2002年洪水の浸水実績図は石下町が作成していた(鬼怒川大水害)

2019-11-25

●石下町から築堤要望書が出ていた

前回記事国は2002年洪水を軽視した(鬼怒川大水害)において、私は次のように書きました。

2014年度三坂地先外築堤護岸設計業務設計報告書」(株式会社建設技術研究所、2015年3月)のp4−1には、「本地区(引用者注:若宮戸地区のこと。ただし、浸水があったのは若宮戸地区だけではない。)は平成13年、14年出水により、自然堤防前面の高水敷まで浸水した地区であり」と書かれています。

そして、p4−5には、「近年の出水では、平成13、14の出水により、河川区域を越えて浸水した。浸水実績図、および浸水状況の写真を、図4.4に示す。」と書かれています。

私は、最近まで上記「浸水実績図」は、建設技術研究所が作成したと思い込んでいました。

「浸水状況の写真」は、下館河川事務所から提供を受けたものだと思い込んでいました。

しかし、どうもそうではなさそうです。

最近、鬼怒川下流自治体が国に提出した鬼怒川の改修要望書を国に対して情報公開請求すると、2003年5月30日付けの石下町(ウィキペディアによれば、2006年1月1日に合併により水海道市に編入され、水海道市はそれと同時に改称し常総市となった。)からの要望書が開示されました。要望書のp1は、次のとおりです。

要望書本文

その中に、「平成14年7月台風6号浸水図」というタイトルの、建設技術研究所の報告書の浸水実績図と全く同じタイトルの実績図があります。

建設技術研究所の報告書の浸水実績図と石下町が作成した浸水実績図を下に並べてみます。

下側の図が今回新たに取得した、石下町が作成した浸水実績図です。

建設技研報告書

石下町要望書

ベースの地図も浸水範囲も全く同じです。

●どこが違うのか

2枚の図面はどこが違うかというと、建設技術研究所の浸水実績図には、「河川区域想定線」が記入されています。

他方、石下町が作成した浸水実績図には、浸水範囲を示す青塗りの中に1〜9の赤の丸数字とそこから伸びる矢印が記入されています。

要望書の浸水実績図以降の頁に示されている、(おそらくは台風の翌日に撮った)写真のカメラの位置と方向を示すものです。

●事態をどう見るべきか

作成時期が、建設技術研究所の浸水実績図は2015年3月で、石下町の要望書の浸水実績図は2003年5月ですから、建設技術研究所が石下町の要望書の浸水実績図を基に「河川区域想定線」を加えてリライトしたと見るべきだろうと思います。

そうだとすると、建設技術研究所は報告書に出典を明記すべきだったと思います。

そうだとすると、国は、2002年の浸水状況の調査をしていないように思います。

その代わりに石下町の職員には慣れない仕事だったでしょうが、苦労して浸水実績図を作成したのだと思います。

なぜ石下町がそのような苦労をしたのかというと、それまでで最大の浸水範囲を目にして顔面蒼白となった付近の住民が国に要望書を出すように役場に迫ったのだと思います。

●住民の願いは叶わなかった

地元住民の要望を受けた石下町は、「さて、平成13年9月11日に来襲した台風15号、昨年の台風6号により鬼怒川が増水し、浸水による水害被害が発生しているため、地元より早期築堤の整備の要望が出されております。当該浸水箇所は若宮戸地先十一面山の左岸側約1500mが無堤地帯のため、鬼怒川の水位が上昇すると、この地域一帯が浸水し、度重なる水害に悩まされ、住民の不安は募るばかりであります。つきましては、現地調査のうえ築堤工事を早急に実施下さるようお願い申し上げます。」と書いた要望書を、2003年5月に国に提出しましたが、築堤されることはないまま2015年に鬼怒川大水害が起きました。

確かに、国は、要望書を受けて何もしなかったわけではありません。

要望書が提出された2003年度に国は築堤設計業務をサンコーコンサルタント株式会社に委託しましたが、「下流の堤防の整備を勘案しつつ、若宮戸の将来的な堤防整備を見据えて、堤防線形等の検討を実施した」(鬼怒川大水害訴訟被告準備書面(1)p52)にすぎませんでした。

「若宮戸の将来的な堤防整備を見据え」ただけだったのであって、実際に堤防を整備するつもりはなかったのです。

御厨貴・芹川洋一著『政治が危ない』(日本経済新聞出版社)には、安倍首相の「やってる感が大事なんだ」という発言が紹介されているそうです。

2003年時点の総理大臣は小泉純一郎ではありましたが、国土交通省は、鬼怒川の治水における優先順位を適正に検討することなく、若宮戸地区での築堤は後回しでよいと判断していたが、「若宮戸の築堤の優先順位は高くない」とあからさまに言うと角が立つので、一応設計委託を発注し、「やってる感」を出して、町長と住民をなだめようとしたのではないでしょうか。

ではなぜ国は、若宮戸地区での築堤は後回しでよいと判断したのでしょうか。

国に、水害を起こさないための事業の優先順位を適正に判断する能力がないか、国が治水予算をダム事業に傾注したかったかのどちらか、ということにならないでしょうか。

(文責:事務局)
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