思川開発事業の関係地方公共団体からなる検討の場は茶番だった

2016-07-12

●ちょいと「検討の場」をのぞいてきた

2016年6月21日の16時から東京都千代田区のホテル グランドアーク半蔵門において思川開発事業の関係地方公共団体からなる検討の場(第1回)とその幹事会(第7回)の合同会議が開催されました。

会議は4階で開かれましたが、傍聴者は2階の部屋でのスクリーン映像の視聴しか許されません。

傍聴会場には60席ほど用意されましたが、傍聴者は7人でした。

会議は50分ほどで終了しました。シャンシャン総会です。

●これほど鉄壁の八百長装置がないと事業継続の結論を出せないのか

会議は絵に描いたような茶番劇でした。

思川開発事業の検証の検討主体は、水資源機構と関東地方整備局です。

「検討の場」の構成員は、関係自治体の知事と市区町長です。

幹事会の構成員は、関係都県の部長です。ただし、課長が代理で出席することが多いのが実態です。

このような組織構成においては、事業に異を唱える者は誰もいません。

そして、ダム案と代替案のコストを比較する場合には、ダム案については、残事業費と比較すればよいことになっています(ダム事業の検証に係る検討に関する再評価実施要領細目p14)。

関係住民の意見を聴く機会は、パブリックコメントと「意見発表」しかありませんが、そこで出た民意を事業者が無視しても何のおとがめもありません。

「学識経験を有する者」の意見も聴くことになっていますが、誰を「学識経験を有する者」として選任するかは、検討主体の自由な裁量に任されていますから、「事業を中止すべきだ」という意見を持っている人が選任されるはずがありません。

即ち、国は、どう転んでも「事業継続」の結論しか出ないような舞台装置を設置した上で検証作業を行っているわけです。

ここまでやらないと「事業継続」の結論を得られないとは情けないと思います。

●中止したダムもあるにはあるがまともな検証の結果ではない

このように書くと、国は「検証対象の83ダムのうち25ダムで中止の結論も出ているぞ」と反論するでしょうが、中止の結論が出たダムは、ほとんどが県が事業主体の小規模なダムでダムマフィアにとってうまみの少ない事業です(国交省検証ダム一覧参照)。

国の事業で中止になったのは6ダムのみです。詳しい分析はしていませんが、土建予算が削減される中で、需要減少などの理由で造る意味がどうにも説明できなくなったということだと思います。

戸草(とぐさ)ダム(長野県伊那市)については、高さ140m、総貯水容量6100万m3、総事業費約1000億円と、マフィアにとってうまみのある事業だったのですが、田中康夫知事から「諏訪地方の精密機械工場への利用を計画していた工業用水事業からの撤退」(Wikipedia)を告げられ、「水力発電事業についても一切事業内容の骨子が固まっていない状態であった」(同)ために国土交通省が中止の方針を出していたものです。

国土交通省は第1次小泉内閣の「聖域なき構造改革」の一環で全国的な直轄ダム事業の見直しを行う中で、2005年から検討を始め、2008年6月に中止の方針を発表しました。

民主党政権によるダム検証が始まる前に国土交通省が中止を決めていた事業だったのですから、ダム検証のリストに載せる必要はなかったわけです。

戸草ダムは、中止ダムの数の水増しに使われたと思います。

注意すべきは、国土交通省は、2008年の中止発表の際、「計画は中止ではない。当面先送りするということ。治水の必要性は変わっておらず、基本方針の中では戸草ダムも有力な候補のまま。関係住民の理解が得られるよう努力したい」(伊那谷ねっとの記事「戸草ダム建設見送り」)と言っていることです。

国土交通省は、戸草ダムのダム検証においても、「河川整備計画の目標を達成する手段としては河道整備及び既設ダムの洪水調節機能の強化が優位であるため、長期的な治水に関する目標の達成に向けて必要となる洪水調節施設として、今後の社会経済情勢等の変化に合わせ、建設実施時期を検討する。」(三峰(みぶ)川総合開発事業(戸草ダム)の検証に係る検討報告書p38)としており、あきらめていません。死んだふりです。

