山田正教授は鬼怒川大水害の原因を説明するべきだ

2015-12-22

●山田教授の解説を改めて検討する

2015年10月4日付け東京新聞に掲載された山田正・中央大学理工学部教授の記事(見出しは「河川整備計画の着実な実行必要」「100年、200年先も考えて」)については過去記事「鬼怒川大水害は警告されていた〜栃木3ダム訴訟最高裁決定が間違いであったことが証明された〜」で触れましたが、改めて山田教授の解説が正しいのかを検討したいと思います。

●常総市内の死者は2人

山田教授は、次のように書きます。

台風18号の影響で関東や東北で記録的な豪雨となった。
茨城県内では9月10日、常総市三坂町の鬼怒川の堤防が決壊し、市内の広い範囲が浸水し、3人が死亡、1万棟を超す建物が水につかった。

常総市で「3人が死亡」とありますが、「2人が死亡」が正しいと思われます。

2015年9月30日付け茨城県対策本部による「平成27年9月関東・東北豪雨による本県の被害及び対応について」によれば、死亡は3名で、内訳は「常総市2,境町1」となっています。

●降雨量は従来の2.5倍にはならない

山田教授は、次のように書きます。

今回の洪水の特徴は、鬼怒川の中・上流部において500〜600ミリ以上、観測所によっては700ミリを超す異常に多い降雨量があったこと、その雨が鬼怒川に沿って、「線状降水帯」の形で襲来したことである。

同流域の過去の大出水では200ミリから300ミリ強程度の降雨量であり、今回の降雨量がいかに大きかったかがわかる。「水文学」の降雨・流量解析により、川の下流部より上流部に強い雨が降る場合には、異常に大きな流量や高い洪水水位をもたらすことがわかっている。

ここで山田教授が言いたいことは、今回の降雨量(おそらく3日雨量)は鬼怒川での過去の大出水のときの降雨量の2.5倍以上はあったということでしょう。

「『平成27年9月関東・東北豪雨』に係る鬼怒川の洪水被害及び復旧状況等について」(2015年11月18日国土交通省 関東地方整備局)p2によると、六つの観測所の3日雨量(単位はミリメートル)は次のとおりです。
    既往最多 今回洪水
湯西川 519  538
中三依 333  589
高百  494  650
五十里  414  617
宇都宮  279  310
水海道 237  201

中三依だけが今回洪水の雨量が既往最多雨量の約1.8倍になっていますが、その他の観測所では、2倍にも近づいていません。

そもそも、山田教授は「鬼怒川の中・上流部において500〜600ミリ以上」と書きますが、中流部(佐貫〜川島)において500〜600ミリ以上の降雨なんてないと思います。あるなら証拠を示してほしいと思います。

今回の降雨量がほとんどの観測所で既往最大であることは間違いありませんが、既往最大の降雨量に比べて飛び抜けて多かったように言うことには疑問があるということです。端的に言えば、山田教授の表現には、今回の鬼怒川大水害は、天災であって、人災ではないという印象を与えようとする意図があるように思えてしまうということです。

「「水文学」の降雨・流量解析により、川の下流部より上流部に強い雨が降る場合には、異常に大きな流量や高い洪水水位をもたらすことがわかっている。」という記述では、何が言いたいのか分かりません。

上流部に多く降るよりも、下流部に多く降る方が水害被害が小さいとでも言いたいのでしょうか。

●河川整備計画の未策定を問題視しないことは矛盾する

山田教授は、一般論として次のように書きます。

洪水災害の軽減には、一定の高さと幅および強度を有する堤防のほかに、河川幅の狭い川での堤防拡幅や河床のしゅんせつ・掘削・整斉、上流における遊水地や調整池、ダム群の整備、流れを阻害する河道内の植生の適切な管理などを含む「河川整備計画」の策定とその着実な実行が必要である。

山田教授は、「「河川整備計画」の策定とその着実な実行が必要」と書きますが、鬼怒川に河川整備計画が未だ策定されていないことをご存知ないのでしょうか。

河川整備計画は、河川整備基本方針とともに、1997年の河川法改正によって河川管理者に策定が義務づけられることとなった計画ですが、鬼怒川では18年たっても策定されていなかったこと、そして、河川整備計画が策定されていないにもかかわらず、湯西川ダムという大規模工事を国が強引に進めたこと自体が問題です。山田教授は、鬼怒川の河川整備計画が未策定のまま放置されていることや未策定のままダムが建設されてしまうことをなぜ問題としないのでしょうか。

「河川整備計画」の策定が必要と言いながら、未策定のまま長年放置されていることを問題視しないのは、矛盾でしかありません。

●河川整備計画では想定外の洪水に対応できない

山田教授の前記主張は、別の意味でも矛盾していると思います。

山田教授は、今回の水害の原因を「異常に多い降雨量があったこと」であると見ています。正確には、山田教授は、「今回の洪水の特徴は、・・・異常に多い降雨量」と書いていますが、異常降雨が水害の主な原因と見ていると受け取らざるを得ません。

しかし、河川整備計画を策定し着実に実行し計画を完成させたとしても、想定外の洪水には対応できません。

現在国が進めている治水対策とは、河川整備基本方針で基本高水流量を想定し、その流量をダム等の洪水調節施設と河道の整備により、氾濫させることなく海まで流下させようとするものです。

