栃木県は利水代替案の検討結果を記載した資料を廃棄してしまった

2013年10月7日

●思川開発事業の利水代替案の詳細を情報公開請求した

思川開発事業について栃木県知事は、2001年1月9日に思川開発事業に関係する部・課長で構成する思川開発事業等検討委員会を設置しました。同委員会は、次のとおり4回開催されました。
第1回 2001年1月23日
第2回 2001年3月9日
第3回 2001年3月27日
第4回 2001年5月8日

思川開発事業等検討委員会では、利水代替案も検討され、議事録も公開されていますが、利水代替案の詳細な内容については議事録に記載されていません。

公表されている資料には、「鬼怒工水の転換は南摩ダムの場合より事業費が増大する」と書かれているのですから、鬼怒工水の転換に要する費用を積算していることになります。つまり、鬼怒川の水をどうやって県南市町が利用するのかについて具体的で詳細な検討をしたはずです。

そこで私は、2013年9月10日に栃木県知事に対し、「2001年以降に栃木県で検討された思川開発事業の利水代替案の内容が分かる資料」の公開を求めたところ、2013年9月13日付け砂水第152号により公文書非開示決定通知書が届きました。

●文書の廃棄を理由とする非開示だった

公文書非開示決定通知書に書かれた「開示をしない理由」は、「請求に係る公文書は保有していません。」でした。さらにその理由として次のようにと書かれていました。

2001年度の「栃木県思川開発事業等検討委員会」の簿冊については、保存年限(10年)満了により廃棄しました。

しかし、こんなことがあってよいのでしょうか。

栃木県が思川開発事業に参画するという事業は、完成していません。事業が完成する前に当該事業に関する重要な文書を廃棄することが許されるものでしょうか。

●栃木県は費用対効果に関する資料を廃棄した

上記のように、公表されている資料には、「鬼怒工水の転換は南摩ダムの場合より事業費が増大する」と書かれています。つまり、鬼怒工水の用途を転換するという代替案は、思川開発事業に参画するという案よりも事業費が高くつくという費用対効果分析を行ったわけです。

ところが、ではなぜ代替案の方がコストが高いということになるのかを、今、検証しようとしても、資料が廃棄されてしまっているということです。

栃木県は、事業の費用対効果に関する資料を廃棄したのであり、これは重要な問題だと思います。

●文書学事課職員は判断拒否

そこで私は、2013年10月3日に、県庁内の保存文書の管理等を所管する栃木県文書学事課を訪れ、砂防水資源課が利水代替案の検討結果を記載した文書を廃棄してしまったことの是非を問いました。

文書学事課のグループリーダー以下3人が対応してくれましたが、答えは、その是非を「判断できない」というものでした。

「砂防水資源課が発行した非開示通知書だけを見せられただけでは分からない」と言うので、思川開発事業は49年前の1964年に構想が発表されたこと、栃木県が正式に参画表明したのは2001年であること、その後12年経過してもダムの本体着工に至っていないこと、公共事業にとって代替案の検討は極めて重要な意味を持つことなどを説明しましたが、答えは変わりませんでした。(本当は、思川開発事業について文書学事課の職員に十分な知識があるかどうかは問題の本質とは関係がありません。「事業の完了前に当該事業に関する重要な資料を廃棄してよいか」が事の本質だからです。そして、公共事業部門を経験していなくても、中堅職員なら公共事業においては代替案の検討が重要であることは分かるはずです。)

「事業が完成する前に検討資料を廃棄してしまうのはおかしいでしょう」と言っても、意味が分からないという顔をしているだけです。

職員側の言い分は、文書の保存期間については、本件のように10年保存文書であれば、栃木県文書等管理規則の別表の「その他10年保存を要するもの」にどのような文書を含めるかの判断基準をどう立てるかは、原課に任せてあるのだから、その判断基準をいちいちチェックしていられないのであり、個々の文書を10年保存としたことをいいとか悪いとか言えないということです。