国土交通省は、既に中止と決めていたダムを検証リストに挙げただけでなく、「建設実施時期を検討」しているだけだと宣言しているのですからたちが悪いと思います。

七滝ダム(熊本県)についても「「国土交通省所管公共事業の再評価実施要領」第5 再評価の手法 4 対応方針又は対応方針(案)決定の考え方に基づき、河川整備計画期間中における七滝ダム建設事業の継続が妥当と判断できないことから、事業を中止するものとする。なお、河川整備基本方針の達成に向けた将来的な対応を検討する際は、七滝ダムも選択肢から排除することなく検討する。」(2010年度 第5回 九州地方整備局事業評価監視委員会の資料p17)というのが国土交通省の対応方針であり、「七滝ダムも選択肢から排除することなく」というのですから、あきらめたわけではなく、死んだふりです。七滝ダムの総事業費は約395で直轄ダムとしては小規模ですから、犠牲にしやすかったと思います。

丹生ダムについては、総事業費約1100億円と大規模ですが、「(ダムだけに頼らない方針だった嘉田由紀子滋賀県知事がいた)関係府県からは、水需要など社会情勢の変化を踏まえると緊急性が低いとする意見が出されている」(検討報告書)ことから国が断念せざるを得なかったもので、まともな検証の結果ではありません。

国土交通省としても、計画中のダムを全部造れないことは分かっていますから、犠牲にするものは犠牲にすることによって、きちんとした検証をやっているという印象を国民に与えた方が得策だという計算があると思います。

しかし、犠牲にしたといっても、本当にあきらめたわけではなく、一時的にあきらめたふりをするということです。国土交通省が「飯の種」をそう簡単に捨てるはずがありません。

いつか土建予算を十分に確保できる時代が来たら、国土交通省は、中止したダムを復活させることは目に見えています。

あの川辺川ダムでさえ、中止の方針が示されていますが、正式に廃止されていません。

足羽川ダムのように、1997年のダム審議会で中止となったはずのダムが検証で生き返るような事例も発生しました。

したたかな国土交通省がダム検証をまともにやっていると思うのは大きな間違いです。

●知事や市長は事業を理解していないと思う

検討の場の構成員の発言を聞いていると、福田富一・栃木県知事は南摩ダムの効果で水位が何cm下がるのかを知らないのに、南摩ダムが2015年9月洪水に効果があると言っていると思います。

私は、2016年2月22日に「思川で基本高水流量が流下した場合の乙女地点及び観晃橋地点における南摩ダムによる流量及び水位の低減量」を栃木県に対し情報公開請求しましたが、栃木県は同月26日、私に「公文書非開示決定通知書」を送付しました。理由は、「開示請求に係る文書は保有していません。」でした。

したがって、福田知事は、南摩ダムの効果で水位が何cm下がるのかを知らないと思います。それでも2015年9月洪水に効果があると言っているわけで、効果も分からないのに早く造れと言うのは無責任な話です。

多田正見・江戸川区長は、治水効果があるという前提で早く完成させろと言っていると思います。南摩ダムは、流量を1.6%しか削減できないことをどう考えているのでしょうか。江戸川区長が南摩ダムを理解しているとは思えません。

●栃木市長は「協力します」と言った(この見出しでは不正確な記述がありますので、別ページ思川開発事業の関係地方公共団体からなる検討の場は茶番だった(その2)〜栃木市長発言を分析してみた〜で修正しましたのでご注意ください。)

鈴木俊美・栃木市長は、「(思川開発事業に)協力します」と発言しました。本音が出た発言だと思います。

栃木市が南摩ダムの水を必要としているなら、「協力します」という発言はしないと思います。「早く建設してください」と言うのが普通だと思います。

栃木市長が「協力します」と言うのは、栃木市が南摩ダムの水を必要としてない証拠だと思います。

佐藤信・鹿沼市長も「早く決めてほしい」とは言いますが、「早く建設してほしい」とは言いません。ダム水を使う予定がないからです。

利水参画団体が「早く建設してほしい」と言わないダムを建設することは、水資源開発促進法の定める緊急性の要件を欠き、違法だと思います。

●やっぱり検証は茶番だ

検討報告書の案を見て、改めて検証は茶番だと思いました。

検討主体は、開発水量をきちんと検証していません。

需要が増えるという前提で進めています。そりゃそうでしょう。水資源開発促進法を根拠としているのですから、需要が増えないことを前提にダムを造るわけにはいきません。

例外的に栃木県だけが需要の減少を予測しましたが、地盤沈下が沈静化しているのか、地盤沈下の原因は何か、水源転換に効果があるのかという問題を検証していません。

確かに水道水源としての地下水採取が地盤沈下を起こしているなら、地下水で水源が足りているとは言えず、表流水への転換を検討する必要があると思います。

しかし、栃木県南地域における水道水源としての地下水採取が地盤沈下を起こしているのかをダム検証においては検証していません。

最初から、栃木県南地域では水源転換が必要であるという前提で検証が進められています。

栃木県が経営するはずの水道用水供給事業の認可がない、広域的水道整備計画策定の要請がないという状況は続いているのですから、南摩ダムによる開発水が使われない可能性が大きい状況は続いているにもかかわらず、検討主体は事業継続の結論を出そうとしています。何のための検証をしているのか分かりません。

