被告は氾濫域の地形と利用状況を考慮していなかった(鬼怒川大水害)

2022-03-22

●今回記事の結論

今回記事の結論は、次のとおりです。
(1)被告は、氾濫域である鬼怒川・小貝川低地が水害に脆弱であることを知らなかったと言っている。
(2)知らなかった以上、被告は、氾濫域の自然的・社会的条件を考慮せずに河川整備を進めてきたことになる。
(3)したがって、被告が氾濫域の状況を考慮して整備を進めてきたという主張は虚偽である。
(4)そして、流域の自然的・社会的条件を考慮せずに河川整備を進めることは、政令及び判例に違反する。

特に言いたいのは、(2)の、被告は、氾濫域の自然的・社会的条件を考慮せずに河川整備を進めてきたことです。

●鬼怒川・小貝川低地とは

鬼怒川・小貝川低地とは、「西を結城台地に,東を筑波一稲敷台地に挟まれた南北約20km,東西約4kmの低地で,鬼怒川及び小貝川により形成された自然堤防や後背低地などからなる。」(斎藤英二ら「茨城県南西部における最近の測地学的変動について」)という定義が一般的だと思います。

「低地」とは言っても、河畔砂丘や自然堤防のような高い地形も含みます。

被災後の2017年3月に作成された文書ですが、国土交通省 国土政策局 国土情報課が「土地分類基本調査(土地履歴調査)説明書 常総」のp8には、鬼怒川・小貝川低地の範囲が図示されており、p16には、次のように説明されています。

鬼怒川・小貝川低地の高度は、地区北端の下妻市宗道付近で 18〜22m、中央部の石下付近で 15〜18m、南部の水海道付近では 10〜15m と南に向かって低くなる。この低地では、自然堤防、旧河道、氾濫原低地の地形が明瞭に認められる。

この地域の氾濫原低地は、鬼怒川および小貝川が形成した自然堤防に周囲を囲まれ、いったん水が流入すると容易に排水しない地形となっている。また、現在の本川河道から分岐する形状をもつ旧河道は、それを横断する堤防などの河川構造物の弱点となりやすく、水防上破堤や漏水が発生しやすい箇所とされている。

(若宮戸地区がT.P.20mで水海道地区にある常総市役所が13mだとすると、約3.5kmで7m下がることになりますから、1/1928の地形勾配ということになります。緩勾配とはいえ、下流での氾濫水が容易に遡上するとは思えず、上流で氾濫する方が被害が大きくなるはずです。)

次も被災後に書かれたものですが、駒澤大学のサイトの常総水害(平成27年9月関東・東北豪雨)というページには、「この鬼怒川と小貝川の間の低地は、水害には脆弱な地域で」と書かれています。

防災基礎講座:地域災害環境編の鬼怒川下流域のページにも鬼怒川・小貝川低地の特徴が記されています。

そもそも、治水地形分類図によれば、鬼怒川・小貝川低地の多くを氾濫平野と後背湿地が占めており、水害に弱い地域であることは明らかです。(氾濫平野と後背湿地の災害との関係は、治水地形分類図解説書(2015年)p7参照)

●被告は鬼怒川・小貝川低地の特徴を知らなかったと主張した

氾濫域の自然的・社会的条件について、原告側は、訴状p16で次のように主張します。

鬼怒川左岸25km付近より下流の小貝川に挟まれた流域は,低湿地であるうえ,その最下流に常総市水海道の市街地が形成されており,外水氾濫があると浸水被害の規模(面積,水深)も質(被害額)も大きくなりやすい流域であった。

これに対し、被告は、2018年11月28日付け答弁書p26で次のように主張します。

「鬼怒川左岸25km付近より下流の小貝川に挟まれた流域は,低湿地であるうえ,その最下流に常総市水海道の市街地が形成されており,外水氾濫があると浸水被害の規模(面積,水深)も質(被害額)も大きくなりやすい流域である」との部分は不知、その余は争う。

「不知」とは、文字どおり知らないという意味なのですが、訴訟では、それ以外の意味を含むようです。

民事訴訟法第159条第2項には、「相手方の主張した事実を知らない旨の陳述をした者は、その事実を争ったものと推定する。」と規定されているので、「不知」とは、「相手方の主張した事実を知らない旨の陳述」をすることであり、その効果は、「その事実を争ったものと推定する。」ということであり、相手の主張を認めないのですから、否認の一種ということだと思います。

