沖縄の海兵隊は抑止力にならない(その3)

2010-05-09

●政権を取ってから抑止力に気づいた?

2010-05-05赤旗によると、5月4日に沖縄を訪問した鳩山由紀夫首相は、知事との会談の中で、次のように言いました。

新しい政権をつくるとき、「国外、最低でも県外が望ましい」と言ったこともある。米国との同盟関係を考えたとき、抑止力の観点から、すべてを県外に(移す)ということはなかなか現実問題として難しい。
また、名護市の稲嶺進市長との会談の後の記者会見では、首相は次のように言いました。
学べば学ぶほど沖縄の米軍の存在全体の中での海兵隊の役割を考えたとき、すべて連携している。その中で抑止力が維持できるという思いに至った。

首相は何をどう学んだのでしょうか。こんな抽象的な話で納得する人はいないと思います。日本にとってなぜ沖縄に米軍基地が必要なのかの説明になっていません。

旧政権の中枢にいた前内閣官房副長官補の柳沢協二氏でさえ「「海兵隊がこの地域の抑止力としてどれだけ不可欠なのか非常に疑問だ」(「毎日」4月3日付)と発言」(前掲赤旗)しています。

鳩山首相は、日本にとって沖縄の犠牲が必要だというなら、海兵隊の抑止力とは何なのかをきちんと説明すべきです。沖縄の犠牲において守るべき国益とは何なのかも説明すべきです。

●無条件返還論を紹介しない池上彰氏の解説に要注意

2010-05-05のテレビ朝日で池上彰の学べるニュースという番組を放映していました。

普天間基地問題も解説していました。池上氏の解説で一番問題なのは、無条件返還論が存在することを無視していること、そして、日本政府が移転先を決めなければならないと言っていることです。

池上氏は、「政治家は決断しなければならない」、「結論を出して、何があっても突き進むのが政治家の仕事だ」、「決められないのが最悪だ」と言います。彼は、平野博文内閣官房長官同様、民意なんてどうだっていいと考えているように思います。

普天間基地問題を一から解説すると言うなら、そもそも海兵隊が駐留する法的根拠はあるのか、日本にとって沖縄の基地が必要か、抑止力はあるか、軍事同盟は必要かという解説をすべきです。それらを突き詰めていったら無条件返還論になってしまうから、追及しないのではないでしょうか。(池上氏は、海兵隊の抑止力については肯定していません。)

私は、池上氏が無条件返還論を主張しろとは言いません。他人に考え方を押し付けようとは思いません。しかし、多様な選択肢を示さず、県内移設案だけを紹介して、決断しないのは政治の怠慢だと言うのは、公平な報道とは言えません。分かりやすいニュース解説が池上氏のウリなら、重要な事実と多様な見方を提示して、視聴者に判断してもらうのが筋ではないでしょうか。

池上氏は、ニュース解説をする振りをしていますが、本当の目的は世論誘導なのかもしれません。

●池上氏はアメリカ以下

上記のように、池上氏は、受け入れ先の民意はどうであれ、首相は移設先を決断すべきだと言いますが、当のアメリカが地元側の同意を条件としています。共同通信が記事を提供している47NEWS2010-03-21には、次のように書かれています。

地元不同意なら交渉せず/米政府、普天間移設で日本に伝達

【ワシントン共同】米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題をめぐり、米政府が「地元同意がない移設先の代案が出ても交渉できない」との考えを日本側に伝えていることが21日、分かった。日米関係筋が明らかにした。

米政府は2006年に日米合意したキャンプ・シュワブ沿岸部(同県名護市)への現行計画が「最善の道」と一貫して主張。一方で、首相が5月決着を決めた昨年12月以降、代案に関する条件を、(1)受け入れる地元側の同意(2)連立政権内の合意(3)海兵隊の一体運用の確保-とする対処方針を決めた。特に地元同意を交渉入りの条件として重視している。

民主主義を掲げるアメリカが民意なんてどうでもいいとは言えないはずです。アメリカ政府が地元同意が必要だと言っているのに、池上氏は、とにかく首相は決断すべきだと言っているのですから、池上氏はアメリカ政府よりも民主政治を理解していないということです。

