鬼怒川大水害に関する議論は妥当か

2016-01-12

●WEDGE編集部による記事は妥当か

鬼怒川大水害について色々な人が色々な意見を言うのは結構なことですが、的外れな意見が多いように思います。

鬼怒川大水害について2015年12月21日付けWEDGEに「水没する三大都市圏 鬼怒川決壊は人災に非ず」という記事があります。「鬼怒川決壊は人災に非ず」というのですから、国土交通省の職員が書いたような記事です。そこには次のように書かれています。

壊前日の(2015年9月)9日10時過ぎに愛知県知多半島に上陸した台風18号は、同日夕刻に温帯低気圧にかわった。関東南部では積乱雲が連なる「線状降水帯」が発生。関東平野を北上して栃木県で雨を降らせた。鬼怒川上流域には24時間あたり600mmを超える、数百年に一度の豪雨が降り注いだ。

鬼怒川堤防は「百年に一度の洪水を流せるよう」(関東地方整備局水災害予報センター長の津久井俊彦氏)に整備されていた。今回の豪雨は、はるかに整備基準を上回っていた。

しかし、「『平成27年9月関東・東北豪雨』の鬼怒川における洪水被害等について」(2015年10月29日 国土交通省 関東地方整備局)のP3には、「(石井地点上流域の)流域平均3日雨量は、501mm(年超過確率約1/110)を記録し、これまでの最多雨量を記録した。」と書かれています。

つまり国土交通省は、今回の鬼怒川での豪雨を約1/110の確率と計算しています。この計算が正しいとすれば、「数百年に一度の豪雨が降り注いだ。」という記述は、誤りということになります。1/110と「数百年に一度」が同じだと言う人はいないでしょう。

なお、第7回鬼怒川・小貝川有識者会議の資料「鬼怒川の流出計算モデルについて」P17には、石井地点上流の平均3日の1/100年超過確率雨量は495mmと書かれています。

1/100の石井地点の流域平均3日雨量が495mmで、1/110のそれが501mmということです。

記事には「鬼怒川堤防は「百年に一度の洪水を流せるよう」(関東地方整備局水災害予報センター長の津久井俊彦氏)に整備されていた。今回の豪雨は、はるかに整備基準を上回っていた。」と書かれていますが、今回の豪雨は、整備基準の1.2%増しにすぎないというのが、国土交通省の計算です。今回の豪雨は、「はるかに整備基準を上回っていた。」と言えるのでしょうか。

国土交通省が今回の豪雨は1/110と言っているのに、WEDGE記事が「数百年に一度の豪雨」と言うのは、国土交通省を免罪したいからでしょうか。

●降籏達生氏の記事も意味不明

huffingtonpostというサイトに降籏達生氏の「鬼怒川の堤防はなぜ決壊したのか」という記事があります。

降籏氏は、出典も示さずにいきなりWikipediaから次のとおり鬼怒川の水害の記録を引用します。

1723年(享保8年) - 五十里大洪水
1885年(明治18年) - 洪水
1889年(明治22年) - 洪水
1890年(明治23年) - 洪水
1896年(明治29年) - 洪水
1902年(明治35年) - 洪水
1910年(明治43年) - 洪水
1914年(大正3年) - 洪水
1935年(昭和10年)9月 - 台風に伴う温暖前線の活発化による豪雨で洪水
1938年(昭和13年)9月 - 台風による豪雨で洪水
1947年(昭和22年)9月 - カスリーン台風による豪雨で洪水
1949年(昭和24年)8月 - キティ台風による豪雨で洪水
1982年(昭和57年)9月 - 台風に伴う秋雨前線の活発化による豪雨で洪水
2002年(平成14年)7月 - 台風6号による豪雨で洪水

そして、「つまりここ最近の異常気象による洪水ではなく、鬼怒川流域は「線状降水帯」の発生によって大雨が継続して降りやすい地形なのである。」と書きます。

Wikipediaの上記記述から、なぜ鬼怒川流域に降る雨が線状降水帯に起因するものだと言えるのか、私には理解できません。

●「今回の雨量は想定を大きく超えていた」は冒頭の記述と矛盾しないのか

降籏氏は、「2. 100年に一度の大雨に耐える堤防ではなかったのか」において次のように書きます。

今回の降水量は鬼怒川流域の今市で24時間雨量541mmを記録している。鬼怒川ではこれまでの記録の残っている24時間最大雨量は289mmであったため、今回の雨量は想定を大きく超えていたことになる。