人生を実験するブログというブログの【第36回】認める・否認・不知とは(2)というページには、「「不知」は「否認」と同じ効果となりますが、「否認」が積極的に相手方の言うことは事実ではない、と言い切るものであるのに対して、「不知」は自分はそのことに関係していないから、あったというなら証拠を出してくれ、という意味のようです。」と解説されています。

そうだとすると、被告は、鬼怒川・小貝川低地という氾濫域の状況と鬼怒川の河川管理は関係のない問題なので、裁判所に採用してもらいたかったら、原告側が証明すればいい、と言っていることになります。

鬼怒川下流部の地形や開発の状況なんて河川管理に関係ないと言っていることになります。

被告が鬼怒川・小貝川低地が水害に脆弱であることを認識していないのですから、そのことを考慮した上で堤防整備をするはずがなく、被告が堤防等の低い箇所を放置するのも当然です。被告は管理者失格だと思います。

●「不知」は貫かれている

被告は、鬼怒川・小貝川低地という氾濫域の状況について不知という立場を貫いています。

被告は、2020年10月16日付け被告準備書面(5)p23で次のように言います。

被告は、前記の河川管理の諸制約を前提として、洪水による被災履歴、流下能力の状況及び上下流のバランスなどを総合的に勘案し、治水安全度の低い箇所を優先しつつ、いわゆる下流原則に基づき原則として下流から上流に向かって、堤防の整備を行ってきたものであり、ある地点が破堤した場合における氾濫域の広狭といった要素も、これらの考慮事項の一つである。

この主張は、原告ら準備書面(5)p25〜28の鬼怒川下流部左岸側(いわゆる鬼怒川・小貝川低地)は氾濫すれば大規模水害となる場所である、という原告側の主張への反論です。

原告側の主張は、鬼怒川・小貝川低地は、「大規模な水害が生じる自然的及び社会的条件下にあった」という訴状p26での主張の繰り返しです。

これに対し、被告は、「ある地点が破堤した場合における氾濫域の広狭といった要素も、これらの考慮事項の一つである。」と言い、「氾濫域の広狭」について考慮したのかについて曖昧な言い回しをしており、明確に考慮したと断言しません。

いずれにせよ、原告側が訴状でも指摘している、鬼怒川・小貝川低地の脆弱性について、被告は、未だに肯定も否定もしていません。

原告側が「被告はそのこと[おそらくは、「大規模な水害が生じること」の意]を本件洪水前に予見していたのである。」原告ら準備書面(5)p28とまで言って決めつけているのに、被告は、予見していた、とも、していなかった、とも言わないのです。

したがって、被告は、「不知」(地形や開発の状況なんて関係ない)という姿勢を貫いていると言えます。

鬼怒川・小貝川低地が水害に弱い場所であるという当たり前の事実を被告が認めない(否認するでもない。)ことが鬼怒川大水害の本質を表していると思います。

●本当は被告は鬼怒川・小貝川低地の脆弱性を知っていた

鬼怒川の治水においては、鬼怒川・小貝川低地の脆弱性にどういう配慮をするかが改修計画(改修計画がない場合は、工事箇所を決める場合)の出発点となるべきです。

実際、被告も、事業再評価資料である「2002年度鬼怒川改修事業」p6において、下図のとおり、(旧)水海道市東部が被害ポテンシャルの大きい場所であることを示しています。

2002再評価

「2007年度鬼怒川改修事業」p16においても、下図のとおり、常総市東部が浸水している画像を描いて、この地域の被害ポテンシャルが大きいこと示しています。

被告は、被災前は、常総市東部で氾濫すれば大水害となることを予見していたと言えます。

ちなみに、2011年度以降の再評価資料からは、常総市東部の脆弱性を示す記載がなくなります。(ただし、2011年度鬼怒川直轄河川改修事業p16には、「下流部ではベットタウン(ママ)として人口が増加しています。流域は人口、資産が下流部に集積しているため」という記載はありますが、鬼怒川の治水の最大の課題が1ページを割いて記載されることはなくなったのです。)

その理由として想像されることは、どこが危険と国に言われたら、常総市の地価が下がるじゃないか、という苦情が来たことですが、洪水ハザードマップを公表する世の中の流れは止められないとすると、再評価資料で表現を抑えても意味がないと思います。

あるいは、国が危険区域を明示すると、住民が不安になるからやめてほしいという苦情があったのかもしれませんが、国は、下流部の堤防整備を怠っているのですから、住民が不安になるのは当然であり、不安を除去する手段は整備することであり、危険区域の明示をやめることではないはずです。

