思川開発事業の関係地方公共団体からなる検討の場は茶番だった(その3)〜鹿沼市長の発言を分析してみた〜

2016-08-28

2016年6月21日に開催された思川開発事業の関係地方公共団体からなる検討の場の議事録が公表されました。前々回の記事「川開発事業の関係地方公共団体からなる検討の場は茶番だった」の一部に誤りがありましたので、お詫びして下記のように修正します。

●栃木市長は「協力します」と言った(再掲)

鈴木俊美・栃木市長は、「(思川開発事業に)協力します」と発言しました。本音が出た発言だと思います。

栃木市が南摩ダムの水を必要としているなら、「協力します」という発言はしないと思います。「早く建設してください」と言うのが普通だと思います。

栃木市長が「協力します」と言うのは、栃木市が南摩ダムの水を必要としてない証拠だと思います。

佐藤信・鹿沼市長も「早く決めてほしい」とは言いますが、「早く建設してほしい」とは言いません。ダム水を使う予定がないからです。

利水参画団体が「早く建設してほしい」と言わないダムを建設することは、水資源開発促進法の定める緊急性の要件を欠き、違法だと思います。

●鹿沼市長の発言

栃木市長の発言部分についての訂正は、前回記事をご覧ください。

今回は、鹿沼市長の発言についての訂正と分析です。

佐藤信・鹿沼市長の正確な発言は、次のとおりです。

鹿沼市長の佐藤と申します。 この中にあっては、立地自治体という特殊な立場でございますので、そういったことで意見を述べさせていただきたいと思います。

鹿沼市では昭和44年調査開始以来、関係住民の皆さんには大変ご苦労をおかけいたしました。そうした苦渋の末に、住民80世帯全員の移転がなされたわけであります。 そうした中にあって、平成21年にダムの検証が始まって以来6年半ということで、対応方針が決定されない。本体工事はもとより水源地域や取水・導水地域の生活再建整備事業もおくれているということで、関係する住民の皆さんは先行きに対して大変不安を募らせておられます。

また、昨年9月、関東・東北豪雨ということで、私ども鹿沼市でも甚大な被害が発生いたしました。ダム予定地直下の南摩川においても大きな被害を受けておりまして、住民の安全な暮らしへの要望は高まっております。

こうした状況を踏まえて、鹿沼市といたしましても、本日示された案のとおり、早期に対応方針を決定していただき、速やかに事業を進めていただきたいと思っております。

あわせまして、水源地域と取水・導水地域における生活再建事業につきましても、確実な実施と早期完了を要望するとともに、水源地域住民及び鹿沼市が不利益を被ることがないよう対応していっていただきたいと思っております。 コスト削減はもちろんでございます。

そして、工事現場周辺及び周辺道路の安全確保、騒音対策に努められて、周辺住民の生活に対して配慮いただきますようお願いを申し上げます。よろしくお願いいたします。


●最後まで「水が必要だ」と言わなかった

確かに鹿沼市長は、「速やかに事業を進めていただきたい」と発言しました。

しかし、その前段では、「こうした状況を踏まえて、鹿沼市といたしましても、本日示された案のとおり、早期に対応方針を決定していただき」と言っています。

「こうした状況」とは、(1)関係住民が移転したこと、(2)本体工事や生活再建整備事業も遅れていることで、関係住民が不安を募らせていること、そして(3)「南摩川においても大きな被害を受けて」いることです。

最後まで「水が必要だから」という話は出てきません。

「南摩ダムの水が必要だから」は、「速やかに事業を進めていただきたい」の理由になっていないのです。

結局、検証の最終段階に至っても、水資源開発促進法第3条第1項が「広域的な用水対策を緊急に実施する必要がある」ことを水源開発の要件としているにもかかわらず、栃木市長と鹿沼市長が「南摩ダムの水が緊急に必要だ」とは決して言わないのです。南摩ダムの構想発表(1964年)から半世紀以上経っても完成しておらず、それでもダム利権関係者以外はだれも困っていないのですから、緊急性がないことは明らかです。

南摩ダムが緊急性の要件を欠くことは、パブリックコメントでも指摘されています。それにもかかわらず、検証に係る検討の結論は「事業継続」なのです。異常だと思います。

●鹿沼市の立場は理解しがたい

この話には続きがあります。

2016年7月13日の鹿沼市議会一般質問において、鰕原一男議員(自由民主党)は、「検討の場」での上記市長発言を確認した上で、改めて「佐藤市長は、思川開発事業の完成を目指し、賛成の立場なのか」と質問しました。(鰕原一男議員の一般質問は、YouTubeで見られます。)

