鬼怒川大水害訴訟で国が2024年6月28日に提出した準備書面(13)を読んでみました。
掲載しているのはcall4のサイトです。
●これまでの記事での誤字の指摘もれ
国の準備書面(13)の読後感想に入る前に、これまでの記事での弁護団の書面における誤字の指摘もれを記します。
弁護団の控訴答弁書p37で「義務を負荷(ママ)したりするする規定が」は「義務を負荷(ママ)したりする規定が」の誤りと思われます。
準備書面(1)(総論)p46で「維持でなくなっている」は「維持できなくなっている」と思われます。
●「判検交流」は司法の独立の放棄だ
本題に入ります。
指定代理人の筆頭は川勝庸史に変わっています。
裁判所から検察庁経由で出向してきた訟務検事です。
前任者の稲玉祐は、2021年に着任し、3年で交代です。短く感じましたが、異動としては普通でした。ただし、「判検交流」自体が異常ですが。
川勝の異動履歴は、新日本法規のサイトを見ると、2008年からの3年間についても「判検交流」の対象者になっており、今回は2度目の検察庁への出向です。
「判検交流」とは、東京新聞の記事によれば、「裁判官と検察官が互いの仕事を経験するため」だそうですが、事業を外形的に説明しているだけであり、目的の説明にはなっていません。
新聞で、ある事業を説明するなら、目的を説明していただくわけにはいかないのでしょうか。
ウィキペディアによれば、「判検交流には、法律家としての視野を広げる効果が期待されている」とされます。
「法律家としての視野を広げる」ための研修なら、観察者として検察や法務省の内部で当該職場の職員の仕事ぶりを見ればいいのであって、判事が実際に事件(2011年度までは刑事事件も対象でした。)を担当する必要があるとは思えませんし、研修期間も、1回、しかも3年間もやれば十分すぎると思います。
日本弁護士連合会などから禁止を要請されていますが、国家権力はインチキ裁判をやめようとしません。
国会議員も、この問題を追及しても票につながらないので、力が入らないのでしょう。
市民も「自分ごと」とは思わないでしょう。
福島瑞穂や牧山弘恵のような弁護士出身の議員が追及しても、市民が問題点を理解できないと、行政を動かすことは難しいと思います。
2度目の「判検交流」ということは、研修目的ではなく、何らかの仕事をさせるためと思われ、悪質だと思います。
前任者の稲玉祐の履歴を見ると、彼も2021年4月からの検事の着任は2度目でした。
稲玉の場合も研修目的から逸脱していると思います。
訟務検事は、「国の立場で、私人の訴えをもっぱら排斥する(屁)理屈を作っている」(阿部泰隆。2024年5月7日(不明確)付け赤旗)のですが、見聞を広めるためにそこまでする必要はないはずです。
法務省で私人を負かす屁理屈を捻り出してきた判事が裁判所に戻って公平な行政裁判などできるはずがありません。
要するに、「判検交流」とは、行政の立場で考える裁判官を養成することが目的だと考えざるを得ません。
「判検交流」をやっていたら、八百長裁判になるに決まっています。
そもそも、「判検交流」が始まった経緯は、「第二次世界大戦終結間もない頃、司法省に民事の専門家が不足していたことによる」(ウィキペディア)そうです。
しかし、このことは、理由の半分しか説明していません。
「司法省に民事の専門家が不足していた」から裁判官を司法省に出向させたと言っているだけであり、相互に交流する理由の説明になっていません。
交流とは、検事が裁判所に出向することも含まれます。
「司法省に民事の専門家が不足していた」ことと関係ありません。
注意すべきは、ことの始まりは、判事と検事の見聞を広めるという研修ではなかったということです。
司法省は、1948年に解体されているし、法務省に「民事の専門家が不足してい」るのであれば、民事に強い弁護士を雇えば済む話です。
実際、ウィキペディアによれば、「問題点を改善するために、法務省は検事を弁護士事務所に派遣したり、企業で研修させたりする制度を開始し、弁護士や大学教授、臨床心理士を調査員などに登用するようになったと説明している」そうです。(弁護士事務所とは、おそらくは、電力会社の顧問をするような大手の事務所を意味すると思われます。)
つまり、「司法省に民事の専門家が不足していた」という理由が現在では成り立たないことを法務省が認めているということです。
また、法務省が上記の改善策を講じているのなら、裁判官を、検察庁を通して法務省に出向させる必要性はないはずですが、それでもやめないということは、行政の立場で考える偏向裁判官を育てることが「判検交流」の目的だということです。
「判検交流」が裁判官の見聞を広めるための研修でもあるとすれば、行政を相手方とする訴訟を受任することが多い弁護士事務所に裁判官を派遣して、私人を勝たせるための理論を捻り出すことも、バランス上必要なはずですが、そんなことはやっていないと思います。
前記赤旗記事によれば、法務省に出向した裁判官は、2022年で84人もいるそうです。
行政のデタラメをチェックする立場の裁判所が司法権の独立性を放棄しているのですから、市民としては絶望するしかありません。(瀬木比呂志の「絶望の裁判所」を私は読みました。)
日本の司法制度の近代化は、いつになったら進むのでしょうか。
●計画の合理性で瑕疵を判断すべきでない
p5から始まる第1は、「改修計画」についての議論です。
野山宏の判例解説によれば、水害訴訟では、まずは、訴えが「改修の遅れ」型か「内在的瑕疵」型かが判定されなければなりませんから、いきなり改修計画の範囲の問題に引っ張り込まれるのは避けるべきですが、当事者双方が野山宏の判例解説を理解していないので、弁護団は、本件は「改修の遅れ」型ではないと言いながら、結局は、計画の合理性を判断基準とするので、この問題に引っ張り込まれることになります。
本件は「内在的瑕疵」型だと考えるので、修計画の範囲について議論する必要がないと考えます。
このことを踏まえた上で、第1における国の主張について一つだけコメントすることにします。
●地形と地質の問題に触れないようにしている
国は、p7で次のように言います。
「工事実施基本計画や河川整備基本方針、河川整備計画を定めるに当たっては、過去の主要な洪水及びこれらによる災害の発生の状況、土地利用の現状及び将来の見通し等を総合的に考慮する必要があり」
その根拠条文の一つとして、「平成9年改正前河川法施行令10条1号」が挙げられていますが、「平成9年改正前河川法施行令10条1項1号」の誤りです。