この言い分に対しては、「県民が苦情を言いにきている事案についてまで是非を判断しないのは、県庁の文書管理の元締めとしての責任放棄ではないのか」と私は言いましたが、これも理解できない様子でした。

また、私は、「思川開発事業については、2004年11月から栃木県知事を被告とする住民訴訟が提起され、現在も係属中であるにもかかわらず、代替案の検討結果という重要な資料を廃棄してしまうことは、なおさらおかしいと思わないか」と職員に聞きましたが、反応がありません。

とにかく、県庁舎だけは立派になりましたが、職員の意識は旧態依然であり、職員と住民の感覚の隔たりは大きく、この隔たりはこれから百年経っても埋まらないなと思いました。例外的事象はあるとしても、本流の部分において職員が住民の立場を考えることなど未来永劫ないのでしょうね。

栃木県の職員としては、私の住民感覚は県民の感覚を代表するものではなく特殊だと言いたいでしょうが、後記のように、国の公文書を対象とした「公文書等の管理に関する法律」は、公文書の管理は主権者のために行うものであり、公共事業に関する検討方向書や費用対効果の分析に用いた資料は、事業の完了後の廃棄するものと規定しており、私の感覚は特殊なものではありません。おかしな法律はたくさんありますが、公文書等の管理に関する法律にはまともなことが書かれていると思います。

●なぜ住民の感覚と職員の感覚は一致しないのか

例外的事象はあるとしても、本流の部分において職員が住民の立場を考えることなど未来永劫ないように思えるのはなぜか、職員が県民の立場を考えないのはなぜかと言えば、職員が何のために働いているのかについて意識のズレがあるからだと思います。

法律には、「すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し」(地方公務員法第30条)と書かれているように、住民としては、職員は住民の利益のために働いていると思いたがりますが、実際には、職員の多くは、生涯に得られる収入の最大化を目指して仕事をしていると思われます。

県職員としては、「公共の利益だって考えて仕事をしているよ」と反論したい人もいるかもしれませんが、それならなぜ事業の費用対効果に関する資料を事業の完了前に、しかも訴訟係属中に廃棄するのか、そしてなぜそのことの是非を判断できないと言うのかを説明できないと思います。

●文書廃棄による情報隠蔽は昔からあった

似たような情報隠しの事例は結構ありました。

環境行政改革フォーラム論文集 Vol.1 No.2に掲載されている意見書「「公文書管理のあり方」について」(青山貞一(武蔵工業大学大学院)、上岡直見(環境自治体会議・環境政策研究所)、 田中信一郎(明治大学大学院)、福井秀夫(政策研究大学院大学)、○政野淳子(東京工業大学大学院) )を見ると、行政が都合の悪い情報を廃棄した事例、あるいは廃棄したかどうかは不明だが保存期間の満了を口実として情報を出さなかった事例が挙げられています。

「八ツ場ダム事業の費用便益分析の元となる年平均被害軽減額の算出根拠が不存在であることが08年6月3日に参議院財政金融委員会で判明。」、「農水省が大規模林道40区間の費用対効果分析の元になった計算データを廃棄されていたことを08年2月25日朝日新聞が報道。」、「東九州自動車道「椎田南―宇佐区間」調査検討のための業務契約および調査検討業務の成果報告書が不存在であることが08年4月16日衆議院国土交通委員会で判明。」等々があります。

●国は公文書等の管理に関する法律を制定した

文書管理の在り方を提言する上記環境行政改革フォーラムなどによる活動が実ったのか、国は、公文書等の管理に関する法律(2009年7月施行)を制定しました。

公文書等の管理に関する法律施行令(2010年12月施行)別表に行政文書名に応じた保存期間を規定し、その第27号に「直轄事業として実施される公共事業に関する次に掲げる文書」として、以下の文書の保存期間を「事業終了の日に係る特定日以後五年又は事後評価終了の日に係る特定日以後十年のいずれか長い期間」と規定しました。

