2020年3月2日付け東京新聞には、黒川弘務検事長勤務延長問題の本質について次のように書かれています。清水俊介記者の署名記事です。
検察官には国家公務員法の定年延長制は適用されないー。この従来の法解釈を政府はいつ変えたのか。これが問題の核心だ。
つまり、解釈の変更が先か、勤務延長の処分が先か、それが問題の核心だというわけです。
確かに、勤務延長の処分が先で解釈の変更が後付けであることは見え見えであり、手続違反は大問題ですが、こうした見方が妥当だとは思えません。野党もマスコミもおかしな方向に走っていると思います。
なぜなら、手続違反が問題だ、という問題の立て方をすると、解釈の変更が先であることを政府が証明したら(できないでしょうけど。)問題ないことになってしまうからです。
手続違反は問題の核心ではないと思います。
問題の核心は、政府の解釈が成り立つのかだと思います。
ちなみに、国家公務員法改定当時の政府の見解を法務大臣が知らなかった疑惑があることが問題になっています。法律の解釈に際して、立法者意思も重要な考慮要素ではありますが、まずは文理解釈が成り立つかを検討すべきであることは、過去記事に書いてきたとおりです。
●なぜ追い詰めないのか
1980年作成の想定問答集を入手した後藤祐一議員は、2020年2月25日の衆議院予算委員会第3分科会で次のように質問しています。【暫定字幕表示】コニタン想定問答集発見受け後藤祐一「検察官には定年延長規定が『適用されない』との解釈が政府内の統一見解だった」→森まさこ「想定問答集に記載されているが、過程や理由はつまびらかではない」2020年2月25日衆議院予算委員会,後藤祐一(立国社)森まさこ法務大臣
後藤:国家公務員法の81条の2で定義されている定年の退職時期については、検察官には適用されないということでよろしいですね。(16:11)
森:はい。適用されないと理解しております。(16:20 )
検察官には国家公務員法第81条の2第1項が適用されないことを森は認めたのです。(2月10日の山尾質問にも検察官の退職の根拠法は検察庁法だ、と答弁しました。)それは当然です。同項には、「法律に別段の定めのある場合を除き」と書かれているのですから、検察庁法のような特別法がある場合について規定するものではないということです。
そして、勤務延長を定める国家公務員法第81条の3第1項には、「定年に達した職員が前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において」と規定されています。
「前条第1項」つまり「第81条の2第1項」の規定により退職する職員の勤務延長が可能だと規定しています。
つまり、第81条の3第1項は、「第81条の2第1項」の規定により退職する職員ではない職員については規定していないのです。
したがって、「第81条の2第1項」の規定により退職する職員ではない職員である検察官に第81条の3第1項の規定を適用する余地はありません。
単純な話だと思いますが、なぜか衆議院の野党議員は、「法律に別段の定めのある場合を除き」という文言に興味を示しません。
おまけに検察官は、3月31日ではなく、誕生日の前日限りで退職するのですから、国家公務員法第81条の2第1項の規定により退職する職員ではない職員であることがはっきりしていますから、同法第81条の3第1項の規定を適用することができないことも明白です。
●あり得ない解釈に内閣法制局がお墨付きを与えた
問題なのは、内閣法制局が、法務大臣によるあり得ない解釈に対して、お墨付きを与えたことです。
内閣法制局は、「法律に別段の定めのある場合を除き」の意味を変えてしまったということです。
条文に「法律に別段の定めのある場合を除き」と書いてあったら、「法律に別段の定め」がある場合は、当該条文で規定することから除かれるのです。当然ですが。
専門家の言葉を借りれば、「この場合(他の法律に別段の定めがある場合を除くほか、この法律の定めるところによる、と規定されている場合)には、右の規定を置く法令が一般法であることを示すとともに、特別法がある場合には特別法が優先するものであることを示している。」(前田正道編「ワークブック法制執務」全訂p642)のです。
しかし、近藤正春内閣法制局長官は、「法律に別段の定めのある場合を除き」と書いてあっても、「法律に別段の定め」がある場合を除かない、と言ったのです。
つまり、「法律に別段の定めのある場合を除き」と書いてあっても、一般法を優先させるということであり、「法律に別段の定めのある場合を除き」と規定する意味がなくなったのです。
内閣法制局は、特別法は一般法に優先する、という法解釈の大原則を明記する表現の意味を変えてしまったのです。
国会議員は、内閣法制局が「法律に別段の定めのある場合を除き」と規定することの意味を変えてしまった責任を問いただすべきだと思います。
コトバンクによれば、「行政府内では、内閣法制局が政府の活動の法的妥当性を担保する役割りを担うことから法の番人とされる。」のですが、その内閣法制局が、「ダメなものはダメ」と言えず、首相がそういう解釈をしたいなら、それでもいいんじゃないの、と言ってしまったことが問題の核心だと思います。
「法律に別段の定めのある場合を除き」という文言の意味を政府内の法の番人が変えてしまったのですから、政府が提案した法律の中の「法律に別段の定めのある場合を除き」は、実は「除かない」という意味に解釈しなければならくなるのですから、法律家の間では大問題になるはずですが、学者も日弁連もなぜか騒いでいないと思います。今のところ。