「ハブの天敵マングース」

2009-08-25

●毒蛇を食べないマングース

マングースの話題については、過去記事専門家を育てることはいいことかで触れましたが、2009-08-18朝日に「ハブ退治のはずが害獣に」という見出しの記事でマングースの問題を詳しく解説しています。小見出しは「マングース、沖縄導入1世紀で3万匹」です。リードは次のとおりです。

ハブの天敵というイメージがあるマングースが沖縄に1910年に導入されて100年。人々の脅威である毒蛇を退治すると期待されたが、実際はニワトリや野鳥を襲い、ヤンバルクイナなど希少な野生生物を食べるやっかいな外来種だった。人が放した十数匹から繁殖し、3万匹を超えるほどに増えている。

本文には次のような記述もあります。

琉球大農学部の小倉剛准教授は00年〜01年に捕獲した384匹の(マングースの)胃の内容物を調べた。ハブを食べていたのはたった1匹だった。オキナワキノボリトカゲなど絶滅の恐れがある様々な固有種が餌となっていた。
NPO法人「どうぶつたちの病院」は3カ年をかけて144匹の(マングースの)胃腸をしらべた。特徴的なヤンバルクイナの羽毛が出てきた。今年2月には、ふんの調査からもはっきりした。

Wikipediaの「ジャワマングース」に項目にも同様の記述があります。

現在では本種(ジャワマングース)は実際にはハブをほとんど捕食しないことが知られている。

奄美大島に移入された個体の糞から発見された獲物としては、昆虫類やクモ、多足類が多く、そのほかに、アマミトゲネズミやアマミノクロウサギ、ケナガネズミ、ワタセジネズミ、アカヒゲ、バーバートカゲ、キノボリトカゲ等が見つかっているが、これらはいずれも絶滅危惧種である。一方、このときの糞の分析からは、肝心のハブの捕食は、まったく確認されなかった。

考えられる理由の1つとして、わざわざ危険なハブを獲らなくても、島には本種の獲物となる動物が数多く生息することが挙げられる。またハブが夜行性であるのに対して、本種は(厳密に言えば)主に薄明性であり、両者は時間的に棲み分けが可能である。すなわち、人間によって移入された本種は、期待されたように、(野犬・野猫を除けば)これらの島々の生態系ピラミッドの頂点に位置するハブを駆逐してこれにとって代わるのではなく、時間的な棲み分けによってハブと共存し、ピラミッドの頂点にハブと並び立つことによって、餌となる動物たちを著しく圧迫する存在となっている。


●導入したのは動物の専門家だった

沖縄にジャワマングースを移入させたのはだれなのか。朝日は次のように書きます。

中東から東南アジアにかけて分布。畑のネズミや毒ヘビを駆除しようと19世紀にハワイやフィジー、西インド諸島などの島に導入された。

そうした事実を知った東京帝国大学の動物学者・渡瀬庄三郎教授(故人)が、ハブに苦しむ沖縄など南西諸島への導入に乗り出した。

Wikipediaには次のように書かれています。

日本ではハブ駆除も含めて沖縄島に1910年に導入された。動物学者渡瀬庄三郎の勧めによって、沖縄島の那覇市および名護市周辺、渡名喜島に導入されたという。渡名喜島では定着しなかったのものの、沖縄島では生息数を増加させ、沖縄島北部の山岳地帯を除く広い範囲で生息が確認されている。また奄美大島でも1979年に本種が放されて定着しているが、放獣した人物は不明である。

確かに沖縄では当時も今もハブによる被害は深刻のようですし、1910年当時、生物多様性の保全という考え方はなかったのかもしれませんが、結果的に浅知恵でした。マングースが他の生物よりも毒蛇を好んで食べるという証拠はないままに導入したのですから、防ぐことができないミスだったとは言えないと思います。

沖縄へのマングースの導入を勧めたのは、時の最高権威だった東京帝国大学の動物学の教授でした。動物の専門家でも、毒蛇を殺す能力のある動物なら、毒蛇以外の動物を殺す能力があるということや、毒蛇を殺すよりも他の生物を捕殺して楽をして生活したいというマングースの気持ちに思い至らなかったというわけです。

毒蛇を殺傷する能力があるということと、毒蛇を好んで補職するということは、別の問題であるということに気がつかなかったというわけです。動物学の専門家、それも最高権威でも気がつかなかったわけです。

「ハブの天敵マングース」が100年経って浅知恵であったことが証明されたということです。

専門家にも、私利私欲で行動する人、科学的思考のできない人など、いろいろいますから、専門家の言うことだから従うという態度は改めるべきです。

まして、専門家の意見が対立しているような場合には、「専門家の意見に従っておけばいい」という解決策はとれません。市民が自分の頭でどの専門家の言っていることがまともかを判断して決めていくしかないと思います。専門家の意見は、参考意見にすぎないと考えるべきではないでしょうか。

1910年当時は、ごく少数の高学歴者が圧倒的多数の低学歴者を支配する時代だったのかもしれません。今は教育水準が上がったのですから、専門家のウソや間違いを見抜く目を養うことが庶民に求められていると思います。

(文責:事務局)
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