思川開発事業利水問題証人尋問(その2)〜地盤沈下沈静化の原因が農業用水であることを認めた〜

2013年9月20日

●水道ビジョンが水源転換の根拠にならないことを認めた

栃木県南地域における水道水源確保に関する検討報告書のp23には、旧水道ビジョンの「地盤沈下はひとたび発生するとその復旧は困難であることに加え、地下水位の回復には長期間を要することに留意しつつ、地下水と表流水は適切なバランスで取水する必要がある。」という文章を引用しており、水道水源が100%地下水であることが望ましくないことの根拠を旧水道ビジョンに求めていました。

しかし、旧水道ビジョンは2013年3月に全面改訂されて新水道ビジョンとなりました。

印南証人は、「新水道ビジョンには、表流水と地下水とのバランスというくだりはないですね」と尋問されて、「それはありません」と証言しました(証人調書p47)。

印南証人は、水道ビジョンが、水道水源が全面的に地下水に依存してはいけないことの根拠にならないことを認めたのです。

ちなみに、仮に旧水道ビジョンが改訂されなかったとしても、旧水道ビジョンも地盤沈下を防止するためには、「地下水と表流水は適切なバランスで取水する必要がある。」と言っているにすぎないのですから、地盤沈下が今後ますます沈静化することが見込まれる時代においては、地下水に表流水をブレンドする必要性は、もともとなかったのです。

●地盤沈下の主な原因が農業用水であることを認めた

印南証人は次のように証言しています。

(控訴人代理人)
栃木県では、先ほど証言されたように、1997年以降、」2センチ以上の沈下がほとんど起きなくなっているということは間違いないですね。
(印南証人)
はい、2回だけです。
(控訴人代理人)
この理由、原因をどのように認識していますか。
(印南証人)
農業用水の水量が減少してきたということは考えられます。
(控訴人代理人)
そうすると、地盤沈下の原因は農業用水のくみ上げにあるんだと、こう理解してよろしいですか。
(印南証人)
全体の地下水のくみ上げにあると思います。

印南証人は、地盤沈下が沈静化した原因が農業用水としての地下水の利用量が減少してきたことであると証言しました。

ところが、「地盤沈下の原因は農業用水のくみ上げにあるのか」と聞かれると、「全体の地下水のくみ上げにあると思います。」と答えています。矛盾しています。

農業用水が地盤沈下の沈静化には貢献したが、活発化には貢献しなかったという印南証人の証言は、純粋な理論としてはあり得ますが、栃木県の地盤沈下についえは、下記の環境審議会の報告書からも、あり得ない理屈です。

地盤沈下を沈静化させた主な原因が農業用水であることを認めたということは、地盤沈下の主な原因が農業用水であると言っているのと同じことです。

しかし、地盤沈下の主な原因が農業用水にあると言ってしまっては、栃木県が思川開発事業に参画する理由がなくなってしまうので、「全体の地下水のくみ上げにあると思います。」と言い逃れたのです。

要するに、栃木県知事にとっては、地盤沈下などどうでもよく、国の進めるダム事業に協力することが重要だと印南証人は言っているとしか思えません。

ちなみに、農業用水における地下水依存率は、5%程度が相場です。国土交通省の発行した「日本の水資源」(2013年度版)の参考資料の参考 4-1-10 我が国の地下水使用状況(p253)によると国土交通省が推計した農業用水全水使用量は543.7億m3/年であり、そのうち地下水は28.7億m3/年なので、全国の農業用水における地下水依存率は約5.3%となります。

ところが、2011年12月に開催された栃木県環境審議会地盤沈下部会の会議では、委員から「農業用水の地下水依存率が36.8%と全国最高の本県の特性を踏まえ」(甲2011年12月22日付け下野新聞)るべきであるとの意見が出ています。

36.8%がいつのデータなのかはっきりしないのですが、今も変わらないとすると、栃木県の農業用水における地下水依存率は、全国平均の7倍以上も高い可能性があるのです。

また、上記国土交通省資料によると、全国の地下水利用量は112.2億m3/年で、そのうち農業用水は28.7億m3/年ですから、全国で利用されている地下水の用途別割合を見ると、農業用水の占める割合は約25.5%です。

ところが、栃木県の地盤沈下の保全地域及び観測区域では、地下水の全使用量は3.0億m3/年(2009年度)で、そのうち農業用水は1.9億m3/年(同年度)ですから、農業用水の占める割合は約64%にもなります(出典:栃木県環境審議会地盤沈下部会報告書のp4)。

