本題に入る前に、本の紹介をさせてください。
梶原健嗣 著「戦後河川行政とダム開発」(ミネルヴァ書房)です。
8,100円と高額なのが難点ですが、著者の学際を超えた知識を縦横に駆使して河川行政の諸問題を解き明かした本なので、川のことをもっと知りたい人、現在の河川行政に憤っている人には、是非読んでいただきたい一冊です。栃木県立図書館には備えてあります。
最寄りの図書館にない場合は、リクエストをお願いします。
著者のブログ、朝日新聞の書評や関良基准教授のブログもご覧ください。
●水資源機構の役員・職員が海外出張に行っている
本題です。
吉田忠智参議院議員(社会民主党)が2014年6月18日に提出した質問主意書(質問第146号「独立行政法人水資源機構に関する質問」)とこれに対する政府答弁書(同年6月27日付け)によると、水資源機構の利益剰余金は2013年3月31日現在で908億1197万0983円に上るそうです。
この利益剰余金とは、水資源機構が立て替えたダム等の建設費を自治体に支払わせる際に受け取る利息分を貯め込んだもののようです。
水資源機構は、この利益剰余金を使って、2012年度だけで、「国際会議への参加」に約500万円、「海外の水資源に関する情報収集」に約1100万円を支出しているそうです。
その内容としては、「計八か国で開催された国際会議に、機構の職員延べ27人が参加しており、機構と水資源管理を担う海外の機関との間で、水資源に関する技術情報及び知識を共有すること等を通じて、技術力の維持及び向上が図られたものと認識している。」(答弁の14)とされています。
●4年4か月の海外出張の実態
私は、水資源機構の役員及び職員の海外出張の実態を知るために、水資源機構の役員及び職員が海外出張に行った際に作成した報告書(2010年度以降。2014年度は7月まで。)を水資源機構への情報公開請求により取得(2014年9月2日)しました。
水資源機構の役員及び職員の海外出張に係る報告書には、日程や出張者の人数が明確に書かれていないものもあるので正確ではありませんが、出張者の延べ人数と回数は、おおよそ次のようになります。
2010年度 15回 34人
2011年度 19回 29人
2012年度 18回 30人
2013年度 44回 94人
2014年度 10回 20人 (ただし、7月まで)
2012年度について上記政府答弁の延べ人数と合わないのは、私は年間の長期出張を、職員等が帰国するごとに1回と数えたのに対して、政府は年間で1回と数えているからなのかもしれません。
4年4か月で207人の役員・職員が海外出張しており、うち59人(28.5%)が役員及び管理職です。
それにしても、2013年度の海外出張は飛び抜けて多く、「出張しまくった」という感じです。前年度比で、回数で2倍以上、人数で3倍以上になっています。
答弁書によれば、2012年度において27人の出張で約1600万円を使った(おそらく出張者の報酬・給与は含まれていない。)のですから、1人当たり約59万円の経費がかかったことになります。
したがって、2103年度における94人の海外出張には、約5600万円の公金を使った計算になります。報酬・給与も含めれば、海外出張のために1年間に億単位の公金が使われていることになります。
●出張先は東南アジアが圧倒的
最近の4年4か月間における水資源機構の職員等の出張先は次のとおりであり、回数で見ると、ベトナム、中国、インドネシア、韓国等東南アジアが圧倒的に多いことが分かりました。
ベトナム 19
中国 11
インドネシア 11
韓国 10
タイ 8
ミャンマー 8
フランス 5
パキスタン 4
シンガポール 4
フィリピン 3
ウズベキスタン 3
スリランカ 2
ネパール 2
アメリカ 2
マレーシア 2
スイス 1
スペイン 1
ケニア 1
インド 1
カンボジア 1
タジキスタン 1
ブータン 1
南アフリカ 1
ハンガリー 1
オランダ 1
上記答弁書は、「機構と水資源管理を担う海外の機関との間で、水資源に関する技術情報及び知識を共有すること等を通じて、技術力の維持及び向上が図られたものと認識している。」(答弁の14)としていますが、「教えの中に学びあり」とはいうものの、ほとんどの場合開発途上国に、おそらくは指導に行っていて、「技術力の維持及び向上が図られ」るのか疑問です。
