鬼怒川大水害は警告されていた〜栃木3ダム訴訟最高裁決定が間違いであったことが証明された〜

2015-10-30

●栃木3ダム訴訟に最高裁の判断が出た

栃木県民は、2004年11月に栃木県知事らを相手に思川開発事業(南摩ダム)、湯西川ダム及び八ツ場ダムの建設負担金を県が支出することは違法であるとして、支出の差止め等を求める住民訴訟(以下「栃木3ダム訴訟」という。)を起こしました。

それから約11年経ち、最高裁判所第3小法廷(木内道祥(きうちみちよし)裁判長)は、2015年9月8日付けで住民側の訴えを退ける決定をしました。

決定の主文は、次のとおりです。

・本件上告を棄却する。
・本件を上告審として受理しない。
・上告費用及び上告申立費用は上告人兼申立人らの負担とする。

決定の理由は、次のとおりです。

1上告について
民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告の理由は、違憲を言うが、その実質は単なる法令違反を主張するものであって、明らかに上記各項に規定する事由に該当しない。

2上告受理申立について
本件申立ての理由によれば、本件は、民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない。

要するに最高裁は、利水については自治体が過剰に水源を取得する判断を知事らの裁量権の範囲内であるとし、治水については国からダム建設負担金の請求書が届いたら自治体は拒否できない、とする下級審の判断を是認したということです。

なお、湯西川ダムについては、同じく2004年11月に宇都宮市民が宇都宮市長らを相手として住民訴訟を起こしましたが、この訴訟については、2010年8月5日に控訴審判決が出て、上告はなされず確定しています。

●鬼怒川大水害は河川管理者の故意によるものだったと言えないか

2015年9月10日、上記最高裁決定を叱るかのように、茨城県常総市において鬼怒川が越流と破堤により氾濫し、約40km2が浸水しました(出典:2015年9月20日下館河川事務所記者発表)。

その被害は、常総市内で死者2人、床上浸水4400棟、床下浸水6600棟という甚大なものでした(出典:2015年9月30日茨城県災害対策本部発表)。

私もそそっかしいので、他人の過失をやたらに責めたくはありません。

しかし、結論から言えば、湯西川ダムを巡る住民訴訟において、原告や証人から、鬼怒川下流部は流下能力が不足し危険なので、不要不急である上に環境を破壊する湯西川ダムの建設をやめ、堤防の強化に河川予算を使うべきであるという警告を受けていたにもかかわらず、国はこの警告を無視し、敢えて湯西川ダム事業を重点的に進めたのですから、常総市における鬼怒川大水害は国の故意(少なくとも未必の故意)によるものだと言えないでしょうか。

住民訴訟の中で国に警告するというのはおかしいという意見もあると思います。確かに、地方自治法第242条の2の規定に基づく住民訴訟は、直接的には地方公共団体の公金の無駄遣いを止めさせるためのものであり、例えば、国や自治体の政策の誤りを直接的に正すための制度ではありません。

しかし、国営ダムの治水負担金を巡る訴訟については、県は国と連携して、国からの回答を援用して答弁しており、実質的には国が被告として振る舞うことを余儀なくされます。また、自治体の公金の使い方を是正することを通して間接的には国や自治体の政策の誤りを是正する機能を持つことは否めないと思います。

●鬼怒川上流4ダムの効果は絶大のはずだった

鬼怒川上流には、次の四つの国営ダム(国土交通省は「鬼怒川上流ダム群」と呼ぶ。)があります(括弧内は完成年及び本体工事施工者)。
五十里ダム(1956年、鹿島建設)
川俣ダム(1966年、鹿島建設)
川治ダム(1983年、鹿島建設)
湯西川ダム(2012年、鹿島建設・清水建設)

なお、湯西川には、国営湯西川ダムにほかに、栃木県営の三河沢ダム(2003年、鹿島建設・三井住友建設)もあります。(ちなみに、茨城県常総市の堤防決壊現場の緊急復旧工事の受注業者は、鹿島建設と大成建設です(2015/9/15掲載の日刊建設新聞)。)

話がそれますが、鹿島建設では、鬼怒川の大規模河川工事をすべて受注してきたことについて、そのホームページに「(鹿島建設が五十里ダムを完成させた後)鬼怒川周辺では川俣ダム,川治ダムと相次いでダム群が整備されていく。鹿島はこれまで,この地域全てのダム本体工に携わってきた。」と自慢げに書いていますが、私には「そんな偶然が何回も続くものなのか」と不思議に思います。

鬼怒川上流ダム群の位置は、「鬼怒川河川維持管理計画【国土交通大臣管理区間編】」(2012年3月)p5の鬼怒川流域図で確認できるように、川治ダムの上流に川俣ダムがあり、五十里ダムの上流に湯西川ダムがあります。したがって、4ダムの流域面積(集水面積)は、五十里ダムと川治ダムの合計ということになります。

鬼怒川は、全長176.7kmで、流域面積は1,760.6km2です。

五十里ダムと川治ダムの流域面積は、次のとおりです。
五十里ダム 271.2km2
川治ダム 323.6km2

それらの合計は、594.8km2です。

したがって、鬼怒川上流4ダムの流域面積が鬼怒川の流域面積に占める割合(「流域面積ダム支配率」又は単に「支配率」と呼ぶらしい。)は、594.8÷1,760.6=33.8(%)となります。

支配率33.8%がどれほど大きいかは、ちょっと極端ですが、南摩ダムの計画と比べてみれば分かります。南摩ダム地点の流域面積は12.4km2で、思川の流域面積は、乙女(小山市)地点で760km2ですから、思川における流域面積ダム支配率は約1.6%にすぎません。逆に言えば、南摩ダムに大した洪水調節効果がないことは造る前から分かり切っていることだということです。

鬼怒川の流域面積の約1/3は4基のダムの流域面積が占めているので、ダムが計画どおりに洪水調節機能を発揮すれば、鬼怒川が氾濫して大水害となることはないと国土交通省では考えていたと推測します。

もちろん、ダムを計画したときの洪水よりも大きな洪水(超過洪水)が起きたときには、ダムの能力を超える流量がダムに入るので、ダムは洪水を調節しきれず、下流で氾濫が起きることは国土交通省も分かっています。そして、超過洪水対策は、高規格堤防(スーパー堤防)しかないというのが国土交通省の考え方です。

●豪雨の確率は1/50ではない

鬼怒川大水害を引き起こした大雨を「50年に一度の大雨」と表現するニュースがたくさんありました。例えば、9月11日のサイエンスジャーナルの「栃木県で特別警報発令!50年に一度の記録的大雨、原因は“線状降水帯”」や同日付けスポニチの「関東、東北に「50年に一度」の大雨 鬼怒川決壊 ホテル崩落…」ですが、最初に誰が1/50と言ったのかは不明です。

weathernewsというサイトの「台風18号に伴う関東・東北地方の大雨と河川氾濫について」という記事によれば、「9月8日9時から11日9時までの72時間で、鬼怒川流域に410mm」の雨が降っていたことが判明し、「これは国土交通省が想定した100年に1回の頻度で発生する可能性がある流域平均雨量(3日間で362mm)を超過していた」そうです。

東京大学の沖大幹教授は、「国土交通省が1924年から44年間の降雨のデータをもとに作った河川整備の基準に当てはめると、「100〜200年に1度の雨」となる。」(2015年9月12日付け読売新聞)と言います。

国土交通省の確率計算が妥当だとすればという条件付きですが、今回の豪雨を1/50確率と見るのは、豪雨の規模を余りにも小さく見ていると思います。

鬼怒川の治水計画規模は1/100ですから、今回の豪雨は、この計画をはるかに超える規模の豪雨があったと見るべきでしょう。

●ダムは計画どおりに洪水調節をしたのか

鬼怒川上流ダム群は、計画どおりに洪水調節の機能を果たしたのでしょうか。

鬼怒川上流ダム群の洪水調節計画は、国土交通省のホームページによれば、次のとおりです。
川治ダム:ダムサイトにおける計画高水流量1,800m3/sを、治水容量3,600万m3を利用して1,400m3/s の洪水調節を行い、400m3/sに低減して放流します。
川俣ダム:ダムサイトにおける計画高水流量1,350m3/sを、治水容量2,450万m3を利用して1,000m3/s の洪水調節を行い、350m3/sに低減して放流します。
五十里ダム:ダムサイトにおける計画高水流量1,500m3/sを、治水容量3,480万m3を利用して1,050m3/s の洪水調節を行い、450m3/sに低減して放流します。
湯西川ダム:ダムサイトにおける計画高水流量850m3/sを治水容量3,000万m3を利用して810m3/sの洪水調節を行い、40m3/sに低減して放流します。

