堤防の浸透安全性を議論するなら「詳細点検結果一覧」を使うべきだ(鬼怒川大水害)

2022-06-02

●「概略点検結果一覧」と「詳細点検結果一覧」の由来

今回は、「詳細点検結果一覧」を検討したいのですが、その由来をおさらいしておきたいと思います。

「概略点検結果一覧」と「詳細点検結果一覧」は、乙70で引用されている資料です。

乙70は、2020年4月24日に提出された被告準備書面(4)(リンク先はcall4)p21の主張を証明することを目的とします。

その主張とは、「上三坂地区について、築堤に向けた設計業務を発注し」「平成27年3月にその業務報告書を徴した」という(虚偽の)事実です。

下図は、2020年4月24日に提出された証拠説明書(5)の記述です。

証拠説明書(5)

タイトルに「H26年」とありますが誤りです。正式のタイトルに「年」はありません(過去記事「被告は破堤区間に係る築堤設計の時期と対象区間を偽っている(鬼怒川大水害)参照)。

乙70は、「H26三坂地先外築堤護岸設計業務設計報告書(株式会社建設技術研究所)」の抜粋です。

立証趣旨は、「上三坂地区において堤防整備を検討するために築堤等の設計業務を委託していたこと」です。

大ウソです。

「H26三坂地先外築堤護岸設計業務設計報告書(株式会社建設技術研究所)」に上三坂地区での築堤設計は含まれていません。

「上三坂地区において堤防整備を検討するために築堤等の設計業務を委託していたこと」の証拠は、「中三坂地先測量及び築堤設計業務報告書(2006年3月、共和技術株式会社)」(乙17は抜粋)です。

乙70で「三坂地先」とされる区間は、おおよそL21.25k〜21.65kです。破堤区間は、その区間の187m下流のL20.863k〜21.063kですから、乙70は、破堤区間とは関係がありませんし、上三坂地区(L20.50k〜21.18k)とも関係がありません。

混乱の原因は、根本的には被告の悪意にありますが、設計委託業務の名称の付け方も一因です。

名称の付け方が逆だと思います。

「中三坂地先測量及び築堤設計業務」は、中三坂地区と上三坂地区を含むのですから、「三坂地先測量及び築堤設計業務」とすればよかったし、「三坂地先外築堤護岸設計業務」は、そもそも三坂町より上流の区間に係る業務ですから、「大房地先外築堤護岸設計業務」とでもすべきだったと思います。

いずれにせよ、上三坂地区の築堤設計を2014年度に「H26三坂地先外築堤護岸設計業務設計報告書(株式会社建設技術研究所)」(乙70)で行ったという被告の主張は完全に誤りです。(原告側は反論しません。)

上三坂地区の築堤設計は、その9年前の2005年度に「中三坂地先測量及び築堤設計業務報告書(2006年3月、共和技術株式会社)」でなされていたのであり、2009年には用地取得まで完了していた(乙72の3)のです。

そんなわけで、乙70は、被告が裁判所をだますために提出した証拠ですが、そこで引用する「詳細点検結果一覧」は、浸透安全性を詳細に点検した唯一の資料だと思います。

●概略点検結果と噴砂の箇所が一致する

前回記事「概略点検結果一覧」でパイピングの危険性が指摘されていた(鬼怒川大水害)では、鬼怒川の堤防の「概略点検結果一覧」を紹介しました。

概略点検が机上点検だったとすると、その結果から鬼怒川大水害訴訟の被告の責任を議論するのは、いささか早計だったかもしれません。

しかし、前回記事で触れていないことがあるので、書いておきます。

それは、概略点検結果と噴砂の箇所が奇妙にも一致するということです。

下図は、「概略点検結果一覧」の3/13です。16k〜24kの8kmの区間です。

概要点検一覧3 gairyakuTenken.html 3

鬼怒川堤防調査委員会報告書p3−16には、次のように書かれています。

決壊区間では漏水に関する証言は得られていないものの、被災後の調査により、決壊区間の上流約 500m(左岸 21.50k)、下流約 800m(左岸 20.15k、左岸 20.27k)離れた地点の堤防法尻部で噴砂が複数箇所確認された。

