鬼怒川大水害訴訟で原告側が2021年8月18日に提出した原告ら準備書面(9)の構成は次のとおりです。
第1 若宮戸の河川区域について
第2 被告の責任原因1
第3 被告の責任原因2 22
第2では、被告は、河畔砂丘が堤防の役割を果たしているので、堤防として扱っていたにもかかわらず、河畔砂丘を河川区域内に取り込んで河川区域を指定しなかった責任を問うています。
第3では、河畔砂丘が堤防の役割を果たさないことを前提に堤防のない状態を放置した責任を問うていると思われます。
なぜなら、第3の冒頭のp22に、次のように書かれているからです。
第2で述べたが、被告は、そもそも、本件砂丘を堤防としては扱っていなかったというのである。
仮に、被告が、本件砂丘を堤防としては扱っていなかったというのであれば、以下に述べるとおり、若宮戸地区は、鬼怒川左岸において、際立って堤防高(無堤部においては河川区域内の地盤高)が低い場所であることになるにもかかわらず、無堤防状態のまま放置されたのであり、河川管理の瑕疵は明らかである
若宮戸には、堤防も堤防に代わるものもなかったという前提の話をしているのに、なぜ「堤防高」という言葉を使うのか理解できないところですが、それはともかくとして、「仮に、被告が、本件砂丘を堤防としては扱っていなかったというのであれば」の意味は、原告側もその前提で議論しようではないか、という論理構造だと思います。河畔砂丘が堤防の役割を果たしていたので被告が堤防として扱っていた、という話は一時的に封印した上で議論するということでしょう。
第2が主位的主張で第3が予備的主張という関係にあると思います。
第3が予備的主張でないならば、「仮に、被告が、本件砂丘を堤防としては扱っていなかったというのであれば」と言うべきではないと思います。
「仮に、被告が、本件砂丘を堤防としては扱っていなかったというのであれば」は、それ以降の第3の全ての文章にかかってくるはずです。
●引用された被告の主張
原告側は、被告が河畔砂丘を堤防のように扱っていた事実を引き合いに出して反論します。
原告側は、次のように被告の主張を引用します。
2 被告の主張
被告国は、その準備書面(6)(11頁)で以下のとおり主張している(下線部は原告代理人)。
「平成26年度鬼怒川直轄改修事業 事業再評価根拠資料」(乙73の1及び2)にあるとおり、鬼怒川直轄改修事業における堤防の整備箇所の設定方法は、基本的にキロポストごとの治水安全度を前提として「堤防整備が必要な箇所で治水安全度が1/30未満を整備箇所と」(乙73の1・4ページ及び乙73の2・6ページ)するとされる一方で、若宮戸地区については、「過去の測量結果から、キロポストでは評価できないが24.75k付近及び25.25k付近について地盤高が1/30に満たないと想定されることから堤防整備に加える」(乙73の1・6ページ及び乙73の2・7ページ)とされているとおり、若宮戸地区は本件砂丘を含めても地盤高が低い箇所があって、堤防整備が必要な地区として扱われていたものである。
上記記述については、「被告」と「被告国」をなぜ統一した表記にしないのかという疑問が起きますし、「原告代理人」も他の箇所では「原告ら代理人」としており、同じ疑問が起きます。また、下線を引いておいて、その趣旨を説明しないことも読み手をイライラさせます。準備書面では、読み手をイライラさせないような表記にする必要があると思います。
●被告は河畔砂丘が堤防としての役割を果たしていることを前提としている
被告は、「本件砂丘を含めても」と主張します。
これは、河畔砂丘が堤防としての役割を果たしていることを前提としています。
被告が、河畔砂丘が堤防としての役割を果たしていない、と考えるならば、整備計画を説明する際に、河畔砂丘の地盤高に言及する必要性は全くないはずだからです。
具体的には、被告は、「過去の測量結果から、キロポストでは評価できないが24.75k付近及び25.25k付近について地盤高が1/30に満たないと想定される」と2011年度事業再評価根拠資料p6に書いたと主張します。
これは、河畔砂丘は、例外的に、左岸24.75k付近(延長約140m)及び25.25k付近(延長約90m)については、1/30確率の洪水の水位より低いが、それら以外の部分では、堤防の役割を果たし、その地盤高は概ね1/30確率の洪水の水位より高い、と言っていることになります。
●原告側も河畔砂丘が堤防としての役割を果たしているという話を蒸し返している
原告側も被告の主張の前提が矛盾していることに気づいていて、「被告の反論は、若宮戸地区の大半(89%)は、山付堤として堤防整備をする必要がないことを前提としている」(p25)と指摘しています。(89%の計算根拠が示していただかないと分かりませんが。)
