「同種・同規模の河川」とは「同じ水系の他の河川」にすぎない

2019-08-06

●大東判決の一節

水害訴訟の指導的判例となり、「水害訴訟冬の時代」のきっかけとなった大東水害訴訟最高裁判決(1984年1月26日。以下「大東判決」という。)には、次のくだりがあります。

以上説示したところを総合すると、我が国における治水事業の進展等により前示のような河川管理の特質に由来する財政的、技術的及び社会的諸制約が解消した段階においてはともかく、これらの諸制約によつていまだ通常予測される災害に対応する安全性を備えるに至つていない現段階においては、当該河川の管理についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、前記諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであると解するのが相当である。


●学者による評価は「基準として機能しない」

「同種・同規模の河川」の意味について、学者は、次のように書きます。

道路管理の場合であれば、予算的制約を理由に営造物責任を免れることはできないが、河川管理については財政的、技術的、社会的書制約があるので、「通常予測される災害」の防除を基準とするのではなく、「同種・同規模の河川の管理の一般水準」および社会通念上の安全性基準という、より低い基準で足りるとした。

道路の瑕疵判断と異なる基準を示した点は一見もっともな印象を与えるが、何をもって《同種・同規模の河川》というか、実際の訴訟で原告がどの河川がそれにあたるかを証明するのは不可能にちかく、判断基準としては現実には機能し得ないと思われる。その意味で、現実の治水行政を追認するだけに終わる可能性もない訳ではない。(大浜啓吉「行政裁判法 行政法講義」2011年p473)

大浜は、「何をもって《同種・同規模の河川》というか、実際の訴訟で原告がどの河川がそれにあたるかを証明するのは不可能にちかく、判断基準としては現実には機能し得ない」と書きます。

●差戻し控訴審の解釈

しかし、大東判決の差戻し控訴審(大阪高裁)は、1987年4月10日の判決で次のように判示します。

谷田川(たんだがわ)同様生駒山系に源を発し、西流して寝屋川に合流する地理的条件を同じくする同種同規模の河川である岡部川、たち川、長門川又は恩智川の場合と比較すると(中略)であったことが窺われるので、大阪府知事が、他の河川と比較して谷田川につき浚渫を怠っていたとまではいうことができず」(判例時報1229号83頁。水源連のサイトから)

即ち、大阪高裁は、大東判決のいう「同種・同規模の河川」を、水源地の山系が同じであること、及び流れる方向と合流先が同じである河川と解釈しています。

この解釈によれば、「同種・同規模の河川」の定義はかなり明確だと思います。

したがって、「何をもって《同種・同規模の河川》というか」について原告が思い悩み、途方に暮れる必要があるとは思えません。

●最高裁が言い始めたことではない

大東判決の判示は、そもそも控訴人である国・大阪府の提案に基づいているのではないでしょうか。

前掲の判例時報p39には、差し戻し前控訴審での国側の主張として「しかして、左のとおり谷田川の浚渫は他の同種河川と比較してみても決して少くない。」と書かれており、その後に、恩智川、長門川、たち川、岡部川及び谷田川における浚渫に関するデータが記載された表が掲載されています。

その後、大阪高裁はこの主張をどう扱ったのかは分かりませんが、最高裁は、この主張を採用しただけだと思います。

そして、大東判決を受けて、国側は、差し戻し後控訴審で「谷田川の改修時期は同種同規模と言える他の寝屋川水系河川に比較するとむしろ早い方であり、その治水上の安全度も十分均衡が保持されていた。」(同p60)と主張しました。

これを受けて大阪高裁は、浚渫については、他の寝屋川水系河川と比較して事実認定をしました。

●大阪高裁判決の意味は重い

確かに、「同種・同規模の河川」と言われて、同じ水系の他の河川だと思いつく人は少ないと思いますが、行政(河川管理者)も裁判所も、そろって、「同種・同規模の河川」とは同じ水系の他の河川だ、と言っているのですから、情報を持っていない原告が自分からハードルを上げて、全国の河川を見渡して、「同種・同規模の河川」を探し回る必要はないと思います。

そうだとすると、大東判決は、「同じ水系の他の河川」と具体的に言えば分かりやすいものを、なぜわざわざ「同種・同規模の河川」という抽象的な言い回しを選んだのか、という疑問は残ります。

しかし、上記差し戻し後の大阪高裁判決は、他の事案について一つの判例解釈を示したわけではなく、大東水害訴訟という事件について、最高裁の示す判断枠組みに拘束される中で判示しているのですから、その意味は重いと思います。

●原告が自分からハードルを上げる必要はない

なお、次の水害訴訟においても、「同種・同規模の河川」との比較が管理瑕疵の判断要素となったようです(土木学会のサイトの「流域治水における河川管理者の責任範囲に関する一考察」から)。

加治川
平作川
志登茂川
長良川安八
長良川墨俣
水場川
甲突川
野並水害
新川
荒崎水害

これらの訴訟において「同種・同規模の河川」がどう解釈されたのかは分かりません。

ひょっとしたら、それらの訴訟において、判例理論の独り歩きが起きているのかもしれませんが、私には、資料収集能力がないので、その検証はできません。

いずれにせよ、大東水害訴訟の差し戻し後の大阪高裁判決を読んだら、「同種・同規模の河川」を全国の河川から探すような解釈は出てくるはずがないと思います。

もちろん、判例解釈も法令の解釈と同様、時代の変化に応じて変えるべきものですが、大東水害訴訟の差し戻し後の大阪高裁判決による上記解釈を変える必要があるような状況の変化がこれまでにあったとは思えません。

(文責:事務局)
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