森雅子法務大臣は条文の文理解釈ができない

2020-02-12

●「検事長黒川弘務の勤務延長について」の閣議決定があった

2020年1月31日に内閣は、「検事長黒川弘務の勤務延長について」決定しました。

この閣議決定は、具体的には、東京高等検察庁の黒川弘務検事長(1957年2月8日生まれ)が今年2月8日に満63歳の検察官としての定年(検察庁法第22条)を迎えるので勤務を半年間延長させることを、国家公務員法第81条の3第1項に基づいて決定したというものです。

●弁護士からコメント続出

検察官に勤務延長の制度が適用されるのは、前代未聞、史上初の出来事です。

この閣議決定に問題があるということについては、主に弁護士からの意見が公表されています。

2月8日に公表された金原徹雄弁護士のブログの東京高等検察庁検事長定年延長問題について〜法律の規定は読み間違えようがないは、郷原信郎、渡辺輝人、海渡雄一各弁護士の意見を踏まえたもので、参照条文も丁寧に引用されていて、簡にして要を得た文章です。

(なお、毛ば部とる子の200210 「検事長定年延長問題」当時の議事録に「検察官には定年適用せず」も分かりやすくまとめていますので、これもお勧めです。)

しかし、金原弁護士の結論は、私が言いたいことと同じだと思うのですが、思考が柔軟なためか、「もしかしたら、第81条の2第1項「職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、(略)退職する。」とあるのだから、検察庁法第22条という「法律に別段の定めのある場合」であっても、第81条の2第1項により「退職すべきこととなる場合」に含まれるとでもいうのでしょうか?まさかとは思いますけどね。」という言い回しなので、政府のような解釈が成り立つ余地もある、と受け取る人もいると思われ、物足りない感じがします。

また、立憲民主党の枝野幸男代表(弁護士資格を持つ)は2月2日に「「検察官の定年は検察庁法で決められている。国家公務員法の規定を使うのは違法、脱法行為だ」と述べた。」(同日付け産経新聞)そうです。

しかし、「脱法」を使うべきではないと思います。

なぜなら、「脱法」とは、「法律に触れないような方法で法律で禁止していることを行うこと。うまく法の裏をかくこと。」(デジタル大辞泉)、「直接には違法でない方法で、悪い事をすること。法の網をくぐること。」(大辞林 第三版)であり、結局は違法でない場合を指すからです。

郷原弁護士も「したがって、国家公務員法81条の3による「勤務延長」の対象外であり、今回、検察官の定年退官後の「勤務延長」を閣議決定したのは検察庁法に違反する疑いがある。」(黒川検事長の定年後「勤務延長」には違法の疑い)と書いており、歯切れが悪いのです。断定して、後日誤りであったことが判明した場合には、相当格好悪い思いをするのは分かりますが。

●政府の法解釈はあまりにも粗雑

「2月3日の衆議院予算委員会において、森雅子法相は、国民民主党の渡辺周氏の質問に答え、「検察庁法は国家公務員法の特別法。特別法に書いていないことは一般法の国家公務員法が適用される」と説明したそうです(中日新聞・共同)。」(金原ブログから引用)

森雅子法務大臣(弁護士資格を持つ)の答弁は、動画からの金原弁護士による文字起こしによると、次のとおりです。

委員もよくご存知だと思うんですけれど、検察庁法は、国家公務員法の特別法にあたります。そして、特別法に書いていないことは、一般法である国家公務員法の方で、そちらが適用されることになります。検察庁法の22条を今お示しになりましたが、そちらには定年の年齢は書いてございますけれども、勤務延長の規定について特別な規定は記載されておりません。そしてこの検察庁法と国家公務員法との関係が検察庁法32(条)の2に書いてございまして、そこには(検察庁法)22条が特別だと書いてございまして、そうしますと、勤務延長については、同法が適用されることになります。

法律家閣僚の答弁とは思えません。

「同法が適用される」の「同法」とは、直前に出現した法律を指すので、検察庁法を指すことになるはずですが、文脈上は国家公務員法を指して「同法」を使っています。(「同」の使い方については、法令の用字・用語を参照)

