若宮戸河畔砂丘を国が「砂堆」だと主張する理由

2019-01-30

●国はなぜ「砂堆」だ、と主張するのか

過去記事若宮戸の「河畔砂丘」を「いわゆる自然堤防」と呼ぶことがなぜ不適切なのか(鬼怒川大水害)に書いたように、国土交通省は、若宮戸地区の地形は「自然堤防」だ、と被害報告書に書き続けていましたが、2018年8月7日に被害者から水害訴訟を提起されると、答弁書で、突然、あれは「砂堆」だ、とこれまでとは違うことを言い出しました。

珍説です。若宮戸地区の地形については、さんざんネット検索しましたが、そんな説は見たことがありません。

「砂堆」とは、被告=国によれば、「現在及び過去の海岸、湖岸付近にあって波浪、沿岸流によってできた、砂又は礫からなる浜堤、砂州・砂嘴などの微高地」です。

この定義は、国土地理院のサイトにある「砂州・砂堆」の定義そのものです。

しかし、溢水地点の地形が「砂堆」であるという主張が誤りであることは、その定義からして明らかです。

若宮戸地区の鬼怒川左岸は、(1)海岸でも湖岸でもありませんし、(2)したがって、溢水地点にあった砂山は海や湖の波浪や沿岸流によってできたのでもありませんし、(3)微高地でもありません。

それでも被告が「砂堆」だと言い張るためには、若宮戸地区が昔は海岸又は湖岸であって、その時代にできた砂堆が今も残っているのだ、と言うしかないと思いますが(そう言えるとしても「微高地」に該当しませんが)、無理があると思います。

(4)若宮戸地区が湖畔だったという説は聞きませんし、(5)海岸だった可能性については、確かに有史以前に常総市域が海岸だった可能性はあるとしても、若宮戸地区の砂山はそんなに古いものではないと思います。

埼玉県久喜市のサイトによれば、中川低地の河畔砂丘群 西大輪砂丘(にしおおわさきゅう)は、「榛名山や浅間山の火山灰等に由来する大量の砂が、寒冷期の強い季節風により、利根川の旧河道沿いに吹き溜められて形成された内陸性の砂丘です。平安時代から室町時代にかけて形成されたと考えられており」と書かれていますので、鬼怒川の河畔砂丘もそんなもの、つまり榛名山の噴火(6世紀)以降にできたものだと思います。

もしも、溢水地点の地形が、一帯が海岸だった時代にできたものだとしたら、そこの砂山の中から貝殻などの海洋生物がいた痕跡があるはずです。が、ないでしょう。あったら地理学の通説を覆す大発見です。

ではなぜ国は、無理をしてまで「溢水地点は砂堆だ」と言わなければならないのでしょうか。

それは、若宮戸地区に河畔砂丘が分布していたことを認めると、鬼怒川の河川管理者が法律を守っていなかったことが明らかになってしまうからだと思います。

●河川区域に関する河川法の規定を確認する

河川法第6条第1項には、次のように書かれています。

(河川区域)
第6条 この法律において「河川区域」とは、次の各号に掲げる区域をいう。
一 河川の流水が継続して存する土地及び地形、草木の生茂の状況その他その状況が河川の流水が継続して存する土地に類する状況を呈している土地(河岸の土地を含み、洪水その他異常な天然現象により一時的に当該状況を呈している土地を除く。)の区域
二 河川管理施設の敷地である土地の区域
三 堤外の土地(政令で定めるこれに類する土地及び政令で定める遊水地を含む。第三項において同じ。)の区域のうち、第一号に掲げる区域と一体として管理を行う必要があるものとして河川管理者が指定した区域

若宮戸地区の河畔砂丘は、河川法第6条第1項第3号の括弧書きに該当する可能性があります。

つまり、「政令で定めるこれ(堤外の土地:引用者注)に類する土地の区域のうち、第一号に掲げる区域と一体として管理を行う必要があるもの」であれば、河川管理者が河川区域に指定すべきだ、ということです。

