八ツ場ダム予算執行の条件とは何か

2012年1月15日,2012年1月21日修正

●八ツ場ダム予算執行には条件がついた

八ツ場ダムの再開決定について新しい動きがありました。

12月30日付け東京新聞は、次のように報じています。

八ツ場予算執行に条件/首相「再提案クリアを」

野田佳彦首相は29日の民主党税制調査会と社会保障と税の一体改革調査会の合同総会で、建設再開の方針を決めた八ツ場(やんば)ダム(群馬)への対応について、藤村修官房長官が再開条件の裁定案として示した流量の再検討などが完了しない限り、予算は執行しない考えを明らかにした。

上記記事によれば、「首相は「条件をクリアしてから予算を執行する」と述べた。」そうです。

その理由は、「八ツ場ダム再開をめぐっては、離党者が出るなど党内の反発が強く、消費税増税への理解を得るため配慮した。」ことと見られています。

首相は、消費税増税のために八ツ場ダムで譲歩したということのようです。

国民をなめ切っていた野田首相でしたが、「消費税増税に反対する民主党議員から11通の離党届が出」(12月30日付け産経新聞)たので、多少ビビったのかもしれません。

議員は、支持者である国民の意見に従って行動するのですから、多くの国民の意見を無視して政権を維持することはできないはずです。

●予算執行の条件とは何か

藤村官房長官の示した「裁定案の主な内容は(1)利根川水系の河川整備計画を策定し、建設の根拠としてきた流量を再検証(2)建設を中止した場合の建設予定地の生活再建に向けた法案をまとめ、次期通常国会への提出を目指すーーの2点。」(上記東京新聞記事)と報道されましたが、実際の裁定案は次のとおりです。

1.現在作業中の利根川水系に関わる「河川整備計画」を早急に策定し、これに基づき基準点(八斗島)における「河川整備計画相当目標量」を検証する。

2.ダム検証によって建設中止の判断があったことを踏まえ、ダム建設予定だった地域に対する生活再建の法律を、川辺川ダム建設予定地を一つのモデルとしてとりまとめ、次期通常国会への提出を目指す。

3.八ツ場ダム本体工事については、上記の2点を踏まえ、判断する。


●なぜ利根川水系の河川整備計画の策定と基本高水の再検証が予算執行の条件になるのか

国土交通省の河川整備基本方針・河川整備計画というページによると、1997年に河川に関する「新たな計画制度を創設した」とされています。

具体的には、河川法改正前に工事実施基本計画で定めていた内容を、「河川整備の基本となるべき方針に関する事項(河川整備基本方針)と具体的な河川整備に関する事項(河川整備計画)に区分し、後者については、具体的な川づくりが明らかになるように工事実施基本計画よりもさらに具体化するとともに、地域の意向を反映する手続きを導入することとした。」とされています。

同ページによると、「河川整備基本方針」は、河川管理者(一級水系は国土交通大臣、二級水系は都道府県知事)が定めるものであり、その内容は、長期的な視点に立った河川整備の基本的な方針を記述するものです。個別事業など具体の河川整備の内容を定めず、整備の考え方を記述するものです。基本高水と計画高水もここで決められます。手続としては、社会資本整備審議会の意見を聴くことが必要です。

利根川水系では、河川法改正後、6年以上経った「2005年10月になって急に利根川水系に関する審議会が開かれて、形だけの審議が行われ、わずか5回、述べ8時間の会議で審議終了となり、国土交通省は2006年2月14日に利根川水系河川整備基本方針を策定し」(www.yamba.jpn.org/shiryo/2nd/tone_seibi.pdf)ました。

「河川整備計画」とは、河川整備基本方針に基づき河川管理者が定めるものであり、その内容は、20〜30年後の河川整備の目標を明確にする個別事業を含む具体的な河川の整備の内容を明らかにするものです。個別のダム、河口堰、導水路等の計画は、ここで記載されます。したがって、河川整備計画は、個別のダム計画の上位計画ということになります。手続としては、関係地方公共団体の長及び学識経験者や関係住民の意見を聴くことが必要です。