考慮事項として改定前の河川法施行令10条1項1号が挙げられていますが、そこには、「災害の発生を防止すべき地域の気象、地形、地質、開発の状況等を総合的に考慮すること。」と書かれています。
改定後の河川法施行令10条1号も同じ文です。
気象も無視されていますが、「地形、地質」がすっぽり抜け落ちていることが注目されます。
つまり、国は、「地形、地質」を考慮していなかったという自覚があるのだと思います。
国が「地形、地質」について調査をしてこなかったということではありません。
2002年度河川堤防設計指針に基づき、2006年度には、鬼怒川詳細点検結果をまとめています。
建設省と国土交通省は、調査はしたが、調査結果を考慮しなかったということです。
また、国土地理院が「地形、地質」について解説し、治水事業に役立ててほしいと願っても、河川管理当局は考慮しなかったということであり、これらの事実は、国の弱点だと思います。
国は、法令に従って河川を整備するための計画を立てたと言いますが、鬼怒川の「地形、地質」をどう考慮したのかについて説明していませんし、弁護団も説明を求めていません。
国が「地形、地質」を考慮していなかったことについては、弁護団は、時々言及はしていますが、一審からもっと大々的に攻めるべきだったと思います。
国は、法令に従って河川整備を進めたと主張しますが、それなら、鬼怒川の「地形、地質」をどう考慮したのかを釈明させるべきだったと思います。(ついでに言えば、整備の緊急性に言及する大東判決をどう考慮したのかについても釈明させるべきだったと思います。)
●略称の妥当性について疑問がある
p9から始まる第2は、スライドダウンについての議論です。
国は、p11で治水経済調査マニュアル(案)を「治水経済調査マニュアル」と呼んでいます。
治水経済調査マニュアル(案)の権威を高めたい国としては、そのように略称することはあり得る話だと思います。
しかし、弁護団は、控訴理由書p11において、「治水経済調査マニュアル(案)(以下「治水経済調査マニュアル」という)」と述べており、(案)を削って略称しています。
治水経済調査マニュアル(案)の(案)を削るという発想は、弁護団が提示しているのです。
いちいち「(案)」を付けるのは面倒だったのが略称にした理由かもしれませんが、そうだとすると、なぜ「(案)」が付いているのかを考えるべきだと思います。
(案)が付いているということは、決裁権者が決裁していないということでしょう。
決裁権者が決裁していないということは、正式な文書ではなく、本来なら外に出せる文書ではないということでしょう。
実務担当者が使いやすい研究者を集めて自分たちに都合のよいマニュアルを勝手に作らせて、決裁も経ていないということでしょう。
そのように権威のない文書から、わざわざ(案)を削って、権威があるもののように略称する弁護団の考え方が理解できません。
そもそも弁護団は、(案)が付いていることの意味を説明していないのではないでしょうか。
●結果論を前面に出してはどうか
弁護団は、スライドダウン堤防高(計画堤防高余裕高を差し引いた後の高さ)では絶対に越流しないと言い、国は、スライドダウン評価方式は、専門家が決めたのだから妥当だと言い、延々と同じ議論を繰り返していると思います。
国は、スライドダウン評価で工事の順番を決めたから、緊急性のある箇所を後回しにしたのであり、堤防高と地盤高を最重要視していれば、本件水害は起きなかったと思います。
堤防高を最重要視する考え方は、弁護団の独自の考え方ではなく、吉川勝秀という権威ある人物の考え方です。
弁護団は、吉川勝秀らの論文を引用している割には、ないがしろにしていると思います。
●弁護団は治水経済調査マニュアル(案)の目的を説明しないのか
弁護団は、治水経済調査マニュアル(案)は、合目的的に堤防の評価をしていることを説明すべきだと思います。
事業再評価は、第三者が客観的に行う評価ではなく、事業者自身が行う評価なので、評価の対象となる事業は継続する価値があるという結論を出すための評価です。
つまり、結論ありきの評価です。
ダムや堤防を築造する際に、既存の堤防の効果を高く評価したら、当該事業の費用対効果が1を上回らないことにもなりかねません。
つまり、堤防の効果を適正に評価したら、事業中止に追い込まれる可能性もあるということです。
したがって、既存の堤防の能力を過小評価することが治水経済調査マニュアル(案)に運命付けられていると言えます。
国が治水経済調査マニュアル(案)を作成するに当たって、どのような意図を持っていたかについては、内部告発でもない限り、証拠がない話ですから、憶測の域を出ないと裁判所に思われてしまうでしょうが、堤防の効果を過小評価するほど、ダム事業や堤防かさ上げ事業の費用対効果が大きくなるという関係があることは厳然とした事実です。
ただし、再三書いてきたように、既存の堤防の能力を過小評価する方法が河川工事の順番を決めるために無益かというと、理論的には別の話です。
弁護団は、堤防をスライドダウンさせて、更に計画堤防高余裕高を差し引いた高さの水位で破堤することは、現実的にはあり得ない話だから、改修工事の順番を決める際の堤防の効果の評価に使うことはできないのは当然のことだと主張するのですが、論理が飛躍していると思います。
問題は、緊急に整備すべき箇所をどうやって決めるのか、ということです。
破堤するかという問題について非現実的な条件設定をする評価方法であっても、危険性や緊急性の高さの順番を正確に表現できるなら、改修工事の順番を決める際の堤防の効果の評価方法として使うことはできるはずです。
弁護団の主張には、「非現実的な条件設定」=「危険な箇所の抽出に使えない」という非論理性があると思います。
弁護団は、「非現実的な条件設定」=「危険な箇所の抽出に使えない」という発想は論理的だと考えるので、自信を持って言い続けているのだと思いますが、私には理論的な発想だとは思えません。
例えば、弁護団の理論に従えば、確率1/1000規模の洪水でシミュレーションした堤防の安全性評価は、想定した外力の規模が非現実的であるがゆえに、意味がないことになります。
しかし、1/1000規模の洪水で危険な箇所の順番は、1/100規模の洪水で危険な箇所の順番と異なるとは思えません。
国の主張も確率を無視した詭弁なのですが、弁護団の主張にも非論理性があるので、どっちもどっちという印象が拭えないことが、水掛け論的な論争が続く原因になっていると思います。
●浸透を重視するのは本末転倒
p15以下では、「堤防の安全度を評価するに当たり、パイピングや浸透等を原因とする決壊に対する安全性を考慮する必要性があること」が主張されています。
