二つの争点が取り下げられた(鬼怒川大水害)

2022-01-28

●提訴前に被告は鬼怒川の霞堤の効果について説明していた

本題に入る前に前回記事の補足をします。

前回記事の末尾で被告は霞堤に遊水機能があると考えていることを指摘し、それは誤りであると書きました。

その後、鬼怒川緊急対策プロジェクト関係の資料を見ていたら、霞堤について割と詳しく説明していることが分かりました。

「『鬼怒川の概要』及び『平成27年9月関東・東北豪雨』について」(2017年8月)のp23〜24です。

次のように書かれています。

霞堤の効果は、
○平常時に堤内地からの排水を容易に行える。
○洪水時に開口部から水が逆流し、下流に流れる洪水の勢いを弱める。
○仮に、霞堤の上流で越水や決壊した場合、堤内地に氾濫した水は周辺に広がらず、霞堤の開口部から速やかに川に戻もどし(ママ)、被害の拡大を防ぐ。

下館河川事務所が中部地方整備局太田川河川事務所のサイトを引用しているということです。

霞堤に遊水機能があるとは書いていません。

下流への影響については、「洪水時に開口部から水が逆流し、下流に流れる洪水の勢いを弱める。」とは書いていますが、「勢いを弱める」程度の話であり、洪水を貯留して下流の流量を減らすという意味には受け取れません。

霞堤が設置される河川は河床勾配が比較的大きいのですから、開口部から逆流した洪水を貯留できるはずがありません。

つまり被告は、2017年8月には霞堤には遊水機能はないと正しく認識していたのに、ちょうど1年後の2018年8月に訴訟が始まると、霞堤は「下流に流れる洪水の流量を減少させる役割を持つ。」(被告準備書面(1)p21)などと言い出すのですから、ご都合主義もいいところです。

原告側はこの点に反論していないので、被告の主張に賛同しているということだと思います。

「2015年9月鬼怒川水害に関する調査報告書」(2016年12月2日 日本弁護士連合会)p9には、次のように書かれています。

上記のように,鬼怒川は,下流の川幅が中流の半分以下の約300mであり,下流の流下能力が絶対的に小さいので,中流での霞堤の一層の整備のほか,流域対策として,上中流域では,雨水貯留機能を高めて河道への流入量を少なくして河道の負担を小さくすること,下流域では,氾濫があったときに被害を小さくするための土地利用規制等を行うことが望ましい

「下流の流下能力が絶対的に小さいので,中流での霞堤の一層の整備」を「行うことが望ましい」ということの意味は、霞堤の貯留効果あるいは遊水機能により流量を低減させ、下流への負担を軽減できるということでしょう。

河川に詳しい弁護士の認識は、霞堤には遊水機能がある、ということなのかもしれません。

原告弁護団の認識もそうだとすると、霞堤は「下流に流れる洪水の流量を減少させる役割を持つ。」(被告準備書面(1)p21)という被告の認識と一致します。

当事者の認識が一致してはケンカになりません。

下流原則にしても、当事者の見解は一致しています。(原告ら準備書面(8)p34で、次のように書きます。

ここで、被告は、「距離標ごとの流下能力に基づく治水安全度を評価した上で」「治水安全度の低い箇所を優先しつつ、いわゆる下流原則に基づき原則として下流から上流に向かって」堤防整備を行ってきた、と主張する。
原告らは、一般論として、上記には異論はない。

詳しくは、原告ら準備書面(8)p33から読んでいただきたいのですが、被告が2001年からの鬼怒川の改修について下流原則に基づいて整備してきたことについて、原告側は、一般論として異論はない、と言っています。

しかし、下流原則は、特に危険な箇所がない場合や常総市東部のような特殊な地形でない場所に適用すべき原則であり、いわば平時の原則と考えるべきです。緊急時(緊急に整備すべき箇所が存在する時期。考えられる具体例としては、堤防及び堤防類地の現況余裕高が計画余裕高の5分の1以下の場合)に適用すべきではないと思います。