こんなデタラメな用語法で答弁されたら、質問者はとっさに意味が把握できず、再質問ができないでしょう。それが狙いなのかもしれませんが。

●「書いてないからやっていい」とは限らない

それはともかく、「特別法に書いていないことは、一般法である国家公務員法の方で、そちらが適用される」は、正しくありません。

「特別法に書いていない」ということは、「一般法を適用してよい」と「一般法を適用すべきでないほど特別な法律である」という二つの意味を持つはずです。

つまり、検察官の勤務延長について検察庁法に書いていないことの意味は、「書いてないからやっていい」という趣旨である可能性もあるが、「書かれていないことはやってはいけない」という趣旨である可能性もあるのであり、どちらの解釈が正しいのかは、問題となっている特別法ごとに個別・具体的に検討して判断していくほかないのであって、原則論は成り立たないと思います。

ところが、森の答弁は、いきなり「書いてないからやっていい」という思い込みから出発しているように思われ、「書いていないことはやってはいけない」という趣旨かもしれない、という観点からの吟味をしていません(そう断定する根拠は後記のとおり、法律改定の経緯さえ調べていないからです。)。

従来検察官の勤務延長はされてこなかったのですから、「書いていないことはやってはいけない」という立場で検察庁法は運用されてきました。

したがって、この「書いていないことはやってはいけない」という長年の解釈を覆すには、それ相当の根拠が必要のはずですが、森の示した根拠は、「(特別法に)書いてないからやっていい」だけです。森が法学を学んだ大学では、こんな浅薄な法解釈学を教えているのでしょうか。

正確に言えば、森は、別の根拠も挙げています。2月10日の国会答弁で、検察庁法第32条の2には、国家公務員法の特例として、定年に関する規定としては第22条しか記載しておらず、国家公務員法で定年制を導入する際に、「(検察庁法に)勤務延長を規定しないということであるならば、そちらの方(検察庁法第32条の2)に(勤務延長を認めないことを定める条文の)記載がされるべきだと思われるが、記載されていないこと」も根拠として挙げますが、第22条が勤務延長を認めないという趣旨を含んでいるものとして解釈されてきたのですから、勤務延長を認めないことを定める条文をわざわざ設ける必要性はないので、検察庁法第32条の2において、定年退職関係については、第22条以外に記載する条文はありません。

したがって、上記根拠は成り立ちません。

●森は国家公務員法改定の経緯を調べていない

定年制を導入した改定国家公務員法は、1985年に施行されましたが、そのための国会審議は、1981年に行われました。

政府が検察官の定年制度についての解釈の大転換をしようとするなら、法律の改定の理由や改定の経緯(国会審議)くらいは調査してからにすべきですが、担当大臣の森は調査していませんでした。

2月10日の衆議院予算委員会で質問した山尾志桜里委員は、定年制を導入するための国家公務員法改定に関する国会審議で、1981年4月28日の衆議院内閣委員会で斧誠之助政府委員(人事院事務総局任用局長)が、検察官や大学教員は、一般職に導入される定年制の対象外であると答弁していることを指摘しました。そして、同年4月23日には、担当大臣の中山太郎が「定年制」という用語は、年齢、勤務延長、再任用等を含めたパッケージとして議論していることも指摘しました。(2020年2月10日 衆議院予算委員会(山尾志桜里、天皇後継者・検事長定年延長など)を参照)

このような国会審議がなされていたことを知っていたか、と質問された森は、「その議事録の詳細は存じ上げません。」とか「詳細は読んでおりません。」と答弁しました。

ぐうの音も出なくなった森は、「人事院の解釈ではなく、検察庁法の解釈の問題であると認識している。」と言い出しました。

つまり、人事院の職員が何と答弁していようと、検察庁法の所管大臣は自分であり、所管大臣の解釈が正しいのだ、と言いたいわけです。

そして、「検察庁法を所管する立場として解釈を申し上げます。」と前置きして、「検察庁法第22条は、国家公務員法の特例として、検察官の退職の年齢と退職時期を規定したものであり、勤務延長については国家公務員法が適用される。」という過去の政府見解を無視した答弁を、壊れたレコードのように4回くらい繰り返します。(答弁に詰まったら繰り返し読み上げる文章が用意されているのでしょう。答弁不能に陥ったら「壊れたレコード方式」で答弁するのは、北村誠吾・内閣府特命担当大臣(地方創生・規制改革)も総理大臣も同じです。)

