157億円が使われない水のために消えた〜栃木県は8割の見込み違いを反省していない〜

2017-09-12

●下野新聞が川治ダムの未利用水問題を1面トップで報道した

下野新聞が取材により栃木県の水政策の問題点を明るみに出しました。

下野新聞が栃木県の政策を大々的に問題視するのは珍しいことではないかと思います。

下野新聞は、2017年9月5日付けの1面トップで栃木県が抱える未利用の工業用水について次のように報道しました。

工業用水、55%が35年間未利用 栃木県「鬼怒工水」事業 管理費157億円、一般会計で負担

県企業局が企業に水を供給する工業用水道事業で、最大取水量の55%の水が1982年の事業開始から35年間未利用であることが4日までに、県や同局への取材で分かった。社会情勢の変化などによって需要が生まれず、水余りの状態が続く。県は毎年、未利用水分のダム管理費などを一般会計から拠出。繰り出し金は2016年度末で累計約157億円に達し、未利用水の活用が長年の懸案となっている。

事業は「鬼怒川左岸台地地区工業用水道事業(鬼怒工水)」で、水源は川治ダム(日光市)。工業用水として毎秒1・83立方メートル分(日量15万8100立方メートル)の取水が可能だ。

そのうち55%に当たる同1・0立方メートル分(日量8万6400立方メートル)が事業開始以来未利用で、県が負担する。県民1人当たりが使用する1日の平均水量に換算すると、約25万人分に相当する。

残る45%の同0・83立方メートル分(日量7万1700立方メートル)は企業局が管理する。だが4月時点で供給しているのは、宇都宮市の清原工業団地などの工場に同0・286立方メートル(日量2万4700立方メートル)。同局分の約3割にとどまり、最大取水量の84%の水が余っていることになる。

以上は、デジラル版です。

紙面の見出しは、デジラル版とは微妙に違っており、「工業用水55%未利用/県鬼怒工水 事業開始から35年間/増えぬ需要 方策示せず」です。

鬼怒川左岸台地地区工業用水道事業(鬼怒工水)の用語解説もあり、「1982年度から、日光市の川治ダムを水源に宇都宮市や芳賀町など5市町を供給対象区域として、同ダムから鬼怒川に流れる水を同市の岡本頭首工から取り入れて企業に提供している。現在は主に、清原協業団地や芳賀工業団地、芳賀・高根沢工業団地の工場などに給水。1日の最大取水量は15万8100立方メートル。」とあります。キリンビール株式会社栃木工場(栃木県高根沢町)にも給水していましたが、同社は、2010年10月に同工場を閉鎖してしまいました。

鬼怒工水からキリンビールへの供給量は、9000m3/日(約0.1m3/秒)でした(出典:「企業局事業等あり方検討会報告書」(2010年3月、企業局事業等あり方検討会)p19)。鬼怒工水の確保量158,100m3/日の約5.7%でした。

●157億円が無駄に使われた

要するに、栃木県は、1982年度に川治ダムに工業用水を1.83m3/秒確保したが、その55%に当たる1.00m3/秒分については、35年間未利用のままだということです。

記事には、「県は毎年、未利用水分のダム管理費などを一般会計から拠出。繰り出し金は2016年度末まで累計約157億円に達し」たと書かれています。

この額には、川治ダムの建設負担金も含まれています。

紙面には、「(鬼怒工水が負担すべきダム建設償還費用や維持管理費のうち)未利用の55%分は県の一般会計から繰り出され、17年度は約8738万円を計上した。」と書かれています。

要するに、これまで使われない水のために約157億円が、栃木県民が払った税金(厳密に言えば税金だけではないが)から支払われ、今後も毎年度約9000万円の税金が消えていくということです。

●二つの見込み違い

企業局が管理する0.83m3/秒のうち、2017年4月時点で供給しているのは、「宇都宮市の清原工業団地などの工場に同0.286立方メートル」だけです。県が鬼怒工水として確保した1.83m3/日のうちの約16%にすぎません。「最大取水量の84%の水が余っていることになる。」わけです。

2010年にキリンビールが撤退していなかったとしても、利用水量は33,710m3/日にとどまりますから、使われたことのある水量は、鬼怒工水の確保水量158,100m3/日の約21%にすぎず、約79%は、事業開始からずっと未利用だったということになるのだと思います。

人は神様じゃないんですから、将来を正確に見通すことはできません。多少の見込み違いは誰だってするものです。しかし、8割もの見込み違いは許されないと思います。民間企業でそんな見込み違いがあったら、責任者は処分されるでしょうし、悪くすれば会社が倒産するでしょう。

