2015年鬼怒川大水害で何が起きたのかを考えると、堤防又はその代替物である自然の地形(具体的には河畔砂丘)の高さが計画高水位より低い箇所で氾濫した、ということです。
だからといって、三坂地区での破堤のメカニズムの型が越水型だったと言うつもりはありません。
破堤のメカニズムについては、naturalright.orgは、鬼怒川水害まさかの三坂及び鬼怒川三坂堤防の特異性と崩壊原因において、パイピングが主であるという説を唱えていると思います。鬼怒川堤防調査委員会でも、第1回会合から「浸透については、堤体の一部を構成する砂質土が原因となるパイピングや法すべりの可能性も排除できないと考えられるため、引き続き、堤体や基礎地盤の詳細な調査や検討を事務局にお願いした。」(議事要旨)ということは、パイピングがあった可能性が委員会の発足最初から重要課題であったということであり、最終報告書においても、「パイピングについては・・・発生した恐れがあるため、決壊の主要因ではないものの、決壊を助長した可能性は否定できない。」(3−32)という結論を出しています。(ただし、パイピングが「決壊を助長した可能性は否定できない。」という重要な結論を出しておきながら、パイピングが発生した直接的な根拠を何も提示しないのはおかしなことだと思いますが。)
したがって、パイピングを無視して三坂での破堤のメカニズムを説明することは、あまりにも粗雑です。裁判では、パイピングが瑕疵(河川管理者の落ち度)と結びつかないなら争点にしないのは当然でしょうが、パイピングは重要な攻め口になると思います(河川管理者自らの砂利採取がパイピングを引き起こしたと考えられることについては、常総市三坂町地先での砂利採取で堤防が危険になった(鬼怒川大水害)を参照。)。
破堤のメカニズムとして、越水型かパイピング型かのどちらかだけを主張するのはおかしいと思います。
ちなみに、鬼怒川大水害訴訟弁護団は、破堤のメカニズムについて、パイピングには歯牙にもかけず、鼻も引っかけず、もっぱら越水型であるという前提で理論を組み立てています。
パイピングを争点にする実益がないと見たのかもしれません。
弁護団が破堤のメカニズムを十分に検討した結果、パイピングに一切触れないことが得策だと判断したのであれば、それは弁護団がとった戦略ですから、第三者がとやかく言うべきことではありませんが、仮に調査も研究も検討もしないでパイピングに言及しない(むしろ否定しているようにさえ見える。)とすれば残念なことです。
下図は、2011年度定期測量による鬼怒川の28kより下流の左岸堤防高(250mピッチ)の縦断図です。
決壊地点の堤防の舗装面の高さは計画高水位以下だった(鬼怒川大水害)に載せたグラフです。
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全ての距離標で堤防高は計画高水位を上回っています。(下流では計画堤防高を超える箇所が多く見られ、下流から整備していったことがうかがえます。)
とはいえ、概ね左岸20k〜21kが約1kmにわたり計画高水位をスレスレで上回っているだけなので、上図だけからでも、この区間が最も危険であったことが分かります。
しかし、上図を眺めていても、実際に氾濫した箇所(左岸21.00k付近、同24.63k付近、同25.35k付近)が2011年度当時から異常に低い(計画高水位より低い)箇所だったことは分かりません。
●距離標間の堤防は直線ではない
距離標地点の堤防高をグラフ化すると、上図のとおり、250m間隔の距離標を直線で結ぶことになります。
しかし、現実の堤防は、建設する時は、一連の区間の堤防の高さを直線的に設計するはずですが、完成後は不等沈下していくので、どこの堤防でも多少は凸凹があります。
したがって、距離標でない箇所で極端に低い箇所があり得るので、250mピッチの堤防縦断図を眺めていても、危険箇所は見えてきません。
「そんなことは分かっている」と言われそうですが、250m間隔で測量したデータを見ただけで、河川の全てを把握できたような錯覚に陥って議論されることが多いと思います。
実際、国は、距離標地点の間に極端に低い箇所があることを把握しながら、30kより下流の距離標地点では計画高水位を下回る地点がなかった(L21kの堤防高は偽装であり、実際は、2011年度には計画高水位を10cm下回っていたが)ことから、安心していたと思います。距離標地点の間において緊急性を要する危険箇所があったことを無視して工事の箇所を決めたと言われても仕方がないと思います。
