利根川・江戸川河川整備計画についてのパブリックコメント募集はワナだ

2012年6月27日、2012年7月3日追記

●治水安全度に関するパブリックコメントは引っ掛け問題だ

国土交通省が5月25日から6月23日まで『利根川・江戸川において今後20〜30年間で目指す安全の水準についての考え方−「利根川・江戸川河川整備計画」における治水対策に係る目標流量について−』に関する意見を住民から募集しました。

上記「考え方」には、利根川・江戸川における今後20〜30年間で目指す安全の水準は、1/70〜1/80とすることが適切と大きな文字で書かれています。同時に、この年超過確率に相当する流量(治水対策に係る目標流量(案))は、17,000m3/秒であると小さく書かれています。

このパブコメは、下記のとおり引っ掛け問題であり、ワナであると考えます。

●パブリックコメントは国が示す整備計画案の全体について求めるのが筋である

今回の意見募集は、計画案の全体像を示さずに、判断の対象を治水安全度及び目標流量に限定していますが、一般に国民はそれらの数値の持つ意味を十分に理解できませんし、目標流量17,000m3/秒については、計算過程はブラックボックスです。

国の示した治水安全度及び目標流量を認めれば、後記のように八ツ場ダム建設案が最も優位となりますが、そのことに気がつかない国民も多いと思います。

したがって少なくとも、治水安全度及び目標流量の設定の仕方と八ツ場ダムの関連性が十分に説明されないまま、国民の意見を求めることは、有害無益です。

パブリックコメントは国が示す整備計画案の全体について求めるのが筋です。

実際、国土交通省がこれまで実施したパブリックコメント募集で、意見の対象を治水安全度に限定したものはないようです。

●目標流量は過大である

利根川水系河川整備計画の治水安全度を1/70〜1/80とし、治水目標流量を17,000m3/秒とすることに反対します。

整備計画について法律上治水安全度を設定する必要性はなく、目標流量は、森林が荒廃していた1950年前後を除いた、最近60年の最大洪水実績流量をベースに多少の余裕を持たせて13,000m3/秒程度とすれば十分です。

仮に治水安全度を1/70〜1/80とするとしても、目標流量17,000m3/秒は、実績流量から計算しておらず、過大な数値であり、実績流量から計算すると13,000m3/秒であるとする説が正しいと思われ、これに従うべきです。

17,000m3/秒という流量は、国がカスリーン台風時の実績流量としている数値です。しかし、カスリーン台風時の実績流量は、東京大学の安芸皓一教授が指摘していたように、正しくは約15,000m3/秒ですから、今回国が示した目標流量は、1/200洪水に相当するとされるカスリーン台風時の実績流量より2,000m3/秒も大きい数値であり、過大であることは明らかです。

●以前の目標流量は15,000m3/秒だった

国が2006年12月から2008年5月までに策定作業を進めていた利根川水系河川整備計画においては、1/50洪水を想定し、目標流量は約15,000m3/秒(当時の委託調査報告書に記載)としていました。

ところが国は、検証作業が始まるや、目標流量を恣意的に2,000m3/秒も引き上げたのは、どうしても八ツ場ダムを正当化したかったからとしか思えません。

●八ツ場ダムのピーク流量削減効果も勝手に倍増させた

八ツ場ダムによって基本高水のピーク流量から削減できる流量は、従来600m3/秒とされていましたが、2011年9月になると国は1,176m3/秒という数値を出してきました。八ツ場ダムを建設する意味は小さいとの批判をかわすねらいがあったものと思われます。

国は、目標流量やダムのピーク流量削減効果を都合よく変えてしまうのですから、その意味でも国民が数字合わせに付き合わされる意味はありません。

●そもそも目標流量を設定する意味がない

八斗島地点での計画高水流量は16,500m3/秒であり、国は、「利根川の現況の流下能力は八斗島付近では計画高水流量規模の流下能力は有している」(「利根川(上流)河川維持管理計画」(2012年作成)16頁)ことを認めています。

他方、最近60年間の最大洪水実績流量(八斗島地点)は1998年9月の約10,000m3/秒であり、利根川及び江戸川本川における破堤はなく、ほとんどの区間で十分な流下能力が確保されています。

だからといって、利根川水系の治水対策が不要というわけではありませんが、少なくとも流下能力に着目した数字合わせをやる意味はありません。

●そもそも河川整備計画を議論する意味がない

なるほど河川法施行令には、基本高水、計画高水、河川整備計画の目標を定めるように規定されており、そんなものを定める意味がないと言ったら立法論になってしまいますが、国が基本的な数値を科学的に計算せず、その数値にお墨付きを与える審議機関が「河川ムラ」の住人である御用学者に独占されている状況で、数値を定めて計画を立てる意味も、整備計画に関係住民が参加する意味もほとんどありません。

●今回の意見募集はマジックの仕掛けであり、ワナである

今回の意見募集は、八ツ場ダム建設が流域住民の民意であることにしてしまうマジックのギミックであり、伏線であり、国が仕掛けたワナだと思います。

国は、目標流量17,000m3/秒とした場合は、現況流下能力16,500m3/秒との差500m3/秒を低減させるには、八ツ場ダムが最も有利になるという筋書きを持っていながら、それを隠して、治水安全度と目標流量について過大な案を示しているとしか思えません。

国民はいったん治水安全度を1/70〜1/80とし、治水目標流量を17,000m3/秒とすることに賛成したならば、ダムなどの巨大施設の建設に賛成したことにさせられてしまうのです。国は恐るべきワナを 掛けていると思います。