2015年9月5日から12日までの鬼怒川上流ダム群の実績データをグラフ化したものが東京大学の沖研究室のサイトの「平成27年9月関東・東北豪雨による鬼怒川洪水に関する調査 第3報」p22、23に掲載されており、4ダムの効果を考えるのに参考になります。

『平成27年9月関東・東北豪雨』に係る 鬼怒川の洪水被害及び復旧状況等について(2015年10月13日国土交通省作成)によると、4ダムの洪水調節効果は、次のとおりです。

川治ダムでは、計画高水流量1,800m3/sに対し、実際の最大流入量は約1,160m3/s(9日1時)であり、最大流入時放流量は約390m3/sです。

川俣ダムでは、計画高水流量1,350m3/sに対し、実際の最大流入量は約635m3/s(9日18時)であり、最大流入時放流量は約345m3/sです。

五十里ダムでは、計画高水流量1,500m3/sに対し、実際の最大流入量は約1,410m3/s(10日4時)であり、最大流入時放流量は約440m3/sです。

湯西川ダムでは、計画高水流量850m3/sに対し、実際の最大流入量は約580m3/s(10日1時)であり、最大流入時放流量は約60m3/sです。最大放流量は90m3/sを超えています。湯西川ダムは、他の3ダムと洪水調節方式が違うようです。

湯西川ダムだけは、最大流入時の放流量が計画放流量をやや超えていますが、鬼怒川上流ダム群全体としては、想定の範囲内の流入量に対してほぼ計画どおりの放流を行い、ほぼ計画どおりの洪水調節機能を発揮したと言えると思います。

「栃木県防災士会の稲葉茂理事長は、(中略)「日光市の五十里では(集中豪雨に当たる)1時間44ミリの雨が10時間も降り続いた。これほどの雨だとダムも機能しなくなる」と訴え、治水事業の限界を指摘した。」(2015年10月27日付け東京新聞)そうです。つまり、ダムが機能しなくなったという見方をしていると思いますが、ダムは機能したがダムに頼る治水事業には限界があったということだと思います。

なお、国土交通省は、「4つのダムによって、鬼怒川下流(平方〜水海道)の水位を25〜56cm低下させるとともに、鬼怒川下流左岸の氾濫水量を概ね2/3、浸水深3m以上の浸水面積を概ね1/3、浸水戸数を概ね1/2に減少させた。」(p27)とまとめています。

水位低下の効果については、次のとおりとしています。
平方水位観測所 約56cm
決壊箇所(21.0k) 約25cm
鬼怒川水海道 水位観測所 約25cm


●国交省の担当者は「調節は難しかった」と話す

ところが国土交通省の担当者は、ダムによる調節が完全にうまくいったとは考えていないようです。2015年9月13日付け東京新聞には、次のように書かれています。

四つのダムでは決壊前、調節開始時点で貯水可能量の7割を上限に貯水していた。
3割の余裕を残した理由について、担当者は「早い段階でダムの貯水能力に余力がなくなると、雨が長時間降り続いた場合に対処できない。上限を何割にするというルールはなく、気象状況などを見ながら総合的な判断で決めている」と説明する。
結局、7割の上限を取り払ったのは決壊後だった。国交省の担当者は「今回は気象の状態が不安定で調節は難しかった」と話す。

2015年9月11日付け日経新聞は、次のように報じます。

ダム放流を調節でも決壊 鬼怒川、国交省「加減難しい」
鬼怒川の上流にある4つのダムを管理する国土交通省は台風18号の影響による大雨で下流が氾濫しないよう、9日午後以降に放流量の調節を始めていた。しかし茨城県常総市での堤防決壊を防ぐことはできなかった。担当者は「下流の水位上昇を抑える効果はあったはずだが、調節の加減は非常に難しい」と話した。

国交省によると、鬼怒川上流で同省が管理するのは、川治ダム、川俣ダム、五十里ダム、湯西川ダム(いずれも栃木県日光市)の4つ。

9日午後0時40分から午後8時5分にかけて、放流量を減らして水をためる「洪水調節」を各ダムで実施した。事前に放流し、ダムの空き容量を確保していた。

下流の常総市で堤防が決壊したのは10日午後0時50分ごろ。各ダムは同日午後2時の時点で、総容量の約7割までを上限として水をためていた。

「もっと放流量を減らし、ダムの容量を最大限使っていれば決壊を防げたのでは」との疑問も湧くが、国交省は「長時間降り続く雨に対処するため、ダムに余力を持たせようとしていた」と説明する。決壊後はさらなる被害を食い止めようと、容量をほぼ全て使う方針に切り替えたという。〔共同〕

日経記事には「もっと放流量を減らし、ダムの容量を最大限使っていれば決壊を防げたのでは」との疑問が書かれていますが、雨が更に何日も降り続きダムの貯水容量を超えて洪水が流入してくれば、ダム天端から越流し、ダムが決壊する可能性もあるようですから、ダム管理者としては、最大貯水率を小さめに上限設定するのはやむを得ないところだと思います。

●ダム決壊の危険性があった

国交省の担当者がダムの操作が難しかったと言っている理由は、下流での越流や堤防決壊を防げなかったこともちろんあると思いますが、それだけではなく、ダムが決壊する危険性があったからだと思います。

2015年10月9日付け下野新聞は、次のように報じます。

迫る緊急放流住民避難 確かな情報共有に課題 日光・川治ダム越流の恐れ

「え! 何だこれは」

大雨特別警報発表から約2時間後の9月10日午前2時半すぎ。日光市災害対策本部を実質的に取り仕切っていた斎藤康則(さいとうやすのり)総務部長(60)は、届いたファクス用紙の文面に言葉を失った。

「…計画規模を超える洪水時の操作に移行する可能性があります。今後の降雨状況によっては、住民避難等の準備が必要です」

送り主は市内の五十里、川俣、川治、湯西川の各ダムを管理する国土交通省鬼怒川ダム統合管理事務所。4ダムのうち川治が満杯以上となる危険が高まり、「緊急放流」しなければ雨水がダムを越流しコントロールできなくなる可能性を事前に警告した書面だった。

放流量は。増水で鬼怒川が氾濫しないのか−。経験したことのない事態が対策本部に判断を迫る。

「最悪のケースを考えよう」。同本部は地形などを総合的にとらえ、藤原地域の高原、小網地区の浸水被害を独自に想定。午前4時45分、両地区の約180世帯、計350人に「避難準備情報」を発令し、公共施設3カ所に高齢者ら約140人を一時避難させた。

大雨は収まり、緊急放流は見送られた。斎藤部長が神妙な表情で振り返る。「何が起きるのか想定するための情報が、国から得られなかった。一連の豪雨で最も緊張した場面だった」

もし緊急放流した場合、鬼怒川の水位はどれぐらい上昇し、どんな状況が予想されるのか−。切羽詰まった口調で問いただす日光市の課長の電話に、同事務所の担当者の答えは「分かりません」に終始した。

五十里の降水量は10日朝までの24時間に551ミリに達し、1976年の統計開始以来最高を記録した。

豪雨で4ダムが貯留した雨水は計約1億トン、東京ドーム86杯分。これほど水をため、徐々に放流した前例はない。

「放流水だけじゃなく、支川からも川に流入する。予測水位を計算して関係自治体へ連絡するようなシステムは、現時点で構築されていない」。同事務所の中島和宏(なかじまかずひろ)技術副所長(57)はこう説明し、監視態勢や情報共有の在り方を検討する考えを明らかにした。

「最悪のケースを考えよう」の「最悪のケース」とはどのようなケースでしょうか。ダムの決壊ではないでしょうか。

そうでないとしたら、「どんな状況が予想されるのか」という日光市の課長の問いに「分かりません」と言葉を濁す必要はなかったと思います。

「最悪のケース」がダムの決壊を意味すると解するもう一つの根拠は、東京大学生産技術研究所教授の沖大幹氏が「下流ですでに洪水被害が生じているのになぜ貯水池からの放流をやめないのか、という素朴な疑問も水害の度に繰り返される。満杯になったらそれ以上貯められないし、無理に貯めて溢れた場合にはダムの本体が構造的に破壊される恐れがあり、非常に危険だからである」(「水危機 ほんとうの話」新潮選書p175)と書いており、堤防と同じく、ダムも越流すれば決壊に至るというのが水問題に詳しい人の常識のようです。

国土交通省は、鬼怒川上流4ダムによって決壊地点の水位を約25cm低下させたと自慢しますが、ダムを管理する職員は、ダム決壊の恐怖におびえていたわけで、あと何日か豪雨が続けば、ダムが決壊した可能性もあるわけで、そうなれば、下流での死者は2人では済まなかったと思います。

要するに、今回の鬼怒川大水害では、上流のダムは計画どおりの洪水調節機能を果たしたのですが、それでも下流での越流と堤防決壊を防げなかったのです。更に、ダムによる洪水調節は何の問題もなく行われたように見えますが、実際は、ダム管理者は薄氷を踏む思いでダムを操作していたということだと思います。