●距離標間を測量した記録があった
「2011年度鬼怒川堤防高縦断表」という資料があります。距離標でない地点まで含めた測量成果です。重要水防箇所を指定することが目的の測量でした。そのデータをグラフ化したものが下図です。
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注意すべきは、距離標地点では原則的に測量を行わず、定期測量の成果をそのまま記入していると思われることです。ただし、下表のとおり、6箇所(実質5箇所)の距離標地点については2011年度定期測量成果と食い違っています。
L23.75kの堤防高23.860m(鬼怒川の管理では全てY.P.値を使うので、断りなき限り、標高は全てY.P.値表示とする。)は、定期測量成果22.860mよりちょうど1m高く、また、2008年度定期測量では22.950mなので、3年後に91cm隆起したことになる(嵩上げをした形跡はない)ので、誤記だと思いますが、他の5箇所については食い違う理由が分かりません。
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「2011年度鬼怒川堤防高縦断表」の測量地点の間隔について、法則性は見出せませんでした。
また、若宮戸についても、24.75k〜26.00kでは、独自の測量は行われておらず、距離標地点に2011年度定期測量成果を移記しているだけですから、その区間の危険箇所は浮かび上がってきません。
●10箇所で計画高水位を下回る
「2011年度鬼怒川堤防高縦断表」からは、次のとおり、30kより下流では、左岸5箇所と右岸6箇所で計画高水位を下回ります。(利根川合流点からの距離の小数点以下は切り捨てます。)
L5112m
L11082m
L20983m
L21046m
L24675m
R3189m
R3212m
R6538m
R6820m
R6825m
(R23750m)
ただし、上表のとおり、R23750m(R23.75k)の堤防高21.75mは、計画高水位21.815mより6.5cm低いのですが、2011年度定期測量成果では22.700mですから、後者は計画高水位より88.5cm高いことになります。
どちらが正しいか、ということになりますが、「鬼怒川距離標高データ(2011年度)」によれば、R23.75kの距離標高(距離標杭の頭の標高)が21.751mなので、これを記入したものと推測され、誤記だと思われるので、リストから除外すべきです。
このR23.75kの堤防は、台地の崖の縁を堤防道路としたもので、建物は堤防道路よりも高い位置にあり、堤防高の測定点については、堤防横断図によれば、堤防よりも90cm以上高い場所にあります。いずれにせよ、R23.75kは氾濫が起きない箇所です。
では、2011年度において、鬼怒川下流部には緊急に整備すべき箇所が10箇所あったのか、というと、そうは言えません。
費用対効果を考えれば、緊急性の大小は、氾濫が起きるか、だけでなく、氾濫が起きた場合に想定される被害の多寡が考慮されるべきだからです。具体的には、堤内地の地盤の高さとそこにおける人口と資産の集積具合を考慮すべきです。
●被害ポテンシャルは常総市東部で大きい
大東水害訴訟最高裁判決(以下「大東判決」という。)が説くように、治水事業は、財政的・技術的・社会的な制約の下で実施されるので、費用対効果などを考慮し、中小の水害は甘受するとしても、大水害が起きないことを考慮した対策が優先されるべきです。
また、国土交通省関東地方整備局が2007年度に公表したと思われる鬼怒川堤防詳細点検結果情報図にも、「(浸透)対策工法等を速やかに検討し、実施にあたっては堤防背後地の状況等を考慮しつつ危険性の高い箇所から実施していく予定です。」と書かれており、その趣旨は、破堤するか、だけではなく、それによる被害の多寡(つまりは費用対効果)をも考慮して、被害の最小化を図るという当然のことを言っていると思います。
鬼怒川で氾濫した場合、大水害が起きる地域は、常総市の鬼怒川左岸側しかないと言えます。(2015年鬼怒川大水害が証明していることですが、事前に予測できたことです。)
常総市には人口と資産が集中しているだけでなく、右岸側は台地なのに対し、左岸側は、鬼怒川と小貝川の堤防に挟まれた地域であり、一度浸水すれば、氾濫水の吐け口がなく、浸水深は高くなり、浸水時間は長くなり、被害は甚大となるからです。