では、「政令で定めるこれ(堤外の土地)に類する土地」とは、どのようなものでしょうか。

●河川区域に関する河川法施行令の規定を確認する

河川法施行令第1条第1項には、次のように書かれています。

(堤外の土地に類する土地等)
第1条 河川法(以下「法」という。)第六条第一項第三号の政令で定める堤外の土地に類する土地は、次の各号に掲げる土地とする。
一 地形上堤防が設置されているのと同一の状況を呈している土地のうち、堤防に隣接する土地又は当該土地若しくは堤防の対岸に存する土地
二 前号の土地と法第六条第一項第一号の土地との間に存する土地
三 ダムによつて貯留される流水の最高の水位における水面が土地に接する線によつて囲まれる地域内の土地

若宮戸地区の河畔砂丘は、河川法施行令第1条第1項第1号の「地形上堤防が設置されているのと同一の状況を呈している土地のうち、堤防に隣接する土地」に該当すると思われ、河川法は、そういう土地の区域は、典型的な河川区域と一体として管理する必要があるから、河川管理者は河川区域として指定しなさい、というのが河川法第6条第1項第3号の趣旨です。

したがって、「地形上堤防が設置されているのと同一の状況を呈している土地」を河川区域に指定していなかったら、河川管理者の怠慢であり、河川管理者は河川法の規定に従って仕事をしていなかったことになります。

●河川法の解説書を確認する

国土交通省の役人が2018年4月に「よくわかる河川法第三次改訂版」を発刊していました。

p21には、山付堤の説明として、次のように書かれています。

aは通常「山付堤」と呼ばれるもので、丘陵地と平野が接する付近で、平野部には堤防が築かれているが、丘陵地部分では、丘陵地が堤防としての機能を発揮している場合があり、こうした丘陵地については、河川区域内の土地として管理する必要があります。

「山付堤」の「山」の部分は、河川区域に指定して管理しなければいけない、ということです。

若宮戸地区の河畔砂丘は、「山付堤」の「山」に当たると考えます。したがって、これを河川区域に指定すべきです。

「山付堤」とは、「丘陵地や台地部と平野部が接する付近の河川で、平野部には堤防が築かれているが丘陵地等と接するところで、堤防はその丘陵地等に接続させている場合がある。これを山付堤という。」(荒川上流河川事務所のサイト)と解説されています。

「丘陵」の定義は様々で、「山頂高度がほぼそろった標高約 300mの小起伏地をさす。」(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説)という厳しい要件を課すものもありますが、一般的には、「あまり高くない山。小山。おか。」(大辞林 第三版の解説)です。

したがって、若宮戸地区の河畔砂丘(久保純子論文では比高4〜5m)を丘陵地と呼んでもおかしくはありません。

ここで問題なのは、名称ではなく、「堤防としての機能を発揮している」かだと思います。

問題は、若宮戸地区の河畔砂丘が「地形上堤防が設置されているのと同一の状況を呈している土地」に該当するのか、ということであって、そこをどういう名称で呼んでいるか、ということではないと思います。

つまり、河川区域に指定すべき場所が「丘陵」と呼べるかどうかは、問題の本質ではないと思います。

●国土交通省の見解を確認する

国土交通省は、梅村早江子・前衆議院議員のヒアリングに対し、次のように回答(2016年9月9日)しました。

○ いかなる土地を「一号地(河川法第6条第1項第1号に基づく河川区域)と一体として管理を行う必要があるもの」と認めて三号地として指定するかは、同法第6条第1項第3号に基づき、河川管理者がその地形の地質条件や形状等を総合的に評価して判断することとなります。

○ 三号地として指定される土地としては、例えば河川管理施設である堤防としての役割を果たしているような丘陵地等が想定されますが、若宮戸の「いわゆる自然堤防」については、砂が堆積してできた地形であり、河川管理施設である堤防としての役割を果たしているような土地とは認められないため、三号地として指定していません。