森は、従来の政府見解を調べてもいないし、それを覆す明確な根拠も持たずに解釈を変更したのです。

●勤務延長の根拠規定とは

森のいう国家公務員法の勤務延長の規定とは、第81条の3の規定であり、次のように規定されています。

(定年による退職の特例)
第八十一条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。
○2 任命権者は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項の事由が引き続き存すると認められる十分な理由があるときは、人事院の承認を得て、一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない。

つまり、「定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において」、要件を満たす場合には、「同項の規定にかかわらず」勤務延長が認められる、ということが書かれています。

●「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合」とは

では、「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合」とはどんな場合かが問題となります。

国家公務員法第81条の2には、次のように規定されています。

(定年による退職)
第八十一条の二 職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の三月三十一日又は第五十五条第一項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日(以下「定年退職日」という。)に退職する。
〇2 前項の定年は、年齢六十年とする。ただし、次の各号に掲げる職員の定年は、当該各号に定める年齢とする。
一 病院、療養所、診療所等で人事院規則で定めるものに勤務する医師及び歯科医師 年齢六十五年
二 庁舎の監視その他の庁務及びこれに準ずる業務に従事する職員で人事院規則で定めるもの 年齢六十三年
三 前二号に掲げる職員のほか、その職務と責任に特殊性があること又は欠員の補充が困難であることにより定年を年齢六十年とすることが著しく不適当と認められる官職を占める職員で人事院規則で定めるもの 六十年を超え、六十五年を超えない範囲内で人事院規則で定める年齢
○3 前二項の規定は、臨時的職員その他の法律により任期を定めて任用される職員及び常時勤務を要しない官職を占める職員には適用しない。

第81条の2第1項を短くして分かりやすくします。

職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年退職日に退職する。

で、「定年退職日」とは、「定年に達した日以後における最初の三月三十一日又は第五十五条第一項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日」です。

人事院が2007年度に作成した定年制に関する説明資料国家公務員の定年制度等の概要には、「定年退職日」の説明として「定年に達した日以後の最初の3月31日又は任命権者が指定する日のいずれか早い日 (現在、全府省とも前者による。)」と書かれているので、おそらくは現在でも「任命権者があらかじめ指定する日」はどこの省庁でも定められていないと思われ、一律に「定年に達した日以後における最初の3月31日」と理解してよいと思います。

なので、国家公務員法第81条の2第1項は、次のように理解できます。

職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の3月31日に退職する。

なので、国家公務員法第81条の2第1項は、定年に達した日以後における最初の3月31日に退職する職員について規定しています。

そして、「定年に達した日」の「定年」とは、原則として年齢60年とされています(同条第2項)。ただし、医師、歯科医師、守衛等の特別な職員については、年齢65年とか年齢63年とか規定されていますが、誕生日に退職するのではなく、誕生日以後の最初の3月31日に退職することになります。

●検察官の退職の根拠規定とは

他方、検察庁法第22条には、次のように規定されています。

第二十二条 検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する。

つまり、「定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の3月31日に」退官するとか「任命権者があらかじめ指定する日に」退官するとか書かれていないので、63歳や65歳の誕生日に退官することになります。

だからこそ、国家公務員法第81条の2第1項は、検察庁法第22条のような規定があることを念頭に、「法律に別段の定めのある場合を除き」と規定しているわけです。

だから、国家公務員法第81条の2第1項は、「法律に別段の定めのある場合」については触れていませんよ、ということです。

したがって、国家公務員法第81条の2第1項は、検察官が検察庁法第22条により退職することについては規定していません。

したがって、検察官の定年退職が「職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合」(国家公務員法第81条の3第1項)に該当することはあり得ません。

金原弁護士は、このことを「法律の規定は読み間違えようがない」と言っています。

森大臣も山尾委員に「検察官の定年の根拠は何という法律か」と質問されて、「検察庁法でございます」と答弁しているのですから、検察官の定年退職は、国家公務員法第81条の2第1項により「退職すべきこととなる場合」ではないことを認めています。(2020年2月10日 衆議院予算委員会の26:48〜)この言質は重要です。

(したがって、金原弁護士の「もしかしたら、第81条の2第1項「職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、(略)退職する。」とあるのだから、検察庁法第22条という「法律に別段の定めのある場合」であっても、第81条の2第1項により「退職すべきこととなる場合」に含まれるとでもいうのでしょうか?」という疑問は解消されました。)