●目的は「国際会議への参加」と「海外の水資源に関する情報収集」だけではない
上記質問主意書と答弁書を見ていると、水資源機構の役員や職員の海外出張の目的は、「国際会議への参加」と「情報収集」だけであるかのように思えますが、実際の海外出張の目的はそれらだけではありません。
2012年度の海外出張の目的だけを書き並べると、次のとおりです。
上記目的のうち、1、3〜5、9、10、14は、「国際会議への出席」でも「情報収集」でもありません。
1は、技術指導です。
2については、「業務の目的は、黒河金盆ダム湖およびその上流域において、日常的な水質管理体制および突発的水質汚染事故に対応する体制と実施能力が強化され、安全で良質な飲料原水の確保を目指した一体的な水環境管理のモデルを構築することであり、実施期間は3年間である。」とされています。
6の「タイ国洪水水管理調査」は、「情報収集」とは言えますが、10の「タイ国治水対策国際コンペ」に参加するための調査です。10の出張に関する報告書には、コンペの勝者である「日本・タイ混成コンソーシアム構成」の説明として、「大林組・大成建設・鹿島建設・清水建設・建設技研インターナショナル・建設技術研究所・三祐コンサルタンツ・パシフィックコンサルタンツ・八千代エンジニアリング・水資源機構・UNIQ(タイゼネコン)で構成。水資源機構は、全体のとりまとめ役。」と書かれています。水資源機構がゼネコンのゼニモウケのお手伝いを目的としていたことは明らかであり、「国際会議への出席」でも「情報収集」でもありません。
14のH24総合水資源管理に関する具体的推進策調査検討業務の報告書には、「インドでの「水ビジネスの展開の検討に資するために必要な最新の情報を把握するための現地調査と検討」のため」と書かれています。民間企業のビジネスのお手伝いだということです。
ワークショップ(体験型講座)も「情報収集」ではなく、教える立場で行っていると思います。教えに行って技術の向上が期待できるでしょうか。
「国際会議への出席」でも「情報収集」でもない、水資源機構のこのような活動がなぜ、そしてどのように「利水者等の負担軽減」につながるのかを政府や水資源機構は説明するべきです。
●海外出張の目的は海外展開
海外出張の目的を答弁書で確認します。
機構の職員の国際会議への参加及び機構による海外の水資源に関する情報収集は、第二期中期計画を踏まえ、機構法第十二条第一項の規定に基づき、機構と水資源管理を担う海外の機関との間で、水資源に関する技術情報及び知識を共有すること等を通じて、技術力の維持及び向上を図ることにより、利水者等の負担軽減につなげることを目的として、機構の積立金を活用して実施したものである。
つまり、政府の説明によれば、水資源機構の「職員の国際会議への参加」と水資源「機構による海外の水資源に関する情報収集」の究極の目的は、「利水者等の負担軽減」であるというのです。
しかし、2011年10月26日〜28日に実施された「韓国・漢灘江洪水調節ダム他現地見学会」の報告書を見ると、「見学会の目的」として次のように書かれています。
昨今、国内の建設市場はダム建設を含め縮小の一途であるが、一方でアジア地域をはじめ発展途上国を中心に今後の社会資本整備のニーズが高く市場の拡大が見込まれており、海外市場への積極的な展開が期待されている。
ダムの分野における我が国の建設技術レベルは高く、RCD工法、台形CSGダムの設計・施工、既設ダムの大規模な再開発、堆砂対策技術、ICT施工といった我が国で開発され発展した技術は世界に誇れるものであると共に、発電事業においても建設から運営に亘るまで大きな能力を持ち、これらの技術・経験をベースに海外のダム事業への技術協力や事業参入が期待されている。
しかしながら、ダムにかかわらず建設市場としての海外案件の現状をみると、外国企業との競争環境は極めて厳しい状況にあり、受注した案件でも海外案件特有の様々なリスクを抱えているのが実情である。
このため、ダム分野について、事業参入の検討段階での的確なプロジェクト評価を含めたリスク管理・分担などの課題の抽出と対応策の検討、海外で日本のダム技術を展開する場合の設計・施工体制のあり方や海外工事特有のリスクへの対応、ファイナンス等に対する官の支援も含めた体制のあり方等についての検討を深めていかねばならない。