2007年度の関東地方整備局事業評価監視委員会の第4回会議資料のp16でも、常総市の写真の東部地域を青く染めて、「被害ポテンシャル」(被害の対象となる資産・人口)が高い地域であることを示しています。河川管理者としての正しい認識です。
したがって、鬼怒川左岸側の改修が優先されるべきことになります。
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●下流原則を適用してはならない場所だった
河川整備は上流が先か、下流が先か、という話になると、下流を優先するという原則があり、河川業界では、これを「下流原則」と呼び習わしているようです。
しかし、そもそも「下流原則」とは、上流を先に整備すると、従来なら上流で溢れていたはずの洪水が整備により溢れなくなり、溢れる箇所が下流に先送りされてしまう、という単純な原則であり、溢れた場合の被害の多寡まで考慮した原則ではないと思われます。仮に被害の多寡まで考慮しているとすれば、下流は上流より守るべき価値が高いとみなしていることになります。
確かに、直感的には、下流で氾濫するよりも上流で氾濫した方が被害が少ない、という一般論が成り立つような気もしますが、そのような「みなし」を前提とする原則を全ての河川にストレートに適用しても妥当な結果が得られるはずがありません。
つまり、下流原則は、費用対効果や被害の最小化を図る、という発想とは無縁です。
上記のとおり、国土交通省は、「(改修工事の)実施にあたっては堤防背後地の状況等を考慮しつつ危険性の高い箇所から実施していく予定です。」という考えを示しているのですから、漫然と下流原則を適用して工事の順番を決めることは許されないはずです。
下流原則で緊急に整備を要する箇所を決めることは誤りです。
いばらき建設技術研究会は、下流原則を「河川改修の大原則(下流をそのままにして上流だけ改修すると下流の未改修部分がネックになって溢れ大きな水害を招く)」と説明していますが、上記の「みなし」が含まれていることをよく表しています。
下流で溢れたら「大きな水害を招く」と決めつけていますが、そうなるとは限りません。下流に人家が密集していなければ、大きな水害にはならないからです。
鬼怒川大水害も下流原則に従って工事の優先順位を決めれば大水害を防げる、という思い込みがもたらした人災とも言えるでしょう。
大東判決では、「緊急に改修を要する箇所から段階的に、また、原則として下流から上流に向けて行うことを要するなどの技術的な制約もあり」と判示しており、その意味は、緊急性の高い箇所から先に改修工事を実施すべきであり、緊急性はないが、治水安全度の段階を上げる場合には、一般論として、下流から改修しないと下流で溢れることを考慮しろということでしょう。
緊急性の高い箇所を最優先で整備すべきことは当然であり、最高裁判所は当然のことを言っているにすぎません。
鬼怒川下流部は、下流原則を漫然と適用してはならない場所でした。
その理由は、上記のとおり、常総市東部地域は、鬼怒川と小貝川の堤防に挟まれた、大部分が低い地形であり、上流寄りで氾濫すれば、最下流部まで浸水するので、被害が甚大となることであり、このことは、国が氾濫シミュレーションをしていたとおりのことであり、それが2015年の鬼怒川大水害で証明されたと言えます。
鬼怒川に下流原則を適用すべきでないことは、治水地形分類図その他の図面を見れば、机上の調査だけでも十分に分かることです。
ちなみに、弁護団は、下流原則が工事の順番の基準たりえない(費用対効果を考慮していないため)ことを正面から争いません。
●2011年度鬼怒川堤防高縦断表から氾濫箇所を読み取れた
2011年度鬼怒川堤防高縦断表が示す鬼怒川下流部左岸の計画高水位より低い箇所は、実際に危険箇所だったのであり、河川管理者は、その危険性を読み取ることが可能でした。
ただし、上記10箇所の危険箇所は、測量時期が大地震の後とはいえ、2011年度鬼怒川堤防高縦断表によって突如として判明したわけではなく、それ以前から危険性が判明していた箇所もありました。
国は、1926年から鬼怒川の安全度を上げるための工事を所管してきたにもかかわらず、そのような危険箇所が2011年度まで残っていたこと自体が大問題であり、堤防が計画高水位以上だがスレスレだった箇所は、どんなに遅くとも2000年までに根絶できたはずです。