2007再評価

ところが、裁判が始まると、被告は、鬼怒川・小貝川低地の脆弱性なんて知らないよ、とか、そんなの関係ねえ、と言い出すのです。

つまり、鬼怒川の整備事業の継続について事業評価監視委員会にお墨付きをもらおうとする場合には、常総市東部が水害に弱い場所なので堤防整備により、そこを守れます、と言いながら、水害を起こした責任を免れようとする際には、常総市東部が水害に弱いなんて知らない、初めて聞いた、そんなの関係ない、と言い出すのですから、ご都合主義の極みです。

鬼怒川・小貝川低地が脆弱である事実を認めてしまうと、知っていながらなぜ弱点(堤防等の低い箇所)を放置した、と小貝川水害の例までほじくり返されて攻められる可能性が想定されるし、否認するにしても理由が見当たらないので、訴訟では不知を貫くことが最も得策だと判断したのでしょう。(しかし、この作戦が新たな矛盾を生みます。「知らないはずの事実を考慮した」というウソをつかざるを得なくなったということです。)

実際には鬼怒川下流部の堤防等の弱点を放置してきたのに、被告が事業再評価で常総市東部の被害ポテンシャルが高い、という真っ当なことを言った理由はなぜかという問題がありますが、答えは、常総市東部の被害ポテンシャルが大きいという認識は建前でしかなかったということだと思います。

実際は、ダムで洪水を制御できるから、鬼怒川下流部に水害は起きないと思い込んでいたのでしょう。

下流部で堤防等が脆弱であることは、ダムで水位を下げればカバーできると考えていたのでしょう。

●被告は「氾濫域の状況」を考慮したと主張した

被告は、鬼怒川の整備を進める際に考慮した事項を何回も述べていますが、「氾濫域の状況」を考慮したことを明確に主張したのは1回だけです。

被告が挙げた考慮事項は、次のとおりです。
(ア)被告準備書面(1)p9及びp11

p9では、被告は、考慮事項だと言っていませんが、鬼怒川の流域の地形等について説明しています。

「流域の地形等」と銘打ちながら、山地と平野部の割合及び上流、中流、下流の区間を説明しているだけであり、整備する際の考慮事項ではないでしょう。

p11では、「氾濫域の状況」に触れるのですが、自治体の名称とか産業とかの、整備の際に考慮すべき事項と関連のないことを説明するだけです。

鬼怒川・小貝川低地が甚大な被害を生みやすいという本質的に重要な問題には触れていません。

(イ)被告準備書面(1)p42

ここでは、「関東地方整備局管内(略)の直轄河川に限って見ても、(略)過去の洪水の経験、既往洪水規模、氾濫域の状況等を踏まえ、順次整備を進めざるを得ない。」と言います。

具体的な考慮事項として、次の三つを挙げます。

「氾濫域の状況」を考慮したと言いますが、この記述は、関東地方整備局の直轄河川について一般論として述べたものであり、鬼怒川の整備について述べたものとは言えません。

(ウ)被告準備書面(1)p48

ここでは、「堤防の嵩上げ及び拡幅に当たっては、洪水による被災履歴、流下能力の状況及び上下流のバランスなどを総合的に勘案し」と言います。

具体的な考慮事項として、次の三つを挙げます。

鬼怒川の整備の話になると、「氾濫域の状況」を考慮事項に挙げないのですから、考慮したとは読めません。

「氾濫域の状況」が「など」に含まれるとしても、主要な考慮事項ではなかったということです。

(エ)被告準備書面(1)p50

ここでは、「鬼怒川の全域にわたって、溢水、漏水、洗掘、すべり等を含め97箇所で被災が生じた。このように、本件降雨は、それまでに観測された降雨や洪水とは、規模や性質が大きく異なるものであった。そして、本件洪水が発生した地域における過去の自然災害発生状況等を踏まえても、上記のような異例な降雨に対しても対応できるような改修を要する緊急性が存在したことを認めるに足りる事情は見当たらない。」と言います。

緊急性を考慮した、ということだと思います。

しかし、緊急性を検討した証拠があるわけではなく、振り返って後付けをすると、緊急性は見当たらないという程度の話だと思いますから、緊急性を考慮して整備を進めたことの説明になっていないと思います。

