下野新聞の読者は鬼怒川の氾濫から何を学んだのか

2019-08-04

●下野論壇に「治水、鬼怒川の氾濫に学ぶ」

2019年7月28日付け下野新聞「日曜論壇」に池田裕一・宇都宮大学地域デザイン科学部教授が「治水、鬼怒川の氾濫に学ぶ」(PDFファイル)と題した次の文章を書いています。書かれていないことに作者の意図があると思うので、全文を引用する必要があります。

池田下野論壇

下野新聞が池田に執筆依頼をした理由は、池田が鬼怒川堤防調査委員会の委員だったので、栃木県内では、関東・東北豪雨による鬼怒川の被害について最も詳しい人物と考えたからだと思います。

ただし、同委員会の会議録は公表されておらず、会議で池田が何を語ったかは不明です。

●溢水に触れていないことは誤りだ

池田は、「中でも鬼怒川下流部の茨城県常総市三坂町での堤防決壊は、浸水面積40平方キロメートル、死者2人、家屋被害8800戸などの被害をもたらした。」と書きます。

これは誤りです。三坂町での堤防決壊だけで、常総市東部での大水害が起きたわけではないからです。

常総市東部での大水害は、若宮戸地区での溢水(堤防のない区間で氾濫すること)の寄与度が大きく、これをなかったことにするのはよろしくないでしょう。

鬼怒川堤防調査委員会報告書もまた、若宮戸地区での溢水を無視する前提で書かれています。

確かに、常総市での氾濫水量の「概ね 1/3 が若宮戸地先からの溢水によるものと考えられる.」(「平成27年 9 月関東・東北豪雨に伴う茨城県常総市における溢水量の推定と大型土嚢の効果」(中村要介(三井共同建設コンサルタント株式会社) 近者敦彦(三井共同建設コンサルタント株式会社) 土屋十圀(中央大学理工学研究所))という説もありますが、「氾濫ボリュームは,若宮戸地点で1705 万 m3,三坂地点 で1456 万 m3 の合計 3161 万 m3 となる.」(「平成27年 9 月鬼怒川流域における洪水流・氾濫流の 一体解析に基づく水害リスク軽減策に関する研究」(田端 幸輔・福岡 捷二・吉井 拓也)という説もあります。

福岡らの説によれば、氾濫ボリュームの約54%が若宮戸溢水によるものということになります。

したがって、いわゆる常総水害が堤防決壊だけで起きたかのように書くのは印象操作だと思います。

また、「死者2人」とありますが、災害関連死12人を含めれば14人です(ウィキぺディア平成27年9月関東・東北豪雨)。ご遺族の気持ちを考えれば、事件を矮小化したくないものです。

●ものは言いよう

池田は、「決壊箇所には現在、当時の規模の出水に十分耐えられる高さの堤防が建設されている。」と、さりげなく書きますが、裏を返せば、水害発生当時は、高さも幅も不足する脆弱な堤防しかなかった、ということであり、上流で巨大ダムの建設が進む一方で、下流部の堤防が脆弱なまま何十年も放置されたことが堤防決壊の原因です。

池田は、この原因論には触れず、堤防は高くすればいいってもんじゃない、という話に転換してしまいます。

ここでは間違ったことは書いていませんが、堤防が脆弱だったことは直接言わないのですから、ものは言いようです。

●堤防の高さは4mほどだったのか

池田は、「当時の堤防は4メートルほどだったが、決壊口からの流れは凄まじく、家屋を次々と押し流した。」と書きます。

一方、鬼怒川堤防調査委員会報告書(以下「報告書」という。)には、「決壊前の左岸 21.0k 周辺の堤防は、昭和前期に築堤された記録がある。決壊前の堤防形状は堤防天端幅が約 6m、堤防高と堤内地盤高の比高差は約 2m 程度であった。」(p2−14)と書かれています。

