「概略点検結果一覧」でパイピングの危険性が指摘されていた(鬼怒川大水害)

2022-05-23

●「概略点検結果一覧」を被告が提出した

鬼怒川の堤防に関する「概略点検結果一覧」という文書があります。

被災する半年前に作成された「H26三坂地先外築堤護岸設計業務設計報告書」(2015年3月、株式会社建設技術研究所。鬼怒川大水害訴訟における乙70が一部を引用している。)で引用されている既往調査結果の一つです。乙70では、破堤区間が含まれる3ページ目だけが引用されています。

直轄管理区間全体で13ページの一覧表ですが、ここでは、そのうち次の4ページを引用します。3k〜32kの区間に係るものです。

概要点検一覧1

概要点検一覧2

概要点検一覧3

概要点検一覧4

この「概略点検結果一覧」は、2002年度河川堤防設計指針(国土交通省河川局治水課、2002年7月 12 日)に基づく調査結果だと思われます。(国土交通省関東地方整備局河川計画課にこの一覧表の作成時期と作成者を質問したのですが、分からないと言うのです。)

関東地方整備局のサイトの「河川堤防詳細点検(浸透による安全性)情報図とは」というページに「この「河川堤防詳細点検(浸透による安全性)情報図」は、国が管理している河川堤防について、平成14年7月にとりまとめた 「河川堤防設計指針」 に基づき浸透に対する安全性の調査結果(H19.3現在)を情報図としたものです。」という説明があり、鬼怒川堤防詳細点検結果情報図が示されています。この調査と関連がありそうです。(ちなみに、同図には、「今後の対応方針」として、「対策工法等を速やかに検討し、実施にあたっては堤防背後地の状況等を考慮しつつ危険性の高い箇所から実施していく予定です。」と書かれていながら、実際には「堤防背後地の状況等を考慮」されたとは思えません。)

しかし、鬼怒川堤防詳細点検結果情報図は「概略点検結果一覧」と整合性がありません。

概略点検は詳細点検の前に行われた机上調査だったからだと思います。

本命の「詳細点検結果一覧」も存在し、建設技術研究所が1ページだけ引用しています。

「概略点検結果一覧」の作成時期は、2007年だと思われます。

開示されたファイル情報を見ると、作成日が2007年3月16日となっていますし、国が2007年3月までに調査結果をとりまとめたという話とも整合するからです。

詳細は裁判で解明してほしいのですが、どちらの当事者も言及しません。

東北地方整備局のサイトの「堤防の詳細点検」というページに「2002年度河川堤防設計指針」が分かりやすく解説されているので、興味のある方はご参照ください。

●誤記がある?

「概略点検結果一覧」の凡例(下図)には、肝心の「概略点検結果」の項目で誤記があると思います。

凡例は、自信ありげに全ページに記載されているので、誤記ではないのかもしれませんが、Bは「安全性がやや高い」でないとおかしいと思います。

「安全性がやや低い」をBランクとCランクに細分化したという意味なのかもしれませんが、そうだとしたら、普通の発想ではないと思います。

誤記か

●L21kを含む区間に安全性が低い箇所が集中している

破堤区間の築堤年代が「昭和53年」となっており、無堤防区間の若宮戸地区の築堤年代が「昭和24年」となっているなど、見方がよく分からない部分も多いのですが、それはさておき、上記一覧表では、堤防の高さと幅という外形からは分からない安全性(浸透、侵食及び地震に対する安全性)の評価が記載されているのだと思います。

注目点は、概略点検結果の欄で「D:安全性が低い」とされた区間がL18.75k〜21.75kの3kmの区間に4箇所も集中的に存在しており、こんな場所は他にはないということです。(ちなみに、凡例にはDしかないのに、D1がいきなり登場する不思議さがありますが。)

ただし、L21.00k付近の安全度の評価はCであり、「安全性がやや低い」という程度にとどまっています。

評価の基準は、2002年度河川堤防設計指針のp5以下に「安全性の照査」として記載されています。

詳しくは、「河川堤防の構造検討の手引き」(2002年7月、財団法人国土技術研究センター)p46以下で解説されています。

一覧表を見ていると、安全性のランク付けの判断では、平均動水勾配が重要な考慮要素になっていると思います。平均動水勾配は、パイピングの起きやすさを示す指標です。

「パイピングによる被災は、平均動水勾配が0.1を超えている箇所で発生」(国土技術政策総合研究所の下川大介ら「変状と被災の統計的解析による堤防の点検及び巡視の合理化に関する一考察」(2015年4月)p340)するという説もありますが、「概略点検結果」では、平均動水勾配が0.2を超えるとDと評価されることが多いように見えます。