以下は、ちなみに、の話です。

緊急性を考慮したと言いたいのなら、重要水防箇所の重点区間を放置した理由を説明すべきです。(もっとも、原告側は、重要水防箇所は避けて闘うつもりでしょうから、議論は、こういう展開にはなりません。原告側は、緊急性という言葉を、1箇所の例外(原告ら準備書面(8)p21)を除いて使わないのですから、問題の本質を緊急性の問題だとは捉えていないということです。)

それにしても、「本件降雨は」という主語が、途中で「降雨や洪水とは」となり、洪水を加えてしまうのですから、日本語として成り立っていません。

揚げ足取りをしたいのではありません。

異常だったのは降雨なのか洪水なのかは、不可抗力の成立を判断する上で決定的に重要な問題であるにもかかわらず、被告は、おそらくは意図的に、主語を入れ替えて、裁判所を錯誤に陥れようとしていると考えられます。

【不可抗力論に反論していないのではないのか?】

書面の読み方が不十分なのかもしれませんが、原告側は、この不可抗力論に反論していないのではないでしょうか。

原告側が不可抗力の抗弁を予想して先回りして封じようとしていると思われるくだりが、次のとおり、訴状p31にあります。

本件水害における水海道観測所での最大流量は,9月10日午後1時頃の4000m3/秒程度であったが,25.35km付近の若宮戸では午前6時頃から溢水が始まった。午前6時の流量は鬼怒川水海道観測所で2684m3/秒であり,若宮戸では水海道観測所でのピーク流量よりかなり小さい流量の段階で早くも洪水が溢れだしたのである。この時の水位は約21.3mで,計画高水位22.4mに対して約1.1mも低いレベルであった。日本一の大河川で,しかも,人口稠密な関東平野を流下する利根川の最大級の支川である鬼怒川で,この程度の洪水を安全に流下させることができなかったのである。

この記述で不可抗力の抗弁を封じたと言えるのかはともかくとして、若宮戸地区に限った主張であり、三坂町の破堤について主張したとは受け取れません。

「不可抗力が認められれば、[国家賠償法]2条の責任は成立しないので、不可抗力は免責事由として機能するが、確定的に瑕疵がないことを裏面から説明する概念であり、瑕疵概念と表裏一体のものとみるべきものである。」(大浜啓吉「行政裁判法」p465)という学説があります。

そうだとすれば、2015年に実際に水害が起きたのですから、管理に瑕疵があったか、不可抗力だったか、のどちらかになるということです。(ただし、飛騨川バス転落事故第1審判決では、天災と人災の寄与度を決めて被告の責任を判断する割合的減責論で裁いたようで(根拠:石橋秀起「営造物・工作物責任における自然力競合による割合的減責論の今日的意義」p163)、つまり、天災か人災か二分論で判断すべきでないという考え方も実務に存在した(現在は支持者なしか?)ので、不可抗力をめぐる議論は単純ではありません。むしろ、二分論で判断しない方が原告は勝ちやすいと思いますが、ここではさておきます。)

そうであれば、降雨又は洪水が異常だったという主張には、原告側は丁寧に反論する必要があったと思いますが、反論した部分が見つかりません。

(オ)被告準備書面(5)p8

ここでは、「関東地方整備局管内の直轄河川に限ってみても(略)過去の洪水の経験、既往洪水規模、氾濫域の状況等を踏まえ、順次整備を進めざるを得ない(財政的制約及び時間的制約)」と言います。

「氾濫域の状況」が考慮事項とされますが、ここは、被告準備書面(1)p42の繰り返しの部分なので、やはり、関東地方整備局管内の直轄河川についての一般論にすぎません。

鬼怒川の整備において「氾濫域の状況」を考慮したという主張とは受け取れません。

(カ)被告準備書面(5)p10

ここでは、「鬼怒川の改修工事に当たっても(略)限られた予算の範囲内で、下流原則に従いながらも、過去の洪水の経験、既往洪水規模、氾濫域の状況等を踏まえ、必要に応じて用地買収も進めつつ、整備が急がれる箇所又は区間から順次これを進めていく必要があった」と言います。

