まずは、7月31日付け毎日新聞記事の一部をご覧ください。優れた記事です。
サンデー・トピックス:3ダムの費用対効果、異なる算出結果 /北海道
◇想定被害額「行政過大に試算」
◇過去の5倍以上 市民団体「見直し形だけ」
国のダム事業見直しをめぐり、独自の費用対効果を検証した市民団体「北海道脱ダムをめざす会」が、国土交通省や道に検証結果を報告した。検証対象にしたサンル(下川町)▽平取(平取町)▽当別(当別町)の3ダムの費用対効果は国や道が算出した数値を大きく下回り、いずれのダム建設も「効果なし」と判断された。国や道は「効果あり」と算出している費用対効果。両者の算出はなぜ大きく異なるのか“検証”した。【片平知宏】
■最大1.32ポイント差
市民団体が費用対効果を検証したダムは国直轄のサンル、平取と道補助の当別の3ダム。国交省北海道開発局や道の費用対効果の算出は、将来予想される水害被害や水道用水の供給など項目ごとに金額に換算して「効果」とし、建設費用で割った数値を費用便益比と呼んでいる。
費用便益比が「1」を下回ると、効果の乏しい事業だと判断される。開発局や道はサンル1・63▽平取1・32▽当別2・04といずれも1を上回ると算出し、市民団体はサンル0・69▽平取0・53▽当別0・72と試算。両者には0・79〜1・32ポイントの開きがあった。費用便益比の算出で、市民団体と行政の試算結果が大きく異なる理由は、想定水害被害額の算出方法が異なっているからだ。
行政は、100年に1度発生する大規模災害から5年に1度の小規模災害まで、ダムが存続する50年間に想定される被害額を国交省のマニュアルに基づいて積算。例えば、サンルダムでは100年に1度起きる被害の最大額を9579億円と試算したうえで、発生確率論的に50年間に平準化した想定被害額を882億円と算出している。しかし、実際に同ダム流域で資料の残る過去38年間に発生した洪水被害の最高額は1975年の約70億円で、現在の物価に換算しても約120億円。市民団体は「行政の試算はあまりにも過大で、実際に発生した最大被害額を50年換算で計算し直しても6分の1強の被害にしかならない」と指摘。仮に将来の予想被害額を2倍程度、多く見積もったとしても行政の算出額の3分の1の294億円にしかならないと主張している。
■検査院「要検討」
会計検査院は10年10月、国直轄など建設中の39ダムの費用便益比を対象に想定水害被害額と実際の被害額を比較した結果、5年に1回は発生すると想定される規模の水害が28ダムで10年間ゼロだったほか、20ダムで発生した水害も想定被害額の1割にも満たなかった。このため、検査院は「算出方法を合理的にするよう、検討が必要」と指摘した。
市民団体「水源開発問題全国連絡会」(東京都)で共同代表を務め、3ダムの費用対効果を検証した嶋津暉之さん(67)は「ダムによる洪水被害額は、実際の被害額の5倍以上の値を見積もっており、便益(ダムの建設効果)が過大になっている」と指摘。「問題のある費用対効果に基づいたままでは、形だけの『ダム見直し』になりかねない」と批判する。これに対し、開発局や道は「想定水害被害額は国交省のマニュアルに基づいて算出したものであり、実際の水害被害額とは異なる」と正当性を主張している。
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■ことば
◇国のダム事業見直し
民主党は政権交代を果たした09年の衆院選で「コンクリートから人へ」などと掲げ、鳩山政権が、国直轄と道府県が国の補助で進める全国143ダムのうち、89ダムを新基準に基づき再検証するダム事業の見直しを打ち出した。道内では国直轄のサンル▽平取▽新桂沢▽三笠ぽんべつの4ダムと道補助の厚幌ダムの計5ダムが対象。道補助の当別ダムは本体工事が着工済みだったため、対象外になった。道が厚幌ダムを「事業継続」と国交省に報告したほか、4ダムについては開発局が地元などと必要性を協議している。 ==============
北海道開発局や北海道は、サンルダムの費用対効果は、1.63であると主張しているそうですが、その計算の前提として、年平均で882億円の被害があるとしているそうです。ところが天塩川流域での過去最大の被害は現在の物価に換算しても約120億円にすぎないということです。
年平均の被害額が過去最大の7.35倍というのは、おかしな話です。
市民団体は、年平均被害額は147億円程度にしかならず、その2倍程度に多く見積もっても294億円程度だと主張しているそうです。
そうだとすると、行政の想定する年平均被害額は3倍も過大というわけです。
このような計算方法がおかしいと思うのは市民団体だけではありません。
国の無駄遣いを監視することを仕事とする会計検査院も、ダム官僚の計算する被害額と実際の被害額が合わないのはおかしいと感じています。だから、合理的な計算方法に変えるよう検討しなさいと、2010年10月に指摘していたということです。
ところがダム官僚は、「「想定水害被害額は国交省のマニュアルに基づいて算出したものであり、実際の水害被害額とは異なる」と正当性を主張している。」のです。
市民や会計検査院が納得しなくても、「そんなの関係ねえ」というわけです。