また、下流原則は氾濫を起こさないことを目的とした原則であり、被害を最小化するという治水の本来の目的とはズレた次元での原則なので、下流原則を守っても被害の最小化という目的が達成できるとは限りません。そのことを証明したのが、鬼怒川大水害です。

鬼怒川と小貝川に挟まれた低地は、袋状の特殊な地形であり、1箇所で氾濫すれば被害が甚大となることは分かっていたのですから、ここに下流原則を適用することはそもそも誤りであると言わなければ、問題の本質は伝わらないと思います。

原告側が三坂町については氾濫すれば大規模な被害が発生することを指摘した(原告ら準備書面(5)p28)ことに対して、被告は、下流原則に従って整備してきたと繰り返した上で、地形の問題は、「河川管理の諸制約や考慮事項の一つであるという位置づけを踏まえない」(被告準備書面(5)p23)としか言えず、なぜ地形を軽視してよいのかを説明できないのですから、反論不能に陥っています。地形を考慮したら悠長に下流原則を適用している場合ではないだろう、と畳み掛ける場面ではないのでしょうか。

地形を考慮すべきだ、と言いながら、下流原則は理解できる、と言うのでは、チグハグでしょう。

なお、被告は、鬼怒川の筑西市川島より下流の左岸の氾濫ブロックで氾濫すれば被害が最大となる箇所は、L9.75k(水海道高野町(みつかいどうこうやまち))だと言っています(「2011年度鬼怒川直轄河川改修事業」p14、「2011年度鬼怒川直轄改修事業事業再評価根拠資料」p41)。

地形を考慮して想定破堤地点を決めたとは思えません。

被害が最大となる箇所について、地形を考慮せずに、このような認識しか持てないならば、被害の最小化という治水の目的が達成できるはずがありません。

費用対効果の計算において想定破堤地点をL9.75kとした問題も、攻撃材料になると思います。

●訴状での争点は五つだった

ここから本題です。

鬼怒川大水害訴訟において、原告側は、被告の責任原因について、訴状の段階では、以下の5点を主張していました(原告ら準備書面(2)p2)。
(1) 若宮戸に築堤計画がなく、無堤防状態のまま放置されたこと(訴状p21)
(2) 若宮戸の河畔砂丘を河川区域に指定しなかったこと(訴状p22、準備書面(1))
(3) 若宮戸において、メガソーラー事業者が河畔砂丘の掘削を行った後の土のう積みが不十分であったこと(訴状p24)
(4) 上三坂の堤防整備が遅れたこと(訴状p26)
(5) 八間堀川排水機場の運転再開が遅れたこと(訴状p30)

●1年数か月後に二つの争点を取り下げた

ところが、原告側は、2021年1月15日付け原告ら準備書面(7)において、(3)の土のう積みの問題と(5)の八間堀川の氾濫の問題を争点から外したのです。

その説明は、(3)の土のう積みについては、「独自の河川管理の瑕疵事由ではなく、若宮戸地区に関して河川管理に瑕疵があったことの間接事実として主張することとする。」(原告ら準備書面(7)p4)というものです。

しかし、意味不明です。

「間接事実」とは、主要事実の存否を経験上推認させる事実をいい、「主要事実」とは、民事訴訟では、権利の発生・変更・消滅というような法律効果を規定する法規の構成要件に該当する事実(直接事実ともいう)をいう(コトバンク"主要事実・間接事実")のですが、原告側は何をもって主要事実としているのかを、上の文章では明らかにしていないからです。

主要事実があっての間接事実です。

どんな主要事実を間接的に証明するのかが分かりません。

「瑕疵があったことの間接事実」とは言いますが、「瑕疵があった」は、国家賠償法第2条第1項の条文から字句を抜き出した抽象的な文言であり、鬼怒川大水害訴訟における具体的な主要事実を説明していません。