したがって、「国は2011年度(実際には2012年)の測量成果を見て、鬼怒川の異常な危険性に気づき、危険除去に努力すべきだった」と考えることはおかしいと思います。
2011年度の測量成果は2012年3月に報告されたと思います。
この時点から鬼怒川大水害までの時間は、3年半です。改修工事のために使える時間は、2012年度から2014年度までの3か年度ということになります。
しかし、2012年度に築堤設計を委託し、用地取得をしてから着工したら、2014年度中の完工は難しいと思います。(被告は、被災後の若宮戸での築堤について、住民の理解が得やすい状況でも「約2年半の期間を要している。」(被告準備書面(1)p55)と主張しています。)
実際、三坂のL21k付近の堤防については、国は、2004年度までの定期測量成果を見て相当危険であることを認識し、2005年度に築堤設計を委託し、2009年11月に用地取得を完了したという経過があります。
つまり、危険の認識から用地取得まで5年かかっている勘定です。
なので、鬼怒川大水害訴訟で、原告側が、2011年度の測量成果を根拠として被告の築堤義務を主張しても、「時間的不可抗力」を理由に負けるのではないでしょうか。
なので、被告の築堤義務の発生時期はできるだけ前倒しするのが筋だと思います。
なので、原告側は、せめて、2009年11月にはL21.00k付近の用地取得が完了していたこと、したがって、遅くとも2010年度には着工できたことを主張するのがよいのではないでしょうか。
緊急整備箇所はどこか、という話に戻ると、水害を最小化するという観点からは、本当の危険箇所は、常総市内の鬼怒川左岸側の堤防高等の低い箇所です。右岸側では、ほとんどの人家が台地(更新世段丘)の上にあり、大水害は起きないので、整備の緊急性は低くなります。右岸側で暮らす人々には冷たい言い方ですが、予算等の資源が有限である以上、全ての危険箇所を同時に整備することはできないので、被害の大きい箇所を先に工事するのは仕方ないと思います。それが費用対効果を考えるということだと思います。
したがって、左岸側で計画高水位より低い箇所の緊急性が高いと言えます。
下表は、2011年度鬼怒川堤防高縦断表が示す下流部(30kまで)の左岸側で計画高水位より低い5箇所です。
「堤防高」には、無堤防区間における地盤高も含みます。
計画高水位については、上下流の距離標地点の値から直線補間しました。
氾濫すれば被害が大きくなる上流寄りの危険箇所から見ていきます。
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【L24675m】
L24675m=L24.675kは、若宮戸の河畔砂丘内に下流から伸びた堤防の上流端L24.63kから45m上流の地点です。そこは東西に走る市道東0280号線上かもしれませんが、無堤防区間です。
したがって、ここ(L24.675k)での「堤防高」とは、河畔砂丘の高さのことです。
いずれにせよ、L24675mの地点は、実際に下流側溢水が起きた場所の付近ですから、最大の危険箇所を言い当てていたことになります。
ここでの高さは、22.11mであり、計画高水位約22.14mよりも約3.3cm低いだけですが、計画高水位以下という事態がどれほど危険かを物語っています。
若宮戸での危険性を細かく把握するには、別の資料が必要です。次回検討します。
【L21046m】
L21.046kとはL21.00kから46m上流の地点のことです。
国は、三坂町の破堤区間をL21.00kの上流63mから下流137mまでの約200mであるとしています(鬼怒川堤防調査委員会報告書p .2−14。異論はありますが。)ので、破堤区間に含まれます。
ここの堤防高が20.8mで計画高水位が約20.85mなので、計画高水位を約4.7cm下回っています。
【L20983m】
L20.983kは、L21.00kから16m下流の地点のことです。ここも破堤区間に含まれます。
ここの堤防高が20.75mで計画高水位が約20.82mなので、計画高水位を約7.4cm下回っています。
【L11082m】
ここは、豊水橋左岸側の直下流の無堤部です。国は、常総市水海道本町だと説明しています(「2007年度鬼怒川改修事業」p18)が、正しくは水海道元町です。どこを測定したのか不明ですが、ここの高さが16.07mというのは相当低く、計画高水位が約17.29mなので、計画高水位を約1.22mも下回ることになってしまいます。
