大東水害訴訟最高裁判決の理論では事実的因果関係が立証できない(鬼怒川大水害)その1

2019-10-03

●大東水害判決の要旨

水害訴訟のリーディングケースと言われる大東水害訴訟最高裁判決(1984年1月26日。以下「大東水害判決」という。)の中心部分は次のとおりです。

【前提となる認識】
河川の管理には、以上のような諸制約が内在するため、すべての河川について通常予測し、かつ、回避しうるあらゆる水害を未然に防止するに足りる治水施設を完備するには、相応の期間を必要とし、未改修河川又は改修の不十分な河川の安全性としては、右諸制約のもとで一般に施行されてきた治水事業による河川の改修、整備の過程に対応するいわば過渡的な安全性をもつて足りるものとせざるをえない

【瑕疵判断の基準】
以上説示したところを総合すると、我が国における治水事業の進展等により前示のような河川管理の特質に由来する財政的、技術的及び社会的諸制約が解消した段階においてはともかく、これらの諸制約によつていまだ通常予測される災害に対応する安全性を備えるに至つていない現段階においては、当該河川の管理についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、前記諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであると解するのが相当である。

【免責事由(瑕疵阻却事由)】
そして、既に改修計画が定められ、これに基づいて現に改修中である河川については、右計画が全体として右の見地からみて格別不合理なものと認められないときは、その後の事情の変動により当該河川の未改修部分につき水害発生の危険性が特に顕著となり、当初の計画の時期を繰り上げ、又は工事の順序を変更するなどして早期の改修工事を施行しなければならないと認めるべき特段の 事由が生じない限り、右部分につき改修がいまだ行われていないとの一事をもつて河川管理に瑕疵があるとすることはできないと解すべきである。

【 】は、引用者が付けた見出しです。見出しを付けたことで結論を先に言うことになりますが、大東水害判決は、新たな免責事由(「免責の抗弁」ともいうらしい。)を創設したのだと思います。

したがって、裁判での審理は、「是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかの検討」→「改修計画が格別に不合理だったかの検討」→「計画策定後に特段の事情が発生したかの検討」→「河川管理者が特段の事情に対応する改修工事を実施したかの検討」という順で行われるべきだと思います。

その理由を書く前に、文言解釈上注意すべき点を検討します。

●条件節が不完全な日本語だ

上記引用部分の最後の段落では、条件節が不完全な日本語であり、疑義を招いています。

「その後の事情の変動により当該河川の未改修部分につき水害発生の危険性が特に顕著となり、当初の計画の時期を繰り上げ、又は工事の順序を変更するなどして早期の改修工事を施行しなければならないと認めるべき特段の事由が生じない限り」という表現では意味が分かりません。

「特段の事由が生じたからどうするのか」ということが書かれていないのです。

大浜啓吉・早稲田大学政治経済学術院教授は、「行政裁判法」行政法講義2で「営造物責任が成立するためには、改修計画が著しく不合理な場合、あるいは計画を繰り上げるべき特段の事情が発生した場合に限定されることになる」(p473〜474)と書き、「特段の事由が生じない限り」で切れてしまう表現でも問題ない、あるいは、自分は理解できる、という認識なのだと思いますが、私には意味が分かりません。

分からない文章を読まされて、分かった気になることは間違いの元です。

●不完全な条件節をどう補うか

では、「特段の事由が生じない限り」にどのような語句を補えばよいのでしょうか。

選択肢は次の二つがあります。
その1
「特段の事由が生じたにもかかわらず、改修計画で改修工事の順序を変更しなかった場合でない限り」

その2
「特段の事由が生じたにもかかわらず、改修工事を順序を変更してでも実施しなかった場合でない限り」

判決の趣旨は、その2だと思います。つまり、計画を変更しただけでは免責されないという趣旨だと思います。

理由は、以下のとおりです。

最高裁のサイトで公開している判決書p8では、「そうであるとすれば、d川(谷田川(読み方は、Weblioでは「たにたがわ」、現地の欄干には「たにだがわ」―――引用者注))全体の改修計画中本件未改修部分の改修工事を他の未改修部分のそれに先がけて実施しなければならず、それをしないことが河川管理者の管理の瑕疵にあたるといいうるためには、それ相当の特段の理由が存しなければならない」と述べています。

