八ツ場ダムは栃木県に著しい利益をもたらすか

2010年11月20日,2010年11月23日追記

●栃木県知事が八ツ場ダムは重要と発言

2010年10月26日付け下野新聞は、次のように報じています。

http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/local/news/20101025/403717
「本体着工、早期決断を」福田知事ら6都県知事が八ツ場ダム視察

八ツ場ダム(群馬県長野原町)に事業費を負担している本県の福田富一知事をはじめ、流域の1都5県の知事らが25日、建設の推進に向けて予定地を視察。記者会見で「国土交通大臣は、中止宣言により地元が疲弊している状況を理解し、本体工事の着工を速やかに決断すること」などを求めた共同宣言を発表した。

(中略) 地元住民を交えた意見交換も実施。福田知事は「(国は)予断なく検証するといいながら、本体工事の中止撤回をせず矛盾している。八ツ場ダムは本県の治水安全上、重要で、計画通り完成を目指し、各県の知事と取り組みたい」と語った。 (後略)

福田知事は「八ツ場ダムは本県の治水安全上、重要」であると言っています。

●八ツ場ダムはなぜ栃木県に必要か

2010年11月8日付け下野新聞には、「そもそも利根川から離れた本県が、なぜ八ツ場ダムに10億4千万円も負担するのか疑問に思う人は多い。」と書かれています。

2010年10月1日付け下野新聞には次のように書かれています。

八ツ場ダムについては、利根川の想定はんらん区域に足利市、佐野市、栃木市(旧藤岡町)が含まれ、「八ツ場ダムは洪水被害を軽減し本県も多大な恩恵を受ける」などと(*被告=栃木県知事は)反論している。(*は引用者の注記)

しかし、1981年に決めた「利根川の想定はんらん区域」の根拠は明らかではなく、私たちが起こしている3ダム訴訟の中でも明確な根拠は示されませんでした。

●なぜ栃木県は八ツ場ダムの建設費を負担すべきでないのか

ここで是非とも抑えておいていただきたいことがあります。

一つは、利根川は本県を貫流していないし、本県に接してもいないということです。利根川は、栃木県から最も近いところでも、約5kmは離れています。

二つには、利根川の洪水が栃木県を襲ったことは、これまでに一度もないということです。既往最大の洪水であるカスリーン台風の再来に備えるのが、利根川の治水計画ですが、旧藤岡町は渡良瀬遊水地の堤防決壊で浸水したのであり、利根川の水に浸かったのではありません。

三つには、利根川の浸水想定区域図は二つあり、1981年に作成された図では、足利市、佐野市、旧藤岡町が含まれていましたが、2005年に公表された図では、足利市と佐野市が浸水想定区域に入っていないということです。当初の浸水想定区域図が誤りであったのなら、それに基づいて決められた八ツ場ダムの各都県の負担割合も誤りであるということです。

四つには、利根川の治水計画の基礎となったカスリーン台風時の最大流量が過大に積算されているということです。

五つには、カスリーン台風が再来した場合、八ツ場ダムの治水効果がゼロであることは、国(国土交通省)自身が認めていることです。したがって、カスリーン台風が再来した場合、八ツ場ダムがあっても、流域都県に同ダムによる恩恵がなく、まして利根川に接してもいない栃木県にとって全く恩恵がありません。

これまで利根川の水が栃木県に来たことはないのに、福田知事は、「八ツ場ダムは本県の治水安全上、重要」と言い、10億4,000万円もの血税を国に支払い続けようとしています。その法的根拠はどこにあるのでしょうか。