私は、池上氏はアメリカ政府の代理人だととらえるべきだと思いましたが、アメリカ政府が言ってないこと(地元合意を無視してよい)まで主張しているのですから、彼は一体だれの味方なのかという疑問がわきます。

●民意も環境も無視

上記のように、池上氏は、首相は決断すればいいんだ、と言っていましたが、それは、民意も環境も無視すべきだということです。

事実、池上氏は、辺野古とはどういう場所かを説明していましたが、ジュゴンの生息する豊かな自然環境には触れませんでした。池上氏は、環境に全く関心がないと見た方がよさそうです。

2010-05-09赤旗日曜版によれば、世界自然保護基金(WWF)ジャパンの花輪伸一・前自然保護室主任は、次のように語っています。

沖縄県の環境保全指針では、辺野古・大浦湾は厳正に保護すべき第一級の地域。性物多様性の豊かな海に、軍事空港をつくるのはそもそもおかしい。

日本科学者会議平和問題研究委員の亀山統一・琉球大学助教(森林保学)も次のように言っているそうです。

沖縄県内・国内外のどの候補地でも、工法によらず、基地の建設や運用による重大な環境破壊は避けられません。環境への負荷があっても必要な公共事業もあります。しかし、米海兵隊を『抑止力』といって、仁井本やグアムに置くことは、環境破壊や、巨額の財政負担に値するでしょうか。最も侵略性の高い米海兵隊の活動を、日本が支援する『移設』論そのものが、間違っています。

環境に関心のない人間がニュース解説の神様扱いされる風潮は嘆かわしいと思います。

●沖縄の基地は奪い取られた

池上氏の解説には、ほかにも問題があります。

「なぜ住宅地の真ん中に飛行場があるのか」と聞かれて、池上氏は、戦争で住民が逃げた後に、米軍が一番良い場所に飛行場を造り、その後に住民が戻ってきて、仕方なく基地の周りに住宅を建てた」と解説しましたが、アメリカが市民の土地を奪ったことが違法であるという説明はしません。普天間問題のそももそを解説するなら、違法に奪い取ったという事実は外せない論点でしょう。

「沖縄の基地は銃剣とブルドーザーで住民から奪い取った土地に建設された」(2010-05-05下野。琉球新報論説委員長・玻名城泰山氏が執筆)のです。

「あの普天間の基地は、戦争で住民が避難している間に、勝手に土地を取り上げて、不法に基地にしてしまったんです。であれば、引っ越し費用は自分で出していただいて、荷物をまとめて出て行っていただくというのがものの道理ではないでしょうか。引っ越し先を日本のほうで用意しようとするから、どんどん話がこんがらがっていくんです。」(2010-05-07赤旗で紹介された日本共産党小池晃・政策委員長の演説)。

●解説は「一から」ではなかった

なぜ沖縄に海兵隊がいるのかについても、池上氏は、韓国や台湾に近いから都合がいいと解説しますが、この点は一般的な御用評論家と同じことを言っています。既に沖縄の海兵隊は抑止力にならない(その1)で紹介したように、屋良朝博・沖縄タイムス社論説兼編集委員は、「米軍は沖縄にこだわっていない」(世界2010年2月号)という論文の中で、「これまでに取材した米軍司令官や退役将軍らは「日本が提供してくれるのなら、基地はどこでもいい」とこともなげに言う」(p196)のですから、池上氏が勝手に沖縄は韓国や台湾に近いから都合がいいと思っているだけです。

屋良氏の論文によると、「防衛白書」には、「(沖縄は米本土やハワイより東アジアに近いこと、日本の周辺諸国との間に一定の距離があるという地理上の利点を有していること)これらが、緊急事態への一時的な対処を担当する海兵隊をはじめとする米軍が沖縄に駐留する主な理由として考えられる」と書いてあるそうです。

「考えられる」ですよ。

米軍が沖縄に駐留する理由は、「防衛白書」を書いた人が想像しただけであって、米側も説明しておらず、明確な根拠はないということです。

また、9.11後の米軍再編案により、普天間にいることになっている12,500人の海兵隊員のうち8,000人は、近い将来グアムに移転してしまうし、そもそも海兵隊の多くが中東などに派遣されており、留守がちなのですから、台湾や朝鮮半島の有事のときに、普天間の海兵隊が大きな力を発揮することにはなりません。

