放射線による健康影響に関する有識者会議報告書のどこが間違っているのか

2012年8月29日

●未来を搾取してはいけない

8月10日付け産経ニュースによると 「野田佳彦首相は10日午後、社会保障・税一体改革関連法が参院で可決、成立したことを受け、首相官邸で記者会見した。」そうです。

その中で彼は次のように言いました。

未来を搾取するというやり方はもはや通用しない、取るべきではないということであります。

私は、耳を疑いました。

野田首相は、「基本的な方針は脱原発依存だ。中長期的に、原子力に依存する体制を変えていく」(8月22日付けウォールストリートジャーナル)と言っていますが、当分の間は今後も核発電所を使い続けるという方針です。

「中長期的」と言っておけば、当分は核発電を続けられます。その間に国民が放射能の恐怖を忘れることを期待しているのでしょう。

その間、核廃物の処分場も決まらぬまま、ウランからエネルギーを取り出し、利用して、死の灰をつくり続け、危険や恐怖を未来の世代に押し付ける。これが野田首相のやっていることです。まさに、「未来を搾取するというやり方」そのものです。

●東京電力が超高値で燃料を購入していた

2012年7月28日付け赤旗によると、「日本共産党の吉井英勝議員は27日の衆院経済産業委員会で、東京電力が、同社の子会社が設立した貿易会社から、火力発電用の液化天然ガス(LNG)を対米販売価格の8〜9倍の超高値で購入している実態を示し、東電言いなりに電気料金値上げを認可した政府の姿勢をただしました。」。

「問題の会社は、東電の子会社「TEPCOトレーディング」と三菱商事が共同出資し、オマーン産LNGの購入・販売権を有するセルト社。同社は米国向けに百万BTU(英式熱量単位)あたり2ドルで販売する一方、東電には9倍も高い18ドルで販売しています。(今年の実績)」

電力会社は公営化すべきだと思います。

地方公営なら住民監査制度も適用できますから、ここまであくどいことはできないでしょう。

●仙石氏の詭弁

2012年8月3日付け赤旗によると、2日、民主党の仙石由人・政策調査会長代行は、BS朝日の番組収録で「原発をやるくらいなら貧しくてもろうそくで生活しようとの議論があるのは分かるが、日本人の多くはそうではないと思う」と語りました。

核発電をやめると貧乏になり、電気が使えなくなるという前提での立論ですが、その前提が成り立たないことはだれでも分かると思います。でも、この手の詭弁にだまされてしまう人が本当にいるのですね。

映画監督の伊丹万作は、戦争責任者の問題というエッセイで、 「だまされるということもまた一つの罪」と書いています。

京都大学助手の小出裕章氏も「騙されたあなたにも責任がある」と言っているようです。

●関西電力が火力発電所を8基止める

Everyone says I love you !というサイトの大飯原発再稼働は電力が足らないからじゃなかった!関西電力は7月6日から火力発電所6基=原発3基分停止中というページによると、関西電力は、7月4日に、電力の需給がひっ迫することを理由に大飯原発3号機(118万キロワット)の再稼働を強行しておきながら、まだ原発が発電も始めていないその6日には6基の石油火力発電所(約300万キロワット)を停止し、このあとさらに2基の火力発電所をあわせ合計8基(計384万キロワット)の火力発電所を停止する予定だというのです。

関西電力の電力供給量は、差し引き266万キロワットのマイナスです。核発電所を再稼働して、電力供給量を減らしたのです。

445万キロワット不足するから大飯を再稼働するという関西電力の発表はウソだったのです。

大飯の4号機も118万キロワットだから、3号機と併せても236キロワット。停止する火力384万キロワットの方が多いのです。

●「やっぱウソだったんだぜ」

2012年8月26日付け赤旗日曜版によると、関西電力が5月19日に発表した予測は、「今夏の最大需要想定は2987万キロワット。供給力は2542万キロワットしか確保できず445万キロワット(15%)も不足するので原発再稼働は不可欠だ。」というものでした。

「ところが関電の発表資料に基づいて今年の夏の実績をみると、これまで最高の8月3日の需要は最大で2682万キロワット。これに対して同日の供給は2999万キロワットで317万キロワットもの余力がありました。」

「同日の原発による電力供給は236万キロワット。原発が動いていなくても、なお81万キロワットの余裕があったことになります。」。

8月3日のピーク需要時には、需給調整を理由に、相生火力1号機(兵庫県相生市、出力38万キロワット)を休止していたのです(下記中日新聞記事)から、余裕は81+38=119万キロワットだったことになります。

