決壊地点は「局所的に堤防が低い状況ではなかった。」は事実に反する(鬼怒川大水害)

2019-08-21

●鬼怒川堤防調査委員会報告書の記述は「局所的に堤防が低い状況ではなかった。」だった

前回記事では、鬼怒川の決壊地点の「堤防天端幅が約 6m」という鬼怒川堤防調査委員会報告書(以下「報告書」という。)の記述は、日本語としては成立しても、決壊地点付近の堤防が規格に適合していたとの誤解を招き、不適切であることを指摘しました。

今回は、堤防の高さに関する記述も不適切であることを書きたいと思います。

報告書のp2−14には、次のように書かれています。

2.3.2 決壊した左岸 21.0k 付近の堤防の状況
(1) 左岸 21.0k 付近の決壊前の堤防状況
決壊前の左岸 21.0k 周辺の堤防は、昭和前期に築堤された記録がある。決壊前の堤防形状は堤防天端幅が約 6m、堤防高と堤内地盤高の比高差は約 2m 程度であった。

また、決壊区間を含む約 500m の区間における堤防の高さは計画堤防高(施設計画上の堤防高さ)と比較しておしなべて低く、局所的に堤防が低い状況ではなかった。なお、出水時の越流水深は痕跡水位と堤防高から推定すると約 20cm となる。 また、決壊前の決壊区間の堤防天端は管理用通路としてアスファルトが施されていた。

「局所的に堤防が低い」部分はなかった、というのが報告書の結論です。

●国土交通省は2005年度に決壊地点付近を測量していた

少し古い資料ですが、2006年3月に共和技術株式会社が「中三坂地先測量及び築堤設計業務報告書」を関東地方整備局下館河川事務所に納品しており、そこには、「鬼怒川縦断成果表」という題名の表が載っていて、決壊した左岸21k付近の堤防に関する測量結果が記載されています。

報告書(鬼怒川堤防調査委員会報告書のこと)p2−14に「図 2.19 決壊前縦断図平成 17 年度測量成果より作成 」と書かれていて、その「平成 17 年度測量成果」が「中三坂地先測量及び築堤設計業務報告書」なのだと思います。

共和技術表紙

鬼怒川縦断成果表

また、この資料は、鬼怒川大水害訴訟(2018年8月7日提訴)における被告(国)の「越水が始まったと見られるのは、鬼怒川の左岸21.0キロメートルから約18メートル下流で、堤防高が計画高水位を約6センチメートル上回っていた地点である。」(答弁書p25)という主張の根拠ともなっており、大水害から10年前の資料ですが、その間に測量がされていないとすれば、重要な資料だと思います。

裁判での国の主張は、「越水が始まったと見られる」地点は、中間地点欄のNO112(赤枠表示)だというのです。NO112の現況堤防高が20.88m(Y.P.値)で、最小値だからでしょう。

そしてNO112の位置は、L21.00kの追加距離4497.825m−NO112の追加距離4480.000m=17.825mなので、「鬼怒川の左岸21.0キロメートルから約18メートル下流」の地点であるというのです。

NO112の位置を地図で確認しましょう。鬼怒川堤防調査委員会の第2回会議資料p7に次のとおり掲載されています。「被災前平面図(映像撮影位置)」です。青い大きな矢印が描かれているあたりがNO112です。ちなみに、一帯で最も低い箇所だったので、最初に越流したのはこの箇所だと思いますが、最初に破堤したとは限りません。

被災前平面図

●余計なものを外して表を作り直してみた

「鬼怒川縦断成果表」の「中間地点名」の欄に記載された測量地点を示す記号番号のうちの記号の意味は次のとおりです。

SP: Secant Point(曲線中点)
EC: End Curve(単曲線の終わり)
BC: Beginning Curve(単曲線の始まり)
EP: End Point(線形の終点)

表には「BP(Beginning Point)」がないので、表の後ろの方だけを切り取ったものだと思います。

紛らわしいことに、「鬼怒川縦断成果表」の「中間点名」のうち、SP、EC、BCの記号の付いた「中間点名」も測量地点であるかのように書かれていますが、それらの項には、「現況堤防高」と「現況堤内地盤高」の数値がなく、結局は測量をしていないので、それらの行を削除し、つまり測量結果の記載のある行だけを残し、さらに「区間距離」及び「現況堤防高−計画高水位」の欄を設けて、次のとおり表を作り直してみました。

鬼怒川縦断成果表リライト

両端を除き、基本的に40mピッチで測量していることが分かりますし、NO112における現況堤防高と計画高水位の差が5.6cmと極めて小さいことがこの表だけでも分かります。

●「鬼怒川縦断成果表」をグラフにしてみた

「鬼怒川縦断成果表」を上記のように加工した表をグラフにすると、下図のとおりです。

縦断成果表グラフ

測量地点の間隔は、両端の区間だけは40mピッチではないので、ご注意ください。

NO112の地点(L21.00kから約18m下流)の現況堤防高が際立って低いことがはっきり分かります。

この事実を言葉で、定量的にどう表現するかが問題です。

●越水開始地点の堤防は、あって当然の仮想堤防より80cmも低かった

仮に、(国がいう)越水開始地点(NO112)から60m下流地点(NO110+20.0)の現況堤防高Y.P.21.53mと、NO112から160m上流地点(NO116)の 現況堤防高Y.P.22.08mとを直線で結んだ堤防を仮想するならば、国が言う破堤開始地点における当該仮想の堤防の高さを直線補間して求めると、Y.P.21.68mとなり、同地点の現況堤防高Y.P.20.88mは、当該仮想の堤防の高さよりも80cmも低いことになります。(私よりエクセルに疎い人のために知ったかぶりをすると、「直線補間」(比例計算のこと)は関数forecastで計算できます。)