しかし、高さを重視していれば、最も危険な箇所を抽出できたのに、浸透を考慮に加えたために、それができなかったのが鬼怒川大水害です。
浸透を重く考慮して、高さを軽く考慮することは、本末転倒です。
国は、高さの不足が破堤の危険を招くという吉川勝秀(建設省関東地方建設局下館工事事務所 所長の経歴を持つ)の教えを無視して、浸透への弱さを堤防の厚みで評価していたために、L21.00kのような、堤防高は低いが厚みは十分な箇所をそれほど危険な箇所とは評価できなかったのです。
もっとも、高さの不足が破堤の危険を招くことは、素人が考えても当然の話であり、吉川らの論文が画期的だったとしたら、それまでの河川管理の常識は異常です。 なお、異常な常識に従ってさえいれば免責されるという考え方は、大東判決の趣旨ではないと思います。
そもそも、浸透を重視する考え方は、昔からあったものではなく、2002年の河川堤防設計指針からですが、当事者はこの指針を無視して議論しています。
この指針を無視したままで有益な議論ができるのか疑問です。
●国はパイピングを認めている
国は、p16で、「第4回鬼怒川堤防調査員会資料(略)では、試掘調査結果の記載があり、基礎地盤の砂質土が川裏法尻部の弱部を通って噴出したと推測されている」と言います。
弁護団はパイピングを軽視しており、もったいない話だと思います。
●7箇所の溢水は地盤が計画高水位以下だった
国は、p17で水防活動について触れていますが、水防の責任は自治体にある(水防法第3条、第3条の6)のですから、被告が国である以上、水防活動に触れることが被害者側に得になるとは思えません。
国は、「同時多発的に水防活動を必要とするような異常事態が発生した」と不可抗力を匂わせて、有利な材料にしたいのだと思います。
国は、「7箇所で溢水が起きた」(p18)と言いますが、過去記事「控訴審被害者側準備書面(1)への感想(鬼怒川大水害)」のp98で書いたように、それらの無堤防箇所の地盤は、全て計画高水位よりも低かったのです。
洪水が異常に大きかったのではなく、無堤防で、しかも地盤高が計画高水位よりも低い状態を放置するという異常な河川管理が行われていたということです。
国が鬼怒川を1926年から2015年までの89年間にわたり管理していながら、計画高水位より低い箇所をたくさん残しておいて、年超過確率1/45の洪水が来て7箇所で溢水が起きると、「同時多発的に水防活動を必要とするような異常事態が発生した」から、洪水の規模が大きすぎたのであり、国は免責される、という理屈は筋が通らないと思います。
●改めて「上下流のバランス」が分からない
国は、p19で「上下流のバランスなどを総合的に勘案」して、鬼怒川の整備手順を決めたと言いますが、改めて「上下流のバランス」の意味が分かりません。
当事者には分かっているから、議論にならないのだと思いますが、私には分かりません。
もっとも、弁護団が今更、このことを問題にしても、時機に遅れた攻撃方法になってしまうと思います。
p22
「13.0kmから」→「右岸13.0kmから」
●2014年に用地調査に着手したばかりだった、はウソだった
国は、p23で「なお、左岸21.0km付近の用地買収については、左岸18.50km付近において、平成25年10月5日から平成26年5月30日まで「H25中妻地区(上)築堤護岸工事」(乙91号証6の工事)が実施されていたものの、本件氾濫時までに、左岸21.0km付近での一連での用地買収は完了しなかったため、堤防整備に至らなかったものである」と言います。
問題は、「本件氾濫時までに、左岸21.0km付近での一連での用地買収は完了しなかった」と言っていることです。
しかし、国は、被告準備書面(1)p58において、「当該地先の堤防についても、平成26年には用地調査に着手し、整備に向けて進めていた」と言っています。
「当該地先の堤防」とは、「上三坂地区の堤防」のことです。
なぜなら、被告準備書面(5)p22で「上三坂地区の堤防についても、平成26年には用地調査に着手し、整備に向けて進めていたところであって、改修の手順は妥当なものであった(被告準備書面(1)・57ページないし58ページ)。」と書いているからです。
つまり、被告準備書面(1)及び被告準備書面(5)で、上三坂地区の堤防について、2014年に用地調査に着手したばかりだったと言っていたのに、被告準備書面(13)では、被災時までに用地買収は完了しなかったと言います。
どちらかの陳述がウソであるということです。
国は、被告準備書面(1)及び被告準備書面(5)で、2014年に用地調査に着手したと言いましたが、証拠は示しませんでした。弁護団も証拠を示せと言いませんでした。
国は、乙108を提出し、被災時に未買収だった区間は、L21.157k(一審原告の準備書面(1)(総論)p65によれば)より上流の約93mであり、中三坂地先測量及び築堤設計業務報告書(2006年3月、共和技術株式会社、乙17)での設計対象だったL18.50k〜21.25kの区間延長約2.75kmの約3.4%にすぎないのですから、特に破堤区間(L20.863k〜21.063k)が含まれるL21.00k付近は2009年11月までに用地買収を完了していた(弁護団は証拠を持っているのに提出しませんが)のですから、「2014年に用地調査に着手した」だったという話がウソだったということです。
弁護団は、国がウソを述べたことを問題視しません。問題視していたなら、指摘していたはずだからです。
●設計対象区間は分割して施工できることを国は認めている
上記のとおり、国は、p23で「なお、左岸21.0km付近の用地買収については、左岸18.50km付近において、平成25年10月5日から平成26年5月30日まで「H25中妻地区(上)築堤護岸工事」(乙91号証6の工事)が実施されていた」と言います。
つまり、中三坂地先測量及び築堤設計業務報告書(2006年3月、共和技術株式会社、乙17)での設計対象だったL18.50k〜21.25kの区間延長約2.75kmのうち、左岸18.50km付近においては、2014年5月までに整備が完了していたと言います。ただし、「左岸18.50km付近」とは、正確には、L18.610k〜19.25kの延長640mの工区を指すと思われます(根拠は、水源連関係者が情報公開請求により取得した情報)。
つまり、管理道路面の高さ(実質的な堤防高)が計画高水位より低く、上記設計対象区間のうちで最も危険だった箇所を、分離して緊急に施工することは可能だったということです。
