原告側はL21kの堤防天端の盛り土の高さが「10cm程度以上」だったと主張した(鬼怒川大水害)その1

2022-07-06

●今回記事の結論

今回記事の結論は、鬼怒川大水害訴訟の原告側は、2021年1月15日付けの原告ら準備書面(7)(リンク先はcall4のサイト)p14〜15にL21.00k付近の堤防について意味不明なことを書いており、そのようなことを書く理由が分からないということです。長々と検討しましたが、謎は解けません。

1年半も前のことですが、それでもやっぱり理由が分からないのです。

原告側が言いたいことは、堤防天端の舗装面の高さが計画高水位より低かったということだと思うのですが、その高さを具体的に示さないのです。

しかも、「計画高水位より低かった」と言わず、「計画高水位以下の可能性があった」という曖昧な言い方をします。

舗装面が計画高水位以下であった可能性をほのめかす程度の、もったいをつけた、定性的な言い方で攻撃になっているのかという疑問があります。

なお、L21.00kの堤防高の問題は、決壊地点の堤防の舗装面の高さは計画高水位以下だった(鬼怒川大水害)及び鬼怒川左岸21kの堤防高は計画高水位より10cm低かったことの明確な証拠があった(鬼怒川大水害)で考察したので、詳しい情報は、そちらを参照ください。

●盛り土の高さが31cmなら舗装面の高さは20.73m(計画高水位より10cm低い)になる

上記過去記事を読んでいない人のために、L21.00kの堤防天端にある盛り土の高さと被告の責任の関係について問題点を整理します。

結論から言って、L21.00kの堤防高で言うべきことは、洪水は、その水位が舗装面の高さを超えたら、堤防高に達する前に堤防を乗り越えるので、舗装面の高さこそが堤防の実力を表す高さであり、その高さが被災時に計画高水位よりも10cm以上(14cm程度だった可能性がある。)低かったのは安全性の欠如であるということなので、舗装面の高さが問題なのであって、盛り土の頂上の標高なんてどうでもいい問題のようにも思えますが、被告は、盛り土の頂上の標高を公式な堤防高として扱っているので、盛り土を無視して説明するわけにもいきません。

L21.00kの堤防天端にある盛り土の高さと被告の責任の関係を、下図(2011年度定期測量におけるL21.00kの堤防の横断図に加筆したもの)で説明します。

測量データが記入された河川横断図の左岸堤防部分であり、原告ら準備書面(7)の作成の時点では、原告側は入手していませんでした。

堤防横断図

知りたいのは舗装面の高さであり、それがY P20.73mであることが明記されています。計画高水位20.830mよりちょうど10cm低かった(2011年度時点で)ということです。

盛り土にからめて言うと、盛り土の頂上の標高が21.040mであり、これが2011年度定期測量におけるL21.00kの公式な堤防高とされているので、盛り土の高さ(堤防高マイナス舗装面の高さ)は、21.040m―20.73m=0.31mになります。

これに対し、盛り土の頂上の高さと舗装面の高さの差(盛り土の高さ)について原告側が提示した10cmという数字で考えると、舗装面の高さは、堤防高21.040m―0.1m=20.94mとなります。

これは、計画高水位20.830mより11cm高い数値であり、確かにこれでも十分に危険なのですが、「堤防高が計画高水位以下であった。」という主張でないと、決定的な主張ではありません。

つまり、L21.00k付近の堤防の盛り土の高さが31cmだったと主張することと10cmだったと主張することの違いは、舗装面の高さが計画高水位より10cm低いと主張するか、11cm高いと主張するかの違いになります。

したがって、原告側が盛り土の高さが10cmだったと主張することは、自らに不利益な主張をしていることになります。(原告側は、「10cm」ではなく「10cm程度以上」と主張するのですが、「10cm」という数字を出した以上、「以上」としたことに意味があるとは思えません。)

【被災時点で考えると舗装面は計画高水位マイナス14cm】

ところで、舗装面の高さが20.73mという値は、2011年度時点のものです。

2015年9月の被災時のL21.00kの堤防の舗装面の高さを推測すると、隣の距離標地点であるL20.75kの堤防高の2011年度から2015年度への変化量(マイナス0.04m)と同じだけ沈下したと考えると、20.69m(計画高水位マイナス14cm)だったと考えられます。

被災時において、破堤区間に係る堤防の舗装面の高さが計画高水位より14cm低かったという事実は、被告を苦しい立場に追い込む事実だと思います。

なぜなら、氾濫域に人家がない場合は別として、「堤防天端の舗装面が計画高水位より14cm低かったとしても危険ではなかった」と言える河川管理者はいないと思うからです。

破堤区間に係る堤防の舗装面の高さが計画高水位より14cm低かったという事実は、「上記のような異例な降雨に対しても対応できるような改修を要する緊急性が存在したことを認めるに足りる事情は見当たらない。」(被告準備書面(1)p50)という被告の主張が破綻していることの証拠だと考えます。