つまり、第3では、原告側は、被告は河畔砂丘を堤防として扱っているではないか、という前提を封印した上で反論しているのだと思いきや、当該前提を蒸し返しています。
なぜ蒸し返すのか、と言えば、被告が河畔砂丘を堤防として扱っていた事実を前提とした主張に対して反論しているからです。
つまり、原告側は、第3において、被告は河畔砂丘が堤防の役割を果たしていることを前提としているではないか、と指摘して反論しているのですから、それは、第2で主張すべきです。
裁判所もおそらくは、第2と第3は主位的・予備的主張の関係にあると受け取るでしょうから、戸惑うと思います。私も戸惑ったので。
●更に理解できないことが書かれている
原告ら準備書面(9)第3の末尾には、次のように書かれています。
整備延長90mという25.25km付近をみれば、砂丘林は、図8の緑実線(約200m)のような最高標高であり、約4分の3が計画高水位を上回り、最も計画高水位を下回るのは25.35km付近の約1mであったのである。それが、河川区域の指定もされず、堤防整備もされなかったため、緑実線部分の約200mは、堤防の役割を果たしていた砂丘林が掘削されて、全て、Y.P.19.7m程度になり、計画高水位を約2.7mも下回る高さになってしまい、本件洪水を迎えたのである。
難解な文章です。
「河川区域の指定もされず」と言いますが、第3では、元々河畔砂丘が堤防の役割を果たさないという前提ですから、そこを河川区域に指定する必要はありませんから、指定しないのは当然のはずです。
つまり、予備的主張のはずの第3で河川区域の指定を持ち出すことが理解を困難にしていると思います。
●被告は2004年時点で河畔砂丘は安全性を有していたと言っている
前段と後段の関係も難解です。
「それが」で結んでいるので、逆接の関係でしょう。
したがって、25.35k付近は安全性を有していたが、2014年3月に河畔砂丘が掘削されたために、安全性を失ったという意味でしょう。
2014年以前から安全性を有していなかったが、同年3月の掘削により、いっそう安全性が低下したという解釈も可能ですが、そういう意味ではないでしょう。
なぜなら、被告が被告準備書面(6)p5において、「そして、原告らは、掘削される前の本件砂丘が堤防としての役割を果たしていたことや、若宮戸地区に堤防整備が計画されていなかったことを前提として、若宮戸地区は、本件氾濫当時、既に改修工事を行う必要がないほどに段階的安全性・過渡的安全性を有していたとした」と述べたことに対して、原告側は反論していないからです。
また、同p6では、「原告らは、本件砂丘が堤防としての機能を果たしており、掘削される前は、改修工事を行う必要がなかったことを前提に、内在的瑕疵に関する平作川水害最高裁判決の判断基準が妥当すると主張するが」と同趣旨を繰り返すが、原告側は、これにも反論しません。
さらに、原告ら準備書面(9)p18には、次のように書かれています。
これらに照らして、若宮戸地区は、堤防の役割を果たしている砂丘林があり、概ね20〜30年の治水事業の過程における河川の改修、整備の段階に対応する、段階的安全性・過渡的安全性を有していたにもかかわらず、被告が砂丘林を河川区域に指定せず、その安全性の確保を怠った結果、砂丘林が掘削されてなくなり、既に具備していた当該段階的安全性・過渡的安全性(「その予定する規模の洪水における流水の通常の作用から予測される災害の発生を防止するに足りる安全性」)が失われたものである。
ここで原告側は、河畔砂丘の掘削の詳細を述べていませんが、これまでの原告側の主張を顧みれば、ここで「掘削」とは、2014年にメガソーラー事業者が行った掘削を指すとしか思えません。
また、2004年1月測量の図面で作成した図8を根拠に、「約4分の3が計画高水位を上回り」と、計画高水位を上回り部分が多いことを主張していることからも、2004年時点では安全性を有していたが、2014年の掘削を境にして、河畔砂丘は、既に有していた安全性を失ったということになります。
そうだとすると、L25.35k付近の約200mでは、約4分の1の延長約50mで計画高水位を下回り、最低の地盤高は計画高水位より約1mも低いのに、安全性を有していたと言っていることになりますが、理解できない見解です。(原告側は、三坂町については、堤防高が計画高水位より21cm高かった、あるいは、約6cm低かったことが大問題であるかのように主張しているのに、若宮戸では、計画高水位マイナス1mでも問題ないと言うのでは、整合性がとれません。)