上記のとおり、佐藤市長は、「本日示された案のとおり、早期に対応方針を決定していただき、速やかに事業を進めていただきたい」と「検討の場」で発言したのですから、事業に賛成であると言ったということです。それ以前から、検証で示された代替案よりもダム案が優れていると検討主体に回答していました。改めて聞く意味が分かりません。

ところが佐藤市長は、「鹿沼市の歴代市長で南摩ダムに賛成と明確に答えた市長はいない。それだけに重い十字架というか、水没地の反対意見もあり、ようやく決まったので、軽々に賛成とか反対とかを言うのは難しかった。6年半の検証が終わったのであれば、1日も早く整備をしてほしいと申し上げているんで、あえて賛成とか反対とか口にすべきことではない。」旨を答弁しました。

「速やかに事業を進めていただきたい」は、「上南摩町の集落に住んでいた80世帯の人たちのふるさとを早く水没させくれ」と言っているのと同じであり、賛成以外の何物でもないと思うのですが、佐藤市長は、違うと考えているようです。

鹿沼市にとって南摩ダムの水が必要であり、南摩川の水害対策にも有効と市長が考えるなら、積極的に賛成と言わなければならないはずです。

鰕原議員の質問も佐藤市長の答弁も私には理解しがたいものでした。

●佐藤市長は「表流水の確保は、渇水や地下水汚染のリスクの備えになる」と言った

これもちなみに、の話になりますが、佐藤市長は、上記鰕原議員への答弁の中で、「新たな水源が確保されることにより、水源の多様化、複雑化が可能となり、渇水や地下水汚染等へのリスクに備えることが可能となる。」と発言しています。

つまり佐藤市長は、水源の多様化、複雑化が水道事業の危機管理対策として必要だ、地下水100%ではリスク管理ができていない、という前提で語っていますが、そのような前提はありません。「水源の多様化、複雑化」が可能となると言っており、必要とは言っていませんが、少なくとも水道の安全度を高める上で有効であるとは言っていることになると思います。)

もしも水源の多様化をしなければ、危機管理が十分にできないという前提が成り立つとすれば、給水人口が69万人を超える水道の水源を地下水だけで賄い、これを誇りとする熊本市はリスク管理ができていないことになり、熊本市を侮辱する発言になります。

●熊本市の断水は2週間で復旧した

2016年4月14日、16日に熊本地震が発生し、熊本市では基幹送水管が破損し、326,873 戸(最大断水戸数)が断水しましたが、4月30日には復旧しています(厚生労働省のサイトの2016年熊本地震関連情報)。

給水戸数は2015年3月31日現在で326,217戸でしたから、一時は全戸断水だったということでしょう。

「熊本市では、耐震適合性のある基幹管路の割合は、74%に達し(2014年度末)、全国平均34.8%を大きく上回っています。一方で、管路全体での耐震化率は22%。」(Think Dailyというサイトの「水の国」の水が止まった理由 熊本地震でわかった水脈の複雑さとインフラのもろさ、橋本 淳司氏)だったそうで、熊本市上水道は、管路全体の耐震化率は低かったものの、基幹管路の耐震適合性が高かったこともあり、震度7の大地震による32万戸を超える断水を約2週間で復旧を成し遂げたのですから、水源が地下水でも問題はなかったと思います。

熊本市上水道には52箇所の水源地に113本の取水井(しゅすいせい)があります。大地震によって通常運用している96本のうち69本の井戸の濁度が上昇し自動停止したそうです(NETIBNEWSの水道インフラの復旧に、熊本市はどう立ち向かったか)。

しかし、地下水の濁りという障害も約2週間で解消したということでしょう。

ちなみに、「東日本大震災の経験から、地下水は地震に強いとされていました。社団法人全国さく井協会の2012年度の報告によれば、東日本大震災で被害を受けた6県にある261井戸のうち、地震発生後も従来通り使用出来た井戸が213井戸(81.6%)、障害が現れた後も使用できる井戸が34井戸(13.0%)合わせて94.6%が大震災後も使用が可能でした。」(上記橋本氏)というのですから、地下水源だから災害に弱いということはないということです。

「水源を地下水にしている水道のメリットは、ダメージを受けた水源井がある場合には、それに代わる別の水源井を選ぶことができる。地表水を水源とする水道だと取水口が限られているので、ダメージを受けた時に代替え(ママ)措置が取りにくい。熊本のように地下水源井がいろいろなところに分散している地下水水源では、臨機応変に融通が利くのが大きな強みだ。」(2016年8月5日「くまもと育水会」)と、嶋田純熊本大学名誉教授は言います。

