務所より(社)土木学会に対して、「淀川水系の長大な堤防を対象として、このような規模の堤防で越水が生じた場合、通常の完成堤防において計画高水位以下で求められる安全性と同等の安全性を有する耐越水堤防の整備が技術的に実現可能か」について、現在までに得られている土木工学の知見に基づく見解をとりまとめるようにとの依頼がなされた。」(p1)のです。

このような問題の立て方をすれば、「耐越水堤防の整備は技術的に困難」という結論になるに決まっています。

元建設省土木研究所次長の石崎勝義さんが言うように、「越水という新たな危険が加わったのに、想定内の水位に収まった場合と、同等の安全になるわけがない。」のです。

問題の立て方は、「通常の土でできた堤防で越水した場合と表面を被覆した堤防で越水した場合でどちらが決壊までの時間が長いか」といったことであるべきです。

国の諮問の仕方は、耐越水堤防の効果を否定するために仕組まれたものとしか思えません。

ちなみに、上記土木学会の見解には数式や数字が出てきません。実験結果の引用もありません。

土木研究所が1980年代から研究を積み重ねていって、フロンティア堤防には効果があるとして事業が一部実施されたのに、土木学会が定量的な根拠もなく効果を否定するのもおかしな話です。

●堤防が強化されるとダムの費用対効果が小さくなる

もしも、堤防が越水しても容易に決壊しないとなると、ダムの費用対効果は極めて小さくなります。

「治水経済調査マニュアル(案)(2005年4月)」には、各氾濫ブロックの最少流下能力を「無害流量」とし(p21)、破堤敷高流量(河川敷でない側の標高に達する流量)よりも大きい無害流量を超える流量があれば、越水しなくても堤防は決壊すると想定することになっています(p28)。

越水しても短時間で決壊しない堤防が普通になれば、ほとんどの想定洪水で堤防決壊が起きないのですから、ダムがあってもなくても被害額が変わらないケースが多くなるはずです。

今後もダム事業を進めたい国土交通省にとって、堤防が容易に決壊しないことは、困ったことになるのです。

●国土交通省は土堤原則を崩さない

河川管理施設等構造令第19条には次のように書かれています。

(材質及び構造)
第19条  堤防は、盛土により築造するものとする。ただし、高規格堤防以外の堤防にあつては、土地利用の状況その他の特別の事情によりやむを得ないと認められる場合においては、その全部若しくは主要な部分がコンクリート、鋼矢板若しくはこれらに準ずるものによる構造のものとし、又はコンクリート構造若しくはこれに準ずる構造の胸壁を有するものとすることができる。

つまり、国土交通省は、堤防の材料は土であることを原則としています。

2015年9月の災害後は、鬼怒川では裏法を除いて堤防の一部を被覆する改修が実施されることになりましたが、あくまでも例外扱いです。

私たちは、国会議員がする国土交通省へのヒアリングにおいて、土堤原則を変えるよう求めましたが、国土交通省はかたくなに拒みます。

●鬼怒川堤防調査委員会の茶番

国は、2015年9月28日に鬼怒川堤防調査委員会を設置しましたが、次の3点において茶番です。

一つは、鬼怒川大水害の原因は、堤防の決壊だけではないのに、設置目的を「委員会は、平成27年9月関東・東北豪雨により、利根川水系鬼怒川で発生した堤防の決壊について、被災原因を特定し、被災状況に対応した堤防復旧工法を検討することを目的とする。」(鬼怒川堤防調査委員会規約)とし、被災原因を最初から「堤防の決壊」に絞り込んでおり、他の原因の存在を覆い隠そうとしていることです。

二つは、「堤防の決壊について、被災原因を特定」するとしながら、委員会は堤防の決壊のメカニズムを特定しただけで、なぜ他の箇所でなく、三坂町で決壊したのかについては全く触れていないことです。

報告書に「鬼怒川流域における記録的な大雨により、鬼怒川の水位が大きく上昇し、決壊区間において水位が計画高水位を超過し堤防高をも上回り、越水が発生した。」(「鬼怒川堤防調査委員会報告書」(2016年3月)p3−36)と書かれています。

