今泉判決は崩れた(その3)〜思川開発事業は栃木県の地盤沈下対策としての効果なし〜

2013年7月16日

●地盤沈下の原因を分析しなければ有効な対策にはならない

地下水位低下も地下水汚染も水源転換の理由にならないことは、今泉判決は崩れた(その2)に書いたとおりです。

では、地盤沈下はどうでしょうか。

地盤沈下の原因には、自然由来のものと人工的なものがありますが、関東平野北部の地盤沈下は、地下水の過剰採取が主な原因とされています。

「関東平野北部地盤沈下防止等対策要綱」(1991年11月29日地盤沈下防止等対策要綱関係閣僚会議決定。以下「対策要綱」という。)も関東平野北部の地盤沈下が人工的な原因によるものであることを前提としています。

地下水を利用する場合、その用途はいくつかあり、用途によって採取量も利用の仕方も違うのですから、効果的な地盤沈下対策を講じるには、栃木県南地域で起きている地盤沈下の原因を地下水採取の用途まで含めて究明しなければならないはずです。

●知事は地下水採取の用途について沈黙している

私たちも、3ダム訴訟の中で、県南地域の地盤沈下の原因となってきたと思われる地下水採取の用途の問題を提示してきました(原告準備書面10のp65以下)。

ところが知事は、この問題には一切触れようとしません(被告第7準備書面、被告第11準備書面参照)。

用途の問題に言及すれば、栃木県南の地盤沈下の真の原因がたちどころに明らかになってしまい、水道水の水源転換をする意味がないことを自ら明らかにすることになってしまうことに気づいているからでしょう。

●栃木県ではなぜか地盤沈下が沈静化した

「日本の水資源」(2012年度版。2012年8月国土交通省 水管理・国土保全局 水資源部発行)には、「地盤沈下は、地下水の採取規制や表流水への水源転換などの措置を講じることによって、近年沈静化の傾向にある」(p135)と書かれています。

注目すべきは、「地下水の採取規制や表流水への水源転換などの措置を講じることによって」と書かれていることです。

ところが栃木県では、「地下水の採取規制」もやってきませんでしたし、渡良瀬・思川地域の上水道の地下水依存率が83.0%(栃木県南地域における水道水源確保に関する検討報告書(以下「検討報告書」という。)p12)と高い状態が継続しているにもかかわらず、つまり、上水道の水源転換が進んでいないにもかかわらず、1997年以降、地盤沈下が沈静化するという現象が起きています。

栃木県でも地下水の利用者に節水要請をする取組をしていますが、始まったのは1999年からで、地盤沈下の沈静化は、それ以前から起きています。

●沈静化の原因の解明は不可欠

有効な地盤沈下対策を講じようとしたら、上記沈静化という現象が起きた原因の解明は不可欠なはずです。

ところが、地下水の用途に触れることをタブーとする知事は、当然のことながら、なぜ地盤沈下が沈静化したのかを説明することもできません。

沈静化の理由を説明しないということは、まともな地盤沈下を講じるつもりがないということを意味すると思います。

ちなみに知事は、国土交通省が「日本の水資源」で「沈静化」と呼んでいる現象を、裁判では「鈍化」(被告第7準備書面p5)と表現しています。今泉判決も「安定した傾向」(p45)と言いますが、指している現象は同じです。

栃木知事や今泉判決が見せる「沈静化」という表現を避けることへのこだわり方は異常です。栃木県が地盤沈下が沈静化したことを認めたら、南摩ダムが造る理由がなくなるとでも思っているのかのようです。

「沈静化」の定義は重要ではなく、問題は、1997年以降、栃木県内で年間2cm以上地盤沈下した地域はなく、代表的な観測地点である野木(環境)においても年間1cmを超える地盤沈下もほとんどなくなったにもかかわらず、今後、大金を投じ、かつ、環境を破壊してまで2市2町の上水道の水源転換を果たす必要があるのかということです。

●環境省によれば水道用の地下水採取量は8%

環境省のホームページの「全国地盤環境情報ディレクトリ」(2012年度版)によると、1998年度における栃木県内の地盤沈下対策要綱の保全地域における地下水揚水量は、水道用が587万m3/年であり、全揚水量7,412万m3/年の7.9%でしかありません。

データが古いのですが、最近の試算はないようです。

●今泉判決には事実誤認と思い込みがある

今泉判決は、被告とは異なり、地下水の用途の問題について一応は触れています。

「栃木県県南地域(小山市、野木町、藤岡町)においては水道用水に利用されている地下水は地下水の揚水量のうちの8パーセントにすぎないとしても、地下水源からの転換を図る必要性がなくなったとまでいうことはでき」(p45)ないと述べます。

しかし、この判示は、二重の意味で誤っています。

上記の文章は、8%すべてが水源転換されるという意味にしかとれませんが、小山市、野木町及び旧藤岡町において水源転換が予定されている水量は、当該地域における全揚水量の1%にすぎません(原告準備書面10(2006年10月26日)p66)ので、今泉判決には重大な事実誤認があります。

また、今泉判決は、上記地域における水源転換により地下水揚水量を8%削減すれば地盤沈下の抑止に効果があるという前提で判断していますが、被告は上水道の水源転換にそのような効果があるという事実を証明しておらず、証明された事実に基づかないで判断するという基本的な誤りを犯しています。