つまり、次の箇所で噴砂が確認されたというのです。
L20.15k
L20.27k
L21.50k

以上の3箇所を上図の中に示したのが下図です。

L20.15kについては、D1(安全性が低い)の区間に挟まれたC(安全性がやや低い)の区間であり、当たらずと言えども遠からず程度ですが、L20.27kとL21.50kについては、ドンピシャでD1(安全性が低い)の区間に含まれます。

概略点検漏水箇所

概略点検が机上点検だとすると、上記区間における平均動水勾配が大きいこと、つまり基礎地盤でのパイピング発生の可能性が高いことに大した科学的根拠はないはずですが、なぜ実際の危険箇所と机上点検の結果がほぼ一致するのか、私の能力では分かりかねるところです。

ただし、概略点検結果では、「基礎地盤の土質」がL19.50k〜L28.25の8.75kmの区間で砂質土となっていることと関係があると言えると思います。

専門家が言うまでもなく、「堤防は堤体と基礎地盤が一体となって機能を発揮するもの」(「河川堤防の構造検討の手引き」(2002年7月、財団法人国土技術研究センター)p27)ですから、どちらかが砂質土の場合は、細心の注意を払うべきだし、ましてや、両方とも砂質土の場合は、最大限の注意を払って管理する必要があるはずです。

●破堤区間は「詳細点検結果一覧」でも危険箇所ではなかった

今回は、本命の「詳細点検結果一覧」を紹介します。

これも13ページのうち、実際の氾濫域に関係する4ページだけを掲げます。

こちらも被告は、乙70(「H26三坂地先外築堤護岸設計業務設計報告書」(2015年3月、株式会社建設技術研究所)の一部)のp3−35で3/13だけを引用しています。

結論から言って、破堤区間は危険箇所として記載されていません。破堤区間は、被災時にパイピングがあったのですが、概略点検も詳細点検もくぐり抜けたと言えます。

このことの意味については、この後検討します。

詳細点検1

詳細点検2

詳細点検3

詳細点検4

●詳細点検の特徴

概略点検と比べて、詳細点検の特徴は五つだと思います。

一つは、浸透安全性評価が実地検査されていることです。

二つは、流下能力評価がされていることです。ただし、「安全水位」の意味が分かりません。

三つは、氾濫した場合の被害額が記載されていることです。

四つは、「社会ポテンシャル」が評価されていることです。

五つは、対策優先度が記載されていることです。

●浸透安全性評価が問題となるのはL17kより上流だった

左岸6.00k付近で浸透安全性評価が最大不安定とされていますが、ここは、台地を開削した部分であり、大水害が起きない場所です。

鬼怒川―小貝川低地で浸透安全性評価が低い(パイピングについて不安定)のは、L17.00k〜18.25k及びL22.00k〜23.75kの2区間です。

被告の堤防整備の実態を見ると、20kより下流の整備が完了するまでは20kより上流の整備を実施しないという方針で進めており、2002年度河川堤防設計指針に違反しています。

なぜなら、指針には、「所要の安全性が確保されていないと判断される区間については強化を図る。」、「計画的な補強対策が必要であり、その必要性や優先度、さらには対策工法を検討する」と書かれており、脆弱な堤防は優先して対策工事を実施するというのが指針の趣旨だからです。

鬼怒川堤防詳細点検結果情報図に「対策工法等を速やかに検討し、実施にあたっては堤防背後地の状況等を考慮しつつ危険性の高い箇所から実施していく予定です。」と書かれていることも、詳細点検結果は下流原則に優先することを意味するはずです。