「ちょいとダムに行ってくる」というブログの「鬼怒川の堤防決壊はダムを適正に管理していれば起きなかったらしい…ので色々と書いてみた。」というページの最後に、次のように書かれています。

ダムの職員の方々は洪水調節のプロフェッショナルでありダムの事も、河川の事も、その地域の気象特性の事も、よく知っています。それに加えて、防災や河川工学や水文学等の専門家達も加わり、洪水調節についてはこれまで蓄積されたデータを元に、日々研究が続けられている分野でもあります。正直、素人があーだこーだ言う隙は殆どありません。いや、学問っていうのはそういうものだとは思いますが。ダム職員と河川の専門家の皆様には今後も日々研究を重ね、最適な操作を追求して頂きたいです。

しかし、こうした考え方には、一般市民の専門家任せの態度が核発電所の事故を招いたという教訓が生かされていないと思います。ダムを操作する公務員は、「それで食べている」という意味ではプロではありますが、神様ではありません。「何が起きるのか想定するための情報が、国から得られなかった。」という実態があります。

ダム管理者がいくら優秀な公務員でも、必要な情報が得られなければ的確な判断はできません。

自分がダム管理者だったら、ダム決壊の危険を犯して、満杯まで貯水できるかと言えばそれはできないので、結果論でダム管理者を責めるのも建設的な議論ではありませんが、福島の発電所事故を経てなお「専門家」に全幅の信頼を置き、身を委ねる考え方も無反省ではないでしょうか。

一般市民が専門家を信頼して幸せになれるとすれば、専門家は一般市民の利益のために働くものだという前提が必要ですが、そのような前提はないと思います。

専門家は公益を考えることが時にはあるとしても、公益と私益が衝突する場合には私益を優先させることは、核発電関係の専門家の動きを見れば証明されていると思います。

河川の専門家も同じです。河川行政に民意が必要だという法律(河川法第16条の2)を提案しておきながら、実際は民意に耳を傾けないことは、河川官僚が私益を優先させていることの証拠でしょう。

今回の鬼怒川大水害も、治水の専門家集団である国土交通省の河川官僚とその背後で官僚の意思決定を理論的に支えている河川関係の主流の学者集団が河川行政を牛耳ってきたからだと思います。

今回の洪水では、4ダムの管理者は最善の努力をされたのだと思いますし、そのことに敬意を表したいと思います。

しかし、流域面積の1/3をコントロールできる4ダムで計画どおりの洪水調節を行っても下流の越流と堤防決壊を防げず、2人の死者を出し、莫大な財産的損失が生じたのですから、ダムの効果は限定的であり、ダムに依存する治水は危険だという教訓を導くべきだと思います。

常総市での堤防決壊を防ぐには、四つのダムでは足りなかった意見もあるかもしれませんが、あるとすれば倒錯していると思います。

●国土交通省は決壊箇所の堤防が低いことを認識していた

国土交通省は、決壊箇所の堤防が低いことを認識していました。

第1回鬼怒川堤防調査委員会の資料のp19に現況横断図(左岸21.0k)があります。

決壊幅は、距離標の左岸21kmの下流側137mから上流側63mの約200mだったとされています。現況堤防高を見ると、左岸21kmより約18m下流のNo.112とマークされた地点は、上流より低いのはもちろん、下流の堤防の高さよりも低くなっています。そして、ここだけが計画高水位と接しています。超過洪水が来れば、ここから越流して破堤することは誰でも分かります。

国土交通省は、「第1回鬼怒川堤防調査委員会に関する補足説明」(2015年10月1日)において、鬼怒川決壊区間の堤防の高さが「周辺の高さよりも1m以上低い」と報道されていることについて、次のように説明していました。

今回の決壊箇所を含む約500m区間における堤防の高さは、施設計画上の堤防高さと比較して、約0.25m〜約1.4mの間で、おしなべて低い状況でした。この高低差は約500mの区間の中でのなだらかなものであり、局所的に堤防が低くなっているなどの状況ではありません。

国土交通省は決壊箇所の堤防が特に低いことを認識していたということです。

また、2004年11月に栃木県民が起こしていた栃木3ダム住民訴訟において、住民側は、2007年に鬼怒川の堤防高及び流下能力について国に情報公開請求をして、当該情報を取得しました。

当該情報のうち、鬼怒川の堤防高に関するデータをグラフ化したものが下図です。 鬼怒川現況堤防高

2007年に開示されたデータなので、決壊直前の状況を示していない可能性がありますが、利根川との合流点から26km辺りから下流には計画堤防高よりも低い部分が相当あることが分かります。

そして、計画堤防高よりも大きく下にたるんでいて、かつ、対岸よりも低い部分が左岸の21km地点から20km地点であることは、素人目にも明らかです。

データを見ると、左岸21km地点は、すぐ上流の距離標である左岸21.25km地点(堤防の高さは250mおきに計測されています。)よりも99cmも低くなっています。国土交通省は「この高低差は約500mの区間の中でのなだらかなものであり、局所的に堤防が低くなっているなどの状況ではありません。」と言いますが、250mで99cm下がるという傾斜が「なだらか」と言えるかは疑問です。

決壊地点である左岸21km地点は、250m下流の左岸20.75km地点よりも4cmですが低くなっています。

決壊地点である左岸21km地点の高さは21.189m(Y.P.)で、右岸の高さ22.470m、計画堤防高22.330mよりも、それぞれ1.281m、1.141m低いことになります。

上流よりも下流よりも低く、対岸よりも、計画堤防高よりもかなり低いという地点は、そうはないと思います。

鬼怒川の堤防決壊は、正にここしかないという地点で起きたのではないでしょうか。

「水害発生の2日後の2015年9月12日、常総市を訪問した際のJNNのインタビューに対して、太田昭宏国土交通大臣は、若宮戸についてですが、「堤防自体は全域にわたり同レベルにできていた」と答えた」(naturalright.orgというサイトの「堤防自体は全域にわたり同レベルにできていた」1)そうですが、堤防の強さが「同レベル」でないことは国土交通省のデータが証明していると思います。

2007年に開示されたデータは、2005年ころに測量されたのではないかと想像しますが、今回の決壊地点は素人目にも決壊が想定された左岸21km地点だったのですから、決壊時点まで基本的に変わっていなかったと考えてよいのではないでしょうか。

関東地方整備局事業評価監視委員会(2008年1月23日)の資料1−5のp21でも、「河川改修上の課題」として、下流部では、「川幅が狭く、高さ及び幅が不足している堤防が多い」と書かれています。

下館河川事務所のホームページで決壊直後から閲覧できなくなっていたが後に復活した、鬼怒川の「直轄河川重要水防箇所一覧表」の18ページ目には、左岸20.15km〜21.20kmの1050mの区間については、「計算水位が現況堤防高以上」「堤防断面、天端幅が1/2以上」という問題があり、重要度の欄にはそれぞれA、Bというランク付けがされ、「(重点)」の文字が付されているので、緊急に改修する必要性を認識していたと思います。

したがって、国土交通省は左岸21km地点が決壊しやすい箇所であるということを十分に認識していたと言えます。

●重要水防箇所と用地買収箇所が一致しない

上記のとおり、国土交通省は、鬼怒川左岸20.15km〜21.20kmの1050mの区間を重要水防箇所としていましたが、奇妙なことに、用地買収予定箇所と一致しません。

国土交通省は、記者発表資料の2014度下館河川事務所事業概要についてのp8と2015年度下館河川事務所事業概要についてのp6において、高さや幅が足りない堤防の整備を行うための用地取得を行うと書いています。

しかし、それらの写真を見る限り、用地取得予定箇所は左岸21.5kmから22.0kmにかけての区域のように見え、上記重要水防箇所と一致しません。一致しない理由も分かりません。

2015年10月9日付け産経新聞は、次のように報じました。

国土交通省は10日、今回の大雨による鬼怒川堤防の決壊部分は、10年に1度起きると想定される規模の洪水に対応できないとして、かさ上げなどの改修が計画され、昨年度から用地買収に着手していたことを明らかにした。

しかし、http://naturalright.orgというサイトの「堤防自体は全域にわたり同レベルにできていた」3というページでは、国土交通省はウソをついている見方を示しています。

即ち、「三坂町の「決壊」地点は、21.0km地点をはさんだ200mの区間です」「用地買収に着手していたのは、「決壊部分」ではなく、その上流側です。しかも隣接すらしていなくて、200mくらい離れているように見えます。「決壊部分は、10年に1度起きると想定される規模の洪水に対応できないとして、かさあげなどの改修が計画され」までは本当でしょうが、そのあとの「昨年度から用地買収に着手していた」というのは、事実ではありません。国交省は、どうせわからないだろうと思って、「決壊部分」の改良には着手していたのだと見え透いた嘘をついたのです。」という見方を示しています。

