栃木3ダム訴訟控訴審判決〜えこひいきのあまり墓穴を掘った田村幸一裁判長〜

2014年4月2日

●無実の証明は警察がしている

本題の前に袴田事件について一言。

1966年6月30日に起きた袴田事件について、同年9月7日付け毎日新聞が「袴田ついに自供 「金ほしさにやった」 "パジャマの血"でガックリ 葬儀の日も高笑い ”ジキルとハイド”の袴田」の見出しで記事を書いています。神保哲生さんがYouTubeで紹介しています。

中身は読めませんが、「"パジャマの血"でガックリ」は、記者が見たことではなく、警察が見たことをそのまま伝えたものです。袴田巌さんが取調室でガックリとくる様子を記者が見られるはずはありませんから。

なぜ袴田さんがガックリときたのかと言えば、「パジャマに血痕を見つけたぞ」と警察官に言われ、決定的な証拠を突きつけられた袴田さんが自供を始めたという話だと思います。

警察及び検察によれば、袴田さんは、事件後1年以上経って味噌樽の中から発見された衣服を着て犯行に及んだのですから、犯行時の着衣でないパジャマに付いた血のことを指摘されても決定的な証拠を突きつけられたことにはなりませんから、ガックリとくるはずがありません。

にもかかわらず、袴田さんが犯行の証拠ではないパジャマに付いた血の話をされて、ガックリときて急に自供を始めたとしたら、それこそが袴田さんが真犯人でないことの証拠だと思います。

また、「"パジャマの血"でガックリ」という話が袴田さんが真犯人だと世間に思わせるように新聞に書かせるためのねつ造話だとしたら、警察のやっていることは何も信用できませんから、袴田さんの自白の内容もねつ造だと考えるのが合理的です。

それにしても、「自白は証拠の王」という時代を警察と検察はいつまで続けるつもりでしょうか。

●栃木3ダム訴訟控訴審判決が出た

2014年1月27日に栃木3ダム訴訟控訴審判決が東京高裁で言い渡されました。判決文は、栃木3ダム訴訟控訴審判決です。裁判官は、裁判長が田村幸一、右陪席が高橋光雄、左陪席が浅見宣義の各氏です。

内容は、控訴人らの全面敗訴です。ムダなダムをストップさせる栃木の会の会員など、私たちを支援してくださった方には、力及ばずの結果になったことをお詫び申し上げます。

1月28日付け下野新聞は、判決について次のように報じています。

南摩(鹿沼市)、湯西川(日光市)、八ツ場(群馬県)のダム3事業に対する県の負担金支出は違法だとして、市民オンブズパーソン栃木(代表・高橋信正弁護士)と県民20人が福田富一知事に支出差し止めと支出された約124億円の損害賠償を求めた住民訴訟の控訴審判決が27日、東京高裁であった。

田村幸一裁判長は「県の予算執行に過失はない」などと一審宇都宮地裁判決を支持、住民側の控訴を棄却した。住民側は上告の方針。住民側は「本県に、ダム3事業による利水・治水の効果はない」と主張。県側は、南摩ダムを造る思川開発事業には県南市町の高い地下水依存率を下げる必要があると反論した。

 田村裁判長は3事業の負担金支出について「国土交通相による通知に基づいており、ダム建設計画などに不合理な点はなく、県の予算執行に過失はない」と述べた。

弁護団長の大木一俊弁護士のコメントがどうする、利根川? どうなる、利根川? どうする、私たち? に掲載されていますので、ご覧ください。

栃木3ダム訴訟の控訴審判決については、いろいろな問題があることはもちろんですが、今回は、地盤沈下に関する問題点についてお知らせします。

●地盤沈下が問題となっているかは重要な問題だ

地盤沈下が問題となっているかは、極めて重要な問題です。

なぜなら、栃木県が思川開発事業に参画する理由は、地盤沈下防止しかありません。

栃木3ダム訴訟の中で福田富一知事は、思川開発事業に参画した理由として、「将来の水道普及率の増に伴う新規需要や地下水位低下、地下水汚染、地盤沈下対策等を総合的に考慮し」(被告第7準備書面p5)たと言っていますが、地盤沈下対策以外はすべて後付けです。