まずは、治水地形分類図(下図)を見ましょう。横断図作成機能を使ったので少々ごちゃごちゃしています。
L11082m=L11.00k+82mの地点は、L11.00kと豊水橋の区間の真ん中よりやや下流の地点だと思います。
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この辺りは、常総市東部地域で唯一の洪積台地です。洪積世とは、200万年〜1万年前の期間です。途中、鬼怒川水海道水位流量観測所(L10.95kとされているが、実際は、概ねL10.935kか?)の辺りで、自然堤防が割り込んで、分断されてはいますが、L11.3k〜L12.3kのおよそ1kmにわたり台地があります。
青線は、2015年9月11日10:00時点の推定浸水範囲を表します。ここの台地は浸水を免れるほど高かったということです。
詳しい根拠は省略しますが(詳しくは、naturalright.orgのサイトの8 八間堀川排水機場停止批判論の誤謬を参照)、L11.00kの上流では、L11.00k+35m辺りで下流から伸びた堤防が終わっており(もちろん2015年時点での話)、そこから先は、アスファルト舗装はしてありますが、堤防として扱われていたとは思えず、つまり無堤防区間であり、上流に行くほど低くなる道路(L11.00k+66m辺りまで)がありました。
L11.082kが上図で断面図を作成した辺り(黒線。範囲は、鬼怒川左岸低水護岸辺りから関東鉄道常総線の線路まで)だとすると、標高が20m(治水地形分類図では標高はT.P.値なので、Y.P.では20.84m)以上の区域に含まれるはずですが、横断図での最高標高(時期は不明)はT.P.17.27m(Y.P.18.11m)にしかならないので、なぜ、標高T.P.20mの等高線が描かれているのか不可解ではあります。
L11.082kは、2015年鬼怒川大水害の際に危うく氾濫しかかった場所です。
下の写真は、YouTubeにアップされたANNニュース堤防の高さまで水迫る・・・住民「こんなのは初めて」(15/09/10)からの切り出し画像です。その約2時間前には、水位が約40cm高かったそうです。
土のうが積んである地点がこの辺りの最低地点で、もちろん概ねですが、L11.00k+66mと思われ、L11.00k+82mは、そこより約16m上流ということになり、オレンジ屋根の家の真横辺りだと思います。
上記のとおり、この辺りは台地であり、若宮戸のような砂地ではないので、L11.00k+66mの地点で溢水したとしても、そこで深さ約6mのおっぽりができるほどの大氾濫が起きるとは思えませんが、上図のとおり、少なくとも線路までは地盤はなだらかに低くなるのですから、この地点で溢水すれば、溢れた水は低地を浸水させます。
ましてや、若宮戸と三坂町での氾濫がなければ、洪水水位はもっと上昇したはずですから、台地自体は浸水しないでしょうが、L11.00k+66m地点から溢れた水が背後にある自然堤防や氾濫平野に対して、前記の被害よりもっと大きな被害を与えた可能性もあるので、放置しておいてよい区間ではありませんでした。
とはいえ、地形が台地であること及び比較的下流であることから考えて、若宮戸と三坂町よりも緊急性は低いと言えます。
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下図の「2007年度鬼怒川改修事業」(事業再評価資料)のp18に書かれているように、2002年7月洪水で氾濫しそうになり、「下流部は住宅密集地であり、堤防が低く、洪水のたびに危険な状況にさらされている」のが本当なら、2011年度までに、あるいはもっと早くに築堤されていなければならなかったはずです。
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【L5112m】
L5112m(L5.112k)あたりは、市界が入り組んでいて、絹ふたば文化幼稚園まではつくばみらい市ですが、それより下流は、鬼怒川に近い部分が常総市内守谷町で、遠い部分が守谷市です。測量地点は、おそらくは常総市内守谷町でしょう。
このあたりは、無堤部だった場所です。2000年度に完成した玉台床止の設置箇所がL5.1kとされているので、この床止が目印となります。(国が開示した鬼怒川平面図(下図)を参照ください。)