私もそう思います。「昨年度から用地買収に着手していた」と言いながら、昨年度と今年度の用地買収予定地に決壊箇所が含まれていないのですから、国土交通省がウソを言っているとしか思えません。

●国土交通省は左岸21km地点付近の流下能力不足も認識していた

鬼怒川左岸21km地点は、堤防高が低いのですから、当然のことながら、流下能力が低いのであり、国土交通省はそのことも認識していました。

宇都宮市民が宇都宮市を相手に起こした湯西川ダム住民訴訟における嶋津暉之氏の意見書(2)(2008年3月31日)のp15を見ると、鬼怒川の現況流下能力は、47km辺りより上流では計画高水流量(1/100確率)を満たしている部分が多いのに反して、それより下流では鬼怒川・小貝川河川整備計画の目標流量(予定。1/30確率)さえ満たしていない部分が多いことが分かります。(図のタイトルは「現況流下能力」ですが、流下能力は、現況堤防高ではなく、スライドダウン堤防高で計算してます。)

特に左岸21km地点より下流では流下能力が絶対的に不足しているだけでなく、右岸と比較しても不足している部分が多いことが目に付きます。

また、関東地方整備局事業評価監視委員会の会議資料である「(再評価)鬼怒川直轄河川改修事業」(2012年1月11日)のp7の図を見ても、左岸21km地点付近の流下能力が不足していることが分かります。

左岸21km付近は、整備目標流量4000m3/sよりも800〜1000m3/sも小さい流下能力しかないとされています。ただし、奇妙なことに、左岸20km地点付近はグラフが赤で塗られていて当面7年で改修する区域とされていますが、左岸21km地点付近は青で塗られていて、概ね20〜30年で改修する区間とされています。

東京海上日動火災保険株式会社による「台風 18 号・17 号に伴う大雨による被害から学ぶ」という論文でも「図 6 は国土交通省による今後の鬼怒川の改修方針を示したものである。同図によると、今回破堤が生じた地点は今後 20〜30 年で堤防のかさ上げ・拡築を行う範囲となっていることから、縦断的に流下能力の小さい地点で破堤が生じたものと考えられる。」(p5)と書かれており、決壊地点が「概ね20〜30年で改修する区間」に分類されていたと見ることに異論はないと思います。

戦後70年経っても鬼怒川の下流部では、今回の決壊箇所のような10年に1度想定されるような小規模の洪水にも耐えられない堤防が相当ある(前記9月10日付け産経記事参照)ことが一つの驚きですが、そのような危険な区間を今後、概ね20〜30年かけてぼちぼち改修していけばよい区間として国土交通省が位置づけていることにも驚きます。

●国土交通省はパイピング破壊の危険性があることも認識していた

第3回 鬼怒川堤防調査委員会資料(2015年10月19日)のp5には、「越水前の浸透によるパイピングについては、堤体の一部を構成し堤内地側に連続する緩い砂質土を被覆する粘性土の層厚によっては発生する恐れがあるため、決壊の主要因ではないものの、決壊を助長する可能性は否定できない。」と書かれています。

つまり、今回の決壊では、パイピング破壊が決壊を助長した可能性もあるというのが委員会の結論です。

上記嶋津意見書のp16には、鬼怒川堤防のすべり破壊とパイピング破壊の安全度のグラフが示されています。

図9によれば、左岸21km地点付近では、パイピング破壊の安全度が0.7程度に落ちていることが分かります。

国土交通省は、左岸21km地点付近では、堤防の高さが低いこと、流下能力が低いこと及びパイピング破壊の危険性があることを認識していたと言えます。

●上下流の治水安全度があまりにもアンバランスではないのか

上記のとおり、2015年9月10日付け産経新聞は「国土交通省は10日、今回の大雨による鬼怒川堤防の決壊部分は、10年に1度起きると想定される規模の洪水に対応できないとして、かさ上げなどの改修が計画され、昨年度から用地買収に着手していたことを明らかにした。」と報じています。

鬼怒川は、上流部では2012年までに1/100確率の洪水に備えてダムを4基も建設したのに、下流部では1/10確率の洪水にも耐えられない堤防が存在したというのですから、素人が見ても、あまりにもアンバランスだと思います。

●会計検査院もアンバランスを指摘していた

会計検査院も「大規模な治水事業(ダム、放水路・導水路等)に関する会計検査の結果について」(2012年1月)において、次のように指摘していました。

湯西川ダムとダム下流の鬼怒川における河道の整備の状況についてみると、洪水調節施設については湯西川ダムが完成すると既設ダムを合わせた計4ダムで最終目標である1/100確率規模の洪水時における目標の調節流量の全てを調節することが可能となるのに対し、河道については鬼怒川の治水安全度がおおむね1/10確率規模の洪水を流下できる程度であり、目標に対する整備の進捗度合いに大きな差がある状況となっている。

ただし、産経新聞の取材によれば、鬼怒川では、1/10確率規模の洪水を安全に流下できない堤防があるのですから、「鬼怒川の治水安全度がおおむね1/10確率規模の洪水を流下できる程度」であるとする会計検査院の報告は正確ではありません。

なお、この報告書の結論は、きちんと河川整備計画を策定して河道の整備を進める必要があるということです。

●河川改修予算が減る一方でダム事業予算は増えていた

上記嶋津意見書(2)のp17の図11をご覧ください。利根川水系のダム事業費と河川改修事業費の推移を示すグラフです。

河川改修事業費は、1998年度の1200億円弱から2007年度の約600億円へと急減していますが、ダム事業費は、2003年度の約400億円で底を打ち、2007年度には約600億円へと増えています。

このことは、八ツ場ダム、湯西川ダム、南摩ダムのような有害無益なダムを建設しなければ、河川改修事業費を減らさずに済んだことを意味します。

●原告らは河川改修をおろそかにし、ダム事業を続ければ大変なことになるという警告を発していた

栃木3ダム訴訟の原告らは「湯西川ダムに巨額の河川予算が投じられる一方で、緊急を要する河川改修がこのように後回しにされているのである。」(2008年4月24日付け原告準備書面17〜湯西川ダム及び南摩ダムの治水問題についての国交省の回答に対する反論〜のp9)と指摘していました。

2010年9月30日付け「原告準備書面24最終準備書面 その3〜第3章 湯西川ダムは治水上必要がないこと〜」のp17以下には、次のように更に詳しく主張しています。長くなりますが、転載します。

鬼怒川直轄区間の下流部は河川改修が非常に遅れている。流下能力を高め、堤防の脆弱箇所を改善するための河川改修工事を速やかに進めなければならないが、治水効果の希薄なダム事業のために予算がとられ、急務である河川改修工事が後回しにされている現状にある。湯西川ダムの建設を中止し、その予算を使って河川改修工事を進めるべきである。
この現況流下能力、計画高水流量、整備計画の目標流量案を比較してみると、鬼怒川直轄区間の上流部はほとんどのところで左岸、右岸とも現況流下能力が整備計画の目標流量案だけでなく、長期的な目標流量である計画高水流量をも上回っているのに対して、下流部は状況ががらりと変わる。

計画高水流量を大きく下回っているだけでなく、距離標25〜26km より下流では左岸、右岸とも整備計画の目標流量案を800〜1,000m3/秒も下回っているところが多い。このように、鬼怒川直轄区間の下流部は河川改修が非常に遅れている状況にある。
鬼怒川は左岸、右岸とも直轄区間の中流、上流にかけてすべり破壊・パイピング破壊の安全度が1を大きく下回っている堤防が随所にあることが分かる。洪水時に破堤の危険性があるところがこれほど多くあるのであるから、その堤防強化対策をすみやかに進めなければならない。
以上のように、鬼怒川の直轄区間の下流部では流下能力がかなり不足しており、また、上中流部では破堤の危険性のある堤防が随所にあるから、堤防を嵩上げしたり、河床を掘削して流下能力を高めるとともに、堤防の脆弱箇所を改善する河川改修をすみやかに行うことが求められている。利根川の本川、他の支川でも状況は同じであって、このような河川改修が急務となっている。