下流原則が優先するなら、特に脆弱な箇所を調べる必要はないはずです。

●氾濫した場合の被害額はL20k〜22kが最大だった

氾濫した場合の被害額は、L20k〜21kとL21k〜22kがそれぞれ3497億円で最大です。二番目に被害額が大きい区間はL14.75k〜16kとL16k〜17kで、それぞれ3398億円です。

常総市役所よりやや下流のL8.75k〜10.25kの被害額は2774億円です。

一連区間ごとの被害額を調査する以上は、費用対効果を考えて、被害額の大きな区間を優先するという趣旨でしょう。

そうであれば、破堤区間を含むL20k〜22kの被害額が最大なのですから、高い優先順位が与えられるべきです。

ただし、同区間は、概略点検ではパイピングの危険性が高かったのですが、詳細点検では、川裏すべり判定が「安定」と評価されたためか、「安全性不足区間」とは判定されませんでした。

●対策優先度が記載されている

「詳細点検結果一覧」には対策優先度が記載されており、つまり、一連区間における優先順位が付けられているのですから、改修工事の優先順位を争点とする原告側としては、当然、この資料を材料に議論すべきだと思いますが、現実は、そっちのけで議論されています。

●浸透性安全性が不足する区間は常総市より下流で4区間だった

結局、「詳細点検結果一覧」で浸透性安全性が不足するとされた区間で、常総市より下流にある区間は、次の4箇所でした。

L5.80〜6.7k
L17.00k〜18.25k
L22.00k〜23.75k
R18.00k〜19.00k

全ての不足区間を地図に落とし込んだのが、鬼怒川堤防詳細点検結果情報図(下図)だと思います。

上記4区間は、図面の赤い線と若干ずれていますが、そのように見て間違いないと思います。

次に、上記4区間で2015年に実際に浸透現象が起きたのかを検討します。

詳細点検情報図

●詳細点検は役に立っていない

国土交通省のサイトで2015年9月洪水の被災箇所を調べます。

検索方法を職員に教えてもらいましたので記しておきます。

国土交通省ホーム→災害・防災情報→昨年以前の災害(年次別)→台風第18号及び第17号による大雨(平成27年9月関東・東北豪雨)等に係る被害状況等について→第28報(2015年10月1日現在)台風第18号及び第17号による大雨(平成27年9月関東・東北豪雨)等に係る被害状況等について(第28報) (PDF形式:525KB)PDF形式

p15以下に鬼怒川の河川管理施設等被害が掲載されています。

常総市より下流での被害箇所は下表(カラー部分は私が加筆)のとおりです。

漏水が起きた箇所は13(破堤区間を含む。)ありましたが、詳細点検結果が的中したのは、L22.33k及びR18.00kでの漏水の2箇所だけでした。

被害箇所1

被害箇所2

ちなみに、意外なのは、L26.4kの裏法すべりと表法すべりです。

下図の青シートのかかった部分です。

鎌庭捷水路の下流端から200m上流の地点であり、捷水路と旧河道の下流側接合部でもあり、私が鉄壁と思っていた完成堤防区間です。

100m上流のL26.50kでの痕跡水位は22.43mで、2015年度堤防高(測量は10月か)は24.570mですから、痕跡水位は堤防高より2.14m低かったので、L26.4kでも、高さでは同程度の余裕があったはずですが、川表1箇所、川裏2箇所で法すべりが起きるとは意外でした。

3箇所で堤体内にパイプができてしまい、青シートはパイプの上部を塞いで、雨水が入ってパイプを拡大することを防いでいるのだと思います。

考えてみれば、L26.4kは、堤体も基礎地盤も砂質土です。ただし、「概略点検結果一覧」では、基礎地盤は粘性土となっていますが、おそらく誤りです。2014年度三坂地先外築堤護岸設計業務設計報告書p8−6以下の資料には、左岸19.50k〜28.00kの基礎地盤は砂質土であるとされていて、こちらが正しいと思います。

おまけにここは、旧河道との接合部であり、留意すべき箇所であることは常識です。概略点検でも、鎌庭捷水路の上流側接合部(L28.00k〜28.25k)は要注意箇所とされています。(不可解なことに、下流側接合部は「旧河道」の表示さえありません。)

