鬼怒川ダム地域創生シンポジウムは国土交通省の自画自賛だ

2016-04-11

●ちょいと鬼怒川ダム地域創生シンポジウムに行ってきた

2016年3月3日に栃木県総合文化センターで開催された鬼怒川ダム地域創生シンポジウムを聞きに行きました。

栃木県のホームページに掲載された開催のお知らせは、次のとおりです。

「鬼怒川ダム地域創生シンポジウム」が開催されます
鬼怒川上流4ダム(五十里ダム、川俣ダム、川治ダム、湯西川ダム)について「鬼怒川ダム地域創生シンポジウム」が開催されます。
当日は有識者からの「大切な治水対策とインフラを活用した観光まちづくり」、「水害に対するダムの貢献」についての講演や、パネルディスカッションが予定されています。

1 日 時  平成28年3月3日(木) 14:00〜17:00(受付13:30から)
2 場 所  栃木県総合文化センター サブホール
3 内 容 
○ 基調講演
(1)演題:「大切な治水対策とインフラを活用した観光まちづくり」
講師:跡見学園女子大学准教授 篠原 靖氏
(2)演題:「水害に対するダムの貢献」
講師:ダム愛好家 星野夕陽氏
○ パネルディスカッション
テーマ:「〜鬼怒川上流ダムの防災と地域活性化に向けて〜」
パネリスト:斎藤文夫氏(日光市長)、福嶋真理子氏(CRT栃木放送アナウンサー)、西島佳子氏(JTB関東法人営業水戸支店)、星野夕陽氏(ダム愛好家)、田畑和寛氏(鬼怒川ダム統合管理事務所長)
コーディネーター:篠原 靖氏
4 定 員 500名
5 参 加 費 無料
6 主 催  鬼怒川上流ダム群水源地域ビジョン策定委員会
7 共 催  下野新聞社
8 協 賛  国土交通省 関東地方整備局
9 後 援  栃木県、公益社団法人日本観光振興協会、栃木県建設産業団体連合会、一般社団法人栃木県建設業協会、NPO法人栃木県防災士会、公益社団法人とちぎ建設技術センター、作新学院大学、東武鉄道株式会社、野岩鉄道株式会社、会津鉄道株式会社、とちぎテレビ、CRT栃木放送、エフエム栃木
10 そ の 他   参加については事前申込とされていますが、当日参加も可能です。

●報告を見てみよう

その報告「鬼怒川ダム地域創生シンポジウムを開催しました。」が、鬼怒川ダム統合管理事務所のホームページに掲載されて います。

2016年03月04日付け読売新聞は、次のようにまとめています。

鬼怒川4ダムの役割考える…宇都宮でシンポ
◆防災と観光で議論
鬼怒川上流の4ダムについて防災と地域活性化の両面から考えるシンポジウムが3日、宇都宮市内で開かれ、行政や観光関係者ら約330人が参加した。
国土交通省関東地方整備局によると、昨年9月の関東・東北豪雨では、五十里、川俣、川治、湯西川の4ダムで約1億立方メートルの水をため込み、下流の水位を低下させ、洪水被害を軽減させる役割を果たした。
基調講演で、篠原靖・跡見学園女子大准教授は「下流の氾濫水量は3分の2、浸水面積は3分の1に減少させるなど、多くの人命が救われた。ダムが防災に役立っていることを再認識すべきだ」と述べた。
パネルディスカッションでは、行政や観光、ダムの専門家などが、治水効果や観光振興について意見を交わした。
斎藤文夫・日光市長は水陸両用バスを用いたツアーを紹介し、「利用者の7割強が近隣に宿泊するなど経済効果が出ている」と述べた。また、「ダム愛好家」として参加した星野夕陽さんは「ダムを見てもらうことが防災を知ることにもつながる。そのきっかけが観光だ」と語った。

基調講演を行い、パネリストも務めた、ダム愛好家の星野夕陽氏は、「ちょいとダムに行ってくる」というブログの「ちょいと鬼怒川ダム地域創生シンポジウムで話してきた。」というページで体験談を報告して ます。

3月27日には、下野新聞に見開き全面広告で掲載されました。

●国土交通省が主催者であることをなぜ隠すのか

主催は「鬼怒川上流ダム群水源地域ビジョン策定委員会」とされていますが、シンポジウムはカネがなければ開催できません。そして、国土交通省が設置した鬼怒川上流ダム群水源地域ビジョン策定委員会が予算を持っているはずもありません。

