地形の意義を考えない論文がある(鬼怒川大水害)

2019-01-21

●若宮戸地区の地形を河畔砂丘とする論文

この記事では、地形の意義を考えない論文が少なからずあることをお知らせします。

まずは、正当にも地形の意義を理解し、若宮戸地区に河畔砂丘の存在を認める立場の論文は以下のとおりです。

新潟大学の災害・復興科学研究所の「平成27年9月関東・東北豪雨」による茨城県常総市内の越水・破堤被害

次のように書かれています。

若宮戸地区の鬼怒川左岸の河畔砂丘帯の一部において,幅約200mにわたり河畔砂丘が高水敷と同程度の高さまで削平されており,10日未明の鬼怒川の水位上昇に合わせて,削平部分から洪水が流入した.


鬼怒川破堤地点付近における氾濫堆積物の粒度分析

執筆者:佐藤 浩(日本大学)

次のように書かれています。

破堤地点(常総市上三坂)の氾濫堆積物と自然堤防堆積物,溢水地点(下妻市若宮戸)の氾濫堆積物と河畔砂丘の堆積物を粒度分析した。その結果を報告する。


鬼怒川・小貝川低地における人為的土地改変による洪水、液状化災害に対する脆弱化過程

執筆者:青山雅史(群馬大)

次のように書かれています。

1947 年時点における若宮戸地区の河畔砂丘は、南北方向の長さが 2,000m 弱、東西方向の最大幅は 400m 弱であった。


日本地理学会災害対応委員会「防災における地形用語の重要性」

執筆者:久保純子

次のように書かれています。

若宮戸にはもともと「自然の高まり」があるため、人工の堤防はつくられていませんでした(図1)。この「自然の高まり」の正体は、「河畔砂丘」という地形です。「十一面山」ともよばれている若宮戸の河畔砂丘の標高は 23m 位です(以前は 30m 以上ありましたが削られたそうです)。その背後の県道付近の標高をみると 18〜19m 位なので、河畔砂丘は 4〜5m の比高(高低差)をもった小山、ということになります(写真 1)。


平成27年9月関東・東北豪雨鬼怒川災害調査報告書(2016年7月1日)応用生態工学会会長特命鬼怒川災害調査団

次のように書かれています。

これらの地点は河畔砂丘が形成されている箇所で無堤区間であるが,25.5k左岸付近においては,官有地ではなく民地であったことから砂丘の掘削がなされ,それにより溢水が大規模化したと見られている.(p3)


2015年関東・東北豪雨災害 土木学会・地盤工学会 合同調査団内部報告会(2015.12.15)関東・東北豪雨における茨城県西部での河川被害状況と被災後の状況について

執筆者:
村上 哲(茨城大学工学部),安原一哉(茨城大学ICAS),小荒井衛(茨城大学理学部)
小林薫(茨城大学工学部),伊藤孝(茨城大学教育学部),須田真依子(茨城大学農学部)
熊野直子(茨城大学ICAS),山中稔(香川大学工学部),NPO法人GIS総合研究所いばらき

次のように書かれています。

無堤防区間における外水氾濫は地形条件が効く。河畔砂丘が人工改変された箇所での溢水被害が大きかった要因解明が必要。砂丘発達のプロセスと地形改変(砂丘の掘削)の影響の調査の実施。


鬼怒川水害の地理空間情報解析

執筆者:小荒井 衛 1,中埜 貴元 2,村上 哲 3,安原 一哉 4
1 茨城大学 理学部,2 国土地理院 地理地殻活動研究センター,3 福岡大学 工学部,4 茨城大学 名誉教授

次のように書かれています。

若宮戸地区は地形的には河畔砂丘で,周辺より標高が高いため無堤区間となっている.(p12)


●地形の意義を考えないと思われる論文

地形の意義を考えているとは思えない論文は、以下のとおりです。

国立研究開発法人防災科学技術研究所防災基礎講座:地域災害環境編

次のように書かれています。

この大規模出水により,水海道では水位がまだ堤防天端の 2.5 m 下にあった早朝の時点において,水海道から12 km 上流の若宮戸(旧石下町)において越水氾濫が生じました.ここの河岸には標高 20 m,河川敷からの比高 5 mの幅広く高い自然堤防があり,盛土堤防はつくられていませんでした.(p35−4)

若宮戸地区の地形が自然堤防であるという説を唱えるなら、そういう説があってもいいですが、それならそれで、国土地理院の見解にきちんと反論してほしいと思います。

茨城大学 平成27年関東・東北豪雨調査団報告書2016年3月25日(要約編+資料編)

次のように書かれています。

自然堤防(鬼怒砂丘)からの溢水は、ソーラーパネル設置のために、自然堤防(砂丘)を掘削したことが被害を拡大したと言われている(p67)


執筆者は、自然堤防=河畔砂丘と考えているようです。

p3、33、39では、正しく「河畔砂丘」と書いています。執筆者が入れ替わっているせいでしょうか。

平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による関東地方災害調査報告書2016 年 3 月2015 年関東・東北豪雨災害 土木学会・地盤工学会合同調査団関東グループ