それでも詳細点検では、この箇所の危険性を見抜けず、安全と評価したことは、技術の限界なのでしょう。

捷水路下流側接合部10 鬼怒川L26.4kでの被害箇所(グーグルアースプロ、2015-10-09撮影)

●詳細点検の的中率は低かった

詳細点検では、「浸透に対する安全性照査」として、
(1)洪水時のすべり破壊に対する安全性
(2)洪水時の基礎地盤のパイピング破壊に対する安全性
の2項目について実施されました(「河川堤防の構造検討の手引き」p46)。

ところが、以上の検討により、詳細点検による浸透安全性評価は、2015年の被害を常総市より下流で見る限り、正しいとは言えないと思います。ただし、検討はしていませんが、26kより上流では実際の被害を的中させているのかもしれません。

的中率が低い理由は分かりません。

●詳細点検の根拠は2002年度河川堤防設計指針だった

詳細点検の根拠は、「2002年度河川堤防設計指針」(2002年7月12日付け国河治第87号河川局治水課長通達。根拠:佐古俊介「河川堤防の目視モニタリング」)でした。最終改定が2007年3月となっています。

この指針は、「2000年6月に当時の建設省河川局治水課がまとめた」(「設計指針から消えた幻の堤防」浅野 祐一 日経クロステック/日経コンストラクション)2000年度河川堤防設計指針(難破堤堤防を普及する方針が書かれていた。)を廃止した指針として評判が悪い指針です。

2000年度の指針については、佐野市議会の菅原達議員が、そのダイジェスト版の「河川堤防設計指針(第3稿)」を公開しています。

2002年度の指針には、「2000年度の指針を廃止する」とは明記されていませんが、旧指針は上書き更新されたと解釈されているのだと思います。

また、2002年度の指針(最終改定は2007年3月)が今でも生きている通達なのかが気になるところですが、廃止された、あるいは新しい指針で更新されたという話も聞かないので、生きているのだと思います。

また、建設技術研究所が「2014年度三坂地先外築堤護岸設計業務設計報告書」(2015年3月)p1−11で、「使用する主な図書及び基準」の一つに「河川堤防の構造検討の手引き(改定版)」を挙げていることも、2002年度の指針が生きていることの根拠になると思います。

なぜなら、同手引きは、同指針の解説書というよりも、むしろ本体部分だと私には思われるからです。

ちなみに、浅野は、「指針第3稿で登場したものの、その消滅とともに跡形もなくなったのが「難破堤堤防」と呼ぶ越水を考慮した斬新な構造だ」と書きますが、「跡形もなくなった」と言えるのか疑問です。

なぜなら、2002年度河川堤防設計指針の解説書と思われる「河川堤防の構造検討の手引き」p72では、「浸透に対する強化方法とその特性」が一覧表で示され、そこには全面被覆工法(アーマーレビー又はフロンティア堤防(意味は同じらしい。)でしょう。)が掲げられているからです。

全面被覆工法を選択しないのは、河川管理者の責任であり、鬼怒川で難破堤堤防を築造することに障害はなかったはずです。(ただし、「河川の管理の一般水準」を考慮事項とし、行政に同情的な判例の流れからすれば、そうしなかったことが瑕疵であるとまで裁判所に言わせることは難しいとは思います。)

●常総市より下流で浸透安全性が不足する区間は被災時まで放置された

2002年度河川堤防設計指針p4には、次のように書かれています。

(4)設計のための調査
一連区間の細分、構造の検討における安全性の照査を行うために、所要の調査を実施する。
調査の内容は堤防に求められる機能や検討区間の特性等によって異なるため、河川の洪水の特性、河道特性や堤防整備区間の地形地質条件、背後地の状況等を勘案して適切な項目を設定する必要がある。

