過去記事鹿沼市長に申入書を提出した に掲載した申入書に書いてあるように、佐藤信鹿沼市長は、「ダムの水は水道に使う必要はない。余計なカネがかかるからだ。」(2008年5月16日、板荷地内の足立区休暇センターでの演説会)、「ダムの水を水道に使うための浄水場も建設しない。」(選挙前、市民運動団体役員に対して)と発言しました。
そのことは、過去記事「南摩ダムの水は使わない」で書いたように、佐藤市長は、2008年7月議会で「選挙のときに地下水でいいのだというお話をさせていただきました。」と発言し、公約したことが事実だと認めています。
だから私たちは、過去記事鹿沼市長立候補予定者の違いは何か で書いたように、「佐藤氏は、鹿沼市の水道は将来とも地下水を水源とするべきだと言っているのですから、大芦川の御幣岩橋付近に第6浄水場を建設する必要がありません。南摩ダムの負担金も払う必要がありません。したがって、大幅値上げもないでしょう。」と予想しました。
ところが佐藤市長は、2008年7月議会で次のように答弁しました。
「地下水でいいのだというお話をさせていただきました。水のことですから、どうしてもなくなれば表流水ということを否定するわけにはいかない。したがって、南摩ダムにつきましても、水利権を持つということについては、これは私も了解をいたしているところであります。」
いつの間にか、「水利権を持つ」ということについて了解していたというのです。
しかし、「でき得る限り地下水でしのいでいくほうがベター、ベストであることには間違いなかろうかと思います。」(2008年7月議会)という考え方にブレはないというのです。
確かに、思川開発事業による水利権を水道水源とするか、という問題については、理論的には、
「水利権を取得しない」
「水利権を取得して水源として使う」
という二つの選択肢の間に
「水利権は取得するが、(当面)水源として使わない」
という選択肢が理論的にはあります。
そして、佐藤市長は、おそらくは妥協案としてこの選択肢を選んだわけです。ダム水を使うことに経済的合理性がないことを市長が認めたことについては、前記申入書にあるように、私たちは、前政権に比べれば大きな前進であり評価するものです。前市長は、ダム水を使うことが鹿沼市民にとって損失であることが理解できなかったのですから。
しかし、佐藤市長は、賛否どちらの顔も立てる「足して二で割る」式の「中を採る」選択の仕方をしたために、新たな問題を呼び起こしました。
ちなみにこの選択は、福田昭夫前栃木県知事が、反対の動きが盛り上がっていた思川開発事業について、東大芦川ダムと南摩ダムをセットで建設する計画と両ダムの中止の間をとって、東大芦川ダムのみを中止して事業を縮小して実施するという中途半端な政策を選択したことを想起させます。
●遊休水利権は違法だ
佐藤市長は、水利権は取得するが当面行使しないと言っているわけですが、そのような政策は違法であると私は考えます。
水利権とは何か。ダム便覧の用語解説には次のように書かれています。
水利権 (すいりけん)
河川の水を利用する権利。水道用水、工業用水、農業用水などのため河川の水を取水して利用する場合などです。
河川法第23条は河川の流水を占用しようとする者は河川管理者の許可を受けなければならないとしており、この許可は正確には流水の占用の許可ですが、一般には水利権と呼ばれています。
国土交通省のホームページにも水利権を説明するページがあります。
注目していただきたいのが、許可期間の説明です。「水利権の許可期間は、原則として、発電水利使用については概ね30年、その他の水利使用については概ね10年として、実務上処理されています。」とあり、「一定の期間ごとに許可の条件について、公益上の観点から再検討し、又、権利の遊休化を排除する等の機会を河川管理者に与えるもの」と説明されています。
「権利の遊休化を排除する」のが河川法の趣旨なのです。遊休化した水利権を「遊休水利権」と呼んでいます。
ナギの会のホームページによると、1950年3月14日各知事あて河川局長通牒では、遊休水利権を「発電その他の目的のため水利使用の特許を受けたにも拘わらず水利使用をなすに必要な諸設備をなさず又はなし得ないため折角の水利権が活用されないまゝの状態にあるもの(遊休水利権)」と定義しているようです。
ナギの会のホームページの遊休水利権とはなにかというページには、建設省職員が1965年に書いた「逐条河川法」に「水利権を実行しない者は、権利の上に眠る者であるばかりでなく、その遊休水利権が他の緊急かつ有用な水利権の成立の障害となり、河川の有効な利用を妨げる可能性が大である」と書かれているそうです。