また、今泉判決は、「県南地域は、上水道の地下水水源の依存度が全国平均よりも高い状態にあるところ、全国的にみても同地域の地盤沈下のおそれから地下水水源からの転換が促進される地域であって」(p45)と述べます。「促進される地域」は、「促進されるべき地域」という意味と思われます。

そうだとすると、この判示は、地盤沈下のおそれのある地域では、上水道の地下水源を転換すれば必ず相当の効果を得られることを前提としていますが、そのような事実は、全国的にも本件においても証明されておらず、今泉裁判長らは、勝手な思い込みに基づいて判決を下しており、致命的な誤りを犯しています。

●地盤沈下の主な原因は農業用水だ

栃木県の地盤沈下対策の本家本元である環境森林部所管の環境審議会地盤沈下部会では、「農業用水の地下水依存率が36.8%と全国最高の本県の特性を踏まえ」(2011年12月22日付け下野)るべきであるとの意見が出たそうです。

栃木県の農業用水の地下水依存率が全国最高とは知りませんでした。

栃木県環境審議会地盤沈下部会で「地下水利用の大半は農業利用。報告では『地下水利用者』とせずに具体的に記述した方がよい」(2011年10月12日付け下野)という意見も出たそうです。

つまり、地盤沈下を起こしているのは、農業用地下水の過剰採取であることははっきりしているのだから、原因者を「地下水利用者」などとぼかした言い方をしないで、報告書には、はっきりと「農業用水」と書いたらどうかという趣旨の発言だと思います。

栃木県環境審議会地盤沈下部会の委員の間には、5〜8月に集中的に地下水を採取し地下水位の急激な低下を招く農業用水が地盤沈下主な原因であるという共通認識はあるようですが、はっきりとそうは言えない事情があるようです。

「栃木県環境審議会地盤沈下部会報告書-地 盤 沈 下 防 止 対 策 の た め の 地下水採取規制のあり方について-」(2012年1月26日に栃木県環境森林部所管の栃木県環境審議会地盤沈下部会が発行。以下「地盤沈下部会報告書」という。)のp7には、2004〜2006年に栃木県が野木町で実施した地下水利用実態調査によれば、「統計資料等からの推計によると、農業用水が地下水採取量の約9割を占める。 」と書かれています。

また、p4には、「図-4 県南地域における地下水採取量(推計値)の推移」が掲載されています。このグラフでは、県南地域(対策要綱に基づく保全地域及ひ_観測地域)における用途別の地下水採取量が示されています。

栃木県で「保全地域」とは、小山市(東日本旅客鉄道東北本戦より東側は市道15号線以南、西側は国道50号線以南の地域)、野木町及び旧藤岡町をいい、「観測地域」とは、足利市、佐野市、小山市(保全地域を除く地域)、真岡市、上三川町、旧南河内町、旧二宮町、旧石橋町、旧国分寺町、旧大平町及び岩舟町をいいます。

栃木県では実際の地下水採取量が把握できていないため、統計資料等から地下水採取量を推計していると書かれています。

推計方法は、「水道用水・・・水道統計から算出、工業用水・・・工業統計から推計、農業用水・・・昭 和 60 年は農業用地下水利用実態調査結果(農林水産省)、昭和 61 年以降は作付面積等から推計、建築物用水等・・・国土交通省及び栃木県の過去の調査から推計」と書かれています。

検討報告書のp19の図表3-25 用途別日当たり地下水採取量の経年変化(県環境森林部資料より作成)にも同様のグラフが掲載されています。

私は、2013年5月にこれらのグラフの基となるデータを環境森林部環境保全課から情報公開請求により取得しました。

その地下水採取量のデータと野木町にある「野木(環境)」と名付けられた地盤沈下の観測地点の地層収縮量のデータ(出典は、「栃木県地盤変動・地下水位調査報告書」(2013年1月栃木県環境森林部環境保全課発行のCD))を用いて図1のグラフを作成してみました。

検討報告書の「図表3-24 地下水採取量および地盤沈下量の推移(栃木県地盤変動、地下水位調査報告書より作成)」(p19)と発想は同じです。

野木(環境)(深度160m)は、観測開始(1982年)から2011年までの累積変動量は531.93mmであり、栃木県の地盤沈下の挙動を代表する観測所と言われています。

ここでの調査方法は、井戸の抜け上がり現象を利用したもので、観測井に地盤沈下計を据え付けて、井戸の深度に相当する地層の収縮量を観測するものです。

用途別採取量
出典:2011年度版栃木県地盤変動・地下水調査報告書(環境保全課2013年1月発行のCD)、栃木県環境審議会地盤沈下部会報告書(2012年1月)

図1及びその元データからは次のことが分かります。
(1) 農業用の地下水採取量は全採取量の6割から7割を占め、他の用途と比べ最も多いこと。
(2) 農業用の地下水採取量は多い年で約3億m3/年、少ない年で約1.8億m3/年と年によって変動があること。
(3) 農業用の地下水採取量は1994年の渇水年の採取量は約3億m3/年と突出して多いこと。
(4) 農業用の地下水採取量は1995年以降減少傾向にあること。
(5) 農業用の地下水採取量はピーク時の約3億m3/年から約2億m3/年と60%程度にまで急減していること。
(6) 建築物用の地下水採取量は毎年約4百万m3/年で一定しており、採取量が最も少ないこと。
(7) 水道用と工業用の地下水採取量は5,000万m3/年前後でほぼ同じであること。
(8) 水道用と工業用の地下水採取量はほぼ一定で、1994年や1996年の渇水年においても増加しないこと。
(9) 水道用の地下水採取量は全採取量の1割から2割にすぎないこと。
(10)水道用の地下水採取量は横ばいの傾向にあること。
(11)工業用の地下水採取量は漸減傾向にあること。
(12)地層収縮量は、1997年以降ほぼ10mm未満となり、沈静化の傾向にあること。