つまり、「それ相当の特段の理由」が存する場合には、改修工事を「実施しなければならず、それをしないことが」瑕疵にあたる場合があると言っているのですから、計画を変更しただけでは免責されないという趣旨でしょう。

また、判決書p10には、「いずれもそれをもつて当然に本件未改修部分についても当初の予定を繰り上げてシヨート・カツト工事と同時に、又はこれに引き続いて 改修工事を施行すべきことが要求され、これを行わないことが管理の瑕疵にあたるものとするには足りないといわなければならない。」と述べており、当初の予定を変更するなどして改修工事を施行しないと瑕疵にあたる場合がある、と言っているのですから、計画を変更しただけでは免責されないという趣旨でしょう。

河川管理者に厳しい判示のように見えますが、特段の事情の発生時期と水害発生時期が近い場合には、時間的不可抗力を緩く認めるなら、河川管理者側が責任を負う場合は増えません。

ちなみに、大東水害訴訟の差戻し控訴審である大阪高裁は、「本件において、更に河川管理者の管理に瑕疵があったというためには、谷田川全体の改修計画中の本件未改修部分の改修工事を他に先がけて実施すべき必要など特段の事由があり、その実施が可能であったのに、河川管理者が裁量を誤り河川工事の実施を怠ったという場合以外には考えられないところである。」(判例時報1229号p81)と述べており、特段の事由が発生したら、河川管理者は河川工事を実施する必要があると言っています。つまり、改修計画を変更しただけでは免責されないということです。

●特段の事情が発生したら河川管理者がなすべきことは何か

特段の事情が発生したら河川管理者がなすべきことは何か、つまり、河川管理者は、何をしないと瑕疵ありと判断されてしまうのか、という問題の解答は、判決書から明確には読み取れないと思います。

判決書のp8とp10の記述からは、改修工事を他に先駆けて実施しないと、つまり、一般的には計画堤防を完成させないと、瑕疵ありと判断されてしまうように読めますが、p10には次のような記述もあります。

前記先行投資事業として行われたシヨート・カツト工事の結果、本件未改修部分における水害発生の危険性がそのために特に著しく増大し、これを放置することが河川管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認することができないと認められるような特段の事情が生ずる場合には、河川管理者として当然にこれに対する対応措置を講ずべきであつて

したがって、河川管理者は、特段の事情が生ずる場合には、水害の未然防止のための何らかの「対応措置」を講ずればよいのであって、危険性が増大した箇所で改修工事を実施すること、即ち、堤防整備が必要な区間では計画堤防を完成させることまでは求めていないようにも読めます。

しかし、判決書p11では、「d川の前記改修計画で予定された 時期よりも特に早い時期に他に優先して同箇所を改修すべき特段の事情があるとするに足りるほどの状況にあつたとは認められない可能性がなくはないのである」と述べていることから、つまり「改修すべき」と述べていることから、「対応措置」とは、臨時的な応急措置ではなく、改修工事のことだと解すべきだと思います。

ちなみに、若宮戸地区での溢水で、河川管理者の応急措置である土のう積みがずさんだったために、水害防御機能を果たさなかったことの瑕疵を問う場合は、改修計画の合理性とは関係のない話であり(河畔砂丘が削平されたことは計画の問題です。)、その場合の瑕疵の有無は、河川が「是認しうる安全性」を備えるための措置を実施したと認められるかを、上記【瑕疵判断の基準】を適用して判断すべきだと思います。仮堤防の安全性に関する加治川水害訴訟最高裁判決(1985年3月28日)も同旨と思われます。

