2004年度作成の文書に2008年度測量に基づくデータが掲載されていた(鬼怒川大水害)

2022-06-15

●発端は鬼怒川堤防整備概要図だった

今回記事は、鬼怒川大水害訴訟で被告が2004年度に作成した文書に2008年度のデータが記載されていたという話です。

ことの発端は、2020年10月16日付け被告準備書面(5)で使用した鬼怒川堤防整備概要図(下図。乙72の3)です。

流下能力から算出した治水安全度を表示しています。

下段(2012年度以降の整備。「年」は「年度」を意味すると思います。)については、流下能力の算出根拠は証拠として提出されていますが(流下能力と治水安全度の関係を証明する証拠は提出されていませんが)、上段(2001年度以降の整備)については、治水安全度が正しいのかを検証するための証拠が提出されていませんでした。

鬼怒川堤防整備概要図shousaiTenken 11

「被告は、平成13年以降、鬼怒川下流域の堤防整備を、治水安全度が1/10未満の箇所を優先しつつ、原則として下流から順次進めてきた。」(被告準備書面(5)p14)と言いますが、原告側から、その証拠がなければ、その主張が正しいか検証できないから証拠を出せとの求釈明申立て(2021年5月28日付け求釈明申立書p7)がなされていました。

●被告は乙79を提出した

被告は、2021年8月16日になって、ようやく乙79を提出しました。

乙79とは下表です。全部で10ページあります。1ページ目の冒頭は次のとおりです。

乙79

証拠説明書(8)には、下図のように書かれています。

証拠説明書(8)

文書の題名は、「鬼怒川流下能力算定表[平成13年度測量]」です。

表にそのように書かれているわけではなく、証拠説明書で勝手にそう呼んでいるだけです。

作成者は、関東地方整備局下館河川事務所です。

問題は、作成年月日です。

2004年11月から2005年3月までの間(つまり2004年度)に作成したと書かれています。作成日を特定できないということです。

立証趣旨は、「整備概要図2の上段(平成13年以降の整備)に示した治水安全度の算出の基礎となった流下能力の根拠資料の存在及びその内容」です。

原告側は、2021年10月21日に、乙79を検証する内容の原告ら準備書面(10)を提出しました。

●被告は乙80を提出した

被告は、乙79の提出からおおよそ3か月後の2021年11月11日に、乙79を訂正する内容の証拠乙80を提出しました。

乙80とは下表です。

乙80

証拠説明書(9)には、下図のように書かれています。

証拠説明書(9)

作成年月日が2021年11月となっています。

立証趣旨は、「整備概要図2の上段(平成13年以降の整備)に示した治水安全度の算出の基礎となった流下能力の根拠資料の存在及びその内容(乙79の「HWL流下能力」欄の数値を訂正したもの)」です。HWLは、計画高水位のことです。