要するに、使用した地下水のうちどれだけが農業用水として使われるかを見ると、全国では1/4にすぎませんが、栃木県の地盤沈下の保全地域及び観測区域では2/3にもなるということです。

なお、栃木県の地盤沈下の保全地域及び観測区域における地下水採取量のうち水道用水は6000万m3/年(同年度)ですから、占有率は20%にすぎません。

県南地域の地下水の用途は、農業用水:水道用水=64:20なのです。

本当に地盤沈下が心配なら、農業用水をどうにかすべきです。ところが地盤沈下防止のために栃木県のやっている地下水規制は、栃木県生活環境の保全等に関する条例により、2013年7月から、一定の揚水施設の設置の届出及び地下水採取量の報告を、罰則をもって義務づけるとともに、これまで保全地域で行ってきた渇水時の節水要請を条例化しただけで、他県で地下水の採取を許可制としているのと比べると、生温い規制となっています(規制の仕組みについて県のホームページ参照)。

他方では、栃木県は、水道用の地下水採取については、最低でも256億円(思川開発事業の利水負担金64億円+水道用水供給施設の建設費192億円)をかけて2市2町の水源転換を図ろうとしています。栃木県が思川開発事業について保有することになる0.403m3/秒の全量を水源転換に使ったとしても、保全地域及び観測地域の地下水採取量は4%しか減りません。(保全地域及び観測地域の地下水採取量は全体で3億m3/年で、0.403m3/秒は1270万m3/年なので、0.127億/3億=4.2%となります。)

栃木県が本気で地盤沈下対策に取り組んでいるとは思えません。

●地盤沈下を防止するために水源転換をするのではない?

印南証人は、次のように証言しました。

(控訴人代理人)
(乙第91号証(栃木県環境審議会地盤沈下部会報告書)を示し)これは、栃木県の法定の必置機関だよね。栃木県環境審議会地盤沈下部会、これが調査して策定したものですね。
(印南証人)
はい。
(控訴人代理人)
この7ページ見てください。4の(2)のちょっと下にあるところですね、「地下水位の月変動が大きいものの、年間平均値では地下水位が上昇する傾向にある。しかし、依然として地盤沈下は進行している。」「その要因は、年間を通じた過剰な地下水採取による慢性的な地下水位の低下ではなく、一時的に地下水採取が集中することによる短期的な地下水の低下にある。」「そのため、当該地域については、急激な地下水位の低下を抑制し、地盤収縮量を極力小さくすることが重要であり」、こういうことが書いてあって、さらに7ページの下には、「県南地域における地盤沈下は、地下水採取量が増加する5月〜8月に地下水位が急激に低下することにより発生していることが、これまでの調査で明らかとなっている。」と、このように、この環境審議会の地盤沈下部会では、原因を特定していますね。
(印南証人)
はい、そうですね。
(控訴人代理人)
5月から8月にかけて地下水のくみ上げが多くなるのは、この当時、農業用水が必要だからですね。
(印南証人)
まあ、そうだと思います。
(控訴人代理人)
したがって、地盤沈下を防ぐためには、この時期の農業用水の急激な採取、揚水、これを制限しなければいけないわけですね。
(印南証人)
当然そういうことでありますから、本件の条例(栃木県生活環境の保全等に関する条例)は制定(正しくは一部改正)したということです。ただ、私どもがこの報告書(栃木県南地域における水道水源確保に関する検討報告書)で申し上げているのは、地盤沈下を防止するために転換を図ろうと言っているのではなくて、当然地盤沈下が進行すれば、水道用水、農業用水、工業用水、すべてに節水が入るわけでありますから、そのときに水道用水の必要量を確保できなかったときに、対応を図ろうというもので、決して地盤沈下を防止するために、今回の(水源)転換をやっているということではございません。
(控訴人代理人)
防止は関係ないんですか、防止しようとは思っていたんですか。
(印南証人)
防止は、また別の方策で防止をしようとしています。

訳の分からない証言です。

印南証人は、水源転換は地盤沈下防止のためではないと言っています。

しかし、栃木県南地域における水道水源確保に関する検討報告書には、「県南地域においては、地盤沈下や地下水汚染が危惧されており、水道水源を地下水のみに依存し続けることは望ましくない。」(p24)と書かれています。

どう読んでも、地盤沈下を防止することが水源転換の一つの目的になっているとしか受け取れません。

ところが栃木県は、「農業用水について効果のある規制をしないと意味がないだろう」という追及をされると、「地盤沈下防止のために水源転換をするのではない」と言い出すのです。支離滅裂です。