栃木県は、2001年1月に思川開発事業等検討委員会という庁内組織を立ち上げ、5月までに5回の会議を開催して思川開発事業等について検討しましたが、南摩ダムの水を必要とする理由としては、地盤沈下対策しか検討されていません。「将来の水道普及率の増に伴う新規需要や地下水位低下、地下水汚染」について検討された形跡はありません。

福田昭夫知事(当時)は、2001年6月6日の栃木県議会定例会において思川開発事業に参画する理由について次のように答弁しています。

私が今回の決断に当たり重視した点は大きく四つございます。まず、下流関係県及び本県関係市町の表流水による水確保の必要性は、見直しによって需要水量の縮減を図った上でも、なおかつ否定し得ないこと。また、代替水源として県保有水(いわゆる鬼怒工水)の転換を相当の財政負担を覚悟の上で図ったとしても、下流関係県の需要にまで応ずるには不足すること。 さらに、本事業が県南地域の地盤沈下対策の代替水源として必要であることは否定し得ないこと。最後に、多くのダム関係地権者の方々が長い年月の末苦渋の決断をされ、大方の理解が得られていることであります。

思川開発事業による開発水が必要な理由は、具体的には地盤沈下対策しか挙げていないのです。

したがって、思川開発事業によって確保した表流水で水源転換を行うことが地盤沈下対策にならないとすれば、栃木県が思川開発事業に参画する理由はなくなってしまうのです。

水源転換が地盤沈下対策になるかどうかは、栃木県の思川開発事業参画問題にとって極めて重要な問題です。

●費用対効果の視点が欠落している

栃木3ダム訴訟の控訴審判決(以下「原判決」という。)は、認定事実の中で、「(2007年度の野木No.1では)沈下変動量は7.13ミリメートルと平成19年度の観測所最大となり,近年では,沈下変動量が,平成12年,平成14年,平成16年に年間 10ミリメートルを超えている。」(28頁)と、年間1cmを超えるが2cm未満の沈下変動量を殊更挙げていますが、環境省では「年間2cm 以上の沈下が生じている地域」を「注意を要する地域」としています。

したがって、栃木県の地盤沈下の状況については、「平成 9 年度以降は年間沈下量が小さくなり、平成 16 年度及び平成 22 年度を除いては 年間 2cm を超える沈下は観測されなかった。」(「地盤沈下防止対策のための地下水採取規制のあり方について」(2012年1月26日、栃木県環境審議会地盤沈下部会))と表現することが通常です。

地盤沈下には、地殻変動や堆積物の収縮などによる自然沈下と鉱物の掘削や地下水の過剰採取等による人工的な沈下があるにもかかわらず、原判決が本件において2cm未満の沈下変動量まで問題にするのならば、どんなに地下水の採取量を削減したとしても、抑制できる沈下変動量は2cm未満にすぎないのですから、年間十数mmの地盤沈下のうち、どれだけの沈下量が過剰採取を原因とするものであり、そして水道水の水源転換によってどの程度抑制できるのか、そしてそのためのコストはいくらかかるのかという効率性の問題が一層重視されるべきです。費用対効果を明らかにして水源転換の必要性を判断するべきです。

ところが原審は、水道用の地下水採取量の地盤沈下への寄与度や費用対効果について審理しないのであり、原判決には費用対効果という視点が欠落しています。原審は、費用対効果という考慮すべき事項を考慮していないので、効率性の原則や経済性の原則を規定する地方自治法2条14項、地方財政法4条1項及び地方公営企業法3条を無視する解釈をしており、原判決には、判決に影響を及ぼす法令の違反があります。

費用対効果を無視するということはどういうことかと言えば、無駄遣いを容認するということです。

この国では、行政が無駄遣いをして、裁判所が容認する、お墨付きを与えるという構図がいつまで続くのでしょうか。

裁判官は、行政の無駄遣いにお墨付きを与えてどのような利益があるというのでしょうか。だれが決めたルールなのか知りませんが、出世できる、あるいは左遷されないということなのでしょう。