利根川水系では、2006年11月から国土交通省関東地方整備局が策定作業を開始しましたが、2008年5月から理由不明のまま中断しています。

したがって、八ツ場ダム事業は、上位計画である河川整備計画が存在しない計画となっています。

河川整備計画がないまま八ツ場ダム事業が進められることについて塩川鉄也・衆議院議員(日本共産党)が2004年12月10日付け政府受領の質問主意書で次のような質問を政府に対してしました。

改正河川法では、学識経験者の意見、住民の意見などを整備計画に反映することとしている。学識経験者の意見、住民の意見などを反映するための作業をしないまま、五十年以上も前につくられた八ツ場ダム建設計画を推し進めることは、改正河川法の趣旨に反すると思うがどうか。

これに対する小泉純一郎・内閣総理大臣の答弁書(2004年12月10日付け)には、次のように書かれています。

利根川水系に係る河川法(昭和三十九年法律第百六十七号。以下「法」という。)第十六条第一項に規定する河川整備基本方針(以下「河川整備基本方針」という。)及び法第十六条の二第一項に規定する河川整備計画(以下「河川整備計画」という。)については、これまで、その策定に必要な調査、調査結果の分析等を行ってきたところであり、今後とも、河川法施行令(昭和四十年政令第十四号)第十条に規定する準則にのっとって、引き続き、その策定に向けて取り組んでまいりたい。

また、河川法の一部を改正する法律(平成九年法律第六十九号。以下「平成九年改正法」という。)附則第二条の規定により、平成九年改正法の施行の際現に平成九年改正法による改正前の法第十六条第一項の規定に基づいて定められている利根川水系工事実施基本計画は、平成九年改正法による改正後の法第十六条第一項の規定に基づき利根川水系について定められた河川整備基本方針及び平成九年改正法による改正後の法第十六条の二第一項の規定に基づき利根川水系に係る河川の区間について定められた河川整備計画とみなすこととされており、八ツ場ダムは、利根川水系工事実施基本計画において利根川の洪水調節等のために必要な施設であると位置付けられている。

これだけです。

要するに、97年の河川法改正の時点で定められていた利根川水系工事実施基本計画は法改正後の河川整備基本方針と河川整備計画とみなすということが改正河川法(1997年法律第69号)の附則第2条に、経過措置として書かれていると言っているだけなのです。

八ツ場ダムに法的根拠がないことについては、「法律の定める経過措置で救済されているから違法ではない」と言っているだけです。

塩川議員の質問は、「学識経験者の意見、住民の意見などを反映するための作業をしないまま、五十年以上も前につくられた八ツ場ダム建設計画を推し進めることは、改正河川法の趣旨に反すると思うがどうか。」ということです。

「改正河川法の趣旨に反するのではないか」ということです。

ところが小泉首相は、「趣旨に反するか」という問題には全く触れずに、「附則にみなし規定がある」(違法ではない)と言うだけです。論点ずらしです。

つまり、河川整備計画が未策定のまま八ツ場ダムを進めることは、河川法の趣旨に反しないかという質問に対しては、政府は答弁漏れのままなのです。 

●政府の答弁は非常に問題だ

上記のような「附則にみなし規定がある」(違法ではない)という政府答弁は妥当でしょうか。

こんな理屈が常に通るなら、河川整備計画を策定しないままダム事業を進めても、改正河川法附則第2条により、工事実施基本計画が生きていることになるから問題ないということになります。

「みなし規定があるのだから、河川整備計画を策定する必要など永遠にない」ということになってしまいます。

97年の改正河川法の附則第2条の趣旨は、従来の工事実施基本計画を急に河川整備基本方針と河川整備計画に、すぐに切り替えろと言っても時間的に無理があるから、当面は工事実施基本計画を河川整備基本方針と河川整備計画とみなしていいよ、ということを言ったものと解釈すべきです。