被告は、これにより「河道特性や堤防整備区間の地形地質条件、背後地の状況等を勘案して」詳細点検を行いました。

その結果、常総市より下流にある浸透安全性不足区間は、次の4区間でした。(そのうち、2015年洪水で漏水が起きたのは、L22.33kだけでした。)しかも、優先順位まで決めています(括弧書きは、「川裏すべり+総合評価方式」による優先順位)。
L5.80〜6.7k(1)
L17.00k〜18.25k(17)
L22.00k〜23.75k(16)
R18.00k〜19.00k(24)

被告は、鬼怒川堤防詳細点検結果情報図で「対策工法等を速やかに検討し、実施にあたっては堤防背後地の状況等を考慮しつつ危険性の高い箇所から実施していく予定です。」と言います。

では、被告は、2008年度以降、上記4区間を優先して整備したのでしょうか。

鬼怒川堤防整備概要図(乙73の2)を引用します。

鬼怒川堤防整備概要図11

上記4区間は、2015年までに整備されていません。

●常総市より下流で浸透安全性が不足する区間はいつ頃の整備が予定されていたのか

では、2011年度時点では、その後いつ整備すべき区間と位置付けられていたのでしょうか。

下表は、2011年度「鬼怒川直轄改修事業 事業再評価根拠資料」(乙73の1)p6で検討された整備予定箇所(赤枠は浸透安全性が不足する箇所で、私が加筆)です。

整備予定箇所12

上表と常総市より下流(概ね26kより下流)の浸透安全性が不足すると判定された、次の4区間を照合します。
(あ)L5.80〜6.7k(1)
(い)L17.00k〜18.25k(17)
(う)L22.00k〜23.75k(16)
(え)R18.00k〜19.00k(24)

(あ)L5.80〜6.7k(1)は、堤防整備箇所のうち概ね7年で整備する箇所のL6.50k〜6.50k(207m)と重なる部分があります。

しかし、浸透安全性が不足する区間が900mであるのに対し、2012年度以後に整備が予定された区間は207m(23%)ですから、浸透安全性が考慮されたようには見えません。

(い)L17.00k〜18.25k(17)については、概ね20年〜30年で整備すべき箇所のうちの「L16.75k〜18.00k(1666m)」の区間と概ね重なります。

しかし、250m程度ずれている上に、もっと問題なのは、(イ)の区間は、浸透安全性が不足すると判定されているのに、概ね20年〜30年で整備すればいいとされていることです。

(う)L22.00k〜23.75k(16)については、概ね20年〜30年で整備すべき箇所のうちの「L22.50k〜22.75k(444m)」及び「L23.25k〜24.50k(1516m)」の区間と概ね重なる部分があります。

上表の区間は、無理やり距離標地点で表示しています(「詳細点検結果一覧」でも同様の傾向はありますが)から、正確な区間が不明なので、定量的に言えませんが、(う)の区間と相当のずれがあると思います。

(え)R18.00k〜19.00k(24)については、概ね20年〜30年で整備すべき箇所のうちの「R18.00k〜18.50k(746m)」に概ね重なります。

こうして検討してみると、被告は、詳細点検のことなど忘れていたと思います。

なぜなら、4区間のうち3区間については、20年〜30年のうちに整備すればいいと考えていたわけだし、1区間については、概ね7年で整備することを予定していたのですが、浸透安全性が不足する区間延長のうちの2割強を整備しておけばいいという考えだったのであり、2011年度に作成した「堤防整備箇所」が「詳細点検結果一覧」を意識していたとは到底思われないからです。

確かに、(緊急性ではなく)改修工事の優先度は、浸透安全性だけを基準にすべきではなく、浸透安全性は考慮要素の一つにすぎないとしても、概略点検や詳細点検が配慮された形跡は微塵も見えません。