「鬼怒川ではこれまでの記録の残っている24時間最大雨量は289mmであった」とありますが、どこの地点での雨量か書かれていません。地点を指定しないで雨量を書かれても議論にならないと思います。

「鬼怒川では」と書く以上、おそらくは、鬼怒川の治水基準地点である石井地点(宇都宮市)だと思いますが、そうだとしても、「『平成27年9月関東・東北豪雨』の 鬼怒川における洪水被害等について」(2015年10月29日)p3には、これまでの最大の24時間雨量は311mmと書かれており、289mmではありません。289mmと書く根拠が全く分かりません。

それはともかく、冒頭で今回の洪水は、「ここ最近の異常気象による洪水ではなく」と書きながら、「今回の雨量は想定を大きく超えていた」と書くのは、支離滅裂ではないでしょうか。

●1/300洪水に耐える堤防をつくれという議論をなぜ持ち出すのか

降籏氏は、「では300年に1度の洪水にも耐えるようにすればいいのでは、という議論もでるだろうが、税金には限りがあるので、むやみにお金をかけられない。」と書きます。

なぜそのような議論を持ち出すのか理解できません。

降籏氏は、最後の方で、「今回決壊した付近は、国土交通省のシミュレーションでは10年に1度の大雨に対しても危険だと言われ改修計画が立てられていた。」と書いてます。

つまり、降籏氏は、鬼怒川の堤防は、100年に一度どころか、10年に一度の大雨にも耐えられない所があったのを知っています。10年に一度の大雨にも耐えられない堤防を長年放置してきたことが問題なのです。

そのことに触れずに、300年に一度の洪水でも越流・破堤しないような堤防を望む声を想定する意味が分かりません。

●堤防の問題点をなぜ指摘しないのか

降籏氏は、「3.堤防が弱かったのか」という項目において、堤防決壊のメカニズムについての4類型を示し、今回の洪水は越流が原因であり、「堤防に何らかの問題があったことによる(2)(3)(4)が原因ではないと考えられる。」と書きます。

降籏氏は、堤防に何らかの問題がなかったと言いたいようです。

降籏氏は、若宮戸地区で住民が2000年ごろから築堤を要望していた(2016年1月8日付け「週刊金曜日」)にもかかわらず、無堤の状態が放置されたことに触れていません。上三坂地区での決壊についても、決壊地点の堤防が計画堤防高よりも低く、天端幅も基準の6mに満たなかったことについても指摘しません。

堤防がないことや堤防の高さや厚みが不足していた状態がなぜ長期間放置されてきたのかについて降籏氏は全く興味がないようです。

降籏氏は、「今回決壊した付近は、国土交通省のシミュレーションでは10年に1度の大雨に対しても危険だと言われ改修計画が立てられていた。」と書いていながら、よくも「堤防に何らかの問題があったことによる(2)(3)(4)が原因ではないと考えられる。」と書けるものです。

●鬼怒川の河床は低下していた

降籏氏は、次のように書きます。

鬼怒川上流域では脆弱な地質と急峻な地形から、豪雨時には山腹崩壊や土石流が頻発している。このため、過去、たびたび土砂災害が発生してきた。
鬼怒川の川底はかなり上昇し、実際に水が流れる面積が小さくなっていたことが予想される。

「予想される」と書く意味が分かりません。「予想とは、未来のことについて、あらかじめ見当をつけること」(Wikipedia)です。降籏氏は、上記記述においてこれから起きることについて書いているのではなく、これまでの状況について書いていることは文脈上明らかです。

それはともかく、降籏氏の想像に反し、鬼怒川の河床は低下していたのです。

「鬼怒川河川維持管理計画」(2012年3月)のp4には、「鬼怒川らしさ」として、「上流部の側方侵食、下流部の河床低下や局所洗掘によって、堤防や護岸等の安全性が脅かされる河川。」と書かれています。

p12には、次のように書かれています。

鬼怒川では山地流域からの土砂供給量の減少や昭和 30 年代以降の大量の砂利採取(36 年間で 1億 2 千万 m3 と推定されます)により河床低下が著しく進行し、昭和 39 年の河床に比較して 4m以上低下している場所がある。

p12に掲載されている「鬼怒川の平均河床変動傾向」のグラフを見れば明らかなように、鬼怒川の河床低下は、下流部だけではありません。

いくら「鬼怒川上流域では脆弱な地質と急峻な地形から、豪雨時には山腹崩壊や土石流が頻発している。」としても、流域面積の1/3を占める巨大ダム群が鬼怒川に流入した土砂をせき止めてしまうのですから、下流に土砂が供給されなくなり、河床は下がる一方になるという道理が建設コンサルタントの降籏氏になぜ分からないのでしょうか。