●他にも舌足らずで意味不明な箇所がある

判決書の要旨には、第2文(下記に再掲)にも舌足らずで意味不明な箇所があります。

【瑕疵判断の基準】
以上説示したところを総合すると、我が国における治水事業の進展等により前示のような河川管理の特質に由来する財政的、技術的及び社会的諸制約が解消した段階においてはともかく、これらの諸制約によつて(河川がーー引用者補足)いまだ通常予測される災害に対応する安全性を備えるに至つていない現段階においては、当該河川の管理についての瑕疵の有無は、(当該河川がーー引用者補足)過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、前記諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであると解するのが相当である。

「いまだ通常予測される災害に対応する安全性を備える」に対応する主語が見当たりません。

「河川がいまだ通常予測される災害に対応する安全性を備える」と書くべきだと思います。

そうでないと、次の行の「当該河川」も成り立ちません。

また、末尾の方の「是認しうる安全性を備えている」の主語も見当たりません。

この主語も「河川」という営造物のはずであり、「瑕疵の有無は、」の次に「河川が、」を加えないと日本語になっていないと思います。

判決文は悪文かもしれないが正確だ、という話を聞きますが、ウソだと思います。

ちなみに、大東水害判決の差戻し審の大阪高裁判決(1987年4月10日)は、正当にも、「結び」において、「河川管理における瑕疵の有無は、前示のとおり当該河川が諸般の事情よりみて河川管理の一般水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えているか否かの観点から判断されるべきものである」(判例時報1229号p84)と述べ、「是認しうる安全性を備えている」の主語が「当該河川が」であることを明記しています。

●新川水害訴訟控訴審判決で混乱が見られる

大東水害判決の以上のような不完全な日本語は、後の世を混乱させています。

新川水害訴訟控訴審判決(2010年8月31日)は結論部分(p77)で、次のように判示します。

新川については、新川洗堰を完全に閉鎖するまでの整備をその管理者である愛知県知事に委任した全体計画及び上記暫定計画の策定状況やこれらに基づく新川の改修工事が諸制約の中で進捗していたことを総合すると、本件計画は、河川管理の一般水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていたものというべきであり、全体として格別不合理なものとは認められない。

名古屋高裁は、「是認し得る安全性を備えていた」の主語を「本件計画」だとしています。

「本件計画は安全性を備えていた」で意味が分かりますか、皆さん。

「本件計画は」を「本件計画及びその実施の状況は」に置き換えたとしても、同様に意味が分かりません。

「計画」とは、「将来実現しようとする目標と,この目標に到達するための主要な手段または段階とを組合せたもの。目標の達成時点や目標の内容が明確にされていること,また目標を最も能率的に達成する手段が選ばれていることが計画の重要な特性をなす。」(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説)、つまり、計画とは、紙に書かれた、あるいは電子媒体に記録された観念(人間の意識)ないしは情報にすぎないのであり、実体のないものです。

「公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつた」(国家賠償法第2条第1項)か否かを実体の伴わない、河川管理者がどうする「つもり」だったか、という「観念」で判断する解釈は、条文の文言からかけ離れており、これが最高裁判決の趣旨だとすれば、裁判所による立法と言えましょう。

「本件計画は」を「本件計画及びその実施の状況は」に置き換えれば、「実施の状況」を見ることで、工事の内容、場所及び時期が具体的に分かるので、瑕疵判断の対象が多少は実体を伴いますが、「計画」という名の「方針」がどのように具現化されてきたかを認識することができるだけであり、水害が発生した箇所の危険性を直接検討するものではありませんから、計画を瑕疵判断の対象にしていることに変わりはありません。

「安全性を備えていた」の主語は、営造物である「河川」でないと、条文の文言から乖離する不当な解釈になると思います。

●差戻し審大阪高裁も混乱している

大東水害判決の差戻し審である大阪高裁も、次のように述べています。

河川管理における瑕疵の有無は、前示のとおり当該河川が諸般の事情よりみて河川管理の一般水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えているか否かの観点から判断されるべきものであるところ、前記認定の事実関係の下においては、谷田川の河川管理は、合理的、整合的であって、前記過渡的安全性を備えていたということができ、行政計画の策定及び実施において非難に値する違法不当性は認められない。(判例時報1229号p84)