国が設置する委員会の構成員は通常は公表されていますが、鬼怒川上流ダム群水源地域ビジョン策定委員会の構成員はホームページで公表されておらず、この委員会は、私たち一般市民にとって得体の知れない組織です。

しかし、国土交通省が鬼怒川上流ダム群水源地域ビジョン策定委員会を設置したことは、2011年6月1日付けの湯西川ダム工事事務所の記者発表資料に次のように書かれていることから明らかです。

国土交通省では、直轄・水資源機構ダムについて、地域ごとに、ダム水源地域の自治体等と共同で、ダムを活かした水源地域の自立的、持続的な活性化を図るための「水源地域ビジョン」を策定することとしています。
これまで、国土交通省関東地方整備局では、平成13年以降、鬼怒川上流の既存3ダム(五十里、川俣、川治ダム)の水源地域ビジョンを有識者、関係機関、水源地域の自治体、流域の住民等と連携し、推進しているところです。
現在建設中の湯西川ダムは、平成24年度から管理移行を予定している事から、既存3ダムに湯西川ダムを含めた鬼怒川上流ダム群として、新たな水源地域ビジョンを策定するために、「鬼怒川上流ダム群水源地域ビジョン策定委員会」を設立するとともに第1回委員会を開催します。

したがって、鬼怒川ダム地域創生シンポジウムの本当の主催者は国土交通省(関東地方整備局)であるとしか考えられません。

開催経費を出すところが主催者になるのが普通でしょう。

国土交通省は、主催者が国土交通省であることを正々堂々と明らかにしたくない理由があったのでしょう。

●結局は国土交通省の自画自賛

国土交通省は、何の目的でこのシンポジウムを開催したのでしょうか。

地域活性化の話はしていますが、読売記事がまとめているとおり、「昨年9月の関東・東北豪雨では、五十里、川俣、川治、湯西川の4ダムで約1億立方メートルの水をため込み、下流の水位を低下させ、洪水被害を軽減させる役割を果たした。」ことと、「下流の氾濫水量は3分の2、浸水面積は3分の1に減少させるなど、多くの人命が救われた。ダムが防災に役立っていることを再認識すべきだ」(篠原靖跡・見学園女子大学准教授)と言いたかったのでしょう。

治水について研究業績があるとも思えない篠原准教授の演題にも「治水対策」がしっかり入っています。

星野夕陽氏の基調講演の演題は、もろに「水害に対するダムの貢献」です。

会場で配られたプログラムにも「鬼怒川上流ダムの効果について」という見出しを付けて、「平成27年9月関東・東北豪雨では、鬼怒川上流4ダムにおいて約1億m3の洪水を貯め込み、ダム下流の被害軽減に貢献しました。」と書かれています。

国土交通省は、露骨な自画自賛では信用性が薄いと考えて、学者やダムマニアや日光市長など、他人の口を使ってダム行政をほめてもらい、国には鬼怒川大水害の責任はないのだという印象を栃木県民に与えることが目的だったのでしょう。

●シンポジウムなのかパネルディスカッションなのか

鬼怒川ダム地域創生シンポジウムは、討論形式としては不思議な形式です。

催しのタイトルは「シンポジウム」ですが、内容は、「基調講演」と「パネルディスカッション」で構成されています。

コトバンクでシンポジウムを引くと、
デジタル大辞泉では、「聴衆の前で、特定の問題について何人かが意見を述べ、参会者と質疑応答を行う形式の討論会。」
百科事典マイペディアでは、「集団討議の形式の一つ。一般に,一つの問題をテーマに,異なる意見をもつ数人の報告者が意見を発表し,参加者全員によって討論を行う。今日では聴衆の前で行われることも多く,その場合にはこののち,聴衆との質疑応答・討論を行う。」
ナビゲート ビジネス基本用語集では、「公開討論会の1つ。特定のテーマについて、異なる見解をもった複数の専門家が1人ずつ講演を行い、最後に、聴衆の質問に答える、という形式。パネルディスカッションと異なり、講演者相互の討論はない。」
と解説されています。