したがって、設計対象だったL18.50k〜21.25kの区間延長約2.75km は一括して施工する必要があったので、L21.157kより上流における用地が買収できない限り、L21.00k付近の破堤区間を整備することは不可能であった、という言い訳はできないはずです。
●弁護団は因果関係を立証していないと言われた
国は、p24で、控訴人(一審原告)らは、本件溢水と浸水被害との相当因果関係を立証していない、と言います。
私も訴状で破堤及び溢水による氾濫と損害発生との間の因果関係を原告側が主張・立証しているのかについて弁護団に質問したことがあったのですが、訴状p34で「本件水害において,原告らは,各自,別紙請求一覧表の請求金欄記載の金額を下回らない損害を被った。」と述べているので、因果関係の主張・立証をしたことになる、とのことでした。
「本件水害において,・・・損害を被った。」の一言だけで立証したことになるそうです。
因果関係の立証とは、そんな簡単なものでいいのかと感心しました。
それが損害賠償請求訴訟における常識かと思ったのですが、国が「相当因果関係を立証していない」と言っているので、常識ではないのかもしれません。
それにしても、控訴審の審理も終盤になってから「相当因果関係を立証していない」と反撃することが許されるのか疑問です。
●弁護団も定量的に主張すべきだった
氾濫水量については、弁護団も訴状の段階で定量的に主張すべきだったと思います。
国は、氾濫箇所ごとの氾濫水量を計算していないことになっているのですが、弁護団は、2018年には、福岡捷二らの最初の論文を引用することは可能でした。
瑕疵の有無についての判断が氾濫箇所ごとに分かれる可能性を考えたら、定量的な証明をする実益があり、必要でもあったと思います。
国は、氾濫箇所ごとの氾濫水量についての福岡らの計算は間違いだとか言ったかもしれませんが、それなら、国としての計算結果を示せ、という議論ができたはずです。
弁護団は、地裁判決の言渡しの日に「勝訴」と「敗訴」の札しか用意してこなかったのでしょうから、瑕疵についての裁判所の判断が氾濫箇所ごとに分かれる可能性を考えなかったのでしょう。
●氾濫水量が根拠不明
ちなみに、国は、「『平成27年9月関東・東北豪雨』に係る洪水被害及び復旧状況等について」(2017年4月1日)p36で氾濫水量は約3400万m3だと書いているのですが、氾濫箇所ごとの氾濫流量及び計算過程を情報公開請求によっても明らかにしません。
私は、2022年11月3日付けで「平成27年9月関東・東北豪雨』に係る洪水被害及び復旧状況等について(2017年4月1日)の36ページの氾濫水量約5300万立方メートル及び約3400万立方メートルの内訳(氾濫箇所ごとの氾濫水量及びその計算過程)が記載された資料」を関東地方整備局長あてに請求しましたが、2022年12月7日付けの「行政文書不開示決定通知書」を受けました。
不開示とした理由は、「取得・作成していないため、文書が存在しない」です。
国は、鬼怒川大水害の氾濫水量が約3400万m3だと書いています。
国土交通省の職員が計算したのではなく、委託費を払って、建設コンサルタントに計算させたのだと思います。
しかし、計算過程は不明だとのことです。
この情報公開請求について、詳しくは、過去記事「鬼怒川水害訴訟一審原告側控訴理由書を読んで」p2に記しました。
なお、当時私は、「平成27年9月洪水における鬼怒川下流区間の流下能力、河道貯留及び河道安全性の検討」(甲62。控訴理由書 p63)を国が作成した資料と勘違いしていましたので、おかしな記述があります。弁護団は、論拠とする論文を引用するなら、せめて著作者名を本文にも明記すべきだと思います。
●各事象と損害との間にそれぞれ相当因果関係のあることを前提とするのか
国は、p24で「そもそも、寄与度割合による損害賠償額の認定は、各事象と損害との間にそれぞれ相当因果関係のあることを前提とするものである」と言います。
「さらにいえば、本件において控訴人らが主張する損害については、本件溢水がなかったとしても、損害がなかった、とはいえないのであるから、相当因果関係を認める前提たる事実的因果関係を欠いている。そのため、本件において寄与度割合による損害賠償額の認定をすることは妥当でない。」(括弧書きは外しました。)と言います。
つまり、「寄与度割合による損害賠償額の認定は、各事象と損害との間にそれぞれ相当因果関係のあることを前提とする」と言います。
とんでもない謬見だと思います。
複数の原因が競合する場合には、「あれなければこれなし」(conditio sine qua non公式)は使えないとされています(ウィキペディア”因果関係 (法学)”)。
A,Bの2人の人間が独立にそれぞれCのコーヒーに致死量の毒を入れて死亡させたときにA,Bはそれぞれ殺人罪となるのか。
という問題があります。
裁判官でもある国の指定代理人の川勝庸史は、A,Bは無罪と考えるのでしょうか。
上記設例に「あれなければこれなし」の判断基準を適用すれば、Aが毒を入れなければCは死ななかったとは言えないし、Bが毒を入れなければCは死ななかったとも言えないので、事実的因果関係はないということになり、A,Bを罪に問うことはできません。
この結論は、常識を外れていると思います。
したがって、国の主張は、法学の常識を外れていると思います。
●証明の意味の理解が間違っている
国は、p25で「若宮戸地区及び上三坂地区における正確な氾濫水量を確定することは困難である。」とか「控訴人らの主張する氾濫水量が正確なものであることが裏付けられているとはいえない」と言います。
国は、証明の意味を理解していないと思います。
有斐閣の新法律学辞典によれば、「証明」とは、「訴訟上は、裁判官に係争事実の存否について確信を得させることを目的とする当事者の努力(挙証)又はこれに基づき裁判官が確信を得た状態」です。
裁判官が確信を得ればいいのであって、絶対的な真実を示すことが証明ではないはずです。
水害が起きた場合、河川管理者は、再発防止のためには、原因とメカニズムを究明することが必要です。
しかし、河川管理者は、原因の究明はしません。やると敗訴するおそれがあるからです。
鬼怒川大水害については、破堤のメカニズムについてのみ、鬼怒川堤防調査委員会で検討しましたが、正確な事実を確定したわけではありません。
推論をしただけです。
若宮戸地区での溢水については、国は、原因とメカニズムの究明を一切していません。
国が正確な原因とメカニズムを知らないのですから、被害者に正確な事実を求めるのは無理です。