文書の保存期間の起算点は、原則は、文書を作成し、又は取得した日の属する年度の翌年度の4月1日です(同令第8条第4項)が、公共事業に関する文書のように、「文書作成取得日においては不確定である期間を保存期間とする行政文書」(同条第7項)については例外を設けているわけです。

イ 立案基礎文書並びに立案の検討に関する審議会等文書及び調査研究文書
ロ 公共事業の事業計画及び実施に関する事項についての関係行政機関、地方公共団体その他の関係者との協議又は調整に関する文書
ハ 事業を実施するための決裁文書
ニ 事業の経費積算が記録された文書その他の入札及び契約に関する文書
ホ 工事誌、事業完了報告書その他の事業の施工に関する文書
ヘ 政策評価法による事前評価及び事後評価に関する文書


2011年度に施行された国土交通省行政文書管理規則も、文書の保存期間について公文書等の管理に関する法律施行令別表にならった規定を置いています。

すなわち、「公共事業の実施に関する事項」のうち「直轄事業として実施される公共事業の事業計画の立案に関する検討、関係者との協議又は調整及び事業の施工その他の重要な経緯」については、「事業終了の日に係る特定日以後五年又は事後評価終了の日に係る特定日以後十年のいずれか長い期間」を保存期間としています。他の省庁の行政文書管理規則も同様と思われます。

●自治体は公文書等の管理に関する法律をまねるべきだ

都道府県は、公文書等の管理に関する法律施行令をまねて文書管理規則を制定すべきだと思いますが、まねている都道府県は、少ない時間にいくつか調べた限りでは見つかりませんでした。

なお、都道府県が国をまねる場合、「直轄事業として実施される公共事業に関する次に掲げる文書」とされてしまうと、国の直轄事業に都道府県が参画する場合は関係文書を安易に廃棄してもいいということにもなりかねませんので、そうならないように手当をすべきだと思います。

公文書等の管理に関する法律第1条には、次のように規定されています。

この法律は、国及び独立行政法人等の諸活動や歴史的事実の記録である公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであることにかんがみ、国民主権の理念にのっとり、公文書等の管理に関する基本的事項を定めること等により、行政文書等の適正な管理、歴史公文書等の適切な保存及び利用等を図り、もって行政が適正かつ効率的に運営されるようにするとともに、国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする。

実態はともかく、建前としては実にすばらしいことが書かれています。「公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであることにかんがみ、国民主権の理念にのっとり、公文書等の管理に関する基本的事項を定める」、「国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする。」という記述は、涙がこぼれるくらい真っ当です。

ところがほとんどの自治体では、建前としても主権者のための文書管理という基本はうたわれていません。したがって、職員の意識も旧態依然です。

自治体が国レベルの文書管理規則を持つようになるのはいつのことでしょうか。

●栃木県はなぜ利水代替案の検討資料を廃棄したのか

思川開発事業利水問題証人尋問(その1)〜栃木県は代替案を検討していなかった〜でお知らせしたように、元砂防水資源課長の印南洋之氏は、2013年7月17日に東京高裁の法廷において、栃木県は、国から思川開発事業の利水代替案について検するように求められていないと虚偽の証言をしました。

このことと、栃木県が利水代替案の検討資料を廃棄してしまったこととは、関連があるように思えてなりません。

「栃木県思川開発事業等検討委員会の検討結果について」(2001年5月)という資料に書かれているように、「鬼怒工水の転換は南摩ダムの場合より事業費が増大する」のであれば、正々堂々と根拠を示して代替案はダム案より劣るのだということを説明すればいいのに、関係資料を廃棄してしまったり、国から代替案の検討を求められていないなどとウソの証言をしたりするのはなぜなのでしょうか。

とにかく栃木県は、利水代替案の問題を異常に避けているとしか思えません。なぜ避けるのかと言えば、利水代替案を検討すると、思川開発事業に参画する理由がなくなってしまうからではないでしょうか。

(文責:事務局)
文中意見にわたる部分は、著者の個人的な意見であり、当協議会の意見ではありません。
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