また、5月30日に、関東地方整備局職員に「2002年度河川堤防設計指針を読んだことがあるんですか」と聞いたら、読んでいないと言っていましたし、20年前の出来事とはいえ、「詳細点検結果一覧」が作成された経緯(作成時期、作成業者、作成目的)を河川事務所でも調べたが、関係文書は存在しないと言っていたことからも、「詳細点検結果一覧」は、2011年度時点でも被告の意識から消えていたと思います。(ただし、20年前の点検とはいえ、現在、「関係文書が不存在で経緯は不明」と言っていることについては、開示すると訴訟で不利になると考えてとぼけているだけで、廃棄していないはずです。なぜなら、詳細点検は、全国の直轄管理河川を対象とした4年がかりの一大事業だったはずであり、その後、浸透安全性について点検されていないとすれば、現在でも詳細点検結果が浸透安全性に関するおそらくは唯一のデータだからです。)

ともあれ、被告は鬼怒川で詳細点検は実施したが、2002年度河川堤防設計指針の趣旨を生かすことはなかった(改修工事には反映させていない)ということだと思います。

こうしたやり方が「河川の管理の一般水準」(大東判決)なのでしょうか。

●若宮戸地区について検討した

ここまで破堤区間を中心に検討しましたが、ここでは若宮戸地区が含まれるページを検討します。

下図は、「概略点検結果一覧」と「詳細点検結果一覧」のそれぞれページ4/13(24.00k〜32.00k)から左岸だけを切り出して並べたものです。
↓概略点検結果一覧
概略点検結果一覧413

↓詳細点検結果一覧
詳細点検結果一覧414

不可解な点がかなりあります。
【旧河道】

概略点検の「地形分類」を見ると、L28.00k〜28.25kは「旧河道(要注意地形)」とされています。

鎌庭捷水路の上流側の接合部です。

ところが、下流側の接合部(L26.20k〜26.50k)は、「氾濫平野」と表示されています。

なぜ、下流側接合部は「旧河道(要注意地形)」ではないのか分かりません。
【河畔砂丘】

若宮戸地区の河畔砂丘のある部分の地形分類が「自然堤防」と「氾濫平野」になっているのもおかしな話です。小山戸の河畔砂丘(L12.20k〜12.50k)も「自然堤防」になっています。
【山付き堤】

概略点検を見ると、被告が若宮戸の河畔砂丘を山付き堤の「山」としてきたことは明らかです。
【堤防の分類】

概略点検の「堤防基本断面形状」と詳細点検の「堤防分類評価」の違いがよく分かりません。分類の基準は同じです。

おそらくは、詳細点検では、一連区間に優先順を付けることを重視し、一つの一連区間には一つの評価で代表させる趣旨だと思います。

逆に言えば、一連区間を細分化して評価を変えることはしないということでしょう。

前回記事に書いたことですが、「概略点検決結果一覧」から何がわかるかというと、概略点検では、L25.25k〜25.40kを堤防類地としての資格を失い、カミソリ堤防(暫定堤防)と見ているということです。

「詳細点検結果一覧」を見て分かることは、被告は、L25.40k〜26.20k(無堤防区間の上流側約半分)は安全な堤防類地と見ており、完全にノーマークであり、今後(2007年度以降)も堤防を整備する予定がないことです。

逆に言えば、既存の堤防部分を含めたL24.00k〜25.40kの一連区間(2箇所の溢水箇所を含みます。)については、急ぐ必要はないが、ゆくゆくは整備する必要があるという認識があったと見られます。

●浸透安全性をどう評価したのかを説明させるべきだ

被告は、「すべり破壊(浸潤破壊)に対する安全性」と「パイピング破壊(浸透破壊)に対する安全性」を鬼怒川直轄管理区間について実施したのですが、常総市より下流で見る限り、そして2015年9月洪水と照合する限り、点検結果は、実際に漏水が起きた箇所(破堤区間も含めて)13箇所のうち、2箇所(L 22.33k、R18.00k)しか言い当てていません。