一方、法は不可能を強いるものではないはずです。
水害訴訟において、被害者に完璧な証明を求めるとしたら、管理者側が常に勝つことになり、水害訴訟は成り立ちません。
証明は人間がやるのですから、合理的な推論により裁判官が確信を得ることが証明だと思います。
人を死刑にさえする刑事裁判においても、検察官は、完璧な証明を求められていません。
合理的な疑いを超える証明で足りるとされています。
確たる証拠がないのに死刑に処された人もいます。
日弁連のサイトによれば、最高裁判所は、次のように判示しています。
「訴訟上の証明は,通常人であれば誰でも疑いをさしはさまない程度に真実らしいとの確信を得させるもので足りる」(1948 年 8 月 5 日 最高裁第一小法廷判決)
氾濫水量を素人が計算したのなら裁判官が確信を得るのは難しいとしても、弁護団が、ある論文を引用し、国がその間違いを指摘するわけでもなく、他の論文は違う数値を出しているから正確かどうかは分からない、という程度の指摘しかしていないのですから、裁判所は、いずれかの論文の数値を採用すべきだと思います。
伊方発電所原子炉設置許可処分取消訴訟(1992年10月29日最高裁判所第一小法廷)でも、立証責任を専門的な知識のある行政側に転換しています。
●パイピングが起きたことは専門家の見方でもある
ちなみに、破堤区間でパイピングが起きたことについては、私のような素人だけが唱えていることではありません。
再三書いてきたことですが、鬼怒川堤防調査委員会報告書p3−32に「越水前の浸透によるパイピングについては、堤体の一部を構成し堤内地側に連続する緩い砂質土(As1)を被覆する粘性土(Bc 及びT)の層厚によっては発生した恐れがあるため、決壊の主要因ではないものの、決壊を助長した可能性は否定できない。」と書かれています。
パイピングの痕跡の有無という事実について一切触れずに、「発生した恐れがある」という仮定だけで、「決壊を助長した可能性は否定できない。」とまで言うのは不可解です。
「恐れ」とは、「(虞)よくないことが起こるかもしれないという心配。懸念。」(デジタル大辞泉)であり、将来に不安がある場合に使うものですが、過去の話に使っているので、誤用だと思います。「よくないことが起こった可能性」という意味で使ったとしか思えません。
また、「可能性は否定できない。」とは、どういう意味でしょうか。
「可能性がある。」とはどう違うのでしょうか。
「可能性がある。」ではダメなのでしょうか。
「発生した可能性があるため、決壊を助長した可能性がある。」と書くのが普通だと思います。
可能性を根拠とするなら、結論も可能性でしかないはずです。
ラジオC Mに「中央事務所より現金が戻るかもしれないお知らせです。お支払時に利息を払い過ぎていた可能性があるので、返金を受けてください。」というのがあります。
「可能性がある」だけで「返金を受けてください。」とは言えないはずです。
所詮「現金が戻るかもしれない」だけの話であり、可能性を根拠にしたら結論も可能性でしかありません。
「決壊を助長した可能性は否定できない。」には、否定したくともできない、という意味が込められていると思います。
単なる可能性なら否定できるはずです。
つまり、パイピングが決壊を助長したことは、ほぼ間違いないと言っているに等しいと思います。
しかし、その根拠となる事実を示さないのは不可解です。
パイピングの痕跡があることを隠しているから、こういう不可解な言い回しになるのだと思います。
マスコミも、パイピングの話を可能性の話とは受け取っていません。
日本経済新聞は、2015年10月5日 に「鬼怒川決壊、「パイピング破壊」が助長 国交省整備局調査委」という見出しの記事を発表し、次のように報じています。
「関東・東北豪雨の影響で、茨城県常総市の鬼怒川の堤防が決壊した原因を究明する国土交通省関東地方整備局の調査委員会が5日、さいたま市内で2回目の会合を開いた。堤防から水があふれる「越水」に加え、水が地盤に浸透して堤防が落ち込む「パイピング破壊」が決壊を助長したとの結果をまとめた。」
この記事は、「可能性は否定できない。」という言葉を使っていません。
だからといって、日本経済新聞が早とちりや誤解をしたとは思いません。
記者が取材して、感じたままを書いたものと思われ、これが正解だと思います。
大同大学の鷲見哲也教授は、そのブログで鬼怒川の破堤区間におけるパイピングの痕跡を写真で示しています。
鷲見は鬼怒川大水害について論文を書いていませんが、上三坂地区にパイピングの痕跡があったということは、歴とした学者の見解でもあり、素人の憶測ではないということです。
●氾濫水量の意味が混乱している
ちなみに、国はp25の表で論文ごとに氾濫水量の数値が異なることを示していますが、末尾の4本の論文は土木学会と地盤工学会がまとめたもので、若宮戸と上三坂に分けて数値を出しているのは、そのうち2本です。
https://committees.jsce.or.jp/report/system/files/関東・東北豪雨による報告書0524修正.pdf
若宮戸からの氾濫水量を約640万m3と計算したのは清水義彦であり、710万m3程度と計算したのは安田浩保です。
ただし、清水(上記pdfのp47から)だけは、若宮戸での氾濫箇所はL25.35k付近のみであるという前提で計算しています。なぜ、水深6mという最大のおっぽりができたL24.63k付近の溢水を無視するのか分かりません。そこでの溢水をなかったことにしたい、あるいは過小評価したい河川管理者への忖度でしょうか。
ちなみに清水は、「氾濫流量は合計約3600万m3」とか書いていますが、「氾濫流量」の単位が立方メートルというのは解せません。
安田(同じくp49から)は、若宮戸での溢水箇所を2箇所として計算しています。2箇所で710万m3程度としています。
清水説と安田説を比較すると、若宮戸の溢水箇所を1箇所とするか、2箇所とするかという大きな違いがあるにもかかわらず、若宮戸からの氾濫水量が約70万m3(約11%)しか違わないという話は不可解です。
福岡らは甲62で、若宮戸での溢水を「24.75〜25.35k左岸」として計算しています。つまり、若宮戸での溢水箇所を2箇所としています。
福岡らの論文の修正版(乙116の1)でも、同様の前提であり、それら2箇所からの氾濫水量の合計を1705万m3と計算しています。
若宮戸地区の溢水箇所を2箇所で計算した福岡らと安田の計算した氾濫水量がは次のとおりであり、違いすぎます。
若宮戸 上三坂 合計