そもそも、関西電力は東京電力と違い、3.11以来、1年以上の猶予期間がありながら、火力発電所の増設を図らなかったと言います。

BLOGOSの宮武嶺氏は、原発がなくても乗り切れた夏。関電の停電リスクデマを言い募った橋下徹・大前研一・池田信夫各氏の責任は?で次のように書きます。

ちなみに、冒頭の棒グラフで一番切迫して見えるのが8月17日。しかし、8月では電力使用が2518万キロ・ワット(午後4時台)となり、電力使用率が最大の91%(午後2〜4時台)に達した8月17日でも、火力発電所は5基温存しています。原発なんてなくてももう余裕で自由自在な需給調整なんですね。

池田信夫氏は、原発が動かなかったら関西は大停電になったなんて言ってますが、数字としても宮武氏に論破されていますし、2012年8月28日付け中日新聞によると、関西電力の広報室の担当者が中日新聞の取材に対して「節電効果があり、現時点では原発がなくても供給力は維持できた」と話しているのですから、池田氏の発言は問題外です。

●日テレ、フジ、テレビ東京には期待できない

2012年8月22日付け赤旗によると、「テレビ東京労組や関東地方連合会からは、原発推進をねらう「エネルギー・原子力政策懇談会(民間エネルギー臨調)」のメンバーにテレビ東京社長とフジ・メディア・ホールディングス会長が名を連ねていることが報告されました。」。

「エネルギー・原子力政策懇談会」とは、「原子力ルネッサンス懇談会」が名前を変えた組織のようで、ホームページの設立趣旨には「原子力の復興計画立案をこの会で検討すべきと考えます。」と書かれています。

テレビ局や新聞社の社長や会長が核発電推進組織の一員になっているというのです。

フジテレビとテレビ東京が核発電を批判することはないでしょう。

それどころか、テレビを使って核エネルギーは必要だという洗脳をするのでしょうね。

労働組合ひとりというサイトの検証新聞記事「エネルギー・原子力政策懇談会」によると、読売新聞グループ本社の老川祥一・最高顧問も「エネルギー・原子力政策懇談会」の有志の一員のようです。

日本経済新聞グループのテレビ東京の島田昌幸社長がメンバーであり有志の一員だそうです。

新聞では、日経、産経、読売、テレビでは、12チャンネル、8チャンネル、4チャンネルのトップが核利用推進の立場だというのですから、暗澹たる気分になります。

●他局はどうか

では、NHK、TBS、テレビ朝日は頼りになるかと言えば、そうでもなさそうです。

広瀬隆著『新版 危険な話』(新潮文庫)P355には以下のように書かれているそうです。
■NHK
経営問題委員 平岩外四 東京電力会長
 解説委員   緒方彰  原産会議理事
  放送番組向上委員 十返千鶴子 原子力文化振興財団理事
理事・放送総局長 田中武志 原子力文化振興財団理事
■日本テレビ
読売新聞社主 正力松太郎 原子力委員会委員長
■TBS
毎日新聞設立発起人 芦原義重 関西電力会長
■フジ
産経新聞社長 稲葉秀三 原産会議常任理事
■テレビ朝日
朝日新聞社長 渡辺誠毅 原産会議理事
論説主幹  岸田純之助 原子力委員会参与
■テレビ東京
日本経済新聞社長 円城寺次郎 原産会議副会長
テレビ東京取締役 駒井健一郎 核物質管理センター会長
テレビ大阪重役  小林庄一郎 関西電力会長
東海テレビ重役  田中精一  中部電力社長

土井淑平著「原子力マフィア」(編集工房朔、2011年)P101以下には、次のように書かれています。

政府と電力会社を含む原子力業界が出資し、経済産業省と文部科学省の共同認可団体として、1970年に設立された日本原子力文化振興財団の月刊誌「原子力文化」がある。

創刊号から最近号まで「原子力文化」に登場したマスコミの幹部や記者は、ざっと数え上げただけでもOBを含めて多い順に、少なくとも読売新聞15人、朝日新聞14人、NHK13人、共同通信6人、日本経済新聞6人、産經新聞4人、中日新聞2人、毎日新聞1人、茨城新聞1人(以下略)

朝日の元科学部記者の大熊由紀子は小物とはいえ、「原子力文化」にも登場し原発の提灯を担いだ一人で、朝日の連載記事をもとに「核燃料」(朝日新聞社、1997年)という本を出して原発に翼賛している。

「東電はテレビ朝日の株を持つ大株主」とも書かれています。

結局、まともな情報はネットでしか得られないのでしょうか。

●放射線の直接的な影響で死んだ人はいないのか

2012年7月17日付け中国新聞記事名古屋では中部電社員が推進発言 政府聴取会また怒声は次のように報じました。

政府は16日、将来のエネルギー・環境政策に関する国民からの第3回意見聴取会を名古屋市で開いた。

原発推進の立場で意見を述べたのは、中部電の原発部門で課長を務める岡本道明(おかもと・みちあき)氏。「個人として来た」と前置きし「福島第1原発事故で、放射能の直接的影響で亡くなった人は一人もいない。今後5年、10年で変わらない」と持論を展開、会場からは反発する傍聴者の怒声も飛んだ。

