沖縄の海兵隊は抑止力にならない(その2)

2010-05-01

●根拠不明の日米同盟深化論

2010-04-20読売の「論点」に冨沢暉(とみさわひかる)氏が「普天間移設/軍事的意義の周知必要」と題する文を書いています。

冨沢氏は、「東洋学園大学客員教授。日本防衛学会副会長。元陸上幕僚長(陸将)。72歳。」だそうです。ダム問題で言えば、ゼネコンの社長がダムの必要性を語るようなもので、客観性のある話にはなりません。

結論は、「沖縄県内にある海兵隊用の演習地に匹敵する演習場を、沖縄県外に設けることは極めて難しい。」ということであり、政府は、これを踏まえて対米交渉をし、国民を説得しろということです。

冨沢氏は、次のように書きます。

今こそ、普天間の移設問題を解決の方向に導き、日米同盟を深化させていく上でも、「沖縄海兵隊の軍事的意義と在り方」に、議論の焦点を移すべき時と思う。

「沖縄海兵隊の軍事的意義」を議論することは結構ですが、「日米同盟を深化させてい」かなければならないという前提の説明はありません。

冨沢氏は、次のように書きます。

「移設がうまくいかなければ、米側に泣きつき、米側の出方を待つ」という、従来の甘えたままの路線で米国と交渉しても、交渉は決裂するか、あるいは、今後の同盟深化の作業の中で、様々な分野で大きなつけを払わされることとなる。

ここでも「同盟深化」と書いていますが、理由は書かれていません。

過去記事右傾化する朝日新聞を講読できるかでも引用したように、「米国を中心とした軍事同盟は、この半世紀に多くが解散、機能不全、弱体化に陥っており、「前世紀の遺物」ともいうべき存在です。現在、機能しているのは北大西洋条約機(NATO)、日米、米韓、米豪の四つだけです。」(2010-01-16赤旗)。

沖縄の海兵隊は抑止力にならないで引用したように、鳩山由紀夫首相も「日米同盟を基軸として、自らの防衛に努める方針は鳩山内閣でも揺るぎなく継続する」(2010-03-22朝日)と言いますが、なぜ日米同盟が基軸なのかの説明はありません。

「沖縄海兵隊の軍事的意義」を議論する前に、軍事同盟の必要性を議論すべきです。

●「北朝鮮国内の秩序崩壊」がなぜ日本の危機なのか

氏は、国民に安全保障環境を説明する政府の担当者には、少なくとも次の4項目について十分な認識を期待すると書きます。

一つは、「日本周辺で最も発生確率の高い危機とは、北朝鮮国内の秩序崩壊である。」と書きます。

「北朝鮮国内の秩序崩壊」がなぜ日本の危機なのか。私には分かりません。

沖縄の海兵隊は抑止力にならないで紹介したように、現在は、「1950年の朝鮮戦争のように、北朝鮮軍が南下してきて(米韓合同軍が)釜山まで追い詰められるような戦争はまずあり得ない」(柳沢協二氏)のですから、北朝鮮が日本の危機になるとは思えません。

●海兵隊に即応性はない

冨沢氏は、2番目の項目として次のように書きます。

現在、沖縄海兵隊の主力は中東方面で活動し、米海軍第7艦隊もインド洋方面への行動が活発化しているように、すでに、在日米軍は、「有事駐留論」的に運用されているのが実態だ。

「有事駐留論」とは、「常駐せず、緊急時に来援」するという考え方のようで、鳩山首相が唱えて批判されたようです。

沖縄に在籍する海兵隊は、そもそも沖縄に駐留していないことを冨沢氏も認めているということです。

そうであるならば、宜野湾市の伊波洋一市長の「第31海兵遠征隊(31MEU)が沖縄に駐留していないと台湾や韓国に1日で展開できないので抑止力の致命傷になると主張する学者や評論家、政治家がいるが、素人の国民をだます真っ赤なうそだ」(2010-04-23赤旗)という主張が正しいことになります。

それでもめげずに冨沢氏は、次のように書きます。

しかし、秩序崩壊事態に最も即応力を求められるのは海兵隊である。彼らは動乱の朝鮮半島に駆けつけ、民間人を救出すると同時に、後続の陸上部隊進出のための各種条件をつくり出す任務を持っている。

2010-03-18読売の「基礎からわかる米海兵隊」という記事の「(海兵隊は)沖縄から朝鮮半島や台湾海峡にわずか1日で駆けつけることができる」ことの説明になっていません。

上記のように、現在は、「1950年の朝鮮戦争のように、北朝鮮軍が南下してきて(米韓合同軍が)釜山まで追い詰められるような戦争はまずあり得ない」(柳沢協二氏)のです。