いずれにせよ印南証人は、農業用水を減らせば地盤沈下が沈静化することを認めたのです。これは収穫です。

●何のために水源転換を図るのか

それでは栃木県は、何のために2市2町の水源転換を図るのでしょうか。

印南証人は、次のように言います。

当然地盤沈下が進行すれば、水道用水、農業用水、工業用水、すべてに節水が入るわけでありますから、そのときに水道用水の必要量を確保できなかったときに、対応を図ろうというもの

しかし、この証言二つの点で間違っています。

●「地盤沈下が進行すれば」という前提は成り立たない

まず、「地盤沈下が進行すれば」ということを前提としていますが、この前提は成り立ちません。確率的に考えれば、今後地盤沈下が進行することはないと考えるべきです。

(1) 全国の地盤沈下は沈静化している

「日本の水資源」(2011年度版)のの図 4−1−1:代表的地域の地盤沈下の経年変化(p102)や図 4−1−3:全国の地盤沈下面積(年度別推移)(p104)のグラフを見れば分かるように、日本の地盤沈下は沈静化しています。「地下水の過剰採取による地盤沈下については、関東平野南部では明治中期(1890 年代前半)から、大阪平野でも昭和初期(1930 年代中頃)から認められ、さらに、昭和 30 年以降(1955年以降)は全国各地に拡大した。地盤沈下は、地下水の採取規制や表流水への水源転換などの措置を講じることによって、近年沈静化の傾向にある(図4−1−1)。」(p103)と書かれています。

今後もこの傾向は続くと考えられます。

なお、「地盤沈下が深刻であった大都市地域では地下水採取規制等により地下水位が回復・上昇し、地下構造物や地下水環境への新たな悪影響・弊害を引き起こしている事例もある。」(p102)と書かれています。東京駅や上野駅では、地下水による浮力で駅舎が浮き上がってしまうのでオモリなどで抑える対策が必要になるという弊害が出ていることなどを指しています(株式会社日本セメント防水剤製造所黒沢建設株式会社産経新聞記事「上昇する首都の地下水 浮く東京駅、都営地下鉄は漏水2100カ所」大学への基礎数学-雑記帳を参照)。

いずれにせよ、関東平野でも、濃尾平野でも、筑後・佐賀平野でも、地盤沈下は沈静化しています。

ちなみに、新潟県南魚沼と千葉県九十九里平野では累積沈下量は増え続けていますが、南魚沼の沈下は消雪用に地下水をくみ上げることが原因であり(根拠は、地下水利用と地盤沈下〜新潟県の状況〜新潟県保健環境科学研究所環境科学科専門研究員金子正史)、九十九里平野の沈下は天然ガスの採掘によるもの(根拠はWikipedia九十九里平野)ですので、消雪用の地下水採取や天然ガスの採掘という原因行為そのものをやめない限り、沈下は抑制できないと思います。

(2) 関東平野北部の地盤沈下は沈静化している

「日本の水資源」(2011年度版)の図 4−1−1:代表的地域の地盤沈下の経年変化(p102)を見れば明らかなように、関東平野の地盤沈下は沈静化しています。関東平野南部は1970年代から、関東平野北部は90年代から沈静化しています。関東平野北部に属する栃木県の地盤沈下だけが今後活発化することは考えられません。

(3)栃木県南地域の地盤沈下は沈静化している

栃木県南地域の地盤沈下が沈静化していることは、栃木県内では1997年以降、2cm以上の沈下が2回しか起きていないことを印南証人も認めている(証人調書p33)ので争いのない事実です。

(4)関東平野北部の地下水採取量は減少傾向にある

「日本の水資源」(2013年度版)の参考資料編の「参考4-3-8 関東平野北部地下水採取量の推移」(p268)の表を見ると、栃木県の保全地域と観測地域における1985年度の地下水採取量は13.1億m3/年もありましたが、その後減少の一途をたどり、2011年度には9.1億m3/年にまで減少しています。26年間で量にして4億m3/年、率にして30%以上の減少です。

栃木県の保全地域と観測地域における地下水採取量は、今後も減少傾向をたどると考えられます。

なお、関東平野北部地盤沈下防止等対策要綱では、保全地域においては目標値を4.8億m3/年と設定しています。そこで保全地域における採取量を見てみると、1985年度には7.3億m3/年でしたが、2011年度には4.9億m3/年となり、2.4億m3/年(約33%)も減少しています。