原告側は、原告ら準備書面(7)には「間接事実として主張することとする。」と書きましたが、裁判期日において裁判長から「間接事実とは違うのではないか。事情の説明か」と言われて、そうです、と答えたのですから、準備書面には、「間接事実として主張する」という文字が今でも残っていますが、実際には、撤回されています。

実際、土のうの問題は、これ以降、主張されていません。

この争点では勝ち目がないから取り下げたということです。

勝ち目がある争点なら取り下げてはいけないはずです。

(5)の八間堀川の問題を争点から外した経緯については、次のように言います。

原告らは、争点としての相対的な重要度に鑑み、また、他の相対的に重要な争点についての審理の充実を図り、訴訟を円滑・迅速に進めるために、八間堀川排水機場の運転再開が遅れたことについては事情として主張することにとどめ、被告の責任原因としての主張を取りやめることとする。

八間堀川の氾濫の問題は重要ではないから争点から外した、という言い回しですが、要は、争点にしても勝ち目がないので無駄な争いはやめる、という意味ですが、あからさまにそのように言うことは避けたということです。

重要度が「相対的に」低いとしても、勝ち目がある争点なら最後まで争う意味(比重が小さい争点で勝ちを積み上げる意味)はあるはずです。

八間堀川の氾濫の問題は、2021年になって、急に負けを悟ったわけではなく、その前から、裁判長から、「原告は、八間堀川の争点は今後も維持されるのですか。」と質問されていました。

「裁判所としては、八間堀川の争点で原告側は無理な主張をしていると考えている。さっさとと争点から外してはどうか。裁判所に無駄手間をかけさせないでほしい。」と婉曲に言ったわけです。

裁判長がなぜ争点の取り下げを勧めたかというと、当事者に次のようなやりとりがあったからです。

被告は、鬼怒川からの氾濫水量は約3400万m3であったと推計されるところ、八間堀川排水機場の排水能力毎秒30m3の排水ポンプを最大6時間運転したとしてもその最大排水量は約64万m3(氾濫水量の約1.9%ということ)にすぎないことから、排水機場の操作と損害との間に相当因果関係はない旨を反論していました(被告準備書面(1)p58〜59)。

これに対する原告側の反論は、「もし下館河川事務所長が上記規則に従って八間堀川排水機場のポンプ運転を午後4時に再開していたならば,その後の八間堀川の水位上昇は抑制され,午後8時頃の八間堀川の堤防決壊を防ぐことができた可能性が高い。そうだとすれば,八間堀川の堤防決壊による原告ら(略)の水害被害と上記運転再開の遅れは,因果関係がある。」(原告ら準備書面(2)p9)というもので、排水能力の問題に言及することなく、従前の主張を繰り返すだけで、反論とは言い難いものでした。

要するに、原告側は、「ポンプ運転を午後4時に再開していたならば,その後の八間堀川の水位上昇は抑制され,午後8時頃の八間堀川の堤防決壊を防ぐことができた可能性が高い。」ことを証明できないのです。

そこで被告は、「(堤内地において)水海道地区に到達した時点の水流は、本件排水機場の操作いかんにより左右し得ない規模のものであって、損害との因果関係が認められる余地はない」(被告準備書面(3)p7)と繰り返します。

それでも原告側は、原告ら準備書面(5)p39〜46で八間堀川の争点に触れているのですが、ポンプの操作において被告の「義務違反が存在する」と主張するだけですから、氾濫水量とポンプの排水能力から考えたら、ポンプの操作と損害の発生とは因果関係がないという被告の反論に対してぐうの音も出ないという状況です。

ポンプ操作の誤りによりどれだけ損害を拡大させたのかについて裁判長から質問されると、弁護士は、被告が算定すべきだと答えましたが、相手にされませんでした。

要するに、原告側は、ポンプ操作の誤りと損害の間の因果関係については、被告準備書面(1)の段階から反論不能に陥っていたのですから、裁判所も被告に軍配を上げざるを得ません。