具体的な考慮事項として、次の事項を挙げています。

鬼怒川の整備について、「氾濫域の状況」を「踏まえた」(考慮した、という意味でしょう。)と正面切って言っているのはここだけです。

しかし、どこの氾濫域をどう考慮したのかは不明です。

原告側は、求釈明申立てをした方がよかったと思います。

(キ)被告準備書面(5)p23

ここでは、「被告は、前記の河川管理の諸制約を前提として、洪水による被災履歴、流下能力の状況及び上下流のバランスなどを総合的に勘案し、治水安全度の低い箇所を優先しつつ、いわゆる下流原則に基づき原則として下流から上流に向かって、堤防の整備を行ってきたものであり、ある地点が破堤した場合における氾濫域の広狭といった要素も、これらの考慮事項の一つである。」と言います。

具体的な考慮事項は次のとおりです。

「氾濫域の広狭」については、それも考慮事項の一つになるね、と言っているだけであり、考慮したとは読み取れません。

日本語として厳密に読めば、「氾濫域の広狭」を考慮事項としてきたという意味になると思いますが、そういうつもりではなかったという言い訳ができる構造の文章だと思います。

いずれにせよ、「考慮事項の一つである。」という言い方を「考慮した」と読むのは困難です。

(ク)被告準備書面(8)p4

ここでは、「被告は、平成13年以降(略)河川管理の諸制約を前提として、洪水による被災履歴、流下能力の状況及び上下流のバランスなど総合的に勘案し、治水安全度の低い箇所を優先しつつ、いわゆる下流原則に基づき原則として下流から上流に向かって堤防の整備を行ってきた」と言います。

具体的に考慮した事項は、次のとおりです。

「氾濫域の状況」を考慮事項に挙げていません。

(ケ)まとめ

以上により、明確に「氾濫域の状況」を考慮したと記載したのは、(カ)被告準備書面(5)p10の1箇所だけです。

おそらくは、ここでも「氾濫域の状況」を書くつもりはなかったと思います。

その2頁前のp8に関東地方整備局管内の直轄河川についての一般論として「氾濫域の状況」を考慮事項として挙げていたので、ついコピペをしてしまったのだと思います。

「氾濫域の状況」を考慮していたと毎回書いたとしたら、「では、「氾濫域の状況」をどのように考慮していたのか」、「答弁書と矛盾するではないか」というツッコミが入るのをおそれ、できる限り、「氾濫域の状況」を考慮事項に挙げなかったのだと思います。

実際、原告側は、そのようなツッコミを入れていないので、被告の企みは成功したと思います。

●被告はウソをついた

上記のとおり、被告は、整備を行う際の考慮事項として、「氾濫域の状況」を挙げることを基本的には避けてきたのですが、例外的に、上記(カ)被告準備書面(5)(2020年10月16日付け)p10で「氾濫域の状況」を考慮したと明記してしまいました。おそらくは手違いで。

しかし、被告は、答弁書p26で、「「鬼怒川左岸25km付近より下流の小貝川に挟まれた流域は,低湿地であるうえ,その最下流に常総市水海道の市街地が形成されており,外水氾濫があると浸水被害の規模(面積,水深)も質(被害額)も大きくなりやすい流域である」との部分は不知」と言っていたのです。

「氾濫域の状況」の意味は、普通に考えたら原告側が主張するとおりであり、鬼怒川・小貝川低地の脆弱性を抜きに考えることはできないはずです。

そうだとしたら、「氾濫域の状況」に関する原告側の上記主張を不知と述べた以上、知らないことを考慮できるはずがありませんから、「氾濫域の状況」を考慮したとする被告準備書面(5)p10の記述はウソだということになります。

ただし、「氾濫域の状況」についての被告の認識と原告側のそれとは違うのであれば、被告はウソをついたという理論は前提を欠き、成り立ちませんが、認識の相違を考える余地はありません。

なぜなら、被告は、上記のとおり、「2002年度鬼怒川改修事業」p6及び「2007年度鬼怒川改修事業」p16において、(現)常総市東部の被害ポテンシャルが大きいことを説明しており、また、1986年の小貝川水害でも大水害(約10km2の浸水)を経験しており、今更、鬼怒川・小貝川低地が脆弱だなんて知らなかった、という言い訳は許されないからです。

以上により、被告は、次のとおり言うことが変遷し、二重にウソをついています。
2002年度  (再評価資料)水海道市東部の被害ポテンシャルが大きい。(←本当)
2007年度  (再評価資料)常総市東部の被害ポテンシャルが大きい。(←本当)
2018年  (答弁書)鬼怒川・小貝川低地の脆弱性を知らない。(←ウソ)
2020年  (準備書面(5))鬼怒川・小貝川低地の脆弱性を知らないが考慮した。(←ウソ)