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この一連の無堤防区間では、2015年洪水でも河川区域を超えて浸水し、住宅への浸水被害(床下浸水か)もあったようですし、2019年洪水では、L5.5k付近で2015年洪水よりも浸水深が約1.08mも大きく、絹ふたば文化幼稚園などで床上浸水しています。
naturalright.orgが下記のページで詳しく報告されています。
https://www.naturalright.org/kinugawa2015/若宮戸の河畔砂丘/15-若宮戸以外の無堤区間/
確かに、鬼怒川の7kより下流は、台地を人工開削した区間であり、ほとんどの家屋は台地の上にあるので、そこでの氾濫の規模は大きくなり得ないから無堤区間のままでいい、という判断もあったかもしれません。
しかし、訴訟では、国は、下流原則に従ったから、若宮戸や三坂の堤防整備が遅れたのであって、国に責任はないと主張しています。下流原則を守ったと言いながら、L5.1k付近の無堤部で家屋に浸水被害が出る状態を2019年まで放置したことは矛盾します。
加えて、国は、1965年工事実施基本計画のp34で、「利根川の背水の影響をうける約17kmの区間については堤防の拡築を行ない」という方針を打ち出していました。
そうであれば、遅くとも、その35年後の2000年までにL5.1k付近の無堤部は解消されていてもいいはずです。ところが実際は、2015年までの50年間、放置されたのですから、「約17kmの区間については堤防の拡築を行ない」という方針とも矛盾します。
L5.2k付近は、広範囲な水害は起きないが、計画高水位より低い場所に建物があるにもかかわらず堤防がないために浸水被害が出る場所だったということです。
●距離標地点の堤防高が偽装だった
250m間隔の距離標地点での堤防高測量成果を見ていても、本当の危険箇所が見えてこない理由は、上記のとおり、距離標地点の間に本当の危険箇所があるので、250m間隔の堤防等の高さのデータでは、真に危険な箇所を把握できないということです。
では、距離標地点の堤防高等のデータは確かなのか、というと、堤防の高さが偽装されている場合があります。
三坂町については、前回記事鬼怒川左岸21kの堤防高は計画高水位より10cm低かったことの明確な証拠があった(鬼怒川大水害)に書いたように、2011年度定期測量によるL21kの堤防高は、堤防の表法肩で測量するというルールに違反し、盛り土の法肩で測定され、天端面の盛り土との境界の地点(アスファルト舗装面。ここを正しい堤防高と見るべき。その高さは20.73m(根拠:2011年度鬼怒川下流部定期縦横断測量業務成果品)であり、計画高水位よりちょうど10cm低い。)よりも31cmも高く(21.04mに)偽装されていました。(この偽装の発見こそが、私が5年間研究してきた最大の成果なのですが、原告側は、この偽装は、「10cm程度以上」(準備書面(7)p15。舗装面の標高は21.04m―0.1m=20.94m以下、つまり、計画高水位20.830m+11cm以下となる。)と、ごく控えめに書かれています。)
ルールに違反して堤防高を天端上の盛り土の法肩で測定することが許されるなら、土のうを置いて、その最上部を堤防高とすることも許さなければなりません。つまり、河川管理者は、堤防天端に盛り土や土のう積みをすれば、嵩上げ工事をしなくても、堤防高を高くできることになります。
堤防を1箇所だけ高くしても堤防の機能は上がりません。ましてや、堤防天端の一部に盛り土や土のう積みをしても、天端を超える洪水が来れば、それらはひょっこりひょうたん島のように水面から顔を出すだけで、水害防止機能を果たしません。
堤防高を盛り土の高さでごまかすことは、相撲部屋の新弟子入門検査で、身長が低い入門希望者が頭にコブをつくって検査を受けるようなものであり、スポーツの世界でなら笑ってすませられる話ですが、国の治水行政がこんなマンガ的な発想で執行されていたのですから、市民はもっと怒った方がいいと思います。
いずれにせよ、堤防高を盛り土の頂上で測量することはルール違反です。
若宮戸については、国は、1996年に河畔砂丘の一部を山付き堤の山として河川区域を指定しましたが、距離標地点の地盤高の測量地点は、河川区域外にあり、管理の及ばない民有地の最高地点で測量しているので、これまた偽装の堤防高と呼ぶべきものです。