農業用以外の地下水採取量はほとんど変動しないのですから、用途別地下水採取量の積み上げグラフを描くまでもなく、県南地域(対策要綱に基づく保全地域及び観測地域)における地下水採取量の変動量は、農業用の地下水採取量に大きく影響されているのです。

最も重要なことは、1994年は激しい渇水年でしたが、農業用の地下水採取量は増えたものの、それ以外の用途では特に採取量が増えることはなかったということ、及び野木(環境)における1994年の地層収縮量は、1985年以降で最大を記録したことです。

農業用の地下水採取量と地層収縮量が連動しているとしか考えられません。

●農業用地下水採取量と地層収縮量は相関する

図2は、県南地域(対策要綱に基づく保全地域及び観測地域)における農業用の地下水採取量の推移だけを取り出して野木(環境)における地層収縮量の推移を重ねて描いたものです。

農業用採取量と収縮量
出典:2011年度版栃木県地盤変動・地下水調査報告書(環境保全課2013年1月発行のCD)、栃木県環境審議会地盤沈下部会報告書(2012年1月)

(1)観測地点は1箇所であるのに対して保全地域及び観測地域は極めて広範囲であること、(2)地層収縮量は実測値ですが農業用の地下水採取量は実測値ではないこと、(3)地下水の過剰採取が地盤に影響を与えるには一定の時間を要する場合もあると考えられることから、本来、きれいに相関するものではないと予想したのですが、実際は、両者のグラフの山と谷は概ね一致しており、全体の傾向としては、農業用の地下水採取量が多かった年は、地層収縮量も大きいと言えると思います。1990年以降に限ってみれば、両者の相関係数は0.89となり、高い相関関係を示します。

更に言えば、保全地域及び観測地域における農業用の地下水採取量が1億9000万m3/年を下回れば、地盤沈下は起きないのではないでしょうか。

以上のことから、県南の地盤沈下には、農業用の地下水採取量が大きく影響していると言えると思います。

したがって、水道用の地下水採取量を減らしても、渇水年における農業用の地下水採取量を削減しない限り、栃木県の地盤沈下の状況は変わらないと思います。

●栃木県は既に地盤沈下の原因を分析し対策を実施している

地盤沈下部会報告書では、地盤沈下の原因を分析し、対策も提示しています。

地盤沈下の原因については、栃木県環境審議会が2004年度から2006年度まで実施した地下水利用実態調査によれば、「県内で最も地盤沈下が進行している野木町における地下水利用の実態」は、「統計資料等からの推計によると、農業用水が地下水採取量の約9割を占める。 」、「農業用水の採取量は、5月が最多で、5~8月に年間採取量の97%を採取している。 」という結果が得られたと言います。

また、2008年度から2009年度にかけて実施した地下水利用解析調査によれば、「栃木市(旧藤岡町)、小山市及び野木町における既往の観測結果から、地盤沈下と地下水位等との関係を整理すると」、「地下水位の月変動が大きいものの、年間平均値では地下水位が上昇する傾向にある。しかし、依然として地盤沈下は進行している。」、「その要因は、年間を通じた過剰な地下水採取による慢性的な地下水位の低下ではなく、一時期に地下水採取が集中することによる短期的な地下水位の低下にある。」と分析されています。

「一時期に地下水採取が集中することによる短期的な地下水位の低下」をもたらすような地下水採取は、農業用しか考えられません。

そして、対策については、「当該地域については、急激な地下水位の低下を抑制し、地盤収縮量を 極力小さくすることが重要であり、連絡協議会で実施している節水要請は地盤沈下防止に効果的であることが確認された。」と書かれています。

ここで「連絡協議会」とは、栃木市・小山市・野木町地盤沈下防止連絡協議会のことです。

栃木県は、1999年 3 月、対策要綱の保全地域である 3 市町の地下水利用者及び関係行政機関と協議会を設置し、同年4月以降、地盤沈下防止のための地下水の適正な利用について協力を求めています。

連絡協議会は、「小山市、野木町、旧藤岡町(現栃木市)に設置した地下水位計からリアルタイムの情報を入手し、その水位が「点検水位」、「節水水位」を下回った場合には、協議会を通じて地下水利用者へ「点検要請」、「節水要請」を実施」(地盤沈下部会報告書p22)するものです。

「過去 13 年間で点検要請は 6 回、節水要請は 3 回実施した。(参考資料 p.23 参照)この間、年間 2cm を超える沈下が観測されたのは平成 16 年及び平成 22 年の2回で、その沈下面積は平成 8 年の 50km2 に対して平成 16 年 0.1km2 及び平成 22 年 1.7km2 と小規模であった。こうした取り組みは、地盤沈下防止に有効であった。」(p6)と環境審議会地盤沈下部会は評価しています。

なお、上記連絡協議会の構成員は、地下水利用者であり、水道と工業の関係者もいますが、水道用と工業用の地下水採取量は、節水したとしても年によって変動が出ないのですから、農業関係者が主役であることは明らかです。