前半では、「是認しうる安全性を備えている」の主語が、正当にも、「当該河川が」と書かれており理解できる文章ですが、後半になると、「前記過渡的安全性を備えていた」の主語が「河川管理は」になっていて理解できません。

「河川管理は安全性を備えていた。」では理解できません。

ここで「河川管理」とは、「合理的、整合的であって」と続くこと及び末尾に「行政計画の策定及び実施において非難に値する違法不当性は認められない。」と書かれていることから、「改修計画及びその実施の状況」のことだと思われます。

したがって、後半は、「改修計画及びその実施の状況は、過渡的安全性を備えていた」となります。

前半の総論部分と後半の各論部分で主語が入れ替わってしまうのですから、理解しろと言われても無理があります。

●「河川の管理計画の合理性が瑕疵判断の基準となっている」と判例を理解する学説がある

やっと本論に入れます。

大東水害判決の解説として、大浜啓吉・早稲田大学政治経済学術院教授は、「行政裁判法」行政法講義2で、次のように書いています。

営造物責任が成立するためには、改修計画の内容が著しく不合理な場合、あるいは計画を繰り上げるべき特段の事情が発生した場合に限定されることになる(p473〜474)
実質的に<管理計画の合理性>が瑕疵判断の基準となっているが、管理の瑕疵を問題とする以上、個別の水害の原因や当該地域の実情等が瑕疵判断にとってはむしろ重要性が高いというべきである。(p474)

「管理の瑕疵を問題とする以上、個別の水害の原因や当該地域の実情等が瑕疵判断にとってはむしろ重要性が高いというべきである。」という部分は、そのとおりだと思いますが、自分の考えを述べたのだと思います。それはともかく、大浜は、大東水害判決は、実質的に管理計画の合理性を瑕疵判断の基準としている、と言っています。

●原告らの理解

2018年8月7日に提起された鬼怒川大水害訴訟の当事者は、大東水害判決の解釈についてどのように主張しているでしょうか。

原告らは、河川管理の瑕疵の判断基準について次のように述べます。

上記イで示した判断基準によれば,改修計画に基づいて改修中の河川の管理の瑕疵は,判断対象河川の「改修計画」が全体として格別不合理なものと認められるかどうかによることになる。 (訴状p15)


●被告の理解

被告は、準備書面(1)において、次のように述べます。

以上の判例の判断枠組みに照らすと、河川ないし水系につき回収計画が立てられていて、現に、この計画に基づき改修中の河川については、まず、当該計画自体が前記の基準によって合理的なものとして是認されるか否か(以下「基準1」という。)が問題であり、次に、この基準からして改修計画が特に不合理なものと認められないときは、その後の事情の変更によって計画の修正を加えるべきであったか否か、すなわち・・・についても検討すべきであり(p39)
「鬼怒川は、・・・「現に改修中の河川」に該当する。したがって、本件は、・・・基準1及び基準2に従い、鬼怒川の管理の瑕疵があるか否かを検討することになる。」p40

ここで、「基準1及び基準2」とは、下に引用する判決文のうちの「そして、既に改修計画が定められ」以下に書かれた基準のことです。

つまり、改修計画が格別に不合理か、その後発生した特段の事情に対応する行動を国がとったか、だけを検討すればいい、ということです。

ただし、国が「この基準からして改修計画が特に不合理なものと認められないときは、その後の事情の変更によって計画の修正を加えるべきであったか否か、すなわち・・・についても検討すべきであり」(p39)と述べ、事情の変更に対応する「計画の修正」をすれば、それだけで免責されるかのように言うのは、おそらく誤った解釈です。

最高裁は、その後の事情の変更があった場合には、「改修工事を施行すべきことが要求され」(判決書p10)と述べているからです。

●訴訟当事者の意見は一致している

以上見てきたように、訴訟当事者は鬼怒川の管理の瑕疵を、原則として「改修計画の格別不合理性」で判断するとする点で完全に一致しています。

そして、判例についてのそうした理解は、通説かどうかは知りませんが、著名な学者の見解とも一致するということです。(続く)

(文責:事務局)
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