冨沢氏は、「まずあり得ない」ような事態を想定して海兵隊が必要だと主張しています。

200年に1度の確率で利根川の八斗島で毎秒22,000m3の洪水が来るという前提で、利根川上流にたくさんのダムが必要だと主張する国土交通省の官僚の主張と酷似しています。

また、民間人の救出のために軍隊を出すということになれば、世界中どこの国に対しても日本が戦争を仕掛けられることになり、無茶です。

●第3の項目も北朝鮮国内の秩序崩壊事態が前提

冨沢氏は、第3番目の項目として、次のように書きます。

日本にある海兵隊基地は、秩序崩壊事態に世界中から集められる陸上戦力の前方基地となる。

これも北朝鮮国内の秩序崩壊事態が前提となっています。冨沢氏の主張は、北朝鮮国内で秩序崩壊が起こってくれないと成り立たない議論です。冨沢氏は、

しかも、彼らが必要とする基地は、ヘリに加えて大型輸送機が運用でき、補給や整備施設も備えた「エア・ステーション」なのである。沖縄県内にある海兵隊用の演習地に匹敵する演習場を、沖縄県外に設けることは極めて難しい。
と書きますが、あり得ない事態を前提に妄想を膨らませているだけですし、「これまでに取材した米軍司令官や退役将軍らは「日本が提供してくれるのなら、基地はどこでもいい」とこともなげに言う。」(世界2010年2月号p196の屋良朝博・沖縄タイムス社論説兼編集委員の記事)のですから、海兵隊の基地が沖縄でなければならないという主張は、冨沢氏の思い込みだと思います。

第4の項目は、「多国籍軍支援法」を整備しろという話で、普天間基地移設問題とは直接関係ない話なので、紹介は省略します。

●きちんとした説明をせよ

冨沢氏は、結びに次のように書きます。

列挙した4項目について、政府担当者はきちんとした認識を持っていただきたい。だが、「今から軍事の基礎を身につけよ」と要求できないのならば、せめて海兵隊の運用がわかる自衛官の意見を聞いて対米交渉と国民説得に当たってもらいたい。

「軍事の基礎」とは、あり得ない事態を想定することなのでしょうか。

冨沢氏は、政府担当者はきちんとした認識を持って国民を説得しろと書きますが、軍事の専門家である冨沢氏の説く「沖縄海兵隊の軍事的意義」があり得ない事態を前提としており、アメリカ側の「基地はどこでもいい」という考え方に反し、きちんとした説明をしていないのですから、政府担当者は(元)自衛官の意見を聞いて国民(特に沖縄県民)を説得できないと思います。そもそも政府が自衛官の言いなりになるという事態は文民統制に反し、問題です。

「政府担当者」とはだれを指すのか知りませんが、その者が冨沢氏の説く軍事を理解できないということは、その軍事に道理がないということではないでしょうか。

冨沢氏の結びの言葉は、「軍事的知見のない同盟協議などあり得ない。」です。最後まで、軍事同盟が必要という前提ですが、なぜ必要なのかを説明しようとすれば、またしても「まずあり得ない」(柳沢協二氏)ような事態を想定するしかないのでしょう。

●やはり「抑止力」ではない

私は、沖縄の海兵隊は抑止力にならない(その1)の続編として本稿を書いていましたが、振り返ると、冨沢氏は、「論点」の中で「抑止力」という言葉を一言も使っていません。その理由は、冨沢氏が、海兵隊を「抑止力」ではなく「攻撃力」と見ているからではないでしょうか。

ここで「抑止力」とは、攻撃を思いとどまらせる力です。冨沢氏は、海兵隊に「抑止力」があるなどとは全く主張していません。冨沢氏が「抑止力」とは違った観点から沖縄海兵隊の意義を説いていることは確かです。正当にも、海兵隊とは「攻撃力」であると冨沢氏は認識しているのでしょう。冨沢氏の言う「沖縄海兵隊の軍事的意義」とは、「抑止力」ではなく、「攻撃力」だったのです。

だから、冨沢氏の主張は海兵隊に抑止力があることの説明になっていないのです。

北朝鮮国内の秩序崩壊=日本への攻撃ではありません。それでも海兵隊が北朝鮮に殴り込みをかけるべきだというのが、冨沢氏の主張です。しかし、その主張は、「専守防衛」という国民の共通認識から外れた議論ではないでしょうか。冨沢氏のような危険な考え方を政府は聞き入れるべきではないと思います。

冨沢氏の主張はまずあり得ない事態を前提とするものでしたが、沖縄海兵隊が「抑止力」を持たないことの証明にはなっていると思います。

それにしても読売らしい紙面でした。偏った意見だけを紹介しているのですから。読売の使命は、世論誘導なのでしょうか。

(文責:事務局)
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