農業用の地下水採取量が減少した理由について地盤沈下部会報告書には、上記連絡協議会の取組が「地盤沈下防止に有効であった。」と書かれていますが、(1)1999年度の取組開始の前から農業用の地下水採取量が減少していること、(2)上記連絡協議会の取組が「過去 13 年間で点検要請は 6 回、節水要請は 3 回実施した。」にすぎないこと、(3)その割には地下水採取量の減少の幅が6000万m3/年から1億m3/年と極めて大きいことから、その効果には疑問があります。

いずれにせよ、栃木県内の地盤沈下が沈静化したのは、保全地域及び観測地域において農業用の地下水採取量が減少したためと思われます。

●保全地域及び観測地域の田の面積が減少している

栃木県内の保全地域及び観測地域の農業用の地下水採取量が減少した原因は、田の面積が減少したことではないでしょうか。

保全地域である小山市、野木町及び旧藤岡町に観測地域の一部である足利市及び佐野市の田の面積の合計と保全地域及び観測地域における地下水採取量の推移を図示すると図3のとおりです。

田の面積は、1970年には約1万4691haありましたが、2010年には約1万1190haになり、約40年間で約3500ha(約24%)減少しています。

農業用採取量と田面積
(出典:地下水採取量は地盤沈下部会報告書、田の面積は「栃木県統計年鑑」に掲載された農業センサス)

●90年代後半に減反が進んだ

民主党のホームページには、全国の水田面積と減反面積の推移が掲載されています。

「本地」の意味は、田の面積のうち畦畔を含まない部分をいいます。

この図と上記図2を照らし合わせると見えてくるものがあります。

減反面積は、1991年をピークに減少傾向にありましたが、1993年は「米騒動」があったほどコメが不作でしたので、翌94年には更に減反面積を減らしました。つまり、作付面積が増えました。

しかし、この1994年は、まれに見る渇水年でした。

水稲の作付面積が増えたのに、降水量が少なかったので、地下水が使える地域では、稲を守るために地下水を大量に採取したので大きな地盤沈下を引き起こしたのだと思います。

1995年からは、やはりコメが余るので減反面積を増やしたということだと思います。

水田面積は1969年以降直線的に減少していく中で、1997年又は98年は、減反面積が急激に増えていく時期なので、それらの相乗効果により農業用の地下水採取量が激減したことが地盤沈下に影響した可能性もあると思います。

ちなみに、群馬県の地盤沈下は1998年以降沈静化(年間1cm以上沈下した地域がほとんどなくなった。)しています(八ツ場ダム訴訟原告準備書面(2006年5月12日付け)p39の図4−4 群馬県の地盤沈下面積の推移)。

また、埼玉県の地盤沈下も1997年以降沈静化(年間2cm以上沈下した地域がほとんどなくなった。)しています(八ツ場ダム訴訟原告準備書面(2006年1月25日付け)p39の図4−1 埼玉県の地盤沈下面積)。

1997年又は98年に栃木県、群馬県及び埼玉県で地盤沈下が沈静化したということは、偶然とは思えません。

●小山市の自賛に科学的根拠はなかった

2010年1月4日付け下野新聞の記事「水需要 25年後10%減の予測 水源、評価割れる地下水」に次のように書かれています。

野木町を中心とした県南の地盤沈下は、80〜90年代にかけて猛威をふるった。だが97年以降は2センチ以上の沈下面積はゼロとなり沈静化している。隣接する小山市は95年に暫定水利権を取得し、水源の一部を地下水から思川表流水に転換した。小山市は「転換したから地盤沈下が収まった」と自賛する。

水資源機構のホームページによれば、小山市が取得した暫定水利権は0.114m3/秒(9,850m3/日、3,595,104m3/年)です。

小山市の職員は、この水量の範囲内で地下水から表流水へ転換した、その結果地盤沈下が収まったと言ったのです。

しかし、図1のとおり水道用の地下水採取量は、1995年を境に減少した形跡は見られません。

目見当ではなく、数値で確認してみましょう。

情報公開請求で得た県南地域(対策要綱に基づく保全地域及び観測地域)の地下水採取量のデータは、次のとおりです。

 年度      水道用        農業用
1994年度 61,108千m3/年 296,494千m3/年
1995年度 61,202千m3/年 280,500千m3/年
1996年度 61,601千m3/年 269,332千m3/年
1997年度 61,382千m3/年 250,947千m3/年
1998年度 61,475千m3/年 225,945千m3/年
1999年度 62,626千m3/年 186,063千m3/年
2000年度 63,147千m3/年 208,262千m3/年

保全地域及び観測地域における水道用の地下水採取量は、小山市の水源転換の甲斐なく、1994年度から2000年度までの6年間に約3.3%増加しています。

ところが農業用では、同じ期間に約3割減少しています。

1997年以降、地盤沈下が沈静化したのは、農業用の地下水採取量が減少したためと見るべきであって、小山市の水道水源を地下水から表流水に「転換したから地盤沈下が収まった」という小山市の自賛は、科学的な根拠に基づくものとは言えません。

●南摩ダムを完成させても地盤沈下の抑制に効果なし

小山市の取得した暫定水利権0.114m3/秒は、年換算すると3,595,104m3です。これに対し、1994年度における保全地域及び観測地域における全採取量は、414,970千m3/年です。