ところが、利根川では甲A2号証の図表3‐13のとおり、公共事業費の削減に伴って、河川の事業費が年々減ってきている。しかし、急減しているのは河川改修の事業費であって、1998年度には1,051億円あったのが、2007年度は495億円であり、半分以下になっている。一方、ダム建設の事業費は、1998年度は490億円で、その後、少し減ったものの、2004年度から大幅に増額され、2007年度には581億円と、河川改修の事業費を上回っている。ダム建設の場所は湯西川ダム、八ッ場ダム、南摩ダムなどの数箇所であり、その限られた地点のダム事業費が広大な利根川水系全体の河川改修の事業費を上回っているのは驚きである。いわばダム事業のために、喫緊の河川改修の多くが後回しにされていると言ってよい。
ダムの治水効果は湯西川ダムのようにきわめて疑わしいものであり、限られた河川予算をそのように治水効果が希薄なダム事業に注ぎ込んでいる場合ではない。治水対策は最少の費用で最大の効果があるものを選択しなければならない。上述のように、流下能力を高め、堤防の脆弱箇所を改善する河川改修が急務なのであるから、湯西川ダム等のダム建設を中止して、その予算を使って喫緊課題である河川改修をすみやかに進めるべきである。


●国土交通省の考え方

原告らの主張に対する国土交通省の考え方は、2008年9月24日付けの知事からの照会に対する回答文書「湯西川ダム及び南摩ダムについて(回答)」のp10に示されており、国土交通省は訴訟が終わるまで、そして現在も、その考え方を変えることはありませんでした。

栃木県知事が国に照会した質問のうち河川改修に関する部分は、次のとおりです。

(5)鬼怒川の下流部は河川改修が非常に遅れている状況にあり、湯西川ダムに巨額の河川予算が投じられる一方で、緊急を要する河川改修が後回しにされている。

この質問に対する国土交通省関東地方整備局長菊川滋の回答は、次のとおりです。

利根川水系の治水対策は、本支川や上下流の整備状況を踏まえ、支川は本川へ、上流は下流へ影響を与えない(洪水負荷を増大させない。)ように考慮して、水系全体として治水安全度の向上を図ることが基本である。

この基本的な考え方は、(利根川水系河川整備)基本方針にも記述されており、利根川水系河川整備基本計画の策定に際して設置された、利根川・江戸川有識者会議(第2回平成18年12月18日)においても確認されている。

このように、利根川水系の治水対策は、鬼怒川下流部の改修が遅れているからといって、利根川下流部の改修状況も踏まえず、その一部区間の改修を進めればよいというものではなく、水系全体の整備バランスに配慮しながら、段階的に整備を進めているものであり、緊急を要する改修を後回しにしているものではない。

なお、利根川水系の河道は長大であることから、計画規模の河道を整備するためには、長い年月を要することとなる。このため、利根川本支川の上流部に計画されている湯西川ダムをはじめとした洪水施設の整備は、比較的短期間での整備が可能であり、洪水調節施設から下流の利根川水系全体に治水効果を発揮することから、有効な治水対策であり、できるだけ早期に完成させるよう、関係自治体からも要望されているところである。

参考資料)
利根川水系河川整備基本方針(河川局、平成18年2月)
利根川・江戸川有識者会議資料(平成18年12月18日)
要望書等(栃木県、日光市、思川改修期成同盟会等)


●下流から堤防整備しないから水害が起きた

「上流は下流へ影響を与えない(洪水負荷を増大させない。)ように考慮」ということは、「上流の築堤、河道掘削等の改修は、下流の整備状況を踏まえて実施」(第2回利根川・江戸川有識者会議資料、2006年12月18日)するということであり、異論はありません。

分かりやすく言えば、「人工堤防を築く場合には、下流地域で危険性が高いと判断された場所から、順に作っていくのが原則となる。下流の備えが十分でない状況下で、上流に大きな堤防を築いてしまうと、下流で氾濫の起きる可能性が高まるからである。」(2015年10月29日付け日経テクノロジーon lineの 「【鬼怒川氾濫】「掘削なくても、自然堤防を越えていた」、国土交通省・関東地方整備局」)ということです。

しかし、国土交通省自身がそれと正反対のことをやっているのはどうしてでしょうか。

上記関東地方整備局事業評価監視委員会の会議資料の鬼怒川直轄河川改修事業(2012年1月11日)のp4には、堤防の整備状況の図がありますが、鬼怒川の上流部(ここでは利根川との合流点から50km地点辺りを境に上流を指す。)では、完成堤防が多いのに対し、それより下流部では「暫定堤防」や「暫々定堤防」が多いのは、堤防整備が上流から進められてきたということではないでしょうか。

まさのあつこ氏は、2015年10月9日付け週刊金曜日において、「栃木県を流れる上流区間ではダム4基が完成し、中流では1966年までに十分な高さや幅を持った堤防がほぼ完成したのに対し、茨城県を流れる下流区間は「狭い川幅」と認識されているにもかかわらず、堤防が「暫定」または「不必要区間」との記載が大半を占めていた。軽視された区間だったのだ。」(p27)と書いています。

国土交通省は「この基本的な考え方は、(利根川水系河川整備)基本方針にも記述されており、利根川水系河川整備基本計画の策定に際して設置された、利根川・江戸川有識者会議(第2回平成18年12月18日)においても確認されている。」と言いますが、その確認されていること(「堤防の整備は下流から」という原則)を実行していないとしたら、支離滅裂です。

●国土交通省は有識者会議の確認事項を恣意的に援用している

第2回利根川・江戸川有識者会議の資料には、「堤防の決壊により甚大な被害が想定される区間における堤防強化の早期完成及び堤防点検の結果、安全度が不足している区間について、安全度の向上を図る。」と書かれています。

要するに、有識者会議では、上流と下流、本川と支川のバランスを考慮して河川改修や洪水調節施設の整備を行うことは当然ですが、その一方で、堤防の決壊をさせないように堤防強化の早期完成を行うことが確認されています。

有識者会議の資料は、「堤防の決壊により甚大な被害」を発生させないことを大前提としていると読むべきだと思います。

いくら「本川の整備状況を踏まえ、支川の改修を実施(支川の治水安全度を先行して向上しない)」(上記有識者会議資料p2)という考え方が確認されているとはいえ、有識者会議の認識は、支川の堤防を安易に決壊させても構わないという趣旨ではないと思います。

国土交通省は、栃木3ダム訴訟における知事への回答でこの堤防強化に関する確認事項には触れず、バランスの問題やダム優先の方針だけを言いますが、それはご都合主義というものです。

●常総市で氾濫させるつもりなら説明が必要ではないか

このような大水害が起きても、国土交通省が「我々のバランスの取り方は間違っていない」と言い張るのであれば、それは超過洪水が起きた場合、国土交通省が鬼怒川下流部を最初から氾濫させるつもりだったことになると思います。

「支川の治水安全度を先行して向上しない」という方針が、利根川の下流部の堤防整備計画が完成するまでは、鬼怒川の下流部の堤防整備計画は絶対に完成させない趣旨であり、利根川の下流部の堤防の整備が完成しない段階で、鬼怒川に想定外の洪水が起きた場合には、鬼怒川の下流部(特に常総市)の堤防を低く保って越流破堤させることにより、利根川下流部の氾濫を防ぐつもりであるというのが国土交通省の考え方であるなら、そのことを常日頃から常総市の住民に説明しておくべきだったと思います。そうした国の考え方を住民に十分に周知しておけば、2人の方は死なずに済んだと思います。

確かに、国土交通省は、下館河川事務所のホームページに「鬼怒川・小貝川氾濫シミュレーション」のページが用意され、いろいろな地点での決壊を想定した氾濫区域を動画で示すなどの広報をしていますが、だからといって、超過洪水があった場合に常総市が意図的に氾濫させる場所として考えられていたことに気付く住民はいないでしょう。

そもそもパソコンを持っている高齢者は少ないのでしょうから、直接伝える説明会をやっておくべきだったと思います。

●緊急を要する改修を後回しにしていたことになる

国土交通省は、訴訟での栃木県知事への回答文書で「このように、利根川水系の治水対策は、鬼怒川下流部の改修が遅れているからといって、利根川下流部の改修状況も踏まえず、その一部区間の改修を進めればよいというものではなく、水系全体の整備バランスに配慮しながら、段階的に整備を進めているものであり、緊急を要する改修を後回しにしているものではない。」と書きます。

しかし、訴訟で原告らは、「距離標25〜26km より下流では左岸、右岸とも整備計画の目標流量案を800〜1,000m3/秒も下回っているところが多い。このように、鬼怒川直轄区間の下流部は河川改修が非常に遅れている状況にある。」(原告準備書面24p18)、「ダムの治水効果は湯西川ダムのようにきわめて疑わしいものであり、限られた河川予算をそのように治水効果が希薄なダム事業に注ぎ込んでいる場合ではない。治水対策は最少の費用で最大の効果があるものを選択しなければならない。上述のように、流下能力を高め、堤防の脆弱箇所を改善する河川改修が急務なのであるから、湯西川ダム等のダム建設を中止して、その予算を使って喫緊課題である河川改修をすみやかに進めるべきである。」(同p20)と指摘しました。準備書面にはそこまでしか書きませんでしたが、「もし、私たちの忠告に耳を貸さなければ大変なことになりますよ。」という警告でした。