つまり、シンポジウムでは聴衆との質疑応答・討論がなされると解説されているのに、鬼怒川ダム地域創生シンポジウムでは、聴衆との質疑応答・討論の時間は設けられていませんでした。逆に、パネルディスカッションでもないのに、講演者相互の討論がなされました。

次に、コトバンクでパネルディスカッションを引くと、
ASCII.jpデジタル用語辞典では、「あるテーマについて、あらかじめ選ばれている複数の専門家(パネリスト)が意見を述べた後に、一般の参加者も交えて進めていく討論会のこと。」
デジタル大辞泉では、「ある問題について対立する意見をもつ数人の代表者が聴衆の前で討論を進め、のち聴衆の参加を求めるもの。」
ナビゲート ビジネス基本用語集では、「あるテーマについて、まず数人の専門家が代表者(パネル、パネラー)として選出され、司会者のコーディネートのもとに、聴衆の前で討議を行う。その後、聴衆も参加して、意見交換や質疑応答が行われる、という方式。」
大辞林 第三版では、「ある問題について異なる意見をもつ代表者数人が,座談会形式で聴衆の面前で討議し,のちに聴衆が質問などを通じて討論に加わるもの。」
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典では、「所定の問題の討議にあたって,あらかじめ意見の対立を予測して選ばれた各意見の代表者のグループ (パネル=陪審員) が聴衆の前で意見発表と討論を展開し,その後,司会者の誘導により聴衆も参加して討論を進めるもの。」
と解説されています。

お気づきのように、パネルディスカッションもまた、聴衆の参加があるのが特徴です。

聴衆の参加を認めない鬼怒川ダム地域創生シンポジウムは、本来の意味のシンポジウムではなく、かといってパネルディスカッションでもありません。では何だったのか。猿芝居か茶番劇と言うべきでしょう。

討論形式の定義にこだわることにあまり意味はないのかもしれませんが、国土交通省には聴衆の参加を認めたがらないという姿勢があることだけは確実に言えます。会場から「鬼怒川大水害の原因は国の治水政策にある」というような意見が出ては困るので、聴衆との意見交換の時間を設けなかったのでしょう。

●嶋津さんを呼んで討論すべきだった

国土交通省が鬼怒川上流4ダムが被害軽減に貢献したと自信をもって言えるのなら、ダムに依存する治水の弊害を説く嶋津暉之・水源開発問題全国連絡会共同代表や元建設官僚の宮本博司氏などを呼んでダム官僚やダムマニアの星野夕陽氏と討論してもらって、聴衆からの質問に答えてもらって、それでもダムが治水にどれだけ有効かを聴衆に判断してもらうのが筋です。

ダムを礼賛する人ばかりを集めてダムをほめさせて、その報告を新聞で広告するというやり方は卑怯です。

この卑怯なやり方は、思川開発事業の検証において、ダムに賛成の立場の首長や役人ばかりを集めて茶番の検討をしていることと根は同じです。

●氾濫水量を減らすことよりも堤防の決壊を防ぐべきだ

星野夕陽氏は、基調講演の中で、「今回の豪雨で(略)「湯西川ダムに治水効果はなかった」と言う人がいたそうですがが、事実誤認も甚だしいことです。もし湯西川ダムがなければ、五十里ダムの流入量は想定されている1,500万立方メートルを大幅に超過してしまいました。(略)もし2012年に(湯西川ダムが)完成していなければ今回の洪水で地元の被害軽減が行われませんでした。」(2016年3月27日付け下野新聞)、「4ダムで(堤防決壊地点で)25cmも水位を下げた。」と言っていました。

この発想が理解できません。

鬼怒川上流4ダムは、1億2530万m3の洪水調節容量を持っており、昨年9月の豪雨では、1億m3の水を貯留したとされています。それでも茨城県常総市での堤防の決壊を防げませんでした。

4ダムが1億m3を貯留しなければ、常総市の被害はもっと大きかったはずだというのが国土交通省と星野氏の言い分であり、その言い分は正しいのかもしれません。 しかし、「計画どおり、あるいは計画以上にダムが1億m3の水をためても堤防が決壊し、壊滅的な被害が出てしまうような治水政策は失敗ではないのか」、「湯西川ダムのために使った時間と1,840億円の資金(正確にはそのうちの治水分)を下流の堤防の強化のために使っていれば、そもそも堤防の決壊を防げたのではないか」という私たちの言い分は正しくないのでしょうか。河川官僚と星野氏は私たちの言い分をどう考えるのでしょうか。