関東平野北部における地下水採取量の推移については、栃木県南地域における水道水源確保に関する検討報告書の図表3−22(p18)にグラフが掲載されています。

そして、「平成 7 年頃から、対策要綱の対象地域全域で、地下水採取量が減少傾向となり、これに伴い、本県においては平成9年以降、年間 2cm以上の沈下が観測されることは少なくなった」と書かれています。

そして、「平成 7 年頃から、対策要綱の対象地域全域で、地下水採取量が減少傾向とな」った理由について印南証人は、「農業用水の水量が減少してきたということは考えられます。」(証人調書p33)と証言したのです。

では、栃木県の農業用水が今後どのように推移するのかを考えてみましょう。

(5)栃木県南地域における地下水採取量は減少している

栃木県南地域(保全地域及び観測地域)における地下水採取量は減少しています。根拠は、栃木県環境審議会地盤沈下部会報告書の図-4 県南地域における地下水採取量(推計値)の推移(p4)です。1994年には約4.1億m3/年でしたが、2009年には約3億m3/年となっており、15年間で約1.1億m3/年(約27%)の減少となっています。

(6)全国の農業用水量が減少している

日本の農業用水量(水田かんがい用水+畑地かんがい用水+畜産用水)は減少傾向にあり、ピーク時の1996年の590億m3/年から544億m3/年(2010年)に減少しています(根拠は、「日本の水資源」(2013年度版)の参考資料の参考 2−4−1 農業用水量の推移(用途別)(p223)です。)。14年間で46億m3/年(約8%)の減少です。

「日本の水資源」(2013年度版)の本編の図2−4−1(p79)にはグラフが掲載されています。

日本の人口は減少していきますし、農地面積も減少傾向にありますので、この傾向は今後も続くと考えられます。

そして、栃木県南地域の農業用水量も減少していくと考えられます。なぜなら、全国の傾向に反して、栃木県の農業用水量だけが例外的に増加すると見込まれる要因が存在しないからです。

(7)関東地方内陸部の農業用水量も減少している

「日本の水資源」(2013年度版)の参考資料の「参考 2−4−5 農業用水量の推移(地域別)」(p225)によれば、関東内陸部の農業用水量は1980年には73億m3/年でしたが、2010年には56億m3/年に減少しています。30年間で17億m3/年(約23%)の減少です。

「日本の水資源」(2013年度版)の本編の図2−4−3(p80)にはそのグラフが掲載されています。

この傾向は、今後も続くと考えられます。

そして、栃木県南地域の農業用水量も減少していくと考えられます。なぜなら、関東地方内陸部における傾向に反して、栃木県の農業用水量だけが例外的に増加すると見込まれる要因が存在しないからです。

(8)栃木県南地域の農業用水が減少している

今泉判決は崩れた(その3)〜思川開発事業は栃木県の地盤沈下対策としての効果なし〜の「●地盤沈下の主な原因は農業用水だ」に書いたように、そして印南証人が証言したように、栃木県南地域の農業用水が減少しています。

栃木県南地域では農業用の地下水採取量は、ピーク時の約3億m3/年(1985年)から約2億m3/年(2009年)へと60%程度にまで急減しています。

この傾向は、今後も続くと考えられます。

(9)全国の水田の面積が減少している

「日本の水資源」(2013年度版)の参考資料の「参考 2−4−3 耕地面積の推移」(p224)の表を見ると、全国の水田の面積が減少しています。1970年の水田面積は3415haでしたが、2012年には2469haに減少しています。42年間で946ha(約28%)の減少です。

「日本の水資源」(2013年度版)の本編の図2−4−2耕地面積の推移(p80)にはグラフが掲載されています。

この傾向は今後も続くと考えられます。

栃木県南地域でも減少傾向が続くと考えられます。

なお、耕地面積の減少に伴い、当然ながらコメの生産量も減少しています。民主党のホームページによると、国内のコメ(水陸稲)の生産量は1984年には1188万トンでしたが、2012年には837万トンにまで落ちています。28年間に約30%の減少しています。

(10)関東地方内陸部の水田面積が減少している

上記「参考 2−4−3 耕地面積の推移」(p224)の表を見ると、関東地方内陸部の水田面積は、1970年には287haでしたが、2012年には233haとなりました。42年間で54ha(約19%)の減少です。