池上氏は、朝鮮半島有事のときに韓国に駐留する米軍を海兵隊が助けるとか中国と台湾の間で紛争が起きたときに駆けつけるとか言ってましたが、すべてアメリカの都合です。日本の防衛とは直接関係ありません。国際社会で問題が起きたら軍事力で解決するというアメリカ流の発想から脱却することが必要だと思います。

池上氏は、有事にアメリカは片務的に日本を助けてくれるのだから、アメリカの軍事戦略に日本が協力しなければならないという立場で解説していると思います。しかし、そこでは、「有事」とは何か、本当にアメリカは日本を助けてくれるのかが問われなければなりませんが、そこはスルーされています。

池上氏は、「一から」解説すると言いましたが、実際は、重要なことが当然の前提とされています。

●池上氏は海兵隊の抑止力は認めていない

池上氏は、一般的な御用評論家と違い、海兵隊に抑止力があるとは言っていません。殴り込み部隊であることは認めています。かえって沖縄が攻撃の対象になることも解説しています。それでもアメリカにとって沖縄に米軍基地が必要だというのが池上氏の考え方でしょう。

池上氏は、沖縄県民の基本的人権よりも、アメリカの軍事政策の方が重いと言っているのだと思います。

●米軍との地位協定はどこも同じか

池上氏は、韓国やドイツにも米軍基地をめぐって地位協定があるが、基本的には日本との間の地位協定とおんなじだと言っています。

しかし、上記「世界」の屋良論文のp202には、次のように書かれています。

日本は基地管理権を放棄し、米軍の自由使用を認めているが、欧州ではそこは主権との絡みでシビアだ。外国軍の駐留はセンシティブな問題だからだ。

例えば、イタリアでは夏場のリポーゾ(昼寝の習慣)に米空軍飛行場では戦闘機のエンジンを切る。昼下がりの安息を犯してはならない。米伊間で「基地使用協定」を交わし、すべての基地ごとに使い方の細部を規定している。

イタリア軍の司令官が基地の管理者だ。飛行経路や滑走路の使用時間、一日の発着回数などが制限されているほか、飛行計画をイタリア軍へ事前通知する。基地内でオイル漏れなどの環境汚染がある場合、周辺自治体の職員がすぐに基地内で立ち入り調査できる。

米軍機の事故などがあると、イタリア軍警察が事故機を差し押さえる。米軍は返還要求をするが、イタリアは証拠品なので譲らない。地方検察官が米軍パイロットから事情聴取する。これがおそらく「対等」の要件なのだろうが、日本政府にはおおよそ真似できないだろう。

北大西洋条約機構(NATO)は共通の地位協定を持ち、それに加えて各国事情に合わせた基地使用の取り決めがある。駐留外国軍の法的地位(裁判権、入国、関税など)を定めた協定と基地使用を規定した協定の二重構造になっている。特にドイツとイタリアは冷戦崩壊後に使用協定を改定し、住民保護を強化した。

イタリアでは、お昼寝の時間帯には軍用機は飛べないのです。事故機を差し押さえることもできます。日本だけがなめられているのではないでしょうか。

●国民を米兵から守れ

歴代政権も鳩山首相も、海兵隊には抑止力があると言います。日本国民の生命・財産を中国や北朝鮮の攻撃から守るために米軍に助けてもらう必要があるのだということです。

しかし、「沖縄返還後に限っても、米軍犯罪は6500件を超える。いまだ住民を守れない状況があるのに、歴代政権は手をこまねいてきた。」(2010-05-05下野。琉球新報論説委員長・玻名城泰山氏が執筆)のです。玻名城氏は、「政府は海兵隊の「抑止力神話」にひれ伏す前に足元の叫びに耳を傾け、積年の痛みに目を向けてほしい。」と書いています。

政府は、中国や北朝鮮の攻撃から国民を守ると言う前に、米兵の犯罪から国民を守るべきだと思います。

ウソは言わないまでも、肝心な事実を述べないことによってまともな判断をさせない悪質な解説に注意しないと、国民はとんでもない判断をさせられてしまいます。

(文責:事務局)
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