氾濫シミュレーションで浸水面積が最大となる破堤地点は左岸22kではない(その1)(鬼怒川大水害)

2021-11-06

●原告側の準備書面(8)と(9)は矛盾しないのか

鬼怒川の氾濫シミュレーションについて、原告ら準備書面(8)p19には、次のように書かれています。

H26鬼怒川浸水想定区域検討業務報告書(甲27号証)には鬼怒川流域において氾濫地域が最大になる破堤地点を選んで浸水想定区域を計算した結果が記されている。その視点で選ばれた破堤地点が2015年の本件洪水の破堤地点21kmに近い22km地点である。図5(甲27号証 同報告書2-36頁の図2.4-16)のとおり、「鬼怒川左岸22k地点破堤時を想定した浸水解析結果 最大浸水深図」において、左岸22km地点で破堤すると、氾濫水が鬼怒川左岸側の広い範囲に広がっていく過程が示されている。図5では、左岸22km地点で破堤すると、2015年9月の本件水害と同様に、常総市の大半が洪水に呑まれていく様子が明確に示されているのである。

図5とは、下図のことです。

原告側は、H26鬼怒川浸水想定区域検討業務報告書(2015年3月、株式会社建設技術研究所。甲27)によれば、氾濫地域が最大になる破堤地点は左岸22kであると言っています。

L22k浸水範囲証拠

ところが、原告ら準備書面(9)p11には、次のように書かれています。

H26鬼怒川浸水想定区域検討業務報告書(甲42)には鬼怒川流域における浸水想定区域を計算した結果が記されている。
図10(甲42 同報告書3−64頁 図3−3−21)は、「鬼怒川左岸25.35k地点破堤時を想定した浸水解析結果 最大浸水深図」である。
図10のように、左岸25.35km地点で破堤すると、氾濫水が鬼怒川左岸側の広い範囲に広がっていく過程が示されている。
このように、若宮戸地区は、破堤すれば、常総市の氾濫域が最大となることを国土交通省が予見していたところであった。この報告書は2015年3月のものであるが、鬼怒川の浸水想定はもっと前から行われているから、被告が同様な認識を以前から持っていた。
以上のとおり、若宮戸地区で堤防が決壊すれば、洪水が常総市街の大半を襲い、大規模な水害になることは、被告が本件洪水前から予見していたことであったのである。

図10とは、下図のことです。

左岸25.35kで氾濫した場合のシミュレーションを示して、「若宮戸地区は、破堤すれば、常総市の氾濫域が最大となる」と言っています。(訴訟では被災当時堤防がなかった若宮戸地区について破堤とか決壊とか言わない方が裁判所を混乱させないと思います。)

L25.35k浸水範囲

つまり、原告ら準備書面(8)では、左岸22kで破堤した場合に浸水地域が「最大」となると言っており、同(9)でも、左岸25.35kで氾濫すると氾濫域が「最大」となると言っています。

どちらで氾濫しても浸水面積が最大になると言っていますが、矛盾しないのでしょうか。

●浸水面積が最大となる地点は左岸22kではない

下図は、左岸22.00k(新石下)、左岸25.35k(若宮戸)及び左岸26.50k(下妻市鎌庭)で氾濫した場合の想定浸水区域を比較したものです。(左岸26.50kの浸水想定区域もH26鬼怒川浸水想定区域検討業務報告書によります。ちなみに、この地点は、鎌庭捷水路の旧河道との接合部で、確かに注意すべき箇所なのですが、2011年度測量での堤防の余裕高は1.77mであり、天端幅は28.80m(2004年6月測量)もあり、破堤するとは思えない箇所です。)

面倒なので面積は計測しませんが、左岸26.5kで破堤氾濫した場合が3箇所のうちで最大であることは、一目見て明らかです。

新石下と若宮戸の2箇所とも「最大」となると言うのは矛盾ではないのか、という問題ではなく、そもそも、どちらも「最大」ではないのです。

特に左岸22.00kの浸水区域は、左岸23kより上流に拡散していない上に、基本的に八間堀川を超えておらず、原告側がなぜこの破堤地点で浸水区域が最大になると言うのか理解が困難です。