決壊した堤防から溢れ出た氾濫水量を減らしたことを自慢する前に、まずは壊滅的な被害をもたらす堤防の決壊を防ぐために最善の努力をするべきだという発想が彼らにはないようなのが不思議です。

ダムが水をためただけでは役に立ったとは言えません。被害を減らしてこそ役に立ったと言えます。

ダムの役割としては、氾濫した場合に川から溢れる水量を減らして被害を軽減するという役割も確かにあるでしょうが、第一義的には川の水位を下げて越流破堤を防ぐことではないでしょうか。

今回、鬼怒川は常総市で破堤したのですから、ダムは第一義的な役割を果たせなかったと言えます。2015年9月12日付け読売記事の見出しにあるように、「弱い堤防 整備遅れ 下流で雨 ダム効果限定的」というのが実態です。

ダムは、ダム地点より上流で降った雨の河川流出量を調節するものであり、ダムより下流で降った雨には効果がありません。そうであれば、下流部の弱い堤防を放置し、ダム建設にかまけていては、流域全体に大雨が降った場合に大惨事が起きることは目に見えていました。

それでもダム官僚が「ダムさえ造っておけば、鬼怒川の治水は大丈夫」と考えたのは、ダムの流域面積が鬼怒川の流域面積の1/3を占めるという特殊な地理的条件にあると思います。特殊な条件がダム官僚のおごりを生んだと思います。

ダム官僚と星野氏の考え方の最大の問題は、鬼怒川大水害が堤防の整備を疎かにし、ダム建設を優先させてきた国土交通省の治水政策の失敗であることを認めようとしないことだと思います。

堤防の決壊を防ぐ方法が全くなかったのであれば、失敗を認めないという考え方もあり得るかもしれません。

しかし、堤防の強化方法については、ほかならぬ国土交通省が建設省の時代に研究を進めていました。現にいくつかの河川では、堤防の強化がなされています。

上記3月27日の下野によれば、星野氏は、「ダム愛好家。河川防災に興味があり、ダムをメーンに堤防や水門なども研究対象とする。」と紹介されているのですから、堤防の強化方法についても知識がある方のはずです。アーマーレビーもフロンティア堤防もご存知なのでしょう。

堤防にも詳しい星野氏が堤防の強化で決壊を防ぐことはできなかったのか、という問題には一切触れないことを不思議に思います。主催者の国土交通省から「堤防の話はしないでくれ」と頼まれていたから堤防については触れなかったのかもしれませんが、ダムと遊水地と堤防がセットになって河川防災が実施されている以上、堤防強化による決壊防止の可能性について触れないのはおかしいと思います。

●堤防整備率の低さになぜ言及しないのか

鬼怒川の堤防整備率は、2015年3月末現在、全体で43.1%で、栃木県区間が約63%、茨城県区間が17.4%であることは、2015年11月5日付け茨城新聞11月10日付け東京新聞や江尻加那・茨城県議の2015年9月28日の2015年第3回茨城県議会定例会予算特別委員会の質問から分かります。

茨城県区間の堤防整備率が異常に低いことが鬼怒川大水害の主要な原因だと思います。

堤防にも詳しい星野氏が堤防整備率の低さに触れず、大水害の原因を異常な豪雨で片付けてしまうかのような言い方には疑問を感じます。

●星野氏に効率が悪いという発想はないのか

4ダムの事業費は、2005年価格で次のようになると思います。デフレーターについては下記URL参照。 http://www.mlit.go.jp/river/basic_info/seisaku_hyouka/gaiyou/hyouka/pdf/shisan_h27.pdf
五十里ダム  294億円
川俣ダム   295億円
川治ダム   744億円
湯西川ダム  1779億円
合計   3,113億円
利水分も含むので厳密な言い方ではありませんが、3,113億円かけて1億2,530万m3の治水容量を確保して鬼怒川の最も危険な箇所で約25cmの水位低下では効率が悪いという発想が星野氏にはないのでしょうか。