●被告は乙79を取り下げないのか

乙80が訂正分なのか、新たな証拠文書なのかをはっきりさせた方がいいと思います。

乙80が訂正文であるならば、筋としては、正誤表の形でもよかったはずです。

その場合は、乙79は、誤記はあっても、2004年度に作成された文書として成立しているはずです。

誤記の数が多く、正誤表では見づらいので、数値を訂正した上で表を作り直しただけだ、というのが被告の考えでしょうか。

そうだとすると、乙79には誤記が多いものの、文書として成立しているはずです。

問題の本質は、訂正文の作成日ではありません。

2001年度測量に基づいて計算した治水安全度が記載された資料がいつから存在するのか、を原告側は問題にしています。

被告が乙79を取り下げない以上、被告は、上記の計算を2004年度には行っていたことになります。

しかし、乙79に2008年度のデータが記載されているのですから、文書として破綻しており、成立しないはずです。

被告は乙79を取り下げるのかをはっきりさせる必要があると思います。

●被告は乙79の「HWL流下能力」欄の数値を訂正した

被告は、乙79の「HWL流下能力」欄の数値を乙80で訂正したと説明します。

「HWL流下能力」欄とは、一番右の欄です。

乙79では、距離標3.00kから
4,061m3/秒
4,471m3/秒
7,587m3/秒
4,208m3/秒
と続きます。

それを乙80で次のように訂正するというのです。
5,389m3/秒
5,274m3/秒
9,070m3/秒
8,801m3/秒

と続きます。

●2001年度測量に基づいて計算された流下能力の数値が訂正された

ここで確認しておきたいのは、訂正の対象となった「乙79の「HWL流下能力」欄の数値」とは何かというと、証拠説明書に「鬼怒川流下能力算定表[平成13年度測量]」と書かれていることから分かるように、2001年度定期測量による河道断面を前提条件として、水位が計画高水位となる洪水を流した場合の流量の数値です。

つまり、「乙79の「HWL流下能力」欄」には、2001年度定期測量に基づくHWL流下能力の数値が記入されるはずでした。

ところが、別の数値が記入されていたのです。

●2008年度定期測量に基づくHWL流下能力が記入されていた

乙79の「HWL流下能力」欄に誤って記入されていた数値は、一体どこから持ってきた数値なのかというと、2008年度定期測量に基づくHWL流下能力でした。

2004年度に2008年度測量成果に基づく流量データを正確に予見できるはずがありません。

2008年度定期測量に基づくHWL流下能力は、H23 鬼怒川直轄改修事業 事業再評価根拠資料(甲41。証拠説明書(甲34〜43))p5の「表2 事業再評価時点の鬼怒川治水安全度」(下表)の右から2番目の列に掲載されています。ただし、余計なことに字数を使いたくないのですが、下表は、3.00kから始まり101.50kで終わるので、一見、直轄管理区間の全ての距離標を網羅しているように見えますが、網羅していません。35.75k及び68.50kの距離標が抜けています。

下表は、全く同じ形の小さい表がきれいに三つ並んでいますが、そもそも、全ての距離標は3で割り切れないので、小さい表が同じ形になるはずがないのです。

鬼怒川の直轄管理区間98.5kmの距離標の数は、間隔が0.25kmの植木算になるので、
98.5km/0.25km+1=395
です。これは3の倍数ではありません。

被告は、ここから距離標を2本減らして、3の倍数の393本にして、体裁の良い表を作成したということです。正確性よりも見栄えを重視したようです。

治水安全度

2011年度に作成された甲41(上表)におけるHWL流下能力が、基本的に2008年度定期測量に基づくと考える根拠は、(1)甲41のp2の流下能力の計算条件を記載した一覧表に「平成20年測量断面に平成23年度までの改修を反映させた断面を設定」と書かれていること(被告準備書面(7)p3も同旨)及び(2)甲41のp42及びp43の流下能力評価表の「現況堤防高さ」を2008年度定期測量による「現況堤防高」と照合すると(30.50kより下流までですが)、L10.75k及びR16.50k〜17.75kの区間を除き一致するからです。(R16.50k〜17.75kは、乙72の3によれば、2011年度に改修されています。)

「表2 事業再評価時点の鬼怒川治水安全度」の冒頭部分を拡大すると次のとおりです。赤枠は私が加筆しました。

表2冒頭

上表には、次のとおり、見覚えのある数値が並んでいます。
4,061m3/秒
4,471m3/秒
7,587m3/秒
4,208m3/秒

そうです。乙79と同じ数値です。

念のため、乙79の冒頭部分を赤線の枠を加筆して再掲します。

乙79赤枠

ここでは両者が全ての距離標について一致する証明はできません。そこまでやる意味があるとは思えないし、照合が不可能な箇所もあるからです。

表の冒頭の十数個のデータで証明できるのは、鬼怒川の3.00k〜6.50kまでについて、乙79のHWL流下能力の数値とH23 鬼怒川直轄改修事業 事業再評価根拠資料(甲41)の「表2 事業再評価時点の鬼怒川治水安全度」に記載されたHWL流下能力の数値が同じであるということです。

両者を照合すると、鬼怒川直轄管理区間(3.00k〜101.50kの98.5km)において、照合が不可能な2箇所の距離標地点を除く全ての距離標地点におけるHWL流下能力の数値が同じであることが確認できます。(上記のとおり、甲41の表2では、35.75k及び68.75kの欄がないので、データの照合ができません。)