●八ツ場ダム治水負担金の根拠は河川法第63条

河川法第60条第1項には、次のように書かれています。

(一級河川の管理に要する費用の都道府県の負担)
第六十条
都道府県は、その区域内における一級河川の管理に要する費用(指定区間内における管理で第九条第二項の規定により都道府県知事が行うものとされたものに係る費用を除く。)については、政令で定めるところにより、改良工事のうち政令で定める大規模な工事(次項において「大規模改良工事」という。)に要する費用にあつてはその十分の三を、その他の改良工事に要する費用にあつてはその三分の一を、公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法 (昭和二十六年法律第九十七号)の規定の適用を受ける災害復旧事業に要する費用にあつてはその十分の四・五を、改良工事及び修繕以外の河川工事に要する費用にあつてはその二分の一を負担する。

要するに、都道府県は、その区域内における一級河川の管理に要する費用の一部を負担すると書いてあります。八ツ場ダムで言えば、その建設費のうち、治水に係る費用の30%を、ダム建設予定地がある群馬県が負担するということです。他の都県は負担しません。これが原則です。

ところが、河川法第63条第1項には、次のように書かれています。

(他の都府県の費用の負担)
第六十三条
 国土交通大臣が行なう河川の管理により、第六十条第一項の規定により当該管理に要する費用の一部を負担する都府県以外の都府県が著しく利益を受ける場合においては、国土交通大臣は、その受益の限度において、同項の規定により当該都府県が負担すべき費用の一部を当該利益を受ける都府県に負担させることができる。

つまり、八ツ場ダムで言えば、埼玉県や東京都は、同ダムによって「著しく利益を受ける場合においては」、「その受益の限度において」、群馬県が負担すべき費用の一部を負担させられるということです。

河川法が、単に「利益を受ける」ではなく、「著しく利益を受ける」と規定していることに注目してください。

福田知事は「八ツ場ダムは本県の治水安全上、重要」であると言っていますが、同ダムによって栃木県が「著しく利益を受ける」のでなければ、栃木県は同ダムの建設費用を負担する必要がないのです。

栃木県から5km以上も離れた利根川の上流にダムを造って、栃木県が「著しく利益を受ける」ことがあるのかが問題です。

●訴訟ではどう争ったか

私たちは、上記の点について3ダム訴訟で次のように争いました。

2005年9月8日付けの準備書面3において、原告らは、被告に対して、いくつかの釈明を求めました。

八ツ場ダムの治水負担金については、次のように述べました。

2 中略
(河川法第63条第1項による)負担は、(1)「著しい利益」を受ける場合に、(2)「その受益の限度」において認められるに過ぎない。従って、この要件を欠く費用負担は違法である。

3
河川は上流から河口に至るまで連続した一の水系を成し、その管理も水系を一貫して行なわれるべきものであるので、ある都府県の区域内における河川の管理により、他の都府県が多かれ少なかれ利益を受けるのは当然予想されるところであり、多少とも利益があれば常に本条の負担金を課することとするのは、本法において河川の管理のための費用負担の体系を定めた趣旨に反するものであるから、この「著しい利益」とは、他の都府県が一般的に受ける利益を超える特別の利益でなければならない(大成出版社・河川法研究会編著「河川法解説」第1版325〜326ページ)。

4
原告らは、訴状でも指摘したとおり、八ツ場ダムの八斗島地点における基本高水流量は、合理的根拠に基づかず、過大であり、八ツ場(ダム)は不要であると考えるものである(訴状18〜22ページ)が、その点を一先ずおくとしても、利根川本川は栃木県の県境から最も近い地点でも5kmも離れた地点を流れているのであるから、栃木県が、八ツ場ダムによって治水上の利益を受けることなどあり得ない。ましてや、「著しい利益」を受けることなど考えられない。

5
ところが、栃木県は、国土交通大臣の「著しい利益」を受けている、その「受益の限度」は9億円であるとの意見に従って、その費用負担に応じているのである。

6
よって、以下の事項について明らかにされたい。
(1)八ツ場ダムによって、栃木県が受ける治水上の「著しい利益」とは何か具体的に明らかにするとともに、その「受益の限度」が9億円であることの根拠も同様に明らかにされたい。 (2)国土交通大臣から費用負担について意見を求められた際、栃木県は、どのような検討を行ったのか明らかにされたい。