八間堀川は、鬼怒川からの氾濫水により、堤防もろとも水没したのですから、八間堀川の堤防が決壊してもしなくても、損害額は同じだったと考えられ、八間堀川の破堤が争点にならないことは、最初から分かっていたはずです。(9月10日の午後に水海道地区から避難した住民が11日の朝に我が家がどうなっているか確認しようとして現地に行くと、八間堀川がどこなのか分からないほど浸水していたという話を仄聞します。)

要するに、土のうの問題と八間堀川の氾濫の問題という二つの争点のために1年半近く、時間と労力を浪費したことになります。

準備書面は必要かつ十分に書くべきなので、必要のないことは、一言一句たりとも書いてはいけないはずです。

二つの争点を取り下げたということは、必要のないことを何十頁も書いてきたということです。(裁判所は、それを読まねばならなかったということです。)

●なぜ無駄な争点を掲げたのか

原告側がなぜ無駄な争点を掲げたのかと言えば、水源開発問題全国連絡会の機関紙である「水源連だよりNo.76」(2017/01/17 発行)に答があると思います。

p20〜23に「鬼怒川水害を引き起こした国土交通省の責任」という見出しで書かれている文章に訴訟での五つの争点が全て含まれています。

(1)無堤防、(2)河川区域、(4)三坂町の堤防の争点は誰が考えても必須の争点ですから、一致するのは当然だとしても、(3)土のうと(5)八間堀川の問題まで一致していることが偶然とは思えません。

その上、「ダム偏重の河川行政」が大水害の要因と捉えられていない点まで、水源連関係者の論文と訴状は一致しています。(訴状では、ダム偏重に触れてもいません。)

上記「水源連だより」p22の「さらに堤防の天端幅が確保すべき6mに対して 4mしかなかったことが決壊を早める要因になりました。」という、だから何なのかを明記しない話まで訴状に「天端幅が4mであり,確保すべき天端幅6mの場合より堤防断面が小さかったことは,その分,堤防の決壊を早めた。」(p12)という表現で盛り込まれています。

若宮戸地区の下流側の溢水を無視している点でも「水源連だよりNo.76」と裁判の争点はぴったり一致しています。

争点の話から逸れますが、河畔砂丘という名称をできるだけ使わないという点でも、水源連だよりと原告ら準備書面は共通しています。

このことから、水源連関係者に優れた予知能力があったと思う人がいるかもしれませんが、そういうことではないようです。

水源連関係者が埼玉の川と水を考える会のサイトで「私自身もこの裁判には密接に関わってきております」と書いている(おまけに、「私の感触では弁護士さんたちの頑張りで、この裁判は勝てるのではないかという期待を抱いております。」という楽観的な見通しまで示しています。)のですから、偶然の一致ではないと見られても仕方がないと思います。

水源連関係者としては、自分の考える争点が裁判の争点となったので満足だったかもしれませんが、二つの争点を取り下げることになって、1年半近く、時間と労力を浪費させたことにより、重要な争点に時間と労力をかけられなかったのです。

悪気があって初動を誤らせたわけではないと思いますが、独善だったわけです。(念のために書いておきますが、私は独善的な意見を公表することをとやかく言っているのではありません。裁判に「密接に関わって」自分の意見=弁護団の意見とすることが許されるのか、を問うています。)

ちなみに、私は、被災地の特殊な地形が鬼怒川大水害において本質的に重要な問題だと考えますが、水源連だよりの記事は、氾濫域の特殊な地形に言及しないことが特徴です。

その点は、裁判の書面とは一致しませんが、他の人の意見を採り入れたのでしょう。

原告側は、「お盆状」(原告ら準備書面(5)p25)を連発させて、氾濫域の地形の特殊性を何度も執拗に強調しながら、そこに被告が例外なき下流原則を適用してきたことを「一般論として」(原告ら準備書面(8)p34)は容認しており、チグハグです。