●L21k付近の堤防高は63mにわたって計画高水位以下だった
L21k付近の堤防高は、63mにわたって計画高水位以下でした。
計画高水位の値については、上下流の距離標地点の値から直線補間しました。
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2011年度鬼怒川堤防高縦断表によると、上表のとおり、L21k付近の堤防高は、
L20.983kで7.4cm
L21.046kで4.7cm
計画高水位より低かったのです。
両地点は、破堤区間(L21kの上流63mから下流137mまで)に含まれます。
したがって、L21.00kを含む延長63m(21046m―20983m)の区間が計画高水位より4.7cm以上は低かった、と言えるように思います。
しかし、2011年度鬼怒川堤防高縦断表のグラフではそうはなっておらず、下図のように21000m地点=21.00kだけが高くなっており(21.04m)、そこを中心にW字を描いています。
なぜこんな不自然な形になるのかと言えば、距離標地点であるL21.00kの堤防高は2011年度定期測量成果から引用しており、その測量地点は、天端舗装面ではなく、盛り土の頂上だからです。L21.00kでだけ違う場所で測量しているので凸凹になるのです。
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そこで、L21.00kの堤防高として、天端舗装面(盛り土との境界地点)の高さ20.73m(鬼怒川左岸21kの堤防高は計画高水位より10cm低かったことの明確な証拠があった(鬼怒川大水害)に掲載した断面図を参照)を代入してグラフを作成すると、次のようになり、同地点を最低地点とするU字型を描きます。W字型を描く上図と比べて、どちらが自然か(実態を表しているか)は明らかです。
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すなわち、L21.00k付近の堤防高は、2011年度の時点で、少なくともL20.983k〜L21.046kの63mの区間において連続的に計画高水位より、最低でも4.7cm低かったのです。(もちろん、当該区間では、3地点でしか測量していないのですから、測量していない地点において計画高水位より高い地点が(逆に低い地点も)あった可能性がありますが、写真で見る限り、大きな凸凹はありませんでした。63mの区間において、舗装面が大きく波打っていたとすれば、国も、さすがに異変に気づいて、放置しておかなかったでしょう。)
以上を要するに、2011年度末(2012年3月)には、破堤区間だったL21.00k付近は、少なくとも63mにわたり、4.7cm以上は低かったことを国は認識していたということです。
しかし、この状況は2012年3月に突如として現出したわけではありません。
2005年度末(遅くとも2006年3月)には、L21.00kの舗装面の標高は20.84mであり、計画高水位20.830mをわずか1cm上回るだけだったのです。
その根拠は、中三坂地先測量及び築堤設計業務報告書(2006年3月、共和技術株式会社。タイトルは「中三坂」だが、実際は「上三坂」を含んでいる。)の中の平面図です。詳しくは、決壊地点の堤防の舗装面の高さは計画高水位以下だった(鬼怒川大水害)の「●2006年3月にL21kの天端の高さは20.84mしかなかった」に記載しました。
上記平面図には拡大図のみを掲げましたが、元々の平面図は下図のとおりです。
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調査対象区間の平面図には、舗装面の標高が20〜40mおきに記載されています。
上記平面図に記載された舗装面の標高を拾って、L21.00k付近の堤防の縦断図を作成すると、次のとおりです。
横軸の番号は、私が便宜的に振ったものであり、間隔も一定ではありません。
計画高水位は、L21.00k及びL21.25kのものです。
上図により、3及び5の地点は、L21.00kのそれぞれ約20m上下流にありますから、下図から分かることは、L21.00kを中心とする約40mの区間では、計画高水位を約1〜2cmしか上回っていなかった、ということです。
この状況は、十分に危機的です。