浸水範囲比較
出典:H26鬼怒川浸水想定区域検討業務報告書
※3枚とも25mメッシュで計算してある。

そもそも、H26鬼怒川浸水想定区域検討業務報告書(以下「報告書」という。)には、どの地点で氾濫した場合に浸水想定区域が最大となるかの記述は見当たりません。

●浸水想定区域の大小は計算してみなければ分からないはずだ

報告書(表紙を含めて202ページ)で最初に「左岸22k」が出てくるのは、12ページ目です。

左岸32地点、右岸38地点、合計70地点の破堤地点での浸水想定区域図が出てくるのが119ページ目以降188ページ目までです。

浸水想定区域図が最大となる地点を初っ端から選定することはできないはずです。

●左岸22kのシミュレーションはメッシュサイズの検討のために行った

そもそも、左岸22kは、「破堤地点」(報告書では、溢水と破堤を区別していないようです。)として想定されていません。

下表は、「破堤地点一覧」ですが、左岸22kは、含まれていません。

破堤地点一覧

ではなぜ左岸22kについて詳細なシミュレーションを行ったのか、ということですが、メッシュサイズを検討するためです。

下図は、報告書のp2−18、p2−19です。

既往計算結果
メッシュサイズ分析

要するに、メッシュサイズを決定するために既往解析結果から大規模に氾濫する破堤地点として拡散型の氾濫形態となる左岸22k(常総市新石下)を選定して検討したということです。

ちなみに、その結果、25mメッシュが適切であるとされました(報告書p2−45)。

●左岸22kの氾濫シミュレーションは既往のものの方が浸水範囲が広い

ちなみに、下図は、報告書のp2−18で引用された既往の氾濫シミュレーション(上図)と報告書p2−36においてメッシュサイズ設定のために建設技術研究所が行ったそれ(原告側が引用したもの)とを並べたものです。

地図の縦横の比率が異なっていたので、報告書でのシミュレーションの地図に合わせてあります。

なお、既往の氾濫シミュレーションの破堤地点は、左岸22kではなく左岸22.25kのように見えます。

建設技術研究所による計算結果(左側)は、いかにも控えめです。

見た目ですが、左側の浸水面積は3割以上小さいと思います。

既往計算結果と比較

●左岸20.25kの氾濫シミュレーションの方が浸水範囲が広い

下図は、報告書における左岸22kを破堤地点とするシミュレーション(メッシュサイズの検討のため実施)の結果と左岸20.25kを破堤地点とするシミュレーション結果を並べたものです。

左岸20.25kを破堤地点とする場合の方が浸水面積が大きいことは明らかです。

また、水海道地区では、浸水深が3mを超える区域もあり、想定される被害は甚大です。

下図からも左岸22kを破堤地点とする場合に浸水面積が「最大」となるという見方は誤りだと思われます。

L20.25kと比較

●古くて浸水面積の大きいシミュレーションを証拠とするのが筋ではないのか

原告側は、「被告は、左岸21k付近で氾濫が起きれば甚大な被害が生じることを従前認識していたはずだ」という主張をするために、被告が行った氾濫シミュレーション結果を証拠として提出するのですから、実施時期が古いもの、甚大な被害が生じることを示すものを提出するのが筋であり、それが普通の発想だと思います。

それを、わざわざ本件水害のわずか半年前に実施されたとされ、なおかつ、浸水想定区域の面積が小さい方の氾濫シミュレーション結果を証拠とするのですから、独特の考え方です。

原告側は、被告は、従前甚大な被害を想定していたわけではなかった、と言っていることになります。主張と証拠が食い違っていると思います。

●左岸22kは浸水面積が最大となる破堤地点ではない

以上の検討により、左岸22kは浸水面積が最大となる破堤地点ではないので、「H26鬼怒川浸水想定区域検討業務報告書(甲27号証)には鬼怒川流域において氾濫地域が最大になる破堤地点を選んで浸水想定区域を計算した結果が記されている。その視点で選ばれた破堤地点が2015年の本件洪水の破堤地点21kmに近い22km地点である。」(原告ら準備書面(8)p19)という記述は、誤りだと思われます。

