疫学で科学的な証明はできないのか

2012年3月16日

●スウェーデンでガンが増えている

みずきブログにチェルノブイリからの放射能汚染によりスウェーデンでガンが増えているという京都大学原子炉実験所今中哲二氏の論文が紹介されています。

今中氏の結論は次のとおりです。

まどろっこしい言い方になるが同時 に、スウェーデンでのガン増加の原因はチェル ノブイリ事故による放射能汚染である、と考え るのが最も合理的な説明であると思っている。

スウェーデンの汚染地域114万人の間に850 件のガンが増えたのであるなら、旧ソ連を含む ヨーロッパ全体では、その100 倍として約8 万 件のガンが増えたであろう。そして、今後増え る分を含めて、全部でその10 倍のガンが発生 するとするなら、チェルノブイリ事故によって ヨーロッパ全体に80 万件のガンがもたらされ る、と言ってもよいであろう。


●疫学で証明できないことが強調された

ところが今中氏は同時に、 「トンデル本人も筆者も、チェルノブイリから の放射能汚染によってスウェーデンでガンが 増えていることが「証明された」とは考えてい ない。それが、本稿の表題に?が付いている由 縁である。」と書いています。

また、ブログによると、次のような事実があったそうです。

市民社会フォーラムの岡林信一さんは、今中さんから個人的に昨年末に放映されたGADの「追跡!真相ファ イル低線量被ばく低線量被ばく揺らぐ国際基準」という番組に関連して「くだんのGADのドキュメンタ リー番組は原発推進派から揚げ足をとられるところがある。トンデル博士の疫学調査の結果は、チェルノブ イリ原発事故とがん罹患の増加についての『相関関係』があるかもしれないことを示しているにすぎず、まし て疫学調査だけでは『因果関係』は立証できない、その点を示さずに、あたかも原発事故によるセシウム降下 で放射線量が増加したことで、がん発生が増大したかのように」いうのは科学的な態度とはいえない(筆者 の評価)、という趣旨の話を聴くことがあった。

だから上記ブログの作者は、次のように書きます。

今中さんのいわれるこうした視点を抜きにしていたずらに原発事故と甲状腺がんの増加を関連づける論は、 いたずらに放射能危機をあおるという意味ばかりではなく、原発事故被災者の不安を倍乗させるだけという 意味においても有害な論といわなければならないだろう、と私は思っています。このことは強く指摘しておき たいと思います。

作者は、「いたずらに」を連発しますが、「いたずらに」=「無駄に」かどうかは、神の目で見ないと分からないと思います。

「いたずらにあおるな」と言うからには、「自分には真実が見える」と考えているのでしょうね。

今中氏の言いたいことは、「スウェーデンでのガン増加の原因はチェル ノブイリ事故による放射能汚染である、と考えるのが最も合理的な説明であると思っている。」ということです。

作者は、そんな話を真に受けてはならないというわけです。

科学的な証明がなされるまでは騒ぎ立てるなということです。

水俣病事件における政府の言い分にそっくりです。

なぜなら疫学で因果関係を証明できないからだというのです。

●どうすれば証明と言えるのか

ブログの作者が「疫学調査だけでは『因果関係』は立証できない」と言うのは、トンデル博士も今中氏もそのように考えているからでもあります。

疫学を使う研究者が「疫学では証明にならない」と言っているのですから、確かに奇妙な現象です。

しかし、「医学者は公害事件で何をしてきたのか」(岩波書店、2004年刊行)の著者である津田敏秀氏(岡山大学大学院環境学研究科(疫学、環境疫学、臨床疫学等))は、「未だに疫学を「因果関係の軽減」と表現する人がとりわけ法学関係者にいるが、これは誤りである。」、「疫学はヒトにおける因果関係の直接的立証に他ならない」(前掲書p37)と書いています。

また、Wikipediaには、「疫学は・・・人間集団に対するあらゆる因果関係の確認に用いられる学問である」と書かれています。

私も疫学を詳しく調べたわけではありません。上記津田氏の著書を読んだくらいです。

だから疫学で証明ができるのかについては、正直言ってよく分かりません。

しかしブログの作者のように、「できない」と断定してよいのかは疑問に思います。

疫学で因果関係が証明できないとすると、ブログの作者は、何がどう証明されれば科学的な証明がされたことになると言うのでしょうか。

「証明」という言葉をどう定義するかの問題でもありますが、スウェーデンのガン増加の例で言えば、
チェルノブイリ発電所からどのような核種の放射性物質がどれだけ放出されたのか、
それがどのような経路でスウェーデンにたどり着いたのか、スウェーデンのどこにどれだけ舞い降りたのか、
住民がどこで、どれだけ、どのようにして被曝したのか、
内部被曝したのか外部被曝したのか、
どのような核種の放射性物質がどのような放射線をどの程度出し、患者のどの臓器のどの遺伝子にどのような障害をどの程度与えたのか
を証明しない限り科学的な証明をしたことにならないとでも言うのでしょうか。

そうだとしたら、水俣の悲劇から何も学んでいないことになると思います。

上記ブログの作者は水俣病に造詣が深い方のようですが、その方が疫学では証明にならないと主張するのは奇妙なことに思えます。

いずれにせよ紹介したブログは、「疫学調査だけでは『因果関係』は立証できない」ことを当然の前提として論を進めています。

私が言いたいのは、主張の前提が正しいのかという疑問を持たないとだまされてしまうということです。

●証明を待っていては遅すぎる場合がある

ちなみに、上記ブログの作者は、「事実を確認してから行動しろ」と言っているようにも受け取れますので、そのことは私の持論でもあり、賛成しますが、世の中には証明を待っていては手遅れになる場合があるという視点を持っていないと思います。

行政は、限られた情報から事実を推理し、政策を打ち出す必要に迫られる場合もあります。

その是非は別として、地球温暖化説の正しさが証明されているとは思えませんが、世界はこの説が正しいことを前提にして行動しています。

事実が確実に確認できない段階でも、事実を判断し行動を起こさないと手遅れになる場合があると思います。

世の中には、特に核マフィアの中には、「放射線の影響なんて大したことはない」と主張する、世に言う「大丈夫おじさん」や「大丈夫おじいさん」がいます。勝間和代氏のような「大丈夫おばさん」もいます。

高年齢層は放射線に対する感受性が鈍いので、実際、「大丈夫」と主張する人たちにとっては、低線量の放射線被曝では大した健康被害をもたらさないと思います。

しかし、胎児や若い世代が放射線の影響を受けやすいことは分かっています。

特に妊婦が、「大丈夫おじさん」たちが言っていることが本当かどうかを自分の赤ちゃんで試すようなことはしてほしくないと私は思います。

テレビやインターネットでは、専門家と称される人たちが放射線被曝の問題でいろいろな意見を言っていますが、その専門家が核マフィアの一員であるかどうか、高年齢者かどうか、そして子どもや若い世代の立場で発言しているかどうかを見極めてから参考にした方がいいと思います。

事実を確認しないままに行動して失敗したことはおそらくだれにであることであり、事実の確認が極めて重要であることは当然ですが、事実が証明できない段階でも、予防原則に基づいて行動しなければならない場合があると思います。

特に行政が「証明」を求めて不作為を継続することは許されない時代になったと思いますが、未だに「そんな事実は証明されていないから騒ぎ立てるな」と言う人がいることも現実だということです。

(文責:事務局)
文中意見にわたる部分は、著者の個人的な意見であり、当協議会の意見ではありません。
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