では、なぜ栃木県が川治ダムに参画するときに、8割もの見込み違いが生じたのでしょうか。

紙面には、次のように書かれています。

県などによると、事業開始当初から水需要が生まれなかったほか、供給を計画していた地下水利用する同市(宇都宮市)平出工業団地などで転換が進まなかった。近年は大口受水企業の撤退に加え、節水技術などの向上も影響しているという。

見込み違いの原因は、細かく言えば、(1)水需要が生まれなかった、(2)地下水から表流水への水源転換が進まなかった、(3)受水企業が撤退した、(4)節水技術の向上、ということです。それらの重要性を定量的に把握できませんが、(1)と(2)が大きいと思います。

つまり、県は、勝手に需要の増大を見込み、当時、地下水を利用していた工場の水源転換を勝手に図ったということだと思います。

●工業用水の水源転換が進むわけがない

栃木県が地下水から表流水への水源転換を目論んだのは、平出工業団地(宇都宮市)、真岡第一工業団地、真岡第二工業団地及び日産栃木工場(上三川町)の利用する地下水でした。

企業としては、安くて良質な地下水を得られているのですから、わざわざ高くて水質的にも劣る表流水を買うはずはありません。

県が企業に水源転換を迫るには、企業の地下水利用が地盤沈下等の公害を引き起こしていることを証明し、あるいは合理的に説明し、水源転換を強制する内容の条例を制定する必要があると思います。

ここからは想像ですが、県は、上記工業団地等での地下水利用が地盤沈下という公害を引き起こしていること、又は将来引き起こすであろうことを地下水を利用する企業に対して説明できないのだと思います。だから、水源転換は進まないのだと思います。

●栃木県は何も反省していない

「企業局事業等あり方検討会報告書」(2010年3月、企業局事業等あり方検討会)p5には、とんでもないことが書かれています。

「工業用水道事業」の「未利用水の活用」については、「一般会計保有分(1.00m3/s)は将来の水需要に対応するため、県の資産として今後も保有すべきと考えている。」と書かれています。

「将来の水需要に対応するため」とありますが、その水需要は、いつ、どこで発生するのでしょうか。7年後の現在も発生していません。今後も発生する要素が見当たりません。

2010年時点で川治ダム完成後27年がたちます。その間、県が確保した工業用水のうち一般会計保有分(1.00m3/s)は未利用だったのですが、県は何も反省していないということです。

現在も栃木県は、8割もの未利用水を抱えたことを反省していません。

上記下野記事の紙面には、次のように書かれています。

県産業政策課は「今とダム建設時で状況や考え方は違っている。県として未利用水をどうするか考えなければならない」としている。

「今とダム建設時で状況や考え方は違っている。」とあります。要するに、1982年度に大量の工業用水を確保したことは間違いではなかったと言いたいのでしょうが、間違いだったと思います。

日本の高度経済成長は1954年12月から1973年11月までの19年間であり、1982年度時点で水を大量に使う工業の発展が見込める状況ではありませんでした。

また、日本の工業用水使用量のうち、淡水補給量は、1973年をピークに減少しています(根拠:「日本の水資源」(多分2012年度版) )。

要するに、鬼怒工水事業を開始する8年前から日本の工業用水の需要は減っていたのです。

栃木県だけが需要が伸びるという根拠がなかったことは、結果として明らかです。

川治ダム完成後34年経っても工業用水の8割の買い手が見つからない現状を前にして、栃木県は、「県として未利用水をどうするか考えなければならない」と今ごろになって言い始め、「県の資産として今後も保有すべきと考えている。」という考え方からは少しは変わったのかもしれませんが、思川開発事業から撤退するわけでもなく、失敗を反省する姿勢がないことに変わりはありません。

●栃木県に需要予測の資格なし

栃木県は、鬼怒工水の需要について8割もの見込み違いをしておいて、誰も責任をとらないのですから、需要予測をする資格はないと思います。

以上が川治ダムについて栃木県が犯した失敗の話ですが、県は南摩ダムでも同じことを繰り返すのだと思います。だから南摩ダムの開発水について、栃木県が主導してはいけないと思います。

栃木県南地域で水量不足も地盤沈下も地下水汚染も問題となっていないのに、渇水リスクを増大させてまで、2市1町(栃木市、下野市、壬生町)が南摩ダムの水を買う必要はありません。

水道事業のダウンサイジングこそが今後の課題であることは、「新水道ビジョン」にも明記されています。実際には、「事業規模を段階的に縮小する場合の水道計画論の確立が必要」(p20)と書かれています。

栃木県は、思川開発事業から撤退すればいいだけの話です。福田富一知事が撤退の決断をすればいいだけの話です。撤退負担金はかかりますが、撤退しない場合の方がコストがかかるはずです。ちなみに南摩ダム建設負担金に係る厚生労働省からの補助金は、返還の必要がありません。

(文責:事務局)
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