完全にゼネコンの立場で書かれています。
それはともかく、ゼネコンの海外進出のお手伝いを官がどうやってするかを検討するために海外に行ったという話です。水資源機構法のどこにそんな業務の根拠が書かれているのか分かりません(業務の範囲を規定する第12条からは読み取れない。)し、ましてや、「利水者等の負担軽減」にどう結び付くのか、やはり分かりません。
また、「平成23年度ベトナム調査報告」という報告書には、「日系ゼネコンの有用性」をベトナム側に提案すると書かれていますが、外国政府にそんな提案をすることがなぜ「利水者等の負担軽減」になるのか理解できません。
2011年12月に実施されたタイ国洪水調査についての報告書にも「水機構プレゼンスの向上」とか「今後の海外展開も見据えて、積極的な技術支援を通じて機構の存在感を内外に高めていくことが肝要である」と書かれています。
「海外展開」するとはっきり書かれています。
水資源機構の存在感を内外に示すことが「利水者等の負担軽減」にどう結び付くのか分かりません。
2013年度の「海外出張報告」には、出張名として「海外ダム事業参入に関するインドネシアワークショップ及び現地調査」と書かれています。
やはり「海外ダム事業参入」が海外出張の目的だということです。
上記答弁書が海外出張の目的を「国際会議への参加」だの「情報収集」だのと言っているのは、ごまかしです。「海外展開」が目的です。
●ホームページに見る海外展開事業
必ずしも海外出張が伴うとは限りませんが、水資源機構のホームページの水資源機構の技術支援(受託業務実績等)(2011年度)というページには、海外展開に係る受託事業の実績が堂々と掲載されています。
例えば、2の独立行政法人国際協力機構(JICA)からの受託契約「複数の流域における水の安全保障への投資支援」の業務概要は、次のとおりです。
JWAとADBとの間のパートナーシップ合意に基づき、アジアでの水の安全性保障の向上のため、インドネシア国ソロ川、ネパール国バグマティ川、ウズベキスタン国シルダリア川流域を対象に投資計画策定支援を行うもの。
JWAとは水資源機構の、ADBはアジア開発銀行の略称です。
要するにアジア開発銀行がインドネシアなどの河川事業に投資する計画を策定する際にお手伝いをするという内容です。現地を見ないでできる業務ではないと思います。
21の(株)建設技術インターナショナルからの受託契約「タイ国 チャオプラヤ川洪水対策プロジェクト」の概要は、「タイ国チャオプラヤ川流域洪水対策プロジェクトへ参加するもの。(組織/法制度担当)」です。モロに外国の河川事業の受注です。
●海外展開は適法か
少なくとも海外のダム事業に参入する業務が水資源機構の業務に範囲を規定する独立行政法人水資源機構法第12条が想定しているとは思えません。
同条第1項には「第4条の目的を達成するため」と書かれており、第4条には「水資源開発基本計画に基づく」と書かれています。
そして、国土交通大臣が水資源開発基本計画を決定するのは、同大臣が「水資源の総合的な開発及び利用の合理化を促進する必要がある河川を水資源開発水系として指定」(水資源開発促進法第3条)したときであると規定されています。
つまり、国土交通大臣が水系を指定し、当該水系について水資源開発基本計画を決定したときに限り、水資源機構は水資源機構法第12条第1項を根拠として水資源開発基本計画の目的を達成するための業務を行うという構造になっています。
したがって、水資源機構法第12条第1項に掲げる業務は、すべて「水資源開発基本計画に基づく」業務です。つまり、同項によれば、水資源機構は、場所的に、水資源開発水系として指定された7水系以外での業務はできないことになります。
国土交通大臣が外国の河川を指定することはあり得ませんから、水資源機構法第12条第1項を根拠に海外展開することはできないことになります。
ですから、問題は、同法第12条第2項から海外展開が可能であるという解釈を導けるか、ということになります。同項には、次のように書かれています。
2 機構は、前項の業務のほか、同項の業務の遂行に支障のない範囲内で、委託に基づき、次の業務を行うことができる。