同じ決壊地点付近の堤防の高さを表すのに、4mと2mと、倍も違うのはどうしてでしょうか。

報告書の同頁を見れば分かるように、池田は河川側から見た高さを書いていて、報告書は居住地側(川裏側)から見た堤防の高さを書いているのかもしれません。

池田は、堤防調査委員会の委員だったのに、その報告書を踏まえた表現を採らないのは不可解です。

●「高い堤防」だったのか

池田は、「洪水から守るため高い堤防を建設するのは自然な発想だが、いったん壊れると周囲に猛威を振るうことを私たちは目の当たりにした。」と書きます。

こう書かれたら、壊れた堤防はさぞ高かった、と読むのが普通ではないでしょうか。

しかし、2011年度測量結果(平成27年関東・東北豪雨〜鬼怒川水害〜のサイトから)によれば、ほぼ決壊地点とされる鬼怒川左岸21.00km地点の現況堤防高は、Y .P .21.040mです。

一方、同地点での計画築堤高はY .P .22.330mなので、現況堤防高は計画築堤高よりも1.29mも低かったことになります。

堤防をひたすら高くして、洪水を川の中に閉じ込めればいいというものではない、という話はそのとおりなのですが、三坂町の決壊箇所は、上流よりも下流よりも低かったということは、教訓として書かなければならないことだと思います。

●堤防を「ひたすら高くし」たことがあるのか

池田は、「ひたすら高くしてどんな洪水も封じ込めるには限界がある。」と書きます。

しかし、鬼怒川の河川管理者が堤防をひたすら高くした事実はありません。

上記のとおり、堤防が上流よりも下流よりも低い箇所で決壊が起きたのです。

堤防が低いどころか、若宮戸地区では、そもそも堤防がなかったのであり、そこから氾濫が起きたのです。

後記のとおり、鬼怒川の完成堤防整備率は、栃木県区間では約63%なのに対して、茨城県区間では約17%にすぎなかったのですから、茨城県区間の堤防がひたすら高かったという事実はありません。

そもそも住民は、堤防をひたすら高くしてどんな洪水も川の中に閉じ込めてくれ、なんて行政に頼んでいません。

せめて計画どおりの規格の堤防を整備してほしい、というのが下流自治体から国に出ていた要望の趣旨でしょう。

池田は、鬼怒川下流部には、堤防が「ひたすら高」いどころか、無堤防区間が複数あったことには触れないのです。

●霞堤の機能不全が原因だったのか

池田は、「(鬼怒川中流部には)「霞堤」が22カ所設置されている。当時はこれらが十分な効果を発揮できなかった。」と書きます。

霞堤が十分な効果を発揮できなかったから、鬼怒川大水害が起きたというわけです。霞堤が十分な効果を発揮できていたら、大水害は起きなかったという意味でもあるのでしょう。

池田は、飯村耕介・宇都宮大学助教とともに河道流域特性と題する論文を書いています(平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による 関東地方災害調査報告書2015年関東・東北豪雨災害 土木学会・地盤工学会P45〜46)。

要は、2015年9月洪水のピーク流量は、石井地点で4600m3/s、水海道地点で3900 m3/s であり、河道貯留効果は700m3/秒だということです。

しかし、利根川水系河川整備基本方針p25で決めた鬼怒川の河道貯留効果は、1/100確率洪水で400m3/秒ですから、2015年9月洪水で700m3/秒の効果を発揮すれば、十分な効果を発揮したのではないでしょうか。

しかしながら、池田らは、2015年9月洪水のピーク流量は水海道地点で3900 m3/秒としており、国土交通省のデータ4300m3/秒(氾濫戻し後)と400m3/秒(約1割)違うので、前提が違うような気がします。

鬼怒川大水害国家賠償訴訟で国は「水海道地点の最大流量は、毎秒約3942立方メートル」だと言っている(被告準備書面(1)p36)ので、池田らの言う水海道地点で3900 m3/秒という数字は、氾濫流量を戻さない流量ではないでしょうか。

また、池田らは、国土交通省は、石井・水海道間の河道貯留効果を900m3/秒と見込んでおり、「これは本検討で推定された河道貯留効果(700m3/秒)と同程度である。」(括弧内は引用者)と書きますが、700と900では、1.28倍も違います。これを同程度と言う意味が分かりません。

霞堤が十分な効果を発揮できなかったことが鬼怒川大水害の原因なら、その防止のためには、霞堤の改修が必要となるはずです。

ところが、鬼怒川緊急対策プロジェクトのうちの鬼怒川での対策の内容は、2.3〜46.6kの44.3kmの区間(つまり下流部)における堤防のかさ上げと拡幅及び河道掘削であるとされています。

