栃木県は思川開発事業から撤退するしかない(その1)

2012年7月8日

●第3回幹事会が開催された

思川開発事業の是非を検証するための思川開発事業(南摩ダム)の関係地方公共団体からなる検討の場第3回幹事会が開かれました。

この会議を傍聴した嶋津暉之・水源開発問題全国連絡会共同代表がダム関係のMLに次のように報告されました。

昨日、6月29日に「思川開発事業(南摩ダム)の関係地方公共団体からなる検討の場第3回幹事会」がありました。
用が重なり会議の最初の部分だけ、傍聴してきました。傍聴者はたったの二人だけでした(ただし、別室でのモニター傍聴)。
配布資料は昨日の夕方、国土交通省のホームページに掲載されましたので、ご覧ください。
第3回幹事会(平成24年6月29日開催)の配布資料
http://www.water.go.jp/honsya/honsya/verification/omoigawa.html
利水参画者の必要な開発量の確認結果(案) http://www.water.go.jp/honsya/honsya/verification/pdf/omoigawa/03_siryou-1.pdf

昨日はダム検証の手順に沿って利水参画者の必要な開発量の確認結果が報告されました。これは全く形式的な確認に過ぎず、通常は意味がないものなのですが、思川開発に関しては栃木県水道が問題になってしまいました。

栃木県が思川開発事業で0.403m3/秒の水源を得ることになっていますが、この水源は使う当てのない水源です。かつては栃木県南部の各市町村に水道用水を供給する栃木県南部水道用水供給事業の構想があったのですが、地盤沈下が沈静化し、水需要の増加がストップしたことにより、この構想は消えてしまいました。

その結果、栃木県の思川開発の水源0.403m3/秒は思川開発が完了しても、栃木県がただ抱えているだけの水源になってしまいました。栃木の裁判でもそのことを強く訴えたのですが、一審判決は将来必要になるかもしれないという理由で問題視しませんでした。

ところが、ダム検証の手順で、「水道事業認可の状況」の項目があり、栃木県の水道事業の不存在が問題になってしまいました。

29日の配布資料に次のように書かれています。

「鹿沼市、小山市、古河市、五霞町、埼玉県及び北千葉広域水道企業団は、水道事業の認可を受けていることを確認した。

栃木県の思川開発事業に係る水道事業認可について(事業者が)確認した結果、関係機関と協議し調整することとなっているとの回答を得た。」(この表現は、水道事業の認可を受けていないことを意味しています。)

「なお、栃木県の水需要予測については、思川開発事業に関する部分について確認する必要がある。」(この表現は、栃木県の予測は思川開発の分を下方修正する必要があることを意味すると考えられます。)

今のままでは思川開発はダム検証の確認項目に抵触しますので、栃木県水道が思川開発から撤退し、思川開発の事業実施計画を変更することが必要になると考えられます。事業者(水資源機構)は苦しいところだと思います。

思川開発の検討の場の幹事会が昨年6月29日以降、開かれなかったのは、このような難問にぶつかっていたからだと推測されます。

水源を使う水道事業が存在しないのに、その水源確保のためにダム事業に参加するという馬鹿げたことが是正されることを期待します。

栃木県は、使う予定のない水源0.403m3/日を思川開発事業で確保するために64億円の負担金を払う義務が生じます。利水負担金に対して厚生労働省所管の国庫補助金が交付されますが、一方で、起債の利息で帳消しになる可能性があります。

しかも、水道料金は入ってきませんから、この負担金は栃木県の一般会計から支払われることになります。

●栃木県がブレーキをかけている

ちょうど1年前の2011年6月29日に開催された第2回の幹事会を振り返ってみましょう。

思川開発事業の関係地方公共団体からなる検討の場の第2回幹事会で出席者は次のように発言しています。

埼玉県企画財政部長代理は、「平成24年度の予算要求時までに結論が出るよう、早急に検証を終わらせ、お約束の平成27年度工期内に施設が完成するよう強く要望させていただきます。」と述べています。

埼玉県企業局長代理は、「水源確保のため、今示された27年度の完成というものはぜひ守っていただきたいと思っております。」と述べています。

千葉県総合企画部長代理は、「計画どおり完成させるようにお願いしたい。」と述べています。

茨城県企画部長は、「この後の検討につきましては、遅らせることなく、是非、検討を進めていただきまして、国の予算に検証の結果が速やかに反映されますよう、よろしくお願いいたします。」と述べています。

どうです。予想どおり、各県とも「造れ造れ」の大合唱です。(水が足りないから「造れ」と言っているわけではありませんが。)

ところが、栃木県総合政策部長代理は、「ダム見直しに当たりましては、いわゆる個別ダムごとではなくて、やはり流域全体、水事業の見直しといった部分をきちんとやっていただく、そういった観点でやることが必要だと考えているところでございます。