動水勾配が0.1より小さいと、安全度がB又はAで評価されているように見えます。

L21.00k付近の平均動水勾配は0.1より大きいが0.2よりも小さいのでCなのかもしれません。

●パイピング破壊は予言されていた

「概略点検結果一覧」に記載されている平均動水勾配の元データと思われる資料があります。

「H26三坂地先外築堤護岸設計業務設計報告書」(2015年3月、株式会社建設技術研究所)の中の「新たな堤防調査について(案)【鬼怒川・小貝川】」という資料です。

下表は、「表2.14 鬼怒川左岸パイピング抽出条件」の2ページ目です。

表自体は建設技術研究所が作成したと思いますが、データは既往調査に基づいていると思います。

新たな堤防調査

動水勾配とは、比高を堤防敷幅で割った値のようなのです。

「比高」とは、堤内地地盤高と計画高水位の差だと思ったら、そうではなく、裏法尻の標高と計画高水位との差なのかもしれませんが、2011年度測量成果のL21.00kのデータで計算するとそれでも数字が合いません。

「堤防敷幅」もどうやって得た値なのか分かりません。

それはともかく、動水勾配の欄は、L17.25kから22.25kまでの5kmの区間のほとんどが赤く染まっています。

動水勾配が0.2以下です。

そして、上記下川らの論文p339では、「パイピングの照査によりN Gとなった区間については、パイピングの被災が発生する可能性が高いと言える」と言っており、パイピングの危険性の指摘は侮れません。(この論文では、平均動水勾配をパイピングの照査基準としています。)

だから、2015年の破堤でも起こるべくしてパイピングが起きたと思われますが、肝心のL21.00kでの動水勾配は、上下流の距離標地点では2.00を超えているのに、なぜかそこだけが1.65です。算出根拠は不明です。

仮に、L21.00kの堤防がパイピングについて特に危険というほどではなかったとしても、上下流が特に危険だったのですから、改修の優先順位は高かったはずです。ただし、概略点検に基づく議論ですが。

●破堤区間は堤体土質及び基礎地盤土質がともに砂質土だった

上表から分かる、もう一つの重要なことは、L19.50k〜23.50kの4kmの区間は、堤体土質及び基礎地盤土質がともに砂質土と評価されていることです。(「概略点検結果一覧」では、堤体土質は粘性土と評価されており、セットで作成されたと思われるのに、この点ではなぜか矛盾しています。)

堤防のある区間で、これほど危険性をはらむ区間は、鬼怒川下流部だけでなく、直轄区間98.5kmの全てを見渡しても、他にありません。

無堤防区間では、若宮戸地区も上から下まで砂だらけでした。砂だらけだから危険ということにはなりませんが、1970年代から堤防類地である砂丘に穴が開いた状態でした。

つまりは、鬼怒川の破堤と溢水が起きた場所は、砂で構成された堤防と堤防類地が計画高水位より低い状態で放置されたという共通点を持っており、氾濫は必然性をもって起きたと言えます。

訴訟では氾濫が起きた必然性を語ることが必要ではないでしょうか。

●「概略点検結果一覧」では、破堤区間の堤体土質は粘性土と評価されているが納得できない

上記のとおり、「概略点検結果一覧」では、破堤区間の堤体土質は粘性土と評価されているが納得できません。

下図は、群馬大学大学院理工学府 清水義彦教授「鬼怒川の水害調査にかかわって学んだこと」からの引用です。

2016年3月に撮影した鬼怒川の破堤区間の上流側のほぼ縦裂きの破断面です。

L21.00kから50mほど上流でしょうか。

白い線は、1m四方のメッシュを示すのだと思います。

堤体のほとんどが沖積層砂質土(約1万8000年前以降に堆積)であることを示しています。

「自然堤防が堤体の一部を構成している」、「浸透による堤防の脆弱化が懸念される」と書かれています。

清水は「懸念」の使い方を間違えていると思います。

懸念は将来起こるかもしれないことに不安を抱くことであって、既に起きたことには使わないのがこれまでの日本語のルールでした。(平安時代のいくつかの日本語の意味は現在のそれとは異なることからも分かるように、言語は多数決クイズなので、正しい少数説は誤った多数説に負ける運命にあります。洪水の痕跡水位調査においても、判断精度について、新星コンサルタントは「想定」を使います。日本の「現代人」は、過去の出来事に「懸念」や「想定」を使うことに対する違和感を持たないのだと思います。「推測」を死語にしたがる理由が分かりませんが。)