したがって、小山市が水源転換をすることによって減少した地下水が全採取量に占める割合は、3,595/414,970=0.87%にすぎません。1%未満ですから、正に「九牛の一毛」というべき量です。

保全地域及び観測地域における全採取量の0.87%を削減しても地盤沈下の抑制に影響がなかったのはもちろんのこと、水道用の採取量を削減する効果さえなかったのです。

これから南摩ダムを建設して地下水から表流水への転換を予定する水量のうち保全地域及び観測地域における水量は、次のとおりです。出典は、各市町から知事あてに提出された「思川開発事業に係る水需要調査について(回答)」(3ダム訴訟の甲C第6号証)。

旧石橋町   2,000m3/日
旧国分寺町    944m3/日
野木町        0m3/日
旧大平町     748m3/日
旧藤岡町     689m3/日
岩舟町    1,500m3/日
小山市    1,400m3/日
 計     7,281m3/日

保全地域及び観測地域における転換予定水量計7,281m3/日は、小山市が暫定水利権の取得によって転換したはずの水量9,850m3/日よりも3割弱も小さい値です。

思川開発事業に参画する市町が要望した水量に占める転換水量の占める割合は大きいのですが、その絶対量は、県南地域における地下水の採取量と比べればわずかなものです。

保全地域及び観測地域における転換予定水量7,281m3/日を年換算すると2,657,565m3です。

保全地域及び観測地域における地下水採取量の総量は、2009年度で303,726千m3/年あります。

保全地域及び観測地域における転換予定水量2,657,565m3/年は、同地域における全地下水採取量303,726千m3/年(2009年度)の0.88%(=2,658/303,726)にすぎません。

保全地域及び観測地域における全地下水採取量の1%にも満たない水道用地下水を削減しても、同地域における水道用地下水の採取量を削減する効果さえなかったことが、小山市が1995年に暫定水利権を取得した際の分析で明らかになったのですから、今後南摩ダムを完成させて同地域の水道水源を地下水から表流水に転換したとしても、同地域における水道水の地下水採取量が減少するとは限らないし、ましてや地盤沈下を抑制する効果が得られるはずがないと考えるべきです。

●栃木県は地盤沈下の原因から目を背けている

以下の二つの文章を比較してください。

地盤沈下部会報告書は環境森林部の資料で、検討報告書はダム事業を担当する県土整備部の資料です。

地盤沈下部会報告書(p8)
栃木県における地盤沈下は、5~8 月に地下水採取量が増加し、地下水位が急激に低下することによって、地層中の粘土層が収縮するという発生メカニズムにより生じている。 このため、長期的な地下水位の変動は上昇傾向にあるにもかかわらず、地盤沈下が発生している。これは、他県の地盤沈下と異なる特徴的な現象である。
(栃木県南地域における水道水源確保に関する)検討報告書(p19)
また、地下水位と地盤変動(沈下)の関係を、野木観測所及び藤岡遊水池観測所を例 に見ると、夏季に地下水位が低下すると地盤が収縮(沈下)し、冬季に地下水位が回復すると地盤も回復するが、完全には復元しないという性質がある。このため、長期的な 地下水位の変動は上昇傾向にあるにもかかわらず、地盤沈下が進行するといった、他県とは異なる特徴的な現象が見られる(図表 3-26)。

後半はそっくりですが、前半はよく見るとまるで違います。

報告書が栃木県の地盤沈下のメカニズムの説明で、地盤沈下部会報告書のまねをしなかったのは、まねをすると地盤沈下の主な原因が農業用の地下水採取であることが露呈してしまうからです。

●地盤沈下部会報告書に水源転換の記載なし

地盤沈下部会報告書は、結論部分の「5 今後の地盤沈下を防止するための地下水採取規制のあり方」(p7〜8)において、地盤沈下対策として、(1)地下水採取の実態把握の強化(2)地下水位低下抑制による地盤沈下の未然防止(3)適正な地下水利用の推進の三つを挙げますが、要するに「地下水位の急激な低下」を防ぐことが大事だと言っています。

いずれにせよ、「上水道の水源転換が栃木県の地盤沈下対策になる」とはどこにも書かれていません。

栃木県の地盤沈下対策をずっと考え抜いてきた人たちが対策として上水道の水源転換を挙げないのは、それが対策として意味を持たないことの状況証拠です。

●栃木県環境白書も地盤沈下対策として水源転換を挙げていない

「栃木県環境白書」(2012年度版)p113では、地盤沈下対策として「テレメータシステムによる観測」と「「栃木県地下水揚水施設に係る指導等に関する要綱」による指導」しか挙げられていません。

2市2町の上水道の水源転換を挙げないのは、それが対策として意味を持たないことの状況証拠です。

●水道用水の需要は2060年には4割減る

「新水道ビジョン」(2013年3月厚生労働省作成)には、次のように書かれています。

「日本の人口の推移は、少子化傾向から減少の方向を辿り、2060年には8600万人程度と推計され、3割程度減るものと見込まれています。また、水需要動向も減少傾向と見込まれ、2060年には現在よりも4割程度減少すると推計されています。」(p11)。