連続堤防は、連続してこそ機能を発揮するのであり、1箇所でも極端に低ければ、容易に機能を失うからです。(堤防の高低は、計画高水位を基準として判断するしかありません。)
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つまりは、国は、2006年3月には、L21.00k付近の堤防が極めて危険な状況にあり、緊急に築堤する必要があることを認識していたはずです。実際に認識していなかったとしても、認識できる状況にありました。
危険性を認識していたからこそ、国は、2009年11月までにL21.00k付近の堤外地(河川敷)の用地買収を完了させていました。
以上の検討により、若宮戸と三坂町では、河畔砂丘と堤防が計画高水位以下という、格別に低い状況にあったことが2011年度には明確になっていました。(常総市の水海道元町(L11k付近)及び内守谷町(L5.1k付近)では、計画高水位より1m以上低い箇所があったとされていますが、地形が台地なので、若宮戸及び三坂町とは危険性が違います。)
そして、2015年の鬼怒川大水害は、こうした場所で氾濫して起きたのです。
したがって、裁判ではこのこと(堤防と河畔砂丘が異常に低いので、緊急に堤防を整備する必要性があったこと)を主張することが必須だと思います。
つまり、緊急性の問題であり、堤防と山付き堤の山が過渡的・段階的安全性を欠いていたことを主張すべきだと思います。
連続堤防は連続してこそ機能を発揮するものであり、1箇所でも極端に低い箇所があると、機能を果たさないからです。
かつては存在した機能が低下したことにより緊急に整備を要するという主張は、過渡的・段階的安全性を備えているが、もう一段高い安全性を確保するための「改修がいまだ行われていない」という一事をもって瑕疵ありとする主張とは別次元だと思います。
つまり、「過渡的・段階的安全性を備えていないから瑕疵がある。」という主張と「改修計画が格別に不合理であるにもかかわらず改修がいまだ行われていないことが瑕疵である。」という主張は別だ、ということです。
判例解説民事篇1984年度[2]p44(加藤和夫)によれば、「大東判決は、直接的には更に上位の段階への改修の要否について判断したものであり、河道の整備、堤防その他の河川施設の築造等の改善措置を講ずる義務があったかどうかが問題となる場合に妥当するが、築造された堤防等の河川施設がその設計の予定する安全性を欠くかどうか(内在的な欠陥があるかどうか)が問題となるケースについてはそのまま妥当しない、とされている。」のです(野山宏・さいたま地裁所長・さいたま簡裁判事(2021年1月から)が最高裁判所調査官だった時代に書いた平作川水害訴訟最高裁判決の判例評釈(最高裁判所判例解説民事篇(1996年度))の注五)。
(大東判決を普通の人が普通に読んでもそういう解釈は導けないと思われます。そうだとすると、それはそれで大問題です。)
野山の判例評釈の概要は、原告準備書面(6)で主要部分を引用しているので、知ることができます。
鬼怒川大水害訴訟で原告側は、本件での瑕疵とは、「築造された堤防等の河川施設がその設計の予定する安全性を欠くかどうか(内在的な欠陥があるかどうか)」で判断するものではなく、(河川施設が予定していた安全性を欠いていない(欠陥がない)ことを前提として)「更に上位の段階への改修」をするための計画を立てるべきだったか(計画裁量の問題)、なおかつ、当該計画を実施すべきであったか(実施裁量の問題)、で判断するものである、と主張していると思います。(根拠は、原告ら準備書面(7)のp4に「上三坂の堤防整備を他の箇所よりも後回しにした改修計画は著しく不合理であること」と書かれていることです。緊急性に関する主張はせず、計画の不合理性をひたすら主張します。)
しかし、本件では、堤防や河畔砂丘の高さが計画高水位以下だったのであり、重大な欠陥があったと思います。堤防等に欠陥がなかったことを前提とする理由が私には理解できません。「計画高水位」がキーワード(瑕疵の有無を判断する重要な基準という意味で)になると私は思いますが、原告ら準備書面にはその説明がありません。「計画高水位」が瑕疵の有無を判断するための決定的な基準であるとは考えていないようです。
原告側は、堤防高が計画高水位以下であっても大騒ぎしませんが、破堤区間の堤防は欠陥堤防であり、こうなるまで放置したのは管理ミスだ、と大々的に主張すると、損なのでしょうか。