つまり、2004年度に作成された乙79には、基本的には、2001年度定期測量に基づくH Q式(水位と流量の換算式)、スライドダウン堤防高及びスライドダウン流下能力が記入されているのですが、HWL流下能力の欄だけは、2008年度定期測量をしてみないと計算できないはずの数値が記入されていたということです。

乙79は、捏造されたと疑われても仕方がないでしょう。

●乙79は虚偽公文書だった

乙79に2001年度測量のデータと2008年度測量のデータが混在するということは、乙79が2004年11月から2005年3月までの間に作成された、という証拠説明書(8)の記載も虚偽だったということです。

乙79は、2008年度測量を実施した時期、おそらくは2009年初頭よりも後の時期に作成されたはずです。

実際に乙79のようなメモ的なエクセルファイルがあったのかもしれません。

ただし、被告は、虚偽公文書作成罪に問われることを恐れず、上三坂地区の堤防について「平成26年には用地調査に着手し、整備に向けて進めていたところであった。」(被告準備書面(4)p16)というウソを何度も言う(詳しくは、破堤区間の堤防整備のための用地取得は2009年に完了していた(鬼怒川大水害)を参照)くらいですから、故意で虚偽公文書を作成した可能性は捨て切れません。

ここは、原告側は、求釈明申立書を提出してまでこだわったのですから、文書提出命令の申立て(民事訴訟法第221条)をしてでも、故意か過失か、故意でないとすれば、なぜそう言えるのか、をはっきりさせるのが筋だと思います。

故意があるとすれば、証拠の捏造ですから、刑事事件として立件されるかどうかは別にしても、関係職員を懲戒処分すべきだという行政処分の話にはなってくると思います。(そういえば、2009年の村木厚子の冤罪事件で特捜検事がフロッピーディスク内の文書の作成日を変えるというやり方をしており、あの事件が氷山の一角だとすると、検事が証拠の作成日を変えるというやり方は結構あると見るべきなのかもしれません。)

少なくとも、(1)乙79に2008年度のデータが記載された経緯、(2)乙79は電磁的記録(いわゆる電子ファイル)なのか、(3)乙79の本当の作成時期、(4)乙79の作成時期が2004年11月から2005年3月までの間とした根拠、を究明するべきだと思います。

鬼怒川に関する全ての情報を握っている被告が虚偽情報を記載した資料を提出してまで、改修工事の優先順位を決めるための根拠資料が存在すると主張して、審理を混乱させた責任は大きいはずです。

しかも、原告側は、乙79に2008年度測量に基づく計算値が記載されているとも気づかず(気づいていないと判断する根拠は、この見出しの末尾に書きます。)に、乙79を分析した原告ら準備書面(10)を書いて、多大な労力を費やしたのですから、訂正するに至った経緯も説明しないまま、訂正したからそれでいいだろうという被告の対応を許さないはずだと思いますが、原告側は、その後、乙80に言及していないように見えます。

そうだとすると、原告側は、被告がH W L流下能力の数値の誤りを認めて、正しい数値を出したのだから、それで話は終わりであり、故意か過失かを問い詰めるようなことはしないという考えなのかもしれません。

しかし、被告のやり方は許容限度を超えていると思います。

2001年度以降の整備の優先順位を決める基準となる資料がある、と言って、2004年度作成の資料(乙79)を提出したことだけでも十分に愚弄した話なのに、その上、その資料に2008年度のデータが混在していた(2004年度作成は大ウソだったことがバレた)のですから、誤りと呼ぶには度を越していると思うのは私だけでしょうか。

原告個人としても、2004年度作成の資料(乙79)に2008年度のデータが混在していた理由や乙79の本当の作成時期を知りたいはずだと思われ、逆に知りたくないと思う原告がいるとは思えません。

【原告側はH W L流下能力が2008年度のデータであることに気づいていない】

原告側はH W L流下能力が2008年度のデータであることに気づいていないと思います。

結審までにこの問題に言及していないと思われますし、少なくとも、乙79の提出を受けて、原告ら準備書面(10)を書いた時点(2021年10月)では気づいていないと思います。