ところが、国土交通省は、私たちの警告には聞く耳を持たずに湯西川ダムの建設に邁進しました。そして、2015年9月10日、私たちが指摘したとおりの区間の中の左岸21km地点で決壊したのですから、国土交通省は「緊急を要する改修を後回しに」していたと言わざるを得ません。国土交通省は、バランスを考慮して湯西川ダムを堤防強化より優先させたということですが、そのバランス感覚が悪かったことは、今回の堤防決壊で証明されたということです。

●ダムは有効な治水対策か

国土交通省は、訴訟での栃木県への回答文書で「湯西川ダムをはじめとした洪水施設の整備は、比較的短期間での整備が可能であり、洪水調節施設から下流の利根川水系全体に治水効果を発揮することから、有効な治水対策であり」と書きます。

しかし、ダムの効果は下流に行くほど減衰し、降雨パターンによって変わってきます。

そんなギャンブル的な治水に頼るよりも、堤防を強化した方が確実な治水効果が得られます。ダムが有効な治水対策とは言い難いことは、今回の堤防決壊で証明されたと思います。

●湯西川ダムの水位低減効果は約3.6cmにすぎない

栃木3ダム訴訟の控訴審最終準備書面(控訴人準備書面24)のp16によれば、1980年の工事実施基本計画では、基本高水流量8800m3/秒のうち、上流4ダムでカットする流量は2600m3/秒で、そのうち湯西川ダムがカットする流量は370m3/秒とされていました。4ダムの洪水調節効果のうち湯西川ダムの効果は、14.2%ということです。

『平成27年9月関東・東北豪雨』に係る鬼怒川の洪水被害及び復旧状況について」(2015年10月13日 国土交通省 関東地方整備局)のp27によると、決壊個所(21.0km)における上流4ダムによる水位低減効果は約25cmですから、そのうちの湯西川ダムの効果は、25cm×14.2%=約3.6cmとなります。

決壊個所の堤防の高さは約4mでした。根拠は、2015年9月14日付け日刊建設工業新聞の「関東地方整備局/鬼怒川左岸堤防緊急復旧、鹿島と大成建設で着工/2週間で二重締切」です。

国は、堤防の高さの1%にも満たない水位を下げるために、数百億円をかけて湯西川ダムに洪水調節容量を確保したことになります。そんな治水対策を常総市の被災者が望んでいたとは思えません。

鬼怒川の治水対策に数百億円かけるなら、堤防の流下能力の低い個所の補強をする方が得策だと考えるのが普通だと思うのですが、専門家はそうは考えないようです。治水対策を専門家に任せてよいのでしょうか。

いずれにせよ、国は、鬼怒川でもっとも決壊が懸念される下流域で、4ダムでの水位低減効果約25cmのうち、湯西川ダムの効果は約3.6cmしかないという計算をしたことになるのですから、湯西川ダムが治水上無駄であったことを自ら証明したことになります。

●要望されたからやるというなら、全体のバランスはどうなるのか

国土交通省は、自治体からの要望をご都合主義的に援用していると思います。

確かに、栃木県、茨城県及び千葉県から湯西川ダムの早期完成の要望は出ています。上記国土交通省の回答後のものしか検索できませんでしたが、湯西川ダム建設事業の再評価(2010年8月3日)のp27によれば、湯西川ダム事業の再評価に当たっての茨城県の意見は、次のとおりです。

湯西川ダム建設事業は、本県にとって治水・利水上、必要な事業であることから、より一層のコスト縮減を図りながら事業を進め、現行の基本計画どおり平成23年度の完成を強く要望します。

茨城県は、鬼怒川の同県内の堤防が脆弱であることを国が公表する資料を見ただけでも分かっていたはずなのに、堤防強化よりも湯西川ダムの建設を優先させてやってほしいというのが上記意見の趣旨だとしたら、茨城県知事の判断は、国土交通省の職員の利益のために県民の命と暮らしを犠牲にするものであり、許されないと思います。

県の責任はともかく、国土交通省が県の要望を援用してダム事業を進めるのはご都合主義です。

国土交通省の考え方は、「利根川水系の治水対策は、鬼怒川下流部の改修が遅れているからといって、利根川下流部の改修状況も踏まえず、その一部区間の改修を進めればよいというものではなく、水系全体の整備バランスに配慮しながら、段階的に整備を進めているもの」(2008年9月24日付け関東地方整備局から県への回答)であるから、住民訴訟の原告らの意見など聞く必要がないというものです。

確かに、河川のどの箇所が客観的に危険か、どこにどんな施設を造れば有効かは誰かの要望で決まるものではないでしょう。そうだとしたら、住民訴訟の原告らの意見を聞かないのと同様、鬼怒川に関するデータを十分に持っていない県の要望にも沿うべきでないことになります。

そうであれば、原告らの意見は聞かないが県の要望は援用するという態度は、ご都合主義です。

しかも、茨城県は、「鬼怒川は、小貝川とともに本県の南西部を流れる河川であり、ひとたび洪水が発生すれば甚大な被害をもたらすことが予想される。ついては、沿川の安全・安心を確保する河川整備のさらなる促進を図るため、本事業の継続を要望する。更なるコスト縮減を図るとともに、地元の意見に配慮しながら、事業を進めていただきたい。」(2012年1月11日鬼怒川直轄河川改修事業の再評価のp16)という意見を国に提出しました。要するに堤防を整備してくれという意見です。茨城県は。このような要望を昔から国に対してしていたと思います。

要するに、茨城県は、ダムも造ってくれ、堤防も造ってくれと、両方要望しています。

ダムを造れという要望だけを援用して、堤防整備の要望を無視するのはご都合主義です。

加えて言えば、ダム建設について茨城県の要望があったといっても、たいていの県では、県の幹部職員として国土交通省から職員が出向しているものであり、国土交通省の意向を県に言わせる仕組ができていること、また、建設関係の補助金を道具として国土交通省が県に圧力をかける仕組もあることから、県の要望があるといっても、それは国土交通省が言わせたものであり、茶番である場合がほとんどです。

●もともと湯西川ダムの洪水調節効果は見込まれていなかった

鬼怒川の治水計画は次の経過をたどります。
1973年度 計画高水流量は石井上流の流下能力等により判断して超過確率 1/100 で石井地点で 6,200m3/秒とする(出典:「利根川百年史」)。
1985 年度 湯西川ダム建設基本計画が策定される。
1992 年度 湯西川ダムを含む4ダムで計画高水流量を 6,200m3/秒にする(利根川水系工事実施基本計画の変更)。
2004年 栃木県民が栃木3ダム住民訴訟を、宇都宮市民が湯西川ダム住民訴訟を提起して、湯西川ダムに効果がないことを指摘する。
2005年度 石井地点の計画高水流量を5,400m3/秒とする(利根川水系河川整備基本方針)。

利根川水系利根川・江戸川河川整備計画の第3回有識者会議(2007年2月22日)の資料のうち、公述人4配付資料を見ながら読んでいただきたいのですが、要するに、鬼怒川の治水計画は、湯西川ダムが計画される前と後で石井地点の計画高水流量が変わらなかったのですから、少なくとも石井地点では湯西川ダムの治水効果が見込まれていないことを国が証明していたのですが、2004年11月に住民訴訟が提起されて、湯西川ダムが役に立たないことが指摘されると、石井地点の河道の状況がほとんど変わらないにもかかわらず、国は2006年2月に石井地点の計画高水流量を800 m3/秒引き下げたのです。国が計画高水流量を引き下げるのは全国的に見ても異例のことです。

上記嶋津意見書(2)の言葉(p3)を借りれば、次のとおりです。

湯西川ダム計画が浮上する前と湯西川ダム計画策定後の鬼怒川治水計画を比較してみると、鬼怒川の計画の数字がまったく同じであることがわかる。鬼怒川石井地点の基本高水流量は 8,800m3/秒であり、それを上流ダム群で調節して、2,600m3/秒をカットし、計画高水流量を 6,200m3/秒にするという点は何ら変わらない。異なるのは1973年度の計画では湯西川ダムを除く3ダムで調節することになっているのに対して、1992 年度の計画では湯西川ダムと3ダムとを合わせて4ダムで調節することになっている点である。

鬼怒川の本来の治水計画、1973 年度の治水計画では五十里ダム、川俣ダム、川治ダムによって、上流ダム群による洪水調節が完結することになっていたにもかかわらず、湯西川ダム建設計画の策定後は、湯西川ダムも入れた治水計画に変わったということである。しかし、鬼怒川・石井地点における洪水のカット量はまったく同じなのであるから、湯西川ダムを入れる必要性はゼロであり、湯西川ダムは屋上屋を重ねるような治水ダムである。