被告が「異例な降雨に対しても対応できるような」という限定をしていることについて言えば、すり替えの論理が使われています。

異例な降雨があれば異例な洪水が起きるとは限りません。

降雨確率と流量確率は1:1で対応していません。

100年確率の降雨が発生すれば、100年確率の洪水が発生するわけではないのですが、そのことを理解している人は少ないと思います。

一般市民は、100年確率の豪雨が発生したと聞いたら、100年確率の流量の洪水が発生したと錯覚するでしょう。

被告はそうした錯覚を利用して世論を誘導しようとします。

鬼怒川での「流域平均3日雨量は、501mm(年超過確率約1/110注1)を記録し、これまでの最多雨量を記録した。」(「『平成27年9月関東・東北豪雨』に係る洪水被害及び復旧状況等について」(2017年4月1日)p3)と書かれています(ただし、「注1」が意味するものは不明です。)。

ところが、不当にも、この資料に洪水の流量で見た年超過確率は記載されていません。(降雨の年超過確率約1/110なら、洪水の流量の年超過確率も同じだろうという素人の誤解を利用して、不可抗力を演出する作戦でしょう。)

洪水の年超過確率は、よほど探さないと見つかりません。

「基準地点石井における目標流量6,600m3/sは、年超過確率で評価すると約1/45となる。」(「利根川水系鬼怒川河川整備計画(原案)補足説明」(2015年12月24日)p19)とされており、石井地点での目標流量は2015年9月洪水の実績流量です(根拠は同頁)から、2015年9月洪水の流量の年超過確率は約1/45なので、防御不能とか想定外と言える規模ではありません。

開示された2015年9月洪水の痕跡水位(乙7)が正しいとしても、L21.00kでの痕跡水位は21.04mなので計画高水位プラス21cmで、計画堤防高マイナス1.29mですから、防御不能の大洪水とは言えないはずです。

鬼怒川のような大河川で、しかも破堤すれば大水害となる地域で堤防の高さを計画高水位+30cmとか50cmとしておくことは、当然の河川管理です。

被告は、「上記のような異例な降雨に対しても対応できるような改修を要する緊急性が存在したことを認めるに足りる事情は見当たらない。」(被告準備書面(1)p50)と言います。

確かに、「異例な降雨」が発生したとは言えるものの、備えることが現実的に不可能な規模の大洪水が発生したとは言えないので、「洪水の規模があまりにも大きく、対応できるような改修はそもそも不可能であった」と言わんばかりの主張は成り立ちません。

上記のとおり、被災時にL21.00k付近の堤防の舗装面の高さは、計画高水位マイナス14cmだった可能性が濃厚だったのであり、これを計画高水位プラス30cmにしておけば、破堤しなかったと思われ、そうしておくことは現実的に可能でした。

ちなみに、L21.00kでの痕跡水位が21.04mだったとすると、そして、被災時の舗装面の高さが計画高水位マイナス14cm(20.830m―0.14m=20.69m)だったとすると、越流水深は21.04m―20.69m=0.35mとなる計算です。

【「なお、出水時の越流水深は痕跡水位と堤防高から推定すると約 20cm となる。」は意味不明】

ちなみに、鬼怒川堤防調査委員会報告書p2−14「なお、出水時の越流水深は痕跡水位と堤防高から推定すると約 20cm となる。」という記述は意味不明です。

ここでの「堤防高」がどの地点の堤防高なのか及びその高さが何mなのかが明記されていません。

L21.00kの痕跡水位は21.04mとされているので、越流水深20cmから逆算すると「堤防高」は20.84m程度になります。

L21.00kの「堤防高」が被災時に20.84mとすることは、2011年度の同地点の堤防高が21.040mであったとする公式見解と矛盾するので、上記報告書はL21.00kの「堤防高」のことを言っているのではありません。

では、越水開始地点の21.00kの下流約18mの地点の堤防の話をしているのでしょうか(答弁書p24〜25参照)。

その地点(共和技術の報告書(乙17)でNo.112)の堤防なら、2005年度(測量時期は2006年初頭か)での高さが20.88mですから、謎の「堤防高」20.84mに近い(その差4cm)のですが、No.112の20.88mは、被災する9年前の高さですから、その間に2011年3月の大地震もあり、隣の距離標地点であるL20.75kでの堤防沈下量が2004年度から2015年度までの11年間で14.9cmだったことも考えると、No.112(L21.00kの約18m下流)の20.88mは、少なくとも9年間で10cm以上は沈下したと考えられるので、被災時には20.78m程度だったと考えるべきでしょう。

下図は、鬼怒川堤防調査委員会報告書p2−14のスクリーンショットです。

「推定越流水深約20cm」となる地点は、どうやら赤線で示されている地点のようです。No.111とNo.112の間の距離は40mであることが分かっているので、赤線の地点はNo.112から3m下流(L21.00kから約21m下流)の地点になると思います。

利根川合流点からの距離で言うと、No.112は20.982kなので、その3m下流は20.979kとなります。

報告書横断図

以上の検討により、被告が越流水深を推測した地点L20.979kはどうにか特定できたとしても、そこの堤防高が被災時に何mだったのか及びその根拠は謎のままです。

(文責:事務局)
フロントページへ>その他のダムへ>このページのTopへ