原告側は、p9でも「この図8から明らかなように、掘削前の砂丘林の横断図における最高地盤高は、計画高水位を概ね上回っていた。しかし、被告は、掘削前の砂丘林を河川区域とする指定をしていなかった。」と主張しています。
これは、「掘削前の砂丘林の横断図における最高地盤高は、計画高水位を概ね上回っていた。」ことを強調し、2004年時点で河畔砂丘を河川区域に指定しておくべきだったし、そうしておけば2014年に掘削されることもなかった、したがって溢水は起きなかった、と言っているとしか受け取れないでしょう。
●2004年1月時点の河畔砂丘の安全性を原告側がどう見ているのかが分からない
しかし、この見解は、「2003年度若宮戸地先築堤設計業務報告書」(鬼怒川水害seesaaのサイトから)を作成したサンコーコンサルタントの見解を否定するものです。
サンコーコンサルタントは、下図を示し、河畔砂丘には3箇所で計画高水位より低い箇所があり、出水時には冠水するから築堤が必要だと報告しています。
専門業者の見解が常に正しいとは限りませんが、明確な根拠も示さずにこれを否定することが妥当とは思われません。
他方で、原告側は、サンコーコンサルタントの見解を支持しているようにも読めます。
原告側は、被告は2003年度時点で「若宮戸地区の築堤の必要性を認識していた」(p23)と指摘しつつ、2003年度若宮戸地先築堤設計業務報告書がお蔵入りとなった事実を4箇所(p9、p17、p21、p23)で主張します。
このことは、原告側も2003年度時点で築堤が必要だった(河畔砂丘は安全性を有していない)と認識していることになると思います。
要するに、原告側は、2003年度時点で河畔砂丘が安全性を有しているという見方なのか、有していないという見方なのかが分かりません。
したがって、裁判所が原告ら準備書面(9)を理解することは困難だと思います。
●予備的主張は要らない
第3で河畔砂丘が堤防の役割を果たすという話は封印して議論すると言いながら、結局は、封印を解いてその話を持ち出すのですから、第3は不要だったと思います。
そもそも被告は、1966年に河川法6条1項3号により河川区域を指定しました。同号は、山付き堤だけを規定したものではありませんが、若宮戸地区については、消去法で考えても、山付き堤として指定したことになります。
1966年に河畔砂丘の一部を、山付き堤として河川区域を指定しておきながら、提訴されてから、山付き堤として指定したものではない(具体的には、「本件砂丘が堤防としての役割を果たしていた事実はなく」(被告準備(6)p6))と主張することは明らかに矛盾します。
また、河畔砂丘の地盤高や体積で若宮戸地区の治水安全度を把握してきたことからも、被告は、河畔砂丘の防水機能を考慮して治水事業を進めてきました。
公益を代表して応訴している立場の被告が明らかに矛盾したことを主張して、議論を空転させることのないように、裁判所の訴訟指揮を求める必要があるのではないでしょうか。
●計画を持ち出す必要はない
仮に予備的主張をするとしても、段階を飛ばして立論していることも分かりにくさの原因になっていると思います。
p23を読むと、原告側は、「堤防がない箇所で、河川区域内には堤防に代わるような自然の地形もない」旨の記述からいきなり「堤防を整備する計画がない」に飛躍します。
普通なら、「堤防がない箇所で、河川区域内には堤防に代わるような自然の地形もない」→「若宮戸地区に堤防が必要だ」→「管理者は築堤する義務がある」という思考過程を説明すると思います。
原告側には「堤防の築造義務」という発想がないために思考過程の説明を省略しているように見えるのかもしれません。
また、原告側は、若宮戸地区に整備計画がなかったことにこだわりますが、築堤は整備計画がなくてもできます。
改修工事の大まかな場所と時期を示した整備計画、すなわち改修計画と呼べる計画ができたのが、2011年度(事業再評価資料)です。
しかし、改修計画がなくても、2010年度以前にも築堤はされてきました。
したがって、整備計画がなくても築堤はできるのですから、計画の有無にこだわるのは本質から外れると思います。
「大東判決は改修計画の合理性が瑕疵の判断基準だと言っている(大東判決要旨二)のだから、計画にこだわるのは当然だ」と考えるひといるかもしれませんが、原告側が原告ら準備書面(6)p19の下線部で指摘しているように、大東判決要旨二は、内在的瑕疵を指摘して瑕疵を主張する場合には適用がない、というのが最高裁調査官の解説です(野山宏調査官解説p498)から、計画にこだわらなくても大東判決に従うことはできます。