その理由は、読み込みが足りないのか、当該書面をいくら読んでも、H W L流下能力が2008年度のデータであることを指摘している部分が見つからないことです。(乙80の提出後の原告側からの書面でも、この問題に触れた部分は見当たりません。)

また、乙79に2008年度のデータが記載されていることに気づいていれば、2004年度作成という説明が虚偽なので、当然指摘すべきですが、その指摘も見当たらず、原告側が乙79の作成時期に疑問を呈する記述さえ見当たりません。

さらに、「原告らは、乙79の記載が正しいものであることを前提として、その内容について検討した。」(原告ら準備書面(10)p5)のですが、H W L流下能力の数値の出所が2008年度測量に基づく2011年度の再評価根拠資料であることに気づいていれば、当該数値は、2001年度の流下能力算定表の数値としては完全に誤りですから、誤りであることを指摘するはずであり、乙79が「正しいものであることを前提と」することはないはずです。

さらに言えば、原告側も乙79のH W L流下能力の数値と、そこに記載されたH Q式を使った数値とを比較し、誤差では済まされない乖離があることに気づいてはいますが、「この理由は、原告らには不明である。被告において理由を明らかにすべきである」(同p6)と書いているだけです。

誤記部分が2008年度という未来のデータであることに気づいていれば、「未来のデータである2008年度測量に基づく数値が2004年度作成資料に記載されている理由を示せ」とか、別の言い方をしていたはずだと思います。「原告らには不明である。」とは、数値の出所さえ不明であるという意味にしか読み取れません。

ちなみに、私がなぜ、乙79のH W L流下能力の数値の出所に気づいたか、というと、普通の発想をしたからです。

被告は、乙79で、2001年度測量に基づくH W L流下能力を示したわけです。

そうであれば、2008年度測量に基づくそれ(2011年度事業再評価根拠資料の表2)と比較してみようとするのが普通の発想です。計画高水位という容易に変えない数値を基準にして流下能力の変化を見れば、河道の状況がどう変化したのかを推測できるからです。

両者を比較すれば、数値が同じであることに気づかざるを得ません。

●作成時期を特定できない理由が分からない

乙79の作成時期を特定できない理由が分かりません。

乙79は、紙で保存されていたわけではないと思います。

おそらくはエクセルファイルでしょう。

そうだとしたら、ファイルのプロパティ(Macではインスペクタ)を見れば作成日は明らかです。

なぜ作成時期が2004年11月から2005年3月までの間という幅を持たせた時期になるのか理解できません。

●乙79の誤記は考えられないミスだ

乙79の誤記は、考えられないミスです。

距離標ごとにH Q式の係数A 及び係数B並びに計画高水位の値が記載されているのに、H W L流下能力の欄には、それらのデータが使われていない数値が入っていたのですから、誰も想像できないような誤りです。

乙79の原本がエクセルファイルだとすれば、「H W L流下能力」の列のセルには関数で2001年度のH Q式を組み込むのが普通の発想です。

ところが、当該列には2008年度測量に基づく「H W L流下能力」が記入されていたのですから、2001年度のH Q式を組み込んでいなかったということです。

まさか手打ちで入力したとは思えませんから、他のエクセルファイルで2008年度の「H W L流下能力」を計算し、答えを列ごとコピーし、形式を選択して数式ごと貼り付けたということだと思います。

なぜそんな面倒なことをしたのか理解できません。

●被告に河川管理者の資格なし

この問題は、H W L流下能力のデータを差し替えれば済む話ではないと思います。

このミスは、乙79の作成者が、これを作成する意味が分かっていなかったことの証左だと見るべきです。

被告指定代理人は、訟務検事以下31人ですが、訟務検事ら法務省職員がスライドダウン評価を理解できず、上記誤記に気づかないのは仕方ないとしても、河川官僚の誰もチェックできなかったのですから、被告が河川管理者の失格を有しないことを証明していると思います。