根拠は、「日本の水資源」(2008年8月国土交通省国土交通省 土地・水資源局水資源部発行)p5と思われますので、基準年は、2006年あたりだと思います。

要するに、2006年あたりを基準として、2060年には日本の人口は3割減少し、水需要は4割減少すると予測されているということです。

●2040年の日本の水道使用量は現在の4分の3から半分に減る

「野村総合研究所の報告書によると、2040年の日本の水道使用量は現在の4分の3から半分に減る見通し。報告をまとめた宇都正哲(うとまさあき)さんは「2040年は高度成長期に建設され、2000年前後に更新された水道施設の再更新の時期。右肩上がりの水需要を前提にした水道事業は危うい」と指摘。コスト削減の一つとして、地下水利用を提案する。過剰なくみ上げによる水位低下も回復基調。土壌がフィルターの役目を果たすため、一般に河川水より水質がよく、浄水費を圧縮できるのが、その理由だ。」(2008年2月16日付け読売新聞)という記事もあります。

野村総研の報告書は、水資源白書より、もっと過激だったいうことです。

2006年あたりのデータを基に推計している点は水資源白書と同じですが、2040年には水道使用量が現在の半分になることもあり得るという見方をしています。

全体で起きるであろうことは、特殊な事情がない限り、部分でも起きると考えるべきです。

●水道普及率は向上しない

栃木県は、栃木県南地域に特殊な事情として水道普及率が低いことを挙げると思います。2010年度の栃木県南地域の水道普及率は90.4%であり(検討報告書p27)、まだ伸びシロがあるので、給水人口も水需要も増えるというわけです。
しかし、普及率が90%を超えてからの普及率の向上は相当困難です。今後、普及促進を図る地域は住宅が点在する地域であるため、一軒当たりの水道管の延長が長くなり費用が相当高額になり水道会計を圧迫すること、各家庭への給水管の延長が長くなりユーザーの負担額が高額になること、地下水使用者の地下水に対する愛着と塩素臭に対する嫌悪感などの課題があるからです。

検討報告書のp27によれば、2010年度における県南関係市町(栃木市、下野市、壬生町、野木町、岩舟町)の計画給水区域内人口は285,526人ですが、給水人口は262,038人です。水道を使おうと思えば使えるのに使わない人が8%もいるのです。その人たちは地下水を使って生活しているわけです。その人たちが水道に加入しない理由が良質な地下水を利用できるため、地下水の質にも量にも満足していることにあるとすれば、その人たちを水道に加入させることは容易ではありません。

百歩譲って水道普及率100%を達成できたとしても、総人口の減少によって給水人口及び給水量の伸びは打ち消されてしまいます。

●自然に地下水採取量は減少する

全国的に人口の減少に伴い、水道用水だけでなく、農業用水も工業用水も需要が減少することが見込まれます。

県南地域でも事情は同じです。

そうだとすれば、地下水の採取量も自ずと減少していきます。

渇水年における農業用の過剰な地下水採取を抑制すれば、地盤沈下が激化することはないと考えるべきです。

水道水源の表流水への転換は地盤沈下の抑止に意味がないと思いますが、百歩譲って意味を認めるとしても、水道水の需要は50年間で4割のペース、あるいはもっと早いペースで減少していくと見込まれるのですから、ダムで環境と財政を破壊してまで水源転換をする意味はありません。

●地下水依存率の低い野木町で地盤沈下が止まらない

栃木県環境審議会地盤沈下部会報告書のp15図−3と検討報告書のp20図表3−26には、野木観測所で地盤沈下が進んでいる図が示されていますが、検討報告書p13によれば、野木町上水道の地下水依存率は1.4%(2010年度)です。このことは、水道の水源転換を果たしても、地盤沈下対策として効果がないことを栃木県自身が証明していることになります。

●知事は地盤沈下防止の効果を定量的に示していない

被控訴人は、第2準備書面で「控訴人らの主張は、水道施設等に係る直接費用のみを比べるものであって、地下水汚染や地盤沈下の問題などを考慮していない点で失当である。」(p14)と述べていますが、利水負担金64億円と水道用水供給事業の施設建設費192億円(出典は、思川開発事業の水道事業に係る事業評価(再評価)p31)だけでも256億円を費やして2市2町が水源転換をすることによって、例えば地盤沈下についてどれだけの抑止効果が得られ、いくらの利益を得られるのかを知事は説明すべきです。

●地盤沈下被害は発生していない

原告準備書面10(2006年10月26日)のp64で述べたことですが、そもそも栃木県内における保全地域である小山市、野木町及び旧藤岡町において地盤沈下による被害は発生していません。

「思川開発事業を考える流域の会」と「渡良瀬遊水池を守る利根川流域住民協議会」は、1998年10月16日、連名で栃木県、小山市、野木町、旧藤岡町あてに地盤沈下問題に関する公開質問書(甲C第41号証の1)を提出したところ、被告はその回答(甲C第41号証の2)の中で、「地盤沈下による被害については、井戸の抜け上がりなどが確認されていますが、具体的な被害の報告はありません。」と書いています。

●今後も地盤沈下被害は発生しないと思われる

地殻変動等自然由来の地盤沈下によるものは別として、地下水の過剰な採取による地盤沈下による被害は、今後も発生しないと考えられます。

なぜなら、栃木県を代表する観測地点である野木(環境)における地層収縮量は、1998年から2011年までの14年間で3年は10mmを超えましたが、あとの11年は10mmを超えなかったのですから、明らかに沈静化しており、今後の水需要の減少を考慮すると、再び地盤沈下が激化することは想定できません。したがって今後の被害も想定できません。