逆に考えてみても、熊本市の水道水源が表流水だったら、「断水しなかったはずだ」とか「1週間で復旧できたはずだ」とは言えないと思います。

日本にも欧米にも地下水だけで水道水源を賄う都市はいくつもありますが、リスク管理ができていないとは考えられていません。

●厚生労働省が勧めるのは「複数水源の利用」

2013年3月に厚生労働省が作成した「新水道ビジョン」のp27には、危機管理のうちの「水源事故対策」として「複数水源の利用」と書かれていますが、「地下水と表流水の両方が必要」なんて書いてありません。

水源井戸が複数あれば、「複数水源の利用」になります。地下水100%の水道事業体で1本の水源井戸だけで経営しているところはありませんから、必然的に「複数水源の利用」をしていることになります。

●放射能汚染に強いと説明していたはずだ

佐藤市長は、ダムの水を確保すれば、汚染のリスクに備えられると言いますが、2011年3月11日の大地震で福島の核発電所に事故が起き、放射性物資が拡散され、水道水への汚染を心配した鹿沼市民が水道部に電話してきたときに、職員が「鹿沼市の水源は100%地下水ですから、放射能汚染には強いので、安心して飲んでください。」と説明していたことを知っているはずです。

地下水汚染を防止するための法整備はなされているので、公務員がよほどさぼらない限り、地下水汚染事故が起きる確率はそう高くはないはずです。

確かに今後地下水が有機塩素化合物で汚染される事故が絶対に起きないとは言えませんが、浄化しながら使い続けることも可能なので、そうした汚染事故は、水道にとって致命傷にはなりません。

●ダム水は渇水対策にならない

佐藤市長は、ダムの水を確保することが渇水対策にもなるようなことを言っていますが、再三書いてきたことですが、水道業界の常識に反します。渇水に強いのは地下水です。水源に表流水を導入することは、渇水対策として意味がないだけでなく、有害でもあります。

今年は利根川や鬼怒川や渡良瀬川で渇水となり、取水制限が実施されましたが、地下水100%の水道を持つ鹿沼市では渇水騒ぎになっていません。

宇都宮市上水道の地下水依存率は約22%です(2014年度取水実績、「栃木の水道」から)が、2016年7月28日に鬼怒川の取水制限率が10%から20%に引き上げられたときも、宇都宮市上下水道局の職員は、「地下水から取水する白沢浄水場から水を融通し、水道水に影響はない」(同日付け下野、藤井達哉記者)と言ったそうです。

白沢水源は、「宇都宮市は湯西川ダムに参画する必要がなかった」でお知らせしたように、宇都宮市による評価は6万m3/日の取水能力ですが、2003年度に実施された調査によれば、夏季10万8000m3/日、冬季6万1400m3/日もの能力があります。

鬼怒川の取水制限があっても宇都宮市があわてないでいられるのは、白沢水源という地下水源を持っているからだと言えると思います。

宇都宮市の例からも、地下水源が多いほど渇水に強いことは明らかです。

●鹿沼市長答弁は市民をだますものだ

とにかく、厚生労働省は、「新水道ビジョン」において水道水源の多様化、複雑化なんて求めていません。地下水100%でも危機管理はできます。

鹿沼市の佐藤市長は、栃木県から知恵を付けられたのかもしれませんが、水道水源の多様化、複雑化が必要であるようなことを言っているわけですが、素人だましの詭弁であり、鹿沼市が南摩ダムに参画することを正当化するために、市民や議員をだましていることになると思います。

だましていないというのであれば、何を根拠に「水道水源の多様化、複雑化」が必要だと言うのか、ダム水の確保が渇水対策に有益か有害無益か、地下水汚染への対応策として有効かを説明するべきです。

そんなに南摩ダムの水が必要なら、佐藤市長は、なぜ「検討の場」で「南摩ダムの水が必要だ」と言わないのでしょうか。

佐藤市長の水源政策は、できるだけ地下水で水道を経営する。表流水のための浄水場は造らない、ということです。

南摩ダムの水を使うことが「水源の多様化、複雑化」のために必要であるならば、又は水道の安全度を高める効果があるものならば、なぜ浄水場を南摩ダムの完成に合わせて建設すると言わないのでしょうか。

治水に関する佐藤市長の発言もおかしいと思います。

なるほど南摩ダム直下流の南摩川においては、ダムの効果によって水害は減るかもしれません。

しかし、下流に行くほどダムの効果は減衰します。また、思川開発事業によって失われる環境の価値と比べたのでしょうか。栃木県が負担する河川事業分の負担額146億円(河川事業分事業費1401億円×栃木県の負担割合34.73%×地方自治体の負担割合30%)と比較したのでしょうか。

ダム事業による環境への負荷を含めたコストに触れずに、わずかな便益だけを挙げてダム事業を正当化するのは、最少の経費で最大の効果を挙げなければならないとする地方自治法第2条第14項の規定を無視する詭弁です。

(文責:事務局)
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