越水が発生しない箇所がほとんどだったのですから、なぜ三坂町(左岸21k付近)で越水が発生したのかという疑問は当然出るはずですが、委員は誰も追究しようとしません。止められているのでしょうか。

三つは、堤防の本復旧工法で川裏法面(かわうらのりめん)の保護をしないことです(報告書p4−3)。

裏法に張芝はしますが、景観に配慮したものであり、堤防の強度は上がりません。

調査の結論は、「越水により川裏側で洗掘が生じ、川裏法尻の洗掘が進行・拡大し、堤体の一部を構成する緩い砂質土(As1)が流水によって崩れ、小規模な崩壊が継続して発生し、決壊に至ったと考えられる。」(報告書p3−36)です。

「川裏側で洗掘が生じ」たことが決壊の発端だと言いながら、川裏側を補強しない理由が分かりません。

国土交通省としては、「堤防は越水したら決壊しなければならない」と考えているということではないでしょうか。

堤防は土でできていなければならないという「土堤原則」を死守する以上、そういう結論になると思います。

2016年の若宮戸で建設中の堤防見学会で私たちが下館河川事務所の所長に「川裏の裏面をなぜ保護しないのか」と質問しても、「我々は2015年洪水が再来しても越水が起きないような堤防を造る」と言うばかりです。去年以上の洪水が来たらどうするのかと聞いても答は同じです。

つまり想定内の洪水が来た場合には決壊しないが、想定を超えるような大洪水が来た場合には容易に決壊する堤防を国は未だに建設しているのです。

「堤防は越水したら決壊してもらわないと困る」という国土交通省の思想があるとしか思えません。

●審議会の答申を無視している

国土交通大臣は、2015年10月6日に大規模氾濫に対する 減災のための治水対策のあり方について社会資本整備審議会に諮問しました。

その趣旨は、2015年9月関東・東北豪雨災害等を踏まえ、施設能力を上回る洪水時における氾濫による災害リスク及び被害軽減を考慮した治水対策は如何にあるべきかについて諮問したものです。

社会資本整備審議会は、「大規模氾濫に対する 減災のための治水対策のあり方について〜社会意識の変革による「水防災意識社会」の再構築に向けて〜答申(2015年12月)」のp9において、「減災のための危機管理型ハード対策の実施」として、次のように提言しています。

堤防の整備等の計画的な河川整備については、引き続き着実に推進するべきである。 その上で、施設の能力を上回る洪水に対しても被害の軽減を図るため、水害リスクが高いにもかかわらず上下流バランス等の観点から、当面の間、治水安全度の向上を図ることが困難な箇所について、優先して、越水等が発生した場合でも決壊までの時間を少しでも引き延ばすよう堤防構造を工夫する対策を推進すること。

裏法を被覆した堤防と被覆しない堤防では、前者が決壊までの時間が長いことは明らかでしょう。

それでも国土交通省は、堤防の裏法保護工を実施しないのですから、一度葬った耐越水堤防は絶対に採用したくないという意思があるのでしょう。

国土交通省は、社会資本整備審議会の答申を無視しています。何のために諮問したのでしょうか。

とにかく国土交通省としては、ダムを造り続けるためには堤防は容易に決壊させる。そのために人が死んでも構わないと考えているとしか思えません。

国民の命と財産よりも自分たちの仕事づくりが大事だということです。

そういえば、諫早湾の干拓事業も「元々は農水省内の800人の干拓技官を食わせるための事業であったらしい。」(「諫早湾調整池の真実」高橋徹(編集)、堤 裕昭、羽生 洋三)と言われています。

ダム事業についても同じ構造があるはずです。(正確にはダム官僚だけでなく、建設族議員、ゼネコン、測量会社、コンサル、学者など、ダムで食べている人たちの利権のためにダム事業が進められているという構造があると思われます。)

国民の生命・財産と公務員の生活という利益が衝突しています。

飯の食い上げになるダム官僚には気の毒ではありますが、公務員の生活を優先させてよいとは思えません。

役人は自ら変われませんから、政治家がまともなダム検証の制度を設けるなどして利権構造を断ち切るしかありません。

結局は、ダム利権を容認する政治家を選ぶ国民が悪いということになります。

(文責:事務局)
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