思川開発事業利水問題証人尋問(その1)〜栃木県は代替案を検討していなかった〜

2013年7月26日,2013年8月31日追記

●思川開発事業の利水問題で証人尋問が行われた

2013年7月17日、栃木県知事を被告・被控訴人とする3ダム訴訟の控訴審における証人尋問が東京高等裁判所102号法廷で行われました。この日が控訴審の第1回口頭弁論でした。控訴審は、2011年4月6日から係属しており、これまでに何回か裁判所でのやりとりはありましたが、進行協議とか弁論準備と呼ばれる非公式な裁判手続でした。

証人は、県側が印南洋之・栃木県県土整備部次長で、住民側が嶋津暉之・水源開発問題全国連絡会共同代表です。

尋問事項は、思川開発事業に係る利水問題に限定されていました。

●印南証人は思川開発事業の代替案を検討しなかったと証言した

県側訴訟代理人の平野浩視・弁護士から印南証人への主尋問があり、印南証人は、主として「栃木県南地域における水道水源確保に関する検討報告書」の内容に沿った証言をしました。

その後、住民側の訴訟代理人の大木一俊・弁護士から反対尋問がありました。

2001年に栃木県が思川開発事業への参画を表明した際には、栃木県は庁内組織である思川開発事業等検討委員会を設置し、思川開発事業の代替案について検討しました。ところが、2010年から国が始めた思川開発事業の検証において検討主体から照会された事項に回答するに際し、2001年に検討されたような、川治ダムや草木ダムや松田川ダムを利用する代替案を検討しなかったのかと質問された印南証人は、いともあっさりと「検討しませんでした。代替案は検討主体が検討するものです。」と答えました。

●印南証人は思川開発事業の代替案を検討することを国から要請されていないと証言した

現在国が進めている検証の中で、国から思川開発事業の代替案を検討するように要請されていないのかと質問された印南証人は、「検討を要請されていない。」と答えました。

原告住民からの補足尋問で、「確認したいのだが、栃木県は思川開発事業の代替案を検討するように国から要請されているのですよね。」と質問されても、印南証人は、再度、「要請されていません。」(正確には「検討しなさいとまでは求められていません。」)と答えました。

二度も「要請されていません。」と答えたのですから確信的な証言です。県側の訴訟代理人が訂正を促すために再主尋問をすることもありませんでした。

●実施要領細目に代替案の検討の要請が明記されている

「「国土交通省所管公共事業の再評価実施要領(以下「実施要領」 という。)」に基づき、平成22年9月から臨時的にかつ一斉に行うダム事業の再評価を実施するための運用を定めることを目的」として定められた「ダム事業の検証に係る検討に関する再評価実施要領細目」の第4、1、(2)、丸数字の4、ローマ数字小文字の1)に「利水参画者に対し、代替案が考えられないか検討するよう要請する。」(p20)と書かれています。

●国は栃木県に利水代替案の検討を要請した(2013年8月31日追記部分あり)

実際、国及び水資源機構は、2011年2月1日付け国関整河環第1012号及び22ダ事第128号で栃木県知事あてに「思川開発事業の利水参画者の水需給計画の点検・確認、参画継続の意思確認及び利水の代替案の検討について(要請)」という要請文を発しました。

その内容は、「さて、「ダム事業の検証に係る検討に関する再評価実施要領細目」(平成22年9月28日付け 国河計調第7号)に基づいて別添のとおり要請しますのでご協力をお願いします。」というものです。

別添の文書には、「「ダム事業の検証に係る検討に関する再評価実施要領細目」第4、1、(2)、丸数字の4、ローマ数字小文字の1)に「検討主体は、(中略)利水参画者に対し、代替案が考えられないか検討するよう要請する。」こととされているため、思川開発事業に代わる水源(代替案)について考えられないか検討するよう要請します。あわせて、代替案が考えられないか検討した結果についてご報告をお願いします。」と明記されています。

なお、検討結果の提出期限は、2011年2月28日でしたが、栃木県はこの要請を2年以上も放置し、2013年3月22日付け砂水第315号で国及び水資源機構に利水代替案について「なし」で報告しました。(後日判明したことですが、県は2011年2月28日付けで「利水に係る代替案については、流域全体の水需給の状況を明らかにした上で、広域的な観点から国が作成すべきであり、その際には「現行の諸制度」がどのように取り扱われるのか具体的に示されたい。なお、代替案の検討が進められる中においては、上記の参画量の変更も含め協議に応じる余地があるので申し添える。」との回答書を国と水資源機構に送付していました。)