地形に関心を示さない水源連だより記事の影響かもしれません。

被告は「例外なき下流原則」とも言うべき、特殊な下流原則の適用を主張している(被告準備書面(1)p45脚注)のですが、地形を考慮すれば、反論すべきでしょう。

●水源連だよりが原告に与えた影響も大きい

水源連関係者が原告本人らに与えた影響も大きかったと思われ、2021年9月に「常総大水害・6年の軌跡」編集委員会が作成した「常総市大水害の体験を語り継ぐ 被害者主人公の活動〜6年の軌跡〜」の記述に水源連関係者の意見が色濃く反映されています。

原告や編集者が書いた冒頭の文章のp4には、若宮戸地区に堤防を造るか「洪水が出ても流されないようにしっかり土嚢を固定して積む」かの「いずれかさえしていれば、今回の水害の被害は防げたか、最小限で済んだはずである。」と書かれています。土のうの積み方によっては被害を防げたと言っています。

p5では、八間堀川の氾濫が被害を大きくした、と書かれています。

原告らが自分の頭で考えたことと水源連関係者の考えが偶然一致したのかもしれませんし、訴状と準備書面を読んで間接的に影響されたのかもしれませんが、水源連関係者が作成したと思われるグラフ(鬼怒川の河川予算の推移)がp1で使われていることや訴訟では触れていないダム偏重の河川行政に触れていることなどから、両者の考えの一致は偶然とは思えません。

原告が八間堀川の氾濫が被害を大きくしたと考えるのは自由であり、私がとやかく言う問題ではありませんが、争点から外された後も、信頼する誰かのせいで、裁判で主張して意味のある問題だと思い込まされているとしたら酷な話です。

ちなみに、日弁連による2015年9月鬼怒川水害に関する調査報告書でも、八間堀川の氾濫を鬼怒川流域における水害の要因の一つと考えているようです。

偶然の一致かもしれませんが、水源連だよりの記事の影響かもしれません。

この点、大熊孝「洪水と水害をとらえなおす」が八間堀川の氾濫に言及しなかったことは賢明だったと思います。

●八間堀川を争点とする考えは2015年12月に公表されていた

八間堀川の堤防決壊を争点とする考え方は、2015年12月に公表されていました。

水源連関係者は、2015年12月20日に常総市内の豊田城で講演「鬼怒川水害と行政の責任」をしています。根拠は、八ッ場あしたの会のサイトです。

下図のとおり、「鬼怒川水害の三つの要因」に八間堀川の二次的氾濫を含めています。

水害三大要因

水害三大要因

2015年12月24日付けしんぶん赤旗は、次のように報じています。

具体的には、(1)堤防が大規模に決壊した三坂地区については、堤防の高さが周辺より低く、幅も狭くて決壊の危険性があったにもかかわらず、補強工事が20〜30年内と後回しにされていた(2)堤防を越えて水があふれ出した若宮戸地区については、自然堤防まで河川区域を広げず、河川改修の対象にしていなかったこと(3)二次的氾濫が発生した鬼怒川支流の八間堀川について、鬼怒川氾濫直前の9月10日午後1時の排水機場の運転停止の判断が妥当だったか疑問があり、運転を速やかに再開すべきではなかったか―と話しました。

また、大水害のちょうど11か月前の2014年10月10日に作成された鬼怒川直轄河川改修事業を引き合いに出しているのも水源連関係者の特徴であり、独特の時間感覚を示しています。

原告側は、計画の合理性で瑕疵を判断すべきだという立場であり、築堤の計画策定から堤防完成まで1年では完了しないのですから、1年前に策定された計画の合理性がどうであろうと、損害発生との因果関係がないのですから、2014年の計画を引用する意味はないはずです。