したがって2市3町が水源転換をしても、地盤沈下の面で得られる利益は皆無と考えられます。

ましてや、県が水道用水供給事業を経営する具体的な計画は全くないのですから、2市2町が水源転換をすることはできず、栃木県が利益を得ることは絶対にありません。

●知事は地盤沈下をどうしたいのか

分からないのは、知事が地盤沈下をどうしたいのかです。

人工的な原因の地盤沈下を完全に抑止したいということでしょうか。

今泉判決は、「地盤沈下の傾向がなくなり、又は沈静化したとまで評価することは困難であ」(p45)ることを水源転換という参画理由を是認する根拠としています。

知事も「地盤沈下の傾向がなくなり、又は沈静化したとまで評価すること」ができるような状態にしたいということでしょうか。

そのために数百億円の公金を支出し、ダムと導水管で環境を破壊する意味があるとは思えません。そもそも数百億円を出せば地盤沈下にどの程度の影響を与えることができるのかも明らかではありません。

知事が完全な地盤沈下退治をやるというのであれば、上水道の水源転換によってどの程度の効果が得られるのかを定量的に説明すべきです。費用対効果を無視することは、地方自治法第2条第14項違反であるとともに、考慮すべき事項を考慮しないことであり、裁量権の逸脱又は濫用にも当たります。

やらないよりはやった方がましかもしれないというていどの裁量判断が許されるはずはありません。

なお、地盤沈下の更なる沈静化を求めるなら、やるべきことは保全地域及び観測地域において毎年約2億m3も採取している農業用水に規制を加えることであり、ダム事業に参画して上水道の水源転換をすることでないことは、これまで説明してきたことから明らかです。

●バランスを確保する必要はない

検討報告書の23頁には、「地盤沈下はひとたび発生するとその復旧は困難であることに加え、地下水位の回復には長期間を要することに留意しつつ、地下水と表流水は適切なバランスで取水する必要がある。」(厚生労働省「水道ビジョン」2004年策定。2008年7月改訂)という文章が引用されています。

栃木県が主張する地下水と表流水のバランス論は、地盤沈下を防止することが目的とされています。

しかし、「水道ビジョン」は、2013年3月に全面改訂され、「新水道ビジョン」が策定されました。

旧水道ビジョンがなぜ一部改訂ではなく全面改訂されたかと言えば、人口が減少していくことがいよいよ明らかになり、また、東日本大震災という大災害を経験したからです。

「新水道ビジョン」は、水道が直面する課題として、「給水人口・給水量、料金収入の減少」、「水道施設の更新需要の増大」、「水道水源の水質リスクの増大」、「職員数の減少によるサービスレベルの影響」、「東日本大震災を踏まえた危機管理対策」を挙げます。地盤沈下は、課題として挙げられていません。

「新水道ビジョン」には、「地下水と表流水を適切なバランスで取水する必要がある」という記述はありません。今後の人口減少を考慮すれば、地下水の過剰な利用という事態は想定できず、地盤沈下は一層沈静化すると考えられることから、「新水道ビジョン」が地盤沈下を課題として挙げず、バランス論を記述しなかったのは、妥当な判断と思われます。

「地下水と表流水を適切なバランスで」という県が掲げる錦の御旗は消えたのです。

必要性がないとして削除された文言を根拠とする県の計画に正当性はありません。

なお、「旧水道ビジョン」には、「水資源は地域依存性の高い資源であり、地域によっては、関係者の理解を得つつ、必要な水資源の確保を今後とも図る必要がある。」と書かれています(検討報告書p23参照)。これからも利水ダムが必要だということです。

しかし、この記述は、「新水道ビジョン」に引き継がれていません。

今後水需要が激しく減少するのですから、新たにダムの水が必要となるはずがありません。

「旧水道ビジョン」の「必要な水資源の確保を今後とも図る必要がある。」は、時代錯誤な記述です。

「旧水道ビジョン」は、時代錯誤なので全面改訂の必要があったということです。

栃木県知事は、「旧水道ビジョン」を根拠に「地下水と表流水は適切なバランスで取水する必要がある」と主張するのですが、「旧水道ビジョン」は時代錯誤であるために、全面改訂により効力を失ったのですから、今後の水道行政の指針とはなりません。

栃木県が「旧水道ビジョン」の指針に従いダム事業に参画することは全くの誤りです。

●まとめ

栃木県の3ダム訴訟の思川開発事業に係る利水について栃木県知事は、事業への参画の根拠を、県南関係市町における水道普及率の増に伴う新規水需要と水源転換のための需要の二本柱としていました。今泉判決も「栃木県及び各市町が(略)余裕をもった水需要予測をすることはやむを得ない面もある」と、栃木県知事の主張を是認しました。

ところが、2013年になって栃木県知事は、新規水需要はないと言い出しました。これにより柱の1本は折れたのです。

知事の主張する水源転換のための需要の内訳は、(1)渇水対策、(2)地下水汚染対策、(3)地盤沈下対策でした。

渇水対策については、栃木県は、検討報告書p15において大芦川の草久地点の降水量と思川・乙女地点の河川流量に相関関係があることを示し、表流水は降水量の影響を受けやすいため、これを水源とすることは渇水対策にならないことを自ら証明しました。

地下水汚染対策については、栃木県は、地下水は汚染されると回復までに長期間を要することをしきりに強調し、具体的にどのような物質で地下水が汚染されるかを特定せずに、「汚染が危惧される」とだけ言っています。