したがって国土交通省は、霞堤の機能不全が鬼怒川大水害の原因とは考えていないようです。

また、池田が、鬼怒川大水害の主な原因は霞堤の機能不全だと考えているなら、国土交通省に対して、下流部を対象とした鬼怒川緊急対策プロジェクトなんかやってる場合じゃないだろう、霞堤の改修を真っ先にやるべきだ、という具申をするはずだと思いますが、そのような具申をしたのでしょうか。

8月2日に下館河川事務所の計画課に「霞堤の改修は予定しているのか」を電話で問い合わせましたが、対応した職員は、いい加減な回答はできないので上司と相談し後日回答する、と言ったので、おそらくは、霞堤の改修の予定はないのだと思います。

もちろん、池田の具申に拘束力はないので、検討の結果却下された可能性もありますが、具申がなかった可能性もあります。

鬼怒川堤防調査委員会の委員から具申があれば、国土交通省は少なくとも無視するわけにはいかないと思いますので、具申していれば、検討した形跡は残るはずです。

●貯留・遊水機能を生かす工事はどの規模の洪水を対象とするのか曖昧だ

池田は、「「霞堤」が22カ所設置されている。当時はこれらが十分な効果を発揮できなかった。」と書いているのですから、霞堤が十分な効果を発揮するような改修を行えば、2015年9月洪水の被害を軽減できるはずだ、と読めます。

しかし、池田は、それに続いて、「さらに規模の大きな洪水に対応するには、堤防だけでなくこうした貯留・遊水機能を最大限に生かすことが重要だ。」と書いており、貯留・遊水機能を最大限に生かす河川改修が必要となるのは、2015年9月洪水よりも大きな洪水に対応するためだと言っているようにも読めます。

つまりは、貯留・遊水機能を生かす工事はどの規模の洪水を対象とするのか曖昧であり、論旨不明です。

●河道貯留効果なんて国土交通省の都合でどうにでもなるもの

仮に池田が霞堤の改修によって河道貯留効果が上がると計算したとしても、どれほどの意味があるのか疑問です。

なぜなら、河道貯留効果なんて国土交通省の都合でどうにでもなるものだからです。

事業評価監視委員会の資料である鬼怒川直轄河川改修事業(2016年度)のp3をご覧ください。

2006年に国は鬼怒川の計画高水流量(石井地点)を6200m3/秒(1973年に改定)から5400m3/秒に減らしました。800m3/秒の減少です。

ところが、水海道地点の計画高水流量を5000m3/秒に据え置いたために、石井・水海道間の河道貯留効果もまた1200m3/秒から400m3/秒に減ってしまいました。

河道の状況が大きく変わったわけではないのに、机上の見直しだけで、河道貯留効果が1/3に縮小してしまうのです。

河道貯留効果の存在は否定できませんが、その効果量の話になると、データを握っているのは行政なので、行政に都合よく使われている印象は拭えません。

●池田は「溢れさせる治水」という考え方なのか

池田は、鬼怒川大水害を防ぐにはどうすればよいかについて霞堤の機能強化しか書いていないように思います。

氾濫を防ぐための教訓はもっとあると思います。

ところが、池田の文章は、3段目の3行目からは、氾濫が起きたことを前提として、市役所が低い所に立地していた、とか、氾濫流をコントロールすればいい、とか、逃げ遅れを防ぐにはどうすればいいか、という話が続きます。

溢れてから被害を最小化する方法を考える前に、溢れないようにするにはどうすればいいかをもっと考えるのが先ではないでしょうか。

報告書には、「越水により川裏側で洗掘が生じ、川裏法尻の洗掘が進行・拡大し、堤体の一部を構成する緩い砂質土(As1)が流水によって崩れ、小規模な崩壊が継続して発生し、決壊に至ったと考えられる。」(p3−36)と書かれていますので、決壊を防ぐには、「越水により川裏側で洗掘が生じ」ないように裏法面を保護するのが教訓というものだと思いますが、報告書が示す対策は、裏法面を保護しない堤防(下図。芝張りに補強効果なし。)なのですから、鬼怒川堤防調査委員会も上記対策に異論を唱えなかったと思われる池田も、「越流したら容易に溢れさせる治水」という考え方なのだと思います。