福岡ら 1705万m3 1456万m3 3161万m3
安田 710万m3 2900万m3 3600万m3
なお、福岡らの修正前の論文(甲62)での若宮戸地区での氾濫水量について、国はp25の表で「2642万m3」と書いていますが、甲62p377に「無堤部等からの溢水による氾濫ボリュームは左岸側で合計2,642万m3」と書かれており、この数値は「左岸側」の5箇所の溢水箇所からの氾濫水量の合計です。
つまり、2642万m3には、左岸の45.9k付近(筑西市伊佐山)、44.1k付近(筑西市船玉)、32.8k(下妻市前河原)付近での溢水による氾濫水量も含まれています。
つまり、福岡らの論文による「若宮戸」の数値を並べても、修正の前後で、その意味が違うのですから、比較する意味がありません。
なお、福岡らは、甲62では、若宮戸地区からの氾濫水量を明記していません。ハイドログラフは、p376で示してはいますが。
国は、注釈を付けずに意味の異なる数値を並べています。
違うものを比較していることに気づかないのか、それとも、気づいていて、あえて裁判所の理解を混乱させようとしているのかは分かりません。
●「本件溢水」とは、L25.35k付近での溢水を指す
ちなみに、弁護団も控訴理由書p63及びp64で甲64を根拠に、若宮戸地区での溢水による氾濫水量が2642万m3であるかのような書き方をしていますが、そもそも日本語として成り立っていません。
「本件溢水による氾濫ボリュームは左岸側で2642万m3」と書いていますが、「本件溢水」とは、L25.35k付近での溢水を指すはずです(訴状p7)。
しかし、福岡らは、L25.35k付近のみでの溢水による氾濫水量について明記していません。
「本件溢水による氾濫ボリュームは」とは、L25.35k付近での溢水による氾濫水量は、という意味なのですから、その後に「左岸側で」と範囲を広げる言葉を続けることはできないはずです。
とにかく、2642万m3は左岸側の5箇所の溢水箇所からの氾濫水量の合計であり、「本件溢水(若宮戸地区の上流側溢水)による氾濫ボリューム」ではありません。
いずれにせよ、福岡らが修正版の論文を出したことを国が主張しているので、当初版の論文(甲62)の2642万m3という数値が採用されることはないと思います。
●福岡らの論旨が不明
福岡らは、「これより得られた流出流量ハイドログラフは、算定手法から見て最も信頼性の高い解析結果であると考えられる」(p1400)と豪語しますが、いろいろと問題があると思います。
「45.9k付近の伊佐山地区は、溢水が起きた箇所ではあるが、・・・溢水した水は堤内地に流れ込まず河道へ戻っていた」(p1399)と言います。
そして、p1400の図―1では、左岸側の堤防ライン(定義が説明されていませんが)を紫の線から赤波線に広げる修正をしています。
何が言いたいのかさっぱり分かりません。
●「溢水した水は堤内地に流れ込まず」は概念矛盾
そもそも、「溢水した水は堤内地に流れ込まず」は、概念矛盾です。
溢水とは、無堤防の部分から洪水が堤防類地から溢れて堤内地に流れ込むことのはずです。
「溢水が起きた」と言う以上は、水が堤内地に流れ込んだことを意味するはずです。
確かに、堤防ラインを広げれば、「水は堤内地に流れ込まず」という記述は正しいのですが、そうであれば、そもそも、溢水は起きなかったことになりますから、今度は、「溢水が起きた箇所ではある」という記述が誤りになってしまいます。
●何の権限があって堤防ラインの修正ができるのか
そもそも、中央大学の学者が何の権限があって堤防ラインの修正ができるのでしょうか。
おそらくは、論文の著作者に関東地方整備局河川計画課長の吉井拓也が加わっていることと関係があるのかもしれません。(当初版(2016年)の著作者には、同じく河川計画課長の出口桂輔が名を連ねていました。)
そうだとすると、福岡らの論文は、国の公式見解と見るべきかもしれません。
それはともかく、いくら河川計画課長が加わった研究とはいえ、「地形修正」と称して、堤防ラインを勝手に修正することが許されるとは思えません。
なぜなら、p1400の図―1の紫の線は、河川区域の境界線であり、河川区域の指定には告示が必要だからです。(1966年に指定された鬼怒川の河川区域告示図は、naturalright.orgのサイトのreference5で閲覧できます。)
福岡らは、洪水が河川区域の境界線を超えても、水は堤内地に流れ込まなかったと言っているのですから、かなりおかしなことを言っていると思います。
●河川敷に人家があると言いたいのか
p1400の図―1の写真を見ると、紫の線と赤波線の間には、人家があるように見えます。福岡らは、「伊佐山地区」というラベルで隠そうとしているように見えますが。
堤防ラインが赤波線だとすると、河川敷に人家が建っていたことになります。
そして、それらの人家は、2015年洪水で浸水したはずです。
福岡らは、河川敷(正確には河川区域内の高水敷)に建っていた人家が浸水したという認識でしょうか。
それとも、人家は、河川区域の外に建っていたという認識でしょうか。
●福岡らの計算では最大浸水面積は約33km2にしかならない
福岡らの計算では、最大浸水面積は約33km2にしかならず、つまり、公式見解の約40km2の82.5%にしかならず、福岡らの計算は、その程度の再現性しかないということです。
しかし、なぜか、氾濫水量3161万m3は、公式見解(3400万m3)と約7%しか違いません。おそらくは、このことを根拠に、福岡らは、「これより得られた流出流量ハイドログラフは、算定手法から見て最も信頼性の高い解析結果であると考えられる」(p1400)と豪語しているのでしょう。
●合計3161万m3とは何か
福岡らは、修正版(乙116の1)のp1400で「氾濫ボリュームは、若宮戸地点で1705万m3、三坂地点で1456万m3の合計3161万m3となる」と書いています。
しかし、同頁のハイドログラフを見ると、「合計」のグラフは、44.1k(船玉)と32.8k(前河原)も含めていると見るのが自然です。(そう見ないと、本文と図で「合計」の意味が異なってしまいます。)
そうだとすると、「若宮戸地点で1705万m3」が若宮戸地点だけで1705万m3という意味かは疑問です。「若宮戸地点で1705万m3」に44.1k(船玉)と32.8k(前河原)も含めている可能性も大いにあると思います。