また、水源連関係者は、「鬼怒川全体の堤防整備率は約43%なのに比べ、下流の県内は約17%と、はるかに低いことを指摘。三坂地区の決壊現場について、図で示しながら「河道の整備が遅れ、洪水を流せる流量がもともと少なく、危ないところが決壊した」と説明、「ダム偏重の河川行政のため、河川改修がなおざりにされてきた」と強調した。」(2015年12月22日付け東京新聞茨城版)のですが、なぜか茨城県区間での堤防整備率の極端な低さやダム偏重の河川行政の問題は、裁判で主張されることはありませんでした。

なお、この時期には、氾濫がなぜ起きたかについては検討していなかったようであり、若宮戸での土のうの積み方の問題には触れていません。

●八間堀川の氾濫は水害の要因ではないという内容のチラシが作成された

その後、上記の「水源連だよりNo.76」(2017/01/17 発行)が公表され、若宮戸の溢水は、土のうの積み方がずさんだったことが原因だという説が示されます。(2015年12月の講演会から約1年後ですが、その間、何を研究していたのかというと、若宮戸の下流側溢水ではなく、土のうの積み方だったというわけです。)

その後、2018年6月2日に「弁護士による鬼怒川水害被災者への説明会」(3回目)が常総市水海道公民館で開かれ、その際、使われた資料が、「鬼怒川水害は国の責任です。」というチラシです。

作成時期は、同年4月とされています。

この時期には、土のうを争点とする意図が明らかにされますが、その反面、それまでに公表された講演会スライドや機関紙記事とは、若干内容が異なる点も見られます。

4コマ目には、「鬼怒川水害の二大要因」として若宮戸の溢水と三坂町での破堤のみが挙げられ、八間堀川の氾濫は、おそらくは状況説明の意味で書かれてはいますが、要因ではないという扱いです。

5コマ目には、「24.75km地点もその後まもなく溢水」と書かれており、L24.63k付近の溢水にも触れています。(訴訟では無視されますが、この時期には触れていたということです。)

このチラシは、連絡先として水源連関係者の名前が入っていますから、その作成によるものなのですが、作成名義人は「鬼怒川水害訴訟を支援する会」なので、100%個人的な立場で書くわけにはいかず、例えば、「八間堀川の氾濫を争点にするのは無理がある」というような弁護士側の意向が反映されているので、水源連関係者のそれまでの主張と若干の齟齬が生じたと見るべきでしょう。

そうだとすると、訴状において八間堀川の氾濫が争点とされたのは、水源連関係者の強い意向によるものであり、つまりは、謬論で弁護士をねじ伏せたのです。
(2022-02-01追記)

このチラシでも、ダム偏重の河川行政の問題(そのために茨城県区間の堤防整備率が低い問題)に触れており、この問題は、水源連関係者が強調したかったことのはずですが、裁判が始まると、ぴたりと主張しなくなる理由は謎です。弁護士が反対したのか?水源連関係者が自ら意見を変えたのか?

訴訟でダム偏重を追求しない理由については、支援者団体が発行する会報を見ても説明がありません。

チラシの1コマ目の目次をうかつに見ていました。

目次では、国の責任原因は三つあるように書かれています。

しかし、上記のとおり、4コマ目には「鬼怒川水害の二要因」と書かれています。これを読んだ人は、八間堀川の氾濫は要因ではないと理解するはずです。

ところが、11コマ目には、「八間堀川の氾濫も国の責任」とあり、12コマ目と併せて、「若宮戸地区の大量溢水は国の責任」(5コマ目)と「上三坂地区の堤防決壊は国の責任」(8コマ目)と同等の扱いを受けています。目次と符合します。

要するにこのチラシは、4コマ目に「二要因」と書かれてはいますが、それ以外は、それまでの水源連関係者の主張と変わらないのです。

このチラシは、鬼怒川大水害の要因を二つと見ているのか、三つと見ているのか分からないように書かれているのです。

だから、私のように、八間堀川の氾濫は争点にしないのだな、と読む人もいるし、争点にするつもりだな、と読む人もいると思います。どちらにも読めるように巧妙に書かれているのです。