国土交通省は、想定外の洪水への対処方法は、スーパー堤防しか考えていません。

鬼怒川にスーパー堤防を整備する計画はありませんから、河川整備計画を完成させたとしても、想定外の洪水が来たら大水害が起きることは必定です。

今回の水害の原因が異常な降雨にあるように言いながら、河川整備計画を策定して実行すれば、被害を軽減できるように言うのは、矛盾しています。

逆に言えば、山田教授が今回の鬼怒川大水害について、「河川整備計画を策定して実行すれば、被害を軽減できる」と言うのであれば、「今回の雨量は想定内のものである」と言わなければ、話の筋が通りません。

なお、現に山田教授は、次のように書いています。

しかし、そのような対策の整備が完遂したからといってそれはある一定程度の大雨に対する一定程度の安全を保障するものであり、水害発生リスクは常に存在することに注意しなければならない。

つまり、想定された一定程度の大雨を超える大雨が降れば、水害が発生することを認めています。

●ダムは予測困難な気象現象に対応できない

ちなみに、山田教授は、2009年10月20日付け読売新聞で八ッ場ダム必要論を主張し、「近年は予測困難な気象現象が発生しており、それを考慮した治水対策が不可欠だ。長期的には堤防改修も必要だが、当面の費用対効果を考えれば、ダムを含めた治水対策の方が効果的だ。」と言っています(過去記事「ダム推進派による見直し」を参照)。

効果的な治水対策は、「堤防整備よりもダム優先」が山田教授の考え方なのです。しかも、「近年は予測困難な気象現象が発生しており、それを考慮した治水対策が不可欠だ。」と言っています。

ここでも山田教授の説は矛盾しています。

「近年は予測困難な気象現象が発生しており、それを考慮した治水対策が不可欠だ。」と言う以上、ハード面では、ダムや堤防は想定外の大きな降雨量と洪水流量に対応できるものでなければならないはずです。

ところがダムは、想定した地域に想定した雨量があった場合にのみ機能するのであって、想定外の地域に想定外の大量の雨量があった場合には機能しないのですから、ダムは予測困難な気象現象を考慮した治水対策とは言えません。

●「堤防整備よりもダム優先」は国の方針でもある

「堤防整備よりもダム優先」という方針は、一学者の考え方にとどまりません。国の方針でもあります。

栃木3ダム訴訟で、栃木県が原告の主張を国土交通省に伝え、国土交通省が回答した文書があります。2008年9月24日付けの「湯西川ダム及び南摩ダムについて(回答)」(国土交通省関東地方整備局長 菊川滋から栃木県知事福田富一あて)という文書です。

なお、前述したとおり、利根川水系の河道は長大であることから、計画規模の河道を整備するためには、長い年月を要することとなる。このため、利根川本支川の上流部に計画されている南摩ダムをはじめとした洪水調節施設の整備は、比較的短期間での整備が可能であり、洪水調節施設から下流の利根川水系全体に治水効果を発揮することから、有効な治水対策であり、できるだけ早期に完成させたいと考えている。


●山田教授は鬼怒川大水害の原因を説明するべきである

山田教授は、ダムは予測困難な気象現象を考慮した治水対策であると言っているのですから、鬼怒川上流には4基の巨大ダムがあり、流域面積の3分の1を4ダムが支配していて、今回の洪水でも計画どおりの洪水調節効果を発揮できたにもかかわらず、なぜ常総市で氾濫が起きたのかを説明するべきです。ダムは予測困難な気象現象を考慮した治水対策であると言っている以上、「予測困難な気象現象」が原因で起きたとは言えないはずです。

山田教授が国土交通省の方針に影響を与えたのか、山田教授が国土交通省の考え方を代弁しているだけなのかは知りませんが、山田教授は国や地方の審議会委員等の常連であり、河川土木業界の大御所なのですから、「今回の洪水の特徴」などとぼかした言い方をせずに、今回の水害の原因(「破堤のメカニズム」の問題にすり替えることなく、なぜ下流部が流下能力が低いまま放置されたのか等の問題についての原因)をきちんと解説する義務があると思います。

山田教授が東京新聞で書いた文章は、鬼怒川大水害の原因を指摘していないという点で欠陥があります。原因が分からなければ、再発防止のための適切な解決策が分かるはずがないからです。

●国民は今の治水予算に理解を示せない

山田教授は、次のように書きます。

その時々の景気浮揚策の一つとしての「公共投資」ではなく、百年、二百年先のわれわれの子孫へ安全な国土を残すための「必要な社会資本整備」として一定の治水予算の計上に国民が理解を示すことが必要である。

確かに、山田教授支持し、国土交通省が進めている治水対策が国民の生命と財産を守るためのものであれば、国民は一定の治水予算の計上に理解を示すべきだと思います。しかし、山田教授支持し、国土交通省が進めている治水対策は、堤防よりもダムを優先する治水対策であり、想定外の大洪水にも近年の水害のほとんどを占める内水氾濫にも効果がなく、ゼネコンを太らせ天下りに都合のよい治水対策でしかありませんから、その予算の計上について国民が理解を示せるわけがありません。

「百年、二百年先のわれわれの子孫へ安全な国土を残す」ことを考えることも必要かもしれませんが、今生きている世代が洪水で命を落とさないようにすることの方がもっと大事だと思います。

また、百年、二百年先のためにダムや堤防を整備しても、百年、二百年先にその流域に人が住んでいるかどうかも考える必要があると思います。

(文責:事務局)
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