確かに法律には、「当面は」とは書いてありません。

「この法律の施行の日以後・・・河川整備計画が定められるまでの間においては」と書かれているだけです。

しかし、河川法改正後14年経っても河川整備計画が策定されないことを法律の形式論だけで説明することはできない段階に入ったと思います。97年の改正河川法の附則第2条は、あくまでも経過措置にすぎないからです。

したがって、八ツ場ダムが河川整備計画に根拠を持たないことは、事業者側にとって大きな弱点になります。事業を正々堂々と進める障害になります。

そこで国土交通省は、河川整備計画の策定を条件とする裁定案を飲まざるを得なかったのだと思います。

●目標流量の問題点

国土交通省は、2011年9月13日に八ツ場ダムの検証結果を公表しました。

それによると、利根川水系における基本高水とは別に、目標流量という概念を持ち出し、その流量は17,000m3/秒であるとしています。

しかし、水源連共同代表の嶋津暉之氏によると、この流量は過大です。

利根川の最近60年間の最大流量は、1998年の9,220m3/秒です。国土交通省によれば、上流にダムがない場合の計算流量は9,960m3/秒です。上流のダムで740m3/秒を調節したというのです。そうだとしても、17,000m3/秒は、9,960m3/秒の1.7倍にもなります。

利根川水系河川整備計画の策定作業が実施された2006〜2008年度の段階で国が示した目標流量は約15,000m3/秒であって、今回は約2,000m3/秒も引き上げたのです。これによって、八ツ場ダムの必要度を高める条件がつくられたといいます。

この17,000m3/秒という目標流量の数字も国土交通省にとって後ろめたいところがあるので、検証してからでないと予算を執行させないということになったのでしょう。

ちなみに、検証結果にはおかしな部分がほかにもあります。

国は、八ツ場ダムの治水効果を大きく引き上げたのです。

従来は、八ツ場ダムの流量削減効果は基本高水22,000m3/秒(八斗島)に対して600m3/秒とされてきました。ところが2011年9月に示された削減効果は平均1,176m3/秒に増えてしまったのです。

恣意的な数字の操作ではないでしょうか。

●基本高水の問題点

ちなみに、八ツ場ダムの予算執行の問題とは関係ありませんが、既に利根川水系河川整備基本計画で決められた基本高水の問題点について記しておきます。

そもそも利根川の基本高水を八斗島(群馬県伊勢崎市)で22,000m3/秒としていることは大きすぎるということが八ツ場ダム訴訟でも争われていました。

原告は計算の根拠となる資料を出せと言ってきました。

八ツ場ダム訴訟では、基本高水の再計算ができないまま、各地で原告敗訴の判決が出ました。

その後、馬淵澄夫・国土交通大臣(当時)が2010年11月5日の記者会見で次のように発言しました。

(2010年)10月22日の会見におきまして、昭和55年度に利根川水系工事実施基本計画を策定した際に、八斗島地点における基本高水22,000トンを定めるに当たって、「観測史上最大流量」を計算した時の詳細な資料を徹底的に調査するよう指示したと、このように申し上げました。現時点でこの資料一括としての資料は確認できませんでした。

また、11月2日の会見でお答えをしたとおり、平成17年度に現行の利根川水系河川整備基本方針を策定した際の、昭和55年度に定めた基本高水のピーク流量については、飽和雨量などの定数に関してその時点で適切なものかどうか十分な検証が行われていなかったと考えております。

結果から見れば、「22,000トンありき」の検討を行ったということであります。

私としては、これは大変問題であると思っておりました。

過去の資料がないということを私は問題にしているのではなく、利根川の治水計画の基本である基本高水の信頼性が揺らぎかねない問題であるということをかねがね申し上げてきたわけであります。