●湯西川ダムの水位低下効果は約3.6cm

過去記事「鬼怒川大水害は警告されていた〜栃木3ダム訴訟最高裁決定が間違いであったことが証明された〜」に書いたように、建設省の計算によれば、湯西川ダムの治水効果(流量削減効果)が4ダムの治水効果に占める割合は14.2%であり、国土交通省の計算によれば、決壊地点及び水海道地点での4ダムの水位低減効果は約25cmなので、湯西川ダムは、水位を約3.6cmしか下げず、大きな水位低下効果があったとは言えないと思います。

星野氏は、当サイトの上記記事を見ていないようで、講演ではこの点への言及はありませんでした。

●国土交通省も星野氏も超過洪水対策を持っていない

上記のように、建設省は越水に耐えられる堤防を開発していたようです。

元土木研究所次長の石崎勝義氏は、耐越水堤防は1988年に完成し、全国で実施されていたが、2002年に突然封印されたと言っています(石崎氏のホームページ)。

堤防強化技術は、なぜ封印されたのでしょうか。石崎氏は次のように書いています。

八ツ場あしたの会のホームページの「鬼怒川の堤防決壊はなぜ起きたのか」(石崎勝義氏による緊急報告)から引用します。

1998年、建設省河川局は堤防強化を重点施策に掲げ、全国250キロメートルの河川整備を計画、平成12(2000)年には同局・治水課の「河川堤防設計指針」に位置付け、雲出川・那珂川・信濃川・筑後川の4河川で計13.4キロメートルが実施されました。

しかし、翌年、熊本県の川辺川ダムに反対する住民らと建設省が対立することとなった川辺川ダム住民討論集会において、住民側が「堤防強化をすればダムは不要」と主張したことから、実施設計までされていた堤防強化が中止され、平成14(2002)年には「河川堤防設計指針」から堤防強化に関する記述がすべて削除される事態となりました。

要するに、堤防を強化すれば、ダムを建設できなくなるから、堤防の強化はやめたというわけです。

住民の命と財産よりも、役人の給料が大事と考えるのが建設官僚の本質です。

●想定外の豪雨を考慮したらダムは危険だ

星野氏は、次のように言います(上記下野記事)。

気象予測の技術は年々進歩していますが、雨の降り方が変わりつつあり、まだ予測困難な状況が続いています。毎年のように各地で記録的な豪雨が発生しており、関東・東北豪雨を踏まえれば、いつか必ずまた同様な豪雨が発生します。

河川防災を研究対象とする星野氏が昨年の豪雨と「同様な豪雨」だけを想定しているとは思えません。少なくとも、同様な豪雨が今後も発生する、悪くすれば、もっと大規模な豪雨が発生することが想定されると言いたいのだと思います。

昨年は、ダムが計画された洪水調節機能を果たすことができる程度の豪雨が発生しましたが、今後はダムパンクの状態、つまり、ダムへの流入量=ダムからの放出量という事態が起こり得ることは、星野氏も想定していると思います。

2015年鬼怒川大水害では、たまたまダム群が計画された洪水調節機能を果たせる程度の豪雨だったので、ダム群の効果が及びやすい鬼怒川上流域や中流域での破堤・氾濫はありませんでしたが、ダム群の計画を超えた豪雨が降れば、上流域や中流域でさえ破堤・氾濫が起こり得ます。

なぜなら、ダムの下流では、ダムが計画どおりの洪水調節機能を果たすことを前提として計画高水位を決めて堤防を整備しますから、計画を超えた大洪水が来れば、河水は計画高水位を超え、土でできた堤防の場合、越流して破堤するからです(実際には堤防は余裕高が設けられており、計画高水位を超えれば越流するわけではありませんが、余裕高には堤防としての強度がないことになっています。)。

そうであれば、計画を超過するような大洪水に対する堤防の越水対策を講じるべきでした。想定外の大洪水が起きても堤防が決壊しないように国が最大限の努力をしてこなかったことは、失敗でしょう。

星野氏は、異常気象による大洪水でダムパンクが起きることは想定しないのでしょうか。

また、2011年3月の藤沼ダム(福島県須賀川市)のような地震によるダム堤体の決壊を想定しないのでしょうか。

確かに鬼怒川上流ダム群がなかったら、昨年の鬼怒川の水害はもっと甚大だったかもしれません。しかし、五十里ダムや川治ダムが地震や老朽化で決壊した場合には、もっと悲惨なことになると思われます。