●堤防整備に当たり地形や土地の利用状況を考慮しないことは政令・判例に違反する

次に、氾濫域の状況を知らないで河川整備を進めていいのかという問題があります。

管理者が整備を進める上で守るべきルールや考慮すべき事項はたくさんあります。河川管理施設等構造令(政令)、河川砂防技術基準(局長通達)のうち必須と解される遵守事項等です。

1997年改定前の河川法第16条第3項には、次のように規定されていました。

河川管理者は、工事実施基本計画を定めるに当たっては、降雨量、地形、地質その他の事情によりしばしば洪水による災害が発生している区域につき、災害の発生を防止し、又は災害を軽減するために必要な措置を講ずるように特に配慮しなければならない。

この規定は、改定後の河川法第16条の2第2項後段(河川整備計画作成の際の配慮事項)と同じです。

「その他の事情」が何を意味するのか分かりません。

「しばしば」とは、どの程度の頻度を意味するのか分かりません。

「しばしば洪水による災害が発生している区域」がない場合には、配慮すべき事項がないことになるのか分かりません。

利根川水系鬼怒川河川整備計画のp5〜7には、1935〜2015年の間に9度、鬼怒川大水害を除いても8度の大きな水害があったのですから、鬼怒川流域は、「しばしば洪水による災害が発生している区域」に該当するはずです。

したがって、鬼怒川の河川整備計画の作成の際には、降雨量、地形、地質に配慮すべし、というのが河川法の要請です。

また、改正前の河川法施行令第10条第1号第1号(工事実施基本計画の作成の準則)には、次の事項が挙げられています。例示列挙です。

流域の地形を考慮しろと言っています。

河川整備は計画に基づいて実施されるべき、というのが法令上の建前であり、計画の作成に当たっては、最低限でも降雨量、地形、地質及び開発の状況を考慮すべき、というのも法令の建前ですから、河川整備を実施する場合には、それらを考慮することが法令上、管理者に求められていることになるはずです。

次のとおり、大東判決が示す瑕疵判断の基準も、整備の際の考慮事項と言えると思います。これも例示列挙です。

大東判決が示す瑕疵判断の要素
瑕疵判断要素

「必須要因」とは、管理者が整備を進める際に、それを考慮しなかったら、それだけで違法と評価されるような考慮事項の意味です。

「成立阻害要因」とは、それを考慮したら瑕疵が成立しない方向に機能する(管理者が言い訳に使える)考慮事項です。

「緊急性」と「開発の状況」は、どちらの要因にもなり得ると思います。

「諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般水準」と「社会通念」も同様です。ですが、管理者の言い訳に使われた方が多いと思います。なので、「(成立阻害要因)」としました。

いずれせよ、政令と判例を見ても、治水事業を実施する場合には、流域の地形、加えて開発の状況、特に氾濫域の状況を考慮することが管理者に要請されています。

ところが、被告は、「氾濫域の状況」なんて知らないよ、本件に関係ないことだ、と開き直ったのです(答弁書p26)。政令と判例を公然と否定したのです。

さすがにそれではまずいと気づいたのか、途中から「氾濫域の状況」を考慮したふりをします。

すなわち、関東地方整備局管内の直轄河川の整備の話をする際には、一般論として「氾濫域の状況」を考慮したと言います。

鬼怒川の整備の話では「氾濫域の状況」に触れないようにしていたのですが、被告準備書面(5)p10では、おそらくはうっかり、それを考慮した、と明言してしまいました。「知らないことを考慮した」とウソをついたのです。

そんなウソをついても、「氾濫域の状況」について不知と言ったことは撤回されていないのですから、政令違反と判例違反の事実は消えません。

被告は、原告側からの「地形と開発の状況を考慮していないぞ」という指摘に痺れていますが、原告側はツッコミどころとは捉えていないようです。

原告側は、原告ら準備書面(7)p10で被告準備書面(5)p23には「被告の反論は、下流原則の一般論を述べるだけのもので、具体性が欠如しており、原告らの主張に対しての反論になっていない。」と反論しました。