被告は、八ツ場ダムの治水費用負担の根拠について、被告第3準備書面9頁で次のように説明していました。

(2)治水費用負担の根拠
河川法63条1項は、「国土交通大臣が行なう河川の管理により、60条1項の規定により当該管理によする費用の一部を負担する都府県以外の都府県が著しく利益を受ける場合においては、国土交通大臣は、その受益の限度において、同項の規定により当該都府県が負担すべき費用の一部を当該利益を受ける都府県に負担させることができる」と規定しており、八ツ場ダムについては、その建設により栃木県の足利市、佐野市、藤岡町の各一部が治水上の利益を受けることから、建設大臣(国土交通大臣)は、栃木県知事に対し、八ツ場ダム建設事業に係る治水費用の負担を求めてきたものであり、これが八ツ場ダム建設事業に係る治水負担の根拠である。

被告は、「八ツ場ダムについては、その建設により栃木県の足利市、佐野市、藤岡町の各一部が治水上の利益を受ける」と書いています。八ツ場ダムによって栃木県が利益を受ける確率は非常に小さいことを被告も認識しているので、被告は「著しく利益を受ける」とは、書けなかったのだと思います。

仮に、「八ツ場ダムについては、その建設により栃木県の足利市、佐野市、藤岡町の各一部が治水上の利益を受ける」のだとしても、「著しく利益を受ける」のではないことは被告が認めているのですから、国土交通大臣は、栃木県に費用を負担させることはできないのです。にもかかわらず、栃木県が八ツ場ダムの治水費用を負担することは違法な公金の支出となります。

●「無駄遣いの立証は納税者がやれ」

ところで被告は、第5準備書面(2006年5月16日)4頁で次のように書いています。

ところで、被告第4準備書面の第1の第6項に述べたとおり、ある都府県が河川法63条1項にいう著しい利益を受けるかどうか、これを受けるとした場合に、その受益の限度におけるものとしてどの程度の負担をさせるかを判断し、決定する権限は国土交通大臣にあり、その際国土交通大臣は同条第2項に規定する関係都府県知事の意見に拘束されるものでなく、したがって、被告が同項の規定に基づく国土交通大臣の意見照会に対し異議がない旨の回答をしたことは、財務会計上の行為に当たらないことはもとより、その原因行為にも当たらないものである。

原告らが、上記の点につき見解を異にし、国の専権に属する八ツ場ダム建設事業について、これが栃木県の区域内における洪水被害の軽減に寄与するものとして計画されているという事実(被告第4準備書面の第1の第3、5項)のみならず、当該計画において「想定氾濫区域」を国がどういう前提条件で想定したか、氾濫の程度、被害の程度等を国がどのように想定したかというようなことまでもが、治水負担金支出の適法性を左右するというのであれば、原告らにおいて、必要と考える事実関係を主張し、立証すべきなのであり、被告が釈明を求められる筋合いのものではないというべきである。

要するに、国から10.4億円を負担してくれと言われて「異議なし」と知事が回答しても、知事は住民訴訟で責任を問われることはない、また、どのような水害を想定して負担金の額を決めたかが支出の違法性を左右すると納税者が考えるのであれば、事実関係は納税者が証明しろと言っています。

栃木県が10.4億円を負担することを決めても、知事はその理由を説明する必要がないということです。

知事にこういう知恵を付けているのは、谷田容一、白井裕己、船田録平、平野浩視の各弁護士です。

●言葉の上での矛盾は解消された

福田知事は「(国は)予断なく検証するといいながら、本体工事の中止撤回をせず矛盾している。」と言いましたが、馬淵澄夫国土交通大臣が6日の大沢正明群馬県知事らとの懇談会で、八ツ場ダムについて、「予断を持たずに検証を進める」、「私が大臣のうちは「中止の方向性」という言葉に言及しない。」と述べたことにより、言葉の上では矛盾が解消されました。