次のように書かれています。 執筆者:二瓶泰雄・大槻順朗

国交省によると、図4.3−16に示すように、元々、この区間は自然堤防が存在したが、上流側25.35k地点では、河川区域外においてソーラーパネル設置のために自然堤防の掘削が長さ200mにわたり行われた(H26年3月頃)。(p90)


ただし大槻順朗は、p168で「若宮戸に存在する河畔砂丘」について解説しています。

■2015年 9 月10日に茨城県常総市て_発生した洪水災害の特徴[自然災害科学 J. JSNDS 34 -3 171 -187(2015)](現在はネット検索できません。)

執筆者:山本 晴彦1・野村 和輝2・坂本 京子1・渡邉 薫乃1・原田 陽子1

次のように書かれています。

越水箇所は新聞報道等では民間の太陽光 発電事業者がソーラーパネルを設置するために, この自然堤防の一部を掘削したことが水害の要因 になったのではないかとの指摘もされている。写真では,太陽光発電パネルと鬼怒川の間にある自 然堤防の丘陵地が幅約150 m にわたって掘削され て,樹木も伐採でなくなっている状況が確認できる。(p18)


■2015年 9 月鬼怒川水害の要因に 関する考察
執筆者:土屋 十圀1

次のように書かれています。

ここは,河畔砂丘(自然堤防)の微高地であり, 堤内地は樹林河岸近くまで事業者による太陽光パネルが設置されていた。自然堤防は前後の堤防より低いため住民・市の要望から事業者と協議し, 国が平成26年 7 月,大型土嚢を積み上げていた。 しかし,これらは洪水によって一部を残し跡形もなく流失した。(p8)


関東・東北豪雨による水害検証特別委員会報告書平成28年6月関東・東北豪雨による水害検証特別委員会

次のように書かれています。

○平成26年3月から太陽光パネルの設置工事が開始され,自然堤防が掘削されていた。(p9)


平成 27 年関東・東北豪雨による鬼怒川破堤災害調査報告

執筆者:山梨大学大学院 末次忠司

次のように書かれています。

洪水により、午前 6 時すぎに鬼怒川 25k 左岸の常総市若宮戸地区で幅 150m にわたって越水が始まった。この区間には自然堤防があったが、太陽光発電事業者により約150m、高さ 2m が削られていた。


一般財団法人 災害科学研究所 平成 27 年度災害等緊急調査報告書−平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による常総市の洪水災害調査−平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による鬼怒川の破堤箇所の現地調査による知見と考察2015年10月13日

執筆者:大阪大学大学院教授常田賢一

次のように書かれています。

現地調査は、以下の行程で実施した。ここで、常総市三坂地区は鬼怒川左岸 21km 付近の破堤箇所であり、若宮戸地区は鬼怒川左岸 25.35km 付近の越流箇所である。なお、後者は、民有地でソーラーパネル設置のために、自然堤防の一部が造成され、堤防が低かったとされる箇所である。


平成27年9月関東・東北豪雨による災害の総合研究

次のように書かれています。

破堤・越流が生じた若宮戸や上三坂地区には,鬼怒川流域の中では大きめの自然堤防(河畔砂丘を含む)が分布している。(p43)

河畔砂丘が自然堤防の一部だと考えているようです。

茨城県・鬼怒川堤防の越水溢流と決壊による災害の実態

執筆者:池田 碩 (奈良大学名誉教授)、大西 一憲(株式会社都市整備技術研究所)

次のように書かれています。

この「鹿島神社」より下流 2 ヶ所で越水溢流が始まり洪水氾濫に至るが,この部分には人工堤防はなく,一帯は「自然堤防」のみの地域であった。しかもその自然堤防自体が個人の所有地であり,数年前からこの自然堤防を含む周辺地で,新エネルギー電源開発目的の「ソーラーパネル群」が個人の業者により施工されていた。その工事の折,自然堤防の一部をカットしていたことが越水の原因ではと問題になっている。


鬼怒川の洪水被害と洪水波の形成について

執筆者:上野 鉄男

次のように書かれています。

鬼怒川の右岸の越水地点の上流約 600m から下流約 600m の 1.2km の区間には,自然堤防が形成されていて河川堤防がなかったが,民間の太陽光発電業者がソーラーパネルを設置するために,この自然堤防を 150m にわたって約 2m 掘削した。


常総水害の背景にあるもの

執筆者:大豊 英則

次のように書かれています。

自然堤防が太陽光発電施設建設のため切り下げられていたと報じられ,その開発及び河川管理者との関わりについて,適切なものだったかは議論が生じている。


●学者に猛省を求める

少なくない学者/研究者が治水地形に関心が薄かったことが、マスコミや一般市民が治水地形に関心が向かず、まんまと国土交通省のワナにはまってしまったことの一因になっているように思います。

鬼怒川大水害について論文を書いている学者/研究者は、人の命と財産を守るために河川工学や防災の専門家として生活しているのであれば、基本を守り、溢水地点の地形は何かをしっかり押さえるべきだと思います。

溢水地点の地形が何であったかを知らなければ、原因が分からないと思いますし、対策も提言できないと思います。

一部の学者/研究者に猛省を求めるのは酷でしょうか。

(文責:事務局)
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