●「流下能力の状況」と「上下流のバランス」とは何か

被告は、大東判決が挙げる考慮事項の他に「流下能力の状況」と「上下流のバランス」を、瑕疵成立を阻害する考慮事項として何回も主張します。

しかし、私は、「上下流のバランス」の意味が分かりません。

何についてのバランスなのかが説明されたことはないと思います。

被告が「上下流のバランス」と言い出すのは、おそらくは被告準備書面(1)p48が最初と思われますが、定義の説明はありません。

堤防高でしょうか、治水安全度でしょうか。

おそらくは治水安全度のバランスなのでしょう。

堤防高の話であれば、左右岸のバランスにも言及すべきでしょう。

九州地方整備局の『球磨川水系流域治水プロジェクト』を公表します!では、「実施にあたっては上下流の治水安全度のバランスを考慮する必要がある。」と「治水安全度」のバランスであることを明記しています。

そうだとすれば、治水安全度は、スライドダウン流下能力で判断する、と被告は言っている(被告準備書面(5)p24)のですから、「流下能力の状況」を考慮しているのと同じではないでしょうか。

一方、被告は、下流原則とは、「整備を実施することによる流量の増加により、下流の安全性が現況より損なわれないよう考慮する」(被告準備書面(1)p44)ことなのですから、下流原則とは、「流下能力の状況」を観察して工事の順番を決めるという原則でしかないと思います。

そうだとすれば、被告は、被告準備書面(5)p23で、「流下能力の状況」、「上下流のバランス」、「治水安全度の低い箇所」及び「下流原則」の四つを考慮したと主張しますが、「流下能力の状況」又は「下流原則」を考慮した、と言えば済む話ではないでしょうか。(「下流原則」が例外を許さない絶対的下流原則であれば、バランスを取るという考え方と相いれませんから、同じものではありませんが、被告が実際に適用している下流原則は、下流部での用地買収が遅れているだけで「お先に上流をどうぞ」と言ってしまうような、例外だらけの緩い原則ですから、バランス論とどこまで違うのか疑問です。)

大東判決も、「原則として下流から上流に向けて行うことを要する」と言っており、判例のいう下流原則には、バランス論が含まれていると解され、絶対的下流原則ではないはずです。

そうだとすると、被告は、一つ言えば済む話を四つ言って、多くの事項を考慮したように見せかけていると思います。

幼児にイチゴを3個上げたら、「もっと」と言うので、台所に下げて、それぞれを半分に切って6片にして上げたら、満足して食べたという実際に見た光景を思い出します。

私たちは、被告から、数の勘定ができない幼児扱いされているのです。

鬼怒川大水害訴訟では、「計画高水位」や「上下流のバランス」がキーワードになると思いますが、管見した限りでは、それらの定義が説明されたことがないのですから、不思議な裁判です。

●関東地方整備局の「上下流バランス」の意味は「下流原則」+「ダム優先主義」だった

関東地方整備局は、第2回利根川・江戸川有識者会議(2006年12月)の資料で、上下流バランスの考え方を下図の中で説明します。

3項に分けて説明していますが、上2項は、下流原則そのものです。

第3項は、「全川に渡り効果を発揮する洪水調節施設は早期に整備し、全川の治水安全度を向上させる」です。

ご丁寧に、「洪水調節施設は早期に整備」が赤文字で強調されています。

下流の堤防整備なんてやってないで、さっさと上流にダムを建設することが「上下流バランス」だというのです。

バランス論ではなく、単なる「ダム優先」の原則です。どうして「上下流バランス」になるのか理解できません。

とにかく、関東地方整備局の「上下流バランス」の意味は、「下流原則」と「ダム優先原則」だと言えると思います。

したがって、鬼怒川大水害訴訟における被告がいう「上下流バランス」の意味も、その意味になると思います。

したがって、被告は、自分からダム優先の治水だったことを認めていることになります。もっとも、原告側は、ダムの話を持ち出すつもりはありませんが。

上下流バランス図解

会計検査院は、大規模な治水事業(ダム、放水路・導水路等)に関する会計検査の結果について(2012年1月)において、次のように指摘します。

湯西川ダムとダム下流の鬼怒川における河道の整備の状況についてみると、洪水調節施設については湯西川ダムが完成すると既設ダムを合わせた計4ダムで最終目標である1/100確率規模の洪水時における目標の調節流量の全てを調節することが可能となるのに対し、河道については鬼怒川の治水安全度がおおむね1/10確率規模の洪水を流下できる程度であり、目標に対する整備の進捗度合いに大きな差がある状況となっている。