● 国が求めているのは国民によるお墨付きである

国は、この意見募集により、目標流量17,000m3/秒について、治水安全度は大きいほど暮らしが安全になると勘違いする多くの国民の賛成意見を集め、その後、この目標流量を達成するには代替案に比べて八ツ場ダムが最も効果的で安上がりであるという審議機関のお墨付きを得て、八ツ場ダムは国民の圧倒的な支持と学者の理論に裏付けられた正当な事業であると主張することを目論んでいると思います。

理由は、上記のとおり、国は治水安全度と八ツ場ダムの関連性を説明していないからです。

国は御用学者からお墨付きを得てダム建設計画を進めているとの批判をかわすために、今後は国民のお墨付きを得て、だれにも反対させないでダム建設計画の推進を画策しているとしか思えません。

●定量治水からの転換が必要である

基本高水と計画高水の差の流量をダムと河道整備に割り振るという、河川法の定めた枠組みによって治水政策を進めると、差がなくなればやることがなくなってしまうし、国が治水の仕事をしようとすれば、無理にでも基本高水を上げるか計画高水を下げるしかありません。

そして、このような数字合わせで策定したダム計画などを達成したとしても、想定した洪水を超える規模の洪水が来た場合には治水施設は機能せず、大規模な水害を甘受するしかありません。これでは国民を守ったことにはなりません。

河川法の定める「定量治水」とも呼ぶべき治水政策は、「ダムありき」の発想であり、一刻も早く改めるべきです。

ダムを造るための数字合わせをやめないと、国民の安全を守れません。

●やるべきことは安全対策である

今やるべきことは、国民の安全を守るために何が必要かを議論することであり、ダムを正当化するための数字合わせをすることではありません。

具体的には、流域の降雨の河川への流出量を抑制したり、越水しても破堤しないように堤防を補強したり、ゲリラ豪雨による内水氾濫対策を講じたり、等々、緊急にやるべきことはたくさんあります。

これらの対策について住民参加の下で十分な議論をすることが必要であると考えます。

●パブコメも有害無益だった

1.利根川の目標流量17,000m3/秒は民意である。

2.目標流量17,000m3/秒を達成するには、八ツ場ダムなどの大規模施設建設事業が最も優れている。

3.よって、八ツ場ダム建設は民意であり、絶対に実現しなければならない事業である。

これが国が考えているインチキ三段論法だと思います。

パブコメと御用学者を使って河川官僚の意図を実現したいという露骨な企てではないでしょうか。

目標流量を17,000m3/秒に設定することの意味を十分に説明しないで国民の意見を取り付けるのはペテンです。

費用対効果分析もこれまでに使ったコストのことは考えないで計算するのですから、八ツ場ダムが最も優位になると最初から決まっています。

河川官僚は国民をワナにはめてまで八ツ場ダムを建設したいのでしょう。

なりふり構わずそこまでやるか、国土交通省!という感想を持ちます。

パブリックコメントが署名形式だったに書いたように、今回も埼玉県議連のような推進団体が民意をねつ造するために小細工を使うのか、注目したいところです。

このようなインチキで有害無益のパブコメを実施しなければならないことは、八ツ場ダムがインチキで有害無益であることの証左ではないでしょうか。

●国は官房長官裁定をすり替えている(2012年7月3日追記)

国土交通省は、今年5月に「利根川・江戸川河川整備計画」における治水対策に係る目標流量を公表しましたが、なぜこんなことをしたかというと、八ツ場ダム建設予算の執行の条件である藤沼修・官房長官の裁定をクリアするためです。

しかし、2011年12月22日に公表された官房長官裁定は、八ツ場ダム予算執行の条件とは何かに書いたように、第1条件は、「現在作業中の利根川水系に関わる「河川整備計画」を早急に策定し、これに基づき基準点(八斗島)における「河川整備計画相当目標量」を検証する。」ことです。

なぜこのような条件が付けられたのかというと、八ツ場ダムには法的根拠がないからです。

河川法は、河川整備基本方針を立て、それに基づいて河川整備計画を立てることとしています。

ダムなどの洪水調整施設は、河川整備計画によって個所付けされ、事業に着手できます。

ところが、八ツ場ダムの場合、2006年に利根川水系河川整備基本方針が決まって以来、利根川水系河川整備計画はできていません。

利根川水系河川整備計画がないままで八ツ場ダムを建設することは違法なのです。

官房長官裁定は、まず利根川水系に関わる河川整備計画を策定しろと言っています。これに基づいて河川整備計画相当目標量を検証しろと言っています。

利根川水系とは、利根川、江戸川、渡良瀬川、鬼怒川、小貝川、霞ヶ浦などの水系を含みます。

ところが、今回国土交通省がやっていることは、「利根川・江戸川河川整備計画」に限定して目標流量を設定しています。

国土交通省は、官房長官裁定の「利根川水系に関わる「河川整備計画」」を「利根川・江戸川河川整備計画」にすり替えています。

目標流量を検証する順序も官房長官裁定とは逆に、利根川水系全体の河川整備計画を策定する前に出してきています。

それらの意味でも今回のパブコメは詐欺です。

国土交通省は、官房長官裁定で示された条件を満たすためにパブコメをやっているとは言いませんが、彼らのねらいは八ツ場ダムの年度内着工でしょう。

そのためには論理のすり替えを平気でやる。それが河川官僚なんですね。

国民も議員もマスコミもそれでだませるとたかをくくっているのでしょう。

(文責:事務局)
文中意見にわたる部分は、著者の個人的な意見であり、当協議会の意見ではありません。
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