岡本課長は、「今後5年、10年で変わらない」と言ったそうです。神様でもないのに、どうして5年、10年後のことが分かるのでしょうか。核発電推進論者というのは、自分は何でも分かっているという傲慢なタイプが多いと思います。謙虚さがありません。原子力安全神話への信仰心の発露にすぎないと思います。

岡本課長がどんな宗教を信じようと勝手ですが、他人を巻き添えにされてはたまりません。

2012年8月24日付け税金と保険の情報サイトの記事福島第1原発で、作業員がまたしても謎の突然死は次のように報じます。

福島第1原発で復旧作業に当たっていた50代の作業員が突然死したことを22日、東京電力が発表した。死亡した作業員は昨年8月から同原発で働いていた。東電が把握しているだけで現場勤務者の死亡は7人目となる。

亡くなった作業員は22日、午前9時ごろから作業を開始。汚染水貯蔵タンクの増設工事をおこなっていた。9時50分ごろ気分が悪いと訴え休憩所で休んでいたが、10時35分ごろ意識不明で倒れているところを別の作業員が発見した。

心肺停止状態で、いわき市内の病院に救急搬送され、福島県警の発表によると、同日午後に死亡した。累積被ばく線量は25ミリシーベルト、当日の被ばくは0.03ミリシーベルトだったという。

1年半で7人が死亡する作業現場は異常というほかない。東電の発表によれば、いずれの死亡者の被ばく線量も政府が定めた限度内だったということになっている。

であれば、そもそも安全基準が間違っているか、作業員の被ばく線量をきちんと計測していないか、いずれかということになる。

死亡と放射線被曝との因果関係を東京電力や行政当局が認めないだけで、因果関係がないことが証明されたわけではないと思います。

したがって、中部電力の岡本課長の発言が正しいとは言えないと思います。

●放射線の影響に関する有識者会議報告書の矛盾

ここから本題です。

2012(平成24)年6月18日、放射線による健康影響に関する有識者会議(以下「有識者会議」という。)は、栃木県知事に対し「栃木県における放射線による健康影響に関する報告書」を提出しました。

「報告書」は二つの矛盾を抱えていると思います。  

年5ミリシーベルト未満は安全といいながら、閾値なし(LNTモデル)を否定しないのは矛盾していると思います。  

ICRPは、26号勧告でLNTモデルを採用していますし、公衆の被曝の基準は年1ミリシーベルトです。  

報告書は、100ミリシーベルト以下では顕著な影響は見られないとする原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)やIAEAのような権威を持ち出すくせに、ICRPという権威の勧告を無視するのはご都合主義だと思います。  

有識者会議の座長の鈴木元氏は2011年10月14日小山市での講演会では、閾値なしが国際社会の採用基準だと言っています。「まず、リスクを考えていくとき、どんなに小さい線量になっても、線量に応じてリスクは残るという考え方を国際社会はとっています。」(2011年11月28日 付け読売新聞)「私は安全側に立ち、線量に応じてリスクは残るという考え方で、きょうのお話をしていきたいと思います。」とさえ言っています。  

ICRPが26号勧告でLNTモデルを採用していることが、なぜ報告書には書かれないのでしょうか。  

もう一つの矛盾は、「将来にわたって影響がない」と言い切っておきながら、新たな知見にも注意しましょうと言っていることです。  

将来のことが分かるといいながら、これからどんな知見が出てくるか分からないと言っているわけです。矛盾してませんか。  

新聞報道によると、報告書の発表の際、影響がないといいながら、被曝量の低減につとめましょうというのも分かりにくいという質問も出ていたようです。  

これも報告書に論理矛盾があるからです。

●5ミリシーベルトなら安全なんてとんでもない

報告書は、「県内の多くの地域で1年間の被曝線量は5ミリシーベルト程度までに収まるであろうと推察される。また、得られた結果から考えられる範囲で、今後1年間の追加外部被曝線量は年間3ミリシーベルト以下であった」として、「栃木県内は将来にわたって健康影響が懸念されるような被曝状況にない」と結論付けています。  

内部被曝を考慮していないことも問題ですが、5ミリ程度なら影響ないとはいえません。  

「原発労働者が白血病を発症した場合の労災認定では、累積線量が5.2ミリシーベルトで認められた例があります。年間では5.73ミリシーベルト/年で労災認定されています。いずれも内部被ばくも含めての値です」
  http://nucleus.asablo.jp/blog/2011/09/23/6110788