●印南証言は事実に反する

以上により、印南証人の「栃木県は国から思川開発事業の代替案を検討することを要請されていません。」という証言は事実に反します。

裁判で証人が事実に反する証言をすることが許されるものでしょうか。

●栃木県は利水代替案を検討しなかった

上記のように、印南証人は、栃木県は利水代替案を検討するよう国から要請されていないと証言しましたし、実際、検討しなかったと証言しました。

栃木県は、2001年に思川開発事業への参画を表明する際には、利水代替案を検討したにもかかわらず、今回のダム事業の検証では代替案を検討しなかったことは確かな事実ということになります。

栃木県が利水代替案を検討しないということは、電力会社が今後の発電方法として核発電所の再稼働以外の方法を検討しないこととそっくりです。

栃木県や電力会社にとっては、水や電力を供給するためにどうするかという発想はなく、まずはダム事業に協力することや核発電所を稼働させることが結論として決まっているので、代替案を検討することは、その結論を否定する根拠になりかねないから検討しないということなのでしょうね。そうとしか思えません。

●栃木県は2001年当時の代替案を参考にしなかった

印南証人は、2013年3月に国と水資源機構に代替案について報告する際に、2001年当時の代替案を参考にしなかったと証言しました。

前例踏襲を常とする役所が、2013年に代替案について報告する際に2001年に行った検討結果を栃木県が参考にしなかったことは、極めて異例であり不自然なことです。

●経緯を知らない者が責任者だった

印南証人は、2011年度と2012年度に砂防水資源課長だった職員です。

栃木県が2013年3月に代替案について報告する際に、2001年に行った検討結果を参考にしなかった理由が、栃木県が2001年に行った検討結果を印南証人が知らなかったせいだとすれば、栃木県が思川開発事業に参画した経緯を知らない者が中核的な責任者だったということになります。

ちなみに印南証人は、反対尋問で「都賀町の担当者は県から水を使った分だけ料金を払えばいいと説明を受けたと言っていることや石橋町は国分寺町に言われたので参画したと言っていることを知っているか」と聞かれても「知らない」と答えていました。

●認知能力がご都合主義

印南証人は、現在の栃木県の思川開発事業への参画水量の根拠は、2001年に栃木県が取りまとめた関係市町からの要望水量であると言いながら、そのくせ、その要望水量が出されるまでの紆余曲折や庁内組織での検討の経緯を知らないとしたら、彼の認知能力は実に都合良くできていると思います。

●組織としての判断が異常だ

百歩譲ってダム問題の所管課長である印南証人が個人的に過去の経緯に興味がなく知らなかったとしても、栃木県はダム事業への参画を組織として進めているのですから、県土整備部長も課長補佐も所管係長も経緯を知らず、あるいは知っていたとしても、2001年に検討された代替案を参考にする必要がないと考えることはあり得ないと思います。あったとすれば、極めて異常であり不自然なことです。

●国からの要請を2年以上も放置しておとがめなしか(2013年8月31日追記部分あり)

国及び水資源機構は、栃木県に対し利水代替案の検討を要請し、上記のように報告期限を2011年2月28日としました。

栃木県はこの要請を2年以上も放置し、しかも、挙げ句の果てに要請を無視し、検討しませんでした。

関係職員は、極めて怠慢だと思いますが、だれも懲戒処分を受けなかったのでしょうか。これほどの職務怠慢の事実があれば、かつ、国からの要請が不当でなければ、関係職員は処分されるべきではないでしょうか。(上記のとおり、栃木県は、代替案の検討は国がやるべきだという回答書を期限までに送付しています。)

●代替案の検討は必要だ

県が国から何かを要請されても常に受け入れる必要はありません。国と県は別個の法主体なのですから、国からの要請が不当だと考えれば、県は拒否すべきです。

また、ダム事業の検証は、事業者が検討主体になるのですから、検討の仕組自体が茶番です。

しかし、ダム事業の検証はやるべきだし、検証をやる以上、代替案の検討は必要なことです。「ダム事業の検証に係る検討に関する再評価実施要領細目」にも代替案の検討について明記されていますが、仮にこのような規定がなくても、公共事業の検証を実施する以上、代替案の検討は条理上当然にするべきです。

したがって、検討主体が関係自治体に代替案の検討を要請することは正当であり、間違っていることではありません。栃木県がこの要請を無視することの方が間違いです。

●栃木県はなぜ利水代替案を検討しなかったのか

栃木県がなぜ利水代替案を検討しなかったのかと言えば、「検討することを検討主体から要請されていなかったからだ」と印南証人は言います。

しかし、上記のように、実際は文書で要請されていました。

栃木県が検討主体から利水代替案を検討するよう要請されていたにもかかわらず、これを無視し、検討しなかった理由は何でしょうか。

検討してしまうと栃木県が思川開発事業に参画する理由がなくなってしまうからとしか考えられません。

●代替案を検討するとなぜ参画理由がなくなるのか

2001年に代替案が栃木県の庁内組織で検討されたときには、「思川開発事業及び東大芦川ダム建設事業の検討内容のまとめ」という書類に思川開発事業に関する第3案として「思川開発事業には本県の利水(小山市単独分を含む)は参画しない」という案も検討されていました。