ダム群より下流で合流する支流からの土砂の流入はあるという理屈はあるかもしれませんが、土石流が頻発するような所には砂防ダムが建設されていますから、やはり鬼怒川への土砂の流入量は鬼怒川上流ダム群にせき止められる量よりはかなり少ないのではないかと思います。

降籏氏は、ダムは十分に洪水調節機能を発揮したと評価しているのに、土砂の問題になると、なぜダムの存在を無視してしまうのか分かりません。

ちなみに、河床低下は上流のみにあったという河川事務所所長の発言を紹介する新聞記事があります。

下館河川事務所の伊藤芳則所長は、「上流の栃木県などは川幅が広く、川底の砂利を採取するなどして水深が深くなり、相対的に整備率が上がった」(2015年11月10日付け茨城新聞)と説明したようですが、上記「鬼怒川河川維持管理計画」のグラフが示すとおり、下流部でも河床低下は起きており、栃木県で砂利採取をしていた区間だけで河床低下が起きていたわけではありません。伊藤所長の説明は、事実に反すると思います。

●降籏氏はバランスが悪いと思わないのか

降籏氏は、「4ダムの放流記録によると、堤防が決壊した9月10日には4大ダムへ合計毎秒約3000トンの水が流れ込んでいるが、下流への放流量の合計は毎秒約1000トン。つまり1秒に約2000トンの水をダムに貯めて下流の被害の軽減につとめていた。」と書く一方で、「今回決壊した付近は、国土交通省のシミュレーションでは10年に1度の大雨に対しても危険だと言われ改修計画が立てられていた。」と平然と書きます。

降籏氏は、鬼怒川では、上流ではダムが完璧すぎるほど整備されているのに対して、下流では「10年に1度の大雨に対しても危険」な状態が長年放置されてきたというアンバランスに何の疑問も抱かないようです。

その理由は、降籏氏の仕事が建設コンサルタント会社の代表取締役で、「建設業界へのエール」が彼のブログのスタンスであることと関係があるのではないでしょうか。

結局、降籏氏が掲げた「鬼怒川の堤防はなぜ決壊したのか」というテーマの回答は、「洪水対策を行う治水事業費は、平成9年2.3兆円に対して、平成24年にはその33.8%である0.8兆円、平成27年には37.7%の0.9兆円と約1/3に削減されている。」ということのようですが、的外れだと思います。

確かに、全国的に治水事業費は減っていますが、八ツ場あしたの会のホームページの記事「マスコミ報道の誤り」の図3に示されているように、利根川水系では、河川改修の予算は減っても、ダムの予算は増えており、「堤防の強化対策を後回しにして、治水効果が希薄な八ッ場ダム等のダム建設に河川予算の大半が注ぎこまれている。」という状況だったのです。

降籏氏は、「今回の災害を教訓に、洪水の危険性を認識し、早期に対策を実施する必要がある。」と書きますが、事実を正しく認識しなければ、正しい教訓は得られません。

●降籏氏の言いたいことは「仕事をくれ」ということなのか

降籏氏の記事を読んで、最初は意味不明と思いましたが、何度か読み返すうちに、次のような意図があるとしか思えなくなりました。

「1.異常気象が原因なのか」では、異常気象が原因と言うほどのことではない、鬼怒川の水害はよくあることなので国土交通省に責任はない。

「2.100年に一度の大雨に耐える堤防ではなかったのか」においては、「今回の雨量は想定を大きく超えていた」ので、国土交通省に責任はない。

「3.堤防が弱かったのか」においては、堤防に何らかの問題があったことによるものではないので、国土交通省に責任はない。

「4.上流のダムが機能しなかったのか」においては、「結果として堤防が決壊したのでダムが洪水を防いだとは言えないが、水量の抑制には十分に機能したといえる。」ので、ダム整備優先で進めてきた鬼怒川の治水政策は間違いではなく、国土交通省に責任はない。