●河畔砂丘の掘削前の状態ならば被害僅少だったのか

原告側が上記二つの争点を取り下げたということは、水源連だよりの記事の影響から脱したということであり、結構なことですが、争点の中身を見ると、その影響力が残っているように見えます。

若宮戸の溢水について「水源連だよりNo.76」p22には次のように書かれています。

したがって、 掘削前の状態であれば、溢水は避けられなかったとしても、溢水量がはるかに小さく、若宮戸地区の浸水被害を小規模にとどめることが可能でした。

「はるかに小さく」とか「小規模」の程度が不明ですが、おそらくは床下浸水程度で済んだはずだ、と言いたいのでしょうが、そうは言えません。

その根拠は、若宮戸の河畔砂丘にも計画高水位より低い箇所があった(鬼怒川大水害)に書いたとおりです。

河畔砂丘は2004年の測量成果によっても2箇所において危険だったことが分かるのであり、仮に1箇所で溢水を防げたとしても、もう1箇所から溢水したら床下浸水では済まないはずです。

水源連関係者の上記認識は、訴状や原告ら準備書面の所々に出現します。

訴状p11には、次のように書かれています。

砂丘林は,25.35km地点では,2014年3月のソーラー発電事業者による掘削により高さと幅が小さくなったが,当該掘削がなければ、砂丘林の高さが本件洪水の最高水位を下回る部分は非常に小さく(図4の上段図),溢水量がはるかに少なく済んでいたのである。

「水源連だよりNo.76」の記述とそっくりであり、偶然の一致とは思えません。

河畔砂丘が掘削さえされなければ2015年洪水による被害はほとんどなかったかのように言っており、独特の見解です。

原告ら準備書面(9)p9には、次のように書かれています。

この図8から明らかなように、掘削前の砂丘林の横断図における最高地盤高は、計画高水位を概ね上回っていた。しかし、被告は、掘削前の砂丘林を河川区域とする指定をしていなかった。

この記述は、大規模掘削前の河畔砂丘を河川区域に指定さえしていれば、「若宮戸地区の浸水被害を小規模にとどめることが可能で」あったという意味でしょう。

しかし、「この図8から明らかなように」と言いますが、若宮戸の無堤防区間はL24.63k〜26.00kの約1370mであるところ、図8の縦断図の範囲は、概ね25k〜25.5kの400m強であり、そのうち、最高地盤高のグラフは、およそL25.23k〜25.45kの約220mでしか示されておらず、しかもそのうち約50mの区間は計画高水位より低く(原告ら準備書面(2)p5)、しかも計画高水位より約1m低いところがあった(原告ら準備書面(1)p13)のですから、図8からは、無堤防区間全体の最高地盤高は分かりませんし、描かれた縦断図を見ても、むしろ危険だったことが分かるのですから、そのような状況(2004年測量)で河畔砂丘を河川区域に取り込んで指定して、掘削を規制しても、本件溢水を防げたとは思えません。

原告ら準備書面(9)における以下の記述も同様です。

一方で、若宮戸付近においては、前述したように、掘削前の砂丘林の横断図における最高地盤高は、計画高水位を概ね上回っていたにもかかわらず、被告は、掘削前の砂丘林を河川区域に指定しておらず、河川区域内の横断図における最高地盤高は、計画高水位を大幅に下回っていたのである。(p10)
被告がした若宮戸地区における河川区域の指定は、上記のように違法なものであり、当該砂丘林の部分は、河川区域外とされたため、所有者らによる樹木の伐採と土地の掘削等による地形の改変を防止できず、実際にソーラー発電事業者等によって地形の改変が勝手に行われた。(p14)
これらに照らして、若宮戸地区は、堤防の役割を果たしている砂丘林があり、概ね20〜30年の治水事業の過程における河川の改修、整備の段階に対応する、段階的安全性・過渡的安全性を有していたにもかかわらず、被告が砂丘林を河川区域に指定せず、その安全性の確保を怠った結果、砂丘林が掘削されてなくなり、既に具備していた当該段階的安全性・過渡的安全性(「その予定する規模の洪水における流水の通常の作用から予測される災害の発生を防止するに足りる安全性」)が失われたものである。(p18)