一 水資源の開発又は利用に関する調査、測量、設計、試験、研究及び研修を行うこと。
二 水資源の開発若しくは利用のための施設に関する工事又はこれと密接な関連を有する工事を行うこと。
三 水資源の開発又は利用のための施設の管理を行うこと。
水資源機構法第12条第2項には、「前項の業務のほか」と規定されていますので、水資源開発基本計画の目的とは関係なく、つまり、指定7水系以外の水系においても業務を行うことが可能であるという意味になると思います。そして、それらの業務は、同項に「その他の業務」などという文言がないことから、限定列挙されていると解されます。
しかも、要件として、「同項(第1項)の業務の遂行に支障のない範囲内」であること、及び「委託に基づ」くことが必要です。
確かに、条文に海外で調査や研修を行ってはいけないとは書いてありませんが、指定7水系以外の水系で業務を行ってもよいという意味であり、海外の河川での業務が可能とする趣旨とは思えません。
海外展開の実態は、1年間に90人以上が海外出張し、5,000万円以上の経費がかかるとしたら、「同項(第1項)の業務の遂行に支障のない範囲内」と言えるでしょうか。本業がおろそかになっていないと言えるでしょうか。
海外展開の根拠を敢えて探せば、第12条第2項第2号の「水資源の開発若しくは利用のための施設に関する工事又はこれと密接な関連を有する工事を行うこと。」かもしれませんが、後記のとおり、水資源機構は、国内で新規ダムを建設することが禁じられているのですから、こうした水資源機構法の趣旨からして、海外でのダム事業への参加を含むとは、とても解釈できません。
水資源機構は、水需要増が見込めない国内で存在意義を失ったために、海外に仕事を見つけ、組織の拡大を図っているのではないでしょうか。
●水資源機構の役割は終わった
水資源機構は、南摩ダムはなぜ違法かにも書いたように、既に存在意義が消滅した組織です。
なぜなら、水資源機構は、水資源開発促進法を根拠とする水資源開発基本計画(通称「フルプラン」)に基づく事業を執行するための組織です(独立行政法人水資源機構法第4条)が、日本の水道事業体において今後水需要の増加が見込めないことは明らかであり、水資源開発促進法は、「産業の開発又は発展及び都市人口の増加に伴い用水を必要とする地域に対する水の供給を確保する」(第1条)必要がなくなり、法律用語で言えば、立法事実が消失し、その存在意義を失ったからです。
水資源開発促進法は、国土交通大臣がフルプランを決定する前に「水資源開発水系を指定する」こととしており、その指定は、「第1条に規定する地域について広域的な用水対策を緊急に実施する必要があると認めるとき」(第3条第1項)としています。
つまり、フルプランを策定するには、
(1)産業の開発又は発展
(2)都市人口の増加
(3)用水を必要とする地域
(4)広域的な用水対策を緊急に実施する必要
が存在するという要件を満たす必要があります。(現実には、自治体が恣意的に行った水需要予測を積み上げて需要量を決めているだけですが。)
法は、水資源確保の必要性のほかに緊急性も要求しているということです。
しかし、例えば鹿沼市では、人口の増加はありませんし、佐藤信市長は、「(水道水は)地下水でもって賄えるよう精いっぱい努力をしていきたい」(2008年7月22日鹿沼市議会での答弁)、つまり、当面はダムの水を必要としないと公約し、宣言しており、栃木市長と下野市長も南摩ダムの水を買うとは限らないという趣旨のことを議会(2013年3月議会)で発言しています。他の市町でも水余りは明らかです。
水源確保の必要性も緊急性もありません。仮に半世紀前に緊急性があったとしても、現在、緊急性がないことは明らかです。
水資源開発促進法の適用の前提となる「水不足」という事実は存在しません。
したがって、水資源開発促進法及び独立行政法人水資源機構法は、廃止するのが筋です。廃止されていないのは、国会議員の怠慢です。
水資源機構の存在意義があるとすれば、既存のダム等を維持管理することだけですが、ダムや河口堰の維持管理は、水資源機構でなくともできますので、やはりいったんは解体するのが筋です。新規のダムを建設するなど、とんでもない話です。
●政府は「緊急」の意味を答えられない