ただし、「予断を持たずに検証を進める」と言うのなら、結論が出るまで事業を凍結すべきです。ダム本体工事以外の事業を進め、関係都県から負担金を徴収しながら、「予断を持たずに検証を進める」ことができるとは思えません。

また、検証の基準も「コスト重視」は結構ですが、そのコストとは、これから支出するコストに限るというのですから、事業推進に著しく有利になります。

民主党政権は、推進の方向で検証を進めているわけで、言っていることとやっていることが違うという問題は残りますが、言葉の上での矛盾は馬淵発言で解消しました。

●環境アセスメントは事業推進を前提とした評価ではないのか

馬淵大臣が中止を撤回したことにより、言葉の上での矛盾は解消されたのですが、一方、福田知事自身の抱える矛盾は解消されたのでしょうか。

八ツ場ダム、南摩ダム、湯西川ダムについて、これまで環境アセスメントが実施されてきましたが、最初から建設を前提とした、事業主体による影響評価であり、「環境アセスメント」は「環境アワスメント」であると皮肉られてきました。

福田知事は、ダム事業に係る環境アセスメントについて、建設推進の 方向での影響評価は矛盾をはらんでいると批判してきたでしょうか。また、これから批判するつもりでしょうか。

推進の方向でのアセスメントは批判せず、中止の方向での検証を批判するのは矛盾であり、ご都合主義ではないでしょうか。

●生物多様性とちぎ戦略はどうなった

栃木県のホームページの生物多様性とちぎ戦略の策定及び「生物多様性とちぎ戦略(仮称)」素案に対するパブリックコメント(県民意見の募集)の実施結果についてには、次のように書かれています。

近年、開発や乱獲、生活様式の変化などによる里地里山の荒廃や外来種による地域の生態系の攪乱、さらには地球温暖化による影響など、豊かな自然と生物多様性に及ぼす影響が懸念される状況が進行しています。

このため、県では、生物多様性に関する基本理念や目標を示し、県民とはじめとする様々な主体と協働して、地域からの取組の更なる推進を図るため、「生物多様性とちぎ戦略」を策定しました。

ダムが生物の多様性を阻害することは明白でしょう。生物の多様性を尊重すると言いながら、八ツ場ダム、南摩ダム、湯西川ダムの推進を唱えるのは矛盾ではないでしょうか。

●なぜ今ごろ現地視察なのか

2009年10月19日に八ツ場ダムの事業費を負担する東京都、茨城県、群馬県、埼玉県、千葉県、栃木県の1都5県知事が八ツ場ダム建設予定地を視察しました。

栃木県の福田知事が八ツ場ダムの建設予定地を視察するのは、去年が初めてのはずです。もし、初めてでないとすれば、新聞が報道すると思いますが、それまでにそのような報道は目にしていなかったからです。

足利市、佐野市、藤岡町に「著しく」恩恵をもたらし、その建設のために10.4億円も栃木県が負担する八ツ場ダムであるのならば、なぜもっと早く視察に行かなかったのでしょうか。

重要だが見にも行かない。栃木県に「著しく」恩恵をもたらしてくれるダムによる水没予定地の長野原町住民にこれまで会って協力を求めてもいなかった。矛盾していませんか。

●財政健全化や費用対効果はどうなった

南摩ダムの付け替え県道工事は凍結すべきだ(その3)に書いたように、福田知事は、「費用対効果を考える」と言っています。

また、「ゼロベースの視点に立って、聖域なく事業の廃止や見直しを図るとともに、事業の徹底した選択と集中に取り組んでいかなければならないと考えています。」(2008年7月23日定例記者会見)、「本県も財政再生団体に転落しかねない状況にあります」(同)、「ゼロベースの視点に立ち、事業の徹底した選択と集中、そして効率化に取り組んでまいります。」(同年8月26日定例記者会見)とも言っています。

県財政はつぶれかかっている、事業の徹底した選択と集中、効率化に取り組む、費用対効果を考えると言いながら、他県を流れる川のダムの建設費を10.4億円も負担するのは矛盾していないでしょうか。