また、「詳細点検結果一覧」と2011年度事業再評価資料の整備予定箇所との整合性もありません。

だから「詳細点検結果一覧」は、役に立たなかったので、訴訟でも使い物にならない資料なのでしょうか。

確かに、二つの一覧表からは、「被告は氾濫を起こした箇所が危険であったことを認識していたのに放置した」という論法が使えません。ただし、原告側がこれらの資料を無視するのは、このことが理由ではありません。原告側は、そもそも破堤区間で浸透は起きなかったことを前提としているので、浸透の問題に言及する必要がないということです。

被告も、原告側が浸透安全性に問題があったと主張していない以上、自分から本当の浸透安全性に言及する必要がないわけです。

では、訴訟当事者は浸透安全性の問題を議論していないか、というと、しています。

被告準備書面(5)p24を見ると、(事後評価を行うことを主目的とする)事業再評価に使われる治水経済調査マニュアル(案)(1999年6月。乙74)には、堤防の高さだけでなく、質も含めた機能評価を行うこととされており、この機能評価の方法としては、様々な方法が考えられるが、堤体内への河川水浸透に対する安全性を一つの判断基準として、これを堤体幅で評価することとし、定規断面によるスライドダウンを行って堤防の高さを補正し、(そこから計画余裕高を差し引いて)その堤防の高さで計算した流下能力で、堤防の高さと質を同時に評価したことにすると言います。

つまり、浸透安全性の問題を堤体幅の問題にすり替え、それを高さの問題にすり替え、最終的には流下能力の問題にすり替えて浸透安全性を評価しようというのですから、実に迂遠な方法であり、相当無理があります。

そんなすり替えの理論よりも、浸透安全性の評価は、すべり破壊とパイピング破壊を直接評価した方が正確に決まっています。

しかし、訴訟当事者は、スライドダウン評価の是非に関する議論に終始しています。

特に原告側の主張が曖昧です。

改修工事の優先順位を決めるためには、浸透安全性を考慮する必要がないと言っているのかはっきりしません。必要がないという立場なら、はっきり述べるべきだし、必要があるという立場だとしたら、判断基準が何なのかを明確に述べるべきです。

堤体土質の浸透性や剪断力強さを基準とするなら、「詳細点検結果一覧」を使うのが筋だと思います。

原告側は、「現況堤防の質の安全性の評価を、完成堤防に対する幅の不足によってするとしても、その評価は、幅の不足の程度(図11の1の現況堤防断面と計画堤防断面の差である白抜き部分)を評価してこそ、正しくできる」(原告ら準備書面(8)p43)と言いますが、「幅の不足の程度を評価」するとは、具体的にどのような評価をすることなのかを説明しません。

原告側は、スライドダウン評価を否定するものの、それに代わる基準を具体的には提示しないのですから、浸透安全性を考慮した優先順位の正解を示すことはできません。

浸透安全性を考慮した優先順位の正解が示せない以上、被告が優先順位を間違えて工事を実施したことは著しく不合理である、と主張しても説得力がないと思います。

そもそも、「現況堤防の質の安全性の評価を、完成堤防に対する幅の不足によってするとしても」という発想は、原告側が「使えないものである」(原告ら準備書面(8)p45)と批判しているとおり、邪道です。

なので、浸透安全性を議論するなら、「詳細点検結果一覧」を使うのが筋だと思います。

「詳細点検結果一覧」は、鬼怒川の堤防の浸透安全性に関する確たる証拠です。

これを議論しても原告側にとってそれほど有利にならないという考え方もあるでしょうが、そうだとしても、原告側は、改修工事の優先順位の付け方が著しく不合理であることが瑕疵だと主張しているのですから、実際の優先順位の付け方がどうだったのかを明らかにする必要があるはずです。

被告は、「氾濫域の状況」(被告準備書面(5)p10)や「堤体内への河川浸透(ママ。「河川水浸透」の誤り)に対する安全性」(同p24)を考慮したと主張しているのですから、そして、それらを詳細に点検した結果が存在するのですから、それらを考慮したのか、考慮したとすればどのように考慮したのかを説明させるのが筋だと思います。

(文責:事務局)
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