●2001年度当時は治水安全度に基づいた方針はなかった

被告が乙79を乙80で訂正したことによって何が分かったかというと、2001年度当時は、鬼怒川の堤防整備について治水安全度に基づいた方針はなかったということです。

2011年度の事業再評価根拠資料p5には、「堤防整備箇所は1/30未満の治水安全度の箇所を整備するものとする。整備にあたっては原則下流から整備を実施するものとするが、治水安全度が1/10以下の箇所を早期に解消するものとする。」と書かれています。

しかし、それは、2012年度以降の整備についての方針が書かれた資料が存在したことを意味するだけです。

原告側が検証したいと言っているのは、2001年度から2011年度までの整備の優先順位の基準についてです。

そもそも、乙79に誤記がなかったとしても、作成年度が2004年度だというのですから、2001年度から2004年度までの整備については、流下能力と治水安全度の低い箇所から整備したという説明は成り立ちません。それらを計算した証拠を被告は出せないのですから。

また、乙79は2001年度測量成果で計算したというのですから、それを根拠に整備方針を決めるなら、どんなに早くても、2002年度以降の整備方針しか決められないはずです。

2001年度以降の整備の優先順位を決めるためのデータは、遅くとも2000年度までに取得しておく必要があります。

2001年度の直前の定期測量は1998年度定期測量ですから、このデータを使わないと、2001年度の治水安全度は算出できないはずです。

したがって、2001年度以降の整備方針を、2001年度測量成果を基に決めたという説明は成り立ちません。

そして、乙79が乙80(2021年11月作成)で訂正されたのですから、つまり、正しい資料が作成されたのは2021年ですから、乙80は後付けの根拠資料でしかなく、結局、2001年度以降の整備方針の根拠となる資料で、治水安全度を根拠とする資料は存在しないということです。

●証拠説明書はウソだった

証拠説明書(8)及び証拠説明書(9)には、「整備概要図2の上段(平成13年以降の整備)に示した治水安全度の算出の基礎となった流下能力の根拠資料の存在及びその内容」と書かれています。

しかし、上記のとおり、「整備概要図2の上段(平成13年以降の整備)に示した治水安全度の算出の基礎となった流下能力の根拠資料」は、2021年11月に作成されたものであり(証拠説明書(9))、後付けで作成された資料ですから、証拠としての意味はなく、被告は立証に失敗したことになると思います。

裁判所もそのくらいは理解してくれるのだと思います。

ちなみに、優先順位の基準となる資料で治水安全度を根拠としない資料ならあったと思います。

「2002年度鬼怒川改修事業」(甲6)p7には流下能力の不足する箇所が示され、p13には堤防高が不足する区間が示されていますが、別記事で論じたいと思います。一つだけ言えば、甲6では、堤防整備は二の次になっていたと思います。このことの是非を問うべきだと思います。

●被告の言い訳が理解できない

原告側は、2021年9月22日付け求釈明申立書において、乙79が2004年度に作成されたのであれば、それまでは、流下能力の算定を行わずに堤防整備を行っていたことになる旨を述べたことに対して、2021年10月27日付け被告準備書面(8)で次のように反論しています。

そして、本件算定表(乙79)は、被告の令和3年8月16日付け証拠説明書(8)に記載したとおり、本件訴訟の証拠資料として作成された整備概要図2(乙72の3)の上段(平成13年以降の整備)に記載された「流下能力から算出した治水安全度」について、その算出の基礎となった(平成13年度測量に基づく)流下能力の根拠を示す資料として提出されたものであって、被告は、本件算定表が、上記整備概要図2に記載された堤防整備箇所に係る整備に際し、治水安全度の算出の基礎となった流下能力の根拠となっていたことを主張するものではない。