計画堤防断面図

溢れることを前提に考えるなら、常総市の東部の固定資産税を軽減することを提案すべきではないでしょうか。

●論壇の要旨をまとめてみた

池田の文章の各段落をキーワードでまとめてみました。

  1. 鬼怒川大水害の原因を堤防決壊に限定
  2. 決壊した堤防が高かったという印象操作
  3. 霞堤の機能不全
  4. 市役所の立地(氾濫を前提)
  5. 氾濫流のコントロール(氾濫を前提)
  6. 逃げ遅れ対策(氾濫を前提)
  7. まとめ

氾濫を防ぐための教訓は、ほとんど書かれていないことが改めて確認できます。

●池田が触れなかったこと

池田が鬼怒川大水害の本質に関して触れていないことがいくつかあります。

それらは、ダム、堤防整備率、溢水及び決壊しづらい堤防です。

2015年9月の鬼怒川大水害がなぜ起きたのかと言えば、鬼怒川上流ダム群の整備に時間と予算を使い、下流部の堤防整備をおろそかにしたからです。

2015年3月時点での鬼怒川の完成堤防整備率は、栃木県区間で約62.7%(69km/110km)、茨城県区間で約16.8%(13.9km/82.5km)でした(2015年12月2日、堀越道男市議の質問。常総市議会のサイトから)。

しかも、完成堤防整備率の分母は、堤防が必要な区間の距離ですから、若宮戸地区のような、堤防が必要なのに必要ないと判断された区間の距離を分母に加えると、堤防整備率はますます下がっていきます。

茨城県区間の堤防整備率が低いのは、「堤防よりダム」という方針で治水行政を進めてきた結果だと思います。

おそらくは、鬼怒川上流4ダムの流域面積594km2が鬼怒川の流域面積1761km2の33.7%を占めるので、ダムで洪水を制御できると河川管理者は考えたと思います。

また、机上論ですが、2006年の計画では、石井地点の基本高水流量のピーク流量8800m3/秒のうち3400m3/秒(約39%)を4ダムで削減できるのだから、堤防の整備をおろそかにしても大水害は起きない、と考えたのでしょう。

しかし、ダムの効果はダム地点から離れるほど効果が減衰することを考えなかったらしいのですから、河川官僚たちは専門家らしくありません。実際2015年9月洪水では、ダム地点では約2000m3/秒を削減したが、決壊地点での削減量は、その1/10の約200m3/秒だったと言われています。

「堤防よりダム優先の治水」が誤りである、ということが鬼怒川大水害の最大の教訓だと思います。

池田が触れないのが溢水です。

溢水とは、無堤防区間から氾濫が起きることです。

若宮戸地区は無堤防区間であり、2001年と2002年の洪水で河川区域を超えた浸水があり、遅くも、2001年から築堤の要望が石下町時代から出ていたにもかかわらず、国土交通省が築堤することはありませんでした。

鬼怒川の河川巡視日誌(平成27年関東・東北豪雨〜鬼怒川水害〜のサイトから)を見ても、若宮戸地区の無堤防区間は巡視ルートから外れているようで、2箇所の溢水地点を巡視した形跡がなく、当該区間が危険であるという認識が河川管理者に全くなかったのだと思います。

そうであれば、池田は、無堤防区間が放置されたことに触れるべきだと思います。

無堤防区間に言及しないで鬼怒川の氾濫から教訓を得ることができるとは思えません。

池田は、決壊しづらい堤防にも触れません。

「ひたすら高くしてどんな洪水も封じ込めるには限界がある。」のであれば、堤防を鎧型(2000年頃、建設省は「アーマーレビー」とか「フロンティア堤防」と呼んでいた。)にして、洪水が堤防を乗り越えても容易には決壊しない堤防を建設することが検討されなければならないはずです。

日曜論壇の字数が限られているので、まずは氾濫防止のための教訓を語り、字数に余裕があれば氾濫が起きてしまった場合の教訓を語るのが筋だと思います。

氾濫が起きた原因について考えさせないようにして教訓を語るとすれば、氾濫後に被害を最小にする話が重点になるのは必然だと思います。

池田の文章は、国土交通省が見たらよい仕事なのでしょう。

日曜論壇を読んだ下野新聞の読者は、鬼怒川の氾濫からどんな教訓を学んだのでしょうか。

(文責:事務局)
フロントページへ>その他のダムへ>このページのTopへ