今泉判決のどこが間違っているのか(その1)

2011年5月15日

●ダム訴訟判決で住民を敗訴させて東京高裁に栄転しよう

私たちが2004年11月9日に宇都宮地方裁判所に提訴していた訴訟(南摩ダム、湯西川ダム、八ツ場ダムの三つのダムに関する住民訴訟)の判決が2011年3月24日に下されました。

判決を書いたのは、今泉秀和裁判長、有冨正剛裁判官及び新村晃一裁判官です。

判決の内容は、「被告(栃木県知事)が独立行政法人水資源機構に対して思川開発事業からの撤退を怠る事実が違法であることの確認を求める訴えを却下する。」、「原告らのその余の請求をいずれも棄却する。」というものでした。

私たちは、栃木県が八ツ場ダムの負担金を支払うことが違法であるという点については、絶対に勝てると予想していましたが、裁判所はそれさえも認めませんでした。

この判決を書いた今泉秀和裁判長は、4月1日に東京高裁判事に栄転しました。

そう言えば、東京地裁が無駄な公共事業にお墨付きを与えたでお知らせしたように、2009年1月28日に同訴訟の判決を書いた柴田秀裁判長は、同年4月1日には、東京高裁判事に栄転しています。

ダム訴訟で住民を敗訴させる判決を書いた裁判長が東京高裁に栄転するのは、単なる偶然でしょうか。

●判決は被告の主張を鵜呑み

今泉判決のどこが不当なのかを検証してみましょう。

まず、八ツ場ダムの治水負担金に関して検証します。

宇都宮地裁は、八ツ場ダムの治水負担金を栃木県が是認する理由として次のように書きました。

上記認定事実によれば、八ツ場ダム建設(洪水調節に係るものに限る。)に係る栃木県の負担割合は、想定氾濫区域をもとに決定されたものであり、この決定過程に不合理な点を認めることはできず、国土交通大臣が、栃木県は八ツ場ダムによる洪水調節によって約24平方キロメートルに及ぶ浸水被害が防止できることを理由に、栃木県が河川法63条1項所定の「著しい利益を受ける」として、栃木県の負担割合を定めたことについて不合理と認めることはできない。(p98)

「上記認定事実」を抜粋すると次のとおりです。

「想定氾濫区域図」(乙64)は、八斗島地点の基本高水流量毎秒2万2000立方メートルを前提に、八斗島上流の既設ダム(八木沢、藤原、相俣、薗原及び下久保)による洪水調節後の八斗島地点の流量である2万0400立方メートルをもたらす洪水を対象洪水とした上、利根川の計画高水位より地盤の高さが低い利根川沿川の区域を氾濫が想定される区域として示したものであり、多様な洪水パターンにより変化せず、また、各都県に共通して使用できる図面である。

これによれば、栃木県内の氾濫区域は足利市、佐野市及び藤岡町の一部であって、その氾濫区域内の浸水面積は約24平方キロメートルであった。(p69〜70)

判決は、「決定過程に不合理な点を認めることはでき」ないと書いているのですから、国土交通省による調査嘱託回答(2008年4月9日付け国関整河計第162号)による次の説明を是認していることになります。

利根川の洪水により浸水被害を被る可能性があるとした栃木県の区域は、八ツ場ダムを含め利根川上流ダム群の洪水調節によって利根川の洪水流量の低減が図られることにより、水害発生が防除され、また、水害が発生した場合は被害軽減されることから、治水上の利益を受けることになります。(調査嘱託回答p3)

判決は、被告の言い分をおかしくないと言っているのです。

●虚構の基本高水を前提としている

判決は、「「想定氾濫区域図」(乙64)は、八斗島地点の基本高水流量毎秒2万2000立方メートルを前提に」建設省が作成したことを前提に書かれていますが、利根川の基本高水が毎秒2万2000立方メートルとすることが妥当である前提は成り立ちません。なぜなら、馬淵澄夫国土交通大臣(当時)が2011年1月5日の記者会見で、利根川の基本高水を再検証する理由として次のように述べたからです。

基本高水を検討するメンバーといいますか、検討する枠組みに関しましては、まずは八ッ場ダム、これをなぜ基本高水の見直しを指示したかと言えば、今まで基本高水の問題というのは何ら問題ないということを国土交通省としては一貫して言い続けてきたわけです。

しかし、平成17年報告書の中では確認ができなかったと、これは昭和55年の結果ありきではないかということを、改めて私が国民の皆様方に明らかにした上で検討を行うと申し上げたわけでありますから、まずはすべての水系ではなくて利根川水系について行うということであります。
http://yamba-net.org/modules/news/index.php?page=article&storyid=1115

利根川の基本高水の再計算を国土交通省自身ができないほど問題があることを国土交通大臣が認めているのであるから、利根川の基本高水が毎秒2万2000立方メートルであることを前提にした立論は誤りです。

なお、原告らは、上記馬淵発言は口頭弁論終結後に発生した新たな証拠であるとして、2011年2月に宇都宮地裁に対して弁論の再開を申し立てましたが、裁判所は再開を認めませんでした。再開を認めない理由は示されませんでしたが、「認めてしまうと、基本高水2万2000トンが崩れてしまい、本判決が書けなくなるから」としか考えられません。  