以上の経過は、湯西川ダム建設計画がつくられたため、3ダムだけで完結していた鬼怒川の治水計画に湯西川ダムを割り込ませたこと、すなわち、湯西川ダムは鬼怒川の治水計画として本来は必要がなかったものであることを示している。


●国土交通省は流下能力を低下させる行為をしていた

ジャーナリストのまさのあつこ氏は、「世界」2015年11月号p189において、鬼怒川の堤防決壊地点の「直下流の4km区間では、農道、高速道路、築堤と三者三様の工事でさらに川幅が狭められた。」と書きます。

どういうことかというと、第1に、時期がはっきりしないのですが、2014年までに国土交通省は、堤防決壊が起きた三坂町で砂利の採取を行い、その砂利を使って約4km下流の美妻橋の上流側で川幅を狭める形での堤防工事を完了させていたというのです。

三坂町で砂利の採取を行ったことは流下能力を増大させる行為ですが、採取した砂利を下流の河道内に置いたとすれば、流下能力の増大になりません。

4km下流での流下を阻害する行為が三坂町での破堤にどれだけの影響を与えたかは不明ですが、悪影響を与えた可能性はあると思います。

第2に、2013年11月から2015年5月までにNEXCO東日本と国土交通省常総国道事務所が共同で「首都圏中央連絡自動車道」の橋台と5本以上の橋脚を決壊箇所から約3km下流で建設していたというのです。工事の様子は、2015年10月現在のgoogle mapに写っています。

第3に、三坂町の決壊箇所から約800m下流に「アグリロード」と称される広域農道の橋が2011年に完成していて、その橋の取り付け部分の堤防は周辺の堤防よりも2mほど高くなっていたというのです。だから、堤防が下流に行くに従って高くなるという状況だったというのです。

以上の3点をもって、「国土交通省は流下能力を低下させる行為をしていた」とまとめるのはおかしい、少なくともアグリロードは国土交通省の仕事ではない、という意見もあるかもしれませんが、河川における工事を許可したのは国土交通省であり、許可という行政処分まで含めれば、国土交通省の行為が洪水の流下を妨げたと言えると思います。

農道や高速道路のための架橋を許可しないことは国土交通省として難しいかもしれませんが、決壊のおそれがあるなら、許可してはいけないと思います。

どうしても許可するなら、その前に堤防のかさ上げや引き堤などの河川改修を終えてからにするべきだと思います。

●鬼怒川堤防調査委員会の設置は問題の矮小化だ

国土交通省は、2015年9月28日に鬼怒川堤防調査委員会を設置しました。

設置目的は、「平成27年9月関東・東北豪雨により、利根川水系鬼怒川で発生した堤防の決壊について、被災原因を特定し、被災状況に対応した堤防復旧工法を検討すること」(鬼怒川堤防調査委員会 規約第2条)です。

少なくとも二つの問題点があります。

第1に、常総市で40km2浸水という大水害が起きたのに、調査の対象を「堤防の決壊」にしぼっていることです。

決壊地点から4kmほど上流の若宮戸で越水被害があって、相当量の氾濫があったのですから、若宮戸での氾濫を度外視して、有効な対策は導き出せないと思います。

第2に、「原因」という言葉は使っていますが、原因の調査をしていないことです。

調査の対象は、堤防がどのような過程を経て決壊したのかという問題にしぼられています。

「原因」を調査するというなら、なぜ他の地点ではなく、左岸21km地点で決壊しなければならなかったのかが究明されなければならないはずです。

鬼怒川堤防調査委員会で議論しているのは、「なぜ」ではなく「どのように」についてなので、有効な対策につながりません。

国土交通省の考え方は、常総市での氾濫の「原因」は、異常な降雨による異常な出水によるものであり、国土交通省でどうにかできるものではない、国土交通省がやるべきことは、堤防決壊の「過程」を調べることであるということだと思います。

国土交通省は、鬼怒川堤防調査委員会の設置によって問題の矮小化を図っていると思います。

●鬼怒川大水害は失態だったのか、成功だったのかを説明するべきだ

国土交通省のこれまでの記者発表や鬼怒川堤防調査委員会の資料などを見ると、同省は、鬼怒川の堤防決壊について、かつてない豪雨による天災であって河川管理者に過失はないから責任もないという立場だと思います。鬼怒川大水害は、想定外の豪雨によるものであり、不可抗力だというのが国土交通省の考え方のように見えます。

河川管理者は、「人工堤防を築く場合には、下流地域で危険性が高いと判断された場所から、順に作っていくのが原則となる。下流の備えが十分でない状況下で、上流に大きな堤防を築いてしまうと、下流で氾濫の起きる可能性が高まるからである。」(2015年10月29日付け日経テクノロジーon line記事)という原則に基づいて堤防の整備を進めていくものであり、この原則を今回の鬼怒川大水害にあてはめれば「下流地域」とは、例えば守谷市や取手市や千葉県銚子市あたりの地域を指すというのが国土交通省の考え方だとすれば、想定外の大洪水が襲ってきたときに、「下流での氾濫」を防いだのですから、常総市での氾濫は治水対策として成功だったことになると思います。

国土交通省としては、常総市の被災者を前にして「常総市での氾濫は治水対策として大成功だった」とは言いにくいでしょうが、今回の降雨は未曾有の豪雨であり、常総市で氾濫していなければ、利根川の下流部で必ず氾濫したと考えているのであれば、常総市での氾濫を許したことは、利根川の下流部での氾濫を防止したことになり、堤防整備の大原則に従って治水対策を行ったことになるので、治水対策として「成功」だったと国土交通省が考えているということになると思いますので、国土交通省はそう説明するべきだと思います。

常総市の住民の中には、「右岸は田んぼが多いのに、国は、なぜ右岸にばかりスーパー堤防(「立派な堤防」という意味でしょう。)を造るのか」と言う人もいます。つまり、国は右岸側を守るためなのか、意図的に左岸の堤防を低いまま放置したという疑いを持たれていますので、国土交通省はそうした疑問にも答える説明をするべきだと思います。

「利根川水系の治水対策は、鬼怒川下流部の改修が遅れているからといって、利根川下流部の改修状況も踏まえず、その一部区間の改修を進めればよいというものではな」(2008年9月24日付け関東地方整備局から県への回答)いというのが国土交通省の考え方なのですから、「利根川下流部の改修状況」を踏まえて鬼怒川下流部の改修を意図的に遅らせてきたということを、国は説明するべきです。

鬼怒川大水害で多くの人が生活のすべてを奪われ、死者まで出ているのに「成功」と言っては不謹慎ですので、せめて「常総市民にはお気の毒なことでしたが、湯西川ダムの完成は茨城県の要望でもあったので、まずはダムを完成させる必要があったし、もっと下流での水害を防ぐために常総市内での河川改修を遅らせたことはやむを得ない対応であった」くらいの説明はするべきだと思います。

ただ、鬼怒川だけで見れば、「下流地域で危険性が高いと判断された場所から、順に作っていく」という原則に従ってこず、下流部の堤防整備が最も遅れていた理由を国土交通省は説明する必要があると思います。

また、常総市民で国税を払っている人は、自分たちの暮らしを水害から守るために税金が鬼怒川の堤防の強化のために使われていると思い込んでいるでしょうから、堤防強化の優先順位は利根川下流部より低いのであり、順番がいつ回ってくるか分からない(国の計画では今回の決壊箇所は20〜30年かけて整備する区間でしたが、20〜30年後に利根川下流部の治水安全度が常総市の治水安全度より上がっているとは限らない。)ことも説明するべきだと思います。

また、三坂町の決壊箇所の本復旧工事では、決壊前の高さより1.5m高い堤防を造るそうです(根拠は、2015年10月19日の第3回鬼怒川堤防調査委員会会議での国土交通省からの説明)。そんなことをしたら、利根川下流部での氾濫を招いてしまい、「堤防整備は下流から」の原則に違反するという矛盾についても説明するべきです。常総市で決壊が予想されながらこれかも放置される箇所は、三坂町以外にもたくさんあるので、利根川下流部での決壊は防げるから、上記原則に矛盾しないということになるのでしょうか。

●国土交通省に堤防決壊の故意はなかったのか

確かに線状降水帯という特異な気象現象によって、関東地方では史上まれな豪雨をもたらしたことは事実ですが、だからといって、鬼怒川大水害が不可抗力だったとは思えません。

国土交通省は、鬼怒川下流部が堤防が低く、流下能力が不足していたことは昔から十分認識していたはずです。堤防の高さを測量して、あるべき堤防の高さと比較してみれば、どこが危ないかは明らかでした。そんな簡単な計算は、河川管理者がとうの昔にやっているはずです。国土交通省は、堤防の厚さを加味した堤防の強さまで計算していました。堤防の高さが相当あったとしても、厚みがない場合には、堤防の高さを割り引くという計算で、スライドダウンという作業です。