この半壊の堤防は除去されて、理想的な混合割合の土質の堤防が築造されるのですから、今後は、堤防の土質で懸念する必要はありません。

清水が言いたかったことは、破堤区間の堤防が砂質土を多く含んでいたことは、堤体の弱点になっていたと推測されるということだと思います。

それはともかく、「概略点検結果一覧」で破堤区間の堤体土質を粘性土と評価したことが誤りであることは、下の証拠写真から明らかだと思います。

破堤区間の堤防の土質が砂質土であると正しく評価していた調査結果もあるのですから、堤体が砂質土であることを決壊するまでは知らなかったという被告の言い訳は成り立ちません。

清水義彦学んだこと

●破堤区間の基礎地盤は砂質土だった

「基礎地盤の土質」も注目点です。

L19.50k〜28.25kの区間は砂質土です。

鬼怒川の河道特性と河道管理の課題ー沖積層の底が見える河川ー(2009年5月 財団法人河川環境管理財団河川環境総合研究所)p28の「図 3.3.1 堤防下の地質縦断図(1)」(下図)と符合します。

この図は河川管理者が作成したことは、p26に明記されています。

概要点検一覧3

つまり、被災前は、L21.00k付近の堤防の基礎地盤は砂質土であるとされていたのです。(ところが、被災直後に安田進が9月13日に「今見た限りではしっかりした地盤がある」と言ってから(naturalright.orgのサイトの鬼怒川水害の真相 三坂町 1参照)、基礎地盤の土質は粘性土へと変化していきます。)

●L21k付近だけが背後地が市街地だった

3/13のページ(16k〜24k)で注目されるのは、背後地が「市街地」となっているのは、L20.75k〜22.25kだけだということです。隣の区間は「民家」です。右岸は「民家」と「田畑」です。

L21.00k付近で破堤氾濫すれば被害が大きくなることは明らかだったのですが、放置されたのです。

●上流側溢水箇所は山付き堤の「山」ではなかった

4/13で若宮戸地区を見ましょう。

L24.70k〜26.20kは、原則的に山付き堤の「山」だと認識されていたことが分かりますが、上流側溢水箇所であるL25.25k〜25.40kについては、ドンピシャでそこだけ山付き堤の「山」になっていないという認識が示されています。(この一覧表は2007年に作成されました。)

では、そこはなんだったのか、というと、「暫定(欠)」なので、「暫定堤防(カミソリ堤防、かつHWL+余裕高なし)」ということです。

つまり、暫定堤防があったという扱いです。

しかも、堤体の土質は粘性土だったというのですから、意味不明です。

河畔砂丘が堤防類地としての高さと幅を備えなくなったら、突如粘性土の暫定堤防に変身するというのですから、河川管理者の思考回路が理解できません。

それにしても、無堤防区間の河畔砂丘のうち、L25.25k〜25.40kについてのみ平均動水勾配の値が記載されており、このことは、この区間だけが山付き堤の「山」としての資格がないと認識されていたことを意味します。

●その他にも分かること

以上のほか、「概略点検結果一覧」からは、次のことも分かります。



●「概略点検結果一覧」が無視されている

鬼怒川大水害訴訟において、原告側は、乙70に引用されていることを知りながら、「概略点検結果一覧」に価値はないと判断したのでしょう、見向きもしませんが、被告は、L18.75k〜21.75kの3kmの区間に4箇所も安全性が低い箇所があることを2007年に認識していたことを、この資料は示しているのですから、それでも2015年まで放置した理由を被告に問い詰めなければ、提訴した意味がないと思います。

むしろ、この資料は、改修工事の優先順位を判断するためには、不可欠の資料ではないでしょうか。

堤防のどの区間が安全性が低いかを点検しても、その結果に関係なく、絶対的に下流原則に従うのであれば、点検する必要はないはずです。

したがって、点検する以上は、その結果によって、緊急性や優先度を判断するのが筋です。

研究者も「堤防の安全性が不足する区間を抽出し、優先的に堤防強化を進めるために、堤防詳細点検が行われている。」(国土技術政策総合研究所の下川大介ら「変状と被災の統計的解析による堤防の点検及び巡視の合理化に関する一考察」(2015年4月)p338)と解説しています。

被告は、鬼怒川堤防詳細点検結果情報図において、「対策工法等を速やかに検討し、実施にあたっては堤防背後地の状況等を考慮しつつ危険性の高い箇所から実施していく予定です。」と書いていたのですから、「堤防背後地の状況等を考慮しつつ危険性の高い箇所から実施してい」かなかった理由を明らかにさせるべきです。

訴訟では、堤防の安全性や質についての議論が、2002年度河川堤防設計指針に基づく点検結果(「概要点検」の他に「詳細点検」もやっています。後者については次回記事で紹介します。)を無視して、堤防をスライドダウンで評価した流下能力で判断するという被告のやり方が正しいのか否か、という議論で終始しているように見え、奇妙に感じます。

(文責:事務局)
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