本判決は、利根川の基本高水が毎秒2万2000立方メートルであるとすることが妥当であるという虚構の上に成り立っている点で誤りです。

●確率論を無視している

栃木県が八ツ場ダムによって「著しく利益を受ける場合」(河川法63条1項)とは、「栃木県の区域が利根川の氾濫によって浸水被害が生じる」、「八ツ場ダムの洪水調節機能によって当該被害が軽減される」及び「当該被害が軽減される程度が著しい」という三つの条件が満たされる必要があります。  しかし、八ツ場ダムによって栃木県の浸水被害が軽減されるか、また、その程度が著しいかはともかく、「栃木県の区域が利根川の氾濫によって浸水被害が生じる」という大前提が成り立たちません。  

利根川の氾濫で栃木県の区域が浸水したことがないという証拠はあっても、浸水したという歴史上の記録はなく、本件で立証されてもいません。  

河川法63条1項には、「著しく利益を受ける場合」と書いてあるのですから、同条の規定により栃木県が八ツ場ダムの治水負担金を課されるためには、実際に栃木県の区域が利根川の氾濫により浸水することが、利根川の治水計画と同じく200分の1の確率で発生することが要件となると解すべきです。  

八ツ場ダムは、200分の1という確率を前提とした治水計画に基づくダムです。その負担割合を決める計算過程において確率を変えることや無視することは許されません。許されるとすれば、同ダムの恩恵を受けない地域の住民が建設費の負担を強いられることになり不当であるからです。  

ところが判決は、栃木県の区域が利根川の氾濫により浸水するという事態がどの程度の確率で発生するのかを説明していないし、審理もしていません。  

「利根川の計画高水位より地盤の高さが低い利根川沿川の区域」(判決p69)に利根川の洪水が浸水するとは限りません。現に過去一度もそのような事態は起きていません。  

利根川の氾濫水によって7キロメートル以上も離れた足利市等の栃木県の区域が浸水することなど、全く考えられません。  

確かに、地盤の高さが低い土地には浸水する可能性がありますが、栃木県が八ツ場ダムの治水負担金をどれだけ負担するかを決めるためには、利根川の氾濫洪水で実際にどの程度の確率で浸水するかが問題とされなければなりません。  

ところが判決は、「利根川の計画高水位より低い土地には利根川の洪水が浸水する可能性がある」という確率論を無視した論法で被告の主張を採用した誤りがあります。

●「著しい利益」かどうかが説明されていない  

判決は、「24平方キロメートルに及ぶ浸水被害が防止できる」ことが、なぜ「著しい利益」といえるのかを説明していないのに、河川法63条1項の適用を認める誤りを犯しています。  

利根川の洪水が足利市まで来ることを説明できないのですから、その水害をダムによって防げることによって得られる利益が著しいかどうかは、なおさら説明できるはずがありません。  

●論理に誤りがある   

判決は、「利根川水系利根川浸水想定区域図」(甲B63)と「想定氾濫区域図」(乙64)とは「作成目的が異なっており」後者を用いて負担割合を決めたことに不合理はないと説きます。  

そうであれば、「想定氾濫区域図」(乙64)とは何か。その根拠となる規定は、河川法施行規則1条の2であり、同条は、「国土保全上又は国民経済上特に重要な水系を指定する政令の制定又は改廃の立案の基準」を定めるものです。

要するに「想定氾濫区域図」(乙64)は、ある水系を一級水系とするか直轄管理水系等とするかを判断するために便宜上作成される図面であり、河川法63条1項の負担金の割合を定めるのに適切な図面とは言えません。  

判決は、「想定氾濫区域図」(乙64)は、多様な洪水パターンにより変化しないとか、各都県に共通して使用できるとか書きますが、洪水パターンに左右されない図面であれば、各都県の治水負担金の割合の算定にどのような図面を用いてもよいというものでもありません。  

およそ利根川の浸水が想定できない区域を利根川による想定浸水区域に含めて各都県の負担割合を定めることは許されるものではありません。  

判決は、「想定氾濫区域図」(乙64)は、「多様な洪水パターンにより変化」しないと説明します。その意味は、各都県の治水費用の負担割合を算定するに当たって、「多様な洪水パターンにより変化」しない図面を用いる方が、ある特定の洪水パターンを前提とした浸水想定区域図を用いるよりも妥当であるということです。  

しかし、上記のように、「想定氾濫区域図」(乙64)は、地盤高だけを基準に作成された氾濫区域図であり、全く現実には起こりえない事態を想定した架空の想定図です。  

ある特定の洪水パターンを前提とした浸水想定区域図を用いることが不当であるとするならば、どのような洪水パターンによっても起こりえない氾濫を想定した図面を用いることの方がなお一層不当です。  

起こりえない氾濫を想定した図面を用いるよりも、現実性のある、ある特定の洪水パターンを前提とした浸水想定区域図を用いる方が余程妥当性があります。  

判決は、全くあり得ない想定図を用いる方があり得る想定図を用いるよりも合理的であるとしている点で誤りを犯しています。  

(文責:事務局)
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