具体的には、今回示されました利水代替案につきましても、先ほどありましたけれども、ダム使用権等振り替えが実際難しい部分があると思っておりますし、とにかく流域全体で考えなければどうしようもない部分があると思っております。今後代替案の具体的な提示があると思いますけれども、そういった広域的な観点から責任を持ってご検討いただければというふうに考えておりますので、よろしくお願いいたします。」と述べています。

言っている意味がよく分かりませんが、「造れ造れ」の大合唱に加わっていないことだけは確かです。

栃木県の担当者の発言は、1年前から他県とはトーンが違っていたのです。

ちなみに、「流域全体、水事業の見直しといった部分をきちんとやっていただく」という言葉の意味は、「水需要の見直しをして八ツ場ダムを建設するなら、南摩ダムは造らなくてもいいんじゃないの」という意味にもとれます。

●栃木県は水需要がないことを証明した

第3回幹事会は、嶋津氏が報告されたように、2012年6月29日に開催されました。第2回の開催からちょうど1年後ということになります。

第3回幹事会の資料−1に「利水参画者の必要な開発量の確認結果(案)」があります。

確認方法の2に「水道事業認可の届け出等の状況」という項目があり、「水道法第6条及び第26条に基づき、水道事業または水道用水供給事業として厚生労働省の認可を受けているかを確認する。」と書かれています。

ところが、確認結果は、「鹿沼市、小山市、古河市、五霞町、埼玉県及び北千葉広域水道企業団は、水道法第6条及び第26条に基づき、水道事業または水道用水供給事業として、水道事業の認可を受けていることを確認した。栃木県の思川開発事業に係る水道事業認可について確認した結果、関係機関と協議し調整することとなっているとの回答を得た。」と書かれています。

後段の「栃木県の思川開発事業に係る水道事業認可について確認した結果、関係機関と協議し調整することとなっているとの回答を得た。」という表現は非常に分かりづらいのですが、要するに、栃木県は水道用水供給事業の認可を受けていないということです。認可はこれから得るつもりだということです。

栃木県では南摩ダムを利用した水道用水供給事業の計画が存在しないということです。

国土交通省は、あからさまにそう言ってはかっこ悪いので、持って回った言い方をしたということです。

栃木県は、思川開発事業で0.403m3/秒の水源を確保しても、使う当てがないのです。

栃木県には、南摩ダムを水源とする水道用水供給計画がないのですから、「南摩ダムを早く造れ」などと言えるはずがありません。

南摩ダムで確保した水源を実際に使う計画が具体的に何もないということは、鹿沼市と小山市を除く栃木県内の参画市町に新規水需要がないということを栃木県が図らずも証明してしたということです。

鹿沼市と小山市にも新規水需要があるわけではありませんが、水道事業の認可だけは得てしまっているということです。

●これからどうするのか

「確認結果」の部分には、「なお、栃木県の水需要予測については、思川開発事業に関する部分について確認する必要がある。」と書かれています。

これは、どういうことかというと、会議の別添資料の「各利水参画者の基礎資料集」で栃木県は「必要な開発水量の算定に用いられた水系手法等(栃木県:水道用水供給事業)」という資料を作成したことが分かりますが、思川開発事業に関する資料ではなく、県内の利根川水系全体の資料なので、国としては、思川開発事業に関する水需要予測の資料を栃木県に提出させて確認する必要があるということです。

会議では、国土交通省は、「本県(栃木県)の水需要予測に関しては、県内の利根川水系全体の資料しか提出されなかったとして、思川開発事業に関する資料の提出を繰り返し要求した。」(6月30日付け下野)そうです。本県の担当者は「思川開発事業単独の水需要予測を提出できるかどうかを含めて検討する」と答えた。」(同記事)そうです。

しかし、単独参画をしている小山市と鹿沼市を除いた栃木県内の参画市町(栃木市、下野市、壬生町、岩舟町、野木町)とこれから協議して広域水道事業計画をまとめるのは無理でしょう。どこも水は足りていますし、余計な水を買う余裕はないでしょうから、広域水道への参画要請には抵抗するでしょう。

栃木県が水道用水供給事業の認可を得るのを待っていたら、事業が進みませんから、嶋津氏が書いたように、国としては、思川開発事業から栃木県を脱退させ、事業実施計画を変更して進めることになるのでしょう。

栃木県は、思川開発事業から撤退せざるを得ないと思います。

国としても推進の足を引っ張る栃木県を早いとこ排除して、粛々と事業再開に歩を進めたいのが本音ではないでしょうか。

そうなれば、南摩ダムの利水容量から栃木県分の利水容量を減らしてダムの規模を縮小するか、ダムの設計変更はせずに、栃木県分の利水容量を流水の正常な機能の維持分の容量に振り替えてしまい、負担金の計算をやり直すのでしょう。

栃木県が撤退して国が思川開発事業を粛々と進められても困るのですが、さりとて、栃木県が利水参画したままでは栃木県民が64億円も負担金を払わせられるのですから、私たちとしては、栃木県に撤退を求めざるを得ません.