以前にも書いたことですが、私が分からないのは、原告側が、「掘削前の砂丘林の横断図における最高地盤高は、計画高水位を概ね上回っていた」(p10)のであるから、掘削される前に河川区域に指定して掘削を規制しておけば、浸水被害を小規模にとどめることが可能だったという理論を説いていることです。

ここには少なくとも三つの問題があります。

一つは、メガソーラー事業者による掘削を規制したとしても、L24.63k付近で溢水しているのですから、浸水被害を小規模にとどめることは不可能だったということです。

二つは、「掘削前の砂丘林の横断図における最高地盤高は、計画高水位を概ね上回っていた」(p10)ことを証明していないことです。(おそらくは、原告ら準備書面(6)p30図8で「掘削前の砂丘林(いわゆる自然堤防)の最高地盤高」として証明しているつもりなのかもしれませんが、そのグラフ線の延長は、L25.35k付近の約220mの区間であり、無堤防区間全体の最高地盤高の説明になっていません。)

三つは、破堤に関する主張と一貫性を欠くことです。

すなわち、原告側は、破堤に関しては、「ドベネックの桶」を持ち出して、堤防に1箇所でも低い箇所があれば危険だと言いながら、堤防類地については、「計画高水位を概ね上回って」いれば、計画高水位より低い箇所があっても安全だと言っています。「ドベネックの桶」の理論はどこへ行ってしまったのでしょうか。

原告側は、河畔砂丘には計画高水位より低い区間が約50mあり(原告ら準備書面(2)p5)、「計画高水位より約1m低いところがある」(訴状p21)、「計画高水位を約1m下回っている状態のまま放置されることになっていた」(訴状p22)、「計画高水位より約1m低いところがある」(原告ら準備書面(1)p13)、「計画高水位を約1m下回っている状態のまま放置されることになっていた」(同)と述べており、掘削される前の河畔砂丘の状況が危険であったのに放置するのは管理者の落ち度である旨を主張していました。

その一方で、原告側は、「2004年1月時点で,ソーラー発電事業者の掘削前の砂丘林の地盤の高さは,おおむね計画高水位以上の高さがあり,砂丘林の地盤の高さが計画高水位を下回っていたのは,約50mの区間(その最も低いところの高さはY.P.21.3m程度)に過ぎなかった」(原告ら準備書面(2)p5)とも述べています。

つまり、掘削前の河畔砂丘に約50mにわたり計画高水位より低い区間があったことは危険ではないが、他方、その区間の中に計画高水位より約1m低い箇所があることは危険だと言っています。

つまり、原告側は、掘削前の当該区間を安全と見ているのか、危険と見ているのか分からないように書かれているのです。

もしも、原告側が掘削前の当該区間を危険と見ているのであれば、掘削さえなければ、2015年洪水による被害は僅少であった、という理論は成り立たないはずです。

原告側は、三坂町の破堤については、「(左岸)21kmから15mほど下流の決壊開始地点の堤防天端高は、計画高水位ぎりぎりの高さしか保有していなかった」ことが「破堤を引き起こした」(いずれも訴状p32)と問題視しているのですから、鬼怒川の堤防の約50mの区間の高さが計画高水位より1cmでも低ければ大問題となるはずであり、しかも、当該区間に計画高水位より約1mも低い箇所があるとなれば、さらに大問題になるはずですが、若宮戸の話になると、堤防の代役である堤防類地と位置づけていた河畔砂丘が同様の状況になっていても、大規模な掘削さえなければ、「溢水量がはるかに少なく済んでいた」(訴状p11)というのですから、矛盾していると思います。

(文責:事務局)
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