言葉で言っても分かりづらいので、上のグラフに補助線を入れた図を次のとおり示します。

成果表グラフ補助線

緑の補助線が仮想の堤防で、紫の垂直線がNO112の地点(L21kから約18m下流)の現況堤防と仮想の堤防高さの差です。

なぜ上記の堤防を仮想するのか、については、水は高所から低所に流れるのですから、連続した堤防で氾濫を防止する区間では、原則として、堤防も上流から下流に向かって低くなっていくべきものであり、下流よりも上流が低い堤防はあってはならないはずです。

ある地点の現況堤防高が計画堤防高を満たしていても、そこで溢れること(超過洪水)も想定すべきですから、そこより上流に低い箇所があるということは、当該低い箇所は危険性が非常に高い(もっと溢れやすい)ことを意味するはずです。上記「ある地点」が計画堤防高より低い場合には、危険性はもっと大きくなります。

どのくらい危険かを定量的に表現するには、堤防の高いところを直線で結んだ堤防を仮想して、その仮想堤防との乖離度を測るのは当然の発想です。

この発想は、別に私が考案したものではありません。

●常田名誉教授も破堤地点の堤防高は66cm低かったと言っている

もともとは、常田賢一・大阪大学名誉教授(一般財団法人土木研究センター理事長)が書いていたことを私がまねたということです。

常田は、2015年9月関東・東北豪雨による 鬼怒川の越流破堤要因および模型実験による粘り強い堤防構造の検討において、次のように書いています。

(1) 越流,破堤,浸水の状況
調査委員会の資料に基づくと,越流,破堤および浸水の基本的な状況は,以下ように整理できる.
a) 破堤地点の堤防高
破堤地点は堤防高 Y.P.20.88m,地盤高 Y.P.18.00m であり,堤防高は 2.88m,ほぼ3m である.なお,Y.P.(江戸川工事基準面)は Yodogawa Peil の略であり,江戸川堀 江の水量標の 0 を基準とした江戸川,利根川,那珂川等の水位の基準である(Y.P.=T.P. + 0.84m).

なお,上流 160m 地点(堤防高 Y.P.22.08m)と下流 120m(同 Y.P.21.13m)地点の間で,堤防の天端高が線形的に推移していると仮定すると,破堤地点の天端高は 0.66m 低かったと推察される.

原文でも図示されていないので一読しただけでは分かりにくいですが、私が書いたことと同じようなことを言っています。

違いは何かというと、上流側は同じデータ(NO116の現況堤防高)を使っていますが、下流側の現況堤防高について私は明確なデータが入手できた、越水開始地点から60m下流地点(NO110+20.0)のデータを使ったのに対して、常田は120m下流地点(NO109)のデータ(公表されていないが、特別に教えてもらったのだと思います。)を使ったということです。

下図は、報告書p2−14に掲載された図2.19です。

報告書2-14

常田は、報告書の図2.19で言えば、下流側のNO109の天端と上流側のNO116の天端が直線的につながっていたとしたら(常田は格調高く「堤防の天端高が線形的に推移していると仮定すると」と書きます。)、破堤地点NO112における実際の天端高は、その直線的な仮想堤防の天端高よりも66cm低い、と言っているわけです。権威を借りたいわけではありませんが、当代一流の防災学者が「そこだけ低かった」と言っている意味は重いと思います。

●堤防が、あって当然の高さより66cm又は80cm低いことの意味

鬼怒川堤防調査委員会は、「出水時の越流水深は痕跡水位と堤防高から推定すると約 20cm となる。」(p2−14)、「越水により川裏側で洗掘が生じ、川裏法尻の洗掘が進行・拡大し、堤体の一部を構成する緩い砂質土(As1)が流水によって崩れ、小規模な崩壊が継続して発生し、決壊に至ったと推定される。」( P3−15)と書いているのですから、NO112(L21.00kより約18m下流)の地点の現況堤防高が、あと66cm又は80cm高ければ決壊しなかったことになるはずです。

●「局所的に低かった」が事実ではないのか

そんなわけで、報告書の「(決壊が始まった箇所だけが)局所的に堤防が低い状況ではなかった。」という記述は、事実に反すると思います。

2005年度の時点で、NO112の堤防の高さが、計画高水位よりわずか5.6cmしか上回っておらず、その160m上流のNO116では、約120.2cmも計画高水位を上回っていたのですから、「決壊区間を含む約 500m の区間における堤防の高さは計画堤防高(施設計画上の堤防高さ)と比較しておしなべて低く」(p2−14)という記述も事実に反すると思います。

計画堤防高と比較して言うなら、一帯は計画堤防高を満たしていなかったものの、越水開始地点といわれるNO112では計画堤防高22.324m -現況堤防高20.88m=1.444mも差があったのに対して、160m上流のNO116では計画堤防高22.378m -現況堤防高22.08m=0.298mしか差がなかったのですから、つまり4.8倍以上の差があったのですから、これほどの違いを「おしなべて低く」=「一様に低く」と表現することは許されないと思います。

(文責:事務局)
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