ダム官僚や星野氏には「人間の歴史は自然との闘いと調和の中でその文明を育んできたものであって、治水事業とは元来、暴れる竜を退治する如く水害の危険な状態を人間の英知で治めること」(「大東水害訴訟を顧みて」(元大阪府水道部長 谷口 光臣)p22)という価値観があるのだと思います。

しかし、こうした西欧流の自然を征服するという発想が自然の力に打ちのめされることは、歴史の教えるところです。正に今回、3基の巨大ダムで完結していた鬼怒川のダムによる治水に、屋上屋を重ねるがごとく4基目の湯西川ダムを完成させ、自然を征服し、竜退治ならぬ鬼退治を成し遂げたつもりだったが、鬼怒川の鬼は退治されていなかったということでしょう。

●河川整備のバランスが悪いと考えないのか

国土交通省(水管理・国土保全局)の使命は、上流と下流、本川と支川の「バランスを考慮」(この考え方は例えば、利根川・江戸川有識者会議(2006年12月)に見られる。)して河川整備をすることだと思います。バランスを考慮するとは、甚大な被害を与える堤防の決壊を防ぐことにあると思います。堤防を決壊させてよいのなら「バランス」なんて言う必要がありません。

国民を破堤・氾濫から守るために水管理・国土保全局は、6,960億円(2016年度)もの予算を与えられている(2016年度水管理・国土保全局関係予算配分概要)のだと思います。

したがって、異常でもない洪水で堤防が決壊した以上、原則的に国(国土交通省)の失態であり、公物の管理に瑕疵があったことになると思います。

2015年9月洪水の生起確率は、鬼怒川の治水基準地点の石井(宇都宮市)において、流域平均3日雨量は1/110、流量は1/45と計算されています。1/45確率の洪水は想定内の洪水であり、これに備える技術も予算もあったと思います。

この見解に対し、国土交通省は、大東水害訴訟についての最高裁判決(1984年)があるから、国は責任を負わないと言うと思います。

しかし、最高裁は、平たく言えば、治水事業にはいろんな制約があるから、未改修河川において改修計画に不合理な点がなければ、河川管理者に責任はないと判示しているところ、大東水害は、「本来、技術的、財政的、社会的な「諸制約」は、ほとんど問題になる余地はなく、「早期の改修工事を実施しなければならないと認めるべき特段の事由」が存在する事案であったと思われる。」(三好規正「水害をめぐる国家賠償責任と流域治水に関する考察」p123)ので、最高裁の理論によっても国等が賠償責任を負うべき事案だったと思われますし、この大東水害訴訟最高裁判決を鬼怒川大水害に当てはめても、耐越水堤防は技術的に可能だったので技術的制約はなく、湯西川ダムを建設するだけの予算を確保することができたので財政的制約もなかったのですから、国に責任ありという結論になると思います。

ただし、耐越水堤防さえも決壊してしまうような場合には、技術的あるいは財政的な限界を超える災害であり、国家賠償責任を問えない場合もあると思います。国家賠償法第2条が「瑕疵」を要件としている以上、河川管理者に落ち度がない場合にも責任を負わせることはできません。

しかし、鬼怒川大水害では、ダム建設にかまけて、堤防の整備を疎かにしたら大変なことになりますよ、と栃木3ダム訴訟で嶋津氏から警告されていたのに、無視して湯西川ダム建設に邁進したのですから、国に責任があることは明らかだと思います。

国土交通省は、湯西川ダムに1,840億円の予算を使い、河道改修には年10億円程度しか予算を使っていなかったし、治水安全度は、上流では1/100で、下流では1/10程度の雨にも対応できなかったというのですから、上下流のバランスを欠いています。

星野氏は、このバランスの悪さが鬼怒川大水害の原因だと考えないのでしょうか。

●国土交通省の策略にはまってみた

なんだか、星野発言への疑問がほとんどになってしまいましたが、これこそが国土交通省のねらいだったと思います。敢えてそのねらいにはまってみました。

つまり、真の責任者が矢面に立つことは避け、得体の知れない委員会を主催者に仕立てたシンポジウムで民間人にダムをほめてもらい、後日、それを巡る反論が出ても、論争は民間人同士でやらせるという魂胆でしょう。それにしてもせこい方法を考えたものです。

それが国土交通省のやり方かーーーっ!

(文責:事務局)
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