今泉判決のどこが間違っているのか(その2)

2011年5月19日

●裁量権の逸脱・濫用の判断基準はまっとうだ

前回に引き続き、今泉判決を検証します。

今泉判決は、被告が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したかどうかの基準として、次の3点を挙げます。

(1) その基礎とされた重要な事実に誤認があることなどにより重要な事実の基礎を欠くことになる場合、

(2) 事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、

(3) 判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと

そして、被告の判断内容が「社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものと認められる場合」は違法となるとする。

この判断枠組みは、特に問題ないと思います。

●東大芦川ダムの中止は織り込み済み

判決には、「栃木県の参画水量が、(毎秒0.821立方メートルから)毎秒0.403立方メートルとなったのは、東大芦川ダムの建設中止に伴ったものであるところ、栃木県の当初の利水計画においてこれを考慮することができなかったといえること」(p44)と書かれているが、誤りです。

思川開発事業の参画水量の内訳を見ると、栃木県の保有水量は毎秒0.32立方メートルとなっていました(2001年6月21日付け下野新聞)。

記事には、小山市の地下水転換水量として「県水分に当分の対策として0.12立方メートル上乗せしている。」と書かれている。つまり、県保有水毎秒0.32立方メートルのうち、0.12立方メートルは、小山市の地下水転換水量であることは明らかです。

残る毎秒0.2立方メートルは何かと言えば、東大芦川ダムの中止に備えて鹿沼市のために確保した水量以外にあり得ません。

2000年11月に福田昭夫氏がダム事業の中止を公約にして知事に当選したのですから、県は、同ダムの中止を当然考慮に入れていたのです。

鹿沼市は、栃木県が東大芦川ダムの振り替え分を確保しているのですから、思川開発事業に参画する必要はなかったのですが、前掲記事の表を見ると、県保有水とは別に毎秒0.22立方メートル(正確には毎秒0.223立方メートル)で参画したのです。

つまり鹿沼市は、県保有水と併せて毎秒0.423立方メートルという県内のどの自治体よりも大きな水量で参画したのです。

ところが2007年ころの計画見直しのときに、鹿沼市は毎秒0.2立方メートルのみでの単独参画とし、2001年6月当時の参画水量毎秒0.423立方メートルとの差である0.223立方メートルは消えてしまったのです。正確には、流水の正常な機能の維持のための容量に振り替えられてしまったのです。

以上により、2007年ころの計画見直しの際、小山市分を除いた栃木県の参画水量が約0.4立方メートル減少したのは、毎秒0.2立方メートルについては、県保有水のうち毎秒0.2立方メートルを鹿沼市単独分に移したためであり、残りの毎秒0.2立方メートル分については、鹿沼市が参画水量を半減させたためです。

栃木県が東大芦川ダムの中止を考慮に入れることができなかったためではありません。

この判決理由の間違いが何を意味するかと言えば,裁判所は、鹿沼市が最終的な参画水量の2倍以上の水増しの要望水量を県に報告していた事実を全く理解していないということです。

●「安定」にもほどがある

判決は、栃木県や参画市町のした「水需要予測の推計は、実績と比べると過大となっており、近年の人口変動状況に照らし、今後直ちに実績が推計に沿うことをうかがわせる証拠もない」としながら、「水道事業の性質及びその重要性に照らし、栃木県及び各市町が水道事業者としての責務を果たすためには、将来にわたり安定的な給水事業を実施するため余裕をもった水需要予測をすることはやむを得ない面もある」(p44)とします。

しかし、裁判所は、県の参画水量が余裕なのか無駄なのかについて全く審理していません。

判決の理論をもってすれば、「安定」や「余裕」の名の下に、どのような大きな水源を確保しても水道事業者が責任を問われることがないことになります。判決の理論が不当であることは明らかです。

今泉裁判長は、費用対効果を全く理解していないと言わざるを得ません。

●地盤沈下量の事実認定が間違っている

判決は、地盤沈下について、「栃木県の調査によっても、近年は安定した傾向にあるとはいえ、地盤沈下の傾向がなくなり、又は沈静化したとまで評価することは困難であって」(p45)と説きます。

その根拠として、「平成16年度に観測所の一つである野木町丸林において2.07センチメートルの沈下が観測され、平成17年度は1.69センチメートル、平成18年度は1.03センチメートル、平成19年度は1.97センチメートルとなっている。」(p43)ことを挙げますが、判決の挙げる2006年度及び2007年度のデータは誤りです。

判決は、ここで精密水準測量による沈下量を書いているのですが、「栃木県地盤変動・地下水位調査報告書」(2007年度)の電子データによると、野木町丸林における2006年度及び2007年度の沈下量は、2006年が0.26センチメートル、2007年が1.36センチメートルであり、判示よりも小さいのです。

裁判所は、2006年については1.03/0.26=4.0倍、2007年については1.97/1.36=1.4倍も大きく沈下量を認識しています。

判決は、間違った事実認定により地盤沈下が沈静化していない、したがって、地盤沈下対策として水源転換が必要であるという結論を導いています。

●近年のデータを挙げていない

判決は、地盤沈下計による測定について、野木町潤島の環境管理課1号井においては「近年では、平成9年、平成11年、平成13年に年間10ミリメートルを超える収縮量となっている。」(p44)と書き、地盤沈下が「沈静化したとまで評価することは困難であって」(p45)という認定の布石としますが、近年に注目するならば、2000年以降2007年までの8年間で、地層収縮量が10ミリメートルを超えたのは、2001年と2004年の2回しかないということであり、地盤沈下が沈静化していることは明らかです。