要するに、地下水汚染に関する栃木県の主張は、抽象的な可能性の範囲で危険をあおり立てているにすぎません。

抽象的な可能性の次元でリスクに対応することは、物理的にも予算的にも不可能です。

例えば、A市が、地下水にせよ、表流水にせよ、日量3万m3の水源を保有しているとして、その水源がすべて同時に汚染される抽象的な危険性は想定できるからといって、プラス日量3万m3の水源を追加的に確保するとします。しかし、A市は、日量6万m3の水源を確保したとしても、同時に汚染される抽象的な可能性はあるわけですから、抽象的な可能性という次元でリスク管理をするなら、さらに水源を確保しなければなりません。要するに、抽象的な可能性の次元でリスク管理をしたら際限がなくなります。

水道水は清浄であることが要請されていますが、他方、水道料金は低廉でなければならないのです。矛盾するようですが、それが水道法の要請です。

栃木県は、水源の汚染への備えが必要だというわけですが、それはそうだとしても、料金との兼ね合いがありますから、汚染への備えの要請は絶対的なものではなく、相対的なものにならざるを得ません。

栃木県は、コストの問題を無視しているのです。

土壌・地下水汚染対策の基礎(中杉修身)によると、汚染物質ごとの地下水汚染事例数は、2009年度末で多い順に硝酸・亜硝酸性窒素(2,319件)、VOC(揮発性有機塩素化合物)(2,104件)、重金属等(1,322件)です。

硝酸・亜硝酸性窒素による地下水汚染は、具体的には、窒素を含む化学肥料、畜産廃棄物及び生活排水による汚染です。根拠は、なおこと一緒にお勉強というサイトです。

今後50年で人口は3割減るのですから、窒素を含む化学肥料、畜産廃棄物及び生活排水の量も減るはずです。したがって、硝酸・亜硝酸性窒素による地下水汚染は、減少していくと考えてよいと思います。

VOC(揮発性有機塩素化合物)による地下水汚染については、国立環境研究所の中杉修身・地域環境研究グループ有害廃棄物対策研究チーム総合研究官)は、次のように書いています。

「環境庁や各自治体の汚染原因解明調査の結果、揮発性有機塩素化合物による地下水汚染は、その不適切な保管や取り扱い、それを含む排水の地下浸透や廃棄物の埋立等によって引き起こされたことが明らかとなっている。このため、化学物質審査法が改正され、トリクロロエチレンやテトラクロロエチレンの生産・使用が制限され、またその取り扱いが適正化されるとともに、水質汚濁防止法の改正によって有害物質を含む排水の地下浸透が禁止され、廃棄物処理法の改正により廃棄物の埋立が制限されるなど、地下水汚染の未然防止体制は一応整備された。」(国立環境研究所・中杉修身「わが国における揮発性有機塩素化合物による地下水汚染の現状」1990年)
トリクロロエチレン等の揮発性有機塩素化合物によって、我が国でも地下水が広範に汚染されていることが1982年の環境庁調査で明らかにされた。本研究所の特別研究「土壌及び地下水圏における有害化学物質の挙動に関する研究」(1985〜1989年度) を始め、多くの調査・研究によって、汚染実態の把握と汚染機構の解明が行われ、特定された汚染原因に対して、汚染防止のための法制度が整備された。これによって、今後これらの汚染物質による新たな地下水汚染が生ずる可能性は低くなったと考えられる。
「揮発性有機塩素化合物による地下水汚染の浄化」

したがって、VOCによる汚染事例数も減少していくものと考えてよいと思います。

重金属等による地下水汚染については、一般論ですが、「鉛、ヒ素、総水銀、フッ素、ホウ素は、多くが自然界にあったものが原因であろうと思われます。」(第41回公害紛争処理連絡協議会から。講演I 土壌・地下水汚染対策の基礎。元上智大学大学院地球環境学研究科教授 中杉 修身)というのが専門家の見解です。

つまり、重金属等による地下水汚染は、自然由来のものが多いということです。重金属等による人為的な汚染は、土壌汚染ではあるようですが、地下水まで浸透することはあまりないようです。(重金属等による人為的な地下水汚染があり得るとしても、今後、人口が減少し、産業活動も停滞するのですから、過大に重視すべきでないと思います。)

水道水源の井戸は、このような重金属等による汚染がない井戸が選ばれているはずなので、今後、急に水源井戸が汚染されて使えなくなるという事態はあまり想定できません。

具体的に汚染物質を検討していくと、地下水汚染の発生するおそれはあくまでも抽象的な可能性の範囲にとどまるものであり、具体的な危険性は小さいと思います。

地盤沈下対策については、栃木県は、検討報告書において、地盤沈下の原因は農業用の地下水採取であることを自ら証明しました。おかげで私たちも、県南の2市2町が水道水源を地下水から表流水に転換したとしても、将来の地盤沈下の状況は何も変わらないということを自信をもって言えるようになりました。

したがって、水源転換の理由とされる渇水対策、地下水汚染対策及び地盤沈下対策のいずれも、理由として成り立ちません。

「水源転換のための需要」という柱も折れました。

今思川開発事業の利水に関する泉判決を支える二本の柱は折れ、今泉判決は崩壊しました。(了)

(文責:事務局)
文中意見にわたる部分は、著者の個人的な意見であり、当協議会の意見ではありません。
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