●堤防の役割を果たす土地を河川区域に指定しない、という裁量の余地はない

上記回答の第1文は、問題のある文章です。

「三号地として指定するかは、同法第6条第1項第3号に基づき、河川管理者がその地形の地質条件や形状等を総合的に評価して判断することとなります。」とあり、河川管理者の自由な裁量でどうにでもできる、みたいな書きぶりですが、「地形上堤防が設置されているのと同一の状況を呈している土地のうち、堤防に隣接する土地」(河川法施行令第1条第1項第1号)は、河川区域に指定すべきであって、裁量の余地はないと解釈するのが相当だと考えます。

なぜなら、もしも、そのような地形上堤防が設置されているのと同一の状況を呈し、水害防御機能を果たしている土地を河川区域に指定しなくてもよいと解釈するならば、2015年鬼怒川大水害における若宮戸溢水のように、そのような土地の所有者、賃借人等が自由に土地の地形を改変して水害を引き起こすことを許容しなければならないからです。

●国土交通省回答は「堤防としての役割を果たしている」かどうか、が判断基準だと言っている

上記回答の第2文にある「若宮戸の「いわゆる自然堤防」については、砂が堆積してできた地形」とは、「自然堤防」のことです(『平成27年9月関東・東北豪雨』に係る洪水被害及び復旧状況等について2017年4月1日p21)。「砂堆」ではありませんでした。

自然堤防も砂堆も、「河川管理施設である堤防としての役割を果たしているような丘陵地等」と呼ぶ余地はありませんから、自然堤防や砂堆を河川区域に指定しないことは当然です。

しかし、「河川管理施設である堤防としての役割を果たしているような」土地であれば、丘陵地と呼ぼうが呼ぶまいが、河川区域に指定すべきです。

国土交通省は、「河川管理施設である堤防としての役割を果たしているような土地とは認められないため、三号地として指定していません。」と言っています。

その意味は、「3号地」として指定するかどうかは、土地に付ける名称で決まるのではなく、「堤防としての役割を果たしている」かどうか、で判断すべきだ、という見解と思われ、珍しく私の意見と完全に一致します。

したがって、問題は、若宮戸地区の溢水地点付近の地形が「堤防としての役割を果たしている」かどうか、であることは明白です。

●科学的事実を争うのはやり過ぎだ

河川区域の指定に関する法令の規定及び公式の解釈が以上のとおりなので、責任を免れたい国としては、溢水地点が「地形上堤防が設置されているのと同一の状況を呈している土地」=「堤防の役割を果たしていた土地」であったとは、絶対に認めたくないのだと思います。

裁判で争っている以上、国に責任があるか、という法的評価の面で当事者の意見が違うのは仕方がないとしても、その判断の前提となる自然科学的事実(溢水地点が河畔砂丘であること)まで否定するのは、やり過ぎだと思います。

確かに「砂堆」か「河畔砂丘」かの判定も評価の問題ですが、水が運んだ砂や泥か、それとも風成かは、調べれば分かることであり、「考え方の違い」と言ってごまかせる性質のものではありません。争う余地はないはずです。そして、争う実益もないはずです。

●国はどっちみち責任を免れない

国は、少なくとも若宮戸溢水については、どう転んでも責任を免れないと思います。

河畔砂丘が堤防の役割を果たすものなら、誰かが勝手に掘り崩さないように河川区域に指定して保全すべきだったのに、そのような改修計画を策定しなかったことが瑕疵になるし、(国が「砂堆」と呼ぶ)河畔砂丘が堤防の役割を果たさないものなら、堤防の役割を果たすものが全くない約1.5kmもの無堤区間を49年間も無堤のまま放置する改修計画を策定してきたことが瑕疵になると思います。

つまり、国は、若宮戸地区については、河畔砂丘を河川区域に指定して保全をするか、築堤するか、のどちらかの方法を選択して河川改修を行うしかなかったのですが、どちらもやっていなかったのですから、責任を免れないと思います。

したがって、それでも国が責任を免れるためには、不可抗力を主張するしかありませんが、うまくいくでしょうか。

鬼怒川での2015年洪水は観測史上最大の洪水といっても、年超過確率は約1/45ですから。

(文責:事務局)
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