関東内陸部におけるこの傾向は今後も続くと考えられます。

栃木県南地域でも減少傾向が続くと考えられます。

(11)栃木県南地域における水田面積が減少している

栃木県内の保全地域及び観測地域における農業用の地下水採取量が減少した原因の一つは、田の面積が減少したことにあると思われます。

栃木県の保全地域及び観測地域の田の面積と地下水採取量の推移を図示すると、下図のとおりです。

県南水田面積

栃木県の保全地域及び観測地域の田の面積は、1980年の約2.9万haをピークになだらかに減少し、2010年には約2.1万haとなり、30年間で約0.8ha(約28%)減少しています。

この傾向は、今後も続くと考えられます。

なお、農業用の地下水採取量も、データのある1985年以降減少し1993年までグラフは田の面積のグラフと重なりますが、1994年から1999年にかけては急激な減少を見せるので、1994年以降の農業用の地下水採取量の減少は、田の面積の減少だけでは説明がつきません。

減反政策の推進で作付面積の減少に加速度がついたと考えれば、説明がつきます。詳しくは、今泉判決は崩れた(その3)〜思川開発事業は栃木県の地盤沈下対策としての効果なし〜の「・90年代後半に減反が進んだ」をご覧ください。

(12)まとめ

確率的に考えれば、今後地盤沈下が進行することはないと考えるべきなので、印南証人の言う「地盤沈下が進行すれば」という前提は成り立ちません。

今後地盤沈下が進行することはないと考える理由をまとめると以下のとおりです。

消雪用の地下水採取や天然ガスの採取という特殊な原因のものを除き、日本の地盤沈下は沈静化しており、関東平野における地盤沈下も沈静化しています。栃木県南地域においても地盤沈下は沈静化しています。

地下水採取量は、関東平野北部でも栃木県南地域でも減少傾向にあります。

印南証人が地盤沈下の沈静化の主な原因と認めた農業用水に着目すると、全国でも関東地方内陸部でも栃木県南地域でも(表流水を含めた)農業用の使用水量が減少しています。

農業用水量が減少している原因として水田の面積に着目すると、全国でも関東地方内陸部でも栃木県南地域でも減少しています。減反政策の推進が作付面積の減少に拍車をかけていると考えます。

これまで全国や関東地方内陸部で起きた現象は栃木県南地域でも起きてきましたし、今後も起きると考えるべきです。また、これまで全国や関東地方内陸部や栃木県南地域で起きてきた地盤沈下の沈静化や地下水採取量の減少、農業用水としての地下水採取量の減少、水田面積の減少という傾向は、今後、人口、特に生産労働人口の減少に伴い、経済活動が停滞する可能性が大きいことを考えると、今後も継続すると考えるべきです。

以上により、「地盤沈下が進行すれば」という前提が成り立つ可能性は極めて小さいのですから、地盤沈下が再度進行することを過大に懸念することは、確率を無視した非科学的な考え方であり、別の言葉で言えば、地盤沈下の原因という考慮すべきことを考慮しないことであり、このような懸念や危惧に基づき公金を支出することは、裁量権の逸脱又は濫用に当たります。

●効率を考えない誤り

印南証人は次のように言います。

当然地盤沈下が進行すれば、水道用水、農業用水、工業用水、すべてに節水が入るわけでありますから、そのときに水道用水の必要量を確保できなかったときに、対応を図ろうというもの

「節水が入る」とは、地下水の採取量を抑制しなければならないという意味でしょう。

栃木県の地盤沈下が再度進行するという事態が考えづらいことは上記のとおりですが、百歩譲って再度進行したとしても、地下水のすべての用途において使用量を抑制する必要があると考える必要はありません。

栃木県の保全地域と観測地域における地下水採取量のうち、農業用が6〜7割を占める(根拠は、栃木県環境審議会地盤沈下部会報告書の図-4 県南地域における地下水採取量(推計値)の推移(p4))のですから、農業用水の使用を規制することが最も効率がよいわけです。

今泉判決は崩れた(その3)〜思川開発事業は栃木県の地盤沈下対策としての効果なし〜の図2を見ていただきたいのですが、野木(環境)という観測地点で見た場合、栃木県の保全地域と観測地域における農業用水が1.9億m3/年程度であれば、地盤沈下はほとんど起きていません。

水道用水と工業用水の水源転換をしなくても、地盤沈下がほとんど起きないという結果が出ています。

したがって、効率を考えれば、地盤沈下が再度進行した場合でも、「水道用水、農業用水、工業用水、すべてに節水が入る」ことにはなりません。

問題は、農業用の地下水採取量を1.9億m3/年程度にまで恒常的に抑制できるかということですが、今後の人口及び水田面積の減少を考慮すれば、何もしなくてもその程度の採取量にまで減少していくものと思われます。