福岡らは、修正前は、伊佐山地区を含めたので「氾濫流量」(「氾濫水量」の誤りではないかと思います。)が4000万m3と、大きくなったと言い、また、自ら算出した氾濫水量と国が算出した氾濫水量3400万m3(下妻市南部より下流の範囲)とを比較しているので、伊佐山地区で氾濫水が河道に戻らなかったとすれば、常総市役所の方まで達したと考えていると思います。
また、福岡らは、修正版で45.9k(伊佐山)での氾濫水量を除外し、研究の対象外としたのですが、44.1k(船玉)と32.8k(前河原)は残したということは、それらの2箇所からの氾濫水が鬼怒川・小貝川低地に達し、若宮戸と三坂からの氾濫水と合流したと考えているのだと思います。
しかし、国土地理院のサイトによれば、約40km2と推定される浸水範囲は、ほとんどが常総市であり、下妻市は、南端部分のみであり、私は、44.1k(船玉)と32.8k(前河原)からの氾濫水が鬼怒川・小貝川低地に達したとは考えません。
どちらが正解なのかは分かりませんが、私が正解だとすると、福岡らは鬼怒川の地形を理解していないことになります。
なお、浸水範囲についての情報は、naturalright.orgのサイトにまとめられていますので、ご参照ください。
●堤防類地でないところに河川区域境界線が引かれた
福岡らの論文の問題点から外れますが、ここでは、河川区域の指定の仕方に問題があることを指摘したいと思います。
上記のとおり、福岡らの修正版の論文のp1400の図―1の紫の線は、伊佐山地区の河川区域の境界線そのものです。左岸45.9k付近は川島橋(旧国道50号)のあるところで、飲食店の「まるじゅう」が目印です。もう少し上流はJ R水戸線の鉄橋です。
左岸45.9k付近の写真を国は一審で証拠提出しています。
乙76の「鬼怒川&小貝川イベントガイド2007年特別号」です。
p8右上の写真を赤枠で囲っています。
右岸11kの写真を示すことが立証趣旨ですが、全くのピント外れです。
赤枠の上側の写真は左岸11k付近です。
赤枠の下側の写真は「川島観測所付近」と書かれているように、川島水位観測所地点(45.65kとされています。)付近です。
河川管理者が鬼怒川のことを知らないことを露呈しているのですが、弁護団が気にする様子もありません。
鬼怒川概略点検結果表を見ると、左岸43.75k付近〜45.9k付近は、堤体基本断面形状が「山付き堤」と書かれています。(鬼怒川概略点検結果表については、過去記事「「概略点検結果一覧」でパイピングの危険性が指摘されていた(鬼怒川大水害)」で紹介し、一部を引用しています。)
したがって、河川区域の境界線より低水路側には、山付き堤の山(堤防類地)が存在しなければなりません。
しかし、乙116の1p1400の図―1の鬼怒川45.75kの河道横断図(時期は明記されていませんが、おそらくは2011年度定期測量)を見ると、紫の線より低水路側に高い地形はありません。河川区域を指定した1966年の状況は不明ですが、同様の状況だったと推測します。
そうだとすると、堤防類地でない箇所を堤防類地とみなして河川区域を指定するという、豊水橋右岸付近や若宮戸地区での違法な指定を伊佐山地区でもやっていたことになります。
ではなぜ、伊佐山地区では、高水敷の中に河川区域を指定したのかを想像すると、すでに高水敷に人家が建っており、河川敷に人家があるという状況を避けたかったからだと思います。豊岡町と同じ理由だと思います。
上記のとおり、福岡らは、「地形修正」と称して、「堤防ライン」なるものを紫の線から赤波線に移動したのですが、グーグルアースの2023年6月7日の画像を見ると、紫の線に沿って築堤されています。
福岡らの行った「地形修正」とは、何だったのか全く理解できません。
溢水はなかった、と言いたいのかというと、溢水が起きたことは認めています。
しかし、堤内地に水は流れ込まなかったと福岡らは言います。
しかし、溢水とは、堤防のないところで「川などの水があふれ出ること。」のはずです。(中部地方整備局のサイトから)
福岡らは、意味の分かる文章を書くべきです。
なお、福岡らの修正後の論文(乙116の1)については、naturalright.orgのサイトでも、つとに(2018年に)問題点を指摘しています(下記記事)ので、参照してください。
若宮戸の河畔砂丘 1 シミュレーションとは何か 無視されてきた若宮戸24.75k
https://www.naturalright.org/kinugawa2015/若宮戸の河畔砂丘/1-シミュレーションとは何か/
●裁判所はどの論文を採用すべきか
清水義彦説(乙116の2の3.2.2の論文)は、若宮戸地区での溢水箇所をL25.35kのみとしているので、下流のL24.63kの溢水をなかったことにしたい当事者としては、おあつらえ向きです。
しかし、そこからの氾濫水量は約640万m3であり、三坂からの氾濫水量2945万m3との対比は1:4.6であり、L24.63kの溢水をなかったことにしたはいえ、若宮戸の比重があまりにも小さく、逆に三坂の比重があまりにも大きく、実際の被害状況と合いません。
安田浩保説(乙116の2の3.2.3の論文)は、若宮戸地区での溢水箇所を2箇所として、若宮戸:三坂=710:2900=1:4ですから、三坂からの氾濫水量が80%を占めることになり、もっと不可解です。
上記のとおり、福岡らの論文(乙116の1)は、いろいろな問題を含んでいますが、結論から言って、瑕疵の有無についての裁判所の判断が氾濫箇所で異なる場合には、福岡らの論文に依拠すべきだと思います。
●国は福岡らの論文に関与している
国は、福岡らの論文に関与しており、今更、当該論文は学者が勝手に書いたもので、国としては与り知らないところであるとは言えません。
上記のとおり、福岡らの修正前の論文(甲62)では、関東地方整備局河川計画課長の出口桂輔が共著者となっており、修正後の論文(乙116の1)では、後任の同職の吉井拓也が共著者になっています。
注目すべきは、関東地方整備局河川計画課長という職の重要性であり、河川管理者としての中枢にある重要な職であることは言うまでもないと思います。
そして、論文の修正版を書くに当たって、共著者として加わった公務員の職名が同じで個人名だけが変わりました。
これらのことから、出口と吉井は、土木学会の会員として、個人的な興味で中央大学の研究に加わったということではなく、充て職として参加していたと見るべきだと思います。
つまり、国は、組織的に中央大学の研究に加わったのですから、今になって与り知らないとは言えないと思います。
福岡らの論文におかしな点(国の立場から納得できない点)があれば、共著者として意見を述べて、結論を修正することもできたはずです。