同じくナギの会のホームページの遊休水利権とはなんだ?(その2)というページによると、「水利権実務ハンドブック」(大成出版社)という追録本が発行されているようで、著者は、建設省河川局水政課水利調整室とあるから、建設省の公式見解です。その1063ページに、次のように書かれているそうです。
【問】遊休水利権とはどのような状態の水利権をいうのか。
【答】遊休水利権とは、流水の占用の許可を受けているにもかかわらず、その許可に係る行為をしていない状態となっている水利権をいう。
一つは、流水の占用がまだ開始されていないもので、流水占用を行うのに必要な施設の設置ができていなかったり、流水占用の目的を実現するために必要な要件(たとえば事業の認可)が満たされていなかったりするために起こるものである。このタイプのものを未開発水利権ということがある。
もう一つのタイプは、一度は必要であった水利権が、その後不要になったにもかかわらず権利変更の措置が行われていないもので、流水占用の目的が消滅したり、必要水量が減少したりするときに起こるものである。
このような遊休水利権が存続することは、権利の上に眠る者を保護することになるばかりでなく、他の緊急に必要な水利使用を排除することになるなど、望ましい水利秩序を乱すことにもなる。
これに対処するには、原則的には、流水占用の許可に際してその実現性を十分に考慮すること、期間の更新の申請際しチェックすること、さらに、必要があるならば、河川管理者の監督処分として、許可の取消しや変更などを行うことが必要となる。
1964年の河川法制定以来、水利権を遊休化させていはいけないというのが一貫した河川法の公式解釈です。
したがって、予め遊休化を想定した水利権の取得ということは違法であり、自治体の政策としてあり得ないと考えます。
水利権の遊休化が許されない理由として、河川官僚は「権利の上に眠る者を保護することになるばかりでなく、他の緊急に必要な水利使用を排除することになるなど、望ましい水利秩序を乱すこと」を挙げていますが、こうした理由は、主に発電事業のための水利権を想定して河川管理者の発想で考えられたと思います。
水利権の遊休化は、水利権の取得が有償(しかも巨額)である以上、税金の無駄遣いであり、自治体財政を悪化させる意味でも許されないと考えます。
●栃木県内の遊休水利権
栃木県内には、次のような遊休水利権があります。正確には遊休水利権のうちの未利用水利権です。
ダム名 | 水利権の用途 | 水利権者 | 水量(m3/秒) |
---|---|---|---|
川治ダム | 工業用水 | 栃木県 | 1.0 |
川治ダム | 農業用水 | 藤原町 | 0.09 |
川治ダム | 農業用水 | 日光市 | 0.45 |
草木ダム | 工業用水 | 足利市 | 0.3 |
草木ダム | 水道用水 | 佐野市 | 0.3 |
松田川ダム | 水道用水 | 足利市 | 0.06 |
東荒川ダム | 水道用水 | 塩谷町、さくら市(旧喜連川町)、 茂木町 | 0.216 |
これらを合計すると、栃木県内に少なくとも2.416m3/秒(=208,742m3/日)もの遊休水利権があることになります。1人1日最大給水量を400リットルと仮定すると、52万人分もの水道用水になります。遊休水利権をこれ以上増やすことは許されないと考えます。
●「遊休水利権の取得」を貫けるのか
佐藤市長は、「使うあてのない水利権をとりあえず取得する」という方針を貫けるのでしょうか。
使うあてのない水利権をとりあえず取得するということを税金の無駄遣いだと考える市民もいるでしょう。そうなれば、住民監査請求とそこから発展する住民訴訟を佐藤市長としては想定しなければならないと思います。
その場合、市の監査委員は市長の味方をして、国土交通省が排除すべきとしている遊休水利権の取得を裁量権の範囲内であるとして適法と認めてくれるのでしょうか。裁判所はどう判断するでしょうか。「他の市町でも遊休水利権を取得しているのだから、鹿沼市が取得しても問題ない」、要するに「みんなでやれば怖くない」という言い分が通るのでしょうか。
私は厳しいと思います。
いずれにせよ、遊休水利権が違法である以上、鹿沼市の水利権問題は、「水利権を取得しない(思川開発事業から撤退する)」と「160億円かけて、水利権を取得して、第6浄水場も建設して、配水する」の二者択一になると思います。もっとも、後者を選択した場合、その違法性は更にはっきりすると思います。