「5.なぜ防災対策が遅れたのか」においては、日本の河川は急峻なので水害が多いのは仕方がなく、国土交通省に責任はない。

鬼怒川の河床は、土石流などのために年々上昇してしまい、相対的に堤防の高さが年々低くなるのは自然現象だから仕方がないことであり、国土交通省に責任はない。

治水事業費は往年の1/3にまで削減されているのだから、大水害が発生しても仕方がないから、国土交通省に責任はない。

降籏氏の記事は、見事に、国土交通省を免罪するための作文になっていないでしょうか。国土交通省に責任はない、河川予算を増やせ、そして建設業界に仕事を回せ、これが降籏氏の言いたいことかと思われても仕方がないような記事だと思います。

●藤井教授も現実を知らない空論

夕刊アメーバニュースというサイトの防災学者の内閣官房参与「洪水の背景に治水予算削減」という記事があり、次のように書かれています。

東日本で降った記録的な豪雨により、鬼怒川を始め各地で河川が氾濫したことについて、「国土強靭化」を提唱する土木工学者で内閣官房参与でもある京都大大学の藤井聡教授がFacebookで自身の見解を述べている。

藤井氏は、鬼怒川の決壊した地点が治水事業の対象であったことを説明。最終的な結論としては調査が必要としながらも、鬼怒川の治水事業が完了していた場合に決壊を防げた可能性について「十二分以上に考えられます」と述べた。

さらに治水事業が完了しなかった背景に「治水予算の過激な削減」があることを指摘し、国土交通省がまとめた国内の治水事業費の推移を表したグラフを公開した。グラフによると、治水事業費は1997年の2.3兆円をピークに、以降は減少傾向にあるが、2010年を境に急激に減少。2012年にはピーク時と比較して約3分の1に縮小されている。

「鬼怒川の治水事業が完了していた場合に決壊を防げた」という議論は正しいのかもしれませんが、予算には限りがありますし、国土交通省では、用地を買収して堤防の幅を広げる計画を立てていたのですから、用地買収が簡単には進まないので現実には計画を短期間に完了させることは無理です。

毎年5兆円前後を軍事費に使うのですから、河川予算を潤沢に確保できるわけもなく、限られた予算の中で住民の命と財産を守るために事業の優先順位を考えるのが河川管理者の責務だと思います。

上記八ツ場あしたの会のホームページに掲げるグラフが示すように、利根川水系では河川予算はそこそこ与えられています。その予算をダムに優先して使ってしまい、堤防の整備を疎かにしてきたから今回の水害が起きたのです。

藤井氏の議論は、降籏氏と同様、単純に河川予算を増やせば水害は防げるという議論しか聞こえないのですが、(鬼怒川にダムの適地はもうありませんが、一般論として)「ダム優先の河川行政を改めるべきである」という視点を欠いた議論は的外れだと思います。

鬼怒川では、過去10年間で河川改修に使った予算は130億円です(塩川鉄也・衆議院議員が2015年12月20日に常総市で発言)が、湯西川ダムに1840億円を使っています。

藤井氏の主張は、鬼怒川ではダム予算が潤沢に使われていたという現実を無視した空論です。

また、藤井氏について次のように書かれています。

また鬼怒川の氾濫をめぐっては、決壊した茨城県・常総市三坂地区とは別に同市若宮戸地区でも越水が発生。若宮戸地区の越水については、同地区で民間の太陽光発電事業者がソーラーパネル設置のために自然堤防を削り取ったことが影響しているとも報じられている。藤井氏は、その点についても触れ、洪水の背景として「民間活動を自由にさせすぎる風潮」の影響もあると指摘。「もうこれ以上我が国は、無根拠な公共事業バッシングのみならず、自由化だ民営化だ規制緩和だと言って思考停止しながら騒ぎ続ける愚挙もまた、やめねばなりません」との見解を述べている。

この見解も的外れだと思います。

若宮戸地区の越水については、自然堤防を河川区域に指定していなかったことが問題なのであり、指定していれば、自然堤防を削り取る行為を規制できたはずで、そうなれば、被害もあれほど大きくならなかったはずで、「民間活動を自由にさせすぎる風潮」とは関係ないと思います。

(文責:事務局)
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