マニュアルに従って計算しているのだから、自分たちは正しいと主張しているわけです。
●なぜ行政の算出する被害額は過大なのか
なぜ行政の算出する被害額は過大なのかといえば、上記のように、行政が治水経済調査マニュアル(案)に基づいて費用対効果を計算しているからです。
(治水経済調査マニュアル(案)2005年版は、国土交通省のサイトの水管理・国土保全局関係事業に係る事業評価でダウンロードできます。)
マニュアル(案)に従うとなぜ被害額を過大に想定することになるのかと言えば、氾濫面責を過大に想定するからです。
マニュアル(案)に従うとなぜ氾濫面責を過大に想定するのかと言えば、流域に想定したすべての氾濫ブロックで氾濫すると想定するからです。マニュアル(案)では、「各氾濫ブロックについて1箇所の破堤地点を想定する。」(p24)と書かれています。
マニュアル(案)に従うとなぜすべての氾濫ブロックで氾濫すると想定するのかと言えば、堤防の中身がどうなっているか分からないから、破堤地点の特定が困難であるということです。
破堤地点の特定が困難ならば、すべての氾濫ブロックで破堤しないと想定することも可能ですが、マニュアル(案)では、すべての氾濫ブロックで破堤するという想定をします。
その結果、行政は現実離れした被害額を想定することになるのです。
河川に洪水が流れたとき、1か所で破堤すれば、河川の水位は下がりますから、右岸も左岸も上流も下流も同時に破堤することなど常識的に考えられないことですが、この常識が河川官僚には通じません。
現実を無視した過大な被害を想定すれば、ダムの効果は大きくなりますよね。
ちなみに、「堤防の破堤確率を考慮した洪水被害額の 算定方法に関する基礎的考察」(森寛典・高木朗義)という論文(河川技術論文集,第13巻,2007年6月)があり、斜め読みしただけですが、そこでは、破堤の確率を考慮して被害額を想定することができると言っているようです。
どこが破堤するか分からないから、すべての氾濫ブロックで破堤すると想定するしかないという前提は成り立たないと思います。
●八ツ場ダムの費用対効果ではどうか
山根治氏のブログをご覧ください。『疑惑のダム事業4,600億円』‐八ッ場ダムの費用対効果(B/C)について ‐2です。
例えば、利根川流域に10年に1度程度の洪水が発生したときの想定被害額は2兆5,728億円であると国は計算しています。
しかし、1998年〜2007年の10年間の年平均の、八ッ場ダムに関係のある1都5県(東京、千葉、群馬、埼玉、茨城、栃木)の水害被害額は、「水害統計調査」(2009年3月31日公表)によれば、2000年価格で637億1,700万円にすぎないというのです。
また、全国の過去10年間(1998年〜2007年)の年平均水害被害額は、7,023億円だというのです。
利根川流域の水害被害額が全国の水害被害額の3.7倍になるというのがダム官僚の計算です。
過去20年平均の全国の水害被害額と比べると4.0倍になるというのです。
山根氏は、「八ッ場ダム氾濫流域という一地域にすぎない洪水被害額が、日本全体の被害額の4倍になるといった、およそ現実にはありえないナンセンスな計算結果が公文書として堂々と開示されているのである。」 、「以上、「一地域の洪水被害が全国の洪水被害より大きい」、つまり、「部分が全体より大きい」という現実にはありえないことが、もっともらしい数字をいじくり回した挙句、八ッ場ダムのB/Cの計算の基礎として開示されているのである。」と書きます。
●南摩ダムの費用対効果ではどうか
私は、水資源機構による費用対効果計算のどこが間違っているのかにおいて、南摩ダムによる思川流域(小山市乙女より上流)の年平均被害軽減期待額と被害実績の比較をしました。
「思川開発事業治水経済調査検討業務報告書(2001年3月)」には、南摩ダムによる思川の乙女(小山市)より上流における年平均被害軽減期待額は8.9億円だと書かれています(p96)。
しかし、1991年度から2001年度までの11年間の思川の洪水被害額は2.5億円(物価による調整はしていない。)です。
「現実には3億円の被害しか発生していないのに、ダムを建設すれば9億円の被害が軽減できる。」。こういう非常識が官僚によるダムの費用対効果の計算なのです。
●マニュアルはだれがつくったのか
市民が納得できないような、現実離れした被害額を想定していることを批判されても、ダム官僚は「想定水害被害額は国交省のマニュアルに基づいて算出したものであり、実際の水害被害額とは異なる」と居直ります。
「国交省のマニュアル」とは、上記の治水経済調査マニュアル(案)のことです。
これはだれがつくったのかと言えば、国土交通省の役人と御用学者が自分たちの都合のいいようにつくったものです。
こんなマニュアルに従って計算したから正しいと言われても市民は納得できません。
マニュアルは詐欺師の道具です。
被害実績と合致しない被害想定はエセ科学です。
河川行政を官僚に任せたらお手盛りのルールづくりをされてしまいます。
政治がルールづくりにメスを入れる必要があります。
市民が政治家を動かせるかが問われていると思います。