この件につきましては、国土交通省、当時でありますが大変ずさんな報告をしたと、このように思っておりまして、率直に所管する大臣としてお詫びを申し上げます。

このため、今後、過去の資料の調査というのはこれにて打ち切ります。 

要するに、利根川の基本高水の計算資料がないということを国土交通省が認めたのです。

そこで馬淵大臣は、日本学術会議に基本高水の検証を依頼しました。退任前日の2011年1月13日のことでした。

同年9月20日に開催された日本学術会議の河川流出モデル・基本高水評価検討等分科会の配布資料には、「国土交通相の新モデルによって計算された八斗島地点における昭和22年の既往最大洪水流量の推定値は、21,100m3/sの−0.2%〜+4.5%の範囲、200年超過確率洪水流量は22,000m3/sが妥当であると判断する。」(p20)と結論付けています。

しかし、「(1947年の)洪水時に八斗島地点を実際に流れた最大流量は17,000m3/sと推定されている」(p21)ことを日本学術会議の上記分科会は付帯意見で認めています。その差は、5,000m3/秒もあります。

同分科会は、この差について明確な説明をすることができず、次のようにごまかしています。

この両者の差について、分科会では上流での河道貯留(もしくは河道近傍の氾濫)の効果を考えることによって、洪水波形の時間遅れが生じ、ピーク流量が低下する計算事例を示した。

要するに、計算事例を示しただけです。両者の差を矛盾なく説明したわけではないのです。

河道貯留効果があるとしてもわずかなものですし、八斗島上流域で5,000m3/秒近くも氾濫する場所がないことは訴訟の中で東京の弁護士たちが証明しています。

したがって、同分科会は、基本高水を22,000m3/秒としたものの、その結果をどう使うかについては、次のように書いています。

既往最大洪水流量の推定値、およびそれに近い値となる200年超過確率洪水流量の推定値と、実際に流れたとされる流量の推定値に大きな差があることを改めて確認したことを受けて、これらの推定値を現実の河川計画、管理の上でどのように用いるか、慎重な検討を要請する。

日本の学者の最高峰が、22,000m3/秒が妥当であると結論付けるなら、国土交通省は堂々と使ってくれと言うのが筋です。

ところが、推定値をどう使うかは慎重な検討をするように要請するというのです。要するに、自らお墨付きを与えた推定値に自信がないのです。「自分たちの出した結論を真に受けないでほしい。」という言い訳をしているわけです。

こんないい加減な基本高水を出発点にして、利根川の治水行政を執行されたら、納税者はたまりません。

●「建設を中止した場合の建設予定地の生活再建に向けた法案をまとめ、次期通常国会への提出を目指す」ことがなぜ条件になるのか

この条件は、今のところ八ツ場ダムとは関係ありません。

政府は、今のところ、八ツ場ダムを中止しないと言っているのですから、「建設を中止した場合」の建設予定地の生活再建の問題は、八ツ場ダムとは関係ありません。

八ツ場ダムと関係のない話がなぜ同ダムの予算の執行の条件になるのか、正直言って分かりません。

敢えて考えれば、この条件はバーター取引です。

国土交通省の役人が「八ツ場ダムだけはどうしてもやらせてくれ。その代わり、今までサボっていた建設を中止した場合の建設予定地の生活再建に向けた法案づくりには努力する。」と申し出たのでしょう。

「いつまでにやるのだ。」と聞かれて、「次期通常国会への提出を目指す。」ということになったのでしょう。

でも「目指す」ことが条件です。目指せばいいのですから、ハードルは低いです。

役人たちは、野田首相が藤村修官房長官が再開条件の裁定案として示した流量の再検討などが完了しない限り、予算は執行しない考えを明らかにしたにもかかわらず、基本高水の再検証の方も、ダム事業を進めながら再検証をすればよいと考えているでしょう。

首相が言ったことが守られれば、しばらくはダム予算の執行はできませんが、政治家の発言は軽いので、期待はできません。

私は、これまでの検証は八百長のルールで進められたので無効であるから、公平な委員構成で利根川流域委員会を設置してダム問題を検証すべきであると考えます。

(文責:事務局)
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