上記吉田議員は、質問主意書の2で水資源開発促進法第3条第1項に規定する「広域的な用水対策を緊急に実施する必要がある」の「「緊急」とは期間で言えば、どの位の期間のことを意味するのか。」と聞いています。
これに対し、答弁書は、次のように答えています。
お尋ねの「緊急」とは、具体的な期間を指すものではなく、お答えすることは困難である。
「緊急」についての政府の上記解釈は間違いだと思います。
法律で用いられる日本語は、通常は、日本語の辞書で説明される意味に用いられます。そうでない場合には、当該法律の中に定義規定を置くことになっています。
日本語の辞書で「緊急」を引くと、「事が重大で急を要すること」(旺文社国語辞典)です。
「急を要する」の「急」とは、(1)急ぐこと、(2)差し迫った(状態)、(3)傾斜が大きいの三つの意味がありますが、「緊急」に関しては(3)傾斜が大きい、が関係ないことは明らかです。
そうすると、「緊急」とは、事が重大で、かつ、(1)急ぐこと、あるいは(2)差し迫った(状態)を指します。
いずれにせよ、「緊急」が時間的な概念であることは明らかです。
したがって、「「緊急」とは、具体的な期間を指すものではなく」という答弁書は誤りであると考えます。
答弁書は、「具体的な期間」であることを否定したのであって、「抽象的な期間」であると言っているとも考えられますが、「抽象的な期間」という言葉が何をさすのか大多数の人には理解できないと思われますので、答弁書が「期間」に「具体的な」を付したのは、具体的な数字を示せないというという意味であり、特別の意味はないと思います。
つまり、答弁書は、「緊急」が時間的概念であることを否定したのだととらえてよいと思います。
この解釈は、日本語辞書で説明される意味から大きく外れますので、違法な解釈だと考えます。
政府の解釈が正しいとすれば、100年後の水需要に備えて水源を確保することも「用水対策を緊急に実施する」ことになってしまいます。
政府がなぜこのような違法な解釈をし、質問にまともに答えられないのかと言えば、水資源開発基本計画に書かれた水需要に緊急性がないこと、そして現在、水資源開発促進法を適用することが違法であることを政府が認識しているからだと思います。
上記2の質問で押さえておきたいことは、政府が「緊急」(水資源開発促進法第3条第1項)の意味をまともに答えないのは、同法に基づいて実施する用水対策に緊急性がないことの証拠だということです。
●水資源機構は新規ダムを建設しないのが原則
行政改革について政府はホームページに「特殊法人等改革について」として次のように記述しています。
特殊法人等改革については、「行政改革大綱」及び平成13年6月に成立した特殊法人等改革基本法に基づき、同年12月に「特殊法人等整理合理化計画」を閣議決定しました。「特殊法人等整理合理化計画」では、単に法人の組織形態=「器」の見直しにとどまるべきではなく「中身」である法人の事業の見直しが重要であるとの認識の下、全法人の事業の徹底した見直しを行い、これを踏まえ、組織形態について廃止・民営化等の見直しを行うこととしました。
そして2001年12月18日に閣議決定された「特殊法人等整理合理化計画」には「各特殊法人等の事業及び組織形態について講ずべき措置」として、水資源開発公団については、次のように書かれています。
組織形態について講ずべき措置
独立行政法人とする。
事業について講ずべき措置
【水資源開発施設の建設及び管理事業】
○水需要の伸び悩み等を踏まえ、新規の開発事業は行わないこととするとともに、新規利水の見込みが明確でない実施計画調査中の事業の中止、実施中事業の事業規模の縮小等を図ることにより、全体として事業量の縮減を図る。
○水資源開発基本計画(フルプラン)については、水の需給計画と実績に関し、計画の根拠となる経済成長率等を含めた計画と実績の対比、計画と実績が乖離している場合にはその要因を含め、定期的に情報公開する。また、需給計画と実績とが一定程度以上乖離した場合には、計画を見直すことをルール化する。
○コスト意識を高める観点から、新たに利水者が負担金を前払いする方式を導入し、可能な限りその活用に努める。
事業について講ずべき措置については、三つのことが決まっています。