●念のため

誤解のないように、念のために書いておきますが、検察官とその他の一般職の職員の退職日の違いを理由に検察官には勤務延長の適用がないと書いているのではありません。分かりやすいので、その違いを強調しているだけです。

海渡雄一弁護士がTwitterで「検察官は誕生日に定年になり、その日に退職だ。国公法では「定年に達した日以後における最初の3月31日に」退職する。」と言っているのも、おそらく同じ趣旨でしょう。

現在、定年退職日について、検察官は誕生日主義、その他の一般職は年度末主義をとっているわけですが、仮に将来、検察官についても年度末主義に変更されるようなことになったとしても、それは、検察庁法の規定に基づいて変更されるのですから、勤務延長に関する国家公務員法第81条の3第1項が適用されないことに変わりはありません。

●条文に書いてないことはできないはず

私が言いたいことは、検察官の定年退職は、国家公務員法第81条の2第1項により「退職すべきこととなる場合」ではないのであるから、同法第81条の3第1項に基づいて勤務延長を認める余地はない、ということです。条文に書いてないことはできないということです。

条文の文言はどうでもいい、ということになったら、法治国家ではありません。

言っていることは、金原ブログと同じですが、金原ブログは、2月8日に書かれており、10日の衆議院予算委員会を見ないで、つまり森の言質が取れないまま書かれたので、「法律の規定は読み間違えようがない」と、タイトルでは言い切ったが、本文の末尾では疑問形になったのは仕方ないと思います。

金原ブログで指摘されているように、「政府は、国家公務員法第81条の3第1項にいう「定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において」という要件をどうクリアしようというのだろうか?」という点がこの問題のキモだと思います。

野党議員には、委員会審議で、国家公務員法第81条の2と第81条の3を記載したフリップを用意して、検察官の定年退職が「前条第一項の規定により退職」に該当しない以上、国家公務員法第81条の2を適用することはできないはずではないのか、という質問をしてほしいと思います。

つまり、検察官の退職が国家公務員法第81条の2第1項の条文、つまり「職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の三月三十一日(略)に退職する。」にどう当てはめることができるのかを質問してほしいと思います。

●フリップを用意した質問があった

上記のとおり原稿を書いてから、今日(2月12日)に衆議院予算委員会中継を見ていたら、後藤祐一議員が条文を書いたフリップを用意して、黒川の退職は「前条第1項の規定により」に該当しないだろうと質問していました。(国会中継 予算委員会 集中審議 2020年2月12日(水) 後藤祐一2:49:30〜)

しかし、下図のとおり、国家公務員法第81条の2第1項の条文は、(定年による退職)としか書かれていないため、黒川の退職をどうやって当該条文に当てはめることができるのかを答えさせることができませんでした。

フリップ

後藤は、「検察官の退官は81条の3では読めませんよ。なんで読めるんですか。」と質問をしましたが、森は、「その条文を読みますと、検察官の場合はですね、退職の年齢と退職の時期のみが特例になっているというふうに私ども解釈をいたしましたので、検察官はですね、定年制度自体はですね、一般職としてですね、他の国家公務員と同じようにとっているというふうに解釈をいたしますので矛盾をしていないというふうに考えております。」と答弁して逃げ切りました。

条文から離れた答弁を許してはならないと思います。

森の言い方は、とにかく自分たちはこう解釈したと強調しているので、文理解釈が成り立たないことには気づいているようです。誰でもいいから野党議員は早くとどめを刺すべきです。

●何が問題か

何が問題かと言えば、国家機構の上層部がまともな法解釈ができないということです。

今の総理大臣にまともな法律解釈を期待する人はいないでしょう。

法務大臣も、上記のとおり、法律改定の経緯を調べないし、条文の文言を無視した解釈をしています。

そして、問題の中心である黒川東京高検検事長も勤務延長の辞令を受け取ったのですから、法律の解釈ができない人と言えます。

法務大臣も検事総長候補もまともな法解釈ができないのですから、情けないったらありゃしない。

国家機構の上層部にいる法曹たちがまともな法解釈ができないのですから、この国はもう終わっているのでしょう。

結局、自民党と公明党を支持する国民の責任です。

なお、金原ブログが上記ページの続編として、山尾質問を踏まえた東京高等検察庁検事長定年延長問題について(2)〜政府の解釈はこういうことだろうか?を2月11日に掲載しましたので、紹介します。

(文責:事務局)
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