ちなみに2011年の農業用の地下水採取量は不明ですが、野木(環境)における地層収縮量は1.58mmです(根拠は、「栃木県地盤変動・地下水位調査報告書」(2013年1月発行の栃木県環境森林部環境保全課発行))。これから全ての用途において地下水採取量が減少していくことが見込まれるのに、今、巨額の公金を使い思川開発事業に参画継続して2市2町の水源転換を図って何の意味があるというのでしょうか。

効率を考えない印南証言は、地方自治法違反です。

●嶋津証人への反対尋問なし

控訴人側の主張を補強する嶋津暉之証人は主尋問において、栃木県では今後県南2市3町の水需要は減少すること、水源転換の必要性もないこと、水道用水供給事業の実現性がないことから、栃木県が思川開発事業で確保した0.403m3/秒の水源は使われることがない水源であり、水道用水供給事業で288億円、ダム建設負担金で58億円もの巨費は無駄遣いになることは明らかであり、許されることではないと証言しました。

主尋問が終わり、裁判長から反対尋問を促された県側は、平野浩視代理人が立ち上がり、次のように尋問しました(証人調書p19〜20)。

(平野・被控訴人代理人)
証人は、思川開発事業の利水、あるいは検証についてどのような関与をされていますか。
(嶋津証人)
関与という意味が分かりませんが。
(平野)
何かの地位にあって、立場にあって、検証作業に携わっていたりするんですかという質問です。
(嶋津証人)
この公的な検証作業にですか。
(平野)
はい。
(嶋津証人)
関わっているわけがないですね。
(平野)
研究者とか評論家と同じように部外者ということでよろしいですか。
(嶋津証人)
部外者という表現だと、まあ、研究者としていただけますかな。

国が進めるダム事業の検証作業は、事業者が検討主体となり、ダムに賛成している自治体の首長の意見を聞いて進めるという構造であり、住民参加はパブリックコメントでお茶を濁すという構造ですから、民間人が検証作業に公的に関与する余地はありません。

嶋津証人が「研究家の立場だ。」と答えると、平野代理人は、「以上です。」と言い、反対尋問を終了してしまいました。

実質、反対尋問はなかったということです。

●反対尋問の趣旨は権威の否定か

県側の反対尋問の趣旨は分かりませんが、おそらくは、嶋津証人には公的機関が与えた権威はないので、裁判所は権威のない証人の証言を信用しないでほしいという趣旨なのでしょう。

県側は、事実に基づいて裁きを受けるという考え方はないのでしょう。

裁判所には、権威ではなく事実に基づいて判断してもらいたいと思います。

●なぜ県側は反対尋問をしないのか

県側は、嶋津証言の中身についてなぜ反対尋問をしないのでしょうか。

争点が極度に専門的な場合は、弁護士に専門的な知識がないために詳しい尋問が困難な場合がありますが、思川開発事業の利水問題は、県側代理人がよほど不勉強でない限り、そのような争点ではありません。県側代理人に反対尋問をする知識がなかったのではなく、しない方が得策だと県側が考えたということです。

結局、県側が反対尋問をしない理由は、栃木県が思川開発事業に参画する根拠は全て虚構であり、嶋津証人に反対尋問をすると、かえってその虚構が余計に暴かれてしまうということでしょう。

そのことに裁判所も気づいているとは思いますが。

●東京都の八ツ場ダム訴訟でも嶋津証人への反対尋問なし

嶋津証人への反対尋問をしないという方針は、栃木県だけでとられている方針ではありません。

2012年8月7日に行われた、東京都民が起こしている八ツ場ダム住民訴訟の証人尋問のときも嶋津証人に対して都側代理人は反対尋問をしませんでした。

嶋津証人への反対尋問を促された都側代理人の橋本勇弁護士は、「今いろいろご説明いただきまして、証人のおっしゃっていることは私なりによく理解できたつもりです。ただ、控訴人のほうの主張等との違いというのは大前提が違っていると。(中略)前提の問題なので、ここでいちいち反対尋問をさせていただいてもいわば論争にしかならないので、尋問という話ではないと思いますので、反対尋問はなしということにいたします。」(証人調書p22)などと言って、反対尋問をしませんでした。

反対尋問をすればかえってぼろが出るからしない、というのがダム訴訟における行政側の共通した方針なのでしょう。

(文責:事務局)
文中意見にわたる部分は、著者の個人的な意見であり、当協議会の意見ではありません。
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