つまり、上流と下流では、「目標に対する整備の進捗度合いに大きな差がある状況となっている。」というのですから、アンバランスであると指摘しています。

被告のいう上下流バランスは、特に鬼怒川では2011年度以前からバランスの対極の状況にあったのです。

アンバランスをバランスと表現する被告の用語法は、戦争を平和と呼ぶようなもので、市民を誤解させ、愚弄するものであり、許されないと思います。

ちなみに、ダム優先主義は費用対効果を無視しています。例えば、湯西川ダムは、下流部の洪水水位を3〜4cm低下させたとしても、計画堤防が完成している区間(低下させる必要がない区間)についても低下させています。莫大な費用をかけて。

●北陸地方整備局の上下流バランスの意味は下流原則だった

北陸地方整備局の河川事業の事後評価説明資料には、次のように書かれています。

なお、堤防の未施工箇所であったが、上下流バランス等の関係から、下流より順次、連続堤を整備していく場合、多大な費用を要すること、また、整備期間の長期化も避けられない

北陸地方整備局は、明らかに、上下流バランスを下流原則の意味で使っています。ダム優先を含むかは不明ですが、上下流バランスは、整備局によって意味が異なる可能性もあり、しかも、何のバランスなのかを明記しておらず、誰が読んでも分かるものではないのですから、訴訟で使うなら定義が必要でしょう。

被告の言辞を理解できないのに、理解したつもりになっては、反論できないと思います。

●近畿地方整備局の上下流バランスは計画規模についてだった

淀川水系河川整備基本方針に関する社会資本整備審議会の検討小委員会での検討資料(第65回河川整備基本方針検討小委員会)p2には、次のように書かれています。

上下流バランスについて
上流で氾濫していた水を人為的に集めて人工構造物である高い堤防の区間に導くため、下流部においては必ず安全に流下させる必要がある。
このため、下流部においては上流部以上の計画規模を確保する必要がある。

要するに、近畿地方整備局では、上下流バランスとは計画規模のバランスだと言います。

この用法は、「河川砂防技術基準同解説計画編」(社団法人日本河川協会編、2005年発行)p29に「計画の規模は計画対象地域の洪水に対する安全の度合いを表すものであり、それぞれの河川の重要度に応じて上下流、本支川でバランスが保持され、かつ全国的に均衡が保たれることが望ましい。」と書かれているのと同じ用法であり、上下流バランスは、元々は、計画規模について用いられていたが、その後、市民をケムに巻くには都合のよい言葉なので、他の事項にも波及して用いられるようになり、混乱を招いているのが実情ではないでしょうか。

●上下流のバランスをとる必要があるのは水害を大きくしないためのはずだ

「上下流バランス」に河川整備を進める上での考慮事項としての意味があるとすれば、水害を大きくしないことが目的のはずです。

しかし、2015年9月洪水では、鬼怒川下流部の3箇所で氾濫し、大惨事となりました。

被告が「上下流バランス」をとることに失敗したことは、結果からも明らかです。

「上下流バランス」をとることに成功していたが大惨事となったということであれば、不可抗力(天災)だったことになりますが、上記のとおり、訴訟では、不可抗力の成否を正面から議論することはありませんでした。

●基本の「き」ができていなかった

鬼怒川大水害の直接的な原因は、過去記事に書いたように、2地区で極端に低い箇所を被告が放置してきたことだと考えますが、なぜ放置したのか、まで掘り下げて考えると、氾濫域の地形と利用状況を考えなかったのが根本的な原因だと考えます。

基本の「き」ができていなかったということだと思います。

被告が氾濫域の地形と利用状況を考えなかったことの心理的要因としては、小貝川は危険だが鬼怒川は氾濫しないという勝手な思い込みの他に、4基の巨大ダムで下流部の水位を下げるから、あるいは、ダムと砂防ダムで土砂の供給を減らすので、橋脚や利水には悪影響があるとしても、全川にわたり河床が低下するので河道断面積が拡大され、流下能力も拡大するから、治水安全度は高まるから、下流部の堤防整備をおろそかにしても大丈夫という思い込みもあったと思います。

また、中流部で霞堤を22箇所も設置したから、その洪水貯留効果により下流部で流量が減るという思い込みもあったはずです(被告準備書面(1)p21)。

訴訟で、被告は何を考えていて大惨事を招いたのかを明らかにすることは困難ですが、浮き彫りにすることはできるはずで、少なくとも、2002年度と2007年度の再評価資料では「氾濫域の状況」を考慮していたはずなのに(ポーズかもしれませんが)、それ以降は、考慮していたポーズさえ見せなくなったのはなぜか、また、答弁書でなぜウソをついたのかを追及する必要があると思います。

(文責:事務局)
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