上記のやりとりは、乙80でH W L流下能力の数値が誤りであることを被告が認める(2021年11月11日付け証拠説明書(9))前になされたものです。

つまり、乙79の作成時期は、2004年度という前提です。

何度読んでも意味が分かりません。

おそらくキーワードは、「整備に際し」だと思います。

乙79は、整備に際しては、根拠として使用していなかった、と言いたいのだと思います。

つまり、乙79は後付けの資料であることを認めているのだと思います。

それを正面から認めると格好が悪いので、遠回しに言っただけだと思います。

●放っておいても治水安全度が上がっていた

下図のとおり、3k〜28kで、2001年度のH W L流下能力と2008年度のH W L流下能力を比較してみました。

流下能力変遷8

青色が2001年度でオレンジ色が2008年度です。

10.50kを境に、下流ではH W L流下能力が小さくなっており、上流では27.00kまでの16.5kmの区間(両岸で33km)で大きくなっています。

そして、冒頭に掲げた鬼怒川堤防整備概要図(2001年度以降の整備)を見ると、10.50kより上流で、2001年度から2008年度まで(2011年度完成予定も含む。)に改修された箇所は、6箇所であり、その延長は、おそらく4km未満と推測されますが、当該区間の全ての距離標地点でH W L流下能力が大きくなっています。

つまり、当該区間の9割弱の区間では、放っておいても勝手に治水安全度が上がっていたことになると思います。

しかし、10.50kで逆転現象が起きるという話が本当かどうかは疑問です。

なぜなら、鬼怒川堤防整備概要図の上段と下段で、スライドダウン流下能力で計算したという治水安全度の変遷を見ると、治水安全度が自然に向上するという現象は、10.50kより下流でも起きているからです。(ただし、この見方には、未整備区間のH W L流下能力とスライドダウン流下能力は河道状況の変化に応じて同様に変遷するはずだ、という前提条件があります。なので、被告が時代によってスライドダウン流下能力の計算方法を変えているとしたら、両者を比較する意味はなく、前提条件が成り立ちません。)

下図は、鬼怒川堤防整備概要図(乙72の3)を左岸・右岸別に切り貼りして、安全度を比較したものです。上が左岸、下が右岸です。

被告が示す治水安全度(年超過確率)は、次のとおりです。
灰色:1/30以上
青色:1/10〜1/30
赤色:1/10未満

竹色の区間は、整備もしないのに安全性が向上した区間です。

紫色の区間は、安全性が低下した区間です。

整備しないのに安全性が向上した区間が3k〜27.25kで満遍なく見られます。

整備概要図左岸

整備概要図右岸10

ちなみに、右岸11k付近は2007年度に整備しています(原告ら準備書面(8)p50では「2011年度に築堤工事完成した。」と主張します。ちなみに、普通は「築堤工事が」と、助詞を付けると思いますが、独特の言い回しです。)が、安全度は元々1/30以上あり、整備後も同じです。つまり、堤防整備が必要だったのではなく、実質的に河道である場所に住む人の移転が必要だったにすぎなかったことが分かります。

●なぜ鬼怒川の安全度が自然に上がるのかを被告は具体的に説明できない

原告側も、堤防整備がなされていないにもかかわらず、治水安全度が変化する理由を説明しろと言っています(2021年5月28日付け求釈明申立書p7)。

これに対して被告は、「流下能力に変化が生じた一般的な要因としては、河道の自然的な地形変化等が考えられる。」(被告準備書面(7)p4)と説明します。

一般論でしか説明できないようでは、鬼怒川の下流部については何が要因なのかを説明できないということですから、適切な対応策を講じられるはずがありません。

河川管理者が、流下能力が時間の経過により変化する理由が分からないということが許されるとは思えません。

被告のいう「河道の自然的な地形変化」が河床低下を指すことは明らかですが、ダムの問題に波及すると藪蛇になる可能性があると考え、一般論で答えたと思います。

下図は、2011年度鬼怒川河川維持管理計画p12からの引用です。

河床低下11

この計画は2011年度に作成され、2008年度定期測量を実施しているのに、2001年度までのデータで描かれていることは不可解です。2001年度から2008年度までの変化が分からないのです。

「ほぼ全川で2〜3mの河床低下」と書かれていますが、10.50kより下流では、1980年度と2001年度で大きく変わらない箇所が多いように見えます。

そうだとすると、10.50kを境に、H W L流下能力の動向が逆転するという話は、信用できる話なのかもしれません。

(文責:事務局)
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