●目的や動機が不純だ  

栃木県が有識者会議を設置したそもそもの目的や動機が不純です。  

有識者会議の設置目的は、「県民の健康不安を払拭すること」(設置要綱第1条)です。

鈴木座長は、「どのような調査をすれば一番県民にとって不安を解消する情報提供になるか」( 第2回 放射線による健康影響に関する有識者会議の結果)と発言しています。

つまり、「県民の放射線被ばく線量を把握するための調査」は県民の健康不安を払拭するとの目的で行われています。

「不安の払拭」が目的ということは、安全であることが最初から分かっているということであり、放射能汚染への県の対応は、非科学的な態度です。  

専門家が安全だと宣言すれば、県民が安心するだろうという発想です。

こんな県民を愚弄した目的を掲げた放射線の影響に関する有識者会議は他県には見られません。

他県の放射線被曝に関する有識者会議の設置要綱を見ると、設置目的を「県民の不安を払拭するため」としていません。

群馬県
放射線の健康への影響に関する有識者会議設置要綱

岩手県
有識者会議設置要綱

宮城県
有識者会議開催要綱

●委員の人選が不当である  

有識者会議の委員の人選も不当です。  

上記読売記事によると、鈴木元は、原子力安全委員会の委員ではなかったようですが、時期は分かりませんが、ワーキンググループのメンバーだったようで、事故前まで安全神話を支えてきた学者です。  

自治医科大学の菊地透氏も、昨年彼の講演会を聞いた人の話によると、「100ミリシーベルト以下では、有意なデータが出ていない。だから、影響ありません。」と言っているそうです。  

証明されていない=安全とするような人は、県民の安全を守るための組織の委員として不適任だと思いますが、有識者会議の設置目的は上記のとおり、「不安の払拭」なのだから適任だというのが県の理屈になります。  

委員については、次のような情報があります。
 
 鈴木元氏
 http://www47.atwiki.jp/goyo-gakusha/pages/455.html
 
 菊地透氏
 http://www.radiationexposuresociety.com/archives/1667
 
  ●権威を持ち出すことが詐術である  

核マフィアが用いる詐術の一つは、権威を持ち出すことです。  

報告書は、p6で国連科学委員会(UNSCEAR)、世界保健機構(WHO)、国際原子力機関(IAEA)などの権威を持ち出して論拠とすることも問題です。  

例えば、IAEA とは、放射線による被害は軽微と言えるのかにも書いたように、「1957年7月に国際連合の下に設立された原子力の平和利用促進のための機関」です。核利用を前提として活動している団体です。別に人類の健康のために活動しているわけではありません。  

したがって、IAEAの立場は、核発電推進であり、核と人類は共存できるということですから、この立場を維持できなくなるような調査結果を受け入れるはずがないのです。

したがって、IAEAが安全と言っているから安全ですということには全然なりません。

土井淑平著「原子力マフィア」(編集工房朔、2011年P68)には、次のように書かれています。

元外務省出身の天野之弥が事務局長の国際原子力機関(IAEA)は、核兵器の拡散の防止に取り組む一方で、原発の拡散を使命とする国際的な原発推進機関で、旧ソ連のチェルノブイリ事故の被害をいかに小さく見せようかと画策したことは周知の事実である。

それゆえ、原発と原発事故については業績や権威をまるで信用できないどころか、逆にもみ消しと歴史の偽造を得意とする国際機関と知るべきである。

今回の福島第一原発事故でIAEAが派遣した調査団について、NHKは「核の番人」といった表現で報道していたが、これはブラック・ジョークとしかいいようのないお笑い草で、わたしなら“核の番犬”と呼ぶだろう。


●フクシマは収束していない  

「放射性セシウムの放射能は時間の経過とともに減衰していくことから、内部被ばくは今後さらに少なくなるものと予想される。」(報告書p5)は、前提が間違っていると思います。  

フクシマが収束しているという前提ですが、今でも毎時1000万ベクレルの放射性物質が出ているはずです。2012年1月までは毎時7000万ベクレル出ていました。汚染は日々進んでいるのです。  

「これからは放射能は減衰するだけ」という考えは間違いでしょう。  

報告書は、考慮すべき事実を考慮していない間違いを犯していると思います。  

なお、栃木県の安全宣言については、埼玉県民のサイトafter311.infoがかなり専門的な知識で批判しています。 http://after-311.sakura.ne.jp/wp/2012/06/21/【被ばく調査】栃木県有識者の安全宣言を考える/ (URLに日本語が出てしまいますので、該当ページに直接リンクしません。更にクリックが必要です。)

(文責:事務局)
文中意見にわたる部分は、著者の個人的な意見であり、当協議会の意見ではありません。
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