●報告書の左岸22kでの氾濫シミュレーションによる浸水面積は本件水害と同様ではない

次に、「図5では、左岸22km地点で破堤すると、2015年9月の本件水害と同様に、常総市の大半が洪水に呑まれていく様子が明確に示されているのである。」(原告ら準備書面(8)p19)という記述は事実でしょうか。

下図は、左は、建設技術研究所がメッシュサイズを検討するために行った左岸22kを破堤地点とした氾濫シミュレーション結果であり、右は、国土地理院が推定した本件水害による浸水範囲です。茶色の点は建物を示します。

両図の違いとして注目すべき点は、左岸22kより上流の浸水範囲が違うのは当然なので、さておくとしても、報告書でのシミュレーションでは、多くの住宅が浸水を免れていることです。

下流部の水海道地区の住宅のほとんどが浸水を免れています。常総市役所も浸水しません。また、左岸20kから上流にかけて(三坂町、大房、新石下)存在する住宅の多くが浸水を免れています。

同様か

定量的に考えるために、報告書での左岸22kの浸水範囲をグーグルアースプロの面積測定機能で面積をごく大雑把に測定しました。

細かい凸凹を捨象しているので、過小な値かもしれませんが、浸水面積は約14km2となりました。正確にはもっと広いとしても、せいぜい約16km2ではないでしょうか。

そうだとすると、報告書での左岸22kの浸水範囲は、本件水害の浸水面積約40km2(根拠:被害報告書p36)の40%でしかありません。

したがって、両者の浸水範囲が「同様」とは、とても言えないと思います。

L22kポリゴン10

●シミュレーションでは常総市の大半が洪水にのまれていかない

原告側は、「図5では、左岸22km地点で破堤すると、2015年9月の本件水害と同様に、常総市の大半が洪水に呑まれていく様子が明確に示されているのである。」と言います。

「本件水害と同様に」と言えないと思われることは、前記のとおりです。

「常総市の大半が洪水に呑まれていく」という表現が妥当でしょうか。

そもそも「大半」とは、「半分以上。過半。転じて、大部分。あらまし。」という意味であるとされ、普通は半分以上という意味に受け取るでしょう。

常総市の面積は、123.64km2です(根拠:常総市webサイト)。

鬼怒川大水害における常総市での浸水面積は約40km2とされています。

つまり、常総市の約32%が浸水したということであり、常総市の大半が洪水にのまれたという表現が妥当だったとは思えません。

ましてや、報告書がメッシュサイズの検討のために行った左岸22kでのシミュレーションでは、浸水面積が約16km2だと推測され、そうだとすると、常総市の面積の約13%ですから、常総市の「大半」には当たらないと思います。

●提出するなら被災当日の記者発表資料でしょう

関東地方整備局は、2015年9月10日 13時20分に(根拠:常総市水害対策検証委員会による報告書)「12時50分利根川水系 鬼怒川 左岸 21k付近 茨城県常総市新石下(11日に三坂町に訂正)地先で堤防が決壊しました。」という内容の「鬼怒川はん濫発生情報 6号」と題するメールを常総市に送信し、おそらくは直後に同じ資料を記者クラブに発表しました。資料は、現在でも関東地方整備局のサイトに掲載されています。

資料には、L21kに近い地点であるL20.25kを破堤地点とした氾濫発生情報図が添付されていました。下図の右側がそれです。被災当時、下館河川事務所のサイトで公開されていました。

原告側が提出した氾濫シミュレーション結果(下図の左側)は、浸水面積が2〜3割は小さいように見えます。

どちらの資料を証拠として提出したら原告に得か、という発想が必要ではないでしょうか。

なお、整理番号8の図の右側で報告書におけるL20.25kを破堤地点とする計算結果を挙げておきましたが、浸水範囲が広すぎます。L26kあたりまで氾濫水が到達していてリアリティーがありませんし、新しい(実は被災後の)シミュレーションなので、それを提出することが得策とは思いません。

既往計算結果11

(文責:事務局)
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