しかし、この案には、「鬼怒工水の転換可能分の全量を転用しても需要水量に満たない」という難点があると書かれていました。

つまり、鬼怒工水(川治ダムを水源とする工業用水)の転換可能分である1.00m3/秒又は0.67m3/秒(真岡市及び旧二宮町が地盤沈下の観測地域なので、地下水源の転換水量0.33m3/秒を除いた分)を県内の水道用水に転用したとしても、県内の要望水量は1.04m3/秒だから、対応できないという難点があるということです。

しかし、2008年7月の思川開発事業の計画変更により、栃木県の参画水量は0.403m3/秒、小山市のそれは0.219m3/秒、鹿沼市のそれは0.200m3/秒で合計0.822m3/秒となりましたので、鬼怒工水の転換可能分が1.00m3/秒であれば、これを転用して対応できるので、栃木県全体として思川開発事業に参画する必要がないことになります。

確かに、鬼怒工水の転換可能分が0.67m3/秒であれば、栃木県全体の要望水量0.822m3/秒には対応できません。

しかし、真岡市及び旧二宮町の地下水源の転換水量として0.33m3/秒を必要とするという話は現実的ではありません。

0.33m3/秒は、日量に換算すると28,512m3です。

2011年度の真岡市(真岡地区。74%が地下水源)の1日平均給水量は17,057m3/日で、真岡市(二宮地区。全量地下水)のそれは2,303m3/日にすぎません。1日最大給水量を合計しても22,692m3/日しか使っていません。

もしも真岡市が鬼怒工水0.33m3/秒の転用を受け入れたら、水源全量を表流水に転換しても、水が余ってしまいます。

県南の地盤沈下は沈静化していること、水道水の水源転換では地盤沈下防止の効果はほとんどないこと、真岡市の給水量は今後減少が見込まれること及び地下水依存率を下げれば安定供給に悪影響が出ることから、真岡市が鬼怒工水の転用を受けることはあり得ない話だと思います。

とにかく、鬼怒工水は大量に余っています。栃木県は、川治ダムを水源とする工業用水を1.83m3/秒保有していますが、実際に使われているのは、そのうちの約17%にすぎません。1.52m3/秒は余っているのです。鬼怒工水で栃木県全体の思川開発事業への要望水量を賄うことは確実にできます。

●検証作業は更に遅滞する

上記のように、栃木県知事は、2013年3月22日付け砂水第315号により国土交通省関東地方整備局長及び独立行政法人水資源機構理事長あてに「思川開発事業の利水参画者の水需給計画の点検・確認、参画継続の意思確認及び利水の代替案の検討について(回答)」という文書を発しています。

内容は、「平成23年2月1日付け国関整河環第1012号及び22ダ事第128号及び平成24年6月29日開催「思川開発事業の関係地方公共団体からなる検討の場第3回幹事会」で要請があった標題の件について、下記のとおり回答します。」というものです。

下記とは次の3点です。
・参画継続の意思 有
・参画継続の意思がある場合の必要な開発量  0.403m3/秒
・利水代替案 なし

なお、知事は参考資料として「栃木県南地域における水道水源確保に関する検討報告書」を検討主体に提出しました。

「栃木県南地域における水道水源確保に関する検討報告書」自体、科学的な根拠がなく、数字合わせにすぎないものですが、それはさておき、この検討報告書では、利水代替案は検討されていません。

栃木県が利水代替案について「なし」とした回答は、検討した結果ではなく、検討が要請されていることを無視し、検討をせずに回答したものですから、栃木県は未だ回答をしていないことになります。

したがって、栃木県知事から検討主体への回答は未完なので、検討主体は、栃木県知事から回答があったものとして検証作業を進めることは許されないことになります。

もしも栃木県知事が利水代替案を検討した結果、「なし」で報告したものであると主張するのであれば、印南証人の「代替案の検討を要請されていないので検討していない」という証言と矛盾し、印南証人は偽証をしたことになります。

栃木県は、印南証人が偽証をしていないというのであれば、代替案の検討をしていないのですから、代替案を検討した後に検討主体への回答書を作り直す必要があります。

おそらく検討主体は、栃木県から報告書が提出されたことから、早期に第4回幹事会を開催するつもりでしょうが、報告期限から2年以上も遅れて提出された栃木県からの報告書には、代替案を検討せずに「代替案なし」と報告した瑕疵があり、関係地方公共団体からの回答書が出そろったことにならないのですから、検証作業を進めることはできないはずです。

(文責:事務局)
文中意見にわたる部分は、著者の個人的な意見であり、当協議会の意見ではありません。
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