10.4億円も投資するなら、渡良瀬川の水害防止に投資するのが先ではないでしょうか。

●ダムの負担金の支出の差止めはできないはずではないのか

私たちは、2004年に、栃木県が必要も効果もないダムの負担金を出すのはけしからんという趣旨で3ダム訴訟を提起しました。

これに対し、被告栃木県知事は何と言っていたか。2005年9月1日被告第3準備書面24頁で次のように述べています。

次に、治水負担金支出に係る請求・・・についてみると、治水負担金支払義務も、・・・河川法63条1項、同法60条1項、同法施行令36条、36条の2(八ツ場ダム建設事業関係)及びこれらの規定に基づく所定の手続を経た国土交通大臣の賦課行為によって、県の意思とはかかわりなしに発生するものである。
当該事業が法的には不存在であるというならばともかく、現に行なわれている事業に関し、・・・河川法の規定により法律上発生する費用負担義務を履行することについて、その履行をなすことそのものを違法とみる余地がない

ところが、八ツ場ダムの建設費を負担している「6都県はダム建設関連の今年度の負担金計88億円について、国が早期にダムの検証を終えることを条件に、支払を留保」(2010年10月26日朝日)しています。

治水負担金は、「県の意思とはかかわりなしに発生する」から、支払を違法とみる余地がない、したがって、住民が止める方法がない、と言いながら、前原前国土交通大臣が中止の方向で見直すと言ったのはけしからんとばかりに6都県は支払を留保したのです。

上記準備書面で福田知事は、国土交通大臣が賦課した負担金の支払を違法とみる余地があるのは、「当該事業が法的には不存在である」場合、及び事業が現に行なわれていない場合だと言っています。

ところが八ツ場ダムは、現に事業が行われています。本体工事を除いた周辺の整備事業は進んでいます。本体工事は429億円で、総事業費4,600億円の約9%にすぎません(2008年4月18日毎日新聞)。私たちは、総事業費は8,800億円だと主張していますから、ダム本体工事費は約5%です。これだけ進んでいる事業が「法的には不存在」とは言えません。

したがって、栃木県の負担金支払義務は県の意思とはかかわりなく発生するものであり、八ツ場ダムの治水負担金の支払を違法とみる余地はないから、住民が差し止める方法がないと言いながら、知事自らが、国土交通大臣の賦課行為がけしからんと思えば支払を留保できる、という理屈は、ご都合主義ではないのでしょうか。

負担金支払義務などというものは、知事がその気になれば支払を留保できるものなのですから、住民が差止めを求めることができるものでもあるはずです。住民が差止めを求めることができないという理論は、知事たちの支払留保という行動によって破たんしたのです。

●石原都知事の論理のすり替え

ちなみに、負担金の支払留保については、石原都知事が論理のすり替えをやっています。

「ダム事業負担金については、東京都の石原慎太郎知事が八日に「ダムの恩恵にあずかることがはっきりしない限り、金は出さない」と述べ、支払い留保の解除は「ダム建設」が条件と強調。」(2010年11月11日東京新聞)しています。

石原知事が「ダムの恩恵にあずかることがはっきりしない限り、金は出さない」と述べたことは極めて正しいと思います。だったら、支払留保の解除条件は「ダムの恩恵にあずかることがはっきりすること」であるはずです。ダムを建設することと、「ダムの恩恵にあずかることがはっきりすること」は別のことです。ダムを建設すれば恩恵にあずかれるのであれば、ダムの費用対効果を検証する必要はなくなります。

確かに、「ダムの恩恵にあずかる」ためにはダムを建設することが必要条件ですが、十分条件ではありません。

「ダムの恩恵にあずかることがはっきりしない限り、金は出さない」と言いながら、ダムさえ建設すれば金を出すという理屈はすり替えです。

●月尾嘉男氏の詭弁

ちなみに最近聞いた詭弁といえば、東京大学名誉教授で工学博士の月尾嘉男氏が11月18日の朝のラジオ番組で、日本にある約3,000のダムのすべての貯水量を足しても、アメリカのフーバーダム1基の貯水量の半分程度しかないと発言し、日本にダムが不足しているかのような印象を与えていました。