1997年のデータまで引っ張り出して地盤沈下が沈静化していないと言うのは牽強付会と言うしかありません。

●ここでも費用対効果を無視している

判決には、「栃木県県南地域(小山市、野木町、藤岡町)においては水道用水に利用されている地下水は地下水の揚水量のうちの8パーセントにすぎないとしても、地下水源からの転換を図る必要性がなくなったとまでいうことはできず」と書かれており、思川開発事業により上記県南地域の地下水揚水量の8パーセントが削減できるかのように書くが、原告らの主張を理解しているとは思えません。

原告準備書面(10)の66頁で原告らが主張したように、上記県南地域における地下水揚水量は日量約20万立方メートルであり、これに対して、思川開発事業で予定されている上記地域の地下水転換量は日量約2100立方メートルであるから、同事業が完成したとしても、上記地域の全地下水揚水量 の1パーセントしか削減できず、地盤沈下対策として意味がないことは明らかです。

判決は費用対効果を無視しており、地方自治法及び地方財政法に違反しています。

●表流水汚染を想定しないご都合主義の判決である

判決は、「安定的な水道水の供給を確保する観点からは、地下水の汚染が生じた場合に備えて県南地域における地下水水源からの転換を図る必要性は依然として認められる」(p45)としています。

判決には、「地下水の汚染」という言葉は出てきても、「表流水の汚染」という言葉は出てきません。

この判決は、地下水汚染は想定するが表流水汚染は想定しないというご都合主義で書かれているのです。

東京電力株式会社の福島第1原子力発電所の事故により各地の水道水が汚染されたが、表流水を水源とする水道の方が放射性物質による汚染に弱いことが明らかになりました。判決は、このような事態を想定しないご都合主義で書かれたのです。

●遊休水利権は直ちに利用できる必要はない

判決には、「栃木県には(中略)利用可能な水源が存在するとしても、それを水道用水として直ちに利用することができることを認めるに足りる証拠はない」(p45)と書かれています。

しかし、仮に県南に新規水需要が存在する場合、判決は、ダムの代替水源が「直ちに利用することができる」ものでなければならないことを前提として立論しますが、そのような前提は成り立ちません。

「現段階において、栃木県には未だ思川開発事業から配分された水を各市町に配分するための水道施設計画が存在しない」(p45)し、南摩ダムも導水管も着工に至っていないのです。

南摩ダムは直ちに利用できるものではないのだから、代替策としての遊休水利権も直ちに利用できるものである必要はないのである。

上記のように、判決は、栃木県や参画市町のした「水需要予測の推計は、実績と比べると過大となっており、近年の人口変動状況に照らし、今後直ちに実績が推計に沿うことをうかがわせる証拠もない」としながら、「水道事業の性質及びその重要性に照らし、栃木県及び各市町が水道事業者としての責務を果たすためには、将来にわたり安定的な給水事業を実施するため余裕をもった水需要予測をすることはやむを得ない面もある」(p44)としているのは、現在は必要性が切迫していなくても,将来必要になるかもしれないから、余裕をもって水源を確保してもいいよ、と言っています。「近年の人口変動状況に照らし、今後直ちに実績が推計に沿うことをうかがわせる証拠もない」というのは、当面必要ないことを裁判所が認めているということです。

水利権が直ちに転用できる必要はないということです。

一方、判決には、「現段階において、栃木県には未だ思川開発事業から配分された水を各市町に配分するための水道施設計画が存在しないからといって、直ちに水源が不要になったものとして、思川開発事業から撤退するとの判断をしないことについて裁量権の逸脱又は濫用があったとまでいうことはできない。」(p45)とも書かれています。

要するに、判決は、水利権の転用手続にかかる時間は待っていられないが、ダムと導水管を建設し、ダムにためた水を配分するための水道施設が完成するまでに要する時間は気長に待っていられるというのです。矛盾しています。ご都合主義です。

水利権の転用に時間がかかるといっても、ダムと導水管と広域水道施設の完成を待つよりははるかに早いでしょう。

仮に県南に新規水需要があったとしても、水利権の転用にかかる期間はどれくらいなのか、及びダムと導水管が完成し、湛水試験を終え、県南の水道施設計画が完成するまでの期間はどれくらいなのか、そしてその経費はいくらかを明確にして、所要の期間や時間を比較してから、どちらを採用することが賢明なのかの判断をするのが通常見られる政策決定の手法です。

それにもかかわらず、裁判所は、これらの点に関する審理を尽くさず、未利用水利権は直ちに利用できないからダムの代替案になり得ないと切り捨てたのです。「ダムありき」の非科学的な論法と言うほかありません。

●被告は裁量権を濫用している

栃木県内のほとんどの参画市町は、将来人口も水需要も増えると予測したが、実際には減ってしまった。水需要が増えると予測するのと減ると予測するのでは真逆です。

参画市町はこのような重大な事実誤認により「要望水量を決定し、被告もそれを妥当なものと判断し」たのです。

被告は、地盤沈下が沈静化しているのに、していないと認識し、小山市、野木町、藤岡町の地下水転換水量は同地区の地下水揚水量の1パーセントにしかならず、地盤沈下対策として意味をなさないのに、意味をなすと認識していたのです。

これらの事実からは、判決の示す、(1)その基礎とされた重要な事実に誤認があることなどにより重要な事実の基礎を欠くことになる場合、(2)事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、(3)判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと、そして、被告の判断内容が「社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものと認められる場合には違法となるという判断枠組に該当し、被告は裁量権を逸脱して行使したと言えます。

(文責:事務局)
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