栃木県民が湯西川ダムなんて造ってる場合じゃないでしょうと言って提訴したのが、11年前の2004年11月です。2008年4月には危険な区間まで特定して警告していました。湯西川ダムの本体着工は、2008年7月です(根拠は鹿島建設のホームページ)。槇尾川ダムでは、本体着工後に中止しています(根拠は水源連のホームページ)。湯西川ダム事業中止に向けた考慮時間は十分あったはずです。

それにもかかわらず国土交通省は、住民の声をはねのけ、河川の専門家が上流と下流、本流と支流のバランスを考えて河川を管理しているのだから、素人は口を出すなと言わんばかりに、2009年9月の民主党政権の誕生で、ダム事業の見直しの機運が高まっていたにもかかわらず、屋上屋を架すような湯西川ダムの建設を駆け込みで、急ピッチで進めました。

その一方で、下流部では、10年に1度は起きるとされる小さな洪水にも耐えられないとされる堤防を長年にわたり放置してきました。予算が足りないという言い訳は通用しません。利水分も含みますが、総事業費1840億円の湯西川ダムを建設するための予算はあったからです。現在価値化された額とされていますが、鬼怒川の河川改修の総事業費は約264億円とされています(鬼怒川直轄河川改修事業再評価資料(2012年)p13)。

国の借金が急増している近年においても、「安倍が就任後に世界中でバラまいてきた資金援助の額は30兆円近くに上る。」(2015年10月2日付け日刊ゲンダイ「シリア難民に1000億円 安倍政権“バラマキ外交”3年の総額」)というのですから、日本政府としては鬼怒川の弱い堤防を改修するための予算くらいは昔からいつでも捻り出せたはずです。

予算は確保できたとしても、堤防の改築には用地買収に時間がかかるから短期間に堤防強化はできないという言い訳があるとしたら、それもおかしいと思います。

洪水が越水しても決壊しない、あるいは決壊しづらい堤防に強化する安価な技術は既に研究されています(例えば、元木 卓也「災害に強い河川を目指して 「鋼矢板を用いた河川堤防補強技術」」)。堤防のコアに土とセメントを混ぜた地中壁をつくるソイルセメント工法や、堤防のコアに鋼矢板を打ち込むハイブリッド工法で、堤防 1 メートル当たりおよそ 50〜100 万円の費用で堤防を強化できるとされています。

それにもかかわらず国土交通省は、土木学会が科学的な根拠も示さずに、新工法による堤防は、耐越水堤防と認めないと言っているからという理由で上記新工法を採用しません。

河川管理施設等構造令第19条本文は、「堤防は、盛土により築造するものとする。」と「土堤原則」を宣言しており、国土交通省は、この本文の原則を大変重視しています。

しかし、熊本県の白川におけるように鋼矢板を打ち込む工法を採用している場合もあります。「それは「土堤原則」から外れるじゃないか」と聞くと、国土交通省は、「あれは鋼矢板で土堤を補強しているのではない。鉄を使った堤防を築造したのだ。土以外の物を使うことは河川管理施設等構造令第19条ただし書で認められている。」とへ理屈をこねます。

要するに、同条ただし書を極めて限定的に都合よく運用しているだけです。国土交通省は、堤防は土で造るものであり、想定外の大洪水に備える堤防は、高規格堤防(いわゆるスーパー堤防)しかないという方針を堅持しています。

戦後60年以上も経つのに、宇宙にロケットが飛ぶほど科学が進歩しているのに、「堤防をどのように設計し、どのような構造とすべきかという工学的な議論はまだ緒に就いたばかりである。」(「耐越水堤防整備の技術的な実現性の見解」について 耐越水堤防整備の技術的な実現性検討委員会報告書」2008年10月27日、社団法人土木学会)という話はおかしくないでしょうか。

国が耐越水堤防を研究する時間とカネは十分あったはずです。

国土交通省は、なぜハイブリッド工法などの安価な堤防強化工法を認めないのでしょうか。「選択」2015年10月号p101には、次のように書かれています。

鋼矢板工法を国交省が積極的に使わない理由について、同省関係者が打ち明ける。

「ダムを中心としたこれまでの治水の責任が問われてしまう。また、スーパー堤防構想が不要になる」

つまり、国土交通省は、ダムとスーパー堤防の建設を続けたいために安価で短期間でできる堤防強化策を認めないのです。ハイブリッド工法で堤防が強化されればダムは要らない、スーパー堤防も要らないということになったら、国土交通省としては、ゼネコンの仕事を減らすことになり、その結果、天下り先が減る可能性がありますので、大変困るということです。

国土交通省は、「土堤原則」にこだわらなければ、安価に短期間で河川改修ができるのです。

したがって、堤防の改築には用地買収に時間がかかるから短期間に堤防強化はできないという言い訳は成り立ちません。

国土交通省は、鬼怒川下流部の堤防が低いことを認識していながら、そのことによる危険性を11年も前から住民から警告されていながら、短期間で安価に堤防を強化する方法があることを知りながら、長年にわたって脆弱な堤防を放置してきただけでなく、近年になって、4km下流の橋の上流部の堤防を川側に膨らませる工事をし、高速道路や広域農道のための橋台と橋脚を建設することを許可して、洪水の流下を妨げてきました。

このような事情を考慮すると、鬼怒川大水害は国土交通省が故意に起こしたものだと言えないでしょうか。

自然の力は偉大であり、人間の力はたかが知れています。国土交通省が2004年に謙虚に住民の警告を受け入れ、湯西川ダム事業を中止し、鬼怒川下流部の堤防をハイブリッド工法で強化に努力したとしても、11年後の2015年台風18号による豪雨で常総市で多少の水害が発生することは避けられなかったかもしれませんが、ハイブリッド堤防は、越水しても決壊しづらいのが特徴ですから、床下浸水くらいはあるとしても、家ごと流されて死者がでるような壊滅的な被害にはならなかったのではないでしょうか。

故意が認められるか、過失が認められるにすぎないかはともかく、いずれにせよ、ダム建設を優先し、そして「土堤原則」にこだわり、堤防強化を怠ってきた国土交通省の治水対策は誤りであったし、これを追認した最高裁判所の判断も誤りであったことが、今回の鬼怒川大水害で証明されたと思います。

●国の治水対策は「定量治水」である

最後に、国の治水対策がおかしいことを強調したいと思います。

国の治水対策とは、一定の洪水を想定し、その洪水が氾濫を起こさないように、ダムと堤防で洪水を制御して安全に海まで流すということです。一定の洪水があった場合に一定の効果を発揮するという治水対策なので、「定量治水」と呼ばれることもあります。

したがって、想定した一定の洪水を超える大規模な洪水が発生した場合には、ダムや堤防が整備されていても水害が発生することは必然です。

山田正・中央大学理工学部教授が「しかし、そのような対策の整備が完遂したからといってそれはある一定程度の大雨に対する一定程度の安全を保障するものであり、水害発生リスクは常に存在することに注意しなければならない。」(2015年10月4日付け東京新聞)と言う意味は、そういうことです。

国が想定した一定程度の洪水を超えるような大洪水が起きた場合には、当然に水害は起きるのだから、被災者は運が悪かったと思ってあきらめてください、というのが国が採用している定量治水の考え方です。

国は、想定外の洪水には何の対策も用意していないのかというと、高規格堤防(スーパー堤防)だけは超過洪水対策として用意していますが、その対象は、人口や資産が集積した大都会を流れる河川であり、鬼怒川のような田舎の河川は対象外です。

また、スーパー堤防は高額であるという欠点を持つことは当然ですが、独立した事業としては実施されず、区画整理事業があるときに抱き合わせで実施されるので、完成が何百年先になるか分からないという欠点もあり、問題外の治水対策です。

山田氏は、河川整備計画の着実な実行が必要だと言いますが、定量治水の考え方に基づく河川整備計画を実行しても超過洪水には対応できませんから、鬼怒川大水害の再発防止策にはならず、見当違いの提案だと思います。

山田氏は、「百年、二百年先のわれわれの子孫へ安全な国土を残すための「必要な社会資本整備」として一定の治水予算の計上に国民が理解を示すことが必要である。」と言います。一般論としては正しいとしても、治水予算の使い道を問題としていない点で問題があります。

超過洪水対策がほぼ皆無である定量治水の下では、いくら治水予算を増やしてもダムとスーパー堤防に使われてしまっては、超過洪水があったときの国民の安全は守れません。

鬼怒川大水害を機に治水予算の増額という焼け太りをしようというのが、国土交通省とそれを支える学者グループの魂胆だと思いますが、「想定外の洪水はあきらめる」という治水を行ってきた役人と学者の責任が今こそ問われるべきだと思います。

(文責:事務局)
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