●真の地盤沈下対策とは

なお、栃木県南地域2市2町の水道水源の一部が地下水から表流水に転換されたとしても、地盤沈下防止の効果が1mmでも得られるかと言えば疑問です。

栃木県の地盤沈下を支配しているのは農業用水です。

栃木県の地盤沈下は、地下水位が上昇する傾向にあるにもかかわらず、毎年小規模な沈下が発生しているのが特色です。そのメカニズムは、毎年5月から8月までのかんがい期において大量の地下水が採取されることにより地盤が沈下し、9月以降は、大量の地下水採取が止まることにより地盤沈下も回復するが、かんがい期の沈下量があまりにも大きいために十分に回復し切らず、年間の収支ではマイナスになってしまうということです。したがって、かんがい期における地下水の大量採取を止めない限り、栃木県の地盤沈下は続きます。

かんがい期に地下水を大量に採取するのはだれかと言えば、農家です。

このメカニズムは、栃木県が2012年1月に作成した「栃木県環境審議会地盤沈下部会報告書ーー地盤沈下防止対策のための地下水採取規制のあり方について」に記載されています。

野木町においては、「統計資料等からの推計によると、農業用水が地下水採取量の約 9 割を占める。 」、「農業用水の採取量は、5月が最多で、5〜8 月に年間採取量の 97%を採取している。」と書かれています。

だから、農業用の地下水採取量を抑制しないと、栃木県の地盤沈下に効果がないことは明らかです。真の地盤沈下対策は、農業用の地下水の採取量を規制することです。

元栃木県砂防水資源課長の印南洋之氏も2013年7月17日の東京高裁での証人尋問において、控訴人側代理人からの「したがって、地盤沈下を防ぐためには、この時期(5〜8月)の農業用水の急激な採取、揚水、これを制限しなければいけないですね。」という尋問に対して、「当然そういうことであります」と証言しています。

栃木県の地盤沈下を防止しようと考えたら、農業用の地下水の採取を抑制しなければならないことは、栃木県としても十分認識しているということです。

上記報告書には、次のように書かれています。

栃木県における地盤沈下は、5〜8 月に地下水採取量が増加し、地下水位が急激に低下することによって、地層中の粘土層が収縮するという発生メカニズムにより生じている。

このため、長期的な地下水位の変動は上昇傾向にあるにもかかわらず、地盤沈下が発生している。これは、他県の地盤沈下と異なる特徴的な現象である。

しかし、対策としては次のように記載しています。

このことを踏まえ、地下水利用に関わる県民、事業者及び行政は、それぞれの役割分担の下、地盤沈下を最小限、あるいは発生させないような健全な地下水採取の方法や地下水を効率的に利用する方策などを検討し、協力して地盤沈下の防止に取り組む必要がある。

つまり、原因者をはっきりと指名せずに、関係者の協力を期待するだけです。甘いというか、弱腰です。

このことは、農業用地下水の採取を規制することによって生じる損害の方が、規制しないことによって起きるであろう地盤沈下による損害の方よりも大きいと栃木県が評価しているという話です。

累積する地盤沈下による被害を栃木県が重視するのであれば、農業用の地下水採取を条例で権力的に規制すべきです。

現在、地下水利用について栃木県が実施している規制は、地下水採取量の揚水施設の設置の届出義務の強制だけです(栃木県生活環境の保全等に関する条例第39条の3)。

地下水利用は土地所有権の内容であり、条例で規制することは難しいという言い訳を栃木県はするかもしれませんが、茨城県、埼玉県及び千葉県では、地下水利用は条例で許可制とされています。また、憲法で保障された財産権(第29条)も公共の福祉により制約される(13条)ことは当然ですから、法律や条例で規制することは違憲・違法ではありません。

農業用の地下水採取を規制しないで、水道用の水源転換を図る政策は、栃木県の地盤沈下対策として完全にピントが外れています。

なぜ、栃木県が農業用地下水の採取そのものを規制できないのでしょうか。おそらくは、県が農家を対象に強権的なことをすると、知事や関係議員の票が減ってしまうということなのでしょう。

他県では、地下水利用を許可制にできるのに、栃木県と群馬県ではできないという理由は、今のところ分かりません。

話を戻しますと、栃木県が64億円を支払って南摩ダムの水を確保して、そのほか192億円をかけて水道用水供給事業のための水道施設を建設して、県南2市2町の水道水源の一部を地下水から表流水に転換しても、農業用の地下水利用が現状のまま続くとすれば、目に見えた変化が起きないことは明らかです。