23人の学識経験を有する者の意見を聴いたことになっていますが、問題だらけです。別の記事に書く予定です。

検討の場の構成員の何人かが口々に南摩ダムは2015年9月洪水に効果があると言いながら、どのように効果があるのか説明はありません。

思川開発事業を考える流域の会は、2014年8月30日に水資源機構に対して南摩ダムの水位低減効果を質問しましたが、水資源機構は同年10月2日の回答で「南摩ダムの効果量については、乙女地点で約65m3/s(63洪水平均)、栗橋地点で約50m3/s(31洪水平均)と承知しています。」と答えるのみで、水位の低下量を答えないのですから、水資源機構自身も南摩ダムでどれだけ水位が下がるのかを知らないのです。検討の場の構成員に分かるはずがありません。

それにもかかわらず、検討の場の構成員たちは、南摩ダムは2015年9月洪水に効果があるから早く造ってくれと言うのですから、無責任の極みです。

治水については遊水地案が最も有利となりました。南摩ダムの治水上の効果が薄い証拠です。

パブリックコメントで異常渇水対策容量が水道水に使えないという指摘がありましたが、検討主体からの応答はありません。これで検証したと言えるのでしょうか。

●提出意見を論破する技術とは

パブリックコメントは、反対意見35、賛成意見6、その他1でしたが、反対意見が多いことが考慮されていません。

行政手続法第42条には、命令等制定機関は、提出意見を「十分に考慮しなければならない。」と書かれています、国土交通省はこの規定を守るつもりはないようです。

提出意見に対する検討主体の考え方もすり替えの論理に溢れています。

一例を挙げれば、提出意見(「思川開発事業の検証に係る検討報告書(素案)」に対するパブリックコメントについて)p67では、次のように指摘しています。

[給水区域内人口が水道施設設計指針に沿って算定されていない]
o 給水区域内人口の推計手法について「上記で設定した行政区域内人口に、H17年度末現在における行政区域内人口と給水区域内人口の比率を考慮して設定。」と(素案に)書かれている。
o しかし、水道施設設計指針2012のp18には、「計画給水区域内人口は、行政区域内人口の予測値から計画給水区域外人口の予測値を差し引いて設定する。」と書かれている。
o したがって、鹿沼市の給水区域内人口は、水道施設設計指針に沿って算定されていない。

これについて「パブリックコメントや学識経験を有する者、関係住民より寄せられたご意見に対する検討主体の考え方」p9では、「ご意見を踏まえた論点」として「給水区域内人口が水道施設設計指針に沿って算定されていない。」と整理され、「検討主体の考え方」の欄には「鹿沼市の必要量は、水道施設設計指針等に沿って算出されている・・・こと等を検討主体として確認しております。」と書かれています。

つまり、提出意見では、鹿沼市が計画給水区域内人口を水道施設設計指針に沿って算定していない理由を指摘しているのに対して、検討主体は、この理由を捨象し、「給水区域内人口が水道施設設計指針に沿って算定されていない。」としてしまい、鹿沼市が給水区域内人口を水道施設設計指針に沿って算定した理由を述べないのです。

第三者が「パブリックコメントや学識経験を有する者、関係住民より 寄せられたご意見に対する検討主体の考え方」を読むと、「水道施設設計指針に沿っていない」「沿っている」という水掛け論を読まされるので、どちらの言い分がまともなのか判定できません。第三者はオリジナルの提出意見までは調べないでしょうから。

「提出意見の理由の部分をカットして結論だけのぶつけ合いの構図をつくる」。これが国土交通省のやり方です。こういう論法を使えば、提出意見をいくらでも論破すできます。「論破」になっていませんが、国土交通省としては第三者の目をごまかせればいいと考えているのでしょう。

(文責:事務局)
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