●栃木県のやっていることは無茶苦茶だ

思川開発事業について栃木県がやっていることは無茶苦茶です。

福田富一・栃木県知事は、「治水、利水の面から南摩ダムは必要」(2009年10月16日付け下野)と言い、私たちが南摩ダムに公金を使うべきではないという差止訴訟を起こしても被告として同じことを主張しながら、南摩ダムで確保した水を使う計画を立てていないのです。

その結果、他県の足を引っ張っているようなのです。もっとも、南摩ダムを早く造れという他県も水余りで、急ぐ必要も造る必要もないのですが。

栃木県のやっていることがなぜ支離滅裂なのかを福田知事の発言で検証してみます。

福田知事の発言は、南摩ダムのこのごろ(その3)で紹介してあります。

「治水、利水の面から南摩ダムは必要」(2009年10月16日付け下野)という結論を出しているなら、「下流県の水需要を確認した上で、もう一度推進か中止かを含めて検証するべきだ」(2009年8月26日付け下野)と言うべきではありません。結論が出ているなら検証する必要はありません。支離滅裂です。

福田知事は、「(南摩ダムは)国の事業なので県は受け身の立場。国の判断を待ちたい」(2009年11月29日付け下野)と言いました。

この考えは間違いだと思います。栃木県は利水参画しているのですから、水需要があることをはっきりさせなければ、国は判断できません。

水源を使う方法が具体的に決まっていなければ、水需要があると言えないことは、上記のとおりです。ダムの水を本当に使うのか使わないのかを判断すべきは、栃木県です。

栃木県が国の判断を待っているだけでは何の解決にもなりません。

福田知事は、「下流県の水需要を確認した上で、もう一度推進か中止かを含めて検証するべきだ」(2009年8月26日付け下野)とも言っていました。

そう思うなら、福田昭夫氏が今市市長時代にやってように、栃木県自らが下流県の水需要を確認する作業をしたらよかったのですが、それもやっていません。

下流県の水需要を確認する前に栃木県内に水需要があることを確認すべきなのに、水道用水供給事業計画も立てていないのですから、それもやっていません。

検討の場では、国が下流県の水需要を確認したと言っていますが、下流県も水余りであることは少し調べれば分かることなのに、栃木県の担当者は、そういう指摘をおそらくしていません。

栃木県が下流県の水需要を確認すべきだという考えを持っているなら、国に対してきちんとした確認作業を行うことを要請すべきですが、やっていません。

福田知事は、「埼玉県では水が必要だと言っている。本県だけで(ダム建設の是非を)決められないことなので、流域圏全体で判断する必要がある」(2009年10月16日付け下野)と言っています。

人の言うことを真に受けていては、まともな政策判断はできません。

埼玉県の水需給状況は、「保有水源を正当に評価すれば、試験湛水中の滝沢ダムの水源も含めて給水量ベースで327万m3/日であり、一日最大給水量の2008年度の実績値265万m3/日に対して、62万m3/日の水源の余裕がある。」(2010年9月20日付け栃木県の3ダム訴訟における嶋津氏の意見書p7)のです。そして今後人口が減ることははっきりしているのです。新規水源が必要なはずはないでしょう。

他県のことはおくとしても、栃木県が利水参画するのかしないのかは栃木県が決められることです。

もちろん、現在、栃木県は利水参画していることになっていますが、いつになっても水道用水供給事業計画ができないのですから、本当の意味で参画している状態ではありません。

栃木県がこんな状況だから国の検証作業が進まないのです。

栃木県は、流域圏全体のことを考える前に、ダムの水を本当に使うのかをはっきりさせるべきです。

●検証は無駄ではなかった

今回の検証作業は、ダムを造りたい人間だけが集まって「造れ造れ」の大合唱をやるだけの茶番劇であると私たちは見ていましたが、少なくとも思川開発事業については、そんな茶番劇さえも演じられないほど破たんした計画だということが露呈したと思います。

水道事業や水道用水供給事業の認可は、ダム建設のための法律上の要件ではないと思いますので、今回の検証をしていなかったら、栃木県が認可を得ないままダム事業が進んでいたかもしれません。

今回の検証は、南摩ダムができても栃木県は水源を抱えているだけで使い道がない状態では、ダムを建設するわけにはいかないことがはっきりしたことには意味があったと思います。

(文責:事務局)
文中意見にわたる部分は、著者の個人的な意見であり、当協議会の意見ではありません。
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