誤解していただきたくないのは、私は、農業用の地下水採取を一切止めるべきだなどと言っているのではありません。栃木県内の地盤沈下の保全地域と観測地域の合計で1億9000万m3/年くらいまでに農業用の地下水採取量を抑制できれば、ほとんど地盤沈下は起きないという線は見えてきているし、栃木市(旧藤岡町)、小山市及び野木町の5観測所(藤岡遊水池、小山大谷、小山若木、野木及び野木原観測所)に地盤変動及び地下水位テレメータシステムを導入し、県庁内で地盤変動量及び地下水位をリアルタイムに観測できる体制が整備されているのですから、オールオアナッシングではなく、定量的なコントロールが可能だということです。過剰な採取はやめるべきだということです。

過剰利用と適正利用の境界線は、地下水利用に関するシミュレーションをやれば明らかにできます。栃木県がやらないだけです。なぜやらないのか。シミュレーションによって水道の水源転換が地盤沈下対策にならないことが判明したら、栃木県が思川開発事業に参画する理由がなくなるからなのでしょう。

●地震による沈下をダムでは防げない

また、原判決は、2011年には「東日本大震災による地殻変動もあり,2 センチメートル以上の沈下,4センチメートル以上の沈下が数多く観測 された。」ことを殊更挙げています。おそらく栃木県南地域における地盤沈下が沈静化していないことを強調するために挙げたものと思われ、「地盤沈下の傾向がなくなり、又は沈静化したとまで評価することも困難である(最近は、平成22年度をはじめとして再び地盤地下が進行する兆しがみられる。)」(34頁)という事実認定の伏線としています。

しかしこのことは、原審が本件の争点を全く理解せずに判決を書いたか、被控訴人をえこひいきしているかのどちらか、又は両方であることを意味しています。なぜなら、原判決は、本件に全く関係のない事実を殊更認定しているからです。

思川開発事業に係る利水問題における最大の争点は、栃木県南2市2町の上水道の水源転換の必要性です。即ち、水道水源を地下水から表流水に転換することによって、地盤沈下を防止できることが大前提です。

したがって、地下水を採取するかしないかにかかわらず起きる地震による地殻変動である地盤沈下は自然現象であり、本件住民訴訟には全く関係がありません。嶋津暉之証人が「なお、2011年は東北地方太平洋沖地震の影響があるので、沈下面積の数字の意味が異なる。」(2013年7月10日、嶋津意見書8頁)と書いたのもその意味です。被控訴人でさえ、2011年に地震によって大きな地盤沈下があったことをもって、「再び地盤沈下が進行する兆しがみられる」(原判決34頁)というような主張はしていません。

2011年における地盤沈下の量は、近年の沈下量から判断してそのほとんどが地震に由来するものと見るのが経験則にかなっているのであり、地震学の視点からは意味があっても、人工的な沈下を抑制する視点からは、データとしての意味を持たず、このようなデータを基に地盤沈下防止のための政策を立案してはならないことは、あまりにも明らかです。

それにもかかわらず、原審が地震による地盤沈下を殊更認定したことは、「栃木県の地盤沈下は沈静化していない」と主張する被控訴人の肩を持って、裁判所が証拠を補強したものとしか考えられません。

このことは、経験則違背の事実認定であると同時に、控訴人らの有する「裁判所において裁判を受ける権利」(憲法32条)を侵害しており、憲法違反です。同条の「裁判所」とは、「公正な裁判所」を意味することは当然であるところ、一方当事者の肩を持つ事実認定を行う原審は「公正な裁判所」とは到底言えないからです。

地震による地盤沈下は、本件訴訟に何の関係もないにもかかわらず、原判決はなぜ判決理由に地震による地盤沈下を持ち出すという致命的な誤りを犯したのでしょうか。悪意がなかったとすれば、東京高裁は、地盤沈下問題を全く理解していなかったということであり、あまりにもお粗末です。

おそらくは地盤沈下問題を深くは理解していなかったという下地があって、その上、とにかく行政を勝たせるという結論が決まっていたので、えこひいきのあまり墓穴を掘ってしまったのだと思います。

(文責:事務局)
文中意見にわたる部分は、著者の個人的な意見であり、当協議会の意見ではありません。
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