一つには、「水需要の伸び悩み等を踏まえ、新規の開発事業は行わないこととする」と明記されています。それが原則です。国内で新規のダム建設ができない立場なのに、海外でダム事業に参加するなんてとんでもないことです。
二つには、水資源開発基本計画(フルプラン)をきちんと見直すことになっています。
三つには、水資源機構が建設するダム等においては、利水者が負担金を前払いする方式を導入することになっています。
現実はどうかと言えば、水資源機構は新規ダムの建設を続けようとしていますし、資源開発基本計画(フルプラン)は相変わらず架空の水需要を積み重ねただけで、きちんと見直されることもなく、利水者がダム等の建設負担金を前払いすることもないので、自治体の無責任な利水参画が続いています。(思川開発事業では、1850億円の総事業費のうち2010年度末までに790億円の事業費を執行しました(根拠は会計検査院資料)が、利水参画した自治体は、建設負担金を全く払っていません。だから無責任なことに、問題の先送りができるというわけです。)
政府は、自分が決めたことを守っていないのです。
政府は、自分で決めておきながら、なぜ負担金の前払制を実行しないのでしょうか。
答は簡単。どこでも金欠病の自治体が水需要も見込めないのに利水負担金を前払するはずもなく、そうなれば、水資源機構の仕事がなくなってしまうからです。
政府は、特殊法人改革では「水需要の伸び悩み等を踏まえ、新規の開発事業は行わない」(特殊法人等整理合理化計画)と言い「水需要の伸び悩み」(別に悩むことでもない)という事実があることを認めながら、他方、「産業の開発又は発展及び都市人口の増加に伴い用水を必要とする地域に対する水の供給を確保する」(第1条)、「広域的な用水対策を緊急に実施する必要がある」(第3条第1項)と規定する水資源開発促進法を放置しているのですから、支離滅裂です。
●水資源機構がなぜ新規ダムを建設できるのか
水需要の減少により存在意義を失い、「新規の開発事業は行わないこと」と閣議決定された水資源機構が、なぜこれから南摩ダムや川上ダム(三重県)の建設までできるのかと言えば、水資源機構法附則第4条第1項第1号に、水資源機構は、「当分の間」(同号柱書)、水資源開発公団法が廃止される前に公団が開始していたダム建設事業等の業務は、引き継げると規定しているからです。
しかし、その文言は、「次に掲げる業務及びこれらに附帯する業務を行うことができる。」(同号柱書)であり、「行わなければならない。」ではありません。
「必要があれば」「行うことができる。」という意味に解釈すべきことは当然です。
ところが水資源機構は、水資源開発公団がやりかけていた業務は引き継がなければならない、あるいは当然引き継げるという解釈をしているのだと思います。
このように言うと、水資源機構としては、水資源機構が事業主体となるダム等の事業については、定期的に再評価しており、必要性は吟味しているし、民主党政権が2010年から始めたダム事業の検証作業もしていると反論することが予想されます。
しかし、再評価は御用学者を集めてのお手盛りの評価ですし、検証も事業主体が検討主体となり、御用学者と関係自治体の長を集めて意見を聞くお手盛りの検証です。客観性も科学性も民意も排除された再評価や検証に意味はありません。
そのような茶番政治をやめさせるのは、有権者の民意しかありません。官僚が心を入れ替えることはないのですから。
とにかく、国内で存在意義を失い、新規ダムを建設することが許されないことが2001年に閣議決定された水資源機構が、法律の根拠もなしに、何事もなかったかのように、海外でダム事業を展開するというような焼け太りを許すことはできません。
と息巻いてみても、水資源開発促進法と水資源機構法を廃止に追い込むのは、容易ではありません。国の違法な公金の支出を国民が争う訴訟制度はありませんし、会計検査院を動かそうとしても、会計検査院の職員が独立行政法人に天下りをしているという実態があるのですから、頼りになりません。
最後も本の紹介ですが、諸悪の根源である水資源開発促進法を徹底検証した政野淳子著「水資源開発促進法−立法と公共事業」(築地書館)を紹介します。緻密な取材に基づいて同法にまつわる数々の問題点を告発しています。政野さんも水資源開発促進法と独立行政法人水資源機構法の廃止を訴えています。ちょっと高額なのですが、図書館で読むという手もあります。