河川計画課長の意見を、福岡と田端幸輔の学者陣は、簡単には無視できないはずです。
したがって、福岡らの論文は、国の公式見解と見ることもできると思います。
(ちなみに、弁護団は、福岡らの論文の著作者に国土交通省関東地方整備局河川計画課長が加わっていることに関心がありません。なぜなら、甲62の証拠説明書を見ると、作成者は「福岡捷二外」としか書かれていないからです。)
そうすると、公式見解では、鬼怒川・小貝川低地の氾濫水量は3400万m3ということになっているのに対して、福岡らの論文では若宮戸と三坂の合計は3161万m3であり、約7%のズレがあるのですが、算出手法の違いを考えれば、この差は小さいと思います。
算出手法の違いとは、3400万m3は、浸水範囲を上空からスキャンして浸水面積と浸水深を読み取って乗じる方法と、氾濫水量を氾濫箇所ごとに再現計算して合計する方法との違いです。
●改めて清水義彦説の妥当性を検討する
ここまで検討して、L25.35kからのみの氾濫水量を明記した清水義彦説の妥当性を改めて検討します。
清水義彦説の問題点は、一つには、上三坂からの氾濫水量(約2945万m3)が大きすぎることです。
福岡らの論文(乙116の1)では、上三坂からの氾濫水量は1456万m3とされていて、清水義彦説では、そのほぼ2倍になります。
どちらかがひどく間違っていることになると思います。
どちらを間違いと見るべきかは、次の問題点と関わります。
二つには、全体の氾濫水量が大きすぎることです。
清水は、若宮戸地区について上流側溢水だけを計算して、合計約3600万m3になると言いますから、下流側溢水箇所からの氾濫水量を加えると、合計の氾濫水量は4200万m3にもなるかもしれず、そうだとすると、公式見解(3400万m3)及び福岡らの説(3161万m3)からかけ離れて大きくなります。また、上三坂からの氾濫水量約2945万m3は、全体の氾濫水量(4200万m3だとすると)の約70%となり、大きなウエイトを占めますが、若宮戸地区周辺の被害も大きかったことを考えると、溢水を過小評価しているように思われ、妥当性には疑問があります。
三つには、数値に自信がないことを自ら認めていることです。
清水は、「これらの推測値の妥当性、精査については、今後の検討課題である」とか「かなり粗い計算ではある」とか言っており、結果を検証して自信を持って算出した数値でないことを自認しています。
これに引き換え、福岡らの論文(乙116の1)は、3人の共著であり、個人の独断ではありません。
しかも、鬼怒川の管理の本家本元である関東地方整備局河川計画課長を充て職として引きずり込んでおり、国の公式見解とも見られる外形を呈しています。
福岡らの論文は、結論から見ても、氾濫水量を若宮戸:上三坂=1705万m3:1456万m3=1:0.85としており、若宮戸地区周辺での被害が大きかったことも考えれば、上三坂からの氾濫水量に約7割ものウエイトを与えることになる清水の説よりも、実感に即しており、問題点を含んではいますが、ましだと思います。
●上流側溢水箇所からの氾濫水量をどうやって特定するのか
福岡らの論文(乙116の1)を採用すべきだとして、若宮戸からの氾濫水量1705万m3は、2箇所の溢水箇所の氾濫水量の合計だというのですから、上流側溢水箇所(L25.35k付近)からの氾濫水量をどうやって特定するのかという問題があります。
1705万m3は2箇所の溢水箇所からの氾濫水量の積み上げであることは間違いないのですから、著作者は、溢水箇所ごとの氾濫水量を知っているはずです。
そうであれば、福岡を呼ぶのがベストですが、少なくとも、公務員の吉井を証人尋問できないものでしょうか。
それにしても、若宮戸の下流側溢水はなかったことにするという弁護団の方針がなければ、つまり、若宮戸での溢水は2箇所であったという事実に基づいて正攻法で攻めていれば、こんな苦労はしなくて済んだのです。
●時機に遅れた防御方法になるのか
弁護団は、福岡らの論文(甲62)を引用して、若宮戸からの氾濫水量の寄与度は67.4%だと主張しているのですが、国は、今のところ、寄与度が何割かという議論に付き合いたくないので、氾濫水量に関する論文は複数あって、どれが正解か分からないという理由で、氾濫水量に関する弁護団の主張全体を否認しています。
しかし、今後は、弁護団の主張する若宮戸からの氾濫水量は、2箇所の溢水箇所の合計であって、下流側の溢水箇所を含めるのは誤りである、という主張をしてくる可能性もあると思います。
しかし、今になって、実は下流側溢水もあったのだと主張することが許されるのかは、素人には分かりません。
●原判決は破綻している
控訴審で当事者が議論していますが、弁護団としては、国の主張に反論しているだけでは勝てないのであって、原判決の違法な点を指摘する必要があります。
水戸地方裁判所は、若宮戸地区原告らのみに賠償を認めた理由として、「上三坂地区及び水海道地区に住居所を有する原告らは、本件溢水だけではなく、上三坂地区での本件決壊をも原因として浸水被害を受けたものと認められ、上記原告らについて、仮に本件溢水がなければ同程度の浸水被害を受けることはなかったと認めるに足りる証拠はない。」(判決書p58)と判示します。
「上三坂地区及び水海道地区に住居所を有する原告らは、本件溢水だけではなく、上三坂地区での本件決壊をも原因として浸水被害を受けたものと認められ」るというのですから、本件溢水だけで提訴している浸水被害が生じるわけがありません。
しかるに、原告らに「仮に本件溢水がなければ同程度の浸水被害を受けることはなかったと認めるに足りる証拠」を求めるのは、理論が破綻しています。
そもそも、相当因果関係を検討する際に、複数の原因が競合している場合には、「あれなければこれなし」のテストは使えないという、ウィキペディアを読めば分かることを裁判官(訟務検事となった判事を含めて)が知らないということは、不可解です。
●損害額の算定方法に合理性がないと言うだけで反論になるのか
国は、p25で、一審原告らが主張する損害額の算定方法は、各自の居住地が異なり、浸水深も異なるが、「そのような事情を一切考慮することなく、本件溢水と本件決壊の氾濫水量の割合から損害額を導くものであり、合理性を有するものとはいえない。」と言います。
居住地区や浸水深の違いを考慮しろと言いますが、どう考慮したら、氾濫箇所ごとの寄与度が分かるというのでしょうか。
合理性を有する算定方法を提示せずに、相手のやり方に合理性がない、と駄々をこねているだけでは反論になっていないと思います。