フーバーダムについてWikipediaは、「型式は重力式アーチダム、高さ221m、長さ379mで、ダム湖はミード湖と呼ばれ、貯水量は約400億トン。日本には約2,500基のダムがあるが、それらの貯水量の合計は250億トン程度である。」と解説しています。

国土交通省のホームページ(水資源の開発)にも、「わが国は、国土面積が小さいこと、河川の距離が短く勾配が急であることなどから、巨大な貯水池の建設は困難な条件におかれています。そのため、これまでに 多くのダムが建設されましたが、わが国のダムの全ての貯水量を合計してもアメリカのフーバーダム1つの貯水量よりも小さく、エジプトのアスワンハイダムの 貯水量の2割にも及びません。」と書いてあり、月尾氏の発言は、この受け売りのような気がします。

アメリカ人が生きていくためにフーバーダムのような巨大ダムが必要不可欠なものかが必ずしも明らかではありませんし、仮にアメリカにとって必要だとしても、人口規模も降水量等の気候条件も異なる日本で、ダムに水をためることがそれほど必要なことかどうかは検証を要します。

そうした諸条件を無視して、単純にダムの貯水量だけを比較してみせて、日本にはもっとダムがたくさんあってもおかしくないという印象を与えるのは、詭弁と言うべきでしょう。

●福田知事は思川開発事業については検証すべきと言っている

南摩ダムのこのごろで紹介したように、福田知事は、2009年8月25日の定例記者会見において、思川開発事業については、「「下流県の水需要を確認した上で、もう一度推進か中止かを含めて検証するべきだ」との考えを示し」(2009年08月26日下野新聞)ました。

福田知事は、栃木県内のダムについてさえ、検証が必要だと言っているということです。

それなのに、なぜ、群馬県に建設が計画されていて、ダムの本県への効果が明らかでない八ツ場ダムについて「推進」を断言できるのでしょうか。矛盾していませんか。

それに福田知事は、「八ツ場ダムも南摩ダムも水需要を再度確認した上で(ダムの必要性について)国民に説明責任を果たすべきだ」(2009年08月26日下野新聞)とも発言しています。水需要を再確認すべきことを述べていますが、八ツ場ダムも南摩ダムも多目的ダムである以上、利水の必要性に疑問があるなら、一旦凍結するのが筋です。

要するに福田知事は、八ツ場ダムについて、本県にとって治水上重要だから早く造れ、と言いながら、利水上の必要性を再検証する必要があると言っているのです。矛盾していませんか。

福田知事は、民主党政権の矛盾を指摘する前に、自分自身の矛盾を解消して、県民に分かりやすく説明してほしいと思います。

●まとめ(2010年11月23日追記)

河川法第63条第1項によれば、八ツ場ダムについては、栃木県が「著しく」利益を受ける場合には、群馬県が負担すべき治水負担金の一部を、栃木県が「受益の限度において」負担させられることがあるということです。

「著しく利益を受ける場合」とは、単にダムの下流に位置することによって受ける一般的な利益を超えた特別の利益を受ける場合であると解釈されています。

利根川は栃木県に接してさえおらず、利根川の洪水が栃木県を襲ったことは一度もありません。福田富一・栃木県知事も、裁判において、栃木県が八ツ場ダムから「著しく」利益を受けるとは述べていません(2005年9月1日付け被告第3準備書面9頁)。

栃木県が八ツ場ダムから「著しく」利益を受けないのですから、栃木県が同ダムの負担金を支払う法的根拠はありません。

それでも栃木県が負担金を支払うという違法がまかりとおってよいのでしょうか。

(文責:事務局)
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